その令嬢、親方につき
王立学園の静謐な図書室に、品の悪い高笑いが響き渡った。
「ふふ、これだけの参考資料、今からサロンにまで運んでおいて頂戴? 図書委員の『お仕事』でしょう?」
豪奢な縦ロールの髪を揺らしたセシリア侯爵令嬢が、目の前の机にドサリと山積みの本を置いた。
軽く二十冊はある。嫌な笑みを浮かべる彼女の背後では、取り巻きの令嬢たちが扇子で口元を隠しながらくすくすと笑っている。
「ですが、セシリア様……。図書室の規則で、個人のお部屋までの配送は行っておりません。それに、これはすべて他の方の予約が入っている禁帯出の資料で……」
地味な制服に身を包んだ大人しい男爵令嬢、ニーナが消え入るような声で正論を告げた。
しかし、セシリアはふんっと鼻を鳴らしてニーナを睨みつける。
「口答えする気? 身分の低い男爵位の分際で、私に恥をかかせるつもりかしら。いいから運びなさい!」
セシリアたちはそう言い捨てると、優雅に図書室を去っていった。
残されたニーナは、泣き出しそうな顔で自分の体高ほどもある本の山を見つめた。
断れば、明日からどんな嫌がらせを受けるか分からない。意を決して本を抱えられるだけ抱え、ふらつく足取りで廊下へ出た。
その時、すれ違った人物が、ニーナの手からすっと数冊の本を取り上げた。
「おっと、危ない。そんなに溜め込んで、一体どこへ運ぶんだい?」
驚いて顔を上げると、そこには見事な金髪と気品あふれる佇まいをした、この国の第一王子アルフレッド殿下が立っていた。
「ア、アルフレッド殿下!? いえ、これは私の仕事ですから、お気になさらず……!」
「いや、君の細い腕で持てる量じゃない。僕も手伝おう。これらはどこへ?」
「そ、それが……セシリア様がサロンへ運ぶようにと……」
アルフレッドは一瞬だけ美しい眉をひそめたが、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻った。
「なるほど。では、一緒に行こうか」
こうして、王子殿下が自ら大量の分厚い本を抱え、大人しい男爵令嬢と共に学園の廊下を歩くという、前代未聞の光景が生まれた。
当然、すれ違う生徒たちは色めき立った。
「おい、見ろよ。なんでアルフレッド殿下があんな重そうな本を運んでいるんだ?」
「隣にいるのは図書委員の男爵令嬢よね? なんで殿下が手伝っているの?」
ざわざわと人だかりができ、注目が集まる中で、殿下はあえて人通りの多い中央広場を通り、セシリアたちのいるサロンへと向かった。野次馬の生徒たちも、興味津々でその後ろをついていく。
サロンの扉が開くと、そこにはお茶を楽しんでいたセシリアと取り巻きたちがいた。
「あら、遅かったじゃない……って、えええっ!? ア、アルフレッド殿下!?」
セシリアは飛び起きた。
アルフレッドは爽やかな笑みを浮かべ、抱えていた本をセシリアの前のテーブルにドサリと置いた。
「やあ、セシリア。君が図書委員のニーナ嬢に『身分の威光』を使って無理やり運ばせようとしていた本、あまりに重そうだったから僕が代わりに運んできたよ」
殿下のその言葉に、ついてきていた野次馬の生徒たちから「えっ……」と引きつった声が上がった。
「嘘でしょう……? 侯爵令嬢が、男爵令嬢を脅して本を運ばせていたの?」
「しかも、それを見かねた殿下が運ぶなんて……」
「なんて傲慢で浅ましいのかしら……」
一瞬にして、周囲の視線が「軽蔑」へと変わる。
セシリアの顔から血の気が引いていった。
「ち、違いますわ殿下! これは図書委員の仕事だと……っ!」
「図書室の禁帯出資料をサロンへ運ばせる仕事などないよ。君の行為は、学園の規則違反であり、身分を傘に参った横暴だ」
アルフレッドの冷徹な眼差しに、セシリアは完全に言葉を失った。
取り巻きたちも、巻き添えを食うのを恐れてサッとセシリアから距離を置いた。
この事件は瞬く間に学園中に広まり、セシリアの評判は文字通り「最悪」となった。
さらに、彼女の横暴を問題視した生徒会と王族限定の倶楽部、青い血の会から、彼女と取り巻きには二度とわがままや嫌がらせができないよう、あまりにも不名誉が半公式に与えられることになった。
そのあだ名は、『親方』と『子飼い』。
これ以降、彼女が少しでも他人に無理難題を言ったり、高圧的な態度を取ろうとすると、周囲からすぐにクスクスと囁かれるようになった。
「あら、また親方が誰かに荷物でも運ばせる気かしら?」
「やっぱりね、さすが親方ですこと、子飼いの扱いがお上手ですわ」
わがままや意地悪をすれば、即座に「やっぱりね」と笑われてプライドを粉々にされるため、このあだ名は彼女にとって強力な抑止力となった。
セシリアはその後、静かに、そして怯えるように、学園の隅で目立たないよう過ごすしかなくなった。
(おしまい)




