第1話 イモリとヤモリ
リレートップは自由の『儚夢』です。
問おう――――爬虫類と両生類の違いを
答えよう――――この小説にて!
さあ、哺乳類よ。武器の貯蔵は充分か――――!
亀亀子。
私は、この名前に十五年間苦しめられていた。……厳密に言えば十年くらいだけど、それでも十分に長い年月だろう。
理由は簡単。名前が変わっていて面白いから……ただそれだけ。
『亀』なんて苗字がただでさえ変わっているっていうのに、更に『亀』が続くんだもん。これは『ジョージ・ヒック』っていう人がいたとしたら、『ジョージ・ヒックヒック』になるのと同じなんだから。
亀亀子――――この名前の所為で私は、「ノロノロ子」とからかわれるようにもなったし、楽しみにしていた中学校生活だって全く満喫できていない。
挙句の果てに、私は軽い人間不信になりかけてさえいる。だって、会う人会う人、私をからかう世界だっただなんて、思ってもみなかったから。
「ノロ子ー消しカス捨ててくんなーい?」
教室の中央でワイワイと話している女子集団の中から、クラスメイトの蛇陀萌恵さんが教室の隅っこに居る私をキッと睨む。その目が、ピラミッドの傾斜角並に鋭かったので、慌てて立ち上がる。
「はい、コレ」
近付いて来た私に、蛇陀さんは自らの手をグーにしたまま私に突き出して来た。……落とすから受け取れってことかな……。
「ほら、早く」
渋々手の平を蛇陀さんのグーの手の下に。
パッと彼女の右手の指間接が伸びて行き、彼女の手からポトッと落ちたのは――――、
――――イモリ。
「きゃぁ~!萌恵、ひっど~い」
クラスのあちこちから、悲鳴が。
私の手に落とされたイモリは、相当強く握られていたのか、弱っているように見える。
「げひゃげひゃげひゃ!ごっめ~んノロ子ぉ~消しカスと間違えちゃったぁ~!ひゃひゃひゃ!」
蛇陀さんの下卑た笑い声が教室に響く。
みんながこっちを向いて「またか」という顔をしている中、私だけは手の上でいまだ弱っているイモリを見つめていた。
「あれれ~?ノロ子ぉ、ビビッて声も出ない~?」
イモリの手はガクガクと震えている。相当強い力で握られていたのだろう。
「ちょっと……聞いてんの?アンタ、『爬虫類』ごときでビビッて――――」
「……爬虫類?」
私の中のセンサーが、警報を鳴らした。
「蛇陀さん、イモリとヤモリの判別もつかないの?イモリは両生類。蛇陀さんの言う爬虫類はヤモリでしょ?全体に黄色っぽい色をしている方がヤモリ。この子はお腹が鮮やかな赤色をしているでしょう?どっからどう見てもイモリ。
あぁ……そういえば蛇陀さん、あなたさっきこの子を鷲掴みにしてたけど、イモリはフグと同じ成分の毒を持っていて、お腹の赤色は他の生物に毒を持っている事を知らせるための警戒色なんだよ?テトロドトキシン、致死量は五キログラムだけど、さっさと手でも洗ってきたら?」
「ひっ……!」
私がそう言うと、蛇陀さんは顔を真っ青にして、教室から飛び出した。
廊下では劈くような悲鳴と勢いよく放出している水の音。
「ノロ子ぉぉ!……憶えてなさいよぉぉ!!」
そして、私を恨んだ声。
あんなの自業自得よ。イモリを爬虫類とか言ったから罰が当たったんだわ。
それに……こんなになるまで生物を弱らせたなんて、許せない。
何より、爬虫類を愛して止まない私の目の前で両生類のイモリを爬虫類扱いしたのも許せない。
「ふんっ」
私は一つ鼻を鳴らして、窓に近寄り、雨で湿った草原にイモリを放してあげた。
「痛かったでしょ?ごめんね、私達人間のせいで。……もう捕まっちゃだめよ?」
そう言うと、イモリはガサガサッと草むらに消えて行った。
アカハライモリ【Cynops pyrrhogaster】
フグと同じテトロドトキシンという毒をもち、腹の赤黒の斑点模様は毒をもつことを他の動物に知らせる警戒色になっている。