第十章 チャラい山師は、事情持ちだった
ステーションBに着いて二日目の朝、僕はようやく「宇宙船の補給」というものが、思った以上に現実的で泥くさい作業だと知った。
もっとこう、未来っぽく、必要なものを端末で注文すれば自動的に全部届くのかと思っていた。もちろん、青葉が発注そのものは、かなり効率よく回していたし、艦AIとして外部窓口とも問題なく交渉している。そこまでは、確かに未来っぽい。
しかし、支払いの段階になると、話はずっと生々しかった。
格納区画の端に、持ち込んだサルベージ品がいくつも並んでいる。
宇宙船墓場で拾った高密度高温超伝導導体束、負質量EPR結合ノード、再利用できる補助分子工具群、仮装巡洋艦から回収した一部の武装用の制御板、分解済みの特殊装甲外装フレーム、そして『青葉』では使い道があまりない、規格違いの部材。
それらを、青葉が売却可能資産として仕分けしていた。
「……お金じゃなくて、物で払うんだね」
僕が、そう言うと、搬入ラインの向こうで資材評価を進めながら、青葉が静かに答えた。
『辺境では一般的です』
「そうなんだ」
『正確には、信用決済と物資決済の併用です。ただし、いまの本艦には充分な信用履歴がありません。したがって、サルベージ品による支払いの比率が高くなります』
「なるほど……」
僕は、少し感心した。
言われてみれば当然だ。いきなり現れた、来歴の怪しい独立系巡洋艦だ。艦AIとしての登録は通っても、継続的な信用があるわけではない。だったら、現物で払うほうが手っ取り早い。
「……でも、分子プリンターとかがあるのに、こういったものに価値があるの?」
性能は及ばないにしても、青葉に積んでいる分子機械や分子プリンターと近いことができる機械を人類も持っていると、青葉が言っていたのだ。
『はい。コストの問題です。大規模な核変換は可能になっていて、元素レベルならいくらでも純度高く分離できます。しかし、特殊な構造を実用的なスピードで構築するには、限界があります。エネルギーコスト以上に、時間コストがかかります』
「なるほど……」
『たとえば、このように大きな外装フレームを分子プリンターで製造するのには、たとえ『青葉』の船内メカニズムの数十倍の規模の工場を作っても、数年単位の時間がかかります。軍艦は、特殊な素材を使っているんです』
「へえ……」
『そもそも、特殊なエキゾチック物質が必要な部品は、製造できません。異星人のテクノロジーのものは、更に、プレミアがつくようです』
「なるほどね。でも、随分発注していたみたいだけど、この艦を直すのに十分なの?」
『はい。仮装巡洋艦から「拾った」ものには、シャドーマター結晶の他にも、高い価値のあるものがありました』
「ん?」
青葉が視界に印をつけたので、サルベージ品をもう一度見ると、一つ、分けて置かれたコンテナーが目に入った。
『古来、軍艦は金を積んでいたといいますが、あの仮装巡洋艦も、換金可能なエキゾチック物質を持っていました』
「なるほどねー」
太郎に言われるまま、素材を剥ぎ取るに夢中になって気づかなかったけど、どうやら、本命のお宝も手に入れていたらしかった。
太郎が、仕分け中の資材の上にちょこんと乗って、いかにも仕事をしている顔で鳴く。
『太郎評価。この導体束は売ってよし。これは残す。これも残す。これも惜しい』
「惜しいって感情で選んでるの?」
『実用評価に感情が少し乗っているだけ』
青葉が、即座にたしなめた。
『太郎。判断基準を明確にしてください』
『現場では、“惜しい”は有効な基準』
『有効性は限定的です』
『だが、後で後悔する』
「そこは、ちょっと分かるかな」
僕が、そう言うと、青葉が少しだけ間を置いた。
『理解はしますが、今回は資材購入が優先です』
「うん、それも分かってる」
並んだサルベージ品を見ていると、少し複雑な気分になる。
拾ってきたもので、苦労して回収したし、役立ちそうに見えるものも多い。なにせ、巡洋艦『青葉』は、分子機械を使って、大抵のモノは分解して必要部材に変換できるのだ。
しかし、全部を抱え込んでいても仕方がなかった。『青葉』に必要な部材を買うためには、不要なものを放出するしかない。
持っているものを少し手放して、必要なものへ替える――そういう意味では、これは、ちゃんとした商売だった。
『評価額が、まとまりました』
青葉の表示に、簡易な一覧が出た。
売却資材の合計価値。
購入予定資材の必要額。
その差額。
ぎりぎり、少し余るくらいだった。
「思ったより何とかなるもんだね……」
『はい。先に述べた通り、仮装巡洋艦由来のものに価値がありました』
「海賊船っぽい残骸から拾ったものが、今度は、こっちの修理代になるわけか……」
『辺境では珍しくありません』
たしかに、この世界らしい循環だと思う。
壊れた船を漁り、その部材で生き延びるのだ。宇宙は広いのに、やっていることは案外、地道な作業だと思った。
『資材搬入の一部は完了しています』
青葉が続けた。
『ただし、武装関係は最低限に留まります』
「武装関係?」
『はい。本艦は、現状でも最低限の自己防衛は可能ですが、この宙域は辺境です。宇宙海賊や不法サルベージャーの存在を考えると、もう少し補う必要があります』
僕は、思わず、買い付け一覧を見直した。
導体材、補助冷却材、フレーム補修材、結合材、シール材、工具、互換キャパシター部材――確かに、まずは飛ぶためのものばかりだ。
「……武器のほうは、後回しになっているんだね」
『優先順位の問題です。飛べない艦に高火力を載せても、あまり意味がありません』
「まあ、そうだね」
『しかし、最低限の近接防御系と、格納区画周辺の迎撃補助は増やしたいところです』
太郎が、妙に元気よく応答した。
『太郎、賛成。あと見た目も少し威圧感が欲しい』
『見た目は、後回しです』
『威圧感は、武装の一部』
『その主張は、完全には否定しません』
「そこは、認めるんだね……」
やっぱり青葉も、この辺境の空気は、分かっているのだろう。
宇宙船墓場でのサルベージだけなら、静かにやっていけたかもしれない。でも、文明圏へ出て、流通と人目の中に入った以上、見られ方も無視できない。
あまりにも無防備に見えるのは危険だ。
「じゃあ、ジャンク市場で、武装関係も見てみようか?」
『賛成します』
『太郎も賛成』
そして、そのジャンク市場で、またブライアントと会うことになった。
***
ステーションBのジャンク市場は、想像していたよりずっと賑やかだった。
もっと薄暗くて怪しげな場所を想像していたのだけど、実際にはそれなりに整った大区画の中へ、規格違いの部材や旧式ユニットや用途不明のパーツが雑多に並んでいる場所だった。
もちろん、怪しさはあった。しかし、怪しいなりにちゃんと商売として成立している場所、という印象だった。
通路の両脇には、剥き出しの配線束、分解途中の推進ノズル、旧式のセンサーアレイ、工具セット、艦内用の補助家具まで並んでいる。まるで巨大な機械の蚤の市だった。
「……すごいな」
『辺境らしい市場です』
青葉の声が、耳元で静かに響いた。
『品質は、玉石混交と思われますが、掘り出し物もありそうです』
『太郎、好きな場所』
「そうだね」
思わずそう返してしまった。
ガラクタの山なのに、見ていると妙に楽しい。どこか、宇宙船墓場のサルベージに近い感覚があるのかもしれない。違うのは、こっちは、誰かが値札をつけて売っているということだけだ。
「そういえば、異星人だけじゃなくて、人もあまりいないんだね?」
ジャンク市場で、相手をしているのは、人型じゃないのや、かろうじて人型をしたようなアンドロイドと、そのとりまとめらしい人が、ちらほら、といった感じだった。僕と同じような完全に人型をしたアンドロイドどころか、異星人もいない。
『はい、宇宙は広大なので、辺境では“人”が最大の資源です。現代は、殆どの流通と宇宙船の運航は、AIを介して行われています。それと、このステーションBは、人類連邦の影響領域内にあるので、交易をしている人類と友好的な一部の異星人が、たまに訪れる程度のようです』
「そうなんだ……」
ようやく文明圏に来たと思ったけれど、過疎地というか本当に“辺境”ななんだなあ、と実感した。ひょっとしたら、このステーションBは、ここら辺が“人類の領域”だと示すための灯台みたいな感じの存在なのかもしれない。
――そう考えると、僕らは、よっぽど珍しい存在だったんじゃないかと思う。ブライアントが、すぐ気がつく訳だ、と思った。
僕たちは、青葉が視界に示した候補を順に見て回った。
格納区画用の補修シール材、近接防御系統に流用できそうな中古ノード、旧式だが使える工具群。ついでに、外装の警戒表示や簡易な威圧用マーキング材まで候補に入っていて、太郎が妙に嬉しそうにしていた。
『これ、必要』
太郎が小さな工具セットを指す。
「おそらく、保っている工具と重複しているんじゃないかな?」
と、これは僕の心の声ではなく、背後から聞こえた声だった。
振り返ると、案の定というべきか、ブライアントがいた。
今日も軽い笑顔だ。
でも昨日より、少しだけ現場仕様の服装をしている。腰に工具ポーチが増え、ブーツには細かな傷が多い。カフェの席にいた時より、“働ける山師”感が強い。
「やっぱり、会いましたね」
僕が、そう言うと、ブライアントは肩をすくめた。
「数日はここにいるって言ったろ。ジャンク市場に来ると思ってた」
「なんでですか?」
「君の船、見れば分かる。まず必要なのは、正規流通じゃ高いけど、ジャンクなら何とかなる部品だ」
その言い方は、妙に図星だった。
たしかにそうだ。青葉は不足資材をかなり効率よく発注しているが、全部を正規品で揃えるほど余裕はない。だからこそ、ここへ来ている。
「詳しいんですね」
「辺境で船を回している人間なら、誰でも、多少は詳しくなるよ」
ブライアントはそう言ってから、僕の横に並んだ太郎を見て、少しだけ目を細めた。
「へえ、護衛も増えている」
『護衛であり、整備補助でもある』
太郎が、やや胸を張って応えた。
『識別名、太郎』
「いい名前だな」
『分かるか』
「なんとなくね!」
この男、初対面の相手でも距離の詰め方がうまい。
うますぎて、やっぱり少し警戒したくなる。
「今日は何を探しているんですか」
僕が先に聞くと、ブライアントはあっさり答えた。
「正直に言うと、足を探している」
「足?」
「船さ」
笑顔の奥に、ほんの少しだけ苦味が混じった。
「実は、俺の愛機――ザラスターっていうんだけど――先月スクラップになってね」
その言葉で、僕は少しだけ表情を変えた。
「……先月」
「辺境は、物騒だからね。運が悪かった」
軽い口調のままなのに、その一言の奥には、ほんのわずかに本物の損失感があった。
愛機がスクラップになった――言葉としては軽いが、多分、それは、この世界の船乗りには、かなり重いことなのだと思う。
「それで、代わりの船を探しているんですか?」
「それもある。けれど、すぐ同等の船を手に入れるのは、まあ無理だね」
ブライアントは、こちらを見た。
「で、君の船を見た」
やっぱり、そこへ繋がるのか。
「素晴らしい船だよ、あれは」
その言い方だけは、軽くなかった。
「古く傷んでいるが、直しきれれば、辺境では、相当に強いな」
青葉が、耳元で低く告げる。
『評価は、妥当です』
珍しく、はっきり肯定した。
それを聞いて、僕は少しだけ誇らしい気持ちになりかけて、すぐ引っ込めた。
「……それで?」
「乗せてほしい」
ブライアントは、あまりにも自然に言った。
「俺を『青葉』に乗せてくれないか」
予想はしていたのに、実際に言われると、やっぱり、少し驚いた。
「いきなりですね!」
「いきなりだけど、メリットが一杯、あるぞ」
ブライアントは指を一本立てた。
「まず、俺は〈先住者〉テクノロジーに多少通じている。完全な専門家ってほどではないが、人類製しか触れない整備屋よりは、よっぽど役に立つ」
二本目の指。
「次に、俺は、この辺境の流通と相場に詳しい。正規品とジャンク、GDC経由と非公式ルート、そのへんの線引きも分かる」
三本目。
「そして、今、俺は、船がない」
最後のだけ、妙に単純だった。
でも、その単純さが逆に本音っぽい。
「……それだけですか?」
僕がそう聞くと、ブライアントは、待ってましたという顔をした。
「いや、これが一番大きいと思うが――俺を『青葉』に乗せている間、GDCから探査要員としてのレンタル料を出させることができる」
「レンタル料?」
「そう。船を失った現場要員を、暫定的に他船へ載せる制度がある。俺の所属と稼働時間に応じて、GDC側が一定額を払う」
「それって……」
「君の船に、現金収入が入る」
なるほど。
それはたしかに、乗せる側のメリットとしては、大きい。
青葉は、不足資材の発注と積み込みを進めているが、今の支払いの多くはサルベージ品による現物決済だ。
現金収入が多少でも増えるなら、今後の自由度はかなり上がる。信用とやらも上がるだろう。
青葉が、静かに補足した。
『制度としては存在します。条件と査定率の確認は必要ですが、虚偽ではありません』
『知っているんだ?』
『人類圏の通商規定、法律と条約、GDC関連の一般規定は保有しています』
やっぱり、そこは便利だ。
ブライアントは、僕の反応を見ながら、さらに言葉を継いだ。
「あと、これは確認なんだけど……」
「何ですか」
「君、現代知識が、妙に少なくない?」
その言葉に、僕は少しだけ固まった。
青葉も太郎も黙る。
ブライアントは、いかにも深刻すぎない顔で続けた。
「いや、別に責めているわけじゃないんだ。辺境じゃ珍しくないんだよ。ロストコロニー出身で社会規格がずれている奴とか……」
「……ロストコロニー?」
「昔に人類圏の主流からはぐれた植民地だよ。通信も交流も断絶して、独自の社会を作っている」
青葉が、小さく補足する。
『用語としては概ね正しいです』
僕は、少しだけ目を伏せた。
「あとは、二十一世紀初期の冷凍睡眠個体から脳スキャン再生された……って噂の奴が、知り合いにいたな」
「え、そんなことがあるんですか?」
僕が驚いた表情をすると、ブライアントは、頷いた。
「あくまで、身内の知り合いの噂、だ。詳しいことは知らん」
ブライアントは、僕が本当に二十一世紀人だとは思っていないらしい。でも、“現代知識が欠けている理由”として、そのどちらかを想定しているのだろう。
ある意味、それは都合がよかった。
真実をそのまま言うより、はるかに説明しやすいからだ。
「……あまり、詳しくないのは本当です」
僕がそう言うと、ブライアントはうなずいた。
「だと思った。だから、余計に俺みたいな現場屋を乗せる意味はある」
そこへ太郎が、ブライアントにも聞こえるように、口を挟んだ。
『異議あり。太郎も現場屋』
「それはそうだな」
ブライアントは笑った。
「でも太郎は、たぶん船の外の人間社会までは案内してくれないだろ?」
『それは、まあ、たぶん』
「ほらな」
青葉がそこで冷静に入る。
『太郎の得意分野は艦内保守と近接現場です。外部交渉や社会規格の案内は、たしかに限定的です』
『だが、太郎はかわいい』
「急にそこで勝負しに来る?」
思わず声が出た。
ブライアントが吹き出す。
「君の船、思ったより賑やかだな」
「最近ずっとこんな感じです」
『否定しません』
『太郎も否定しない』
もう、どっちも否定しないらしい。
***
その場で結論は出さなかった。
それはそうだと思う。いきなり会った相手を船へ乗せるなんて、簡単に決められることではない。たとえ話が筋が通っていても、相手が有能そうでも、警戒は必要だ。
でも、完全に突っぱねる理由もなかった――ブライアントの言っていることは、だいたい合理的だった。
でも、僕は、現代人類社会のことをあまり知らない。これが、大きかった。
「……少し考えさせてください」
僕がそう言うと、ブライアントはあっさりうなずいた。
「もちろん。即答されても逆に困る」
「困るんですか」
「警戒心ゼロの船長は、辺境だと長生きしないからな!」
その言い方は軽いのに、妙に本当っぽかった。
「じゃあ、また後で」
ブライアントはそう言って、工具ポーチを軽く叩いた。
「俺はしばらく、この市場とGDCの事務区画を行ったり来たりしている。気が変わったら声をかけてくれ」
そう言って去っていく背中を見ながら、僕はしばらく黙っていた。
太郎が先に口を開く。
『評価。胡散臭いが、合理的』
青葉も続く。
『同意します。全面的な信用は不要ですが、選択肢から外すべきでもありません』
「やっぱり、そうだよね」
僕は、ジャンク市場の雑多な光景を見回した。
部品の山、値札、交渉の声、運ばれるコンテナ――青葉は、今ごろ、ドック側で不足資材の搬入と修理工程を次々進めているはずだ。数日かけて積み込みと補修を終え、その先でどう動くかを決める。
その中に、ブライアントを乗せるという選択肢も入ってきた。
面倒は増えそうだけど、得るものもありそうだった。
「……とりあえず、必要なものを買おう」
『賛成します』
『太郎も賛成。あと塗料』
『塗料は後回しです』
「おいおい、喧嘩しないで!」
そのやり取りに少しだけ笑って、僕は、次の店へ足を向けた。
ステーションBでの数日は、思っていたよりずっと中身が濃くなりそうだった。




