05 SSランクスキル
その宿『森の泉亭』は、街の中心部の近くにある立派な宿であった。
そこは、冒険者や旅人が泊まる宿と比べるとはるかに高級な宿であり、主に商人やリッチな旅行客が泊まる宿である。
もちろん貧乏学生にとっては、普段は高くて泊まれない宿である。
「セシル…こんなところを予約したのか!?」
「そりゃー、せっかくの卒業旅行も兼ねた帰省なんだから、たまにはいいかなと思ってね。それにこの店の女将さんとは知り合いだから、安くしてくれるって言ってるの」
彼女は、そう笑って言った。
俺は、彼女の「知り合い」という言葉に、軽く感動を覚える。
幼馴染みであるセシリアの知り合いは、俺の知り合いだとどこかで思っていた。特に、セシリアは、人付き合いがアレである。それが学園の外に知り合いだなんて…。
知らない間に彼女も成長したという事だ。
「な、なにいやらしい顔してるのよ…」
感慨に浸っている俺の顔を、いやらしい顔と評して彼女は店に入っていこうとする。
「いやらしい顔ってなんだよ…」
俺は、店に入ろうとする彼女のうなじのところで一本に結ばれた栗色の髪を後ろから引っ張ってやろうと手を伸ばしかけたが…
「セシリアちゃん。おかえりー」
店に入った途端、女性に声を掛けられて慌てて引っ込める。
見ると、年のころは40代後半であろうか、優しそうなおばさんがこちらを見ていた。
「女将さん。ただいま」
セシリアは、親しそうに、おばさんこと女将さんに、挨拶した。
客と女将以上に親しげな感じである。その女将さんが俺の方をチラチラ見ている気がする。
「あ。彼が、同郷で腐れ縁のエルクです」
く、腐れ縁って…セシリアは、俺をそう紹介する。
「は、初めまして。腐れ縁のエルクです。お世話になります」
俺は、丁寧に挨拶した。あまり、上手く返せなかったが、何事も第一印象は大事である。
「ふーん」
俺を上から下まで女将さん。俺は学園の制服を着ていたが、神殿で座りっぱなしだったため、結構、くたびれてしまっている。
セシリアも、もちろん制服姿であるが、彼女の制服は、ちゃんと皺もなくきっちりしている。まあ、男と女の違いだろう。ほら、毎日ちゃんとハンガーにかけるとか。
「女将さん!」
セシリアが、少し怒ったような顔を浮かべる。
「あら。ごめんなさいね…食事の準備が出来てるけどどうする?」
女将さんは、慌てて俺から目をそらして、セシリアに聞いた。
「もぅ…そうねー…」
そう言ってセシリアは俺を見てくる。
「今からいただいても大丈夫ですか?」
俺の顔を見て、俺がおなかをすかしていると思ったのか、セシリアは女将さんに言う。確かに俺は朝から何も食べていない…色々あったため、そんなにおなかはすいていないが…。
「もちろんよ。今日はセシリアちゃんのスキル取得のお祝いだからって、旦那も張り切ってたから、きっと喜んでもらえると思うわ」
女将さんは、そう言って、食事処と書かれた部屋へと俺たちを案内する。
その部屋は、広く薄暗かった。いくつかのテーブル並んでおり、美味しそうなにおいが部屋の中に充満していた。テーブルの上には、キャンドルが1本置かれており、その明かりと、壁に掛けられたいくつかのランタンの明かりだけがその部屋を照らしていた。
衝立で何か所か区切られておりその奥では何名かが食事をしている様である。
俺たちも、衝立で区切られたテーブルへと案内される。
そのテーブルにもキャンドルが置いてあり、炎が揺らめいていた。
「こちらにどうぞ」
女将さんは椅子を引きセシリアを座らせる。俺も向かい側の席に座った。
「改めまして、今日は、ようこそおいでくださいました。セシリア様とエルク様にとって今日は大切な日という事で特別な料理をご用意させていただいておりますので、ごゆっくりご堪能ください」
女将さんは、先ほどまでの口調と変わってそう言う。
何か、スイッチが入ったような感じである。女将さんは、そういって奥の方へ下がっていった。
それにしても、大切な日とは…確かに元旦であるし、俺たち学園の生徒にとっては、女神さまに祝福を受ける大切な日である。
おそらく、同学年の連中も、集まって大いに盛り上がってる事であろう…。
だが、これはイメージとは違う…そもそも、二人で食事をするというイベントは聞いてなかったはずである…。
「従来、祝福を女神さまに貰った日は、女神さまに感謝しながら、家族水入らずで白いケーキを食べると決まっているのよ」
沈黙に堪り兼ねたのかセシリアが最初に口を開いた。
「ふーん。そういうものなのか…」
「まあ、学園の人たちは親元から離れているし、家族水入らずとか、そういう感じじゃ無いようだけどね」
そう言えば、セシリアは、こういった事に変に詳しいのである。
そう、昨日の神社のお参りの仕方とかも彼女から聞いたのである。他にも、ステータスを出せるようになった時の操作方法や、パーティーの組み方、他にもそう婚姻の儀の正式なやり方など色々説明を受けた気がする。ここ2年は、クラスが別になってしまった為、そう言ったうんちくは聞かされずに済んだが、どうやら未だ健在だったようである。
「まあ、私たちも表向きは家族じゃないけど、実際は家族なんだから、こういった事はちゃんとやらないとね」
キャンドルの光だけではよくわからないが、セシリアは照れている様である。そりゃあ、俺はそんな恥ずかしいセリフは絶対に言えない。恥ずかしさの為か、彼女の言い回しも少しおかしい気がする…。
まあ、俺たちは孤児院の時から一緒で、二人とも実の親は亡くなっているか行方不明である。セシリアに関しては、実の家族がまだいるはずであるが、絶縁状態である。
俺たちにとっては、孤児院のみんなが家族であるといった様な事を言いたいのであろう。
もっとも、この前戻ったのは2年程前であり、孤児院のメンツも変わっているはずである。基本的にスキルを貰い一人前になった段階で、自分に合った職を見つけて孤児院から離れていくのである。
孤児院時代の同年代組のサヴァト達もきっと早めにスキルを貰って、今年中に就職するはずである。
そんな事を考えている間に、ナイフやらフォークやらが並べられていく…。
学園の授業で将来の為にマナーに関して講義を受けたが、テーブルマナーとかやめて…。
その後。前菜から始まり伝統に則ったフルコースの食事がゆっくりと出された。
俺はおろか、セシリアも緊張して言葉は少なく「おいしいねー」とか、小声で話す感じになっている。
お互い慣れないことはするもんじゃない。
だが、今後、冒険者や騎士などになれば、上流階級の人たちと、こういった場で食事をする機会も有るかもしれないので、練習だと思えばいいかもしれない。
「はい。お待ちかねのケーキだよ!」
食事が終わったひと段落したころ、そう言って女将さんがデザートのケーキを持ってきた…。しかも直径20センチくらいのホールで…。
そして、そのケーキをテーブルの上に置く。
「!」
むむむ…その上のプレートの文字を、俺は凝視する。
なんと、そこには『セシリアちゃん。SSランクスキル取得おめでとう!』と書かれていたのであった。
SSランクスキル。それは、女神さまがくれるスキルの中で最上位のものを意味している。
俺は、今度はセシリアの顔を凝視する。
彼女は、申し訳なさそうな恥ずかしそうな顔でこちら見ているのであった。




