第10話 ブラーミニメクラヘビ
次の日の朝、私は教室の片隅で昨日のことを思い出していた。
『私が君たちの仲を元通りにしてあげる!』
愛亀のモモ次郎が、確かにそう言ったのだ。亀が。亀なのに。
モモ次郎は私が一生懸命お世話をしたから、人と話すみたいな――――言わば神様のような力が使えるようになった、と言う。
何だかいろいろと問題のような気もするが――――、
「ふふふ……」
――――構わない。だって大好きなモモ次郎が喋ったんだもん! これからもいっぱいお話ができるってことでしょ? こんなに嬉しいことって無いと思わない?
これからは毎日お話して、思い出をいっぱい作ろう。……そう思って喜びに浸っていた時、
「ノロ子ぉ~なぁに一人でニヤニヤしてんのよぉ~?」
うっ……蛇陀さんだ。
教室の中央で、大勢の女子に囲まれている蛇陀さんが、こちらを見て嘲笑っている。……きっと自分とは正反対の、地味で無口でいつも一人の私が可笑しいんだろうね。
「……別に」
もごもごとそう呟いて、ことを終わらせようとした。これ以上関わると面倒なことになりかねないし。――――そう思っていたのに。
「何、別にってっ? 何が別にっなのよっ?」
蛇陀さんはさっき以上に私に絡んで来た。わざわざハキハキと、それはもうロボットのように。まあ……大方ぼそぼそと喋る私への当て付けみたいなものだろうけど。
『私が君たちの仲を元通りにしてあげる!』
そこでまた、モモ次郎の言葉を思い出した。あの子は……私と蛇陀さんの為にそう言ってくれた。
――――私の心臓が、ブラーミニメクラヘビの尾に突かれたように、ちょっとだけズキンとした。モモ次郎のキラキラと輝く瞳を、裏切りたくない。
私が動かなくちゃ……変われない!
「へっ、蛇陀さんっ」
勇気を出して蛇陀さんの机に近寄り、声をかけた。
「何よ」
……あれ? ……何を話せばいいの?
あまりにも無計画すぎる私の熱き勇気は、サッと冷めた。話題がないんじゃどうにもならない。まさか蛇陀さんが話題を提供してくれる訳でもないだろうし。
「なーにーよ?」
呆然と立ち尽くす私に、蛇陀さんが明らかに『不機嫌です』という顔をして見せた。ほう……これがしかめっ面ってヤツか。
「あ、あの……」
あたふたし始める私を見て、教室中からクスクスと笑い声が聞こえる。これじゃあ晒し者みたいになってる……。
(助けてよぉ、モモ次郎ぅ)
どこぞの国民的アニメの如く、そう心の中で唱えた私に――――、
【亀子ちゃん!】
――――天から……いや、愛しのあの子からの言葉が聞こえた。
頭の中に直接響くような、不思議な感覚。……そういえば、神のような力が使えるようになったとか……言ってたよね。じゃあこれはテレパシー?
【亀子ちゃん! 何でもいいから、蛇陀ちゃんに話しかけてみて!】
「何でもいいからって……何を……」
ぶつぶつと呟く私に蛇陀さんが「何なのぉ?」と怪しがっている。だが私はそれもお構いなしに、家にいるはずのモモ次郎と話をしていた。
【そうだなぁ。亀子ちゃんの好きなもの!!】
好きなものと言われて、頭に浮かんだのは『爬虫類』だ。……でも、蛇陀さんが爬虫類に詳しいとは思えないんだよね……。
【大丈夫! 亀子ちゃんの爬虫類を想う気持ちは、きっと蛇陀ちゃんに伝わるから! 頑張って!】
そう言われると、頑張れる気がした。あれだよ……英語の喋れない日本人だって、外国に行って頑張って伝えようと思ったら伝えられる! みたいな!
「へっ、蛇陀さん!」
「だから……何よ?」
私は大きく息を吸って、両拳を握り締め、叫んだ。
「あ、アルビノピンクスキンキャラメルちゃんっ、どう思う!?」
あまりに脈絡のない私の話題に、蛇陀さんは目を丸くした。
――――そして、今までには見たことの無いような優しい微笑みを浮かべて、
「好きだけど」
と、言ってくれた。
ブラーミニメクラヘビ【Brahminy blind snake】
全長は160-220mm、頭胴長128-180mm。
生きたものはミミズに似ているが、ミミズとは違い体節がなく、鱗に覆われ、舌を出し入れすることから本種であることが分かる。




