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0 導入 十五年後




 いつもの学食、いつもの席でいつもの日替わり定食を食べていると。


「とうとうアメリカ大統領まで、‘ 幼児退行症候群 ’だって」

 

スマホでネットニュースをチェックしていた彰郭(アラガキ)宥尹(ユイ)が、大ニュースをつかんだ記者のように、得意げに語った。


 襟足長めのショートヘアに、子供みたいに輝く瞳は、子供の頃から変っていない。


 もう少し、娘らしくなってほしいものだが、そう言うとこれでもモテるんですからと言い返してくる。


 実際、交際を申し込まれる事も、けっこうあったらしいが、まだまだ色気より他の楽しみが優先らしい。


「カードとかいうイケすかないオッサンでしょ? ああ、いかにもだよね」


 うんうんとうなづきながら、カレー皿にスプーンを置いて水を飲んでいるのは、在群(アリムラ)(カスミ)

 

 幼馴染三人ですごす“ いつも通りの日常風景 ”だ。

 

 この世界最大の軍事国家のトップが倒れようと、日本にどんな影響があっても、一介の学生の関心事ではなく。


 他のテーブルで、その話題が語られる様子はなかった。


 ‘ 幼児退行症候群 ’が一般に認知されて既に十数年になる。


 しかも、最初は日本だったから、高校生の彼らにとっては、生れたときからある現象にすぎない。


 宥尹(ユイ)は知らないようだが、アメリカの政治家が倒れるのも大統領が倒れるのも珍しいことではない。


 日本の首相も三人倒れているし、政治家は百人単位で。


 ヨーロッパでもアフリカでもロシアやアジアでも政治家や企業トップの‘ 幼児退行症候群 ’は、多い。


 石油メジャーに穀物メジャーに金融ネットワークなど、一時的に上層部が全て倒れたような組織もあり。


 この10年で世界の在り方が変ったという者は多い。


 この10年で戦争やテロは消え、犯罪組織は壊滅し、汚職政治も独裁者も消えていき、‘ 幼児退行症候群 ’が全てを変えてしまった。


 人類を平和裏に統一しようという声や、階級主義や権威主義の議会制共和国家から民主主義国家へ進歩すべきという主張も暴力的な手段で潰される事はなくなった。


 真の悪人は‘ 幼児退行症候群 ’を発症してしまうという噂は、(まこと)しやかに語られ、誰もが汚い手段を躊躇(ためら)うようになったせいなのか、悪事を告白する人間や告発する人間も増えた。


 その事で審判の日が近いと終末論などを唱えた宗教もあったが、多くのカルト宗教のトップが‘ 幼児退行症候群 ’で倒れ。


 ‘ 幼児退行症候群 ’を利用して信者を増やそうとする宗教は鳴りを潜めた


 ‘ 新学生運動 ’の盛んな国立大学や有名私大が多い東京ならともかく。


 地方都市の公立校でしかないこの高校でそういった知識を求める者は、ほとんどいない。



 そんな事よりも、ゲームの発売日の話題や芸能スキャンダルのほうが、よほど求められている。

 

 ‘ 幼児退行症候群 ’など、今更、取り沙汰される事もない‘ あたりまえの事 ’なのだ。


「初めて、起きたのはあたし達が生まれた年なんだ」


「その年の退行者は、今、精神年齢は高校生ってことだから、知らないうちに会ってるかもね」


 確かに、この地方都市にもいるが、この近辺にはいない。

 彼女達が出会ってはいないだろう。



「関連性はないって言ってるけど、絶対、悪人つながりだもんね、一瓏(イチロウ)もそう思うでしょ?」


 霞が同意を求めてくるが。


「…………」


 黙って笑うに(とど)めておこう。


 ‘ 幼児退行症候群 ’と呼ばれる現象を巻き起こしている者としては、それが賢明だ。


「もう、爺ムサイぞ、凉樹(スズキ )一瓏(イチロウ)!!」


 ビシッという効果音が出そうなしぐさで、なぜか宥尹のほうが、文句をつけてくる。


「そうそう、昔からジジクサイんだから、一瓏(イチロウ)は」 


 高校生という年齢の男としては、異議を唱えるべきところだが、前世を含めれば百ちかい年齢を考えれば、仕方ない話だ。


 いくら、若者の情報や知識や身体を持っていても、年月とともに積み重なった記憶は、どうしようもない。


 《思考活性》のスキルで思考速度を数十倍に引き上げた心の中を過去の思い出が通り過ぎていった。



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