第3話 私の前世(2)
「お久しぶりです。メアリーお姉様」
唖然として固まる私に、ステイシアはニコリと上品な笑みを向けた。
「……王女殿下は戦争回避の交渉のため、そして、交渉決裂時にはガルディア王を捕縛するため、この国に向かわれたのではなかったのですか?」
そう問いかける私に、彼女は小首を傾げ、可憐な仕草で顎に人差し指を添えた。
「あぁ、そういえば私、そういう『名目』でこちらに伺ったのでしたね」
彼女はわざとらしく視線を宙に向けて、とぼけるように言う。その無邪気さを装った声音に、私はしばらく言葉を失った。
「……待ってください。『名目』とは、どういうことですか?」
しかし、ステイシアは微笑みを崩さず、沈黙で返す。その笑みは、答えを与える気など初めからないと言いたげだ。私は胸の中の不安を押し殺し、話を続けた。
「王女殿下が出立されてからしばらくして、ラインフィールド王国は大変なことになってしまったんです。ガルディア王国軍は王都に到着するや否や、王宮へなだれ込み、王族の首をはねて回りました。交渉の言葉ひとつ無く、国王陛下や王妃様達、罪なき子供たちまでも犠牲になりました……。ただ、私とレオン殿下だけが捕らえられ、この地へ移送されることになって……」
私がそう話してすぐ、彼女の唇がわずかに歪む。
「へぇ……、それは大変でしたね。でも、そんな危機的状況だったのでしたら──」
彼女は表情を変えることなく、首を傾げた。
「お姉様はどうして、ラインフィールド王国のために『伝説の聖女の力』を使わなかったのですか?」
その問いは、刃のように鋭く私の胸を抉った。ステイシアに責められていると感じた私は、視線を床へ落とした。
「……私は、聖女の力をガルディア軍に奪われてしまったんです。だから、何もできなくて……」
ステイシアが私に近付いてきた。
私が彼女を見上げた瞬間、彼女の指先が私の顎を掬い上げ、その不気味な笑みが間近に迫った。
「それ、私がやったんです。共有魔力を通じて、お姉様が持つ聖女の魔力の核を奪い取りました。私の魔法技術、以前に比べて、もの凄く向上したと思いませんか?」
私は息が詰まり、言葉が出ない。彼女は楽しげに続ける。
「まぁ、魔力の核を奪う手法は古代魔術のひとつですから、私が開発したわけではありませんけれど。でも、初回で成功したのは驚きました。お姉様の方から私に入り込んでくださったのが良かったみたいです」
「……まさか、ガルディア王国の聖女というのは……」
「ええ、そうです。私が『ガルディア王国の聖女』です」
ステイシアはニコリと微笑んだ。
「お姉様の聖女の力を使って、ラインフィールド王国軍を全滅させました。そして、この国の王に命じて、お兄様とお姉様以外のラインフィールド王族を全員殺害させました」
ステイシアはそう言ってクスリと笑うと、椅子に縛られたレオンの傍らへと歩み寄った。
レオンの身体には、暴行の痕跡は一切ない。血色も良く、着衣はラインフィールド王太子の正装のまま、皺ひとつなく整えられている。汚物にまみれ、惨めな姿を晒す私とは、あまりにも対照的だ。
だが、その瞳は半ば閉じられ、焦点を結ばぬまま僅かに揺れていた。薬物か何かの影響だろうか、意識は深い霧の中に沈んでいるようだった。
ステイシアは、そんな彼の頭をギュッと抱き寄せた。
「お兄様、申し訳ありません……。お兄様の強靭な精神と体力を衰弱させるのに、三日も掛かってしまいました。でも、こうして……、こうしてやっと、お兄様を抱き締めることができました。私はずっと、この瞬間を夢見ていたのです」
レオンは朦朧としたまま、ステイシアに僅かに抵抗の意思を示した。額が当たっている彼女の腹部を、力なくも必死に押し返そうとする。だが、その反動で椅子ごと横倒しになってしまった。
「まぁ……、お兄様ったら」
ステイシアは倒れた椅子の傍らにしゃがみ込み、微笑みを崩さぬまま、彼の顔を覗き込んだ。
「お姉様の前だからって、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ? ラインフィールド王国は滅びて、全てが終わりました。もう何も隠さなくていいんです。私も、自分の気持ちを隠したりはしませんから」
ステイシアは魔法を唱えて、レオンが縛り付けられた椅子を元の状態に戻すと、右手を彼の頭部に当てた。
「……魅了」
その言葉が空気を震わせた瞬間、レオンの瞳が大きく見開かれた。 全身が小刻みに痙攣し、やがて力が抜けたように瞼が半ばまで降りる。そして、焦点の合わない彼の視線が床を彷徨った。
「さぁ、お兄様。私のことをどう思っているか、お姉様の前でお話いただけますか?」
ステイシアに促されるまま、レオンはゆっくりと顔を上げる。その瞳には、もはや迷いも警戒もなく、ただ一人の女性を慈しむ光だけが宿っていた。
「ステイシア……。好きだ……」
その言葉を聞いた瞬間、ステイシアは両手で自らの頬を包み込み、花が開くような笑みを浮かべた。
「はい! 私もです! お兄様のことを世界で一番愛しています! これから二人で一緒に生きていきましょう! 結婚して、夫婦になりましょう!」
その光景を目にしたとき、私は全てを悟った。
「……王女殿下。まさかあなたは、レオン殿下を手に入れるためだけに、ラインフィールド王国を滅ぼしたのですか?」
ステイシアは私に視線を向け、頬をわずかに染め、少女のような照れ笑いを浮かべた。
「はい、そうです。私はお兄様が欲しかったんです」
私は唇を噛み、怒りと絶望を押し殺しながら、彼女を睨みつけた。
「殿下はなんてことを……」
「……だって、お兄様と結婚するには、王族なんていうくだらない身分が邪魔だったんです。地位、慣習、政略結婚、うるさい王国貴族達……。私が幸せになるためには全て邪魔でした。だったら、王国ごと滅ぼすしかないと思いませんか?」
妹のように可愛がり、その未来を案じ、全幅の信頼を寄せてきた王女ステイシア。その正体は、愛の名を借りて国を喰らう、この世に生きる悪魔だった。
私はレオンに視線を向けた。彼の瞳は虚ろで、相変わらず深い霧の中に迷い込んでいるようだ。
「王女殿下はレオン殿下の心を手に入れたつもりのようですが、魔法でレオン殿下の心を操ったりはできません。魔法の効果には必ず終わりが訪れます。王女殿下が、レオン殿下からの永遠の愛を手に入れることは不可能です」
静かに告げた私の言葉を聞いて、ステイシアは口元へ白い指を添え、クスリと笑った。
「『永遠の愛』? そんなもの、この世には存在しませんよ」
ステイシアの吐息混じりの声が、部屋の空気をさらに冷やす。 彼女はわずかに首を傾げ、私に視線を絡めたまま続けた。
「お姉様は、私を誰の子だと思っているのですか? 私は『第三王妃の娘』ですよ? お父様には第四王妃の候補までいたと聞きます。お姉様だって、いずれは第二王妃や第三王妃と同じ屋根の下で暮らすことになったはずです。そこに、どんな『永遠の愛』があるというのですか?」
その言葉に私は息を呑み、唇を閉ざした。現実を見れば、彼女の言葉を否定することはできない。私は胸の奥で、理想ばかりを口にする自分の浅はかさを改めて自覚した。
やがてステイシアの笑みが消え、代わりに氷のような無表情が浮かんだ。そして、彼女の冷たい視線が私をじっと見つめた。
「……『永遠の愛』は、力で奪い取るんです。力で、好きな相手を自分に従わせるのです」
ステイシアは椅子に座るレオンの顎を、人差し指でクイッと持ち上げた。操り人形のように動くレオンの虚ろな瞳が彼女を映す。
「お姉様のおっしゃる通り、先程お兄様に掛けた魔法の効果は一日ほどで切れてしまいます。それに、聖女の力と言えど、その効力も決して強いものではありません。ですから、今からお姉様に、それを超える『真の魅了』をお見せいたします」
ステイシアが、耳にしたことのない異国の響きを持つ言葉を紡ぎ始めた。その詠唱の声は低く、空気を震わせるほどの力を帯び、次第に彼女の瞳が赤く淡く輝き出す。光は炎のように揺らめき、レオンの心をじわじわと侵食していった。
彼女はゆっくりとレオンに顔を近づける。やがて、二人の唇が重なった。それは愛情の証ではなく、呪縛の儀式――魔力を流し込むための接触だった。
長い時間、二人の唇は離れなかった。その動きはステイシアがレオンを喰らうようで、獲物を逃さぬ捕食者のように迷いがない。
私はそんな異様な光景に耐えきれず、何度も視線を逸らした。しかし、ふと目を戻すたび、レオンは表情をさらに虚ろにしており、彼の口元から二人の唾液が静かに滴り落ちているのが見えた。
ステイシアは頬を紅潮させ、陶酔にも似た表情でその行為を続けた。どうやら彼女は、レオンに自分の唾液を無理やり飲ませているようだった。まるで彼の意識の奥底まで、自らの存在を刻み込もうとしているかのように見えた。
やがて、長く続いた魔的なキスが終わった。ステイシアは熱を帯びた吐息を漏らし、赤く染まった顔のまま、ゆっくりとレオンから唇を離した。
「はぁっ……」
ステイシアが満足そうに笑みを浮かべながら、その指先で優しくレオンの頬をなぞった。
「お兄様。私のことをどう思いますか?」
彼女が甘く囁いた瞬間、レオンは瞳を血走らせ、理性を失った。そして、胸の奥から絞り出すような声で叫んだ。
「ステイシア! 好きだ! 愛している! 私から離れないでくれ!」
その双眸は赤く淡い光を宿し、魔法による支配を感じさせた。そして、レオンの言葉は愛の告白でありながら、どこか人ならぬ響きを帯びていた。
ステイシアは満足げに微笑み、彼を強く抱き締めた。だがすぐに、彼はその腕の中で力を失い、静かな眠りへと落ちていく。彼女は彼を催眠魔法で眠らせたようだった。
彼女は頬に残る熱をそのままに、今度は恋人のように彼に軽くキスをすると、ゆっくりと顔を上げた。
「これでお兄様は、私以外を愛することはできません」
彼女は笑みを浮かべ、まっすぐに私を見据えた。
「これが聖女の本当の力です。『真の魅了』――術者を一生涯愛し続ける、解除不可能な呪いです」
胸の奥がざわめく。私は彼女を鋭く睨みつけた。
「王女殿下……。あなたは、自分がしていることが分かっているのですか?」
ステイシアはゆっくりと歩み寄り、私を見下ろすように立つ。
「お姉様は私に偉そうに説教しようとしますが、元々この力は、お姉様の力ですよ?」
「……どういうことですか?」
「私は詠唱しなければ魔法を発動できませんが、お姉様は生まれながらにして、魔法を詠唱することもなく、身体中に『魅了』の力を発現させることができるのです」
ステイシアは、私の至近距離に顔を近付けた。
「お姉様は不思議に思わなかったのですか? 国王であるお父様をはじめ、なぜ多くの人が理由もなくお姉様を好ましく思うのか。──それは、お姉様が無意識のうちに『魅了』の魔力を周りに振り撒いていたからです」
彼女の瞳から光が消える。そして、彼女の手が私の頬に添えられ、怒りと共にその爪が立てられた。
「……旧図書館で、お姉様がこっそりお兄様とキスをしていたあの日々、あれで、お兄様の心は完全にお姉様に支配されてしまったのです」
息が詰まった。それは、私とレオンしか知らないはずの秘密だった――。私は動揺に耐えきれず、目を大きく見開いたまま、思わず視線を落とした。
だが次の瞬間、冷たい指先が私の顎を掴み、強引に顔を上げさせた。ステイシアが、私の瞳を覗き込んだ。
「……お姉様。ラインフィールドの王族が全員、首を切り落とされる中、どうしてお姉様だけが生かされていたと思いますか?」
その声は、まるで氷の刃のようだった。かつて、姉妹のように仲良くしていた頃のステイシアの面影はまったく無い。
私の喉は固く閉ざされ、言葉は一つも形にならない。唇を噛み、ただ彼女の瞳を見返した。魔法の残滓によって紅の光を宿したその瞳は、私の沈黙を愉しむかのように揺らめいていた。
やがて、ステイシアは不要になった玩具を投げ捨てるかのように、私の顎を掴んでいた手を放す。そして、再び私を蔑むように見下ろした。
「お姉様をここで……、私の手で、惨殺するためです」
その言葉が空気を震わせた瞬間、背筋を氷柱が這い上がった。目の前に見える世界がゆっくりと歪んでいくように感じる。彼女の声だけが、鮮やかに耳の奥で何度も反響した。
「……王女殿下。以前、私たちは、あんなに仲が良かったではありませんか」
声が震えるのを抑えながら、私は言葉を続けた。
「一緒にお茶を飲み、魔法の勉強をし、夜更けまで悩みを打ち明け合いました……。レオン殿下の誕生日には、こっそり贈り物を用意して驚かせようとしたこともありました。……王女殿下は今、ガルディアの悪魔に憑かれているのですか?」
ステイシアは、氷のような視線を私に向け、鼻で笑った。
「ふふっ……、面白いことをおっしゃいますね。私は正気です。それに、お姉様との日々は、私が聖女の力を手に入れるための演技だったに過ぎません。これが本来の私です」
そのまま、彼女はゆっくりと腰を落とし、私と視線を同じ高さに合わせる。
「……私はお姉様が……、あなたが、ずっと大嫌いでした」
吐き捨てるような声が、耳の奥に突き刺さった。
「口先ばかりの綺麗ごとを並べ、お兄様に近づき、聖女の力で色目を使ってその心を奪った。挙げ句、平然と婚姻まで結んだ……。二人の結婚式のあの日、お姉様に聖女の力が無ければ、私は迷わず、その場であなたを殺していました」
言葉の最後に、彼女の瞳がわずかに細められた。それは憎悪を宿したまま、静かに燃え続ける焔のようだった。
「……あなたは、綺麗で純粋だった私のお兄様を穢しました」
ステイシアの声が、怒りで震え出した。
「その汚らわしい身体でお兄様に触れ、その卑しい唇でキスをし、『世継ぎを作るため』という口実で、夜ごと淫らに交わった……。私は、当時の全魔力であなたに堕胎の呪いを掛けていましたが、それでも二人の行為を想像するだけで気が狂いそうでした」
ステイシアはすっと立ち上がる。そして、罪人を見るかのように、これ以上ない怒りの表情で私のことを睨んだ。
「無垢だった私のお兄様は、もう戻ってこない! 私が大切にしていたお兄様は、もういない! ――だから私は、あなたを絶対に許さない!」
次の瞬間、私の視界が横に弾け飛んだ。ステイシアが私の頬を思い切り蹴り飛ばしたのだ。頬に走った衝撃は、骨を砕くような重さを伴い、口内に鉄の味が広がった。
私の両手には重い鎖の手枷があり、その蹴りを防ぐ術はなかった。直撃した蹴りによって、私の何本かの歯が砕けて床に転がった。普通なら首が折れていてもおかしくない一撃だったが、かろうじて残っていた聖女の加護の力が、私の身体を守った。
「あまりの怒りで、つい手が出てしまいました。……あっ、手ではなく足でしたね」
ステイシアは口元を覆い、クスクスと笑う。その声は、私を嘲り笑う悪意を包んだものだ。
彼女は再び私の前にしゃがみ込み、瞳を細めた。
「聖女の力を奪った後のお姉様は用無しです。……さぁ、どうやってお姉様を殺しましょう?」
頭の奥で鈍い痛みが脈打つ。意識が霞み、視界が揺れる中、私は必死に身体を起こした。
「あ、そうそう、ご安心ください」
ステイシアは、まるで世間話でもするかのような軽い口調で言った。
「私は低俗なものを見るのが嫌いなんです。ですから、お姉様に男をけしかけたりはしません。ちゃんと、私の手で、お姉様を苦しませて殺して差し上げます」
底知れぬ冷たさを含む彼女の笑みは、以前のステイシアとは似ても似つかなかった。
「お姉様の手足を切り落として、数日間放置しましょうか? いえ、生きたまま開腹のほうが良いかもしれません。でも、あまり早く死なれては困りますね……。とはいえ、このままみじめに糞尿垂れ流しにさせたままだと、数日で餓死してしまうかもしれませんし……」
すると、彼女は何かを思い出したように、嬉しそうに胸の前で可愛く両手を合わせた。
「あっ、そういえば、全身に激痛を起こす魔法があったはずです」
軽やかな足音が、湿った石床にパタパタと響く。ステイシアは地下牢の出入り口近くまで駆けていくと、床に置かれた革のカバンを開き、嬉々として一冊の古びた本を取り出した。その指先が、乾いた紙をパラパラとめくる音が、部屋に大きく響いた。
私は口の端から血を垂らしながら、問いかけた。
「……ステイシア王女殿下。その本は、何かの魔法書なのでしょうか?」
「……お姉様は黙っていてください」
視線を本から外さぬまま、彼女は面倒そうに吐き捨てる。
「私がお姉様に答える義務はありません。私が話しかけるまで口を開かないでください」
それでも私は、血の味を噛みしめながら言葉を続けた。
「王女殿下……。私はおそらく、その本に記された魔法によって、ひどい苦しみを受けながら死ぬのだと思います。ですから、心の準備をするため、どのような魔法によって死に至るのか、せめて最後に教えていただけないでしょうか? ……私は自分が思っていたよりも愚かな人間でした。死ぬのが怖くて仕方がありません……。死にたくありません……」
ステイシアは冷たい光を宿した瞳で、涙を流す私を一瞥すると、本をパタンと閉じた。そして、ゆっくりと本の表紙をこちらに向けた。
その表紙には、ラインフィールドの古代文字で「聖女の書」と書かれていた。
それは、ステイシアがガルディア王国に出立する前に、「魔力共有の方法が記されている」と言って私に見せてくれた本だった。ほとんどのページは欠落だらけで、唯一、魔力共有のページだけが判読可能だった。
しかし、淡く魔力を帯びて光るステイシアの指先が本の表紙をなぞると、表紙にあった「聖女の書」の文字が黒い靄に包まれ、別の文字へと変貌していった。そして、ラインフィールドの古代文字よりもさらに古い、大陸古代文字が現れた。
「──これは『魔女の書』です」
「……魔女の書?」
私がそう口にすると、彼女は再び面倒くさそうに口を開いた。
「古に大陸全土を支配した大帝国──『魔女帝国』の女帝の末裔が記した本です。この本には、残虐非道で高慢な魔女たちが生み出した、大魔法の数々が記されています。『魅了』の記載もありますし、それを防ぐ方法も書かれています」
「魔女帝国」──聞いたこともない名だった。ラインフィールドの歴史書にも、その記録は一切ない。聞きたいことは山ほどあるが、今はステイシアの機嫌を損ねるわけにはいかない。私は、胸の奥に渦巻く疑問を押し殺し、最も知りたいことだけを選び取った。
「……その『魔女の書』、王女殿下はどこで手に入れられたのですか?」
ステイシアは怪訝そうに眉をひそめ、私の質問に答えるべきか迷うように沈黙した。しかし、少しの間を置いて、口を開いた。
「……この本は、王立魔法学園の旧図書館にある禁書庫に保管されていました。私はそれを偶然見つけたのです」
そう告げた彼女は、ふと何かを思いついたように表情を変え、再び私の前にやってくると、しゃがみ込んで笑みを浮かべた。
「そういえば、お姉様はいまだに『聖女』の存在を信じていらっしゃるのでしたね?」
彼女の唇の端が、嘲るように持ち上がった。
「大変残念ですが、この世界に『聖女』なんてものは存在しません。存在するのは『魔女』だけです」
私はステイシアの言葉を聞いて、思わず目を見開いた。
「『聖女伝説』は、魔女達が民衆を支配するために作り上げた虚構なんです。そして、お姉様が血を引くという聖女様は、魔女帝国を分割支配した『七大魔女のうちの一人』です」
ステイシアは、言葉を失った私の様子を見て、愉快そうに笑った。
「ふふっ、お姉様の反応は本当に面白いですね。……あっ、そうです。この本の内容は、きっとお姉様を絶望させるに違いありません。ですから、お姉様を殺す前に、少しだけおしゃべりして差し上げます。お姉様は真実を知って、どんな顔をなさるのでしょう?」
そう言って彼女は立ち上がり、ゆっくりと本を開いた。
そして、ラインフィールドの歴史書には一切登場しない『魔女帝国』の歴史を語り始めた――。




