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The Writers  作者: Jade
7/8

熱情と慈愛

少女と老婆。描き溜めた瑠衣のラフを流し見ながら、ふと錯視を用いたトリックアートが思い浮かんだ。わたしが見てきた彼女を一つの絵に閉じ込めることはできないだろうか。そしてそれから、描かれない未来の姿が浮かび上がるような。そうすればきっと、この想いの墓標になる。俄然、創作意欲が湧いてきた。途中お客さんが来たらしいが、全品売約済みの札を見て帰ったらしい。何も言わず、オーナーが代わりに相手してくれたのはありがたかった。

「久しぶりにそういう松江さんを見た気がするわ」

ウィンクをして、発送の書類を書いてくれる春乃さんには本当に頭が上がらない。関係者のヘルスケアに熱心すぎるところを除けば、完璧なオーナーだった。

「そろそろお茶にしましょうか。松江さんはコーヒーだったわね」

「あ、わたしが淹れてきますよ」

「いいのいいの。集中して疲れたでしょう? 休んでなさいな」

「ありがとうございます……いつも」

今思えばスランプだったわたしが絵を続けられたのは、春乃さんのおかげだったのかもしれない。ごく自然に次の個展はどうするのか聞かれ、肖像画は止めたいと言ったら、取材旅行を手配してくれた。当時は上の空でろくにお礼もできなかったけれど、あの時色々なものを無心でスケッチしたからこそ気付いたことがある。好きなものほどよく描けるし、もっと言えば、欲しいものほど存在感を持って描けるということだ。憧れや情熱と言ってもいいが、その気持ちがないとつまらない絵になる。どう丁寧に書き込んだところで、余所事感が拭えないのだ。美しいと思うその心の方を描いていると言っても良かった。

「松江さん、リキュール入りのチョコレートケーキをいただいたのだけど、あなた食べる?」

「わ、ゴディバ! 誰からですか?」

わたしの反応を見て、春乃さんがケーキ皿を並べる。注がれたコーヒーとアップルティーが鼻をくすぐった。

「さあ? 彩人さんが置いていったのよね」

「彼のお土産……だったらもっと個性的ですね」

「でしょう? 北欧行けばサルミアッキ、フランス行けばロックフォール、アメリカ行けばドリームキャッチャーですもの」

春乃さんがちらっと見た先には、蜘蛛の巣状に網が張られた輪に羽とビーズが結びつけられた綺麗な飾りがかけてある。単なるインテリアとしても人気なネイティブアメリカンのお守りだった。

「ちょっと待ってね。ーー天のお父様、み恵みに感謝します。アーメン」

敬虔なクリスチャンである春乃さんには微妙なお土産だったのかもしれない。自分は気を付けよう。

わたしはいただきますとだけ言って、カップに口をつけた。

「確かあれ、良い夢と悪い夢を振り分けるんでしたっけ」

「あら、よく知ってるわね」

「……わたしも貰いましたから」

コーヒーをじっくり味わいながら、濃厚なチョコレートケーキを楽しむ。これを選んだ人はコーヒー党だと思った。

「それで、良い夢は見れたかしら?」

丁寧に年を重ねてきた人特有の、美しい微笑。ふと、背中が軽くなったような心地がした。

「良い夢だったと気付きました」

たぶん、もう、こらえなくてよいのだと。背中に温かい手を感じながら思えた。


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