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白熊の世界にとりっぷ!

白熊の世界にとりっぷ!

作者: 桐野 貴

『動物の世界にとりっぷ!』に参加させていただきました。

皆様の作品には足元にも及びませんが、楽しんで頂ければ幸いです。




拝啓、


あら、そう言えば、わたしには今の状況を知らせる相手が誰も居ないんだったわ。


両親は早世し、親戚は無く、兄弟も無く、恋人も夫も無く、従って当然子供もいない。


友達と呼べる人間は居るけれど、連絡が耐えたら気にしてくれるかしら?


ちょっと怪しいわ。


強いて言うなら会社の上司と、アパートの大家さんぐらいかしら?


でも、それだって、無断欠勤が続けばクビになるだけだし、家賃を二ヶ月も滞納すれば荷物が処分されて自動的に解約される契約になっている。


それに、真実を書き記したところで、わたしが暮らしていた世界の人達が信じてくれるかどうかは判らない。


わたしは机に置いた便箋を前に、持っていた筆を置いた。


もう、戻れない世界に未練が少ない事はいい事なのかもしれない。






わたしは二十五歳のOL、極々普通の、いくらでも変わりのいるような事務員でした。


趣味と実益を兼ねた、週に三回のスポーツクラブ通いで、いつものようにプールでジャブジャブと水遊びの延長の様な泳ぎをしていたんです。


このスポーツクラブは会員になったら施設が自由に使えて、その気になったら色々なクラスに申し込む、といったシステムで、好きに時間に通えて、お風呂代わりにシャワーを使う事も出来るし、便利でした。


その日は、思い切って、いつも気になっていた飛び込み台に登ってみたんです。


泳ぎと言っても二十五メートルが精々で、高い所から飛び込んだ事なんてありませんでした。


でも、いつも目にしていると、怖いもの見たさと言うか、ついついチャレンジしてみようかな?って気になりませんか?


落下すると言う恐怖はあるでしょうが、それよりも飛ぶ、といった感覚に憧れがありました。


係り員の人に「初めてなら、頭から飛び込んじゃ駄目だよ」と注意され、もちろん初心者にオリンピック選手の様な真似は出来ないと判っていましたから、忠告を素直に受けて、飛び込み台に上ると、下を見ない様にして、「えいっ」と思い切って立った姿勢のまま飛び降りたんです。


ヒュ~~とジェットコースターに乗った時の様に、お腹のあたりがスカスカするような感覚が続き・・・あれ?


いつまで続くんでしょうか?


わたしは瞑っていた目を開きました。


すると・・・何と言う事でしょう!


スポーツクラブの飛び込み専用プールにいた筈のわたしは、いつの間にか真っ暗な闇の中を堕ちているではありませんか?


あれれ?もしかしたら、これはファンタジー小説によくあるという噂の『異世界トリップ』でしょうか?


まだどこにも到達していないのに、異世界と断定するのは尚早ですが、そうだといいなぁ、と言ったわたしの希望的観測が多分に含まれています。


だって、異世界ですよ?


楽しそうじゃありませんか?


会社の同僚に勧められて、読み始めたネット小説でも人気のジャンルだそうですし、読むと確かに面白いです。


昔は、高校生とかの若者達が主流だったそうですが、今ではわたしのような二十代や時には三十代ですらトリップされてます。


どこに辿り着くんでしょうか?


楽しみです♪






わたしは確かに少々楽天的な処があるとは思ってました。


いつもポジティブシンキングで、周りからも「楽しそうね」とよく言われてました。


でも、それは仕方ないんです。


天涯孤独の身の上としては、楽しい事を考えていなくちゃ、ついつい悲しい事を考えてしまうんですから。


でもでも、この時ばかりは真剣に考えるべきでした。


暗闇から解放されたわたしの目に飛び込んで来たのは水面でした。


水着だからラッキー!ではありません。


気温が半端なく低かったのです。


スポーツクラブのプールは温水でした。


だって今は冬ですもの。


水着姿のわたしの肌に突き刺さるような冷気。


近付く水面の温度だって知れると言うものです。


着水のショックで死ぬか、水温の冷たさでショック死するかの二択でした。


ああ、やっぱり世の中、そんなに甘いモノじゃありません。


耳の奥で大昔のヒット曲が流れていました。


♪オラは死んじまっただ~♪






ザブン!ゴボゴボゴボ・・・


身体を縮込めて、呼吸を我慢しようとしましたが、落ちたショックで口が開いてしまいました。


空気の泡が立ち上って行くのが見えます。


外の冷気に比べたら、水の中は暖かく感じますが、それでも冷たい水です。


しかも、海水。


異世界かも、と一瞬思ったわたしは本当に能天気だと思います。


必死で腕を伸ばして海水を掻き、水面に出ようとしましたが、冷たさに上手く動けません。


高い所から落ちた分だけ、深く沈んでしまったようです。


明るい水面が見えてはいますが、届くかどうか分かりません。


もう駄目かも・・・そう思った瞬間、わたしの身体がグイグイ上昇して行きました。


「ぷはぁ」


水上に出られて、ゼイゼイとみっともない呼吸を繰り返します。


わたしの真後ろには、わたしの身体を支えてくれている人の気配がします。


「あ、ありがとうございます」


そう言ったつもりでしたが、わたしは寒さにガチガチと震えて上手く言葉が発せられませんでした。


「お前、落人か?」


落人って何ですか?


そう聞こうとしたのですが、タイムアウトでした。


わたしは気を失ってしまったのです。






寒い・・・ガタガタと震えるわたしは、いつの間にか横になって寝ていました。


どうやら、わたしを助けてくれた人は、わたしを休ませる事の出来る場所へと運んでくれたようです。


ありがたい事です。


ですが、頭はガンガンと重く響き、関節は痛み、高熱が出る予兆がビンビンと出ています。


ここに抗生物質はあるのでしょうか?


医療文明が発達していない場所では、風邪で死んでしまう事だってあるでしょう。


わたしの死亡フラグは立ったままの様です。


泳ぐ事は好きでも、寒中水泳はした事がありません。


暖房の効いたスポーツクラブの温水プールでバシャバシャと手足をバタつかせているのが好きだったんです。


次第にカッカと熱が上がり始め、身体が熱くなってきました。


病気になると、流石に楽天家のわたしでも、ついつい思考がマイナーになりがちです。


小さい時に熱を出した時の記憶が、しまい込んだ筈の引き出しから飛び出てしまったりして。


あの時は、お母さんがリンゴを擦り下ろしてくれたな、とか、滅多に食べさせて貰えない桃の缶詰を開けてくれてアーンと食べさせてくれたな、とか、病気になると、どんな我が侭も聞いて貰えたな、とか。


思い出すと涙が出て来てしまうものばかりで・・・ああ、病気になると弱気になってしまうから困ります。


開く事の出来ない瞼からトクトクと流れる涙をそっと拭ってくれる冷たい指がありました。


お母さん?と、訊ねようとすると、聞こえてきたのは男の人の声でした。


「泣くな。熱は直ぐに治まる」


額に冷たいモノが置かれました。


気持ちいいです。


冷たいモノは声を掛けてくれた人の手だったようで、額から首筋へと移動し、脇の下に暫く留まってから、身体全体を撫でるように滑って行きました。


あの、もしもし?わたしは熱を出した病人なんですが、もしかして不埒な事を考えていらっしゃいませんか?


濡れた水着を着ていたわたしは、当然ながら脱がされて裸になっている模様です。


満足に言葉も喋れず、抵抗も出来ない状態では、このまま、美味しいかどうかは判りませんが、食べられてしまうんでしょうか?


身体を交わらせて熱を下げる、って随分と原始的な解熱方法では?


「熱いな」


わたしの身体中を撫でまわした人はそう言って、わたしの上に冷たい身体を圧し掛かけて来ました。


必死で目だけでも開けようと、思い瞼をこじ開けると、目の前には真っ白な髪をした若い男の人がいました。


髪だけでなく、眉毛も睫毛も肌も白いんです。


でも、とても綺麗な人でした。


あら、ラッキー♪と思った事は否定しません。


わたしは面食いではないつもりですが、やっぱりどうせ犯られるならブサイクよりはハンサムな人の方が、まだ救いがあります。


熱で碌な抵抗が出来ない、と立派な理由になるいい訳をして、わたしは白い男の人に抱かれました。


その人の身体は、熱のあるわたしに触れていても尚、冷たさを保ったままでした。






その行為のお陰なのか?


わたしが次に目を覚ました時には頭痛は消え、身体のダルさもなくなり、熱も下がっているようでした。


改めて、はっきりと目を開けてわたしが寝かされている部屋を見渡しますと、大層暗く、灯りはベッドの傍に置いてある蝋燭だけ、眠っていたベッドは大きいけれどシーツの下は藁の感触でしょうか?


身体の上に掛けてあるのも大きな毛皮だけです。


でも、部屋の中はとても温かく、よく見ると・・・壁は土ですか?


すると、ここは地下?


扉の様なものも部屋の隅に見えますが、暗くてよく見えません。


ベッドから出て調べようにも、裸で歩きまわるのは憚られます。


わたしが来ていた水着も見当たりませんし、困っていると、扉が開く音がして白い男の人が入って来ました。


嬉しい事に、手には何やらいい匂いのする物を持っています。


食事でしょうか?


思わず笑みを浮かべてしまうと、白い男の人は立ち止りました。


ええ~!お預けですか?


じっと訴えかけるように白い男の人が持っている物に視線を注ぐと、白い男の人は合点がいったのか、わたしの目の前に食べ物らしきものを運んでくれました。


それはミルクの様な白い液体の中に何かの肉が浮いているスープでした。


「いただきます」


飢えていたわたしは、スープの中身が何であるのかを深く考えず、ありがたく頂きました。


がっつくわたしを、白い男の人はじっと見ていました。


わたしは視線を感じてはいましたが、食欲を満たす方を優先させました。


「ごちそうさまでした」


外食以外で他人に作って貰った食事は久し振りでした。


空腹だった為か、スープはとても美味しくいただけました。


空の器を返すと、白い男の人はわたしに訊ねました。


「お前は落人か?」


そう言えば、最初に海から引き揚げて貰った時も、そんな事を聞かれた様な気がします。


「落人って何ですか?」


わたしの質問に白い男の人は詳しく答えてくれました。


この世界では、獣人と呼ばれる動物の姿と人間の姿と両方の姿を取る事の出来る種族が多く暮らしている世界である事。


もちろん、動物の姿のままでいる種族もいるが、この世界を掌握しているのは獣人である事。


人間の姿だけ保つ者はこの世界に存在せず、それは他の世界から落ちて来るから『落人』と呼ばれている事。


そして最近、何故か『晴れ時々落人』と言うくらい落人が空から落ちて来るのだとの事。


更に言い辛そうに一言付け加えられたのは、落人は元の世界に帰る事は出来ないのだとの事。


あなたの所為で落ちて来た訳ではないのに、そんなに気にするなんて。


「優しい方ですね」


ニッコリと笑って伝えると、白い男の人は顔を少し赤くして「いや、俺は優しくなんかない」と否定されました。


あらまあ、可愛い人だわ。


「どうしてですか?」と訊ねると。


「だって、病人のアンタを無理矢理・・・」と口籠りながら仰いました。


まあ、良心の呵責に耐えかねていらっしゃるのかしら?


「どうしてあんな事をなさったんですか?」


理由を尋ねると、白い男の人は俯いたままポツリと呟かれました。


「アンタにここにいて欲しかったんだ」


落人は落ちた先の上位種と呼ばれる力ある種族に保護され、仕事を見つけるのが常だとか。


でも、わたしが落ちたのは海の上、海を治める獣人はおらず、わたしの行く先は定められない。


「あなたも獣人なんですか?」と聞けば黙って頷いた。


そして、徐に着ていた簡素な白い服を脱ぐと、白い男の人は獣型へ変化し始めました。


何になるのかしら?とワクワクしながら見詰めていたわたしは、その完成した姿を見た時、思わず歓声を上げてしまいました。


「キャー!イヤー!ステキ!」


それは純白の毛皮を持った熊、白クマさんです!


日本ではホッキョクグマと呼ばれ、体長3メートル・体重600キロ、地上最大の肉食獣と呼ばれている白クマさんです!


わたしは自分が裸なのも気にせず、その純白の毛皮に抱きつきました。


いやぁん、ふわふわ、もふもふだわぁ。


わたしの身体全体を包む様に白い毛皮に包まれて、わたしはその触感を堪能するべく、自分の身体を毛皮に擦り寄せました。


「あ、止めろ!」


獣型になっても喋れるようです。


さすが獣人です。


そして、わたしと言葉が通じるのも、異世界トリップのテンプレです。


曝け出した胸や肌を毛皮にスリスリさせていると、白クマさんは何故かわたしを引き剥がしにかかりました。


「ダメですか?」


しょぼん、として上目遣いで見上げれば・・・身長差は倍近いので、頭は遥か頭上です・・・白クマさんは困った様な顔を(おそらく)して、わたしを抱き上げました。


「そんな事をされると、獣型から人型に戻ってしまうぞ」


なぜ?


聞けば、性的な興奮が増すと、交配可能な人型に変化し易いのだそうです。


そう言えば、わたしが裸の身体を擦りつけていたのは、白クマさんの腰の辺りになるのかしら?


あら、残念。


「それより、君は落人に間違いないと思うけど、保護するのは・・・」


「あなたが保護して下さるんじゃないんですか?」


話を元に戻そうとした白クマさんは、その言葉を遮って訊ねたわたしの言葉に驚いていました。


「・・・いいのか?」


勿論です、とわたしは大きく頷いて微笑んだ。


「わたしを海から助けて下さったのですから、最後まで責任とって面倒を見て下さいね」


色々と含めた言葉を伝えると、白クマさんは「うっ」と詰まって困っていた。


可愛いわぁ♪


それに、彼はわたしに傍にいて欲しい、とさっき漏らしていたし、いいわよね?






彼がその後、話してくれたのだけれど、白クマ型の獣人は絶滅、とまではいかずとも数か減って来ている種族で、もともと群れを成して生活している訳ではないので、領地とか、領主と言った存在が無いのだそうだ。


彼らが暮らしているのは雪と氷の北の大地の果てだし、他の獣人は少ないのだそうだ。


ただ、餌となるアザラシや魚や海藻などは豊富にあるので、食事には困らないらしい。


ちなみに、わたしが食べたスープはアザラシのミルクと肉が材料だとか。


美味しかったから、気にしない。


二歳になると親元から離れて育つ彼等白クマ型の獣人は番いを見つけるまで一人なのだそうだ。


でも、彼の親は彼が一歳にもならないうちにベッドの上の毛皮と成り果てたそうで、彼もわたしと同じなのか。


大きい身体をしている癖に寂しがりやで、大胆な行動をする癖にとっても優しくて・・・そして何よりベッドの上では・・・うふっうふふ。


あんまり詳しくお話し出来ないけれど、わたしだって今まで何人かの男の人とお付き合いして来て、それなりに経験して来たけど、あんなに情熱的なのは初めてだったわ。


さすがは肉食系の獣人♪


わたしも寒さに慣れて来て、夏にはこの北の海に入る事まで出来るようになったの。


彼はとっても泳ぎが上手いのよ(当然だけど獣型で)


一緒に泳ぐと楽しいの。


そして、ついキスとかしちゃうと興奮しちゃって・・・うふふっ、海の中って良いわよ~動きがちょっと独特で。


外気に左右されない地下の家は、暗いのだけが難点だけど、慣れればそれも気にならないし、元々北の地は日照時間が少ないしね。


もうすぐ、赤ん坊も生まれるの。


家族が増えるのよ。


一人ぼっちだったわたしと彼に。


楽しみだわ。


白クマの赤ちゃんは、きっと小さくて可愛いわ。


ああ、わたしをこの世界に落としてくれた神様だか誰だか知らないけれど、わたしは今とっても幸せで感謝しています。


ありがとう。







補足:文中にある体長3メートル・体重600キロというのはオスの最大値ですのでこの白クマさんに当て嵌まるとは限りません。

家が地下なのも、メスは妊娠すると地中に穴を掘ってそこに籠る、と言った話から来ています。

絶滅危惧種レベルも7段階のうち下から3番目ぐらいだそうです。

ちなみに子供は生まれて来た時は30センチ位だそうです。

以上、Wikipediaから抜粋。





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[良い点] 登場人物がなかりつぼでした可愛くて良かったです(*^o^*) [一言] 読みやすくとても楽しく拝見しました(≧∇≦)読んでいて顔がニマニマしてしまいました。どうぞこれからも頑張って下さい。…
[良い点] とっても読みやすかったです!! [一言] なんか短編小説にするにはもったいないです! 連載して、子供が生まれてからのほのぼの生活を見てみたいです!
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