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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第三章 宇宙船墓場の奥で、眠れる巡洋艦に選ばれる

 壊れた通路の奥へ進むにつれて、残骸の内部は、だんだん奇妙な感じになっていった。

 最初に入った区画までは、まだ“古い残骸の中”と言えたと思う。千切れた配線があり、割れた隔壁があり、どこかの文明の作った機械が朽ちていた。怖くはあっても、理解の外にあるというほどではなかった。

 でも、ホログラムの案内が示す先へ進むうちに、その印象が変わっていった。

 壁の材質が違う。

 いや、違うというより、同じ材質のはずなのに、一部だけ妙に滑らかで、継ぎ目が消えているのだ。焼け焦げて裂けた外殻とは反対に、その先の通路は、長い時間を経たにしては傷みが少なかった。何かが表面を覆い、補修し、形を保たせているようにも見える。

「青葉。これ、途中から雰囲気変わっているよね?」

『確認しました。周辺構造物の表面に、自己修復性を持つ分子機械群の残滓を検出しています』

「ぶんしきかい?」

『極微小機械の集合体です。損傷部の補修、構造維持、資源回収などを自律的に行います』

「それって……まだ動いているの?」

『活動は非常に低速ですが、完全停止してはいません』

 ぞくり、とした。

 何千年、あるいは一万年近く前に壊れたはずの船の中で、まだ何かが動き続けている。

 ホラーかSFかと聞かれたら、たぶんどっちもだ。

「それってさ、僕たちに敵だったりは……しないよね?」

『現時点では、明確な敵対挙動は確認されていません』

「え、ちょっと怖いんだけど?」

『事実です』

「うん、分かったよ」

 青葉の返答は、今日も容赦がない。

 僕は、裂けた通路の先に見えてきた明るみへ視線を向けた。

 そこでようやく、この巨大残骸が、単なる一隻の船ではないとわかった。

 通路は最後に大きく開け、僕の前に、ひどく歪んだ空間を見せた。

「……え?」

 思わず、声が漏れた。

 そこは、巨大な空洞だった。

 外から見た時には、小惑星の内側へ大きく食い込むように、何かの残骸が埋まっているように見えた。でも内側から見ると、印象はまるで違った。

 小惑星は、もともと内部に大きな空洞を持っていたわけじゃない。

 何かに、内側から削られたのだ。

 えぐられ、吸われ、少しずつ喰われるようにして、いびつな窪みが作られている。岩肌は、滑らかに磨耗していて、ところどころが金属的な樹の根みたいなものに侵食されていた。黒い岩と、鈍く光る生体めいた金属っぽいものが、何層にも入り混じっていた。

 その中心に、宇宙船があった。

 思わずそう感じた。物ではなく、生きものを見た時みたいに。

 その船は、巨大な繭のような遮蔽物に包まれていた。

 最初は、周囲の残骸が偶然そこへ集積しただけかと思った。しかし、すぐに違うと分かった。破片の並び方に、はっきりと意図があったのだ――湾曲した装甲板、その繭を支えるフレームらしい骨組み、切断された補助アーム、係留施設の一部、コンテナ壁――そうしたものが、幾重にも組み合わされて、船の周囲を覆う殻のようになっていたのだ。

 外界から隠すための、即席の要塞。あるいは、眠る艦を守るための巣だろうか?

「……何これ?」

『推定。周囲の構造材を回収、再配置し、簡易遮蔽ドックを形成したものと思われます』

「誰が?」

『高確率で、この艦――〈先住者〉の巡洋艦クラスの艦本体の分子機械群です』

「船が、自分で?」

『はい』

 青葉の声はいつも通り静かだったのに、その内容は、全然いつも通りじゃなかった。

 船が、自分で。

 周囲の残骸を集めて、浮きドックみたいな遮蔽物を作って、自分を隠していた?

「そんなこと、できるの?」

『〈先住者〉の最終期の艦艇であれば、不可能ではありません』

 不可能ではありません、で済ませるには、あまりにすごすぎる。

 僕は呆然と、その光景を見つめた。

 遮蔽物の表面は不揃いだった。船の装甲、施設のフレーム、加工途中の小惑星資材――何かの骨のような白い構造材まで混ざっている。しかし、それらは完全なガラクタではなく、明らかに防御や隠蔽を意識して配置されていた。

 しかも、その外層の一部は、今もゆっくり動いていた。

 ごくわずかに、しかし確かに。

 壊れたクレーンアームのようなものが、数時間に一度しか動かないかのような鈍さで、隣の梁を抱え込んでいた。

 銀色の細線が岩肌を這い、砂粒のような欠片を吸い集めているように見える。

 まるで蟻の巣を超低速で再生しているみたいだった。

「……生きている」

『機能しています』

「いや、そうじゃなくて……」

 言葉が見つからなかった。

 ただの船じゃない。

 巡洋艦? まるで、以前にアニメで見た、魔法使いの生きた城のようだと思った。

 さっき感じた、ここだけ真空がわずかに薄く、飛んでいるものが減速されやすい感覚も、今なら少しわかる気がした。岩塊の表層と、生物的分子機械の網が、微弱な塵やガスを捕まえ続けていたのかもしれない。

「青葉、この岩のドーム……」

『はい。自然の凹みではありません。艦の資源回収活動により、小惑星内部が長期的に侵食された結果と考えられます』

「つまり、あの巡洋艦、ずっと食べ続けてたってこと?」

『比喩としては近いです』

 僕は、思わず小さく身震いした。

 いまの僕も機械の身体だけれど、それでも“食べる”という言葉には生き物の匂いがある。巡洋艦が岩を吸って痩せさせるなんて――頭では理解できても、感覚としてはやっぱり気味が悪かった。

 でも同時に、その異様さが、妙に美しくも見えた。

 黒い岩肌の窪みの中で、巨大な艦が眠っている。無数の残骸に守られながら、一万年かけて、まだ終わらずにいる。

 たぶん、地球の人が見たら、神話か怪談にしか思えない光景だった。

『弓良』

「うん」

『主反応源は、あの巡洋艦本体です』

「……本命、ってこと?」

『その可能性が高いです』

 青葉の青いガイドラインが、浮きドック状の遮蔽物に開いた細い隙間を示した。

 巡洋艦そのものは、遮蔽殻の奥深くにある。真正面から向かうのではなく、残骸の骨組みの間を縫うように進まなければならないらしい。

「行けるかな」

『行くしかありません』

「最近それしか言わないね、青葉」

『現状に即しています』

「知っているって」

 僕は、少しだけ笑ってから、遮蔽物の隙間へ身を滑り込ませた。


***


 中は、迷路みたいだった。

 ドックの骨組みらしい梁と梁のあいだに、あとから集めた装甲板が無理やり嵌め込まれていた。途中には、折れた作業アームや輸送コンテナの壁が障害物みたいに引っかかっていた。

 いかにも「間に合わせ」で作った構造なのに、全体としては妙に機能的で、外からの視線や衝突を避けるよう設計されているのがわかる。

「本当に……即席の基地みたい」

『簡易保守ドック、兼、隠蔽殻と呼ぶべき構造です』

「作ったのが船本人っていうのが、いまだに信じられないんだけど」

『〈先住者〉製高等兵器の一部は、分子機械による半自律維持機能を有しています』

「半自律、ね」

 僕は、細い隙間を抜けながら、周囲の壁を見た。

 装甲の継ぎ目には、灰色の膜のようなものが張っている。よく見ると、それは膜ではなかった。金属と生体組織の中間みたいな、微細な粒子の群れだ。見ているあいだにも、砂が風に流されるように形を変え、ひび割れを埋めている。

 ぞっとするほど静かで、ぞっとするほど器用だ。

「青葉、あれ、僕にくっついたりしないよね?」

『現時点では、その兆候はありません』

「その“現時点では”って言い方は、怖いよ!」

『では、訂正します。まだ、くっついていません』

「全然、安心できない!」

 半分、本気で言うと、青葉がほんの少し黙った。

『……ユーモアの選択を再検討します』

「いまのユーモアだったの?」

 思わず振り返りそうになって、危うく肩を梁へぶつけるところだった。

 危ない。

 人間の身体なら、もっと不器用に動いていたかもしれない。でも、今の僕は、反射的に体勢をひねって、最低限の動きで接触を避けられた。こういう時だけは、この身体の精密な制御がありがたい。

 迷路のような遮蔽殻を抜けていくにつれ、巡洋艦の本体がだんだん近づいてきた。

 最初は巨大な影としてしか見えなかったそれが、やがて輪郭を持ち始める。

 長く、流麗な船体だった。

 人類の宇宙船を見たことはなかったけど、人類の軍艦なら、もっと露骨に兵器っぽい形をしていそうな気がする。

 しかし、その巡洋艦は、流線型で鋭いのに優雅な形をしていた。前方は細く絞られ、中央部は厚みを持ち、後部には複数の張り出しが尾のように伸びている。魚にも、鳥にも、刃物にも見える、不思議なラインだ。

 でも、外殻はところどころ裂け、装甲も欠けているようだった。しかし、完全な廃艦には見えなかった。むしろ、長い眠りの途中にある、傷ついた生き物みたいだった。

「……綺麗だ」

 思わず、そう呟いていた。

『同意します』

 青葉が即座に返してきて、少し驚く。

「そういう感覚もあるんだね?」

『審美的評価機能は、あります』

「何でもあるなあ……」

『補助AIですから』

「うん、万能な補助で助かるよ」

 ほんの少しだけ、気持ちが軽くなった。

 巡洋艦の船腹には、ドック状の遮蔽材を固定するように、細い索や骨組みが何本も絡みついていた。それらの一部は、もともと艦の設備だったのかもしれないし、あとから回収した部材かもしれない。区別はつかなかった。

 ただ、その中心――船腹の一角に、周囲とは違う光があった。

 青白い、縦長の光だ。

 最初に見た箱型装置の点滅とは違っている。もっと安定していて、もっと明確な「入り口」の気配があった。

『反応を確認』

「うん。あそこだよね」

『高確率で、補助ハッチ、又は整備用アクセスポートです』

「ようするに、入れそうってこと?」

『はい』

 僕は、巡洋艦へ向かってゆっくり進んだ。

 近づくにつれて、船体の表面がよく見えた。なめらかな装甲のあいだを、細い筋のようなラインが走っている。ひび割れかと思ったが、違った。それは艦表面を巡る分子機械群の流路か何かで、僕が近づくと、ごくわずかに青く発光した。

「……歓迎されている?」

『現時点では、排除も攻撃も行われていません』

「青葉、それ、肯定の言い換えになってない?」

『慎重な表現です』

 その時だった。

 船腹の青白いラインが、一段明るくなった。

 同時に、視界の奥で何かが“重なる”感じがした。目で見たのとは別のところで、情報が流れ込んでくる。

 輪郭。経路。構造。熱。重力の癖。内部区画の配置。

 僕は、息を呑みかけて、そもそも息をしていないことを思い出した。

「な、何これ?」

『リンク反応です』

「リンク?」

『あなたの機体と、巡洋艦側の認証系が共鳴しています』

「共鳴って……」

 次の瞬間、艦の表面に、見慣れない文字列が光って浮かんだ。

 でも不思議なことに、今度はさっきのホログラムより、ずっと意味がわかった。

 許可。

 同族。

 主系統ではないが、互換あり。

 補助接続を開始。

「読める……?」

『機体に、〈先住者〉系の認証情報があるためと推測されます』

 青葉の声にも、わずかに緊張が混じっていた。

『弓良。この艦は、あなたを異物として完全拒絶していません』

 僕は、巡洋艦の青白いハッチを見つめた。

 ぞっとするくらい静かなのに、そこだけが脈打つように生きている。

「……つまり、入っていいってこと?」

『少なくとも、排除するつもりなら、もっと早く、何らかの防衛反応が出ています』

「つまり?」

『招かれている可能性が高いです』

 招かれる、という表現は変かもしれない。

 でも、その時の僕には、まさにそんな感じだった。

 宇宙で目覚めてからずっと、僕は流されたままだった。死んだかもしれなくて、機怪人形になって、わけもわからず魔法を覚えて、青葉に導かれて、ここまで来た。

 だけど、今、この巡洋艦は、はっきり僕を“認識している”。

 見つけた、というより、見つけられたみたいだった。

「……行く」

『了解しました』

 ハッチの前まで近づくと、青白い光が僕の身体を舐めるように走った。

 一瞬、びくっと身をすくめる。

 でも痛みはない。むしろ、冷たい水に指先を浸した時みたいな、澄んだ感触だった。

 光が一巡すると、縦長のラインが音もなく割れた。

 内側に、暗い通路が現れる。

「うわ……」

 いままで入ってきたガラクタの残骸内部とは、明らかに違っていた。

 壊れてはいるようだったが、死んではいなかった。

 壁面には細い光が走り、通路の輪郭を最低限だけ照らしていた。床は、人間向けよりやや狭く見えるが、僕の今の身体なら問題なく通れそうだ。

 ところどころに、ひびや剥離はあるものの、さっきまでの残骸よりずっと“艦内”らしかった。

『内部気密、ほぼ喪失。重力制御なし。局所電力のみ稼働』

「それでも、全然違うよね」

『はい。艦としての機能を、まだ保持しています』

 僕は、そっと中へ入った。

 背後でハッチが半分だけ閉じる。完全には閉まらず、避難路を残すような角度で止まったのが、なぜか妙に人間的だった。

 通路の内壁には、細いライン状の模様が走っている。それが装飾なのか、機能部なのかはわからない。しかし僕のセンサーは、その内側にまだ微弱なエネルギーの流れがあることを感じ取っていた。

 死んでいない。

 本当に、まだ生きている。

「青葉、これ……すごい」

『はい』

 珍しく、青葉の返答が短かった。

 たぶん、この艦の状態を測るのに忙しいのだろう。視界の隅では、青い小窓がいくつも開いて、解析中の文字列が流れている。

 僕は通路を進んだ。

 途中、割れた隔壁の向こうに、小さな区画が見えた。整備室のような場所らしく、壁面に折りたたまれたアームや、球体ユニットが埋め込まれている。いくつかは完全に死んでいたが、ひとつだけ、ごくかすかに青い灯を残していた。

 さらに進むと、通路の先が開けた。

 そこは、艦の中枢に近い区画だったのだと思う。

 部屋の中央に、低い台座のようなものがある。周囲には半円形の操作盤。しかし人間のコックピットとは違って、椅子のようなものはない。代わりに、台座の表面に、人型を寝かせるにも立たせるにも見える、曖昧な窪みがあった。

「これ……」

『中枢アクセスベッド、あるいは接続座と思われます』

「名前だけで不安になるんだけど」

『妥当な感想です』

 部屋の奥、壁面の中央に、またあの文字が浮かび上がった。

 今度は、さらに意味がはっきりした。

 管理補助個体を確認。

 接続可能。

 主系統損耗率、八七%。

 艦名――

 そこで文字列が一瞬揺れた。ノイズのように乱れ、読めなくなる。

 でも、次の瞬間、別の情報が滑り込んできた。

 長い船体が、星間の闇を滑る感覚。主砲の発熱。装甲を叩く衝撃。無数の仲間船。赤い恒星。崩れる編隊。逃げ場のない戦場。損傷。後退。自己修復。資源不足。隠蔽。待機。待機。待機――

「っ!」

 思わずよろめいた。

『弓良!』

「だ、大丈夫……!」

 たぶん、大丈夫ではなかった。

 頭の中に、一瞬だけ、艦の記憶みたいなものが流れ込んできた。映像というより、状態の塊だった。戦って、傷ついて、隠れて、長い時間を眠りながら待っていたという感覚だけが、直接胸へ突き刺さった。

 機械なのに。

 船なのに。

 たったそれだけで、ひどく孤独なものに思えた。

「……ずっと、ここにいたんだ」

『その可能性は高いです』

 青葉の声が少し柔らかかった。

『弓良。この艦は、深刻な損傷を受けながらも、自己修復と隠蔽を継続していたと思われます』

「一万年近く?」

『ありえます』

 一万年。

 人間の感覚では歴史もない時代から、この艦は、その間、ずっと一体で、小惑星を削り、周囲の残骸を集めて、自分を守り続けていた。

 そんなものを前にして、僕は急に、この艦を“拾い物”みたいに思えなくなった。

 むしろ、助けを待っていた誰かに会ったような気がした。

 変だ。宇宙船なのに。

 でも、僕自身だって、今は、機械の身体でここにいる。だったら、船にそういう感情を向けるのだって、おかしくないのかもしれない。

『認証要求を受信』

「え?」

 中央の台座が、淡く光った。

 窪みの輪郭が、僕の今の身体に合わせるみたいに微調整される。まるで、横たわれと言っているみたいだ。

『弓良。接続要求です』

「それ、して大丈夫なの?」

『危険性はあります』

「そうだよね!」

『しかし、この艦の中枢へ正式にアクセスするには、必要な手順と思われます』

 僕は、台座を見つめた。

 怖い。すごく怖い。

 ここに来るまでも充分、訳が分からなかったのに――古代異星人の巡洋艦へ“接続”しろと言われている。普通に考えたら、正気じゃない。

 でも――ここで止めたら、たぶん何も変わらない。

 僕には、宇宙船が必要だ。

 青葉にも、この艦にも、たぶん僕が必要なんだと思う。

「……やる」

『最終確認。接続を開始しますか』

 僕は、細い自分の手を見下ろした。

 白くて、いまだに自分のものと思いきれない手。でも、その指先は震えていなかった。震えるための筋肉がないからかもしれないし、もう腹が決まったからかもしれない。

「うん」

 そう答えて、僕は台座に手をついた。

 表面は冷たく、それでいて生き物の皮膚みたいにわずかな弾力があった。

「お願いします」

 青葉が、ほんの一拍置いてから答える。

『了解しました』

 次の瞬間、台座の光が強くなった。

 細いラインが僕の腕を這い、肩へ、背へ、脚へと走る。無数の青白い糸に絡め取られるみたいな感覚。怖いのに、不思議と拒絶感はなかった。

 むしろ――帰ってきた、みたいな奇妙な安堵が、胸の奥に広がった。

 すると、どくん、と。

 巨大な何かが、長い眠りの底で身じろぎしたみたいに、艦全体へかすかな波が走った。

 通路の向こう、見えないどこかで止まっていた系統が順番に起き上がっていくのが、僕には妙な実感を伴ってわかった。

 壁の細い光が一本、また一本と増えていく。

 完全な明るさにはほど遠い。それでも、さっきまで「死んではいない」程度だった艦内が、はっきり「生き始めた」と言える状態へ近づいていった。

「青葉……?」

 僕が呼ぶと、いつもの補助AIの返答は、すぐには返ってこなかった。

 代わりに、視界の隅を流れていた青い小窓が、一斉に書き換わる。

 接続系統確認。

 外部補助知性を認識。

 互換性照合。

 補助人格層の統合を提案。

 艦名認証系――再起動。

「え?」

 僕は中央の台座に手をついたまま、壁面の表示を見上げた。

「これ、どういう……」

 その時、ようやく青葉の声がした。

 けれど、少し違っていた。

 声そのものは同じなのに、今までの“頭の中だけで聞こえる補助音声”とは別に、部屋そのものが喋っているような広がりがある。近くからも、遠くからも、同時に響くような感覚だった。

『艦AI系統との接続を確認しました』

「青葉?」

『はい。ですが、従来の私単独ではありません』

 壁面に浮かぶ文字列が変わる。


 補助知性統合率、上昇中。

 艦人格レイヤー、再構築。


「統合って……まさか?」

『はい』

 青葉の声が、静かに答える。

『私の補助人格層と、この巡洋艦に残存していた艦AI系統が、現在統合処理を開始しています』

「ええっ?」

 驚いて身を起こしかけたけれど、台座の青白い光がやわらかく僕を押しとどめた。

『危険は低いと判断します』

「いや、危険が低いとかそういう話じゃなくて! 青葉、大丈夫なの?」

 ほんの少しだけ、間があった。

 その沈黙のあいだにも、艦内のあちこちで何かが目を覚ましていく気配があった。

 遠い区画で、閉じていたシャッターが軋み、どこかの配電系統が細く唸り、船体の外側では分子機械群がわずかに活動速度を上げている。

 艦そのものが、青葉の返答を待っているみたいだった。

『……不思議な感覚です』

 そう言った青葉の声は、今までより少しだけ柔らかかった。

『私の中に、この艦の記録層、制御権限、航法支援、保守判断基準が流入しています。同時に、私の対話経験、言語補助、状況適応、あなたへのサポート履歴も、艦側へ展開されています』

「つまり」

『私は、この艦の一部になります』

 僕は、息を呑んだ――つもりになった。

 呼吸しない身体でも、そう表現するしかなかった。

「それって……青葉が消えるってこと?」

『いいえ』

 その答えは、はっきりしていた。

『消失ではありません。統合です』

 部屋の壁面に、細い光の線が幾重にも走る。まるで血管か、樹の葉脈みたいに。青い線は床を、壁を、天井を這い、制御区画全体をひとつの回路として結んでいく。

『私は、今までの私のままです。同時に、この艦の視覚、聴覚、駆動感覚、損傷記録、航宙記録を得ます』

「じゃあ……」

『弓良。これで、私は本当の意味で“この船”になります』

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった気がした。

 今までの青葉は、頼れる相棒だった。僕が宇宙で目を覚ました時から、ずっと側にいてくれた補助AIだ。

 でも、これからは違う。

 この巡洋艦の青葉になる。

 艦の中枢と同期し、船そのものの人格になる。

 たぶんそれは、僕たちがここへ来る前には、想像もしていなかった形の再会なんだと思う。僕が名前をつけた青葉と、この艦が元々持っていたAIが、いま、ひとつになろうとしている。

 壁面の文字列が、最後にゆっくりと整列した。


 仮主認証、承認。

 補助知性統合、完了。

 艦AI系統、再起動。

 艦名――青葉。

 人類連邦用:便宜英名――ブルーリーフ。


 その瞬間、艦内の照明がわずかに明るくなった。

 ほんの淡い光だ。全区画を照らすにはほど遠いし、主機関も、完全には生きていなさそうだ。しかし、それは確かに「再起動」の光だった。

 僕の視界にも、新しい情報が流れ込んでくる。

 艦体全長。

 損傷率。

 生存区画。

 反応炉停止。

 重力推進機関沈黙。

 リープ系統大破。

 外装自己修復、最低限維持。

 武装系統――大半喪失。

 航行不能。

 ひどい有様だった。

 たぶん、今、無理に動かそうとしたら、艦はばらばらになる。

 しかし、それでも、この船は、もうただの眠れる残骸じゃなかった。

 名前を取り戻した。

 人格を取り戻した。

 そして、僕のものになった。

『艦長権限の暫定付与を確認しました』

「艦長……?」

 呆然と呟くと、統合を終えた青葉――いや、巡洋艦青葉そのものが、静かに応じた。

『はい、弓良。あなたは本艦の暫定管理者です』

「僕が」

『あなたが』

 部屋全体が、青く、やさしく脈打つ。

 どくん。

 また、あの心臓のような鼓動が響いた。

 それはもう、さっきまでの“かすかな反応”ではなかった。弱ってはいても、確かに動き始めた艦の命の音だった。

 僕は中枢台座の前で、ゆっくり周囲を見渡した。

 壊れた異星文明の巡洋艦。

 一万年近く、小惑星を喰いながら身を隠し、生き延びてきた船――僕が名づけた青葉は、この艦とひとつになった。

 僕の相棒として。

「……よろしく、青葉」

 僕がそう言うと、艦内のどこか遠くで、小さな駆動音が返事みたいに鳴った。

 それから青葉が、今度は艦そのものの声として、少しだけ誇らしげに答える。

『はい、弓良。巡洋艦青葉――ブルーリーフ、起動を確認しました』

 その言葉を聞いて、僕はようやく実感した。

 僕は。船を見つけたんじゃない。

 手に入れたんだ。

 この巡洋艦『青葉』を、正式に。

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