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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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聖剣と悪の血統者シリーズ

魔王都を焼こうとしたチート勇者、魔王様に魂ごと滅ぼされる

作者: 名録史郎
掲載日:2026/06/10

 人々を脅威から守らなくてはならない。

 その言葉は、正しい。


 その正しさを掲げる者は、魔王と名乗る者を見つけ次第、悪と断じ、討伐しようとする。


 それが勇者の正体。


 正しさとは、厄介なもの。


 人々を守るという言葉の周りには、いつの間にか恐怖や憎しみや、都合のいい決めつけがまとわりつく。


 魔王は、本当に悪なのか。


 その者は、本当に人々を傷つけたのか。


 本当に、裁かれる罪を犯したのか。


 そんな見なければならないはずのものを見ないまま、勇者は剣を抜く。


 正義の名の元に。


 目的が正しいからと言って、何をしてもいいわけではない。


 守るためだと言いながら、まだ誰も傷つけていないものを殺すのなら。


 その正義はもう、守るためのものではない。

 

 この世界には、傲慢な正義が溢れている。

 

◇ ◇ ◇


 頭上には、太陽が世界に降りてきたと思えるほどの火球があった。


 空が赤く染まる。


 雲は焼け、風は熱を帯び、遠くに見える美しい都市の屋根が、炎の光を浴びて不気味に輝いていた。


 魔王都ムーンヴァーナ。


 邪悪な魔王が住んでいると、クラウドラ国の王は言っていた。


 ならば、滅ぼしていい。


 そこにどんな人々が住んでいるかなど、勇者にとってはどうでもよかった。


 街路を歩く商人も。

 夕餉の支度をする母親も。

 広場で笑っている子供も。


 魔王の都にいる時点で、魔王の一部なのだと、彼はそう思うことにした。


「魔王を倒せば、俺は国の英雄になれる」


 勇者は笑った。


 神から授かったチートスキル。


 万物を焼き尽くす、太陽の魔法。


 この力があれば、城も、軍隊も、魔王も、すべて一撃で消し飛ばせる。


 彼はほんの少し手のひらを上空に掲げた。


 それだけで、空に巨大な火球が生まれた。

 あとは、振り下ろすだけ。


「さあ、燃やし尽くせ。俺の魔法よ」


 勇者は、魔王都を指差した。


「行けぇ!」


 火球が、ムーンヴァーナへ向かって動き出そうとした。


 その時だった。


 空に、一筋の光が走った。


 黄金の斬撃。


 次の瞬間、太陽のような火球は真っ二つに割れた。


 轟音すらなかった。


 燃え盛る魔力は、まるで最初から存在しなかったかのように、空の中で霧散していく。


「……あ、あれ?」


 勇者は、呆然と空を見上げた。


「なんでだ?」


 もう一度、火球を生み出そうとする。

 だが、生まれたそばから、火球は斬られた。


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 彼がどれほど魔力を込めても、炎は形を保つことすら許されない。


「憐れですね」


 どこからともなく、声が聞こえた。

 澄んだ声だった。


 けれど、その声には、凍えるほど冷たい怒りが宿っていた。


 勇者が正面を見る。


 そこに、赤い影が立っていた。


 真紅のドレス。

 金のレース。

 黒いフリル。


 右側に薔薇飾りのついた金のティアラ。


 黄金の髪は、夕焼けを受けて金糸のように輝き、宝石のような紫の瞳は、まっすぐ勇者を見据えていた。


 美しい。


 あまりにも美しい。


 けれど、その美しさは、花ではなく、剣の美しさだった。


「お前は、誰だ?」


 勇者が問う。


 女は、微笑まなかった。


「私は魔王ニルナ・サンヴァーラ。この国の魔王です」


 ニルナは、聖剣サンライズを静かに構えた。


「そしてあなたは……どうせ、クラウドラ国に唆された勇者でしょう」


「唆された?」


 勇者は顔を歪めた。


「違う。俺は選ばれたんだ。神に! 前世でいいことなんて何一つなかった。誰にも認められなかった。だけど、俺はずっといい人でいつづけた!」


 彼の声が荒くなる。


「だから、この世界では報われるべきなんだ! 魔王を倒して、英雄になって、誰からも褒められて、愛されて、幸せになるべきなんだよ!」


「長々と自己紹介ありがとうございます」


 ニルナは静かに言った。


 紫の瞳が、冷たく細められる。


「ですが、あなたがどんな人生を送ってきたかなど、今はもうどうでもいいのです」


「なっ……!」


「あなたが私の命だけを狙ったのであれば、一度だけは許したでしょう。捕らえ、話を聞き、クラウドラへ送り返すこともできました」


 ニルナは、空を指した。


 そこには、先ほどまで都市を焼こうとしていた火球の残滓が、赤い霧のように消えていた。


「ですが、あなたは私の民を焼こうとした」


 その瞬間、ニルナの声から温度が消えた。


「私の国で生きる者たちを。私を信じて眠り、働き、笑い、明日を迎えようとしている者たちを。あなたは、まとめて灰にしようとした」


 勇者は後ずさった。


「だ、だって、王は言ったんだ! 魔王は邪悪な存在だって!」


「だから?」


 ニルナは一歩、前へ出た。


 勇者の足が震える。


「権威ある者がそう言ったから、信じたのですか」


「俺は……」


「自分の目で見なかった。自分の頭で考えなかった。そこに住む者たちの命を、一度も想像しなかった」


 サンライズの刀身が、黄金に輝く。


「それが、あなたの罪です」


「俺は勇者だぞ!」


 勇者が叫んだ。


「神に選ばれたんだ! 魔王を倒すために! お前みたいな悪を倒すために!」


「神に選ばれたから、罪なき民を焼いていいのですか」


 ニルナは、静かに剣を構えた。


「なら、その神ごと間違っています!」


 勇者は両手を掲げた。


 炎が生まれる。


 神から授かったはずの力。


 世界を変えるはずだった力。


 誰からも認められなかった彼を、特別にしてくれるはずだった力。


 だが。


「サンライズ」


 ニルナが、静かに名を呼んだ。


 聖剣は眩い光を放つ。


 しかし、その光はすぐに黄金ではなく、紫黒の闇へと沈んでいった。


 刀身は曲線を描き、棘のような装飾が浮かび上がる。


 中央の紫の宝石が、不吉な光を宿した。


 聖剣サンライズは、暗黒魔剣へと姿を変える。


「暗黒魔剣レーヴァティン」


 ニルナは、勇者の頭上に浮かぶ巨大な火球を見上げた。


 太陽のように燃え盛る、傲慢な魔法。


 それは都市を焼き、民を焼き、何も知らない子供たちの眠りすら灰にしようとしていた。


 ニルナの紫の瞳が、冷たく細められる。


「太陽の国に火を向ける愚かさを知りなさい」


 その一言と同時に、ニルナはレーヴァティンを振り抜いた。


 紫黒の斬撃が、空を裂く。


 火球は、爆ぜなかった。


 燃え尽きもしなかった。


 ただ、存在そのものを否定されたように、真っ二つに割れた。


 炎の魔力式が崩壊する。


 神の加護が軋む。


 勇者の頭上に浮かんでいた太陽は、夜空に溶けるように霧散していった。


「……は?」


 勇者は、呆然とした。


「なんでだよ。俺の魔法だぞ。神からもらった、最強の魔法だぞ!」


 ニルナは一歩、前へ出る。


「借り物の太陽で、私の国を焼こうとするなど」


 レーヴァティンの刀身から、紫の魔力炎が揺らめいた。


「思い上がりも甚だしいのです!」


 勇者は叫びながら、さらに魔法を展開した。


 炎。


 雷。


 氷。


 光。


 結界。


 強化。


 あらゆるチートスキルが、彼の周囲に幾重にも重なっていく。


 だが、ニルナは止まらない。


 レーヴァティンが一閃されるたび、魔法は消えた。


 炎は燃えることを忘れた。


 雷は走る意味を失った。


 氷は形を保てず、光は闇に呑まれた。


 結界は紙のように裂け、すべての術式は発動する前に腐り落ちる。


 勇者を守っていた神の加護さえ、紫黒の刃に触れた瞬間、悲鳴のような音を立てて砕け散った。


「う、嘘だ……」


 勇者の膝が震える。


「俺は勇者だぞ。選ばれたんだぞ。こんなところで、終わるはずが……」


「終わります」


 ニルナは、冷たく告げた。


「あなたは私の民を焼こうとした。その時点で、もう勇者ではありません」


 レーヴァティンの紫黒の炎が、勇者の影を呑み込む。


「ただの侵略者です」


「や、やめろ……!」


「罪には、罰が必要なのです」


 ニルナは、レーヴァティンを勇者へ向けた。


 刃が肉体ではなく、もっと深い場所へ届く。


 魂。


 神に選ばれたという資格。


 前世の不満に縋りつき、この世界で報われるべきだと叫び続けた、哀れな自我。


 そのすべてを、暗黒魔剣が貫いた。


「あ……」


 勇者の瞳から、光が消える。


 魂は砕けた。


 神の加護は滅びた。


 勇者という存在の根が、世界から断ち切られる。


 けれど、ニルナはそこで終わらせなかった。


「サンライズ」


 レーヴァティンが、再び光を放つ。


 暗黒の刀身は赤く燃え上がり、強固な迎撃剣フレイソードへ。


 そして、さらに炎を纏う。


「爆炎剣スルトソード」


 紅蓮の刃が、夜を照らした。


 ニルナは、魂を失った勇者の肉体を見下ろす。


「せめて、灰になりなさい」


 スルトソードが振り下ろされた。


 爆炎が勇者の肉体を包み込む。


 骨も、血も、衣服も、神から与えられた装備も、異世界から持ち込まれた未練さえも。


 すべてが焼き尽くされていく。


 夜風が吹いた時、そこには灰すら残っていなかった。


 ただ、魔王都ムーンヴァーナの空だけが、静かに広がっている。


 いつの間にか、星々が煌めいていた。


 先ほどまで世界を焼こうとしていた火の赤は消え、夜の青が、街を優しく包んでいる。


 ニルナは剣を収めた。


「うーん」


 そして、いつもの明るい声で言う。


「今日も、サンヴァーラは平和ですね」


 その声は軽やかだった。


 けれど、紫の瞳の奥には、まだ冷たい怒りの残滓があった。


「クラウドラはそのうち、しっかり対処しましょうか」


 異世界から、不憫な者たちを召喚する。


 甘い言葉で唆し、魔王の討伐へ向かわせる。

 太古から繰り返されてきた悪行。


 そしてそのたびに、歴代のサンヴァーラの王に返り討ちにされてきた愚行。


 それでもなお、彼らは何一つ学ばない。


「愚かな人間は、殲滅です……」


 ぽつりと、ニルナは呟いた。


 本当は、そんなことをしたいわけではない。

 だけど、民を守るためなら。

 この国で生きる者たちの明日を守るためなら。


 魔王は、剣を抜かなければならない。


「ニルナ様!」


 その声を聞いて、ニルナは振り向いた。


 銀髪の魔法使いが、息を切らして駆け寄ってくる。

 フィルクだった。


「大丈夫ですか?」


「もちろん。大丈夫ですよ、フィルク」


 ニルナは、何事もなかったように微笑んだ。


 けれどフィルクは、空に残る魔力の焦げ跡を見て、すぐに何が起きたのか察した。


「また、勇者ですか」


「はい。都市ごと焼こうとしました」


 フィルクの表情が、わずかに強張る。


「……許せませんね」


「許しませんでした」


 ニルナは、あっさりと言った。

 その言葉に、フィルクは一瞬だけ目を伏せた。

 彼女が笑っていること。

 その奥で、本当は怒りも悲しみも抱えていること。

 フィルクだけは、知っていた。


「ニルナ様」


「なんですか?」


「この国は、あなたがいるかぎり大丈夫です」


 ニルナは、少しだけ目を丸くした。

 それから、胸を張る。


「当然です」


 金の髪が、夜風に揺れた。


「この国があるかぎり、私は負けたりしません」


 ニルナは、星空の下で魔王都を見渡した。

 灯りのともる家々。

 眠る子供たち。

 働く民たち。

 守るべき、彼女の国。


「私は魔王」


 その声は、誇り高く、まっすぐだった。


「誰よりも国を愛する者ですから」

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