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箱庭の少女

作者: 玄猫

 夢を見ました。

 それはそれは、優しい夢。


 とても暖かく、とても柔らかな夢。


 その世界では、全てが平等で、戦いもなく、苦労もなく。

 皆、幸せに暮らしていました。



 でも、そんなある日、一匹の蛇が現れました。

 そして、一人の少女に問いかけたのです。


「キミは、それで本当に幸せなのかい?」


 少女は答えました。


「幸せよ。だって、これが幸せだって聞いたもの」


 少女にとっては当たり前のこと。

 全てが平等に与えられて、毎日の変化もなく、緩やかな世界。

 それは、まるで時間が止まっているかのようなものでした。


「キミは幸せなんかじゃないよ」


 蛇はいいました。

 蛇は、知っていたのです。

 この幸せな世界が、神によって作られた箱庭であることを。


「じゃあ、幸せって何?」


 少女は尋ねました。


「幸せっていうのはね…」


 何かを言おうとした蛇は突然苦しみだしました。


「どうしたの?」


 少女は心配して、蛇を優しく抱き上げました。


「私を、キミの首元に連れて行ってくれないかな?」


 蛇は苦しそうに、少女に頼みます。


「うん、分かった」


 少女が自分の首元に蛇を近づけると、蛇は突然少女の首に噛み付きました。


「何をするの?」


 驚いた少女がそう尋ねると、蛇は優しく言いました。


「キミは優しい子。だから、本当の幸せを教えてあげる。この世界には、本当の幸せなんてないんだよ」


 蛇は少女から離れるとスルスルと何処かへ消えてしまいました。



 次の日から、少女は高熱でうなされました。

 しかし、両親はオロオロするばかり。他の人たちも同じでした。

 だって、今までこんなことが起こったことはなかったのですから。


 少女は思いました。

 あぁ、この苦しみから解放されたら、どんなに幸せだろう、と。


 あくる日、少女の熱が引きました。

 少女は、とても喜びましたが、両親や他の人たちはまるで何事もなかったかのようにいつもの生活を始めました。



 ある日、少女はふと思いました。


 私って、本当に幸せなのかしら?と。

 いつも変わらない生活。変わらない風景。

 ただただ、流れていくだけの時間。



 ……ある朝、少女は散歩に出かけました。

 すると、目の前にあの蛇が現れました。


「蛇さん、貴方は幸せって何か知ってるの?」


 蛇は答えました。


「知っているよ。ううん、本当は、皆知っているんだ。でも、忘れてしまっているだけなんだよ」


悲しそうに言う蛇に少女は尋ねます。


「何で忘れてしまったの?」


「考える必要がなくなったからさ」


「何で考えなくて良くなったの?」


「神様がそう決めたからだよ」


「じゃあ、本当の幸せっていうのは何?」


 一瞬の沈黙の後、蛇は言いました。


「私についてきて」



 それから、少女はいろいろな場所を見て回りました。

 火を吹く山、凍てつく野原、嵐の丘…。


 それは、少女が今までに見たことのないものばかりでした。


「幸せって言うのはね」


 蛇が呟きます。


「幸せじゃなくならないと分からないものなんだよ。本当の幸せっていうのは、幸せじゃないから生まれるんだ。だから、キミたちは幸せじゃないんだよ」


「でも、こんな場所よりあそこのほうがいいよ」


そう言う少女に蛇は答えます。


「そうだね。あそこにいれば、全てが手に入る。何もしなくてもご飯は食べられるし、ずっと遊んでいられる。 でも、自分たちがしていることが何か役にたっているかい?」



 少女は蛇につれられて、自分の家へと戻りました。

 蛇に言われたことを考えながら日々をすごしているうちに、少女に変化が現れ始めました。


「私は何をしてるのかな?」


 と、ふと考えるようになったのです。



「蛇さん」


 またある日、少女は蛇に尋ねます。


「私が幸せになるにはどうしたらいいの?」


 蛇は答えます。


「キミは、すでに幸せになる鍵は手に入れてるよ。あとはキミが使うか、だよ」


 と。




 少女は、旅に出ました。

 それは、長く長く、苦しい旅でした。


 蛇と一緒に行った道。

 それは一人だととても寂しく、苦しいものでした。


 それでも、少女は歩きました。

 ずっと、ずっと、まだ見ぬ世界を探して。


 いくつもの山を越え、谷を越え、少女は一本の樹にたどり着きました。

 そこにいたのは煌びやかな白い衣を纏った青年。


「よく、ここまで来たね」


 その声は、少女が聞きなれた声。


「蛇さん?」


 尋ねる少女に青年は優しく頷きます。


「ずっと、ここでキミを待っていたんだよ。キミが、この世界に生まれてきてから」

「私が生まれたときから?」

「そう、もう、何十年も、何百年も。キミを待っていたんだ」


 差し出す青年の手に自分の手をのせたとき、少女はふと気づきました。 自分が、青年と同じように綺麗な女性の姿になっていることに。


「私の名前はアダム。……キミの名前を教えてくれるかい?」


 少女は静かに答えました。


「私は……イヴ」



「じゃあ、行こうか」

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