第6話 カメレオン
二周目ラストは再び癒しに来ました『星影』です。
彼女のギャップキャラクターについて来られるか――――!
「親御さんに連絡ついたよ。……あれ? 犬猫コーナーにいない。亀子ちゃん、どこいるんだ。亀子ちゃん、おーい」
遠くの方から私の名を呼ぶ優しい声がする。
お父さんみたいに野太く低い声じゃなくて、クラスの男の子みたいに明るい声でもない。
耳に心地良く、柔らかい男の人の声。
その声を聞きながら、私はただただこの子に見惚れていた。
白い砂浜に落ちた桜貝のような、儚く美しい姿をした亀に。
「気に入ったかい?」
振り返ると、店長の香枝夜さんが優しく微笑んでいた。
ふわふわとクセのある茶色の髪に、細いフレームの丸眼鏡。
すらりと背が高く、端正な顔立ちをしている彼にお店のエプロンは可愛らしすぎるが、なぜかしっくりくるくらい似合っていた。
私は先ほどの質問にこくりと頷いて、こう尋ね返した。
「この亀、いくらなんですか?」
きっとこれは運命の出会い。手が届くのならば飼いたい……いや、そんなぬるいもんじゃない。
私はこの子と共にこれからの時を過ごしたい!
香枝夜さんは私の言葉に困ったように笑う。
「残念だけど、この亀はウチの看板ペットでね。売れないんだ」
あぁ、そうだったのか。運命の出会いだなんてあるわけない、か。
いったい私は何を期待していたんだろう。
売れない、ということを知り、勢いをなくした私はしょんぼりとうつ向き、スカートの裾をぐっと強く握った。
そんな私を見かねたのか、香枝夜さんは私の手を引き「亀子ちゃん。こっちへおいで」と、薄暗い水槽の方に向かう。
「これ、きっと気に入るよ。見ててね」
彼がパチリと何かのスイッチを入れると、水槽を水色のライトが淡く照らし出し……
ふわふわと水槽を漂うクラゲの姿が現れる。時間を置くと、ライトが桃色や黄色、緑と色を変え、クラゲをライトアップしていった。
美しく色を変えるそのさまは、まるでカメレオンのよう。
「わぁ……綺麗」
水槽を覗きこみ、クラゲの姿を見ていると、反対側にいる香枝夜さんと目が合ってしまい、慌てて視線を逸らした。
優しくてかっこいい大人の香枝夜さん……なぜか目が合っただけで、胸がドキドキと高鳴ってしまう。
もしかして、恋……?
ーー ーー・ーー・ーー
「あらま、彼女あの男に惚れかけてるわね。あんたの出る幕なしって感じ。せっかくの恋する乙女が台無しね」
あたしは隣で泣き出しそうに震えてるイモリを笑う。さすがにちょっと同情はするわよ、ちょっとはね。
「蛇礼様っ、どうしてこんなことにぃぃ」
まためそめそして、こいつはもう。
もとはと言えばあんたが、神様の邪魔をするのがいけないのよ!
「あっ、誰か来たわ」
ーー ーー・ーー・ーー
「ごめんください」
入り口の方から、懐かしい声がした。懐かしいって言っても今朝聞いたばかりなんだけど。
香枝夜さんは入り口の方に返事をして、私を水槽の前に残し、離れていった。
「すみません、うちの亀子がご迷惑をお掛けしたみたいで」
「いえいえ、とても素直でよい子です。迷惑など、とんでもない」
ちらりと入り口の方を見た。
そこにいたのは、どこにでもいそうなごく普通のおばさん。私のお母さん。
普通じゃないのは、萌え系アニメキャラクターのプリントがついたエプロンを身につけたまま、こんなところまで来ているってことくらい。
きっと焦って迎えに来てくれたんだろうけど、さすがにお母さん。そのエプロンはないよ……。
お母さんと香枝夜さん。二人して可愛いエプロン着けたままで楽しそうに会話し出して、ツッコミなんかも入れはじめちゃって。
ダブルエプロン……そんな名前の漫才コンビ見てる気分になる。
ゲンナリと二人を眺めていると、お母さんに気づかれた。
「もう、亀子! 心配したじゃないの、帰るわよ!」
ずいずいとお母さんは私のところにやって来て、私の手を引いていこうとする。
「待って! もう一回だけさっきの亀を見たいの」
そう叫んで、手提げを持ち上げると……
中身がぽろりとこぼれ、
それは、床にぽとりと音をたてて着地した。
ーー蛇の脱け殻。
皆の視線がその一点に集まり、あたりは静寂に包まれた。
ーー ーー・ーー・ーー
あ、あれ。私の脱け殻だ。亀子ちゃん持っててくれたんだ!
思わず頬がゆるむ。
「蛇礼様、なんか亀ママめっちゃぷるぷるしてますよ」
ちっ、イモリのやつうるさい。あんたうるさいわよって言おうとしたら、もっと甲高くてうるさい悲鳴みたいな声が、亀ママから聞こえた。
「いぃぃぃぃやぁぁぁッ! 蛇は嫌いなのよぉぉッ!」
何ですって! あんた、もう一回言ってみなさいよ!
「なんてステキなのぉぉぉぉぉん!!」
そうでしょ、そうでしょ。って、ん……?
あたしは言葉を失って、思わずぞわぞわと悪寒を走らせた。
だって、さっきまで紳士的に彼女をエスコートしてた香枝夜とかいう大の男が、ぺたんと床に女の子座りをし、あたしの脱け殻にすりすりと頬擦りしているんだもの。
「ねぇっ、亀子ちゃん! この蛇の脱け殻どうしたの!? アタシ、これ欲しいわぁぁ! ちょうだい。ねぇちょうだいよぉぉ」
香枝夜は、がっしりと抜け殻を抱きしめて、ピンク色のオーラを振りまいて、必死に欲しいアピールしているけど。
あぁ、香枝夜。ごらんなさい。百年の恋も冷めた彼女の顔を。
白い目で見る、ってまさにこういう状況のことなんだから。
そしてどうでもいいから、あたしの抜け殻、彼女に返せ。
カメレオン【chameleon】
種類にもよるが、気分や体調により体色を変色させることができる。例を挙げると、
黒ずむ―体調不良。体温が低い(色を黒くすることで熱を吸収しやすくなる)
白くなる―体温が高い(日光を反射させる)
派手になる―興奮している時