第8話 アカミミガメ
あたしは、硝子の向こうであたしの抜け殻があの店主に渡されるところを見ていた。
ただ、見ているしか、できなかった。
ーー・ーー・ーー
あたしはその出来事をまるで硝子越しにぼんやりと見ていたような気がする。
いや、実際に硝子越しに見てたことに代わりはないんだけど。
手を伸ばす気にもなれなかった。
「手、ありませんけど……」
うるさいな、比喩的表現だよ。
あたしの抜け殻で亀子ちゃんが亀を貰ってた。交換してた、なのかもしれないけど。
あいつは、ミシシッピアカミミガメ、その中でもアルビノピンクスキンキャラメル……爬虫類の中でも序列は確か……神様に届かないあたりでは上から数えた方が早くて……第三八二位くらいだったかしら。
日本だけだけど。
……嘘でしょう?
たかが三百位台の、しかも神様にすらなれてない亀と、一応神様(?)なあたしの抜け殻と同等っていう意味?
……そんなのって、ないよ……。
隣で、なんだかイモリが何か五月蝿くわめいてる気がする。
五月蝿い、五月蝿いのよ。
イモリと目を合わせる。途端、イモリが面白いくらい硬直した。
蛇に睨まれたカエルって感じかしら。
あたしはするすると亀子ちゃんの帰っていなくなった店の中に入った。
あの変態はまだ座り込んだままあたしの抜け殻を撫で回してる。
気持ち悪い。
吐き気までしそうだ。
それ、はあたしのだ。
そしてあたしが亀子ちゃんにあげたんだ。お前にあげるためじゃない!
変態はあたしに気付いた。
彼の目はきらめく。
あたしはあいつと目を合わせた。そして力を込めて睨みつけた。
変態は固まる。
ふん。これでもあたしは一般人よりは強いんだ。獲物を睨んで動きを止めるくらいできるんだ。
わかったらその手を離せ!
変態は握りしめたあたしの抜け殻を決して離そうとはしなかった。
取り返そうにもあれに触りたくない。ぶっちゃけ触りたくない。マジで触りたくない。だって……変態だし?
それに今のあたしだとちょっとうっかり★絞め殺しちゃうかもしれない。
それは流石にやばい。
なにか……触らなくても取り返せるもの……。
金縛りにあって硬直しても変態の目はらんらんと輝いている。
もう、キラキラなんてもんじゃない。ギラギラしてる。
ねっとりと絡みつくような視線が……
うう、気持ち悪い!
……くそ、仕方ない。背に腹は変えられないわ……。
こうなれば、もう、あれよ。
抜け殻自体壊しちゃえ! 強く握りしめすぎたってことにしておけば、うん。壊れてもおかしくないもの。
ってことで、壊れて!
そう思った途端、やつの手の中で崩れていくあたしの抜け殻。
少し寂しく思えるけど……。仕方あるまい。
抜け殻が壊れて灰になるのを見届けてあたしは踵(⁉︎)を返してペットショップを出て行った。
これは一応あたしの勝利と考えて……いいよね?
アカミミガメ【Trachemys scripta】
流れの緩やかな河川、湖、池沼などに生息し、底質が柔らかく水生植物が繁茂し水深のある流れの緩やかな流水域や止水域を好む。
日光浴を行う事を好む。