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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第八章 ステーションB、ようこそ辺境の文明圏へ

 短距離リープが成功したあとも、巡洋艦『青葉』は、すぐ万全になったわけではなかった。

 まだ主機関は万全じゃないし、重力子キャパシター主列は相変わらず死んだままだ。何度も連続で跳べるわけでもないし、他星系への安定航行には、まだ修理が足りない。それでも、一度でも自力で跳べたという事実は大きかった。

 むしろ逆に、一度跳んだからこそ、どこがまだ危ういのかが、前よりはっきり見えるようになった。

 でも、飛べない船ではなくなった。

 その違いは、思っていたよりずっと重かった。

 制御区画の表示には、修復項目と並んで、新しい提案が上がっていた。

 僕は、前方のスクリーンを見上げた。

 表示の端に、新しい目的地候補が青く灯っていた。


 航行候補先: ウルルサ星系 交易ステーション(ベー)

 現状の本艦でも、条件付きで到達可能


「……行けるんだ」

 そう呟くと、青葉が艦内全体から静かに応じた。

『はい。現時点では最も妥当な補給先です』

「補給先?」

『部品、情報、資材、場合によっては、換金機会も得られます。“宇宙船墓場”での回収だけでは、いずれ限界が来ます』

「それは、そうだね……」

 そうだけど、問題は、別のところにあった。

「青葉」

『はい』

「僕、今の人類がどうなっているのか、全然知らないんだけど?」

 言ってから、少しだけ、情けなくなった。

 当然だ。僕は学校帰りの高校生だったところから、いきなり宇宙で目覚めたのだ。異星人がいて、古代文明があって、ストライプド・リープ航法なんてものがあって、人類が銀河へ進出しているらしいことも、全部、後から青葉に聞いた話でしかない。

 でも、“どんなふうに広がったのか”とか、“今の社会がどうなっているのか”までは、ほとんど知らなかった。

 ステーションBへ行くなら、そういった知識を知らないままでは、まずい気がした。

 青葉は、少しだけ間を置いてから答えた。

『そうですね。弓良には、基礎的な説明が必要です』

「やっぱり」

『なお、地球製ではない私が、地球人類連邦の言語セットと基礎知識を有している理由については、分かりません』

「そこは、説明できないんだ」

『はい。ただし、私の補助知性層には、人類向けの対話規格と言語辞書、一般常識層、通商規格の一部が最初から存在していました』

「便利だけど、ちょっと怖いね」

『同意します』

 青葉が自分でそう言うのが、少し可笑しかった。

 でも、たしかにそうだ。ものすごく便利なのに、その便利さの出どころがよくわからない。今は助かっているからいいけれど、いずれは気にしないといけないのかもしれない。

「じゃあ、教えて。今の人類って、どんな感じなの?」

『はい』

 青葉の前方表示が切り替わり、簡易な図と用語一覧が浮かんだ。

『まず、人類は恒星間航行技術――ストライプド・リープ航法の実用化以後、太陽系外へ進出しました』

「うん」

『その過程で複数の異星種族と接触し、衝突し、条約を結びながら、現在の人類圏を形成しています』

「じゃあ、地球の国とか、そういうのは、もう?」

『残っていても、主たる枠組みではありません。地球人類連邦が大枠の政治単位と考えてください。正式名称で“地球”と名は付いていますが、地球は、人類の主居住惑星ではなくなっています。そこで、“人類連邦”が、通称になります』

 人類連邦。

 言葉の響きだけ聞けば、SF映画みたいだった。

 でも、いま僕がいる状況のほうがよほどSFじみているので、今さら驚くのも変な話だった。

「じゃあ、地球って、どうなってるの?」

『ほぼ、自然保護区域となっています。地球の生物多様性資源は、宇宙の中でも貴重です。地球圏には、人類は、全土と月を合わせて数千万人しかいないでしょう』

「へえぇ~」

『現在の人類の中心は、主にアーキアン星系とその周辺宙域で、銀河系中心よりのサジタリウス腕の方にあります。この“宇宙船墓場”からは、かなり離れています。ここは、人類連邦の影響領域の境界の端、辺境域です』

「じゃあ、このステーションBは、人類連邦の施設じゃないの?」

『形式上は、“冒険者”や異星人が交易のために訪れるタイプの独立系交易ステーションです』

「形式上は?」

『実質的には、GDCの影響下にある可能性が高いと見ています』

 聞き慣れない単語に、僕は首をかしげた。

「GDCって、何?」

『銀河系開発株式会社です』

「会社?」

『はい。名称は会社ですが、単なる民間企業という理解では不十分です』

 表示がさらに変わり、人類圏の模式図の中にひとつ大きなノードが灯った。

『人類は、他種族との星間規約によって、公的な探査や進出に制限を受けています』

「へえ」

『そこで、人類圏は“公的ではない探査”のために、半ば抜け道のような制度を発達させました。その中心が、銀河系開発株式会社――GDCです』

 なんだか、聞いているだけで少し怪しい感じがする。

 僕が、そういう顔をしたのだろう。青葉がすぐに付け加える。

『弓良の印象は、概ね正しいと思われます』

「やっぱり胡散臭いんだ」

『正確には、必要悪に近い存在です』

「必要悪?」

『未知星域の探査、遺跡技術の回収、資源開発、辺境治安への半非公式な関与などを担っています』

「それって、ほとんど、国の仕事じゃない?」

『ですが、表向きは、私的機関です』

「抜け道だなあ……」

『はい』

 青葉は、平然と認めた。

 なんというか、いまの人類社会もずいぶん綺麗事だけでは回っていないらしい。

「で、そのGDCとステーションBが繋がっているかもしれない、と」

『可能性は、高いです』

 そこへ、太郎が、制御区画の端から軽い調子で割り込んできた。

『ようするに、でかい会社っぽい顔をした、半分公権力で、半分山師集団』

「太郎、知っているの?」

『だいたい合っている』

 青葉が、すぐにたしなめる。

『太郎。単純化しすぎです』

『だが、イメージは伝わる』

『誤解も招きます』

『現場では、誤解より反応速度』

「また、二人の方向性の違いが出てるなあ……」

 僕は、苦笑した。

 青葉は、きっちり説明したいが、太郎はとりあえず感覚で掴ませたいようだ。

 どちらも間違ってはいないけれど、一緒に聞くと、たまに混乱する。

「じゃあ、“冒険者”っていうのも、そのGDCが絡んでるの?」

 先程、青葉が言っていた、何か不思議な言葉に興味を覚えた。

『はい』

「それも教えて」

『“冒険者”とは、GDCが認定する個人宇宙船所有者、またはそのチームです』

「ほんとに、ゲームみたいな名前だね……」

『語感は軽いですが、実態は、危険職です』

 青葉の表示に、また簡易図が出る。

『認定を受けた者は、未知の星域や遺跡、資源宙域を探査し、得た成果をGDCへ売却、または開発権を得ます。表向きは私的契約ですが、実態としては人類圏の外延拡張機能を担っています』

「……すごいな」

『なお、影響領域外は、無法地帯です。宇宙海賊に襲われる可能性も、低いとは言えません』

「えー、聞いているだけで怖いんだけど……」

『宇宙船墓場から生還した時点で、弓良は、既に適性があります』

「それ、褒めてる?」

『事実です』

 太郎が、またぴこんと鳴る。

『弓良、強い。船もある。魔法もある。冒険者適性、高い』

『太郎。勧誘はまだ早いです』

『だが、有望』

『焦って肩書きを増やす必要はありません』

『肩書きは、多いほどかっこいい』

「太郎の基準、すごく単純だよ」

『単純は、強い』

 青葉が、かすかに間を置く。

『否定はしませんが、推奨もしません』

 その返答が妙に面白くて、僕は少し笑ってしまった。

 でも、青葉の説明のおかげで、だいぶ輪郭は見えてきた。

 人類は、宇宙に出た。

 異星人と揉めながら領域を広げた。

 公には動けない部分を、GDCみたいな“会社”が埋めている。

 ――冒険者は、その先端で危ない仕事をする船乗りたち。

 そして、僕と『青葉』も、外から見れば、多分、そっち側に近いだろう。

「……なんか、僕、知らないうちに、とんでもないところに足を突っ込んでる、かも」

『はい』

「否定してよ、そこは!」

『正確性を優先しました』

「まあ、ね」

 僕は、ふうと、ため息をついた。

「もう少し根本的なことなんだけどさ、ステーションに行ったら、僕ってどう見られるのかな?」

 ほんの少し沈黙があった。

 青葉は、即答できることとできないことがある。

 分からないことを分かったようには言わないから、その間があると、むしろ少し安心する。

『少なくとも、異質には見られるでしょう』

「だよね……」

『しかし、それは本艦も同じです。〈先住者〉製巡洋艦であり、独立した艦AIであり、しかも旧式です』

「慰めになってるような、なってないような……」

『正確性を優先しました。しかし、人類圏では、AIにも、人権が認められています。弓良のように、知的生命体由来又は機械知性の場合は、完全な人権があります。その場合、外国人(エイリアン)扱いになります』


 ……青葉の説明によれば、人類連邦では、AIにも人格権が認められているらしい。異星種族との条約の影響で、一定以上の知性を持つAIは、勝手に改ざんされたり消去されたりしないし、経済行為もできる。だから、『青葉』みたいに艦AIが主体となる船も、法的には、おかしくないのだという。


「なるほど……」

 僕は、少しほっとした。

 青葉がただの道具ではなく、ちゃんと人格として扱われる世界なら、この船にいることも少しだけ自然に思えたからだ。

 同時に、少し複雑でもあった。

 人間だったはずなのに、いまは、機怪人形という何か。見た目は、少女型アンドロイドみたいで、食事も睡眠も本当は必要なくて、シャドーマターを吸って維持できる。

 法的には船長になれても、心のほうはまだ追いついていない……。

 少し考え込んでいると、太郎が、なぜか勢いよく割り込んだ。

『問題なし。弓良、かわいい。船長っぽい。たぶん人気が出る』

「太郎、そういう方向の励まし方なんだ」

『現場感覚』

 青葉が、すぐにたしなめる。

『太郎。根拠が曖昧です』

『曖昧ではない。経験則』

『どのような経験ですか』

『なんとなく』

「はは。なるほどね」

 僕は、思わず笑ってしまった。

 この二人――正確には、青葉は一隻だけれど――は、最近こういう掛け合いが増えている。

 青葉は冷静で、常に慎重だ。太郎はイケイケというか、まず行けると言ってから細かいことを考えるタイプだ。正反対だけれど、だからこそ僕の周りが少し賑やかになっていた。

 そして、その賑やかさは、時々ちょっとした火種にもなる。

『なお、ステーションでの対外交渉は本艦が担当します』

 青葉がそう言うと、太郎がすぐに反応した。

『異議あり。最前線護衛と、弓良の身辺警戒は太郎が適任』

『用途が違います』

『従者適性の話です』

 僕は嫌な予感がした。

「えーと……?」

『弓良の第一従者は本来、私です』

 青葉が、妙にきっぱり言った。

『最初に弓良を発見し、補助し、教育し、本艦と統合したのは私です』

 太郎も負けない。

『だが、太郎は現場対応、近接防護、実働補助が可能。従者としての密着度は高い』

『評価軸が不明確です』

『不明確ではない。役に立つ』

『私は、艦そのものです。生活支援、航法支援、戦術支援、情報処理、全体管理が可能です』

『だが、でかい』

「えー、それは、そうでしょ!」

 思わず、声が大きくなった。

 太郎は、ぴこんと鳴って続ける。

『でかい従者は便利だが、持ち歩けない』

『私は、弓良の居場所そのものです』

『太郎は、弓良のそばにいられる』

『定義が曖昧です』

『曖昧ではない』

 気づけば、二人ともけっこう本気だった。

 しかも妙なことに、それぞれ言い分がある。青葉は青葉で、最初から僕と一緒で、船でもあって、生活基盤そのものだ。太郎は太郎で、現場で動けて、小回りが利いて、たしかに“そばにいる従者”感がある。

 いや、そもそも従者って何だ。

「ちょっと待って、二人とも」

 僕は両手を上げた。

「そんなに張り合わなくていいから。青葉は青葉で、大事だし、太郎も太郎で大事だよ!」

 ぴたり、と二人とも黙る。

 ここで変に片方を立てると、たぶん面倒なことになる。

「僕にとっては、どっちも必要だし、どっちが一番とか決める気はない」

『……了解しました』

 青葉が、先に引いた。

 その声はいつも通り落ち着いているけれど、ほんの少しだけ納得しきっていない感じもある。

 太郎も、小さく鳴る。

『了解。保留』

「保留って何?」

『今後の働きで再評価を狙う』

「狙わなくていいよ!」

 思わずそう言ったら、青葉が静かに付け足した。

『太郎。不必要な競争は避けてください』

『青葉も、牽制した』

『事実確認です』

『牽制です』

 また始まりそうだったので、僕は早めに話を切った。

「はい、この話終わり。まずはステーションBに着くことを考えよう」

 今度こそ、二人とも大人しくした。

 ……たぶん、いったんは。


***


 やがて、三回ほどサルベージに行ったら、最低限の星系間のリープを行えるくらいまで、巡洋艦『青葉』は、修理できた。

 主機関も三〇%くらいまでは、回復した。

 青葉は無茶をしない。前回の試験で追加摩耗が出た以上、同じような乱暴な運用を続けるつもりはなかった。墓場から出るルートも、重力井戸の位置、残骸密度、航法系の負荷を全部考えたうえで選ばれている。

 そのあたりの判断は、やっぱり船そのものになった青葉らしいと思う。

 僕は、制御区画で補助を続けながら、ときどき前方表示へ目を向けた。


『ストライプド・リープ航法、開始します。低速航行のため、船内時間で二時間程度で、ウルルサ星系まで到着予定です』

「え、それでも二時間なんだ?」

『本来のこの艦の性能で、戦闘時速力なら、二分程度で到着します』

「二分!」

 ……この艦は、流石に、戦闘艦だけあって、本来のキャパシティーは高いのかもしれない、と思った。

 僕は、艦の制御系と接続して、(フィールド)の乱れへ意識を向けた。

 やがて、スクリーンの星が流れ始め、微小な振動が伝わってきた。ほとんど、揺れはない。まったく、シャドーマターで操作する必要はなさそうだ。

「大分、制御系も直ったんだね?」

『はい、前回のリープテストのパラメーターで、補正しています。疑似インフレーション・スキッドのパルスの安定度は、九八%以上を維持しています』

「へえぇ~」

 よく分からなかったが、頷いた。


 航行中、青葉は必要なことをいくつも教えてくれた。

 宇宙船は、広い宇宙に対して人手が少なすぎるから、基本的にAI主体で動くこと。むしろ人間のほうが“貴重品”みたいな扱いになっていて、一人でも船長がいれば充分な場合が多いこと。宇宙船の名前は、だいたいAIの名前そのものになること。

 そして、この宙域が辺境で、見た目ほど平和ではないこと。


 僕は、聞きながら、何度も思った。

 よくこんな世界で、人類は、やっていけているな、と。

 でも、たぶん、やっていくしかなかったのだろう。

 僕だって今、その一部に巻き込まれている。


『ウルルサ星系外縁へ到達』

 青葉の声が、制御区画に落ち着いた響きで流れる。

『これより通常航行でステーションBへ接近します』

「見える?」

『数分後に観測可能になります』

 その数分が、妙に長く感じた。

 そして、前方表示の端に最初の人工光が映った瞬間、僕は、思わず息を呑んだ。

 宇宙の暗がりの中に、金色と青白い光が浮かんでいる。

 近づくにつれて、その形がわかってくる。いくつもの円筒区画とリング状構造が複雑に繋がり、その周囲に小型船が蜂のように出入りしていた。中央には大型ドックらしき張り出しがあり、外周には居住区画の光が帯のように連なっている。

「……すごい」

 それしか言えなかった。

 地球の都市とは全然違う。けれど、人がいる場所だと一目でわかる光だ。生活と商売と、人の出入りがある場所の光。

 僕は、少しだけ胸が苦しくなった。

「……街、だね」

 思わず、そんな言葉が口をついて出た。

 青葉が静かに答える。

『はい。少なくとも、人類とAI、場合によっては異星種族もいます』

「なんか、久しぶりすぎて変な感じがする」

『自然な反応です』

 本当にそうだった。

 あの光の集まりの向こうに、誰かの生活があるのだと思うだけで、胸の奥が妙にざわついた。

 安心なのか、緊張なのか、少し寂しいのか、自分でもよくわからない。

 ただ、やっと“人のいるところ”まで来たのだと実感した。

『入港管制へ接続を開始します』

 青葉の声が少しだけ硬くなる。

『識別信号送信。艦AI主体、独立系巡洋艦『青葉』。暫定キャプテン、弓良』

「それで通る?」

『規則上は、通ります』

「その“規則上は”って言い方、ちょっと怖いよ」

『現場が規則通りとは限りません』

「だよね……」

 太郎が、軽く鳴く。

『だめなら、押し通る』

『却下です』

 青葉の返答は、早かった。

『太郎。ここは文明圏です』

『文明圏でも、理不尽はある』

『その通りですが、先に武力前提で考えないでください』

『だが、想定は必要』

「はいはい、二人とも。入港前からケンカしない」

 すると、太郎がなぜか話題をずらした。

『弓良の第一従者として、こういう交渉局面では青葉の出番が多いのは認める』

 青葉がぴたりと応じる。

『当然です』

『だが、接近戦と現場護衛は太郎が上』

『役割が違います』

『つまり、総合すると互角』

『その結論には飛躍があります』

 僕は、嫌な予感がした。

「ちょっと待って、また始まるの?」

『始まっていません』

『始まってない。まだ主張段階』

「主張段階って何?」

 青葉がきっぱり言う。

『弓良の最初の補助者は私です』

 太郎もすぐに返す。

『だが、常時そばにいられる従者は太郎』

『私は艦そのものです』

『大きすぎる』

『居場所そのものを“大きすぎる”で片付けないでください』

「そこ、結構本気で気にしてたんだ……」

 僕は、額に手を当てたくなった。

 この二人、本当に時々こうなる。

「どっちが一番とか決めないから。二人とも役割が違うし、どっちも大事」

 少し黙ってから、青葉が先に答えた。

『了解しました』

 太郎は、少し間を置いてから。

『了解。しかし、働きで示す』

「だから示さなくていいってば!」

 でも、そこで空気が少し和らいだのも確かだった。

 緊張している時に、こういうどうでもいい争いが入ると、逆に助かる。

『入港申請、条件付き許可』

 青葉が、告げた。

『私の人格権登録、艦AI認証、独立系船籍の仮照合は通過。弓良は、暫定キャプテン扱いで受理されました』

「通った?」

『はい。私が知性体AIであることと、本艦が独立系として経済行為可能であることが認められました。弓良については、暫定キャプテンとして登録されます』

 そこで、僕はようやく肩の力を抜いた。

 とりあえず、追い返されはしないらしい。

「AIに人権があるって、思った以上に助かるね……」

『はい。そうでなければ、本艦は拿捕対象になった可能性があります』

「怖いことを、さらっと言わないで!」

『重要情報です』

「うん」

 太郎が、制御区画の隅から軽い調子で鳴く。

『問題なし。乗り込んでくる相手がいたら、太郎が追い返す』

 青葉が、即座に返した。

『先に刺激しないでください』

『刺激されたら?』

『その場合は適切に対処します』

『太郎のほうが早い』

『早さと妥当性は別です』

「はいはい、二人とも。まだ何も起きてないから!」

 僕がそう言うと、太郎はぴこんと鳴って一応引き下がった。

 青葉は、そのまま無言で管制とのやり取りを続ける。やっぱりこの二人、役割の違いが会話にそのまま出るなあ、と思った。

 そして、僕はその賑やかさに少し――かなり、救われてもいた。緊張している時、完全に静かだと、余計に不安になるからだ。


 『青葉』がドックへ誘導されていく。

 近くで見るステーションBは、きらびやかというより雑多な感じだった。補修跡の残るフレーム、何度も継ぎ足された接続アーム、古い区画と新しい区画が無理やり繋がったみたいな構造――辺境らしい、生き延び方をしているステーションだった。

「思ってたより、綺麗なだけの場所じゃないんだね」

『辺境ですから』

『太郎、こういう場所、嫌いではない』

『そうでしょうね』

 青葉の返事には、かすかに呆れが混じっていた。


***


 巡洋艦『青葉』が指定位置へ固定されると、すぐに外部通信と補助ラインの接続申請が来た。

『整備確認と初回登録手続きのため、外部点検員の受け入れを要請』

 青葉が読み上げる。

 その時点で、僕はちょっと嫌な予感がしていた。

 理由は自分でもよくわからない。ただ、墓場で拾ったこの船が、そんな簡単に放っておかれる気がしなかったのだ。

 そこで、僕は、また青葉に質問する。

「ねえ、こういうのって普通?」

『普通です』

「じゃあ受けるしかない?」

『拒否は可能ですが、不自然です』

「だよね」

『ただし、外部接続権限は最低限へ制限します』

「お願い」

『既に実施中です』

 頼もしい。

「なるほど……」

 要するに、“規則上は自由、でも空気としては自由じゃない”という感じなのだろう。

 嫌な感じだなと思っているうちに、作業員が二人やってきた。見た目は普通の整備員だ。工具ケースを持っていて、口調も軽い。いかにも“よくある仕事です”という顔をしている。

 でも、青葉がすぐ警告を出した。

『外部端末から、本艦中枢系への追加照会を検知』

「追加?」

『申請された整備範囲を超えています』

 僕は、思わず眉をひそめた。

「つまり?」

『情報抜き取りを試みています』

 太郎が、いかにも出番だと言いたげに鳴いた。

『排除する?』

『まだです』

 青葉の声は、冷静だった。

『先に手口を記録します』

『太郎なら先に止める』

『証拠も必要です』

『証拠より早さ』

『早さと妥当性は別です』

「二人とも、少し静かに」

 僕は、表示を見ながら、ぎりっと奥歯を噛んだ。

 やっぱり、このステーションは簡単ではない。

 独立系を名乗っていても、裏でGDCが噛んでいるのなら、珍しい船の情報くらい抜きたくなるのだろう。しかも整備名目なら、たぶん日常茶飯事のことかもしれない。

「青葉、止めて」

『了解しました』

 次の瞬間、接続ラインが静かに切り替わった。

 こちらから派手に反撃したわけではない。ただ、不正照会だけをダミー階層へ流し込み、記録を保持し、相手側端末の保護機構を逆に働かせて接続を止めたらしい。

 作業員の一人が、露骨にぎくっとする。

 もう一人は何でもない顔を保とうとしているが、さすがに少し不自然だった。

『撃退完了』

 青葉が告げる。

『流出は最小限です。不正アクセス記録も保持しました』

「……なかなか油断ならないね」

『はい』

 辺境というから色々あるとは思っていたけど、実際に体験すると、思っていたより嫌な気分になる。

 人のいる場所へ着いて、ほっとした直後にこれだ。

 歓迎されているわけではない。観察され、値踏みされ、隙があれば、何かを抜かれる。

 辺境の文明圏というのは、そういう場所らしい。


***


 最低限の手続きが終わってから、僕は、ようやくステーションBの内部へ降りる準備をした。


 その間も、青葉は必要なことを教えてくれる。

 この宙域が辺境で、宇宙海賊が普通に問題になること。

 人類圏の中心へは、〈先住者〉製巡洋艦である『青葉』のままでは行きにくいこと。

 とはいえ、墓場でのサルベージと、時々の資材交換だけでも、しばらくは生きていける見込みがあること。


 そして、僕自身についても。

『弓良は、シャドーマターを吸収して、直接、エネルギーや物質に変換できるので、食事をしなくても機体維持が可能です。しかし、食事や飲み物を食べても、分子機械により分解され、エネルギーに変換できますので問題ありません』

「うん」

『睡眠も、本質的には不要です。ただ、ご存じのように、睡眠時には、神経ネットワークのガベージコレクションと身体の調整と検査を実行できますので、定期的に睡眠を取ることをお勧めします』

「うん」

『排泄も不要です』

「うん……そこまで改めて言わなくていいよ」

『重要な生活情報です』

 たしかに、そうなのだけれど、並べて言われると、改めて自分が人間から遠くなった感じがして、少し気分的にキツかった。

「……人間的には、どうなんだろうね?」

 だから、つい、そう漏らしていた。

 青葉は、少し考えてから、落ち着いた声で言った。

『弓良が、それを不安に感じるのは自然です』

「うん」

『ただし、いまの弓良は、間違いなく弓良です』

 僕は、少しだけ黙った。

 見た目は違う。身体も違う。必要なものも違う。でも、その言葉は少しだけ救いになった。

 太郎が、小さく続ける。

『弓良は弓良。外見が変わっても、命令の出し方は同じ』

「それ、褒めてる?」

『識別している』

「ま、ありがと」

 僕は苦笑して、外出用の携行端末を腰へ固定した。青葉との通信を保つためのものだ。そのようなものがなくても、青葉と量子結合通信(EPR Comm)ができるようなのだけど、カモフラージュ用とのことだった。

 また、青葉が、いちいち注意事項を並べる。

『外部での個人識別名は弓良で統一してください』

「うん」

機怪人形(アンドロイド)であることを隠す必要はありませんが、不要な情報は与えないほうが賢明です』

「了解」

『危険を感じた場合は、即時帰艦してください』

「わかった」

 太郎も、小型随伴ユニットとして同行することになった。

 そこでまた、青葉と太郎が軽く張り合う。

『外出時の最優先指揮系統は、私です』

『近接護衛は太郎』

『補助に徹してください』

『従者としては前に出る』

『その競争を継続しないでください』

『だが、弓良の一番は重要』

「はい、そこまで!」

 僕は、ハッチの前で二人を制した。

「青葉も太郎も、僕にとってはどっちも大事。それで終わり」

 青葉が、静かに応じる。

『了解しました』

 太郎は少しだけ間を置いてから。

『了解。しかし、好成績は維持する』

「だから成績制にしないでって!」

 僕は、やれやれと肩をすくめると、ハッチを抜け、ステーションBの内部通路へ足を踏み出した。


 すぐに、色々な匂いと音が押し寄せてきた。

 油、消毒剤、甘い飲み物、焼けた金属、遠くのざわめき、人の足音、自動搬送機の駆動音――人のいる場所の雑多な気配だ。

 思わず立ち止まる。

「……久しぶり」

『はい』

 青葉の声が、耳元で静かに響いた。

『人の世界です』

 僕は、少しだけ胸が詰まるような感じを覚えた。

 嬉しいのか、不安なのか、寂しいのか、全部混ざっている。たぶん、人恋しさもあるのだと思う。青葉も太郎もいるけれど、それとは別に“人がいる場所”へ戻ってきた感じが、どうしても胸に刺さった。

『大丈夫。青葉も、太郎も、弓良の後ろにいる』

 太郎がそう言って、すぐに青葉が補う。

『正確には、私は通信リンク上です』

『細かい』

「揉めないでってば!」

 僕は、小さく笑って、それから通路の先へ歩き出した。

 怖くないと言えば嘘になる。

 でも、墓場の中でずっと眠っているよりはいい。

『弓良』

 青葉の声が、耳元の端末から静かに届く。

『大丈夫ですか』

「……うん」

 僕は、ゆっくり頷いた。

「たぶん、ちょっとだけ、ほっとしてる」

『それは自然です』

 太郎が、小さく胸を張るように言う。

『太郎もいる。青葉もいる。問題なし』

「うん。ありがとう」

 そう返して、僕は通路の先へ歩き出した。

 人のいる場所へ――少し胡散臭くて、少し危なくて、でもちゃんと生きた文明の匂いがする場所へ。

 ここから先、たぶんまた新しい面倒事が増える。

 でも、それでもよかった。

 墓場の中で眠っているだけでは、何も始まらないからだ。


 通路を抜けた先に、居住区寄りの広いフロアが見えてきた。

 照明は暖かく、店の看板がいくつも灯り、カフェらしい区画も見える。

 もの凄い未来っぽいものを想像していたけど、デザイン的には、ちょっと郊外にあったショッピングモールや空港のホールを少しだけモダンにしたような感じで、あまり違和感はなかった。

 まあ、立体的なサイネージやディスプレイなんかは普通にあったり、歩く通路全体の色が変化したりとか、全体的に少しだけ洗練された感じにはなっているけど。

 ……巡洋艦『青葉』の中で、かなり人類離れしたデザインのものを見過ぎたので、逆になんか、懐かしく感じた。

 僕は、ふと、何か甘いものが欲しくなった。

 食べなくても死なない。飲まなくても問題ない――けれど、人間だった頃の感覚はまだ残っている。

 こういう場所へ来ると、何かを口にしたくなる。

「……ちょっと、飲み物でも買おうかな」

『栄養的には不要です』

「そういうことじゃないんだよ、青葉」

『理解しています』

『太郎、甘い飲み物に賛成』

「太郎は、本当に生活感あるね」

 僕は、小さく笑って、カフェの看板へ向かった。

 その時だった。

 店の前の席で、こっちを見ていた男がひとり、ゆっくり立ち上がったのは。

 その顔には、いかにも人懐っこい笑みが浮かんでいた。

 でも目だけは、妙に油断がなかった。


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