30 セシリア、拉致される
『初心者の森』に、オーガが現れてから3日が過ぎた。
今回は、死者が出たこともあって、『初心者の森』への立ち入りを制限し、冒険者協会が調査に入る事になった。
数日前の魔族騒動で冒険者が集まっていた為、調査は順調に進んだらしい。
そして、冒険者協会から、『今回、山から下りてきたオーガは一体のみであり、他にはいない』という事が発表されたのは、つい先ほどである。
今回の様な魔物による襲撃は、けして珍しい事ではない。
特に、アルタインより北側、いわゆるセルトラント北東部の『竜王山脈』に近い地域では、毎年のように、どこかで発生している事である。
人類にとって未開の地である『竜王山脈』には、その名の通りドラゴンやら何やらというぶっそうな魔物が住み着いている。
奴らは、時々、山から下りてきては暴れるのである。
辺境にある村が、そう言った魔物に襲われた場合、滅ぼされて廃墟になってしまう事もしばしばである。
今回、大活躍したセシリア(と、おまけの俺?)であるが、特に事情聴取などで時間がとられるといった事は無かった。
なぜなら、今回の件で、学園から発表されたのは、『オーガが出現し、学園の教師及び生徒たちの協力により討伐された。しかし、その際、生徒の犠牲者が3名出た』という事だけであった。
それは、俺達が、まだ正式に高等部に入学する前で、しかもSSランクスキル持ちであるため、あまり目立たないようにと言う、学園と冒険者ギルドの配慮なのかもしれない。
まあ、そのおかげで、俺とセシリアは、面倒な事に時間をとられることなく、南の森で弓矢の練習をすることが出来た。
ただ、その練習の成果を聞かれると、困ってしまう…。
弓矢の訓練は、目に見えて上達するものではなかった…。
それでも、この間みたいに、大イノシシでも見つけられれば良かったのだろうが、これも、魔族騒動の影響だろう…調査の際に集まった冒険者たちに狩りつくされたのか…獲物が全くいなかったのである…。
結局、3日連続のスッカラカンで帰ってきた俺とセシリアは、今夜も家で二人っきりで夕食するために家まで戻ってきた。
しかし、家に戻ってきた俺達を、階段の所に座って待ち構えていたのはロリ先生こと。クレア先生であった。
クレア先生とも、オーガの件以来3日ぶりの再会である。
そんな、クレア先生を、家の中に招き入れ、セシリアは、着替えのために奥へと行く。
俺と二人きりになったレア先生は、その間、イスに座って、きょろきょろと部屋の中を見回していた。
元々、俺とクレア先生は、クラスの受け持ちも違うために、二人きりになるとそんなに話すことが無い。
雑談で苦痛の様な長い10分を耐えた頃、ようやくセシリアが隣の部屋から戻ってきた。
彼女は、もう今日は家から外に出ませんという感じで、髪を下ろしフロイデ君パジャマを着ている。
「!」
クレア先生は、そんなセシリアの姿を見て驚いた様に目を見開いた。
そういえば、以前、クレア先生は、フロイデ君のアレを履いていた。もしかしたら、セシリアと同じ趣味なのかもしれない…。
「セシリアちゃん。そ…そのパジャマ…女神さ…ま!?」
「…?」
クレア先生は、驚いたように、そんな事を呟いた。セシリアを、女神さまとは、褒めすぎであるが…。
「あ…何でもない…のです…よ」
クレア先生は首を傾げながら、そう呟いた。
オーガの件で、大変だったのだろうか、今日の先生は少し変であった…。
それとも、このクマのキャラクターの熱狂的なファンで、おかしくなったのかもしれない…
その後、俺とセシリアは、おなかがすいていたので晩御飯を用意することにした。
晩御飯の用意をしている俺たちを見ながら、クレア先生は、一通り、3日前からの流れを説明していく。
まあ、そのほとんどが、学園長たちに対する愚痴であったが…。
そして、現在、クレア先生は、パスタを大きく口を開けて食べていた…。
「…てことは、8歳の時にふざけて行った婚姻の儀のせいで、二人は結婚したことになっているから、守護者の特殊スキルが発生しているということなの?」
頬にソースをつけたまま、クレア先生が、そう聞いた。
今日、クレア先生が来た本当の理由は、やはり、セシリアのスキルについてだった様である。
「まあ。簡単に言えばそういうことですね」
先生の向かい側に座っているセシリアは、悪びれる様子もなくそう言う。
「そ、そ、そういう事って…そういう事はふざけてやってはダメなのですよ!女神さまは認めても、私は認めないのですよ」
クレア先生は、フォークを振り回して言った。そのおかげでソースが飛び散り、机を汚す…。
確かに、ふざけてやったと言われればその通りかもしれないが、少なくともあの頃の俺は、真剣にやっていたつもりだったが…。
「…でも、今更どうしようもないじゃないですか?」
再び、セシリアは、悪びれる様子もなくそう言った。
「…まあ。それはそうなんですけど…」
正論を言われたため、クレア先生は、小さくそう言った。
そして、少し離れた所で、ソファー代わりの木の収納ケースの上に座っている俺の方を見た。
そのまま、こちらを見ながら、首をひねるクレア先生。
おそらく…クレア先生は、セシリアのスキルの効果が、Cランクスキルしか無い俺に使われているのを、もったいないとでも思っているだろう…。
「今日から、ここに泊まらせてもらいます!」
『は?』
いい案が浮かんだと言わんばかりの、クレア先生の宣言に、俺とセシリアの声がハモった。
「学園長先生からも言われているのですよ。街に滞在している間は、セシリアちゃんのフォローをしてあげなさいって」
「で…でもそれと先生が泊まるのと何の関係が…?」
「そ…それは、高等部に入学する前に間違いが起きたら大変だからに決まっているのです」
「ま、ま、間違えって…大丈夫ですよ先生。もし間違いが起きるなら既に起きてるはずですから!」
セシリアは、顔を赤くしながら、もじもじする。
クレア先生が考えていたのは、スキル効果の事ではなく、男と女の事だったようである。
それにしても、そんなもじもじしたら変に誤解されるだろう…。
「ダメなのですよ!間違いが起こってからでは遅いのですよ。男は狼なのですよ!」
「おおかみって…」
クレア先生は、イスの上に立ち上がっている。
そんな行儀悪いことをしたら、孤児院では、しばらく、食事抜きにさせられてしまうであろう。
「で、でも、狼に先生も襲われちゃうかもしれませんよ!ほら、かわいくて先生って襲いやすそうな感じだし…」
「うぐ…」
セシリアに言われ、声を詰まらせ俺の方を見るクレア先生。いやいや、さすがに先生は襲いません。
それに、セシリアも兄弟みたいなものだし、引っ越してきてから同じ部屋で寝ているけど変な気なんて全く起きなかったぞ。
「…じゃあ、セシリアちゃんが、先生の部屋に来るのですよ」
「せ、先生の部屋ですか?」
セシリアは、微妙な表情を浮かべる。
確かに、俺も、担任のゴリラ先生と共同生活なんてしたくはないな…。女の先生なら少し考えるけど…。
「そうなのです。少し散らかっているけど、特別にご招待するのですよ」
「…」
「うん。そうすれば、一石二鳥なのですよ…いえ、それどころか…三?四鳥くらい。いい事があるのですよ」
何が一石二鳥なのかはわからないが、クレア先生は、イスに立ったまま一人で、すごくいい案が見つかったと納得したように頷いている。
「どうせ、セシリアちゃん。エルク君の受験が終わるまで帰省しないで街にいるのでしょ?なら、先生が、特別授業をしてあげるのですよ。そうすれば魔法の威力もコントロールできるようになったり、今後役に立つ事間違いないのですよ!」
「う~ん」
確かに、セシリアは、魔法の威力のコントロールは学んだほうが良いと思う…。
オーガ戦以降、セシリアは、魔法の強力さに使う事を、怖がっている感じがうかがえたからだ。
「…で、でも、私がいないと、エルがサボるしなぁ…」
と、俺の方を見るセシリア。
少し、気持ちが動いたようだが、やはり先生の部屋に泊まるのは嫌なようである。
普段は、自分で率先して決めるセシリアだが、意見を求めて俺の方を見る。
「俺は一人でも大丈夫だぞ。それに、セシルがちゃんと魔法を使えるようになれば、高等部でパーティー組んだ時、役に立つんじゃないか」
と、後押しをする。
「ほら、エルク君もこう言ってるし。なにより。先生と来れば、寮のお風呂が使えますですよ!」
「お、お風呂」
明らかに、セシリアの気持ちが揺らいだように見えた。
確かに、ここにお風呂は無く、引っ越してからは、水やお湯でぬらした布で、体を拭いているだけである。
男の俺は良いが、セシリアは、色々気にしていたのかもしれない。
トイレ事情に関しても、学園の寮の方が良いはずである。
そこらへんに気付くとは、やはりクレア先生、目ざとい様である。
「そういえば、セシリアちゃん。少し汗臭いですよ。そんな事だと、嫌われちゃいますよぉ」
突破口を見つけて、追い打ちをかけるように、クレア先生は言った。
「く、臭いですか!」
セシリアは、フロイデ君パジャマの裾の臭いをクンクンと嗅ぎながら俺の方を見た。
いや。大丈夫だよ。セシリア…多少汗臭くても、全然大丈夫だから。
「じゃあ…お試しで…お願いしようかな…」
ついに折れてセシリアはそう言った。
「そうと決まれば、すぐ出発ですよ。今日から、先生の家で合宿ですよ!すぐ食べちゃうから、準備して待っているのですよ」
先生は、セシリアの答えを聞き、座ってすごい勢いでパスタを食べ始めた。
それを見て、セシリアは、俺の方に近づいてくる。
「じゃあ。ちょっと行ってくるから」
「ああ。頑張れよ」
「いや。頑張るのはエルの方だろ。私がいないからってサボったらだめだからな」
「…いや。サボらないから…」
さっきからサボるサボるとセシリアは俺の事をどう見ているんだか…。
「まあ、確認できるようにパーティーは解散しないから、何かあったらすぐチャットしてね」
完全に保護者気取りである…。
数分後、再び制服に着替えて、お泊りの用意をしたセシリアは、クレア先生に連れ去られていってしまった。
「ふぅ~」
今夜から、しばらくは一人であるが、それは、それで楽しみである。




