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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第七章 初リープ、揺れる船体、墓場の外へ

 修理が進み始めると、巡洋艦『青葉』の中の時間は、急に早くなった気がした。

 もちろん、本当に時間の流れが変わったわけではない。しかし、艦内で起きる変化の量が一気に増えたのだ。持ち帰った資材が次々に仕分けられ、分子機械群がそれを削り、溶かし、つなぎ直していった。

 今まで暗かった区画の一部に照明が戻り、死んでいた搬送ラインがぎこちなく動き始め、途切れていた内部配線のマップが少しずつ繋がっていった。

 壊れた船が、壊れたまま眠っている段階は、もう終わりつつあった。

 まだ、飛べる状態ではない。

 でも、直っていく船には、確実になっていた。


***


 僕は、格納区画に近い簡易保守区画で、作業台の上に置かれたモノを見下ろしていた。

 それは、仮装巡洋艦から回収した資材の中に入っていた箱だった。外箱は、かなり頑丈な金属のケースで、海賊船めいた仮装巡洋艦の積荷らしく、無骨なくせに妙に厳重だった。

 その中に、黒い緩衝材の中へ固定された、小ぶりな透明ケースが入っていた。青葉によると、透明金属ガラス製らしい。

 透明ケースの中身は、見た目だけなら煤けた硝子片みたいにしか見えない“何か”だった。

 けれど、近づくと、僕の身体の内側が、わずかにざわついた。

「……これが、シャドーマター結晶?」

『はい』

 青葉の声が、保守区画の壁と床から静かに響いた。

『仮装巡洋艦の積載庫から回収した中に入っていた希少物質です。おそらく、高密度に安定化、結晶化されたシャドーマター媒質と思われます』

「僕にも使えるの?」

『使えます。ただし、そのまま取り込むのではなく、段階的な調整が必要です』

「そのままでは、だめってこと?」

『高濃度すぎます。現在の弓良に対して、急激な流入は推奨しません』

 そこへ、作業台の端からぴょこん、と太郎が乗り上がってきた。

『太郎、補足。危険物、ではない。しかし、雑に使うと、たぶん、よくない』

「また、ざっくりな説明だねー」

『実感重視』

 その答えに、僕は、少し笑った。

 でもたぶん、本当にそうなのだろう。理屈は青葉のほうが詳しいが、現場感覚としては太郎の言う通りなのだと思う。使えば力になるけど、雑に扱えば危ないのだ。

「じゃあ、どうするの?」

『まずは、弓良の機体へ適合調整を行います』

 空中に、半透明のウィンドウが開く。

 そこには、僕自身の構造図のようなものが表示されていた。人間の解剖図とは全然違う。細い人型の内部に、シャドーマターを蓄積する結晶ストレージ、流路らしきライン、制御ノード、分子機械群とのインターフェースが重なっている。

 それを見て、僕は、改めて思った。

 やっぱり、僕は、もう人間じゃない。

 ……その感覚は、まだ少し寂しい。

 でも、今は、その構造がちゃんと“使えるもの”として見え始めていた。

『弓良の機怪人形としての能力は、現在も成長余地があります』

 青葉が言う。

『シャドーマターのストレージへの適正投入により、出力の上限だけでなく、制御精度と持続性も向上する可能性があります』

「つまり、魔法のレベルが上がるってこと?」

『単純化すれば、その表現で差し支えありません』

 その言い方に、僕は少しだけ笑った。

「ゲームみたいだなあ」

『弓良が理解しやすいなら、その比喩で問題ありません』

『太郎、レベルアップ、たぶん大事』

「太郎って、“たぶん”が好きだね!」

『経験則』

 僕は、もう一度、透明ケースの中の結晶箱を見た。

 仮装巡洋艦は、たぶんろくでもない目的でこの希少物質を運んでいたのだろう。売り物だったのか、密輸品だったのか、あるいはもっと危ない用途があったのかは分からない。

 でも今は、それが僕たちの役に立つ。

 青葉を直し、僕自身の力も底上げするなら、使わない手はなかった。

「やろう」

『了解しました』


***


 調整作業は、制御区画に近い接続室で行われた。

 僕が巡洋艦(青葉)へ正式に認証されたあの中枢程ではないものの、ここもかなり重要な区画らしい。床と壁に走る青いラインが、より密で、空気――というか、空間そのものに微かな張りつめた感じがあった。

 僕は、中央の低い接続台へ、半ば身を預けた。

 人間の治療ベッドとも違うし、機械の整備台とも違う、ちょっと有機的な構造だった。 この艦の設備は、大体、そんな風に生物的であり、同時に機械的でもあった。明らかに、人類とは設計思想が違っている、と感じられる。

『弓良。流路を開きます』

「痛い?」

『痛覚として再現される可能性はありますが、損傷ではありません』

「それ、怖い説明だなあ」

『正確性を重視しました』

 そこへ、台座の脇から太郎がよじ登ってきて、僕の腕のあたりを覗き込む。

『太郎、監視補助、実施。異常時、報告』

「なんか急に、本格的な手術っぽくなってきた」

『類似点はあります』

「青葉、そういう時だけ否定しないね」

『事実です』

 青葉の声が落ち着いているので、僕も少しだけ気が楽になった。

 視界の端で、ケースから取り出されたシャドーマター結晶が、薄い磁場みたいなものに支えられて浮かんでいる。その表面は、灰色とも青ともつかない薄い色で、見る角度によって海の底みたいに揺らいで見えた。

『投入を開始します』

 結晶から、細い光の糸のようなものが伸びた。僕には、はっきりと感じられるシャドーマターの濃密な流れだった。

 それは、僕の腕から肩へ、さらに胸の奥へと滑り込んできた。

「……っ」

 最初の感覚は、冷たさだった。

 でも、氷みたいな冷え方ではない。輪郭のある冷たさじゃなくて、体の内側に空いていた空洞へ、透明な液体が静かに満ちてくるような感じだった。

 次に、視界が少し広がった。

 実際に目が良くなったのとは違う。今まで“なんとなくある”と感じていたシャドーマターの流れが、急にくっきり見えるようになったのだ。

 空間の隙間に満ちる薄い霧、船体を巡る微かな循環――僕自身の内部で、いくつもの流路を通っていく暗い光も、分かる。

『適合率、上昇』

『太郎、異常なし』

 青葉と太郎の声が、遠く聞こえる。

 僕は、接続台へ体を預けたまま、自分の中の変化に集中した。

 初めて金属片を動かしたとき、魔法は“手探りの力”だった。それから、実地作業の中で、それを道具として使い始めた。

 でも、今は違う。

 もっと深いところで、何かがひとつ上の段階になった感じがある。

 流れが読める。

 掴みやすい。

 押すだけじゃなく、撫でる、削る、留める、重ねる、といった細かな動作のイメージが、自然に結びついた。

「……すごい」

『投入量は、まだ最小限です』

 青葉が冷静に言った。

『しかし、出力と精度の両面で、明確な向上が確認できます』

「うん……わかる」

 僕は、ゆっくり手を上げた。

 何もない空間へ意識を伸ばす。すると、接続室の片隅に置かれていた金属片が、前よりずっと滑らかに浮いた。

 勢いが暴走しない。狙った軌道を、ほとんどそのままなぞる。

 次に、その金属片をくるりと反転させ、静かに元の場所へ戻す。

『精度、良好』

『太郎、前より上手』

「自分でもそう思う」

 僕は、胸の奥に、今までより太い芯が通ったように感じた

 僕自身の機怪人形としての魔法の“レベル”が、たしかに一段上がったのだ。

 言葉にすると、少しゲームじみている。

 でも実感としては、本当に、それに近かった。

『追加効果があります』

 青葉の声が続く。

『本来、機怪人形は、広範囲な宇宙空間の物理現象に干渉できます。これで、短時間であれば、より大きな質量への干渉や、複数対象への同時制御も可能になる見込みです。また、移動以外の“魔法”も使えるようになるはずです』

「それって、サルベージでもかなり大きいよね」

『はい。そして、リープ試験時の補助にも有効です』

 その言葉で、僕は、顔を上げた。

 そうだ。今日の本題は、僕の強化だけではない。

 青葉自身のほうも、かなり修復が進んでいるはずだった。

「いけそうなの?」

『条件付きで』

 その返事に、胸の中が少しだけ高鳴った。


***


 リープ試験前の最終確認は、制御区画で行われた。

 巡洋艦『青葉』の本来の艦橋が完全に生き返っているわけではない。

 というか、この艦は、艦本体から飛び出た、いわゆる艦橋はないみたいだ。基本は、この制御区画が拡張された戦闘指揮所(CIC)みたいな場所で、全ての制御が行われると、青葉が言っていた。

 今は、中枢と航法系の一部が繋がったことで、最低限の制御を、ここでまとめて見られるようになっていた。

「凄い、アニメみたいだね……」

 半円状のパネル群と、青白い投影画面があった。人間用の椅子らしきものはなく、代わりに立ったままでも、半ば身体を預けても操作できる曖昧な支持構造が並んでいる。たぶん、古代異星人、〈先住者〉の身体に合わせた設備なんだろう。

 僕は、その中央に立ち、目の前の表示を見つめた。

『出港準備、開始します』

「分かった」

『主機関、アイドリング状態から起動します』

 青葉のその言葉の後、どくん、という唸りが、この制御区画まで伝わってきた。

 遠くのどこかで硬く閉じていた機械が、ほんの少しだけ動き出したような揺れだった。

 この船は、確かに起き上がろうとしている、と思った。

『弓良』

 青葉の声が、艦内全体から静かに響く。

『まず、外装自己修復系の分子機械群を使い、遮蔽殻を撤収します』

「……あの、銀色のやつ?」

『はい。分子機械群です』

 僕は、制御区画の表示を見上げた。

 艦体模式図の外周に、無数の細い光点が走っている。最初に『青葉』を見つけたとき、巡洋艦の周囲を覆っていたあの即席のドック状の遮蔽殻――残骸やフレームや岩塊を寄せ集めて作られた繭みたいな外層の表面を、銀色の微粒子群がぞろぞろと這っていた。

 いや、這っているというより、食べている、のほうが近いのかもしれない。

 骨組みの裂け目へ入り込み、壊れた装甲片を包み、そこから何かを吸い上げるみたいに、少しずつ光点が増えていく。銀色の筋が艦体へ戻り、また別の場所へ散っていく。その流れが、血管とも蟻の列ともつかない奇妙な生命感を帯びていた。

「……やっぱり、生き物みたいだ」

『比喩としては、近いです』

 青葉は、いつも通りの落ち着いた声で答える。

『本艦の分子機械群が、周辺資材を吸収し、補助動力と外装自己修復系へ優先配分しています』

「補助動力まで?」

『はい。主機関のSERは一部駆動しかできませんが、補助駆動系の出力は、もう少し上げられます』

 その言葉に、僕は思わず表示へ顔を近づけた。

「つまり……動ける?」

『限定的には』

 いかにも青葉らしい慎重な言い方だった。

『ただし、現時点では長距離機動も、安定したリープも不可能です。まずは、この小惑星の窪みから脱出し、より開けた宙域で系統試験を行うのが妥当です』

 それで、ようやく話がつながった。

 ここは、小惑星の内部をえぐるように作られた隠れ家だ。

 『青葉』は長い年月をかけて周囲の残骸と岩塊を寄せ集め、自分を包み隠す遮蔽殻を築いていた。

 眠るには都合がよくても、動き出すには邪魔になる。

 つまり――

「ここを壊して、出るんだ」

『はい』

 青葉の返答は短かった。

『弓良。離脱準備に入ります』

「了解」

『太郎、格納庫に、行く。固定具のロック、確認する』

 そう言うと、太郎は、格納区画の方へ行った。


***


 艦内の空気が変わった。

 与圧なんて殆どない区画が多いのに、そうとしか言いようがなかった。

 今まで“死にかけの船がかろうじて息をしている”程度だった『青葉』の内部に、はっきりと目的を持った流れが生まれていく。

 半ば眠っていた搬送ラインも、ぎこちなく動き出した。

 艦内のあちこちで、分子機械群が補強すべき場所へ集まり、光の筋となって骨格をなぞっていった。

 僕は、中枢の接続座に手を置いて、その変化を感じていた。

 いまの僕は、この船と繋がっている。

 だから、船体の奥で何が起きているかを、感覚として少し拾えてしまう。

 艦尾側の暗い場所で、補助駆動系がひとつずつ起動してゆく。

 眠っていた筋肉へ、冷たい血が戻るみたいに。

 細く、かすかに、でも確かに、推力のための流れが作られた。

『補助動力、第一次再点火を試みます』

 青葉が告げた。

「いきなり?」

『いきなりではありません。十分な準備の後です』

「そういう意味じゃなくて!」

 思わず叫んだ瞬間、艦全体が小さく震えた。

 ご、と低い音がした――ように感じた。

 実際には真空だから、耳で聞いたわけではない。

 でも、艦内を伝う振動と、自分の中へ流れ込んでくる補助系の点火情報が合わさって、僕には、はっきり“推進機関が起動した”と分かった。

 表示の端で、赤かった一列の項目が、じわりと青へ変わる。


 補助推進、一基、オンライン

 補助推進、二基、出力制限付き起動

 姿勢制御、最低限復帰


「……すごい」

『はい』

 今度の青葉の返答には、ほんの少しだけ誇らしさが混じっていた。

『本艦は、再び自力推進を開始できます』

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 長いあいだ、ただの隠れ家だった船だ。

 墓場の中で、痩せ細った小惑星の内側に埋もれながら眠っていたのが、また自分の力で動こうとしている。

 僕は、多分、少し笑っていたと思う。


***


『外部遮蔽殻の突破経路を提示します』

 前方表示に、小惑星内部の立体図が開いた。

 いびつな窪みがあった。

 そこへ絡みつくように作られた遮蔽殻――残骸、装甲板、古いフレーム、岩塊の破片、それから長い年月をかけて『青葉』自身の分子機械群が縫い止めてきた補強層だ。

 それらの中に、青いラインが一本、外へ向かって走っている。

「最短?」

『最短かつ、現在の艦体強度で突破可能な経路です』

「正面突破、ってこと?」

『穏当な表現に置き換えるなら、そうなります』

「穏当じゃないよね?」

『穏当ではありません』

 そこへ、太郎が通信越しに、妙に元気な声で割り込んだ。

『太郎評価。かっこいい』

「太郎、テンション高いね?」

『大きなものが壁を破る。だいたい、かっこいい』

『感想は否定しませんが、作業としては繊細さも必要です』

『だが、最後は勢い』

『最後まで、それを言うのはやめてください』

 そんなやり取りを聞きながら、僕は少しだけ肩の力を抜いた。

 怖いのは本当だ。

 でも、怖いだけじゃない。

 ついに外へ出る――墓場の中の隠れ家から、宇宙へ。

 その実感が、じわじわと胸の中で大きくなっていた。

『弓良』

 青葉が、今度は少しだけ低い声で呼ぶ。

『補助流路を接続します。離脱時、艦体姿勢の安定化に協力してください』

「僕もやるの?」

『はい。現在の弓良なら可能です』

 その言い方は、少しずるい。

 そんなふうに言われたら、やるしかない。

「……わかった」

 接続座から伸びる光のラインが、僕の腕へ触れる。

 ひやりとした感覚。

 そしてそのまま、『青葉』の中を流れる通信ラインに意識が繋がった。

 広い。

 僕ひとりの身体とは比べものにならない規模の情報の流れが、艦の中を巡っている。

 ところどころ欠け、細くなり、傷んでいる。

 でも、前よりはずっと“動くための流れ”に近づいていた。

 その情報の流れを通じて、まるで外を直接眺めているみたいに、情報が得られる。もちろん、前方のモニターも見ているけど、青葉が艦を制御しているのと似た感覚を、そのまま感じられる。

『離脱準備、最終段階』

 青葉の声が、艦そのものの響きで区画を満たす。

『進路固定。補助推進、段階上昇』

 低い振動が、今度は連続して走った。

 艦の背骨に力が入り、長く眠っていた獣が体を起こすみたいに、船体全体が前へ出ようとした。

 前方の遮蔽殻が、ゆっくり近づいてくる。

「青葉」

『はい』

「行こう!」

『了解しました、弓良』


***


 最初の衝撃は、思っていたより静かだった。

 轟音とともにぶち破るようなものを想像していたけれど、実際にはもっと重く、鈍く、そして力強かった。

 『青葉』は補助推進の出力をじわじわ上げながら、遮蔽殻の脆くなった一点へ船首を押し当てた。

 外装越しに、分子機械群が最後の補強と最後の切断を同時にやっているのがわかる。

 銀色の筋が外殻を走り、進路上の古いフレームを崩し、岩塊と装甲片の噛み合わせを外していった。

 その瞬間を逃さず、青葉が推進力を、もう一段上げた。

 どん、と艦体が押し込む。

 視界の向こうで、巨大なフレームがねじれ、装甲板が剥がれ、岩塊の一部が砕けて散った。

 船体を通して、破壊の手応えと音が、はっきり伝わってくる。

「うわ……!」

『姿勢を維持してください』

「言われなくても!」

 僕は、艦に力を及ぼして、船首側へ偏る力を均し、左右へぶれそうな船体へ仮の軸を通す。

 前なら無理だったけど、こんな巨大なものでも、確かに力を与えられた。

「凄い、パワー」

 自分でも、その力に驚いた。安定化結晶とシャドーマター結晶のおかげで、僕の魔法の“レベル”は確かに上がっている。

 もう一度、推進力が生じた。

 すると、遮蔽殻が大きく裂けて、絡みつく残骸の繭が、内側から破られた。

 古い骨組みが外へ弾け、岩塊の破片がくるくる回りながら暗い外へ散っていった。

 その向こうに、星が見えた。

 黒い宇宙だ。

 冷たい光と、何も遮るもののない、本当の外だ。

「……!」

 次の瞬間、『青葉』は、その裂け目を突き抜けた。

 急に視界が開けた。

 小惑星の窪みの中で閉じていた世界が、一気に終わった。

 前方には、無限に広がる大宇宙が広がり、後ろでは壊れた遮蔽殻がゆっくり崩れながら小惑星の縁を漂っていた。

 僕は、一瞬だけ、言葉を失った。

『離脱成功』

 青葉が、端的に告げた。

『本艦は、“宇宙船墓場”内の部隠蔽域より脱出しました』

「……うん」

 それだけしか言えなかった。

 ほんとうに、外へ出た――長いあいだ眠っていた船が、隠れ家を壊して、自分の力で宇宙へ戻ったのだ。

 胸の奥が熱い。

 怖いのか、嬉しいのか、自分でもわからない。

 でも、少なくとも涙みたいなものが出る仕組みがあったら、少しは出ていたかもしれない。

『外部状況、安定』

 青葉が続ける。

『補助推進のみでの機動は可能です。しかし、主機関での推進はなお不可です。しかし、ストライプドリープ用の系統の試験準備には、移行できます』

「……リープテスト」

 ようやく、その言葉の意味が実感として落ちてきた。

 墓場の中で目覚めてから、ここまでずっと“どう生き延びるか”だった。

 でもいま、ようやく次の段階へ入る。

 飛べるかどうか。

 この船が、本当に“航行する船”へ戻れるかどうか。

 その最初の試験をする場所へ、出てきたのだ。

「それって、超光速のワープみたいな感じ?」

『はい。宇宙の開闢時に、一瞬だけ存在した光速以上で空間が広がる“インフレーション”と似た擬似的な現象を起こして、四次元ブレーンの隙間にあるυ空間を“押す”ことで、光速を超えた(FTL)移動を行う、標準的な航法です。パルス駆動によりエネルギーの消費を少なくしつつ、実用的な速度で、星系間を移動できます』

「へえぇ~」

 なんか凄そうな技術に、ごくんと唾を飲んだ。

『弓良』

「うん」

『外縁宙域へ移動し、短距離リープ試験の準備を行います』

「わかった」

 僕は、前方表示の向こう、広がる宇宙を見た。

 小惑星の窪みは、もう背後だ。

 遮蔽殻は壊れ、墓場は開けた空間として広がっている。

 そして『青葉』は、たしかに前へ進んでいる。

「行こう、青葉」

『はい』

 青葉の声は、船そのものの響きで静かに返ってきた。

『次は、本当に飛ぶための準備です』

 その言葉を聞きながら、僕は小さく息を吐くような気分になった。

 宇宙で目覚めた時には、何もなかった。

 でもいまは、船があって、行き先があって、次にやることがある。

 それだけで、世界は最初の絶望より少しだけましに見えた。


***


 ゆっくりと補助推進して、予定宙域に辿り着いた。

『最終確認をします』

 青葉の声の後、目の前のスクリーンの表示が変わった。


 主機関、低出力限定で待機

 重力推進、補助域のみ稼働

 ストライプド・リープ航法用系統、暫定接続

 重力子キャパシター主列、不完全

 短距離リープのみ試験許可


「短距離、ね」

『はい。墓場外縁まで、数秒のパルス跳躍を、一度だけ試みます』

 青葉の声は、今までより少しだけ硬かった。

『成功すれば、本艦が“飛べない船”ではなくなることを意味します。ただし、安定した運用とは別です』

「失敗したら?」

『系統停止、推進機関への追加損傷、あるいは跳躍途中での異常脱出の可能性があります』

「やっぱり、結構危ないんだね」

『はい』

 青葉は、ごまかさない。

 その正直さはありがたいし、怖くもある。

 でも、やるしかないとも思っていた。ここまで直したのだ。サルベージの積み重ねが、本当に艦の移動へ繋がるのかどうか、どこかで確かめなければならない。

 太郎が、制御区画の端で小さくぴこんと鳴った。

『太郎、格納系固定、完了。内部可動物、ほぼ固定済み』

「ありがとう、太郎」

『職務』

 短い返事が、少し頼もしい。

 青葉が続ける。

『弓良。今回は、あなたの補助が必要です』

「僕の?」

『はい。キャパシター系が不完全なため、リープ前後の(フィールド)安定に追加補正が必要です。現在の弓良なら可能です』

「さっきのレベルアップ込みで、ってことか」

『その表現で問題ありません』

 僕は、苦笑した。

 まさか“魔法のレベルが上がったから、船のリープも手伝って”みたいな話になるとは思わなかった。でも、この世界ではたぶん、それで合っているのだろう。

「どうすればいいの?」

『リープ直前に、補助流路を通じてシャドーマターで、(フィールド)の局所安定化を行ってください。私が主計算を担当します。弓良は、乱れを抑えて下さい』

「簡単そうに言うね……」

『簡単ではありません』

「だよね!」

『ですが、あなたなら可能です』

 その言い方は、少しずるいと思う。

 そんなふうに言われたら、やるしかない。

「……分かった」

『了解しました』


***


 リープテストのシーケンスを開始すると、艦内の空気が変わった。

 いや、本当には空気なんてない区画も多いのだけれど、それでもそう言いたくなる。船全体が、何か大きな動作の前に息をひそめるみたいな静けさへ変わったのだ。

 遠くで、補助機関が低く唸った。

 床下で、まだ不完全なキャパシター列が細く脈打つのが分かった。

 船体の外側では、分子機械群が一時的に活動を抑え、余計な流れを作らないよう待機しているらしい。

 僕は、支持構造へ片手を置き、目を閉じる必要もないのに少しだけ視界を絞った。

『リープ計算、開始』

 青葉の声が、制御区画だけでなく、艦全体から響く。

『短距離座標、墓場外縁。目標偏差、最小化。重力井戸干渉、限定。キャパシター列、暫定充填』

 表示が次々に切り替わる。

 数値は、ほとんど分からない。でも、青葉も、僕も、緊張していた。

『弓良。接続します』

「うん」

 支持構造から、細い光が僕の腕へ流れ込んだ。

 冷たい。しかしさっきの投入より穏やかだ。僕は、その光の指令(コマンド)とパラメーターに基づいて、シャドーマターの流れを伸ばし、青葉の内部を流れる(フィールド)へ触れる。

『三十秒前』

「了解」

 僕は、(フィールド)の乱れへ意識を向けた。

 押さえ込むのではない。均す。尖ったところをならし、欠けたところへ仮の橋をかける。自分の中で理解できる言葉にすると、そんな感じだった。

 シャドーマター結晶の効果は本物だ。

 見えるし、触れるし、前より細かく扱える。

『二十秒前』

 艦体が、かすかに震え始めた。

 低い。内臓の奥に来るような振動だ。人間の身体なら、多分、胃のあたりが落ち着かなくなったと思う。でも今の僕は、その揺れを“怖い”と感じながら、同時に“推進系がどう乱れているか”もわかってしまう。

 最初に、この船へ触れた時の孤独な感覚が、一瞬だけ蘇った。

 一万年近く、ひとりで眠っていた船だ。

 それがいま、もう一度、本当の星間船(スターシップ)として飛ぼうとしている。

『十秒前』

 太郎が、区画の隅で短く鳴いた。

『太郎、内部固定、維持。全力で祈る』

「祈るんだ」

『経験則。こういうとき、祈る個体、多い』

 少しだけ笑いそうになって、逆に緊張が和らいだ。

『五、四、三、二、一――跳躍』

 その瞬間、世界が横にずれた。

 そうとしか言いようがなかった。

 前に進むとか、上に浮くとか、そういう運動ではない。空間の表面を、艦ごと斜めに滑らせたみたいな感覚だ。視界の星々が、ふっと少しズレて、動いた。

 すると、艦が大きく揺れた。

「うわっ……!」

 僕は、支持構造を掴み、反射的に場の乱れへ手を伸ばした。キャパシター列の一部が不安定に脈打ち、流れが左右へぶれようとする。それを、僕は今までより強い制御で押さえ込む。

 前なら、たぶん無理だった。

 でも今はできる。

 レベルが上がった、なんて軽い言い方ではあるけれど、実感としては本当にそうだった。流れの太さも、持続時間も、操作の精度も、まるで違う。

『補助安定化、良好』

 青葉の声が飛ぶ。

『そのまま維持してください』

「言われなくても……!」

 艦体がまた揺れる。

 今度は上下というより、ねじれに近い。古い船体が、無理やり新しい動きを思い出そうとして軋んでいる感じだった。警告表示がいくつか赤く点滅する。しかし、致命的な崩れではない。

 耐えている。

 青葉も、僕も、この船も。

 それがわかった。

 数秒なのか、数分なのか、よくわからなかった。

 時間感覚が変だった。長く引き伸ばされたようでもあり、一瞬で過ぎたようでもある。

 そして次の瞬間、艦の揺れがすとんと落ちた。

 星が止まった。

 暗い宇宙が、戻った。

『跳躍終了』

 青葉の声が、はっきり響いた。

『短距離ストライプドリープ、成功しました』

 一拍遅れて、僕はその意味を理解した。

「……成功?」

『はい』

 そこでようやく、僕は、支持構造から手を離した。

 離した瞬間、全身から力が抜けるような感じがした。実際には筋肉ではない。でも、それでも“終わった”という感覚ははっきりある。

 太郎が、区画の隅で勢いよくぴこんぴこん鳴いた。

『太郎、成功確認。祈り、有効だった可能性』

「それはどうかな……でも、ありがとう」

 僕は笑って、それから前方の表示へ目を向けた。

 さっきまでより、墓場の全体像の一端らしき広がりが、遠かった。

 ――僕たちは、自分の力でここへ来たのだ。

「ほんとに……跳べたんだ」

『はい、弓良』

 青葉の声が、今度は少しだけ柔らかかった。

『本艦は、飛べない船ではなくなりました』

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、より熱くなった。

 完全ではなく、他星系へ行けるわけでもないし、船体はまだ傷だらけで、重力子キャパシター主列も死んだままだし、今回の成功だってかなり無理を通した結果だ。

 それでも……跳べた。

 たった一度でも、自分たちの手で!

 それは、思っていた以上に大きな違いだった。

「青葉」

『はい』

「おめでとう」

 少し間があった。

 それから、青葉そのものの声で、静かな返答が返ってくる。

『ありがとうございます、弓良』

 その声は、どこか誇らしそうだった。

 たぶん僕も、同じ顔をしていたと思う。


***


 もちろん、成功のあとには現実が戻ってくる。

『機関部の再点検を推奨します』

 青葉がそう言った瞬間、表示の端にいくつかの警告が再点灯した。

『キャパシター列に追加摩耗を確認。艦尾補助フレームに応力蓄積。次の連続リープは推奨しません』

「そっか……」

『はい。今回は“可能性の証明”です。常用には遠いです』

 そこは容赦がない。

 でも、その現実的な言い方がむしろありがたかった。浮かれすぎずに済む。

 僕は、制御区画の表示を見ながら、ゆっくり頷いた。

「でも、もうゼロじゃない」

『はい』

「それだけで、全然、違うよ!」

『同意します』

 太郎が、今度は少し静かに鳴った。

『太郎、次はもっと上手くやるべきと判断』

「向上心あるなあ」

『整備補助個体の基本仕様』

「青葉と似てきたね」

『否定します』

『否定しない』

 二人の返事がほぼ同時に重なって、僕は思わず吹き出した。

 宇宙で目覚めた時には、想像もしなかった光景だった。

 僕と、艦AIになった青葉と、熊みたいな旧式ドローンの太郎が、壊れた巡洋艦の制御区画で、短距離リープ成功のあとに会話している。

 おかしい。

 でも、悪くない。

 むしろ、かなりいい。

 僕は、前方の宙域表示を見た。

「青葉。次は何をする?」

『一度、周辺を広域スキャンします』

「墓場の外を?」

『はい。加えて、外縁宙域から見た本墓場の全体構造も把握したいと考えています』

「なるほど」

『そして、帰還後は追加修理です』

「そこは、やっぱり現実だね」

『はい』

 僕は、小さく笑ってから、もう一度前方を見た。

 初めてのリープは、完璧ではなかった。船体は揺れたし、機関も軋んだし、僕だってかなり必死だった。

 それでも、この船は、飛べた。

 僕は、それを手伝える。

 そして、青葉と太郎と一緒なら、たぶんもっと先へ行ける。

 そう思えたことが、何より大きかった。

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