第五章 魔法と分子機械、修理は戦いだ
作業艇の内部は、見た目よりずっと狭かった。
狭いというより、必要なものだけを押し込んだ空間、と言ったほうが正確かもしれない。前方に半球状の観測窓、その手前に、僕ひとり分の操作スペースがる。左右には、折りたたみ式の補助アーム制御盤と、資材識別用の簡易スキャナーがあるようだ。後方は、ほとんどが機関部で、その他に空いたスペースは、申し訳程度しかない。
「なんか、軽トラみたいだね」
僕がそう言うと、艦からの通信がすぐ返ってきた。
『軽トラ――二十世紀の日本のマイクロトラックですね。輸送と作業を兼ねる補助艇ですので、用途としては近いかもしれません』
「巡洋艦の艦載艇に対する例えとして、軽トラでいいのかな?」
『弓良にとって理解しやすい表現なら問題ありません』
「青葉、最近、前より柔軟になった?」
『統合により、対話資源が増えたためと思われます』
「そっか……能力が上がったんだね」
『はい』
いかにも青葉らしい応えだと思った。青葉としての“人格”(人工知能格?)は変わっていない、ということなんだろう。
僕は、ジェッチの操縦席に身体を滑り込ませた。座席は人間用というより、半分立ったまま固定される感じで、僕の今の身体には、むしろしっくりきた。背中側から、細いホールドアームが軽く当たり、足元の固定具が静かに閉じた。
観測窓の向こうでは、格納区画の青白い照明が薄く反射している。
ここから出れば、またあの『宇宙船墓場』だ。
壊れた艦と施設と、名前も知らない宇宙人の残骸が無数に漂う、静かな巨大ゴミ捨て場だ。
ちょっと怖い場所だけど、青葉を飛ばすために必要なものを見つけなければ、と使命感に似た感情を覚える。
『出発前のチェックを開始します』
青葉の声に合わせて、ジェッチの前面パネルへ表示が並んだ。補助推進、最低出力で安定。作業アーム、左のみ高負荷注意。右側マニピュレータ、可動範囲制限あり。外部ライト、七割。簡易スラスター、姿勢制御優先。
「うーん。ちょっと不安になる表示ばかり、だね」
『稼働可能であることが重要です』
「まあ、そうだね」
たしかに、完全な状態を求めていたら、何も始まらない。
僕自身だって、未だに自分の身体について、完全には慣れていない。でも、動かすこと自体は、できる。それは、ジェッチも同じだった。
『今回の目標を表示します』
観測窓の端に、半透明の航路ガイドが浮かんだ。
目的地は、巡洋艦『青葉』の遮蔽殻から少し離れた位置にある残骸群だった。先程見た立体マップのうち、もっとも近くて、しかも基礎資材の回収効率が高いと判断されたポイントのようだ。
『旧式艦艇外装フレーム、配線束、汎用導体、補助冷却管、作業用結合ノードなどの回収を優先します』
「重力子キャパシターは?」
『期待しないでください』
「まあ、そんな凄そうなものは、すぐは見つからないか」
『希望的観測に資源を使うのは、現段階では非効率です』
「青葉、本当に船っぽくなったね」
『ありがとうございます』
「褒めたつもりじゃなかったんだけど……」
『褒め言葉として処理します』
統合前より、確実に受け答えが増えている。
その変化が、少し嬉しかった。
最初に宇宙で目を覚ましたとき、青葉は僕にとって唯一の話し相手だった。いまもそれは変わらないけれど、同時に青葉は、僕が手に入れた船そのものでもある。
僕は、今、独りじゃない、と思った。
『格納区画外壁を開放します』
低い振動とともに、前方の隔壁が左右へ開いた。ほぼ真空だから、音は殆ど聞こえなかったけど。
ちょうど遮蔽用の構造材に隙間があって、そのまま出られそうだった。
その向こうには、宇宙がある。
僕は、ほんの少しだけ緊張しながら、ジェッチの操縦入力へ意識を向けた。手動というより、半分は機体の制御補助に身体を合わせる感じだ。僕の機怪人形としての感覚と、ジェッチの簡易制御が噛み合っている。
「……行くよ」
『はい、弓良』
補助スラスターが静かに噴き、ジェッチは格納区画からすべるように宇宙へ出た。
***
艦外へ出ると、巡洋艦の全景が、改めて目に飛び込んできた。
小惑星に深く食い込むように潜り込み、その周囲を、回収した残骸で作られた遮蔽殻が包み込んでいる。即席のドックに見えて、その実、何千年もかけて築かれた繭のようでもあった。
その中心にある青葉は、やはり綺麗だった。
ぼろぼろで、飛べなくて、主機関も死んでいるのに、それでもなお艦の輪郭が美しい。細長く絞られた艦首、厚みを持つ胴体、尾のように伸びる艦尾構造。兵器なのに、どこか生き物じみている。
「自分の船を外から見ると、なんか不思議だね」
『所有感が発生していますか』
「うん。ちょっと、ね」
『それは、好ましい傾向です』
「そうかな」
『修復効率が上がる可能性があります』
「そこも、現実的だなあ……」
でも、悪い気はしなかった。
もし、あの船がただの拾い物のままだったら、ここまでやろうとは思えなかったかもしれない。しかし今の巡洋艦は、青葉という人格を持ち、僕を艦の暫定管理者として認めている。だったら、直したいと思うのは自然だった。
ジェッチは、青葉のガイドラインに沿って、比較的ゆっくりと進んだ。
残骸群が近づいてくる。フレームだけになった艦体外殻、半ば潰れたコンテナ列、途中で切断された回転環の断片、用途不明の支柱構造――近くで見ると、ただのガラクタではなく、ちゃんと「何かの仕事をしていたもの」だとわかる。
『目的地まで十秒』
「了解」
『今回は、三段階で進めます』
「三段階?」
『一つ。対象の安全確認。二つ。回収可能資材の識別。三つ。魔法と作業アームを併用した収容です』
「了解。分かりやすい説明、ありがとう」
『教官として最適化しました』
「その設定、まだ続いてたんだ……」
やがて、ジェッチは、大型の残骸群の脇で静止した。
そこは、なにかの外装フレームと補助設備が、複雑に絡まり合ってできた構造体だった。古い艦の背骨だけを切り出して放置したような形で、その周囲に導体束や配管が巻き付き、さらに別の船の装甲板が引っかかっている。
「うわ……近くで見ると、すごいね」
『局所的に不安定です。衝突しないよう注意してください』
「了解」
観測窓越しに見ても、構造物は十分大きかった。人間ひとりでどうこうするには無茶な質量だと思う。しかし、いまの僕には作業艇があり、物体移動の魔法もある。
問題は、それをどのくらい精密に使えるかだった。
『最初の対象を指定します』
青いマーキングが、残骸の一部へ重ねられた。細長い導体束だった。
『外側の被覆は劣化していますが、内部の高密度線材はまだ使えそうです』
「分かった」
『あれなら質量も扱いやすく、回収価値もあります』
「オーケー」
僕は、ジェッチの固定具を外し、操縦席から半ば浮くようにして前方へ身を乗り出した。観測窓のさらに向こうへ意識を伸ばす。シャドーマターの流れを探る感覚は、金属片をひとつ動かした頃より、大分、自然になってきていた。
「青葉、切り離しポイントは?」
『導体束の基部、三か所に応力集中があります。そこへ局所的に干渉してください。出力は低めで』
「了解」
僕は、意識を絞った。
“持ち上げる”のではない。絡まった毛糸を雑に引っ張って“ほどく”のに近い。
残骸の接合部を見極め、そこへだけ力をかけた。シャドーマターを薄い刃のように滑り込ませ、固着を崩す。
最初の一点が、きし、と緩んだ。
「よし」
『続けてください』
二点目は、少し硬かった。出力を上げすぎると、周囲まで巻き込みそうだ。
僕は、ぐっと押す代わりに、接合面をずらすような意識を向けると、ぱきり、と小さく破断した。
最後の一点は、思ったより簡単に外れた。
導体束がゆっくりと浮く。
『成功です』
「まだ落としそうだけどね」
言いながら、僕は導体束をそっと引き寄せた。ジェッチの補助アームが前へ伸び、機体下部の収容クランプへそれを固定する。金属どうしが噛み合う小さな振動が、機体全体へ伝わった。
『回収一件目、完了です』
「……ふう」
『お疲れ様でした』
本当に、少し嬉しかった。
たぶん大したものではない。巡洋艦を飛ばすには、こんな導体束一本では、焼け石に水だろう。しかし、それでも“ゼロではなくなった”感があった。青葉の修理に使えるものを、自分で取りに来て、自分で収容したのだ。
『次の対象を表示します』
青いマーキングが、今度は少し太い補助冷却管へ重なった。
それは、残骸の下側へ潜り込むようについていて、そのまま引っ張れば周囲のフレームごと崩れそうだった。
「これは、さっきより難しそうかな」
『はい。だからこそ、練習になります』
「ちょっと、スパルタ?」
『期待しています』
さらっと言われて、僕は、ちょっと黙った。
「……青葉」
『はい』
「頑張るよ」
『把握しました。今後の指導に反映します』
「いや、利用する気満々だな?」
『修復効率向上のためです』
「もういいよ、それで」
僕は、苦笑しながら、冷却管の周囲を観察した。
力づくで外すより、巻き付いているフレームを先に緩める必要がありそうだ。ジェッチの左アームを慎重に伸ばし、邪魔な小片を押しのけた。
右アームは可動範囲が狭いので、無理をさせない。代わりに、魔法を使って、細かな破片だけをそっと持ち上げて脇へ逃がした。
作業をしているうちに、少しずつ感覚が変わってきた。
これは、積み上げた木組みを一人ずつ取るゲームに近い。
どこへどう力をかければ壊さずに済むか、何を先に外すか、どこを残せば全体が崩れないかを考えて、取るのが重要だ。ひとつ間違えれば、全部だめになる。
なんとなくでは済まない。
考えて、見て、手を動かす必要がある。
敵がいるわけじゃないけど、構造と材料と戦っている、と思った。
「……これで、どうだ」
最後の固着部へ干渉をかける。
今度は、ずるり、と冷却管が抜けた。勢い余って残骸全体が少し揺れ、僕は思わず身構えた。
『安定度低下。離れてください』
「うわっ!」
反射的にジェッチを後退させる。数秒遅れて、さっきまで冷却管が絡んでいたフレームが一部崩れ、装甲片がゆっくりと回転しながら、外の空間に流れて行った。
危なかった。
「これ、人間だった頃の感覚でやってたら絶対間に合わなかったね」
『はい。現在の弓良は、感覚処理と姿勢制御に優れています』
「褒められてるのかな?」
『事実の報告です』
「青葉、そこは褒めてくれていいんだよ」
『よくできました、弓良』
「棒読みっぽい!」
『改善します』
それでも、ちょっと嬉しい。
僕は、回収した冷却管を機体下部へ固定しながら、自分でも不思議なくらい集中していることに気づいた。
ちょっと怖い。失敗したら危ないし、この身体へ完全に馴染んだわけでもない。
でも、目の前の導体束や冷却管は、手を伸ばせば動くし、持ち帰れば青葉の修理に使える。
そういう、結果が見える仕事は、僕の現状に合っている、と思った。余分なことを考えなくてもいいから。
***
最初のサルベージで、僕たちは、小さな成功をいくつか積み上げた。
高密度導体束を三本、補助冷却管を二本、結合ノードを四つ、外装フレームの一部、汎用配線、損傷はしているけれど再利用可能な制御板を得られた。
どれも“当たり”というほどでは、なかった。
でも、青葉によると、分子機械群が再構成するための材料としては、十分価値があるらしい。
最後に狙ったのは、残骸の奥に埋もれていた板状ユニットだった。
『注意してください。内部に場制御素子がありそうです』
「それって」
『重力子キャパシターの中核ではありませんが、関連系統の部材かもしれません』
「最初からそれを言ってよ!」
『期待値を不用意に上げないよう配慮しました』
「そこだけ妙に気遣いがあるなあ!」
でも、僕の胸は少し高鳴った。
もちろん、これは本命の部材ではないだろう。それでも、“関連系統”という言葉だけで、宝探しみたいなワクワク感を覚えた。
「よしっと」
板状ユニットは、半ば装甲に食い込んだ状態で固着していた。表面には見慣れない模様が描かれていて、中央部が青黒く光を返している。
「これ、壊さず取れるかな」
『難易度は高めです』
「先生、たまには“できる”って言ってください!」
『できる可能性は、あります』
「うん、いいや」
僕は、ジェッチを慎重に回り込ませ、正面ではなく斜め上から作業を始めた。
まず、周囲の装甲片を魔法で浮かせる。次に左アームで板状ユニットの端を軽く押さえ、反対側の固着部へ意識を集中する。青葉が表示する応力線を見ながら、もっとも割れにくい方向へ、少しずつ、少しずつ。
途中で一度、出力を上げすぎて、表面の一部が火花のように散った。
「うわっ、ごめん!」
『継続可能です。落ち着いてください』
「こういうときの“落ち着いて”って難しいよね」
『承知しています』
声に急かす感じはなかった。
それがありがたかった。
僕は、もう一度やり直した。今度は、無理やり引き剥がすのではなく、周囲の固着をほどくことに集中する。装甲がどこで噛み合っているか、どこへ力を逃がせばいいか。気づけば、僕の頭の中には、自然と立体的な分解図が浮かび上がっていた。
これも、この身体の感覚なのだろうか。
いや、たぶんそれだけではないだろう。青葉のガイド、機械としての処理、元の僕の性格――その全部が噛み合っているのだ。
だから、できる。
「……いける」
最後にひと押しすると、板状ユニットがすっと浮いた。
壊れていない。
少なくとも、見た目には。
『回収成功』
「やった!」
思わず、笑顔になる。
その瞬間、視界の端に警告が走った。
『弓良、離脱してください』
「え?」
『周辺構造物、再配置を開始』
次の瞬間、さっきまで静かだった残骸群の一部が、じわりと動いた。
最初は見間違いかと思った。しかし違う。切断された梁のような部材が、ゆっくり角度を変えている。もっと奥では、細かな欠片の群れが、流れを持って一点へ集まり始めていた。
「なに、これ」
『本艦外装にも見られる分子機械群の活動です。この残骸にも一部が残っていたようです』
「それ、いま起きたの!?」
『刺激に反応した可能性があります。急いでください』
僕は、慌ててジェッチを後退させた。
動き自体は遅い。襲いかかってくるわけではない。しかし、残骸の配置が少しずつ変わっていく様子は、ひどく不気味だった。まるで、眠っていた巣をこちらがつついてしまったみたいだ。
「青葉、これ、危ない?」
『現時点では、追跡性や攻撃性は確認されていません。しかし、環境が変化する前に離脱したほうが賢明です』
「賛成!」
ジェッチのスラスターが強めに吹き、残骸群から離脱した。回収クランプに固定された資材が、機体の下でかすかに揺れた。
距離を取ってから振り返ると、さっきまで僕たちがいたあたりの残骸が、ほんの少しだけ組み替わっていた。大きな変化ではない。でも、自然の動きでは絶対にない。
「……この墓場、静かなだけじゃないんだね」
『はい。長い時間を経た機能残存体が各所に存在すると考えたほうがよさそうです』
「つまり、もっと気をつけろってことか」
『その通りです』
僕は、固定された板状ユニットを見下ろした。
関連系統の部材かもしれないお宝。導体束。冷却管。結合ノード。最初の収穫としては、悪くないと思う。
でもそれ以上に、僕は大事なことをひとつ学んでいた。
この墓場は、ただ拾えばいいだけの場所ではない。
壊れたものの集まりであっても、完全に死んでいるわけではない。
注意深く見て、慎重に触れなければ、危ないものもあるのだ。
***
巡洋艦『青葉』へ戻ると、格納区画の照明が少しだけ明るく見えた。
たぶん、気のせいではない。青葉がこちらの帰還を検知して、最低限の受け入れ準備をしてくれているのだろう。
ジェッチを固定し、回収クランプのロックを解除すると、収穫した資材がひとつずつ運搬ラインへ移されていく。青葉の分子機械群が、薄い銀色の膜みたいに資材表面を覆い、解析を始めるのが見えた。
『初回、回収作業、お疲れさまでした』
「うん。思ったより楽しかった」
『それは、好ましい結果です』
「でも最後のは、ちょっと怖かったよ」
『学習機会として有益でした』
「青葉、そういう言い方すると、全部が教材みたい」
『実際に、経験は有用です』
まあ、たしかにその通りだ、と思った。
僕は、ジェッチから降りて、格納区画の床へ軽く足をついた。無重力に近い感覚の中で、手すりへ触れながら、運ばれていく資材を眺める。
ただのガラクタだったものが、いまは違って見えた。
この艦を直すための部品で、青葉を飛ばすための材料だ。
『回収資材の一次評価を開始します』
「当たりはあった?」
『高密度導体束と補助冷却管は有用です。板状ユニットについては、場制御系の補助素子として再利用できる可能性があります』
「ほんとに?」
『はい。本命には、ほど遠いですが、リープ系の修復の前段階として価値があります』
それを聞いた瞬間、僕は、思わず拳を握った。
「良かった! 一歩、前進だね」
『はい。確実に前進しました』
青葉の声は静かだったけれど、その言葉には妙な重みがあった。
僕は、格納区画の奥、暗い艦内へ目を向ける。
この船は、まだ飛べない。
主機関は一部しか動いていないようだし、重力子キャパシターも、ほぼ全滅したままだ。でも、一回拾えたなら、次も拾える。
次があるなら、その次もある。
「青葉」
『はい』
「もっと取ってこよう!」
『了解しました』
「今度はもう少し、上手くやるよ。最後のああいう反応も、先に見抜けるようになりたい」
『それは、よい目標です』
「あと、魔法の使い方も」
『訓練計画を更新します』
「やっぱり先生だなあ」
『否定しません』
そう返した青葉に、僕は、少し笑った。
宇宙で目覚めたときの絶望は、まだ消えていない。人間じゃなくなった違和感も、全部そのままだ。たぶん、すぐに慣れることはないと思う。
でも今日、僕は、確かに、部品だけではなく、何かを掴んだ。
壊れたものを拾って繋いでいけば、いつか本当に飛べるかもしれないという、小さな手応えだ。
修理は戦いだ、と思った。
だったら、僕はもうその戦いの中にいる。
被害者みたいに立ち尽くす段階は、少しずつ終わりつつあった。




