29 VS.不法雇用
29 VS.不法雇用
‘ 沉みかけ ’達から‘ 魔 ’を祓う過程で、‘ 沉みかけ ’の仕組みを広げる組織の所有する貨幣の多くを手に入れる機会が生じた。
それを<他生之園>のような‘ 人が援け合うための組織 ’へと配る事にした。
放っておけば、その貨幣を巡る争いや‘ 沉みかけ ’の造った組織が、新たな‘ 沉みかけ ’を生むだろう事が、容易に想像できたからだ。
この世界の架空の物語にある‘ 義賊 ’と呼ばれる者達を参考にしているが、それと違うのは、‘ 沉みかけ ’を無力化する事も同時に行っている事だ。
‘ 義賊 ’の‘ 盗みはしても非道はしないという生き方 ’は、‘ 人 ’の在り方で、討魔者のものではない。
‘ 掟 ’に従わず‘ 人 ’を救うのが‘ 義賊 ’の生き方だが、この世界での討魔者の在り方は、‘ 人 ’ではなく、‘ 魔 ’を祓うための‘ 魔 ’としてのものだ。
‘ 法 ’を護るための治安組織が、‘ 法を破る者 ’を力で害する仕組みと似てはいるが、討魔者の在り方は、法を護る事で‘ 人としての生き方 ’を守るための方法論とは違う。
この世界では‘ 公私混同 ’と呼ばれる‘ 犯罪者のあり方 ’で、“ 自らの利益のために‘ 法 ’を利用するような事 ”。
“ ‘ 法を破る者 ’の生き方 ”を、“ ‘ 法 ’を護るためのあり方 ”と偽るように、‘ 魔 ’を祓う事で利益を得ようとすれば、‘ 魔 ’に魅入られるので、それをしてはならないのは治安組織と、同じだが────討魔者は、人のために生きるわけではない。
‘ 人が援け合うための組織 ’へと貨幣を配るのは、‘ 人 ’を救うためではなく、‘ 魔 ’に抗うためだ。
‘ 擬身 ’の変化機能を使えば、どんな人間に模す事もできる。
銀行という“ 貨幣の量を調整して、‘ 貨幣を多く持つ者 ’が権力を保ち続けるための金貸し組織 ”に貨幣を貸すのが、先進国と呼ばれる‘ 征服統治組織 ’の構成員の普通なのだが。
そこでただの数字として保管される貨幣を、物質化するのも、‘ 魔 ’を祓った‘ 沉みかけ ’の姿を模して、その口座を使えば、簡単にできた。
この3ヶ月で、造った‘ 擬身 ’は、9体。
‘ 魔 ’を祓った‘ 沉みかけ ’は291.。
世界中に‘ 擬身 ’を送っているせいなのか、まだ噂としても‘ 沉みかけ ’の末路を語る者はいないようだ。
だから、今のところ、この事に気づく者はいない。
連続殺人犯や犯罪組織の幹部構成員など、影響の大きい‘ 沉みかけ ’から先に‘ 魔 ’を祓っているからかもしれない。
戦争やテロと呼ばれる人間同士の殺し合いを画策する権力を持った巨大資本を動かす‘ 沉みかけ ’の‘ 魔 ’も祓ったが、醜聞報知を怖れたのか、その情報は広がっていない
だが、‘ 擬身 ’の数が揃い、相次いで‘ 征服統治組織 ’の中枢に巣食う‘ 沉みかけ ’の‘ 魔 ’を祓うようになれば、どうだろう?
その事は広く知れ渡り、そう簡単に‘ 沉みかけ ’の組織を支える‘ 貨幣の量という権力 ’を、ただの通貨に変える事は難しくなるだろう。
“ ‘ 貨幣の量という権力 ’に縋り、利権を得るために争いあう‘ みじめ ’な生き方 ”を選んだ者ほど、それを失う事を怖れ、必死になるからだ。
‘ みじめさ ’に気づいた時に、別の生き方を選べるようならいい。
だが、自分を騙し、‘ みじめさ ’に気づかぬふりをして生きようとするなら、‘ 魔 ’は容赦なく心を侵し、人間は‘ 沉みかけ ’になる。
そうなれば、自分より‘ みじめ ’な者を創り出すために、不幸や死という‘ 自分が怖れるもの ’を誰かに押し付けて、自分自身の‘ みじめさ ’など、小さなものだと自分を誤魔化すのだ。
そうして、‘ 魔 ’に心を侵された‘ 沉みかけ ’は、自分のそんな‘ 弱さ ’を認めたくなくて、‘ 弱さ ’を憎み、力に縋りつく。
あちらの世界では、それが人間を棄てて、妖魔になるという事で。
この世界で、それは“ ‘ 貨幣の量という権力 ’のための犯罪や戦争やテロやハラスメントやイジメという“ 死と苦痛と不幸と‘ みじめさ ’と‘ 卑屈さ ’をばら撒く ”行いだ。
‘ 幼児退行症候群 ’という言葉を使い、 魔 ’を祓った沉みかけ ’を呼ぶ精神医も現れた。
‘ 幼児退行症候群 ’と‘ 沉みかけ ’による寄付などの繋がりを調べだすものも増えるだろう。
‘ 沉みかけ ’の成れの果てが、周囲に直ぐ発見されるとは限らないので、時系列を調べるのは困難だろうし、事故として警察に処理された事もあり、一瓏の周囲を調べられる可能性は少ないないだろう。
できれば、‘ 人 ’としての一瓏の生も、生きたいものだが、万一があれば、戸籍上の別人になる必要もある。
既に、戸籍の改竄方法は確立してあるから、簡単に別人として生きさせられる。
だが、‘ 転生の呪い ’で失われた凉樹一瓏という幼子の生を簡単に手放していい訳がない。
凉樹一瓏も、背負うと決めた生命だ。
ならば、できる限りの、善い道を望み、良い方法を探り、好いと想われる在り方を目指すしかない。




