16 孤児院と部屋決め
エルナス孤児院はアルタインの街の北東地区にある。
この地区には、住宅が多く、孤児院は、昔は地区の教会だったそうである。
孤児院は、教会の建物をそのまま使っているそうで、多くの子供たちが預けられている。
そして、聞いていた通り、そこでは確かに炊き出しをやっていた。
孤児院の庭では、焚火が焚かれており大きな鍋で汁物が作られている。
子供たちは、この寒さにも関わらず、庭を走り回っている。大人たちも含めるとかなりの人数が庭にいる。
ああ、あの人がミシエラさんか…
俺は、鍋の見張りをしている大人の中に、学園で見たことがあるおばさんを発見した。
「あらぁ、セシリアちゃんにエルク君」
孤児院の入り口の外で所で様子を見ていた俺たちに気付いて声をかけてきたのは、この孤児院の院長先生であるパトリシアさんである。
まだ30代の若い院長先生で、数年前に先代から孤児院を引き継いだのである。
「おはようございます。パトリシアさん。これ使ってください。あと、お菓子も良かったらみんなで食べてください」
セシリアは、寄付と途中で買ったお菓子をパトリシアさんに渡す。
「いつもありがとうねぇ…それにしても、二人が一緒に来るのは珍しいわねぇ」
まあ、一緒に来るのは初めてだと思う。
「私とエルは、昔、同じリステルの孤児院にいたんです。中等部を卒業したんで、今は一緒に行動しているんです」
「へーそうなんだ。二人とも孤児院出って聞いてたけど、一緒の孤児院だったんだねぇ」
セシリアの説明に対し、パトリシアさんは、そう両手を合わせて言う。パトリシアさんは美人なんだけど、かなりおっとりした感じの人である。前来たときは、神官服を着ていたのだが、今日はエプロン姿で家庭的な雰囲気をだしている。
「そうなんですよ。こいつとは腐れ縁ってやつです」
と、俺が言うと、セシリアが足で小突いてきた。
「うふふ。二人は仲良しさんなんですねぇ。じゃあ、みんな喜ぶと思うから遊んでいってくださいねぇ」
パトリシアさんは、そう言うと、今度は他の来院者の方に向かった。
さて、小さな子たちと遊ぶのも良いが…そろそろミシエラさんに本題を話に行かないと…。
結局、孤児院の小さな子たちに囲まれなかなかミシエラさんに近づく機会がなかった。
セシリアの方を見ると、彼女と目が合ったので合図をする。
彼女には、昼にデビッド達と会うことは伝えてあったので、俺の意図は理解したようだ。
しかし、セシリアの方も小さな子たちに囲まれており簡単に抜け出せそうにない。
彼女は、男の子たちに大人気である。
セシリアも昔を思い出したように、楽しそうに子供たちの相手をしている。彼女は、昔から年下の面倒見は良いのである。…年上組とか同年組とはあまり折り合いが良くなかったが…。
「ほら、お兄ちゃんは、ちょっとミシエラおばさんに用事があるから、セシリアお姉ちゃんと遊んできな」
俺は、子供たちをセシリアの方に行くように促す。
「はーい」と言って、素直に子供たちはセシリアの方に走っていった。
「なっ」
セシリアは、こちらを見て抗議の声を上げようとするが、更に子供たちに囲まれていた為、すぐに諦めて子供たちの相手を続けた。
俺は、小さい子達から解放され、火の番をしているミシエラさんの方に向かった。
「こんにちは。ミシエラさん」
俺は、さも昔から名前を知っていましたという感じで、初老の女性に言った。
「あら…あなたは学園の…」
「はい。先日、中等部を卒業したエルクです。いつもお世話になってます」
どうやら、なんとなく顔を覚えていてくれた様なのでそう名乗った。
「実は、ミシエラさんが、卒業生とかに部屋を貸しているって聞いたので、それで部屋を借りられればと思いまして…」
俺は、2カ月ほど部屋を借りたい旨などを軽く説明する
「わかったわ。ちょっと待ってね。誰かに鍋の番を頼むから…あそこがうちの建物だから先に行って入口で待ってて」
そう言って、ミシエラさんは、近くのレンガ造りの建物を指す。
孤児院より少し高いところにあり、孤児院の庭から土手を2メートルほど登れば、すぐ建物の裏である。
その窓からは、この孤児院の庭が一望できそうである。
「子供たちの声が少しうるさいかも知れないけど…気にならないなら安くしとくわよ」
まあ、俺もセシリアも孤児院育ちである、そこらへんは気にならないはずである…。
「そしたら先に行って待ってますね」
俺は、そう言って、ミシエラさんの所を離れてセリシアの方に行く。
「何だって?」
「あの建物だから、先に行って待っててだってさ」
俺は、セシリアに説明し、先に門の方へ向かう。孤児院の門から出て道沿いに回ってくと、2,3分余計にかかりそうだが、いきなり、土手経由で行くわけにもいかない。
「ごめんね。お姉ちゃんたち一回用事があるから戻らないといけないの」
「えー」
「また後で来るから。また遊びましょう」
セシリアは、小さな子たちにそう言い聞かせて、追いついてきた。
「あそこなら、孤児院ビューで楽しそうだね」
「…まあな」
孤児院ビューって…
建物の前で待って5分、ミシエラさんが隣の建物のから出てくる。その手には鍵の束を持っている。いつの間にか、彼女は先回りしていた様である…俺たちは門から回って来たが、ミシエラさんは孤児院の庭横の土手を上って、戻ってきたのかもしれない。
「待たせてしまったわね」
「いえいえ。ミシエラさん。よろしくお願いします」
「それにしても、セシリアちゃんも一緒だったのね…」
ミシエラさんは、やはりセシリアの事は知っている様である。思ったより、セシリアの交友関係が広い事に感動である…。
「一緒に暮らすのかしら…?」
ミシエラさんは、俺とセシリアを見比べる。
「その予定ですけど…」
「そう…そうすると寝室が2つ有る方がいいわよね…」
それは、そうである。いくらセシリアとは言え、立派な女の子である。なんか間違いがあったらいけない。
「まぁ。そうですね…」
「いえ、別に大丈夫ですよ。エルとは、小さいころから一緒に寝てるので」
俺とセシリアが異なる反応を示したことに戸惑うミシエラおばさん…それに「小さいころから」じゃ語弊があるからな…「小さい頃は一緒に寝てた」である。
「…まあ。空いてる部屋を先に見てもらおうかしら…」
そう言って、まずは一階の部屋を案内してくれる。
一階には2戸あり片方は学園の卒業生の若い冒険者のパーティーが借りているという事である。現在は、依頼を受けて旅に出ているとの事で留守との事である。
「すごい。家具付きで良いかも…」
そうセシリアは声を上げる。
建物内に入るとまずは部屋がひとつ、テーブルとイスがあり、なんと年代物の鉄製の暖炉もあった。
そしてドアが3つ。奥には部屋が2つあり、それぞれに古いベッドが2つ置いてありなんとか使えそうである。寝室の窓からは、予想通り、孤児院の方が見える。
もう一つの部屋は、レストルームである。
2人で住むにはもったいない気がするが…。
「どうかしら、ここは半年前まで3人パーティーの女の子たちが住んでたのよ。もっとも1年ちょっとの間だけだったけどね。高等部を卒業して、稼ぎが安定するまでって、卒業生がよく使ってくれるのよ」
と、ミシエラさんは、説明する。
「ミシエラさん。ここって借りると一月いくらですか?」
「そうね。12,000メルクでいいわ」
12,000メルクなら予算を少しオーバーしてるが、許容範囲である…
「12,000メルクかぁ…一応別の部屋も見せてもらえますか?」
今度は2階を見に行く。2階は4戸あり、こちらも2戸が、若い冒険者に貸し出されているとの事である。
こちらはシンプルで手前にリビング。奥に寝室である。ただ、奥の部屋には大きめサイズのベッドが1つしかなく、二人で寝るのは、うん、厳しい気がする。値段によっては2部屋借りれば問題ない気がする。
「そうそう、井戸とか、釜は、建物の横にあるから、他の人たちと仲良く使ってね…ちなみに、2階は6,000メルクだから、場合によっては2部屋借りてもらったほうが良いかもね」
「うーん。2部屋借りるなら、下がいいかも…でも6,000ならここを借りて2人で寝れば…その分…。すいません。この部屋でお願いします」
セシリアは、少し考えるような素振りを示していたが、そう即決する。
俺の意見など聞く気もないようである。
確かに、一月6,000メルクで寝床を確保できるのは大きい。それに、2部屋あるんだから、俺がリビングの方で寝れば全く問題ない。
それにしても、安い…。割引してくれているのであろう。
「そう…あんまり、男の子と女の子が一緒に住むのは好ましくないんだけどね…」
そりゃ、ミシエラさんも一応、学園関係者である。万が一の事を考えると、そう思う気持ちもわかる。
「大丈夫です。エルが変な事してきたら、撃退するだけなんで…」
と、自信満々に言う、セシリア。
「…そう…わかったわ。何かあったら、私、隣の建物に住んでるんで、何でも言ってね…」
結局、セシリアの様子に、ミシエラさんも折れたのであった。
何かあってからじゃ遅い気もするが…。
ここのところ、セシリアの様子がおかしいので、セシリアが俺の事好きなんじゃないかと、少し考えてしまう…。
「それじゃあ。私の家まで一度来てくれるかしら。手続きをしちゃうから」
「はーい。よろしくお願いします」
と、セシリアは、嬉しそうに言う。
部屋を出て、三人で、隣の家へ向かう。レンガ造りの立派な家である。
一人で住んでいるのだろうか?
ふと、遠くを見ると神殿の時計塔が見えた。
ここら辺一帯は少し高台になっているため、場所によっては、建物の隙間から神殿の時計台が見える。
時間がやばそうである…。
「すまん。セシル。そろそろ時間が…」
「あ、そうね…仕方ないから手続きは私がやっておくから、終わったら孤児院に来てね」
彼女は、理解してそう答えた。そんなセシリアに、俺は、12,000メルク分のギルド紙幣を出して渡す。
昨日の臨時収入が無ければ、出すのを戸惑う金額であるが、今は少し余裕がある俺のスキルのせいでこうなったのだから、気前よく渡しておく。
「じゃあ。セシル。後は任せた」
無責任な気もしたが、セシリアも別にいいよ的な雰囲気なので、俺は任せることにした。
「ミシエラさん。すいません。用事があるのでこれで失礼します」
遅刻しそうなので、俺は、ミシエラさんに軽く挨拶をして、小走りでなだらかな坂道を下って行った。




