表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/27

第十六章 神の船、獣人の国境へ

 使者船との細かな接続手順を詰めるあいだ、僕はひとりで少しだけ制御区画の端へ下がった。

 前方表示の光が、静かに区画を照らしている。

 ゴシロック第四惑星は、その向こうで、変わらず白く光を反射していた。

 本当なら、今日は、探査候補地を絞って終わるはずだったのに、もう話はずいぶん別の方向へ進んでいる。

 ブライアントが追う“願いを叶える装置”。

 グラブール人の神の船という認識。

 第三十五魔女ゲラバ。

 それから、僕自身の立場。

 いきなり広がりすぎて、少し息苦しい。

 でも、逃げるわけにはいかないとも思う。

 グラブール人からの返信の文面だけを見れば、ひどく丁寧だった。

 でも、その丁寧さが逆に、この接触が、どれだけ重いかを教えている気もした。これは偶然出くわした異星人との挨拶ではない。あちらは最初から、こちらを“何か”として扱っている。巡洋艦『青葉』を神の船と呼び、その主とされる僕を、ただの船長ではないものとして見ている。

 たぶん、それは、僕の想像よりずっと面倒な意味を持っている。

 僕は、支持構造へ置いた手を見下ろした。

 細い指だった。

 白く、有機的で、見た目だけだと、普通の人間の女の子の指のように見える。

 最初に宇宙で目を覚ましたとき、何よりも受け入れたくなかった、自分の手だ。

 実は、分子機械でできているから、繊細だけど、とてつもない(パワー)がある。握力、何kgあるんだろう?

 元の僕の手とは違う。

 男の高校生だったころの手とは、骨格も、重さも、見え方も、たぶんまるで違う。

 それでも、いまはこの手で青葉に触れ、部品を拾い、魔法を使い、ここまで来た。

 最初は、ただの悪夢みたいだった。

 死んだのかもしれない。

 人間じゃなくなっていた。

 少女型の機怪人形として宇宙で目を覚まし、何も知らないまま、何も持たないまま、墓場の中を漂っていた。

 それがいま、ここにいる。

 古代文明の巡洋艦『青葉』を従え、グラブール人の艦隊に“神の船の主”として迎えられようとしている。

 変な話、どころじゃない。

 たぶん、人間だった頃の僕が聞いたら、三秒で頭がおかしくなったと思う。

 それでも、ここまで来たのは、僕自身でもある。

『弓良』

 青葉の声が、すぐそばで響くように聞こえた。

『大丈夫ですか?』

「……大丈夫じゃないかもしれない」

 正直にそう言うと、青葉はすぐには否定しなかった。

『それでも、判断は適切でした』

「そうかな」

『はい。利用されるだけで終わらず、自分の意思を明示しました』

 その言葉は、静かだけれど確かだった。

 太郎も、めずらしく軽くない声で言う。

『弓良は、ちゃんと船長していた』

 その評価が、思った以上に胸に残った。

 船長。

 まだその言葉は、自分には少し大きい。

 でも、さっきの場面で僕が決めなければ、たぶん誰かが勝手に流れを決めていた。

 だったら、やっぱり僕が決めるしかないのだろう。

「……ありがとう」

 僕が小さく言うと、青葉も太郎も、それ以上は何も重ねなかった。

 それが、いまはちょうどよかった。

 前方表示の向こうでは、グラブールの使者船が変わらず待っている。

 次に会うのは、第三十五魔女ゲラバの側だ。

 そこできっと、また新しいことが分かる。

 たぶん、面倒も増える。

 でも、それでも。

 僕はもう、ただ流されるだけではいたくなかった。


***


 グラブール側からの正式な返答が届いたのは、こちらが受諾の意思を返してから、そう長くは経たないうちだった。

 第三十五魔女ゲラバの使者団は、こちらを“客”として迎える。

 ただし、会談はゴシロック第四惑星の軌道上ではなく、より安全とされる中間域の指定座標で行う。

 同行する艦数、航路、武装の扱い、接続手順についても、驚くほど細かく条件が並んでいた。

 その文面を見たとき、僕は最初に思った。

「……向こう、意外ときっちりしているね」

『外交文書としては整っています』

 青葉が静かに答える。

『儀礼と安全保障を両立しようとしている形式です』

 太郎が、軽いようでいて少し低い声を出した。

『つまり、信用してはいけないが、素人でもない』

「うん。そういう感じ」

 ブライアントも腕を組んだまま表示を見ていた。

「ゲラバ側が本気で対話するつもりなのは分かる。逆に言うと、こっちも半端な態度は取れないな」

 それは確かにそうだった。

 向こうは、正式な手順で招いている。しかも、こちらがどう返すかで、その後の扱いも変わるのだ。


 青葉は、ゲラバ側との接触に備えて艦内の再整理を始めていた。

 武装は、最低限の待機状態へ。

 外部から誤解されやすい高出力系は封鎖表示にした。

 格納区画は、随伴艇運用に備えて再固定した。

 使者受け入れの可能性も考えて、与圧区画の一部をさらに整える。

 その作業一覧を見て、僕は少しだけ目を丸くした。

「……そこまでやるんだ」

『必要です』

 青葉の声は、いつも通り落ち着いている。

『本艦は、いまや単なるサルベージ艦ではありません。外交接触の場にもなり得ます』

「外交、か」

『はい』

 その単語は、正直、まだ自分の状況にしっくりこなかった。

 でも、しっくりこないからといって、現実が変わるわけでもない。

 太郎が、小型ドローン群の再配置をしながら口を挟む。

『見た目も少し整えるべき』

『機能優先です』

『外交には見た目も必要』

『その点は、一部同意します』

「そこだけ認めるんだ」

 太郎は、ぴこんと鳴いた。

『やはり太郎は正しい』

『過大評価です』

『青葉は、いま少し悔しそう』

『その評価は、不正確です』

 こういうやり取りを聞いていると、少しだけ緊張が和らいだ。

 青葉は冷静で、太郎はイケイケで――最近はその差が、余計にはっきり出るようになっていた。

 しかも、青葉がたしなめるたびに、太郎が微妙に懲りない。

 今では、それも、艦内の空気の一部だと思った。

 ブライアントは、そんなやり取りを横で聞きながら、持ち込んだ端末で航路とグラブール側の既知記録を整理していた。

「ゲラバが本当に穏健派なら、最初から撃ち合いにはならない」

「本当に、なら、ですよね?」

「そう。本当に、ならな」

 相変わらず、言い方が軽い。

 でも、言葉の奥に警戒心があるのは、もう分かるようになっていた。

「ただ、こっちを“神の船”扱いしている以上、下手に下にも出ないし、上からも来ないはずだ。宗教的にも政治的にも、彼らにとって、扱いが難しい」

「それ、あまり安心材料に聞こえないです」

「安心材料じゃないからな」

 そう言って、ブライアントは少しだけ笑った。

 でも、その目は前方表示を鋭く見ている。

 この人のことを、完全に許したわけではない。

 怒ったことも、まだちゃんと残っている。

 僕を交渉の道具のひとつとして見ていたのは、事実だ。

 でも、同時に、今、この場で彼が頼りになるのも事実だった。

 それが、いちばん面倒だった。


***


『航路調整、完了』

 ゲラバ側との会談座標へ向かうため、『青葉』はゆっくり進路を変えた。

 青葉は、武装を隠しすぎず、見せすぎず、という絶妙な状態へ保っている。

 近接防御補助ノードは、待機状態、格納区画は緊急発進可能な最低限の体制、ドワーフドローン群は艦内予備、通信系は対外儀礼に合わせて整理済み。もし誰かに“船の所作”というものがあるのなら、いまの『青葉』はかなり礼儀正しい船に見えたと思う。

『会談座標まで通常航行で接近します』

 前方表示の中で、グラブールの使者船も、ゆっくり動き始める。

 あちらも、こちらを導くように、一定の先行距離を保っている。

 その動きは、ひどく丁寧だった。

「……ほんとに、迎えに来たみたいだ」

 僕がそう言うと、青葉が応じる。

『相手はそのつもりなのでしょう』

 ブライアントが低く言う。

「まあ、良かったな」

 使者船の先導を受けて、巡洋艦『青葉』が獣人国家の勢力圏へ近づいていく。

 僕は、前方表示から少し目を外し、区画の隅にある、半ば鏡のように光を返す壁面を見つめた。

 そこにぼんやり、自分の姿が映っていた。

 細い身体。

 一見したら、銀色の細い線の他は、人間の女子と区別がつかないと思う。

 じっと鏡の中の顔を見つめた。

 目の中に、ほんの少し人工的な光があるけれど、感情がない顔ではない。

 むしろ、感情はちゃんとあるのに、その器だけが別物になってしまった。

 僕は、その姿を見て少しだけ、胸が痛くなった。

 元の僕は、もうここにはいない。

 帰れないのかもしれない。

 戻れないのかもしれない。

 そのことを、いつも真正面から考えるのは避けてきた。

 修理やサルベージや航行や会話の中に、自分を押し込めてきた。

 でも、こういう静かな瞬間になると、どうしても思ってしまう。

 もし、あの日。

 猫を助けようとしたあの一瞬で、僕の人生が本当に終わっていたのなら……。

 いまここで動いている僕は、何なんだろう?

 生きているのか。

 生き残ったのか。

 別の何かとして続いているのか。

「……変な話だな」

『何がですか?』

 青葉が問い返した。

「僕、自分がこんなところに来るなんて、これっぽっちも想像もしていなかった」

『はい』

『でも、弓良に似合っている』

「何が?」

『船長。あと、少しだけ神秘枠』

「神秘枠って何?」

『説明困難だが、雰囲気』

『太郎。曖昧な評価を増やさないでください』

『だが、雰囲気は重要』

「それは、もう聞いたよ」

 それでも、少しだけ笑ってしまった。

 怖い。

 不安だ。

 でも、こうして笑えるなら、まだ大丈夫だと思える。


***


 やがて、グラブール側の本隊も少しずつ輪郭を見せ始めた。

 後方に待機していた母艦らしき大きな艦があって、その周囲に控える護衛艦が控えている。

 はっきり見えるようになった船体の意匠は、やはり人類製のものとは違う。

 まず、人類圏の船とは形の思想が違う。

 人類の船は、機能を機能として積み上げた感じが強い。砲塔は砲塔、推進機は推進機、格納部は格納部としてわかりやすく存在している。

 でも、グラブールの船は違った。

 流れるように細く伸びる艦首。

 やわらかく膨らんでから、また絞られる船腹。

 艦体表面を走る白銀と青の紋様。

 武装らしき突起はあるのに、それすら装飾の一部みたいに溶け込んでいる。

 そして、細く流れるような外形に、全体的に曲線的な装飾が細かく緻密に描かれていて、まるで呪文か何かをプリントしてあるようだった。見た目は優雅で、でもその優雅さの奥に、獣の骨格みたいな鋭さがある。

 しかも、その後方に控える本隊はもっと異様だった。

 母艦らしき大型艦は、光の中に浮かぶ聖堂みたいでもあり、巨大な海獣の骨格みたいでもあった。多層の船腹には、装甲というより甲殻じみた重なりがあり、各部に走る発光ラインは回路にも見えるし、儀礼的な刺繍にも見える。左右に従う護衛艦は、どれも似た意匠を持ちながら微妙に形が違い、まるで群れを成す鳥のように規律正しく並んでいた。

「ほんとうに、儀礼的な“美しさ”を求めた艦隊のように思える」

 気づくと、そう呟いていた。

 青葉が、静かに解析を重ねる。

『主力艦一、護衛艦複数。配置は儀礼と実戦の中間形態です』

「中間形態?」

『現時点で明確な攻撃照準は確認されません。ただし、武装出力は低くありません』

 青葉が淡々と解析結果を出す。

 太郎が低く鳴く。

『つまり、礼儀正しいが、やるときはやる編成』

「見た目より、普通に強そうだね」

『だいたい合っている』

『完全には否定しません』

「青葉も、ちょっとだけ認めるんだ」

 こんな時でも、その掛け合いがあると少しだけ肩の力が抜ける。

 ブライアントが苦笑する。

「“穏健派”っていっても、武力的に弱いっていう意味じゃないからな」

「でしょうね……」

 そこへ、神官ジズゥから再度通信が入る。

『第三十五魔女ゲラバは、神の船の主を歓待の客として迎える準備があります』

 青葉が訳す。

『会談は中立区画で行われます。神の船の主は、最小人数での来訪を願います』

「最小人数」

 僕は、少し考えた。

 ここで誰が行くべきか。

 いや、行けるべきか。

 青葉が先に言う。

『本艦から弓良、そして補助として最小限の随伴が妥当です』

「青葉は?」

『私は、本艦から通信支援を行います』

 太郎が、やや不満そうに鳴いた。

『太郎、同行したい』

『狭い会談区画では、太郎の同行は刺激になる可能性があります』

『太郎は小さい』

『問題はサイズではありません』

「たぶん、雰囲気の問題だよね」

『はい』

 太郎は、少しだけ沈黙してから、しぶしぶ鳴いた。

『では、艦内待機。ただし、いつでも出られるようにする』

「うん、それでお願い」

 ブライアントが、こちらを見た。

「俺は?」

 その一言に、少しだけ迷う。

 連れていけば、向こうがどう見るかわからない。

 連れていかなければ、こちらの通訳役や背景説明役が減る。

 青葉が、補足する。

『ブライアントは、グラブール側に対して人類圏の現場担当という印象を与えます。利点と欠点の両方があります』

「つまり?」

『弓良が“完全に単独の象徴”として見られることを避ける効果はあります』

 それは、少し大きかった。

 神の船の主、という重さを、少しでも実務寄りにずらせるなら意味はある。

「……じゃあ、ブライアントも来てください」

 僕がそう言うと、彼は軽くうなずいた。

「了解」

 そして少しだけ真面目な声で付け加える。

「今回は、俺主導で流れを決めたりしないから、安心してくれ」

 その言葉に、僕は、ほんの少しだけ視線を細めた。

「そうしてください」

 まだ、全部を許したわけではないが、了承した。

「弓良」

 ブライアントが、少しだけ真面目な声で呼んだ。

「何ですか」

「ひとつだけ言っておく」

 彼は、前方表示から視線を外さないまま続けた。

「向こうが何を言ってきても、最初の一歩は、お前が決めたってことを忘れるな」

 その言葉に、僕は少しだけ目を細めた。

「……急に、まともなこと言いますね」

「こういう時には言うさ」

 軽く笑ってから、でも、彼はちゃんと真面目な声で続けた。

「俺が、どれだけ打算込みでここまで連れてきたとしても、最後に“行く”って決めたのはお前だ。そこを誰かに取られるな」

 その言い方は、少しだけ悔しいくらいに、ありがたかった。

 怒ったことは、まだ消えていない。

 たぶん、すぐには消えない。

 でも、そのうえで、いま彼が言っていることも、また本当なのだろう。

「……はい」

 僕は、短く答えた。

 青葉も静かに言う。

『同意します』

 太郎は少しだけ誇らしげに鳴いた。

『弓良は、流されるだけの個体ではなくなった』

「個体って言い方はちょっとどうかと思うけど」

『訂正。船長』

「それもまだ慣れないなあ」

『だが、もうそう見える』

 その言葉に、僕は少しだけ黙った。

 船長。

 神の船の主。

 どちらも、まだ少し大きすぎる。

 でも、いまこの区画にいる誰よりも、最後の判断を僕がしているのもまた事実だった。


***


「青葉」

『はい』

「ここから先、たぶん今までよりもっと、面倒だよね?」

『はい』

 青葉は、今度は間を置かずに答えた。

『ですが、面倒であることは、価値があることと矛盾しません』

 その返答に、僕は少しだけ笑った。

「それ、好きかも」

『学習しました』

 太郎が、すかさず言う。

『太郎も似たようなことを言える』

『競わないでください』

『少しだけ』

「ほんとに懲りないね」

 でも、その懲りなさも含めて、少しだけ嬉しかった。

 怖いけれど、笑える。

 不安だけれど、前を見られる。

 それなら、まだ行ける。

「……行こう」

 僕は、小さく、でもはっきり言った。

「自分で決めて、ここまで来たんだから」

『了解しました、弓良』

 青葉の声が、船そのものの響きで区画を満たす。

『巡洋艦『青葉』、会談座標へ進入します』

 その言葉とともに、『青葉』は静かに前へ出た。

 神の船と呼ばれた巡洋艦。

 その主と呼ばれてしまった僕。

 そして、獣人の国境の向こうに待つ新しい世界――。

 もう、ただ流されるだけでは、いたくない。

 そう思いながら、僕は、前を見た。

ここまでが最初に準備した16章分になります。現在、30章までできていますので、また明日、続きを投稿予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ