第三話
バァちゃんが死んで今日で二週間たった。
あれからオレは一度も野球部に顔を出していない。監督には一応、休部ってことにしてもらってるけど行く気はサラサラないし、三宅や他の奴等も最近は何も言ってこない。
家から学校までは歩いて10分かかる。
授業が終わってすぐに帰れば4時には家に着くが、最近は学校で野球部の練習を見てから日が暮れる頃に帰るようになった。何でかは、自分でもわからなかった。いつものように日が暮れる頃に家路についた。家の近くに咲いていた鈴蘭の花はもう枯れかけていた。
家に近付くと、ついていないはずの家の明かりがついていた。
空き巣にしてはマヌケだし、また近所に住んでる親戚が勝手に上がりこんでバァちゃんの遺物でも漁ってるのかと思って家に入ると、玄関先には男物の汚れた靴が一組乱雑に置いてあった
まさかと思い廊下をドタドタとかけて居間の方に行くと、そこにはやはり正紀おじさんが勝手に人ん家のラーメンを食べながらくつろいでいた。
「おうシンジ、随分遅かったな」
「何勝手に人ん家上がり込んでラーメン食ってんの?」
「かたいこと言うなよ!オマエだってオレが帰って来て嬉しいだろ?ん?」
「そんな訳ないでしょ、つーかオジさんいつこっち帰って来たんだよ?」
「今日だよ。日本についてすぐに寄ったんだよ、菊さんが死んだって聞いたからさ」
この勝手に人ん家に上がり込んでさらにラーメンをすすっている人は、進藤 正紀オジさんオレの死んだ母さんの弟だ。
趣味が海外旅行で外国に行っては金が無くなると日本に帰って来てバイトで稼ぐと、また海外に行ってしまうという根無し草である。
正紀オジさんはラーメンを食べ終わると仏壇にどこの国のものかわからないような土産をそなえた。
「それにしても向こうの親族の方々は相変わらず冷たいねぇ〜」
「いくらバァちゃんが再婚した本当の母親じゃないからって、アイツ等の態度はひど過ぎる。アイツ等仏壇に線香もあげなかったんだぜ・・」
「まぁなぁ〜」
オジさんは軽く返事をするとオレの方をチラッと見て言った。
「オマエ野球止めたのか?」
突然の質問にオレはすぐには返事を返せなかった。
「え・・なんでそんなこと聞くんだよ」
「いや、さっき見たらグローブとかユニホームやたらキレイに置いてあるし、今日とか普通練習あるだろ。」
「野球は・・やめた」
シンジは先程までの雰囲気と違い、暗い様子でふすまに寄り掛かりながら座った。
「なんで?」
オジさんは驚く様子もなく聞き返してきた。
「・・関係ないだろ」
「菊さんが死んだからだろ。」
シンジの顔が少し反応した。
「聞いてるぜオマエが野球の練習行ってる間に死んじまったって。だからオマエは自分さえ練習に行ってなければ、野球をやってなければ菊さんを助けられたと思ってんだろ」
図星だった。
確かにオレはそう思ってる。
「でもシンジって確か、ピッチャーだろ?」
オジさんが今日の新聞を引っ張り出してきて、ページをめくり始めた。
「あったトーナメント表。オマエのチーム明日甲子園予選の試合だよな?しかも相手は名門久世北か〜」
「それがどうしたんだよ、オレはもう野球はやめたんだ、関係ないんだ!それに、もう野球は嫌いになったんだよ!」
「それは、嘘だな」
またもや図星をつかれた。
「野球が嫌いな奴がグローブの手入れなんかするか?シンジのグローブはちゃんと磨いてあった。それにシンジお前、部活もしないで何でこんな遅くに帰って来るんだ?普通ならもっと早いはずだろ?」
「それは・・」
「おまえ、学校に残って野球部の練習でも見てから帰ってんだろ」
「そんな事ねぇよ!ただ・・ちょっと用事があっただけだ」
「どんな用事だ?言ってみ」
「え、えっと・・」
すぐに答えられないシンジを見て正紀はフッと少し笑った。
「嘘はよくないぜ、嘘は。いいかシンジ、人の言葉には言霊という力がある。それは言葉を現実に変える力だ。オマエが野球を嫌いだと言えばオマエは本当に野球を嫌いになっちまう。せっかく野球を好きになったんだ、嫌いになんかなるな」
オレを見るオジさんの目はなんだかオレの心を見透かすようで、真剣だった。
「明日、試合に行って謝ってこい。監督にも友達にも。そんでもって勝ってこい。それがオマエにできる一番のことだ」
オジさんの言っている事は正しいと思う。でも、人の心はそんなに簡単じゃない。
シンジは突然立ち上がると、そのまま自分の部屋に入り出てこなかった。
「ど〜にも年頃の子供は難しいな。でもアイツなら立ち直りますよね?菊さん」
そのまま夜は更けていく。