20 訓練のはじまり~冒険者ギルド
結局、雪から変わった冷たい雨が止んだのは、1月6日の夜だった。
アルタインの街では冬でも、あまり雪が降らない。
アルタインでこの状況だと北にある故郷のリステルは、かなり、雪が積もっている事であろう。
あのまま帰郷しても、途中の町でしばらく足止めをくらっていたに違いない。
もちろん、訓練に行けなかった2日の間、何もしていなかったわけではない。
まずは、とりあえず、セシリアに命令されて、掃除をひたすら頑張った。
そして、夜になり、ランプを買うのをすっかり忘れていたのに気づき、暖炉――セシリア曰く薪ストーブらしいが――の明かりだけで夜を過ごす羽目になった。
そして、あまりにも暇だったので、二人で、カードゲームをしたりした。
極めつけに、セシリアの料理人スキルの効果の程を確かめるために、いろいろ変なものを食べさせられた。
と、まあ、色々有意義に過ごすことが出来た。
「じゃあ。行きましょうか」
セシリアは、髪の毛を後ろで邪魔にならないように結び準備を終えたことを告げる。
彼女は、戦闘用学生服の上に白基調のレザーアーマーを装備している。
どれも学園で支給されたものである。さらに学園章入りの外套を羽織っており、どこから見ても学園の生徒である。
という俺も、戦闘用学生服の上に茶色のレザーアーマーに外套姿であるが…。
「セシル、鍵を閉め忘れるなよ」
鍵は、セシリアが持つことになった。
俺が学園でお受験している間は、彼女が、一人で留守番する事になるからである。
「エルじゃないから大丈夫よ。それより、エルの方こそ滑って落ちないようにしなさいよ。『階段から落ちて骨折して試験も落ちました』なんて洒落にならないからね」
そんなに「滑る」とか「落ちる」という言葉を、受験生に連呼すること自体が洒落になってない気がするが…。
だが、セシリアの言う事ももっともである。
昨日の雨で溶けかけた雪が、朝の寒さで凍り付いていて油断すると転びそうである。
俺は、ゆっくりと階段を下りて行く。
「ねえ。まず冒険者ギルドに行くんだよね?」
「ああ、俺の経験によると、冒険者ギルドで依頼を見てから行った方が、色々都合がいいんだよ」
俺は、前回の教訓を踏まえて、冒険者ギルドで依頼を受けてから、森に行こうと話して決めていた。
「じゃあ。誰か知り合いがいるかもしれないわね」
彼女の言っている、「知り合い」が、どのレベルの知り合いの事を言っているのかわからないが、確実に知り合いは居るはずである。
セシリアの奴、猫を被る準備でもするのだろうか…。
それにしても、今日は、久々の晴天である。
その為か、雪が積もっているというのに街中には人が多くいた。
途中、学園の門の前を通ったので、チラリと門の中を覗いてみる。
多くの学生たちが寮から本校舎に登校している様子がうかがえた。
そう言えば、他の学年の生徒たちは、年末年始の休みが終わり、今日から授業が再開されるはずである。
そして、学園の正門の正面は冒険者ギルドである。
冒険者ギルドの前では、職員の皆様が、通行の邪魔にならない様に、雪をよけていた。
「いらっしゃいませ…あ、エルクさん。それに、セシリアさん。おはようございます」
ギルドの受付のマーニャさんである。
先日来たばかりなので、彼女は俺の事を覚えていてくれた様だ。
セシリアの事は普通に覚えているのが納得いかないが…。
マーニャさんに連れられて中に入ると、ギルド内には、あまり人がいなかった。
依頼を受けたパーティーはもう出発し、そうでないパーティーはまだ寝ている中途半端な時間なのかもしれない…。
「おはようございます。今日はちゃんと依頼を見に来ました」
「…そうですか…でも、依頼は…」
そう言って、マーニャさんは横の方をチラッと見た。
そこに居たのは、ポニーテールの赤髪の女性――女性と言っても初等部くらいの背の高さの女の子である。
彼女は、高いところにある依頼書をジャンプして取ろうとしている。
「クレア先生!?」
声を上げたのはセシリアである。
「え、ああ!」
ドテ…
女の子は、急に声をかけられた為、ジャンプして依頼書を取った後にバランスを崩し尻もちをついて転んだ。
転んだ勢いで長めのスカートがはだけてしまっている…。
あれは…フロイデ君…。俺は慌てて目をそらした…。
彼女は、先日までセシリアのクラスの担任だったクレア先生である…子供の様に見えて、あれでも20代前半(自称)らしい。
「先生。大丈夫ですか!?」
セシリアが、慌てて駆け寄り、クレア先生を起こした。
「あれれ…セシリアちゃん。何でここにいるんですかぁ?てっきり、故郷に帰っているものかと?」
「…わたしは、少し用事が出来て…それより先生こそ、こんな所で何をしてるんですか?」
「わたしー?わたしは、他のせんせーのお手伝いをしてるんだよー」
「お手伝いですか…?」
「そおそお、でも、お手伝いというより…雑用?」
クレア先生は、首をかしげる。
「雑用ですか…?」
「そうそう…みんなが卒業しちゃったから、先生、頑張って職員室でお仕事してたのにー…教頭先生が…『暇なら冒険者ギルドに行って、学生が出来る依頼を集めてこい』って…うるうる…」
クレア先生は、教頭先生の声真似をしてそう言った。
セシリアは、「そうですか…」と、泣きまねをするクレア先生をなだめている。
なるほど、そう言う事か…俺は、壁を見てみる。
残っている中で一番簡単そうなのは…Cランクのオーガの討伐の依頼か…。
普通に考えて、訓練をしながら討伐するのは、無理そうである。
まあ。でも、おまけ程度に考えていたので、依頼が無ければ仕方ない…。
「あれれ。エルク君じゃないですか~?」
やばい…気付かれた。この先生苦手なんだよな…。
「あ、クレア先生。おはようございます…」
彼女は、背が低いため見おろす形になる。
「エルク君も大変だったねぇ~。先生は、エルク君を応援しているから試験頑張ってねぇ~」
「…はあ。ありがとうございます」
受験の事は、あんまり、大きい声で言ってもらいたくないんだけど…。
「あれれ…でも。セシリアちゃんとエルク君が一緒にいるってことは…まさか…」
ギク。
「誘拐とか!?」
『…違います!』
「一緒に訓練しているんですよ…。本当は、今頃故郷に帰っていたはずだったんですけどね…先生の力で何とかできなかったんですか?」
「そりゃぁ。先生の力は偉大だけど…校長先生には勝てないのよね~怒ると怖いしね~」
「…そうですか…では、私たち訓練しなくちゃいけないので、これで失礼しますね」
「え…わかったわ~。がんばって来てね~」
やはり、自分のクラスの担任である。セシリアは、スパッとフェードアウトする。
「じゃあ。俺も失礼します」
俺も、セシリアに続いた。
「は~い。がんばってね~」
クレア先生は、ぴょんぴょん跳ねながら手を振ってくれた。
「二人とも!今日はどこへ行く予定ですか?」
ギルドを出た俺を、なぜかマーニャさんが追って来た。
「え?近くの森で少し訓練しようかと思っていますけど…」
「そうですか…それでしたら南の森には近づかない方が良いですよ」
「何かあったのですか?」
セシリアが聞く。
「実を言うと、狩りに出た狩人の方が、3日前に狩り出たまま、行方不明になっておりまして…」
「行方不明?」
「ええ。それで、雪が止んだ今朝から捜索隊が出ていますので…」
「邪魔にならない様にという事ですね…」
「はい。訓練が目的なら『初心者の森』に行った方が良いかと思います」
「わかりました。マーニャさん。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。では、失礼しますね」
マーニャさんは、そう言ってギルド内に戻っていった。
「じゃあ。今日は『初心者の森』にする?」
「ああ。そうだな…」
行方不明になった人の事も気になるが、それは捜索隊に任せるのがいいだろう。
俺達は、北門に向かって歩き出した。




