第十三章 ゴシロック第四惑星、探査開始
補給が終わった次の日、巡洋艦『青葉』は、ゴシロック星系へ向かって出航した。
惑星探査用の小型シャトル――ルタートとブライアントが名付けた――も搭載した。
ストライプド・リープ航法は、まだ完全ではない――青葉によると、まだこの艦のもつポテンシャルの二割程度しかでない――ものの、人類の普通の艦よりかなり速いスピードが出ているそうだ。
武装も、ジャンクパーツのお陰で、CIWS(近接防御)の|DVI《Direct Velocity Impact》砲――微小分子の弾丸に、直接、加速度の情報を書き込んで亜光速で放射するらしい――と、アトパルスレーザー砲は修理できたそうだ。そして、SER(空間エネルギー転換炉)の現状出力、約四割の限界まで重力磁場バリアーも貼れるようになったとか。まだ、主砲のFMSプラズマ砲とやらは、撃てないらしいけれど、まあ、普通の海賊船くらいなら、オーバーキルできるそうだ。
「それにしても、ずいぶん“探査艦”らしくなったね」
制御区画に据え付けた地球の軍艦用の中古椅子に座って横を眺めると、ブライアントは持ち込んだ探査データと自前の記録を整理していた。
最初にリープした時みたいな揺れは、まったくなかった。
「これ、見ておいて」
ブライアントがホログラフィックパネルを操作すると、ゴシロック第四惑星に関する過去の断片的な情報が青葉に送信された。
『了解しました』
青葉は、それを元に航路を最適化し、艦内の探査系統を調整した。
太郎は、ドローン群と現場機材の点検に忙しく、格納区画でぶつぶつ何か言いながら工具を振っていた。
そして、僕は、その全部を見ていた。
最初は、ただの見学みたいなものだと思っていた。
でも、気づけば違っていた。
「そのセンサー構成、こっちを優先したほうがいいんじゃないかな?」
僕がそう言うと、ブライアントが端末から顔を上げた。
「理由は?」
「惑星表面の資源反応と〈先住者〉の異常反応が重なる地点を先に拾いたいなら、広域センサーより、地下空洞と人工反応の切り分けを早めたほうがいいと思う。その方が、候補地の絞り込みが早くなると思う」
一瞬だけ、区画が静かになった。
先に答えたのは青葉だった。
『妥当です。計算上も初動探査には効率的です』
ブライアントも、少ししてから笑う。
「いいね。ちゃんと全体を見ている」
「……そうですか?」
「うん。青葉は解析が速い。太郎は現場に強い。俺は“当たり”の匂いを嗅ぐのが仕事だ。で、君は、それをまとめて方向を決める」
その言い方は、ちょっと照れくさかった。
でも、否定できないのも事実だった。
「センサーと走査について、『冒険者』の講座を見て、他にもいろいろと調べていたんです。業務上の知識が必要だと思って……」
「それは、いい判断だ。この分なら、すぐ『冒険者』のテストは受かりそうだね」
どうも、この身体になってから、以前よりも分析するのが得意になった気が――たぶん、本当の意味でアタマが良くなっているんだと思う。
ブライアントが経験に基づく現場判断を出す。
太郎が補助整備と局所運用を支える。
青葉が全体解析を回す。
その内容が、すっと頭に入ってくる。そんなに前提知識もないのに、演繹的に、どの情報を優先して動くかが“分かる”。
最初から、そうしようと思っていたわけではない。
でも、気づけばそういう形になっていた。
漂流して、修理して、生き延びるだけだった時間が、もう終わりつつある、と思った。
探すために進んでいる。
その実感は、思ったより大きかった。
***
『ゴシロック第四惑星、外縁軌道へ到達』
青葉の声が、制御区画に落ち着いた響きで流れた。
惑星が前方表示に現れたとき、僕は思わず少しだけ息を呑むような気分になった。
白っぽい惑星だった。
最初に見た印象は、それだけだ。乾いていて、光を吸い込みすぎた岩肌の上へ、薄く冷たい粉をまぶしたような色だった。表面には細かなクレーターが無数に散り、ところどころに長い亀裂が走っている。雲はごく薄く、気象と呼べるほどの動きも乏しい。生命の気配が濃い星には、とても見えなかった。
「……着いたか」
ブライアントが、いつもの軽さを少しだけ抑えて言う。
太郎も、珍しく静かに鳴いた。
『探査開始、可能』
青葉が、すぐに各系統へ指示を飛ばす。
『重力井戸、安定。高軌道上より第一次広域探査を開始します』
「お願いします」
そう答えながら、僕は、前方の立体表示へ目を向けた。
もう何度か思っていることだけれど、青葉の解析表示は本当に見事だ。最初に宇宙で目覚めたばかりのころは、視界の端に浮かぶガイドや表示の意味なんて殆ど分からなかった。けれど、今は、全部ではないにしても、何が地形情報で、何が熱反応で、何が人工構造物の候補なのか、そのくらいは分かるようになってきた。
惑星の立体図が、ゆっくり回転しながら展開される。
『広域センサー、出力調整。惑星表面を走査します』
表面組成、地下空洞の疑い、異常な反射率、熱源分布、局地的な重力偏差――
青葉が拾い上げたデータは、色の違う層として次々に重なっていく。
青葉の解析は正確で早いし、買い込んだ探査用センサーもきちんと働いていた。
ブライアントは、端末を片手に口を開いた。
「まずは、広く見る。資源反応と人工反応をいっぺんに拾おうとすると、かえって見落とす」
「遺跡だけを先に探したほうがいいんじゃないんですか?」
僕が、そう聞くと、ブライアントは首を振った。
「こういう星では、遺跡単体で何かが見つかるとは限らない。採掘跡の側にあるかもしれないし、逆に、資源採取のために後から他の異星人が寄った痕跡が、〈先住者〉遺構を隠してることもある」
それから、いつもの少し軽い調子を保ったまま続ける。
「だいたい、俺は元々、資源探査屋だからね。まずは“稼げる場所”の匂いを嗅ぐんだよ。そのついでに、変なものを見つけるのさ」
「ついで、で、いいんですか?」
「本命を本命として意識しすぎると、足元の当たりを見逃すからね」
その言い方には、現場で生きてきた人の癖があった。
夢だけじゃなく、換金の感覚を忘れない人の言葉だ。
太郎が、制御区画の脇からぴこんと鳴く。
『太郎評価。ブライアントのそのへんは、意外と信用できる』
『“意外と”は不要です』
青葉が即座にたしなめる。
『ブライアントは主に資源探査を生業としてきた経験があります。探査初動の判断には有用です』
『だが、言い方が少し気取っている』
「そこが評価対象なんだ……」
『重要』
そんなやり取りに少しだけ笑いそうになりながら、僕は再び惑星表示を見た。
地形、地下空洞、熱ムラ、人工物らしき反応、地表物質の偏りが、次々に色分けされていく。
『第一次走査結果を表示します』
青葉が告げる。
惑星表面の一角に、いくつかの反応点が灯る。
赤は、熱。青は、地下空洞の疑い。
黄は、人工反射候補。
緑は、資源濃度偏差だ。
「おっ」
思わず声が出た。
「それっぽいの、結構ある?」
『候補としては複数あります。ただし、決定的な反応は確認できていません』
「決定的、っていうと?」
『明確に〈先住者〉由来と断定できる出力、または高密度の異常エネルギー反応です』
「なるほど……」
ブライアントが表示に指を滑らせる。
「この赤は、地熱の残りだろうな。こっちの青は、自然空洞の可能性が高い。黄のこれとこれが気になる」
「黄は、人工反射候補?」
「そうだね。ただし、自然の鉱物層でも、似たノイズが出る」
つまり、いまの段階ではまだ絞り切れない。
それは、少しもどかしかったけれど、逆に言えば、ここから先は“現地に触る”段階に入るということでもある。
「ドワーフドローンを降ろしてみる?」
僕がそう言うと、青葉が即座に答える。
『可能です。第一次降下用の子機群は既に準備済みです』
太郎が、どこか誇らしげに鳴いた。
『太郎が整備した』
『補助整備です』
『だが、かなり重要な補助整備』
「はいはい、そこは分かっているよ」
格納区画の映像が小窓で開く。
小型のドワーフドローンが、発進用ラックへ並んでいた。球形に近いもの、多脚のもの、細長いもの――どれも青葉の分子機械群と太郎の手で再構成された、小さな手足だ。まあ、小さいといっても、数メートルくらいあるのだけれど。
その中の三機が、第一次探査用として選ばれる。
『表面走査型、一』
『地中確認型、一』
『狭所進入型、一』
青葉が、読み上げる。
『三機同時降下で、優先候補地域を、順次照会します』
「お願いします」
僕がそう言うと、格納区画のハッチが静かに開いた。
ドワーフドローンたちは、頼りなく見えるくらい小さかった。
でも、その小ささが、逆に惑星探査には向いているのかもしれない。必要最低限の推進で、無駄なリスクを背負わず、表面へ降りて行くのだ。
発進の瞬間、太郎が小さく鳴く。
『行け。無事に戻れ。できれば役立て』
「最後だけだいぶ雑だな」
『実務的応援』
三機のドローンは、青葉の制御と太郎の補助のもとで、白い惑星へ向かって落ちていった。
***
待つ時間は、思ったより長かった。
いや、実際にはそんなに長くなかったのかもしれない。
でも、ドローンが大気圏をかすめ、地表へ近づき、各センサーの情報を送り返してくるまでの間、僕には、妙に時間が伸びたように感じられた。
前方表示は、今や惑星全体ではなく、ドローンが向かっている局所地形を拡大している。
岩棚、裂け目、削られたような台地があった。
一機は、黒く沈んだ窪地に向かっていた。
そこへ、青葉がどんどん情報を重ねていく。
『表層物質、岩塩質と金属酸化物が主体』
『地下三十メートル以深に空隙反応』
『局所熱源、弱い』
『人工構造疑似反射……不確定』
僕は、表示を見つめながら、少しずつ眉を寄せていた。
「……なんか、どれも決め手に欠けるねえ」
『はい』
青葉は即答した。
『有力な反応は、確認できていません』
ブライアントが、腕を組んだまま低く言う。
「資源屋の勘で言うと、完全なハズレでもない」
「でも当たりでもない?」
「そうだね。なかなか面倒なタイプだね」
面倒なタイプ、という言い方は微妙だけど、確かに、その通りだった。
地下空洞はあるし、局所的な人工反射っぽいものもあった。
地表の地形も、自然だけでこうなるのか、少し怪しかった。
でも、“これだ”と言えるほど強い反応がない。
「ドローンの映像、もっと寄れますか?」
『はい』
青葉の応答とともに、表層走査型の視界が大きく映し出された。
そこにあったのは、ただの岩場……には見えなかった。
大地の一部が、妙に平らだ。
風化しているのに、線が直線に近い。
周囲の岩質と微妙に違う色の部分が、埋もれた壁面みたいに見える。
「……あれ?」
僕は、思わず身を乗り出した。
「青葉、あの段差」
『確認しています』
別角度の映像が重なる。
多脚型のドローンが斜面を回り込み、別の方向から撮った映像だ。
すると、さっきは自然の崖にしか見えなかったものが、別の見え方をした。
斜めに崩れてはいるが、奥に規則的な並びがある。
柱の根元だったのか、壁の一部なのか、人工構造の残骸に見えなくもない。
「遺跡っぽい……?」
僕がそう言うと、青葉はいつもよりわずかに慎重な口調で答えた。
『“遺跡らしきもの”と表現するのが妥当です』
「断定はできない」
『はい。風化と埋没が進みすぎています。溶岩が巨大結晶状に形成された可能性が30%ほどあります』
ブライアントが端末を見たまま言う。
「でも、行く価値はある」
「着陸する?」
「それが問題だな」
その言葉で、区画の空気が少し変わった。
そう。ここから先は、軌道上で眺めているだけでは済まない。
地上に降りるかどうか。
それは、今までの広域探査よりずっと重い判断だった。
『青葉』は、現在のところ、軌道上からは降ろせない。
『ジェッチ』で降りるとすると、なんとかブライアントと二人乗れる。
ブライアントの戦闘機、ポラーダは、一人乗りだ。
ドローンだけを追加で降ろす手もある。
でも、もし本当に遺跡なら、結局どこかで人が行かないと話にならない。
「青葉、台地の安定性は?」
『大型着陸には不向きです』
「ジェッチは?」
『条件付きで可能。ただし、降下地点の選定が必要です』
太郎が、表示の一点へ光点を重ねた。
『ここ。ここならまだ足場がまし』
『同意します』
青葉も、すぐに重ねる。
『ただし、周辺に崩落危険箇所があります』
「つまり、慎重にやれば行ける。でも、面倒」
「ふむ。そうだね」
ブライアントが苦笑した。
「当たりかもしれないけれど、嫌な感じが抜けない現場だ」
僕は、前方表示の中の台地と、半ば埋もれた遺跡らしき地形を見つめた。
たしかに、気になる。
ここで引き返したら、あとで絶対に後悔する気がする。
でも、いまの『青葉』は、まだ万全ではない。
ブライアントを乗せて、ようやく探査チームらしい形ができてきたところなのだ。
いきなり地上で事故るのは避けたい。
「……もう一回だけ、別角度から見よう」
僕がそう言うと、青葉が即座に応じる。
『了解しました。軌道を微調整し、第二角度走査へ移行します』
その時だった。
前方表示の一角が、突然赤く点滅した。
『新規接近反応を検知』
青葉の声が硬くなる。
区画の空気が、一瞬で締まった。
「何?」
僕が聞くより先に、ブライアントが前へ出る。
「自然物じゃないな」
太郎も、短く鳴く。
『複数。船』
青葉が続ける。
『高軌道外縁より接近する船団反応を確認』
前方表示の一角が切り替わる。
そこには、最初は小さな光点の列にしか見えないものが映っていた。
でも、補正がかかるごとに、それははっきりと“編隊を組んだ船”の動きへ変わっていく。
細長い船体。
左右へ流れるように広がる意匠。
人類圏の標準規格とは明らかに違う輪郭だった。
『識別照会を試みます』
青葉が即座に通信を走らせる。
数秒の沈黙。
『識別失敗』
その声は、いつもより少しだけ低かった。
『人類圏標準規格に一致しません』
僕の背中に、冷たいものが走る。
「……人類の船じゃないの?」
『少なくとも、一般的な人類規格ではありません』
ブライアントの表情から、いつもの軽さが消えていた。
「ゴシロックに、このタイミングで、しかもこの編成か……」
彼が、そう呟いた。
前方表示の光点は、こちらへ向かって収束しつつあった。
ただ通り過ぎるだけの進路ではない。
そして、たぶん『青葉』も気づいている。




