第一話
5日前・・オレを14年間育ててくれたバアちゃんが死んだ。
死因は転んださいに頭を強打したことによる蜘蛛膜下出血だそうだ。
オレには両親がいない。
母親はオレを産んですぐに、父親はオレが3歳の時に事故で死んだ。
それから今までオレはバァちゃんと二人で生きてきた。
悲しい時も、可笑しい時も、嬉しい時も、ずっとバァちゃんといっしょだった。
そのバァちゃんが死んだ。
両親が死んで、回りの大人はオレを不幸と言うけど、オレにはバァちゃんがいればそれでよかった、それでよかったのにバァちゃんまで死んでしまった。
オレとバァちゃんは古い庭付き木造一軒家に住んでいた。外はぽつぽつと雨が降り始め、オレが縁側で会話を聞いてるとも知らずに座敷の方では喪服姿の親戚達がオレを誰が預かるか、バァちゃんの遺産をどうするか、なんてくだらない話をしている。散々オレとバァちゃんを邪魔物扱いしてたのに死んだら死んだで遺産の奪い合いとは、なんて大人は汚い生き物なんだ、
家にある仏壇にはこんなに人がいるのに線香が一本しか立っていなかった。
次の日
ピピピ ピピピ ピピピ
目覚まし時計のアラームで目が覚めた。
トントントントントントン
ふときずくと、台所からは聞き馴れない包丁の音がしていた。近所に住む叔母さんがオレの朝飯を作っているらしい
いつもと違う包丁の音、匂い、バァちゃんはもういないんだと再認識してオレの枕は少し濡れた。真新しいオレの枕は、この五日間でずいぶんと汚れてしまった。
一階におりると、いつの間にか叔母さんは帰っていたらしく、台所にも、この家にもオレ一人になっていた。
時計はすでに8時を指していた。いつもなら朝飯も食べずに学校へ行くというのにオレは食べ慣れない朝飯を一人食べていた。
学校
1時間目の授業に遅れ、その後も一日中空を見上げて過ごした。もう高校三年生だというのにまったく勉強が手につかなかった。放課後に帰ろうとするオレの肩を掴むヤツがいる。
振り向くと、同じ野球部の三宅が真顔でオレを睨みつけていた。
「おい、緒方。なんで部活にでないんだ?」
「お前に・・関係ないだろ」
三宅の手を振り払って帰ろうとするオレの肩をまた三宅が掴んだ。
「関係なくないだろ。大会だって近いし、同じ部活の、オレとお前はライバルだ。オレはオマエから1番を、エースの座を奪うために練習してきたんだ」
オレの肩を掴む三宅の手に力が入ってきた。
「痛ぇよ・・ 放せよ。オレはもう野球なんかやらない。1番なんていらない。そんなに欲しいなら1番お前が持ってけよ」
瞬間、顔を思い切り殴られた。地面にぶっ倒れてしばらくして始めて殴られたことにきがついた。血の味がする。口が痛い。中を何箇か切ったらしい。
口から垂れる血を拭いながら立ち上がったオレの前には怒りに拳を震わせている三宅がいた。
「緒方、それ本気でいってんのか?あ!?」
「当たり前だろ・・オレはもう野球はやんねぇ」
三宅がオレの胸倉を掴み上げた。
「バァちゃん死んで悲しいのはわかるけど、おまえ・・お前はオレにオマエが捨てた1番を拾えっていうのか!?」
「おまえに・・お前なんかにオレのいったい何がわかるっていうだ!?」
振り上げたオレの右ストレートが三宅の頬にヒットした。
三宅の体が音を立てて廊下に倒れ込んだ。
その後の事は余り覚えていない。気がついた時には保健室のベットの上に寝ていた。
多分、三宅と乱闘して保健室に運ばれてきたのだろう三宅を殴った右腕には湿布と包帯が巻かれていた。
オレも三宅も随分とありきたりな会話でケンカになったものだと改めて右腕を見た。
オレはこの手で、
始めて…
始めて、人を殴った。
小学生の時から野球をやっていたオレは、利き腕を痛めないように今まで人を殴ったことがなかった。
三宅を、始めて人を殴ったオレの右腕は、まだジンジンと痛かった。