第六章 壊れた海賊船と、熊のぬいぐるみみたいな新部下
初めての本格サルベージから戻ってから、僕と青葉はしばらく忙しかった。
回収した導体束や冷却管は、最初の見た目は、ただのガラクタだった。
けれど、青葉の分子機械群が銀色の微粒子が表面を這って、腐食を削り、使える部分とダメな部分を切り分けていった。
その様子は、まるで生きた蟻の群れが機械を解体しているみたいだ、と思った。
気味が悪いという気持ちは、まだ少しある。
でも、それ以上に便利だった。
「すごいね! 本当に。表面だけ綺麗にしているわけじゃないんだ」
『はい。材料組成、応力履歴、内部疲労、位相劣化等を、順次評価しています』
「聞いても半分くらいしか分からないけど、凄いね」
『それで充分です』
青葉の声は、艦内のどこからともなく静かに響いた。
僕は、今、制御区画ではなく、格納区画に近い簡易保守区画にいた。前回、持ち帰った資材の一次仕分けが、ここで行われているからだ。
作業台のような張り出しの上に並ぶ回収物に、青葉の分子機械群がまとわりついて、舐めるように点検していたのだ。
『初回の回収資材の再利用率は、想定より高い結果でした』
「ほんとに?」
『はい。特に高密度導体束は、本艦内部の配線再構成に有効です。補助冷却管も、反応炉周辺の最低限の循環系再接続に役立ちます』
「それは、良かった!」
『確実に前進しています』
それを聞いて、少し嬉しくなる。
たった一回の回収だけど、青葉の中で“損傷一覧”としてしか見えていなかった項目のいくつかが、少しずつ埋まり始めているのは確かだった。
そういう変化は、妙に手応えがある。
僕は、作業台の端に腰掛けるように体を預けた。人間だった頃みたいに疲れているわけではない。でも、連続して集中すると、いまの身体でもそれなりに“休みたい”感じはあるらしい。脳がないのに、脳疲労みたいな感覚だけはしっかり残っているのが不思議だった。
「で、次は?」
僕がそう尋ねると、空中に青い立体マップが浮かび上がった。
巡洋艦『青葉』を中心にした、周辺残骸群の簡易配置図だった。先程、回収に行った近場の残骸帯は、いくつかのマーカーが灰色へ変わっている。既に大雑把な回収を終えたという意味らしい。
その少し外側に、新しく赤いマークが点滅していた。
『優先調査候補を更新しました』
「赤いね」
『通常より高い価値、もしくは高い危険性を示します』
「どっち?」
『両立することは珍しくありません』
「そうなんだね……」
僕は、苦笑した。
赤く点滅するマーカーは、前に回収した残骸の帯よりかなり離れた場所にあった。小惑星の窪みから出て、墓場の外周寄りへ進んだところだ。表示されている構造シルエットは、一回目の大型残骸とは少し違う。
長細い船体に、途中から不自然な張り出しがついているようだ。
「なんで、これにしたの?」
『反応が新しいのです』
「新しい?」
『はい。周囲の残骸と比較して、破断面の劣化が少ない。熱残留もわずかに存在します。少なくとも、この墓場の中では、比較的、最近に破壊されたと判断できます』
その言葉で、僕は少し黙った。
この墓場は、何千年とか一万年とか、そういう時間の果てに残ったものが漂う場所だと思っていた。
もちろん、基本的にはそうなのだろう。しかしその中に、“最近壊れたもの”があるということは、この場所はいまも死んだ過去だけの空間じゃないということになる。
「最近って、どれくらい?」
『正確な推定は困難ですが、数日から数十年以内の可能性があります』
「宇宙だと、それでも最近なんだね」
『はい』
その返答は、少しだけ現実感をずらした。
人間の感覚では、数十年前は最近とは言いにくい。でも、宇宙船墓場の時間スケールでは充分“新しい”のだろう。
「つまり、古代異星人のものだけじゃない、比較的新しい残骸も混ざっているってことか」
『その通りです』
「ちょっと嫌だな……」
『同意します』
青葉が、あっさりそう言うので、少しだけ笑ってしまった。
嫌だけれど、価値があるのも確かだ。比較的新しい残骸なら、古い遺物よりそのまま使える部品が残っている可能性が高い。青葉の修復には、むしろ、そういうもののほうが役立つかもしれない。
『加えて、反タウニュートリノ――場制御系素材の反応が、微弱ながら確認されています』
「場制御系」
『重力子キャパシターそのものではありません。しかし関連素材、もしくは高純度の安定化結晶が残っている可能性があります』
その言葉で、僕は、反射的に姿勢を正した。
安定化結晶。
以前に何度か聞いた単語だ。青葉の説明によれば、リープ系の高出力ユニットを再生するには、単なる導体や配線だけでは足りない。場制御や位相同期に関わる特殊な素材が必要らしい。その候補があるなら、行かない理由はなかった。
「行こう」
『即答ですね』
「だって、今までで一番“当たり”っぽい」
『期待しすぎは、推奨しません』
「でも行く」
『了解しました』
青葉がそう答えたあと、ほんの一拍置いて付け加えた。
『今回は、通常より警戒レベルを上げます』
「了解。でも、もう戦闘相手はいないよね?」
『いない、と思われます。ただ、加えて、活動中の残存機械が存在する可能性があります』
「怖いこと言わないで!」
『重要情報です』
「分かったよ」
***
二度目は、最初より少しだけ気楽だった。
もちろん緊張はする。墓場の中で何かを拾う作業が危険なのは、前回の回収でよく分かった。それでも、搭載艇の狭い操縦席へ入ると、前回よりも身体の動かし方が自然になっているのに気づいた。
「ちょっとだけ、慣れてきたかも」
『良い傾向です』
「褒められた!」
『褒めました』
「そこは認めるんだね」
『今回は、明確に褒めています』
青葉の声を聞きながら、ジェッチは格納区画を離れた。
巡洋艦『青葉』の遮蔽殻を抜ける。外へ出ると、またあの静かな宇宙が広がった。壊れた艦、漂う骨組み、他の残骸群がモニターに投影された。
問題の残骸は、外周寄りに単独で近い形で漂っていた。
近づくにつれて、その異様さがよく見えてくる。
「……ほんとに、最近っぽい」
思わず、そう呟いていた。
船体は前方から大きく裂けていた。単に朽ちたのではなく、強い衝撃か攻撃で破壊されたような断面だ。裂けた外殻の内側には、焼け焦げた配線と、ねじ曲がった補強骨格が見える。まだ完全に冷え切っていないのか、熱残留表示が部分的に淡く光っていた。
しかも、奇妙だったのはその外見だ。
船体の外装は、一見すると、サルベージのターゲットを絞るときに青葉に教えてもらったいくつかの艦種のうち、輸送船に近いようだと思った。しかし、裂けた部分から見える内側に、厚い装甲と細長い本体?が見えた。その内部には、余剰空間が少ないように見える。
「これ、何の船?」
『一見すると商船改造の戦闘艦――海賊艦に似せていますが、完全な軍艦構造です。おそらく、仮装巡洋艦でしょう』
「仮装巡洋艦?」
『外見や船籍情報を偽装しつつ、実質的には武装を強化した艦です』
「海賊っぽいね?」
『その運用をされる場合もあります』
なるほど、と僕は頷いた。
見た目だけ民間船を装って、中身は武装艦。たしかに、海賊もやりそうだし、正規軍だってやりそうではある。
ジェッチを少し離れた位置で停止させ、僕は船体全体を見回した。
ひとつ、いやな感じがある。
古い残骸にはなかった、まだ事件の余熱が残っているような感じだ。ここで誰かが戦った。逃げたか、逃げ切れなかったかはわからない。でも、少なくともこれは“歴史の化石”ではなく、もっと生々しい破壊だ。
「生存者は、いないんだよね?」
『はい、生命反応は、ありません。生存者がいても、既に脱出したものと思われます』
「完全に死んでるの?」
『お待ち下さい――前部格納区画に、反応あり』
「格納区画?」
『はい。小型ユニットまたは作業機械の残存が考えられます』
「動いているかもしれないってこと?」
『可能性はあります』
僕は、少し考えた。
最初のサルベージで学んだ通り、この墓場では“まだ動くもの”を甘く見ないほうがいい。しかも、今回は比較的新しい残骸だ。自動防衛機構でも残っていたら面倒だ。
「いきなり中に入るのは危ないよね」
『妥当な判断です。まずは外側から、資材反応を拾います』
青葉の表示が、残骸の中腹部へいくつかのマーキングを重ねた。
高純度導体塊。補助冷却ノード。装甲裏の結晶反応。そして、船体裂け目の奥の一点に、他より強い反応。
「これが結晶?」
『可能性が高いです』
「じゃあ、まずそれ」
『警戒を維持してください』
僕は、ジェッチを裂け目へゆっくり寄せた。
近づくにつれて、船の内側がよく見える。格納区画だったのか、輸送区画だったのか、広めの空間が半ば潰れている。中にはコンテナらしき箱や、補助フレーム、折れたアームが散乱していた。
その陰に、青白い結晶質の塊が埋まっている。
「見えた」
『安定化結晶の可能性、高』
「よし」
僕は魔法で、周囲の軽い破片をどかし始めた。
前回より、やり方は少しだけ上手くなっている。大きく動かすのではなく、邪魔なものだけを先に外した。そして、無理に引っ張るのではなく、ほどく、ずらす、逃がす、ような方向に力を入れた。
こういうのは、考えながらやるほど、上手くいく気がした。
ところが、結晶へ手が届きそうになったところで、急に表示が赤く点滅した。
『接近体を検知』
「えっ?」
反射的に視線を上げる。
裂けた隔壁の影から、何か小さなものがふわりと出てきた。
「……何あれ?」
最初に見た印象は、熊のぬいぐるみみたい、というものだった。
もちろん、本物のぬいぐるみではない。金属と樹脂でできた小型機械だ。丸っこい胴体に、短い手足のようなマニピュレータがついて、頭らしき部分の前面に大きな光学センサーが二つ。耳みたいな突起までついている。
全体のシルエットが、妙に愛嬌のある熊に見えた。
でも、その“熊”は、こちらへ向かって高速で飛んできていた。
「うわっ!?」
『回避してください』
ジェッチを反射的に横へ振った。
熊型の機械は、さっきまで僕がいた位置を勢いよくかすめ、そのままくるりと反転した。
前面のセンサーが、ぎらっと赤く光る。
「全っ然、可愛くない!」
『作業機械、もしくは保守ドローンです。現在、敵対行動中』
「だから、可愛くないって!」
小型ドローンは、今度は一直線ではなく、不規則な軌道で突っ込んできた。単純な体当たりではない。こっちの回避方向を読んでいるような動きだ。
僕は、ジェッチの左アームを前に出し、同時に魔法で近くの破片を一枚、盾みたいに浮かせた。
ドローンが、それへ当たって、火花を散らした。
意外に重い衝撃があった。
「小さいのに、力あるな……!」
『元々は、艦内保守用です。工具出力を攻撃へ転用している可能性があります』
「最悪!」
赤い光を点滅させながら、熊型ドローンは更に一度旋回した。その右腕らしきアームの先端から、細い溶断トーチのようなものが伸びた。あれで切りつける気らしい。
可愛い見た目で、やることが物騒すぎる。
「青葉、壊していい?」
『可能なら、先に制圧を推奨します』
「制圧ってどうやるの」
『動力部を止めてください。後部中央、装甲継ぎ目の内側に反応があります』
「言うのは簡単だね!」
言いながらも、僕は言われた通りドローンの後方へ意識を向けた。
小さいから、狙いは難しい。しかも相手は動いている。
でも、こちらも前回より経験がある。
僕は、ドローン本体ではなく、その周囲の姿勢制御の流れを読むことに集中した。どこへ推力をかけ、次にどちらへ曲がろうとしているか。そのクセを一瞬だけ掴む。
「そこ!」
魔法で近くの細い梁片を弾く。
梁片はドローンの背後をかすめ、その動きをわずかに乱した。ほんの一瞬の隙ができる。
その間に、僕はシャドーマターの流れを絞って、後部中央の継ぎ目に干渉する。
かちん、と小さな手応え。
次の瞬間、ドローンの赤いセンサーが点滅し、動きが急に鈍くなった。
「効いた!」
『さらに出力を』
僕は、追い打ちで、今度は優しく“押さえつける”ように力をかけた。
ドローンの姿勢制御が完全に死んだらしく、熊型の機体はくるくる回りながら漂い始める。
そのまま、ジェッチの左アームで挟み込んで固定した。
「……捕まえた」
『制圧成功です』
僕は、思わず、ふう、と息をついたような気分になった。
もちろん、息はしていない。でも、そうしたくなるくらいには緊張していた。
左アームに保持された熊型ドローンは、最初こそジタバタしていたが、数秒もしないうちに動きを止めた。センサーの赤い光が、弱く明滅して、それから青っぽい白へ変わる。
「……あれ?」
視界に映った半透明のウィンドウの表示が書き換わる。
識別要求
保守ユニット
所属艦喪失
上位権限照合中
「上位権限?」
『弓良。あなたと本艦の認証情報を照会しています』
「えっ、じゃあこれ……」
熊型ドローンの目みたいなセンサーが、ぱち、と一度明るくなった。
次の瞬間、妙に愛嬌のある電子音が鳴る。
『……ピ。ピピ。整備補助個体、再起動。上位権限、確認。従属モードへ移行します』
「喋った?」
『保守ドローンとしては自然です』
「いや、自然なの?」
熊型ドローンは、すっかり大人しくなっていた。さっきまでの敵意が嘘みたいに、左アームの中でじっとしている。
そのシルエットを改めて見ると、本当に、ぬいぐるみの熊っぽかった。
モコモコはないけれど、短い腕、丸い胴体で、頭の上の耳っぽい突起がある。
何故、こんな見た目にしたのか、元の設計者へ問い詰めたいくらいだ。
『識別名の付与を推奨します』
青葉が言った。
「また、僕がつけるの?」
『管理上、便利です』
僕はしばらく考えて、それから苦笑した。
そうだ、熊といえば、足柄山の金太郎……。
「……太郎」
思わず、呟いていた。
『識別名、太郎を登録します』
熊型ドローン――太郎は、ぴこん、と小さく音を立てた。
『整備補助個体、太郎。以後その識別名を受理します』
「本当に、喋るんだね……」
『喋ります』
『太郎、作業支援可能。回収補助、可能。簡易修理、可能』
思ったより、有能そうだった。
しかも、自分でできることをちゃんと申告してくる。
「じゃあ、さっき襲ってきたのは、何だったの?」
『所属艦喪失後に、格納区画の防衛を継続していたのでしょう。未知接近体を敵と判定したものと思われます』
「なるほど」
確かに、それなら筋は通る。
見た目は可愛いのに、やたら攻撃的だった理由もわかった。持ち主を失ったあと、壊れた船の残骸の中で、ずっと防衛し続けていたのだろう。
少し、可哀そうな気もした。
「よろしくね! 太郎」
僕が、そう言うと、太郎は小さなアームを、ぴこっと上げた。
『了解。上位個体、弓良。支援開始』
上位個体って、なんか微妙だな、と思ったけれど――いちいち突っ込むのも疲れそうなので、やめておいた。
***
太郎が加わって、作業効率は、目に見えて上がった。
まず驚いたのは、太郎がこの残骸の中を、かなり正確に把握していたことだった。
どこに何が埋まっていて、どこが崩れやすくて、どこにまだ使える保守資材が残っているのかを、断片的ながら記憶しているらしい。
『左三メートル先、工具箱。未開封』
『下部フレーム裏、結晶反応』
『後部隔壁内、導体塊』
そんな風に、短い報告を次々上げてくる。
「太郎、すごいね!」
『整備補助個体として、標準の機能を備えています』
青葉が、即座に言う。
『しかし、ずっと格納庫を防衛していたため、情報の鮮度低下があります。過信は禁物です』
『太郎、過信、非推奨』
「そこは、息ぴったりなんだね」
思わず、笑ってしまった。
僕達は、結晶反応のあるポイントへ向かった。
裂けた格納区画の奥、押し潰れたコンテナ群の下から、青白く透き通る鉱物質の塊が見えた。大きさは僕の頭より少し大きいくらいだが、内部に薄い光が揺れていた。
『安定化結晶と判断します』
青葉の声が、少しだけ硬くなる。
『純度、中程度以上。損傷があります。しかし、再利用価値は高いです』
「やった。当たりだ!」
『太郎、回収補助、実施』
太郎が、ぴょこん、と前へ出た。
すると青葉がすぐに言った。
『待機してください。先に周辺構造の安定確認が必要です』
『太郎、回収可能と判断』
『判断基準の詳細を要求します』
『太郎、経験則』
「待って、待って。喧嘩しないで!」
まだ喧嘩と呼ぶほどではないが、空気が少し危なかった。
青葉は艦全体の管理者として慎重で、太郎は現場感覚で動くタイプらしい。
どちらも間違ってはいないけれど、やり方が違う。これは、性格の違いのせいだろうか?
「えっと、まず青葉の言う通り安定確認しよう。その後、太郎の案内で最短ルートを使う。これでどう?」
『了解しました』
『了解』
返事は、どちらも早かった。
結晶の周囲は、見た目より危なかった。押し潰れたコンテナが互いにもたれ合っており、その下を配管と骨組みが支えている。結晶だけを雑に引けば、全体が崩れる可能性が高い。
僕は、ジェッチを慎重に固定し、左アームで上部フレームを支えた。太郎が狭い隙間へ入り込み、どの部材をどの順で外せばいいかを短い信号で示してくる。
青葉は、その情報を元に、応力の偏りをリアルタイムで表示する。
気づけば、僕たちはすごく綺麗に分業していた。
――青葉が全体を見て、太郎が局所を見て、僕がその間を繋いで、実際に動かすのだ。
「……よし、次」
『右側固定具、解除推奨』
『出力を上げすぎないでください』
「了解」
僕は、魔法で右側の固定具へ干渉をかけた。薄く差し込み、噛み合いを緩める。太郎が内側から小さな工具アームで押し上げる。青葉の表示が、崩落危険度の低下を示す。
前回より、ずっと上手くいっていた。
ひとりでやるより、明らかに動きやすい。
「……いける」
最後に、結晶の根元へ軽く力をかける。
青白い塊が、するりと浮いた。
『回収成功』
『太郎、補助完了』
「やった!」
今度はかなりはっきり、嬉しかった。
これは前の回収より“当たり”だ。青葉の反応からしても、それは明らかだった。
『安定化結晶の回収は、本艦修復において重要な前進です』
「どのくらい重要?」
『重力子キャパシター再生そのものには不足ですが、関連する場制御系の安定性向上と、分子機械群による高精度再構成の成功率を上げられます』
「つまり、今までよりちゃんと直せるようになる?」
『はい』
それを聞いた瞬間、胸の中で何かが明るくなった。
ただ材料が増えた、だけではない。修理そのものの成功率が上がる。つまり、いよいよ本気で“飛べる未来”へ近づき始めたということだ。
「太郎、ありがとう!」
『支援は職務です』
「かわいい顔して、言うことが妙に硬いな」
『設計仕様です』
青葉が割り込むように言う。
『太郎は、旧式保守ドローンですから』
『旧式でも有用』
太郎が、すかさず返した。
その言い方に、僕は吹き出しそうになった。
「うん、その通りだね」
青葉は少しだけ黙った。たぶん何か言い返したかったのだと思う。でも、言い返さないあたり、艦AIとしての余裕なのかもしれない。
***
結局、その日の収穫はかなり大きかった。
安定化結晶ひとつ、高純度導体塊、未使用に近い結合ノード、補助工具群。
さらに太郎という新戦力も。
帰還中、ジェッチの後部クランプへ固定された資材を見ながら、僕は、何度も振り返った。
あの壊れた仮装巡洋艦は、まだまだ掘れそうだった。最近の戦闘跡というだけあって、古い残骸よりそのまま使えるものが多い。
「また行けそうだね、あそこ」
『はい。ただし、構造安定性は徐々に低下しています。連続回収は慎重に行うべきです』
『太郎、内部経路、まだ把握あり』
「頼もしいなあ、太郎」
『整備補助個体として当然』
その返事を聞きながら、僕は少しだけ笑った。
宇宙で目覚めたときは、こんなふうに誰かとやりとりしながら、壊れた船を漁る未来なんて想像もしなかった。
でも、不思議なもので、いまはそれが少しずつ日常になり始めている。
巡洋艦『青葉』へ戻ると、格納区画の照明がまた少し明るくなったように見えた。
今回は、気のせいではなかったらしい。搬入が始まるとすぐ、青葉がはっきりした口調で告げる。
『回収資材を元に、修復優先度を更新します』
「そんなに変わるの?」
『はい。特に安定化結晶の効果が大きいです』
空中に新しい進捗表示が開く。
重力子キャパシターそのものは、相変わらず死んだままだ。
しかし、関連する再構成系の成功率、外部作業の安全率、分子機械群の出力余裕が少しずつ改善しているのが数値として見えた。
その中で、一つの項目が青く点灯する。
短距離リープ試験――条件付きで実施可能性あり。
「え……」
思わず、声が漏れた。
「できるの?」
『現時点では“他星系へ安定して行けるリープ”ではありません』
青葉は、慎重に言葉を選んだ。
『しかし、墓場内部、あるいは近傍宙域における短距離の試験的リープなら、実施可能性が見えてきました』
「それって?」
『はい。完全な復活には遠いですが、本艦を“飛べない船”から“少しだけ跳べる船”へ移行させる第一歩になります』
その言葉を聞いて、僕はしばらく何も言えなかった。
たった二回の回収だ。導体束を拾って、冷却管を持ち帰って、安定化結晶を掘り出して、熊みたいなドローンを仲間にしただけだ。
でも、その積み重ねが、ちゃんと結果になっていた。
完全な出航ではない。
他星系へ飛べるわけでもない。
それでも、“試験的に跳べるかもしれない”ところまで来たのだ。
「……すごい」
『はい』
『太郎、貢献あり』
「うん、太郎もすごい!」
『記録します』
太郎がそう返したのを聞いて、僕はとうとう笑ってしまった。
青葉は静かに、太郎はちょっと誇らしげに見える。
僕らはチーム、というほど大げさではないかもしれない。
でも、もう一人じゃない。
その実感が、思っていたよりずっと強かった。
「青葉」
『はい』
「次は、リープ試験の準備だね」
『はい。まずは、回収資材の反映と、関連系統の最低限修復を優先します』
「分かった。できることが増えるなら、何でもやるよ」
『その意欲は、好ましいです』
『太郎、作業支援、継続』
僕は、格納区画の向こう、暗い艦内へ目を向けた。
まだ傷だらけの船だし、眠っている区画も多い。
でも、その奥では確かに何かが戻り始めている。
青葉はもう、ただ眠っていた残骸ではなく、名前を取り戻し、動きを取り戻し、もう少しで“跳ぶ”ところまで来ている。
だったら、僕も、止まるわけにはいかないと思った。
壊れたものを拾って、繋いで、直して、前へ進む。
それが今の僕の仕事なら、案外悪くないと思えた――実際に、そのリープを試してみて、半分回復した船でリープしたときに何が起こるかを知るまでは。
この仮装巡洋艦は、前作にてC++魚雷で破壊されたものです(同じ時間軸です)。




