第13話 聖母と死神 エレオSide
愛しのソフィアを攫った一団が、放火した王宮の小火騒ぎの鎮火を見届け、急ぎソフィアのあとを追いかけようとしたが、ここでとんでもない事態に遭遇することになってしまった。
国王でもある父上の従者が僕のもとへやって来たのだ。
「エレオノーラ殿下、国王陛下がお呼びになっておられます。至急、執務室へおいで下さいませ」
『チッ』
(忌々しい父上め、早く愛すべきソフィアのもとへ駆けつけたいというのに…… きっとボヤ騒ぎに対してのお叱りだろう。早めに切り上げてソフィアを追いかけよう)
「相分かった。すまないが今からそちらへ向かうと陛下に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
父上の従者は僕からの言付けを伝えるべく、焦げ臭くなった王宮内へと消えていった。
警備兵と共に消火活動を手伝い、全身煤まみれの真っ黒では、父上との謁見は出来ないと判断し、洗顔と着替えだけ済ませてから父上のいる執務室へと向かった。
◇
『コン コン』
「エレオでございます。只今、参りました」
「入れ」
ドスの利いた低い声が僕を地獄に招くように響く。意を決して執務室に入ると、そこには父上と普段は『天使の微笑みの聖母』と二つ名をいただく母上が地獄の門番の如き形相で僕を睨み付けていた。
(こんな母上の形相を今まで見たことがないぞ。危うく火事で大惨事になるところだったからなぁ~ 折檻は甘んじて受けやろうじゃないか)
「キサマ。そこに座れ」
母上は稲妻の如き憤怒の声で床に指を差した。
「ハ、ハイィィ!!」
僕はこれまでどんな恫喝にも屈しない鋼のメンタルを持っていると自負していたが、母上のパワハラ紛いの恫喝に屈し、新兵が超極悪鬼軍曹が『新兵の本分』とは何ぞやと問われ、あまりの恐怖に戦慄き、目にも留まらぬ速さで床に正座をした。
「どうしてキサマがここに呼ばれたか分るか?」
母上の重低音と化した低い声が執務室に響く。
(ヤバい。ここで母上への受け答えを間違ったら、確実に亡き者にされてしまう。良くても全治六ヶ月のベッド生活が待っている。それではソフィアを追いかける事が出来ない。慎重に答えねば……)
「はい…… 母上。それはボヤ騒ぎの件でしょうか?」
目の前の鬼子母神に恐る恐る答えた。
「ハァ~!? わざわざそんなことで、キサマみたいなゴミ虫を呼び出すわけがねぇだろう!」
「へぇ!? ゴミ虫?」
まさか天使の微笑みの聖母と呼ばれる母上から、実の息子である僕がゴミ虫を言われるとは夢にも思わなかった。
「まあまあ、ママも落ち着いて『オリミンガーの死が……』」
「ぐへぇ」
父上の脇腹に母上の強烈なボディーが突き刺さっていた。父上は呼吸困難にでもなったのだろう。涙目で悶絶をしていた。
「お前は黙ってろ!」
『コク コク』
母上のドスの効いた一言に、父上は口が開けなくなったのか、頭を上下に振り涙を溢しながら下を向いて深海の底の貝のように口を閉ざした。
(父上、今…… オ、オリミンガーの死神と言いそうになったよね? それは…… 伝説のオリミンガーの死神の事じゃないのか? まさか本当にオリミンガーの伝説が存在するのか…… あれは単なる噂話じゃなかったのか)
オリミンガーの死神伝説とは、魔境の森と呼ばれる広大な森から魔物たちが溢れだし、魔物たちは街や村を襲い壊滅させていった。そしてオリミンガー王国存亡の危機が訪れた時、王国と国民の平和と救済の為に、一人の少女が立ち上がった。少女は次々と極悪無比の魔物たちを素手と広域殲滅魔法の力技で葬り、ついには一匹の魔物を残さず討伐した。そしてオリミンガー王国に平和がもたらされたのだった。
のちに彼女は聖女と勇者の称号を与えられ『聖勇』となった。国民から『聖勇様』『オリミンガーの死神』と呼ばれ、人々から崇められていたが、聖勇は突然、国民の前から姿を消したのだ。そのあとの聖勇の姿を見たものは誰もいない…… というのが伝説の噂話なのである。
(もしかして母上がその聖勇、オリミンガーの死神なのか? 信じられん。あの天使の微笑みの聖母がオリミンガーの死神だなんて…… しかし今、目の前にいる母上を見ていると、オリミンガーの死神というよりは『オリミンガーのオーガ』と言った方が適切ではないのかと声に出して言いたい)
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