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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第十一章 ブライアントとの再交渉

 ジャンクをいくつか青葉の指示に従って買った後、艦内に戻って休止――そのまま横になって、寝て起きたら、次の日になっていた。

 僕は、基本的に寝なくてもいいらしいけど、基本は、艦内時間で夜は寝るようにしている。

 これまでは、制御区画の片隅で体育座りか、そのまま床に横になっていただけだったけど、昨日、青葉がベッドを入れてくれたので、艦長室にした小部屋でそのベッドに横たわってみた。

「知らない天井だ……」

 思わず、目を覚ました後、有名なセリフを呟いてしまった。

 どことなく有機的な金属性の艦内には、資材の積み込みと優先補修の音が響いていた。

 視界の隅を見ると、予定通りに進んでいるようだ。格納区画のシール材は更新され、補助冷却系の再接続もひとまず終わり、艦尾フレームの補強も第一段階を超えた。青葉は、相変わらず、自ら不足資材の発注と搬入管理を進めながら、船の中を少しずつ本来の姿へ戻そうとしている。

「ふうむ……」

 僕は、背伸びをして起き上がると、ベッド以外は何もない部屋から出た。

 青葉によると、この“機怪人形”の身体は、基本的には分子機械でできているそうで、普通は、表面に埃がつくことがないから、洗浄の必要もないそうだ。

 でも、習慣として、起きたら顔くらいは洗って、髪の毛も梳かしたいなあ、と思った。でも、この艦のデザインは、根本的に人類と違う半魚人の〈先住者〉のものをベースにしていて――本来は非常に艦内の湿度が高く水路が流れていたりしたそうだいけど、それは切ってもらっている。

「そっか、ブライアントをこの船に乗せるなら、人類用の区画も作らないとね……」

 ぼそりと独りごちる。

 ようやく、そういった“人間らしい”生活のことまで考えられるようになってきたなあ、と思った。逆に、これまで、そのことさえ思いださない程、必死だったんだ、とも思った。

 ちなみに、僕の服のぴっちりしたスペーススーツ――まるで、二十世紀のSFアニメにあるような銀ピカの服装――のように見える箇所も、殆どが分子機械の外装だ。その外装を「脱ぐ」こともできそうだけど、まだ外したことはない。ちょっと怖いので。

 

 制御区画に入り、人間らしい生活――を意識しながら、青葉に声をかける。

「おはよう、青葉」

 ――もちろん、青葉は、僕が“起きた”ことは把握しているだろうけれど。

『おはようございます、弓良。工程表を更新しました』

「うん」

 僕は、スクリーンに映し出されている工程表を眺めた。


 搬入二日目、完了

 艦尾補修、進行中

 ジャンク部材適合試験、次工程へ

 近接防御補助ノード、仮接続維持


 その下に、別枠でメモが出ていた:


 ブライアント・ウォルデック

 乗船提案、保留

 再面談を推奨


「……推奨、なんだ」

 僕が、そう言うと、青葉がすぐに応じた。

『完全拒否より、有益性が高いと判断しています』

「そっか」

 太郎が、少し離れた保守アームの根元から口を挟む。

『太郎、完全には信用していない。しかし、乗せる価値はある顔』

「また、経験則?」

『そう』

『経験則を万能化しないでください』

『青葉も似たようなことを言っている』

『私は、根拠を言語化できます』

『太郎は雰囲気で分かる』

「まあまあ。どっちも役には立っているよ」

 僕は、小さくため息をつくような気持ちになって、それから立ち上がった。

「もう一回、ちゃんと話してくる」

『了解しました』

『太郎、同行を希望』

『許可します。ただし、必要以上に前へ出ないでください』

『善処する』

「その善処、信用していいのかな」

 太郎は、ぴこんと鳴っただけで、否定もしなかった。


***


 ブライアントのチャットに連絡すると、再面談は、前回と同じくステーションBの共用ラウンジで行うことになった。

 彼は、先に来ていて、今日はカフェ風の飲料ではなく、もっと簡素な紙カップを手にしていた。仕事の合間なのか、服装もさらに現場寄りだ。腰の工具ポーチに、データスティックと認証タグが増えている。

「やあ」

 僕を見るなり、昨日と同じ調子で片手を上げた。

「連絡、早かったねえ」

「考えないまま先延ばしにしても、あまり意味がない気がしたので」

「いいね。そういう判断は、好きだよ」

 軽い言い方なのに、目は、ちゃんとこちらを見ていた。

 この人は本当に、軽薄そうに振る舞うのがうまい。でも、その奥で何を考えているかまでは、完全には読めない。

「前回の話の続きです」

 僕が、そう切り出すと、ブライアントは素直にうなずいた。

「冒険者の話だね」

「はい」

「じゃあ、今度はもう少し実務寄りに話そうか」

 そう言って、彼は、携行端末を軽く操作した。僕の前に、簡易な登録制度の模式図が投影される。

「まず、前提として、君みたいな船持ちは、どこにも所属しないままでも生きてはいける」

「はい」

「でも、それは、長く続けるほど不利になる」

「前に言ってた、“所属不明の怪しい古代艦”の話ですね」

「そう」

 ブライアントは笑った。

「だから“冒険者”登録を使う。正式には、独立宇宙探検家登録に近い扱いだ。GDCの枠組みを通すけど、軍や官僚の直轄じゃない」

 その言い方は、前に聞いた話の延長線上にあった。

 けれど、今回はもっと露骨に“メリット”が並べられていく。

「冒険者になれば、まずGDCから支援が受けられる」

「支援?」

「探査宙域へのアクセス、補給契約、事故時の一部救難枠、登録船向けの整備割引、機材の優先照会。辺境だと、これだけでもかなり違う」

 なるほど、と思う。

 青葉が人格権を持つ艦AIとして発注や通商を回せているとはいえ、いまの『青葉』は“名前はあるが履歴があまりない船”だ。登録船としての扱いを得られるなら、たしかにできることは増えそうだった。

 ブライアントは、さらに続ける。

「で、君にとってもっと大きいのは、身分の話だ」

 そこで、僕は少しだけ表情を変えた。

「身分」

「そう。冒険者として継続登録されれば、地球人類連邦の正式な市民権を取れる」

 その言葉は、思った以上に重かった。

 市民権。

 前の世界で言う国籍みたいなもの、いやそれ以上かもしれない。

 いまの僕は、船長として仮登録されてはいるけれど、それはあくまで『青葉』の一時的な運用上の扱いだ。社会の中での“身元”が本当にあるわけではない。

 それが得られる。

「……それって、かなり大きいですよね」

「大きいよ。銀行口座、正式な契約、保険、法的保護、航路権、居住権。要するに、“人類圏の誰か”として扱われる入口になる」

 僕は、少し黙った。

 それは確かに大きかった。

 僕はいま、船を持っている。青葉もいる。

 でも、青葉によれば、社会の側から見れば、外国人――国籍的な補償がある訳ではない、一般的な異星人(エイリアン)扱いの人格だ。

 冒険者登録は、それを「人間扱い」する手段になるのだろう。

 ブライアントは、さらに指を折っていく。

「それだけじゃない。どこかの拠点――たとえばヤードや、小型の居住コロニーや、未開発惑星の一部権益や土地を買う場合にも、冒険者登録があると、低利融資を受けられる」

「……そこまであるんですか?」

「うん。辺境で船を回しているやつらの最終目標って、だいたい“自分の拠点を持つこと”だからな」

 その言い方は、妙に現実味があった。

 船乗りはずっと漂い続けるだけじゃない。

 どこかへ根を下ろしたい。

 ヤードでも、居住区でも、惑星でもいいから、自分の場所が欲しい。

 そういう欲望が、制度の中へ織り込まれているのだろう。

 僕は、ぼんやりと巡洋艦『青葉』のことを思い出した。

 あの船が、僕にとっての最初の居場所だ。

 でも、もしもっと先まで行くなら、その先に別の“場所”が欲しくなることはあるのかもしれない。


***


「……そんなにいいことばかりなら、みんなやればいいのに」

 僕がそう言うと、ブライアントは苦笑した。

「もちろん、条件がある」

「やっぱり」

「当然だね」

 彼は、投影図を切り替えた。

「登録には、基礎のVR実習と試験がいる。船体規格、安全規定、異星種族との接触ルール、最低限の法務、資材申告、航法補助、サルベージ倫理。辺境らしからぬくらい、そこはちゃんとしている」

「へえ」

「で、そのあと二年以上の実習」

「二年」

「短くはない」

 たしかに、短くはない。

 でも、それくらい要求されても不思議ではない気もする。宇宙船を持って、未知星域をうろつく人間を完全放任にしたら、たぶん酷いことになる。

「じゃあ、すぐには無理なんですね」

「普通は、そうだね」

 ブライアントはそこで、少しだけ口元を上げた。

「ただし、例外はある」

「例外?」

 彼は、愉快そうに笑った。

「俺は、GDC認定のチーフ資格持ちだ。探査主任と現場指導役の両方を通している。だから、俺の管理下で動く期間は、実習期間として計上できる」

「つまり、あなたと一緒に行動していれば」

「そのぶん、二年の実習を埋められる」

 なるほど。

 それは、かなり大きい。

 ただ単に“乗せている間はレンタル料が出る”だけではない。僕の側にも、登録へ向かう実利が生まれる。

 青葉が、僕だけに聞こえるように補足する。

『制度的には整合します。正式な書類照会は必要ですが、ブライアントの説明に不自然な点はありません』

『じゃあ、本当に』

『はい。彼と行動する期間は、冒険者登録に向けた実習として扱える可能性があります』

 太郎が、すぐに反応した。

『便利』

『便利ですが、条件付きです』

『だが、便利』

『太郎、それしか言ってないな』

『本質』

 太郎はまったく悪びれない。

 でも、正直、それが本質だとも思う。

 面倒もある。リスクもある。胡散臭さもある。

 でも、制度上の抜け道としてはかなり便利だ。

「……あなた、自分を売り込むのが本当に上手いですね」

 僕がそう言うと、ブライアントは軽く肩をすくめた。

「生活がかかっているからな」

 その返しは冗談っぽかった。

 でも、半分は本気なのだろう。


***


 僕は、少し考えてから、率直に聞いた。

「そこまでして、どうして僕の船に乗りたいんですか?」

 ブライアントは少しだけ黙った。

 前回も「都合がある」とは言っていた。

 でも今回は、もう少し踏み込んだ質問だった。

「前に話したように、ザラスターはスクラップになった」

 彼は、少し考えてから言った。

「だから、足が欲しい。これは本当だ」

「はい」

「それに、『青葉』が特別なのも本当だよ。〈先住者〉系の艦に、こんな形でアクセスできる機会は、珍しい」

 そこまでは予想通りだった。

 でも、その先でブライアントは、少しだけ視線を落とした。

「……あと、追っているものがある」

 前回聞いた、“ただの金儲けじゃない”の続きだ。

 僕は、黙って待った。

 ブライアントはいつもの軽い笑みを消して、少しだけ真顔になった。

「〈先住者〉の遺物の中に、噂があるんだ」

「噂?」

「何でも願いを叶える装置」

 その言葉は、あまりにもおとぎ話みたいだった。

 でも、いま僕は、宇宙にいて、機怪人形で、古代文明の巡洋艦を持っている。

 その状況で“願いを叶える装置”のことを笑い飛ばすのは難しかった。

「そんなものが……あるんですか?」

「わからない」

 ブライアントは、正直に言った。

「伝承だが、誇張かもしれない。しかし、ゼロとも言い切れない」

 そこへ、青葉が低く補足する。

『〈先住者〉由来の高度技術が、人類側から“願望機械”のように解釈された事例は、複数あります』

「あるんだ……」

『ただし、文字通り“何でも”ではないと考えるべきです』

「それでも十分おかしいけど……」

『同意します』

 ブライアントは、僕と青葉のやり取りを静かに聞いていたが、やがて小さく息を吐いた。

「俺がそれを追っているのは、金のためだけじゃない」

 その声は、今までで一番軽くなかった。

「取り戻したいものがあるのさ」

 僕は、すぐに口を挟めなかった。

 取り戻したいもの。

 その言い方だけで、ただの好奇心や金稼ぎではないことが分かった。

「……人、ですか?」

 気づくと、そう聞いていた。

 ブライアントは、少しだけ目を細めた。

「察しがいいな」

「なんとなく、です」

「そうだよ」

 彼は、そこで言葉を切った。

「死んだ奴を、どうにかしたい……」

 ブライアントは静かに続ける。

「そういう話は、まともな人間は、たいてい馬鹿だと思う」

「……でも、バカじゃないと思っているんですね?」

「そうだ。だから、追っている」

 その返答に、僕は少しだけ背中がぞくっとした。

 荒唐無稽だ。

 しかし、その荒唐無稽さを笑い飛ばせない程度には、僕は、もう変な世界にいる。

 そして、なぜか少しだけ分かってしまうのだ――失ったものを取り戻したい、という気持ちは。

 僕だって、本当は、元の身体に戻れるなら戻りたいのかもしれない。

 死ぬ前の世界を、もう一度ちゃんと掴めるなら、そうしたいのかもしれない。

 だから、ブライアントの言葉を、荒唐無稽な話だとは言えなかった。


***


 ラウンジから船へ戻る途中、僕は、ほとんど黙っていた。

 太郎も珍しく静かだった。

 青葉だけが、必要なときに必要なことを言う。

『弓良』

「うん」

『精神状態に揺れがあります』

「分かるの?」

『はい』

「……そうか」

 少し間を置いてから、僕は言った。

「ブライアントの話、変だと思う?」

『変です』

 青葉はきっぱり言った。

『ただし、完全に否定できるほど、荒唐無稽でもありません』

「そっか……」

『本艦も、その種の“常識外れ”の存在ですから。古代の船ですが、現在の人類が到達したのより、かなり先を行くテクノロジーで建造されています』

 それを言われると、反論できなかった。

 太郎が、ようやく口を開く。

『評価更新。ブライアント、面倒だが、嘘つきではないかも』

「そうだね」

『乗せると、面倒事は、増える』

「うん。それも、同意するよ」

『しかし、進む話も、ある』

 その言葉が、思ったより胸に残った。

 面倒事は増える。

 でも、何かが進むこともあるだろう。

 逆に、何も乗せなければ、安全かもしれないが、何も増えない。

 ブライアントを乗せるなら、危険も情報も目的も一緒に増える。

 その先に、何かがある。

 『青葉』のハッチが見えてきた。

 ここは、帰る場所で、僕の最初の居場所だ。

 その中へ、新しい人間を入れるのかどうか。

「青葉」

『はい』

「……乗せる方向で考える」

『了解しました』

「まだ、条件は詰めたいけど」

『当然です』

 太郎が、ぴこんと鳴く。

『条件。太郎の地位は下げないこと』

「そんなことを気にしているの?」

『重要』

 青葉が静かにたしなめる。

『太郎。不必要な序列争いを継続しないでください』

『だが、弓良の第一従者の座は』

「そこまで!」

 僕は、思わず笑った。

「青葉も太郎も、僕にとっては、どっちも必要だよ。それで終わり」

 青葉が、先に応じる。

『了解しました』

 太郎も続く。

『了解。しかし、働きで示す』

「だから示さなくていいって」

 でも、そのやり取りのおかげで、少し重かった気分が軽くなった。

 ハッチが開く。

 艦内の静かな光が迎えてくれる。

 修理途中の船だけど、確実に前へ進んでいる。

 そして、たぶん次は、この船の行き先を決める話になる。

 ただ飛ぶだけじゃなく、何のために飛ぶのか。

 誰と飛ぶのか。

 どこへ向かうのか。

 それが、ようやく見えてきた気がした。

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