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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第十二章 妹持ちの彼が探すのは、死者を取り戻す願望機械

 ブライアント・ウォルデックを『青葉』へ乗せると決めた翌日に、船の中の空気はまた少し変わった。

 それまでの『青葉』は、僕と青葉と太郎で、壊れた船をどうにか動くところまで持っていくための場所だった。

 そこへ、ブライアントという“外から来た人間”が正式に加わったことで、艦内の雰囲気が少しだけ変わったのだった。

 もちろん、気を許した訳ではなく、青葉は、制御区画へのアクセスを厳しく絞ることにして、ブライアントが入れる区画も段階的に増やす予定であった。

 しかし、それでも、彼を“次の目的地まで乗せる”という一点については、僕たちの間で、合意ができていた。


 ブライアントに連絡を取ると、予想していたのか、彼は、愛想良く笑って言った。

「そうか、ありがとう!」

「少なくとも、次の目的地までは、昨日の条件で一緒に行きましょう」

「助かるよ。本当にね」

「目的地は、決めているんですか?」

「ああ、GDCから依頼がある次の探査惑星は、ゴシロック星系の第四惑星だね。ここから、そんなに遠くはない」

『十分、到達可能です』

 青葉がシンプルに応えた。

 ブライアントは、そこで、ようやく少しだけ安心したみたいに笑った。

「でも、途中で降ろす可能性は、ありますよ」

「それは、それで辺境らしくていい」

「よくないと思いますけど……」

「完全に信用してないのに乗せるって判断は、割と好きだよ」

 その言い方は、妙に気に食わなかった。

 でも、否定しづらいのも確かだった。

 完全に信用していないけど、利点があるから組む――辺境で動くなら、たぶんそういう判断が必要なのだろう。

 青葉が耳元で低く言う。

『弓良。その人物の軽口に同調しすぎないでください』

『してないよ』

『していると判断できます』

『してないって』

 太郎が、そこへ口を挟んだ。

『太郎評価。ブライアントは、口は軽いが、理屈は、ちゃんとしている』

『まあ、そうだけど……』

『理屈は、大事』

 ……その“ちゃんとしている理屈”によって、僕たちは、次の数日、ブライアントにつきあってステーションBのジャンク市場や装備商を回ることになった。


***


 ブライアントは、“山師”だった。

 その言い方は本人も否定しないし、むしろ少し誇らしそうですらある。

 ただ、ここでいう山師は、ただのほら吹きのことではない。

 辺境宙域で、主に資源探査をして稼ぐ人間のことだった。

 未知の惑星や衛星、小惑星帯、廃棄宙域を回って、資源を探索するのだ。そのついでに、〈先住者〉遺跡や異常な現象も追う。

 『冒険者』よりも専門的な技術者寄りだし、場合によっては『冒険者』より危険で、当たり外れが大きいそうだ。

 そういう仕事を、ブライアントは、ずっとやってきたらしい。

「だから、俺は、基本的には、考古学者ではない――そういう方向の仕事もしているけどね。逆に、『冒険者』でも、元学者で考古学的な探索ばかりしている奴もいるけどね」

 ジャンク市場の一角で、探査用センサーの中古品を見比べながら、ブライアントはそう言った。

「俺の主戦場は、資源探査なんだ。特にエキゾチック物質の鉱脈、重金属帯、埋蔵ガス、稼働放棄施設の残留素材、そういう“換金しやすいもの”を探すんだよ」

「〈先住者〉遺跡が本命じゃないんですか?」

「本命というか、夢枠だね」

 彼は、少しだけ笑った。

「主食は、資源。遺跡は当たればでかい副菜、だね」

「副菜……」

「辺境だと、そういう感覚になるかな」

 そのへんの言い回しが、いかにも現場の人間らしかった。

 多分、ブライアントは、本当に資源探査で食ってきたのだろう。

 “願いを叶える装置”みたいな話も追っているが、それだけでは生活できない。だから、現実の稼ぎ口として、資源探査を主軸にしているのだ。

 それは、僕にとって、逆に少し安心材料でもあった。

 夢だけで動く人より、夢と現実の両方を見ている人のほうが、少なくとも船に乗せる相手としてはマトモだ。

「で、ゴシロック第四惑星は、その両方の可能性があるってことですか?」

「そうだね」

 ブライアントは、端末を軽く叩いた。

「異星人――グラブール人から買った情報だよ。地下資源反応の古い記録がある。それに加えて、〈先住者〉由来らしい異常反応の痕跡もある。だから“資源屋として見ても行く価値があるし、ついでに遺跡も探れる”ということだね」

「ついでなんだ……」

「主目的を曖昧にすると、死ぬよ」

 軽い口調のくせに、たまにこういうことを真顔で言う。

 そのたびに、ブライアントが本当に辺境で生きてきた人間なのだと分かった。

「ところで、そのグラブール人って、ここに来ることもあるんですか?」

 ステーションBでは、これまで異星人を見てはいない。でも、たまに来るとは、前に聞いていた。それと、この機怪人形は、本来グラブール人型をしている?と前に青葉が言っていたから、その名称は覚えていたのだ。

 僕の質問に、ブライアントは、ちょっと視線を逸らした。

「いや……グラブール人は、人類連邦と、現在、ちょっと国境紛争で揉めている。俺は、ツテがあってな……」

 あまり、ツッコんで聞かないほうが良さそうだ――と、その時は思った。

『グラブール人は、複数の哺乳類的な特徴をもつ種族の混合政体です。弓良と同じシャドーマターを使った“魔法”技術を使用します。人類より一部、進んだ技術を持っており、辺境では無視できない存在です』

 青葉が耳打ちしてくる。

 なるほど、これまで艦を直すことに必死で、自分の“魔法”の周辺のことは、あまり調べられていなかったけど、もう少し学んだ方がよさそうだと思った。

 この身体は、ステーションBのネットワークに直接、接続できるので、暇なときは、色々と情報を調べているのだ。


***


 ジャンク市場を回るうちに、僕は、だんだん“探査に必要な装備”の意味がわかってきた。

 最初は、センサーなんて全部同じに見えた。

 光学、地質、熱、重力偏差、微弱電磁、地下空洞探査、表層物質走査。

 名前を聞いても、どれも難しそうだし、何が違うのかよくわからない。

 でも、ブライアントはそこをかなり具体的に見ていた。

「これは感度が高いけど、軌道上から広く舐める用途には向かない」

「へえ」

「こっちは古いけど、地下空洞と人工構造の見分けに癖がなくていい。ノイズ耐性も悪くない」

 彼は、ひとつひとつの機材を持ち上げたり、仕様表示を読み込んだりしながら、用途を切り分けていった。

 青葉も静かに補足した。

『ブライアントの評価は妥当です。こちらの候補は、軌道上探査における面走査に向いています』

『だが、解像度は一段落ちる』

「太郎も分かるの?」

『現場で使う機材は、見ればだいたい分かる』

『見ただけで判断しすぎです』

『見て、触って、雰囲気で分かる』

「雰囲気って……本当に分かるの?」

『無問題』

 でも、結果的には、ブライアントの薦める品をいくつか買い込むことになった。

 軌道上から探査を行うための、広域走査用センサーに、地表と地下空洞をざっくり切り分ける補助ユニットだ。

 それと、旧式だが、〈先住者〉系の異常な反応にも程度対応できるノイズ補正モジュールも買った。

 それから、現場に降ろすドワーフドローン用の簡易センサー子機も加えた。

「こんなにいるんですか?」

 僕が目を丸くすると、ブライアントは当然みたいに言った。

「いるよ。探査は、見えないものを見えるようにする仕事だからな。これは、経費になるから、俺の方でGDCに請求するから」

 その言い方は、少しかっこよかった。

 悔しいけれど、認めざるを得ない。

 しかも、青葉もそれに同意する。

『本艦の生きているセンサーだけでも一定の探査は可能です。しかし、専用補助ユニットを追加することで、惑星軌道上からの精度は大きく向上します』

「つまり、買う価値はある?」

『はい』

 太郎が、すかさず鳴く。

『太郎も賛成。あと現場用に小型工具も追加希望』

『その要望は受理済みです』

『さすが青葉』

『当然です』

 気づけば、この二人の会話にも少しずつリズムができ始めていた。


***


 買い込んだ装備が『青葉』に運び込まれるころには、艦内の再編もかなり進んでいた。

 持ち込み装備の検査もしたし、GDCの探査要員レンタル契約の書式確認も済ませた。

 ブライアントは、小型の機動戦闘機『ポラーダ』を積み込んだ。彼の宇宙船、ザラスターが撃沈されたときに、これに乗って脱出したとかで、かなり表面のコーティングが剥げていたが、なかなかカッコいい機体だった。

「こいつは、俺の幸運の女神なのさ」

 ブライアントは、カッコつけてそう軽く言っていた。

 そして、青葉は、ブライアントを正式に次の探査先まで乗せると決めた段階で、彼のための居住区画を整備していた。もちろん豪華ではない。もともと、殆ど機能不全に陥りかけていた巡洋艦だし、現状、使える区画も限られている。

 それでも、与圧が安定した小区画、簡易ベッド、収納、衛生ユニット、そして食料プラントと接続した補給ラインまで整えた。

 最初にその区画を見たブライアントは、少しだけ本気で驚いた顔をした。

「え、ここまでやるの?」

『長期同乗者に対して、最低限の居住環境は必要です』

 青葉の返答は、いつも通り冷静だった。

『加えて、弓良は、本質的に食料を必要としません。本艦の食料プラントは、現在、ほぼブライアント専用と言って差し支えありません』

「なんか、ちょっと申し訳なくなるな……」

『そう感じる必要はありません』

 太郎が、横から軽い調子で言う。

『気にしなくてよい。人間は食べる。食べる人員がいると、船の生活感が増す』

「生活感、か」

『大事』

 それは、少し分かる気がした。

 僕自身は、シャドーマターを吸収するだけでエネルギーを得られるから、食べなくても困らない。

 でも、だからこそ逆に、食料プラントが動いていて、誰かが飲んだり食べたりする環境があると、この船が“生きている場所”に思える。


 さらに、青葉は、惑星探査用の小型シャトル――貨物もヒトも運べる――を発注した。これは、所有権はGDCでブライアント所属になるものの、事実上は、巡洋艦『青葉』用になる予定だった。

 加えて、青葉は、ブライアント用区画の整備だけでなく、探査用のドワーフドローンも追加で製造した。

 格納区画の一角で、再構成槽のような設備から小さなユニットが順に出てくるのを見たとき、僕は思わず足を止めた。

「増えてる……」

『増やしました』

 青葉は、平然と言う。

『惑星探査を前提とするなら、機材数は不足していました』

 新しいドワーフドローンは、以前より役割分化が進んでいた。

 表面走査向けの軽量型、地中反応確認用の多脚型、狭所進入用の細長い子機があった。

 どれも、メカニカルで少しずつ形が違っていたけど、どれも、どことなく有機的なフォルムの無人機だ。

 太郎が、いかにも誇らしげに鳴く。

『太郎、教育担当を引き受ける』

『担当ではなく、補助です』

『現場では、ほぼ担当』

『誇張です』

「どっちでもいいけどさ、頼りにしているよ!」

 僕がそう言うと、太郎はぴこんと鳴ってから、やや得意そうに新型ドローンの一機を叩いた。

 その横で、ブライアントが少し感心したように低く口笛を吹く。

「やっぱり、この船は、凄いな」

『当然です』

 青葉が即答する。

「否定しないんだね?」

『事実です』

 その返答に、僕は小さく笑った。

 最初に出会ったころの青葉なら、もう少しだけ慎重に言った気がする。

 でも、今は、船としての自覚と誇りが前より強くなっているようだった。


***


 そして、『青葉』の与圧区画の一つ、ブライアント用に整えた居住区画の近くには、小さなラウンジスペースが作られた。

 そこは、〈先住者〉乗員用の休憩区画だったらしいが、元々、閉鎖されていた。

 青葉が最低限の気密と照明を戻し、食料プラントから簡易の飲料ラインを引いたことで、ようやく“人が腰を落ち着ける場所”になったのだ。

 そこを訪れて様子を見ると、ブライアントは、いつもより少し静かにしていた。

「どうですか、不足はありませんか?」

「ああ、普通に生活できそうだから、良かったよ」

 彼は、顔つきも、普段と同じようにどこか余裕があって、気楽そうに見える。しかし、その奥に、普段は見せない種類の沈み方があるのがわかった。

 窓の外には、星が流れている。

 遠くで、青葉の駆動音が船の鼓動みたいに続いていた。

 僕とブライアントは、向かい合うように座った。

 座る、と言っても、僕の身体は厳密には座る必要がない。しかし、こういう時、人間だった頃の姿勢をまねしたほうが落ち着く。

 ブライアントは、暫く、船内プリンターが作り出したカップの縁を指先でなぞっていた。

 それから、まるで独り言みたいに言った。

「……俺は、〈先住者〉の伝説を追っている」

 その声は、低かった。

 普段の軽さを少しだけ脱いだみたいな声だった。

「はい、それは、聞きました」

「うん。永遠の氷の中に封じられているっていう、“何でも願いを叶える装置”の話だ」

 僕は、黙って彼を見た。

 何でも願いを叶える装置――言葉だけ聞けば、昔話か、子ども向けの冒険譚だ。

 でも、僕だって、人間の男子高校生だったはずが、宇宙で目を覚ましたら少女型の機怪人形で、古代文明の巡洋艦を拾っている。

 そんな状況で、『馬鹿げている』とだけ言うのは、むしろ不誠実な気がした。

「本当に、そんなものが、あると思っているんですか?」

 僕がそう尋ねると、ブライアントは、少しだけ笑った。

「あると信じたい、が近いかな」

 その笑いは、どこか自分で自分を分かっている人のものだった。

 ブライアントは、カップの飲み物――茶色いお酒のようだ――を揺らすと、僕のことをじっと見つめた。

「俺の故郷は、ウォルデックっていう惑星だ」

 彼は、静かに続けた。

「太陽系の土星の衛星、タイタンに少し似ている極寒の惑星だ。鉱山がなければ、正直、好き好んで住みたい奴は、一人たりともいないだろうね」

 言いながら、ブライアントの目は、少し遠くを見た。

「俺は、嫌いでは、なかったよ。空はずっと低くて、炭化水素の雲は、鉛みたいに重い。でも、その分、遠くの灯りが綺麗に滲んで見えるんだ。寒い土地って、人は家の中を暖かくするだろ? 曇った窓の向こうで灯りが揺れているのが、割と好きだった」

 僕は、その景色を少しだけ思い浮かべた。

 重い空。

 冷たい風。

 その下で、暮らしの明かりだけがにじんでいる世界。

 ブライアントの普段の軽い口調からは、あまり出てこなさそうな、静かで、寂しくて、でも確かに誰かの生活がある景色だった。

「妹がいるんだ」

 彼は、ぼそりと言って、少しだけ目元をやわらげた。

「ナルディアという。気が強くて、活発で、じっとしていないタイプさ。今は、GDCの別チームで研修をしている」

「へえ」

「まあ、昔から、俺より前に出るタイプだったな。俺が考えているうちに、あいつは先に飛び込むのさ。GDCについては、俺の方が先に入ったのを追いかけてきた感じだがね」

 その言い方には、苦笑と誇らしさが半分ずつ混じっていた。

「で……もう一人いた」

 その瞬間、ほんの僅かに、声の調子が変わった。

「キャシーナっていう、幼なじみだ」

 その名前を口にしたときだけ、ブライアントは少しだけ丁寧だった。

「……ナルディアとも、よく三人でつるんだ。なにせ、同じ年齢の奴が少なかったからな。キャシーナは、俺たちの中じゃ、一番静かで、一番、柔らかく笑う奴だった」

 その言い方だけで、僕には、彼が何を言いたいのか、少し分かってしまった。

「その人が?」

 僕の言葉を制して、ブライアントはそこでいったん言葉を止めた。

「……ウォルデックには、固有の病気がある。いわゆる“風土病”だが、なかなか難儀な病気でね」

 僕は、黙って続きを待った。

「プシー・スレートっていうエキゾチック物質がある。ウォルデックの鉱山から掘り出される」

 彼の口調は、説明しているのに、どこかその説明自体を嫌っているみたいだった。

「量子演算素子、武器、駆動系――〈先住者〉系の技術には、ほとんど必須で、極少量でも、需要が非常に高い」

 ……昔のレアメタルとかを、もっと重要にした感じの物質だろうか?と思った。

「ウォルデックでは、昔から掘られてきたんだ。しかし、どこまで安全なのか、正直、完全には分かっていない。問題は、それが多分、どこかにある〈先住者〉遺跡と相互作用しているってことだ」

「相互作用……」

「大気中に、見えない形で漂うんだよ」

 ブライアントは、低く言った。

「普通のフィルターじゃ防げない――通常物質では、止めきれない。住んでる人間は、日常の呼吸の中で少しずつ吸い込んでいる」

 その説明を聞いただけで、背中が冷たくなる。

「どのくらい吸えば発症するのかも、分かっていない」

 彼は、続けた。

「殆どの人間には、まったく症状は出ない。しかし、十年で症状が出る奴がいるし、もっと早いのもいる。けど、出たら終わりだ。不治だし、治療法もない」

 僕は、息を呑むような気分になった。

 息なんて本当はもうしなくてもいいのに、そういうふうにしか感じられなかった。

「症状は……?」

 そう聞くと、ブライアントは一瞬だけ目を伏せた。

「最初は、呼吸がし辛くなる肺病みたいな症状がでて、その後、存在が薄くなる」

 その声は、ひどく静かだった。

「本人だけではない。周囲の人間からも、少しずつ“その人”の存在が削れていくんだよ。つまり、記録は残ってても現実に認識し辛く、存在の輪郭が薄くなる。いたはずの人間が、最初からそこに存在していなかったみたいに、存在感が消えていく」

 その言葉に、僕は、すぐには返事ができなかった。

 死ぬこと自体も怖い。

 でも、存在の輪郭が少しずつ薄れていくなんて――それは、死よりも別の種類の残酷さだ。

「カッシーナは、それでいなくなった。死んだんだが、棺は空だったよ」

 ブライアントは、そこで、やっとカップを口へ運んだ。

 でも、ほとんど飲んでいないのが分かった。

「俺は、間に合わなかった」

 その一言に、泣くような響きはなかった。声を荒げてもいない。

 それでも、その静かさの中に、年月を経た痛みがあった。

「だから、宇宙に出たんですか?」

 僕がそう聞くと、彼は少しだけ笑った。

「そうだね。大げさに言えば、逃げたとも言えるし、探しに出たとも言えるかな」

 それから、まっすぐ僕を見た。

「GDCに入ったのも、そのためだよ。辺境へ出られて、遺跡を追えるからね。伝説を、ただの噂として笑い飛ばさずに済む場所まで行ける」

 そこで、彼は、ほんの少しだけ言葉を切った。

「もし、本当に〈先住者〉の伝説どおり、“何でも願いを叶える装置”があるなら――」

 その先は、小さかった。

「――カッシーナを、もう一度この世界へ戻したい」

 その願いは、あまりにも真っ直ぐだった。

 打算でもなく、理屈でもなく、ただひとつの祈りとして、そこにあった。

 僕は、しばらく何も言えなかった。

 ブライアントは、軽い奴だと思っていた。

 そう、軽く見せるのが上手いし、山師らしく、胡散臭さも隠さない。

 でも、その軽さの下に、ずっとこれを抱えていたのだと思うと、胸の中で、何かが静かに揺れた。

 僕自身だって、失ったものがある。

 元の身体。

 元の人生。

 戻れないかもしれない日常。

 ――僕の喪失と、ブライアントの喪失は同じではない。

 でも、“どうしても取り戻したいものがある”という気持ちだけは、少し分かる気がした。

「……馬鹿みたいだろう?」

 ブライアントが、苦く笑って言った。

「風土病で消えた幼なじみを、古代文明の伝説で取り戻そうなんてね」

「馬鹿かどうかは、わかりません」

 気づくと、僕は、そう応えていた。

 ブライアントが少しだけ目を上げる。

「でも」

 僕は、窓の外の星を見た。

「取り返したい、という気持ちは分かる気がします」

 その言葉に、彼はほんの少しだけ、ちゃんと笑った。

 今までの軽い笑い方ではなく、力の抜けたような笑みだった。

「……そうか」

 しばらく、僕たちは何も言わなかった。

 青葉の低い駆動音だけが、遠くで船の鼓動みたいに続いていた。

 窓の外には、星が瞬かずに流れていた。

 その静かな時間の中で、僕はぼんやり思った。

 どうせ、僕には、まだ大きな目的なんてない。

 元の世界へ帰れるのかもわからない。

 何を探せばいいのかも、まだちゃんと決まっていない。

 だったら――

 この、失ったものを取り戻したいと願っている男の旅に、少し付き合ってみてもいいのかもしれない。

「ブライアント」

「ん?」

「その探し物、すぐに見つかるとは思えません」

「うん」

「でも、少し付き合うくらいなら、いいと思いました」

 ――願いを叶える装置なんて、本当に、あるかどうかもわからない。

 そして、たとえ見つかったとしても、思った通りのものではない、可能性もある。

 それでも、ただ漂っているよりは、ずっとマシだと思えた。

「そうか……」

 彼は、一瞬だけ黙って、それからいつもの調子に戻りかけて、少しだけ失敗したみたいな顔で笑った。

「……それは、君に会ってから、一番嬉しい返事だね」

「大げさですね」

「そうでもないさ!」

 その返しは、軽いのに、どこか本気だった。

 僕は、少しだけ視線をそらして、もう一度窓の外を見た。

 この星の海のどこかに、取り戻せるものがあるなら、進む理由には十分だった。

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