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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第二章 青葉と名付けたAI先生、魔法の授業を始める

 僕は、魔法の練習を続けた。

 最初の数分で、僕は二回ひっくり返り、三回あらぬ方向へ飛び、最後には細長い金属の骨組みに頭から突っ込みそうになった。

「待って待って待って! いま絶対、右に行こうとしたよね!?」

『右に進ませようとして、上方へ偏向しました』

「上方って何さ! 宇宙に上も下もないでしょ!」

『便宜上の表現です』

「便宜が雑すぎるよ!」

 僕は、半泣きで叫びながら、慌てて姿勢を立て直した。

 立て直した、というのも妙な言い方だ。地面に立っているわけじゃない。広大な宇宙空間で、細い手足を情けなくばたつかせながら、どうにか自分の身体の向きを制御しているだけだ。

 けれど、さっきよりはマシだった。

 少なくとも、もう「何もわからないまま吹っ飛ぶ」段階ではない。ほんの少しだけれど、どういうときに出力が暴れて、どういうときに真っすぐ進めるのか、その境目が見え始めていた。

『良好です』

「どこが?」

『先ほどより四十三パーセント改善しています』

「改善の前提がひどいんだよ……」

 ぼやきつつ、僕は周囲を見回した。

 宇宙船墓場。

 その名前が、さっきから頭の中に妙にしっくり居座っている。

 周囲に漂うのは、ただの金属片や岩ではなかった。無秩序に見えて、よく見ればそこには、誰かが作り、誰かが壊し、誰かが失った痕跡があると思った。

 ここらへんは、先程の場所よりも、多くのモノが集積しているようだ。センサー?が、完全な真空ではないと告げているから、飛んでいるものが減速されるのかもしれない。

 巨大な梁のようなものは、たぶん船体のフレームだ。円筒状の残骸は居住区画かもしれない。片側だけがねじ切られたリング構造体、蜂の巣みたいな開口部の並んだ装甲板、黒く炭化した立方体ブロック――どれも見たことがないのに、全部が「文明の死骸」だとわかった。

 奇妙なことに、僕の視界は、その細部をやけにはっきり捉えていた。

 遠くの反射光が、ただのきらめきじゃなくて、表面素材の違いとして見分けられる。熱の残る箇所が、ぼんやりと色の違う領域としてわかる。微弱な電磁の漏れまで、視界の縁をなぞるノイズとして感じられた。

 つまり僕はもう、目で見ているだけじゃない。

 この身体は、もっと別の方法で世界を読んでいる。

「……なんか、嫌だな」

『何がですか?』

「人間じゃない感じが、どんどんはっきりしてきたよ……」

 言葉にすると、少しだけ胸が痛んだ。

 胸が痛む、と言っても、そこに内臓がある実感はない。ただ、そう表現するしかない種類の重さが、身体の中心に溜まっていく。

「遠くまで見えるとか、暗闇でも平気とか、便利なのはわかるよ。でも、こうやって普通じゃないことが増えるたびに、ああ、僕もう元の身体じゃないんだなって……」

 そこまで言って、僕は、口をつぐんだ。

 言ってどうする、という気もした。青葉はAIだ。慰めるための返事なんて、最初から期待していない。

 けれど、青葉は少し間を置いてから、静かに答えた。

『不快感を覚えるのは正常です』

「……正常なんだ?」

『自己認識と身体情報が大きく乖離している状態です。違和感や拒絶感が生じるのは、自然な反応です』

 ずいぶん機械的な言い方だったけれど、かえってそのほうがありがたかった。

 大丈夫ですよ、なんて軽く言われるより、よほど信じられる。

「そっか」

『ただし』

「ただし?」

『慣れる必要はあります』

 容赦がなかった。

『この機体は、現時点であなたが生存するための唯一の手段です。嫌悪しても構いませんが、使用を拒否することは推奨しません』

「推奨しませんって……」

 もうちょっと言い方があるだろう、とも思ったが、反論できないのが悔しい。

 僕は、自分の手を見た。

 白い。細い。指先まで綺麗に整っていて、元の僕よりずっと華奢だ。それなのに、力を入れると、ごく微細な駆動感が返ってくる。

 生身の筋肉じゃない。僕の命令を受けて、正確に、ほとんど誤差なく動く、人工の身体だ。

 どう考えても馴染めそうになかった。

 でも、これで動くしかないのも事実だった。

「……じゃあ、慣れる。仕方ないから」

『はい』

「そこは、えらいですね、とか言ってよ」

『要求内容を学習しました。次回以降の応答候補に追加します』

「絶対いまの、適当に流したでしょ」

『いいえ』

 たぶん嘘だ。

 でも、少しだけ笑ってしまった。


***


 青葉が示した“人工構造物の反応”は、直線距離ならそれほど遠くないらしかった。

 ただし、宇宙船墓場の中での「それほど遠くない」は、地球の感覚とだいぶ違う。

「数百キロ先です」

『はい』

「それを近いって言うの?」

『機怪人形の短距離移動範囲としては、妥当です』

「人間だった頃の僕、その距離を近いって言ったこと一回もないよ……」

 ぼやきながら、僕は再びシャドーマターに意識を向けた。

 青葉の説明によれば、機怪人形の“魔法”は、完全に何でもありというわけではないらしい。

 念じれば奇跡が起きるわけではなく、宇宙のどこにでも――濃度は、場所によってかなり変わるらしいが――存在するシャドーマターとかいう特殊な物質を介して、局所的に物理現象へ干渉しているだけだという。

 ……だけだという説明が、そもそも全然わからないのだけれど。

 でも、やるべきことは単純だった。

 周囲に満ちる、薄い霧みたいな感覚に触れる。流れを見つける。押す場所と引く場所を意識する。力任せじゃなく、進みたい方向へ道をつくる。

 それを何度か繰り返しているうちに、僕は少しずつ、身体の進ませ方を覚えてきた。

 もちろん、まだ下手だ。たまに急に回転するし、減速し損ねて大きな残骸を避ける羽目にもなる。けれど、先程のような、ただの暴走ではなくなっていた。

 青葉の青いガイドラインが視界の隅に伸びる。

 それに沿って、僕は破片群のあいだを縫っていった。

 近くを通る残骸の表面には、焼け焦げた跡や、刃物のように鋭く裂けた切断面が残っている。何かに砕かれ、引き裂かれ、放り出されたものばかりだ。

 中には、艦体の一部だったらしい壁面に、見慣れない文字や紋様が刻まれているものもあった。

「ねえ、これって、宇宙船なんだよね?」

『艦艇残骸、施設残骸、兵装ユニット、輸送コンテナ、小惑星加工施設の一部などが混在しています』

「混在って……」

『形状や文字を認識したところ、〈先住者〉とマルモ人の宇宙船の残骸が多いようです。合金のスペクトルが一致します』

「〈先住者〉? 古代の異星人だっけ?」

『人類が打製石器を使っていた頃に絶滅した異星人種族です。ここは、その〈先住者〉とマルモ人の古戦場跡だったと思われます。しかし、それ以外の異星人のものもあるようです』

 さらっととんでもないことを言われた気がした。

「それって、つまり……地球人以外の異星人が、いっぱいいるってこと?」

『はい』

「……」

 わかっていたことのはずなのに、言葉にされると急に重みが出た。

 〈先住者〉にマルモ人、グラブール人。

 青葉は、そういう単語を当然みたいに使っていた。

 僕は、混乱していて流していたけれど、考えてみればとんでもない話だ。宇宙には、僕たち人類以外の知的生命がいて、しかも彼らの作った船の残骸が、いま僕のまわりに山ほど漂っている。

 学校帰りの高校生だった僕が、なんでそんな場所にいるんだろう。

 笑いたくなるくらい、人生のスケールが急におかしくなっていた。

『弓良』

「ん?」

『前方、減速してください』

「え?」

 言われて顔を上げた瞬間、視界いっぱいに、巨大な影がせり上がってきた。

「うわっ!?」

 慌てて逆方向へ場を作る。身体がぐっと引かれるように減速し、そのまま僕は、黒い巨大な岩塊――小惑星の縁すれすれで止まった。

 その岩塊は、まるで手の平を丸めたような形をしていて、その内側に、巨大な金属塊が鎮座していた。

 その金属塊は、船体の一部――だったのだと思う。

 ただ、それはあまりに大きく、あまりに壊れていた。

 湾曲した装甲板が何枚も重なり、その内側からは格子状の骨組みが露出していた。

 中央部には大きく裂けた穴があり、その向こうにさらに別の構造体が見えた。艦橋だったのか、格納庫だったのか、僕にはわからない。ただ、ひとつ言えるのは、それが生前の地球で見た大きな高層ビルくらいの大きさだったことだ。

「でか……」

『旧式の艦艇の外殻と思われます』

「旧式って、古いってこと?」

『少なくとも数千年以上、あるいはそれ以上の時間を経ている可能性があります』

「そんなものが、まだ形を残してるの?」

『宇宙空間ですから』

 それもそうか、と僕は、妙なところで納得した。

 風も雨もない。腐るものも少ない。壊れるとすれば、衝突か戦闘か、そういうはっきりした理由があるはずだ。

 僕は、装甲板の裂け目を覗き込んだ。

 中は暗い。しかし、僕の目――いや、この身体のセンサーは、その暗闇の奥まで、ある程度拾えてしまう。浮遊する細かな破片、断線したケーブル、ちぎれた隔壁、機械の腕の残骸が見えた。

 誰もいなかった。

 誰もいないのに、ここには確かに「誰かがいた」気配が残っていた。

 それが少し怖くて、少しだけ寂しかった。

「……青葉。こういうの、全部、中を見て回るの?」

『必要に応じてです。現状の目標は、より高確率で稼働可能な人工構造物への到達です』

「つまり、これはハズレ?」

『完全なハズレではありませんが、優先度は低いです』

 青葉がそう言った直後、視界の右下に、半透明のアイコンが点滅した。

『警告。微弱な反応を検知』

「え?」

『内部に低出力のエネルギー残留があります』

「それって危険?」

『場合によります。古い電源か、罠か、自動防衛機構の残骸か、あるいは単なる蓄電体です』

「最後以外、全部嫌なんだけど」

『同意します』

 青葉がそんなことを言うので、また少しだけ可笑しくなった。

 とはいえ、怖いのは本当だった。

 僕は、いま、よくわからない機械生命体として、異星文明のジャンクだらけの宇宙で、さらに何かがまだ動いているかもしれない残骸を前にしているのだ。

 冷静に考えると、ホラーに片足を突っ込んでいる。

「……行くの?」

『確認します。接近調査を行いますか』

 青葉の声は、いつも通りで、強制しない。ただ、判断を僕へ返してくる。

 ちょっと前まで、僕はただの高校生だった。こんな決断を自分でしろと言われても困る。

 でも、やるしかない。

「行こう」

 喉があるのかないのかよくわからない身体で、僕は唾を飲み込むような気持ちになった。

「中に何かあるなら、見ておきたい」

『了解しました。警戒レベルを上げます』

「そんな機能あるんだ」

『あります』

「便利だね」

『褒め言葉として受け取ります』

 やっぱり少し、機嫌がある気がした。


***


 裂けた外殻の間から内部へ入ると、急に世界の印象が変わった。

 外は無音の宇宙だったのに、中はもっと静かだった。

 変な表現だけれど、本当にそう感じた。外には星の光があり、遠くの残骸があり、宇宙そのものの広がりがあった。

 しかし、内部は、そういう“逃げ場”がなかった。閉じた暗闇の中に、壊れた通路と機械だけが延々と続いている。

 僕は、青葉が出したガイド光を頼りに、ゆっくり進んだ。

 壁の一部には、蜂の巣みたいなセル構造が露出している。床――と呼んでいいのかわからない面には、何本もの配線が這い、ところどころで千切れていた。大きな破孔からは星光が差し込んで、細かな浮遊粒子を銀色に照らしている。

 ときどき、形のよくわからない装置があった。

 人間用ではないのかもしれない。高さも幅も中途半端で、操作卓らしきものが壁から斜めに生えていたり、球体と板が組み合わさっただけの物体が部屋の中央に鎮座していたりする。

 異星人。

 青葉の言っていたことが、急に実感として迫ってくる。

「これ、地球の船じゃないよね?」

『はい。人類製とは規格が異なります』

「じゃあ、やっぱり本当に……宇宙人の船なんだ」

『そうです』

 その返事を聞いた瞬間、僕は、妙な感覚に襲われた。

 怖い。

 でも、同時に、少しだけわくわくしている。

 たぶん、子どものころなら、手放しで興奮していたと思う。宇宙人だ、宇宙船だ、すごい、って――でも、今は、そこへ自分の命がかかっているから、単純に喜べないだけだ。

 それでも、この巨大な残骸の中を進んでいると、『学校帰りの普通の高校生』だった人生が、もう遠い昔のことみたいに感じられた。

「すごいね~」

 呟いて眺めていると、不意に、視界の端で何かが瞬いた。

「っ!」

 僕は、反射的に止まった。

『前方三十メートルに、微弱光源』

「見えているよ」

 暗い通路の奥で、青白い点滅が繰り返されていた。

 規則的だった。故障した蛍光灯みたいにランダムではない。一定の間隔で、光って、消えて、また光る。

「何だろう?」

『推定不能。近づく場合、遮蔽を利用してください』

「遮蔽?」

『壁沿いに移動を。正面から接近しないでください』

「了解……」

 僕は、言われた通り、裂けた隔壁の陰を使いながら進んだ。

 こういう時、この身体の軽さは助かる。少し指先を壁に引っかけるだけで、音もなく方向を変えられる。呼吸もしないから、息を潜める必要もない。

 僕自身は、かなり緊張していたけれど、客観的に見れば、たぶん、かなり静かに移動できていたと思う。

 やがて、点滅の正体が見えた。

 それは、壁に埋め込まれた箱型の装置だった。表面の半分が焼け焦げ、外装はひび割れている。しかし中央の細いスリットだけが、青白く脈打つように光っていた。

「生きてる……のかな」

『機能の一部が残っています』

「触ったらまずい?」

『まずい可能性があります』

「じゃあ、どうするのさ」

『遠隔干渉を試みてください』

 また無茶を言う。

「そんな器用なこと、いきなりできるわけないでしょ」

『先ほど、金属片の移動に成功しました。応用可能です』

「先生がスパルタなんだけど……」

『教師役として適正があります』

「自分で言う?」

 青葉は返事をしなかった。たぶん、ちょっとだけ本気で言っている。

 僕は、仕方なく、装置へ意識を向けた。

 “押す”でも“引く”でもない。

 触れる。

 そんな感じをイメージする。箱の表面ではなく、内部の、まだ動いている部分へ。霧のようなシャドーマターの感覚を、細い糸みたいに絞って伸ばす。

 最初は、何も掴めなかった。

 次に、ざらついた感触があった。砂を噛むような、ノイズだらけの反応。死にかけた回路が、僕の干渉にびくりと震える。

「……っ、これ?」

『続けてください。過剰出力に注意』

 慎重に、ほんの少しだけ強める。

 すると、装置の青白い光が一度だけ強く点滅した。

 ぶつ、と何かが切れるような感覚。

 次の瞬間、壁面の一部に、細長いホログラムの表示が浮かび上がった。

「えっ」

 文字――のようなものが並んでいる。見たことのない記号の列だ。しかし、なぜか僕は、その一部の意味が分かった。

 格納。補助。経路。待機。

 完全には読めない。でも、まったくわからないわけでもない。

「青葉、これ?」

『解析中です』

 数秒の沈黙。

『〈先住者〉の言語です。旧式の内部案内表示と思われます』

「案内?」

『はい。艦内区画への経路情報です』

 そのとき、ホログラムの右端に、別のマークが灯った。円を三つ重ねたような記号だ。その下のラインが、通路の奥――さらに深部を示している。

『興味深い反応です』

「何が?」

『より大型の動力反応が、その先にあります』

 僕は、暗い通路の奥を見た。

 どこまでも壊れていて、どこまでも静かな残骸の中。そのさらに奥に、まだ“動いている何か”がある。

 怖い、と思った。

「……もしかして、これ、まだ動く?」

『現時点では断定できません』

「でも、何か動力源みたいなものに繋がるかもしれない」

『可能性は、あります』

 青葉の声は静かだったが、ほんのわずかに硬さが混じっていた。

 たぶん、僕だけじゃない。青葉もまた、この反応を重要だと判断している。

 僕は、壊れた通路の奥を見つめた。

 学校帰りの僕なら、こんな場所に入るなんて絶対に嫌がったと思う。薄暗い廃墟だって苦手なのに、異星文明の死んだ宇宙船の中なんて、怖すぎる。

 けれど、いまは違う。

 ここで立ち止まるわけにはいかない。

 生き残るために船がいる。船を手に入れるには、進むしかない。そしてたぶん、これはただの残骸じゃない。僕と青葉を、どこかへ導いている。

「行こう」

『はい』

 青いガイドラインが、壊れた通路の先へ伸びる。

 僕はその光を追って、異星文明の残骸の奥へ、さらに深く進んでいった。

 不安、恐怖、それと同時に、ちょっとわくわくした感じがあった。

 僕は、ただ宇宙で泣きそうになっていた高校生じゃなかった。

 下手くそでも、怖くても、進むことはできる。

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