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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第九章 ブライアントとの出会い、ステーションBでの整備が続く

 店先の席にいた男は、僕が視線を向けたのに気づくと、自然な動作で立ち上がった。

 こざっぱりした金髪で、垂れ目で人なつこい感じの顔をしていた。年齢は、ぱっと見た感じでは二十代後半くらいだろうか。背は高めで、細身だけど筋肉質な感じ、姿勢には妙な気楽さがある。

 服装は、スペーススーツ――いかにも、昔の人が未来の服装と考えたような、ちょっと金属質の材質のおしゃれなジャージみたいな服だった。

 なんというか、宇宙モノのドラマとかでよく出てくるような服だったけど、安物を着崩した雰囲気ではなかった。むしろ、ちゃんと選んで気安く見せている感じだ。

 そして何より、笑顔が、良かった。

 人懐っこくて、軽そうで、でも油断ならない……そういう表情だった。

「やあ!」

 その男は、まるで前から知り合いだったみたいな調子で言った。

「君、さっき入ってきた船のキャプテンだろ?」

 いきなり、核心だった。

 僕は、少しだけ足を止める。

 太郎が、腰元の携行ユニットの中で小さく鳴いた。

『警戒推奨。知らない男。上手い笑顔』

 太郎は、他の異星人のドローンのようだが、人類の顔も認識できるようだった。

 その評価が妙に的確で、少しだけ困った。

 青葉の声は、耳元の端末からいつもより低く届いた。

『不用意に、詳細を話さないでください』

「……そうみたいだけど」

 僕は、男を見たまま応えた。

「何か用ですか?」

 男は、その言い方に気を悪くした様子もなく、むしろちょっと面白がるように肩をすくめた。

「警戒されているなあ。まあ、当然か。あんな目立つ船で来ればね」

 そう言って、彼は、胸元へ軽く手を当ている。

「ブライアント・ウォルデック。GDC所属の山師だ」

 やっぱりGDCか、と思った。

 青葉から一通り説明を受けたばかりだから、その名前の意味はもう分かっている。銀河系開発株式会社――会社を名乗りながら、公的な探査の抜け道みたいな役割を担っている社団だ。

 その所属だと自分から言ってくる男が、胡散臭くないわけがない。

「……正直ですね」

 僕がそう言うと、ブライアントは、笑った。

「隠しても、たぶん後で分かるからね。最初から名乗ったほうが、印象がいいでしょう?」

 太郎が、即座に小さく鳴く。

『印象操作』

 青葉も、静かに補足する。

『同意します』

 僕は、内心で頷いた。

 でも、だからといって無視していい相手でもなさそうだった。GDC所属なら、このステーションでの情報も持っているだろうし、こちらの船に興味を持つ理由もある。

 そして何より、ブライアントは“見て分かる胡散臭さ”を隠していない分、ちゃんとした目的がありそうだと思った。

「座っても?」

 ブライアントが、店先の空いている席を軽く示した。

「飲み物くらい奢るよ。新顔には、こういう場所の空気を覚えてもらったほうが早いからね」

 断る選択肢もあった。

 でも、僕は少しだけ迷ったあと、席を見た。

 カフェの透明なショーケースには、色のついた飲み物や軽食が並んでいた。何か甘いものが欲しいと思っていたのだ――栄養としてではなく、人だった頃の習慣として。

「……少しだけなら」

 ブライアントが、わかりやすく嬉しそうな顔をする。

「よかった。じゃあ座って」


***


 結局、僕はメロンソーダ・フロートみたいな飲み物を頼んだ。

 名前は違う。ステーションBの共通語メニューには、もっと長くて聞き慣れない名前がついていた。人類連邦の共通語は、ほとんどそのまま英語だけど、微妙に変化した言語のようなのだけど……。

『おまたせしました』

 給仕用の、かろうじて人型といえる格好のアンドロイドが運んできたのは、確かに、緑色の炭酸に白い冷菓子を浮かべた飲み物だった。

 人類は、星間文明になっても、こういうものを作るらしい。

「……ほんとにあるんだ、こういうの……」

 思わずそう言うと、ブライアントが片眉を上げた。

「こういうの?」

「いや、その……見た目がちょっと、懐かしくて」

「へえ」

 彼は、それ以上は追及せず、自分用の琥珀色の飲み物の入ったグラスを軽く揺らした。

「君、ステーションに慣れてないだろ?」

 僕は、少しだけ黙った。

 たぶん、隠しても仕方ないところだ。

「……うん。あまり」

「そうだと思ったよ。歩き方が少し固いし、周りの看板も珍しげに見ていたし、さ」

「それで、分かるんですか?」

「分かるよ。実際、辺境に初めてきた人間は、大体、同じ態度をとる」

 軽い口調なのに、妙に納得感がある話し方をする人だ、と思った。

「……GDCの人なんですよね?」

「そうだね。ま、厳密には“GDC所属の独立系山師”って言ったほうが近いか。一応、組織人でもあるけど、個人の裁量の方が大きい立場だね」

 青葉が、小声で告げる。

『注意してください。自己演出を含んでいます』

 太郎も、続けた。

『軽い。しかし、頭は回りそう』

 それも、そうだと分かる。

 ブライアントは、多分、最初から“軽薄そうだが鋭い男”として見せるつもりで喋っていると思った。

「GDCって、実際のところ、何なんですか?」

 僕が、そう尋ねると、ブライアントは、少しだけ面白そうに笑った。

「青葉から、どこまで聞いたんだい?」

 いきなり青葉の名前を出されて、僕は、一瞬だけ動きを止めた。

「……知っているんですね?」

「船のAIが名乗っていたよ。人格権登録も、チューリングレベル10を余裕で通していたし。あれだけ優秀なAIなら、名前くらいは、覚えるさ」

 なるほど――そこを見ていたのか、と思った。

「……人類が表でやれないことをGDCが裏でやっている、くらいは聞きました」

「まあ、そうかな」

 ブライアントは、グラスを置いて、少しだけ真面目な顔になった。

「人類は他種族との関係上、何でも好きに進出できるわけではない。だから“私企業による探査”っていう建前を使うのさ。冒険者や独立船長を雇って、未知星域を探らせて、資源や遺跡技術を押さえるんだ。危ない仕事は、現場に回し……でも、当たれば一気に儲かるよ」

「……やっぱり、胡散臭いですね?」

「でしょ?」

 ブライアントは、まるで褒められたみたいに笑った。

「でも、それが必要なんだ。綺麗な制度だけでは、辺境は回らないからね」

 そのあたりの言い方は、青葉に似ていた。

 表現は、ずっと砕けているけれど、要点は近い。

「君の船も、そのへんと無縁じゃないだろ?」

 その言葉で、僕は、グラスに視線を落とした。

 緑色の液体に浮いた白い冷菓子が、ゆっくり溶けている。口にすると、甘くて少し冷たかった。身体の維持には必要ないけれど、その甘さに、妙に安心する。

「……無縁じゃない、と思います」

 正直にそう言うと、ブライアントは満足そうにうなずいた。

「いいね。少なくとも、自分がどんな立場なのか、全然見えてない訳じゃないようだ」

 それは、褒められているのかどうか、微妙だった。

 でも、少なくとも露骨な嘘をついても仕方ない相手だ、とは思った。


***


 僕が、カフェでブライアントと話しているあいだも、巡洋艦『青葉』の方では、忙しく、様々な手続きをやっているようだった。

 耳元の端末越しに、青葉は、外部回線と内部処理を並行して回していた。艦AIとして、今、一番重要なのは「不足資材の補充」と「修理工程の前倒し」だった。

『弓良』

 会話の合間に、青葉が落ち着いた声で呼んだ。

『本艦の不足資材について、発注候補を整理しました』

『もう?』

 僕は、ブライアントに聞かれないよう、音声に出さないで応答した。

『ステーションBに滞在する以上、先に確保したほうが有利です』

 流石に、仕事が早い。

 僕は、ブライアントとの会話を続けながら、視界の端に開いたウィンドウをちらりと見た。


 高密度導体材

 冷却補助材

 艦尾フレーム補修用の結合材

 簡易格納区画シール

 リープ系統の暫定補強部品

 互換性のありそうな重力子キャパシター関連のジャンク部材


 全部が全部、ぴったりの純正品ではない。でも、青葉は、完全な適合品がない前提で、代替可能な規格まで洗い出しているらしい。

『青葉、自分で発注できるの?』

『はい。人格権を持つ艦AIとして、基本的な通商行為は可能です』

『便利だなあ』

『便利である必要があります』

 太郎が、通信越しに軽い調子で割って入った。

『太郎、発注内容に工具セットを追加提案。いまの整備区画、微妙に足りない』

『確認しました。妥当です』

『あと塗料』

『塗料は、優先度が低いです』

『見た目は士気に影響』

『本艦の現状では機能回復が先です』

『だが、見た目が整うと、気分が上がる』

『その理屈は理解しますが、後回しです』

 僕は、思わず笑いそうになった。

『太郎、塗装したいの?』

『少し』

『太郎は、旧式保守ドローンですから、見た目の統一を重視している可能性があります』

『青葉、いま少し馬鹿にした』

『していません。分析です』

 こういうやり取りを聞いていると、青葉が冷静派で、太郎がイケイケの現場主義なのが本当によく分かる。

 しかも最近は、太郎が少し軽い調子で突っ込み、青葉がたしなめる、という流れまで定着し始めていた。

『青葉、結局どのくらいかかりそう?』

『不足資材の確保と積み込み、それから優先修理だけでも、数日は必要です』

『数日か……』

『はい。少なくとも二日から三日。運が悪ければ、もう少し』

 それを聞いて、僕は、少しだけほっとした。

 いや、本来なら「早く動けない」という意味でよくないのかもしれない。でも逆に言えば、その数日はこのステーションにいていい理由があるということだ。

 何も知らないまま来て、すぐ追い出されるわけではない。

 人のいる場所で、少し息をつく時間がある。

『外部搬入枠を確保しました』

 青葉が続ける。

『いくつかは即納可能です。ただし、キャパシター系の関連部材は、在庫が少ないため、ジャンク市場経由になります』

『ジャンク市場って、ちゃんとしたところなの?』

『“ちゃんとした”の定義によります』

『つまり、怪しいんだ』

『はい』

 そのへんも、このステーションBらしいのかも、と思った。


***


「……で、君の船はどこから来たの?」

 ブライアントが、あまりにも自然な口調で尋ねてきた。

「あ、すいません。青葉と会話していました」

 その質問に、僕は、少しだけ慎重になる。

 “宇宙船墓場”の話をどこまでしていいのか、判断が難しい。全部言う必要はないが、何もかも隠すのも不自然だ。

「……辺境からです」

「へえ」

「かなり、傷んでいました」

「それは、見れば分かる」

 その言い方は意地悪ではなく、単なる事実として出てきた。

「でも、あの状態で、ここまで持って来られたのはすごいね。あの船、正規の人類製じゃないよね?」

 やはり、そこは、すぐ分かるらしい。

「……そうですね」

「少なくとも船体は、〈先住者〉の船だよね?」

 僕は、少しだけ黙った。

 完全否定はできない。しかし、簡単に認めるのも危ない気がした。

 ブライアントは、その沈黙をどう取ったのか、軽く肩をすくめた。

「まあ、答えたくないならいいよ。俺も、初対面のヤツには、全部は、話さないし」

 その言い方は、妙にフェアだった。

 全部が信用できるわけではないが、あからさまに探りすぎないあたり、場慣れしていると思った。

「ただね……」

 ブライアントは、少しだけ身を乗り出す。

「もし君が本気であの船を直すつもりなら、このステーションで買えるものと買えないものの区別は、早めに知っておいたほうがいい」

「買えないもの?」

「正規流通に乗る部品、乗らない部品、乗ってても品質が信用できない部品がある。あと、GDC経由のほうが早いけど、見返りが重い話もある」

 なるほど、と思った。

 青葉が自力で発注を回しているとはいえ、現場の相場や裏事情まで全部分かるわけではない。そういう意味では、ブライアントみたいな人間の情報は、確かに価値がある。

 胡散臭いけれど。

 うん、かなり、胡散臭いけれど。

「……それを教えてくれるんですか?」

「気が向いたらね」

 そう言って、彼は笑う。

「代わりに、君の船についても、いずれ少し聞かせてもらえたら嬉しい」

 完全な善意ではない。

 でも、完全な悪意でもなさそうだった。

 辺境らしい取引だと思う。


***


 画面の隅を見ると、青葉は、外部搬入スケジュールを着々と組んでいた。

 まず、即納可能な消耗材と導体材が入る。次に艦尾フレーム補修用の結合材と、格納区画のシール材。さらに、ジャンク市場経由で拾えそうな、互換キャパシター部材の照会をしていた。

 青葉は、自ら不足資材の発注を進め、搬入窓口と整備ラインの割り当てまで片付けていた。

 その進め方は、人間の艦長よりよほど手際がいい気がする。

『弓良』

 青葉が、淡々と告げる。

『資材積み込みと優先修理の工程表を作成しました』

 僕の視界に、簡易な一覧が表示された。


 一日目:即納資材搬入、配線系補修、格納区画シール更新、工具類補充

 二日目:艦尾フレーム補修、補助冷却系の再接続、分子機械群の出力底上げ

 三日目:ジャンク部材適合試験、リープ系統の暫定補強、次段階航行の可否判定


『ほんとに数日仕事だね』

『はい。少なくとも、ステーション滞在の理由としては充分です』

 太郎が通信越しに、少し弾んだ声で言う。

『太郎、整備三日連続、歓迎。久しぶりに“ちゃんとした補給”感がある』

『浮かれすぎないでください』

『浮かれてない。しかし、少し楽しい』

『それは、否定しません』

『青葉も、ちょっと嬉しいんだね』

『……必要な工程が進むのは好ましいです』

 言い方は相変わらずだったけれど、たぶん少し機嫌はいいのだと思う。

 僕は、それを聞いて、なんだか安心した。

 青葉は船そのものだ。資材が入り、修理が進み、船として機能が戻るのは、たぶん僕以上に青葉自身の問題でもある。

『じゃあ、本格的にしばらくここなんだね』

『はい』

『わかった。僕もそのつもりで動く』

 そう言葉に出さずに通信しながら、僕は、グラスの底に残った緑色の飲み物を見た。

 冷菓子は、かなり溶けていて、最初よりずっと甘かった。

 人間だった頃なら、こういうのをだらだら飲みながら友達と話したこともあった気がする。

 今は、微妙な相手と座っているけれど、それでも少しだけ“人の世界”に戻った感じがした。

「……君、名前は?」

 ブライアントが、唐突に尋ねた。

 たぶん、さっきから意図的に聞かずにいたのだろう。

「弓良」

「ユラ、か」

「うん」

「覚えた」

 そう言って、ブライアントは軽くグラスを持ち上げた。

「数日はここにいるんだろ? だったら、そのうちまた会うよ」

 その言い方は、ほとんど確信みたいだった。

「……そうかもしれませんね」

 僕がそう答えると、ブライアントは、満足そうに笑った。

 本当に、胡散臭い、爽やかな笑みだった。

 でも、完全に嫌いにはなれない。

 そんな笑い方だった。


***


 船へ戻る通路を歩きながら、僕は、端末越しに青葉へ話しかけた。

「青葉」

『はい』

「ブライアントのこと、どう思う?」

 少しだけ間があった。

『軽薄そうに見せていますが、観察力は高いです』

「うん」

『信用は推奨しません。ただし、利用価値はあります』

「やっぱりそうか」

『辺境らしい人物です』

 太郎がすかさず入る。

『太郎評価。胡散臭いが、たぶん仕事はできる』

『雑ですが、概ね同意します』

「二人の意見が一致するの、珍しいな」

『珍しいです』

『珍しい』

 ほとんど同時に返ってきて、僕は少し笑った。

 通路の向こうには、ドックに繋がれた巡洋艦『青葉』が待っている。資材の搬入口では、もう最初の小型コンテナが運ばれ始めていた。足りないものを発注し、積み込み、修理して、数日かけて船を少しずつまともな状態へ近づけていく。

 地味だ。

 でも、その地味さがいまは妙にありがたかった。

 宇宙で目覚めた時の絶望からすると、数日先の作業予定があるだけでずいぶん違う。やることがあり、帰る船があり、青葉と太郎がいて、少し胡散臭いけれど話せる相手もできた。

 辺境は安全ではない。

 GDCも信用しきれない。

 それでも、僕たちはもう、ただ宇宙で漂っているだけじゃなかった。

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