第70章 イメージチェンジと新たな予感⁉︎
お久しぶりです!
いつも長くお待たせして申し訳ございません…
今までで一番目まぐるしくも、圧倒的に充実した夏休みが終わった。
久々に袖を通す制服を身に纏い、新学期初日の登校だ。
さすがの圭太も朝は眠い。身支度を整え朝食も済ませて玄関を出る。
「今日も暑い…行ってきまーす」
玄関を出て、向かいの幼馴染の家の玄関が目に入るが、きっと今頃バタバタと起きて準備でもしている頃だ。待っていても時間も掛かるし、容赦なく置いていく事にした。
登校する道中、大通りに出ると現行リッターバイクが通っていった。装備からしてツーリングの道中だろうか。
「いいなぁ」
もちろん、バイクがではない。
ツーリングに出かけるライダーに向かって、ついポツリと出てしまった言葉である。
この夏は、チームでも個人でもかなりバイクで走り回ったはずなんだけど…と自分の欲に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
あの高回転域の高揚感…反面街中での低速域の安定感…その時々で感じる風や音はどうやらこの数ヶ月の間にすっかり圭太をバイクの魅力に引き摺り込んだようだ。
いつの間にか、圭太の頭の中は新学期の事から次はどこに行こう、に変わったのだった。
始業式の後、放課後になった。
特に誰かが怪我をしたとか、家出したとか、はたまた学校を去った…のような話も無く、3年生の圭太達の2学期が新たに始まった。
「さて…」
気のおける友人数人との会話もそこそこに席を立って、ふと廊下側の一番後ろの席に目を向ける。
朝、盛大に寝坊したのか朝礼ギリギリに駆け込み登校し、クラスメイトを爆笑させた三笠 由美も今日は久々にクラスの友達と会話を弾ませており、まだ帰る気配も無い。
「…帰ろっと」
自分も友人達の輪に入って長居していってもよかったのだが、どうも今朝のツーリングライダーの姿を見て心が浮ついてしまったのが自分でもわかる。
帰宅して着替えを終えると、FXのカバーを外してみる。
蒼く美しい車体が姿を現した。直線的デザインの中に僅かに丸みを帯びた車体は圭太を挑発するかのように佇む。
キーを差し込みイグニッションをONにして、チョークは引かずにセルを回す。
きゅっ…!ファァン!…ボボボボ…
静かに1発で目覚めたエンジンは静かに低く鼓動する。
ふと、物置に目が行く…縦長の段ボールが立て掛けられている。
誕生日に貰ったモナカタイプの集合管だ。4-2-1タイプの集合で、出口先端にはアルミのサイレンサーが輝いている。
今まで換えてみようと思っていたものの、純正のスタイリングや音も捨て難くなかなか作業に入れなかったのである。
「とは言っても…自分に合わなければまた戻せば良いんだから」
自分にそう言い聞かせると、物置にこんな事もあるだろうと用意しておいた安物ではあるがラチェットのセットとスパナを数本を持って、ついにマフラー交換を決意したのだった。
「一応…やり方は調べておいたし…マフラーガスケット…液体ガスケットはエキゾースト用…ソケットのサイズも…うん、大丈夫」
圭太はZ400FXの右前側から作業に取り掛かった。
一方その頃
白い車体にグリーンのラインが眩しい、400SSマッハ…操るのはもちろん、赤城真子である。
ここは首都高湾岸線…大黒から川崎、羽田方面へ向かっている。何か特別な用事がある訳ではなく、ただ単独で流している。
3本出しの爆竹チャンバーは最近グラスウールも換えて、多少低音が強調されるも相変わらず甲高い排気音と白煙をあげながら工業地帯の海の上をノンビリと走っていた。
「たまには1人でゆったりするのも良いわね」
350SSから排気量が上がった分、低中速域が増えた自慢のエンジンは高速巡航も卒無く熟す。時折全開まで回してやれば被る事も無い。
普段は戦闘モードの真子だが、今日はノンビリ首都高ツアーを楽しんでいる。普段は付いてくる妹達は今日から夏休み明けであるから、久々のソロツーリングを満喫していた。
「あら?」
ミラーに背後から迫り来る影を認める。
丸型ヘッドライトであること以外の情報は振動で震えるミラーからは読み取れないが、3車線ある湾岸を真ん中車線で…真子の直線上に加速して迫ってきている。
「のんびり流してるだけでこっちにその気なんかないわ…早く抜きなさいよ」
ついにはテールに張り付いた相手に向かって手で合図するが…後ろのソレは全く意に解さず張り付いたままだ。
「今時のリッター車乗りとか?んっとに迷惑だ…そんなに女のケツに張り付きたいのなら…!」
2つシフトダウン…3速パワーバンドからの急加速…!
ギャっ‼︎クォォォオアアアアアア‼︎
「白煙地獄を味わいなさいな‼︎」
しっかりと爆煙を撒き散らしながら、マッハが吠えた。
荷重がほとんど後ろに乗るのが分かる強烈な加速…!チャンバーとキャブ、ポート加工に点火系で20馬力近く馬力を上乗せされた狂ったエンジンは猛然と加速していく。
「…」
フォァァアアアアア!
背後に張り付いていたマシンも追従してきた。
「音からして4発…同じ排気量と見た…相手にとって不足はない!」
爆竹チャンバーから伸びる白煙を嫌ってか右に避けていく…その姿から大体の車格を割り出した真子はさらにシフトアップしていく。
「…⁉︎」
背後のマシンが伸びてきた…4発マルチサウンドが先程より近くに聞こえてきた。
長いトンネルに入る…2台のサウンドは混ざり合い、まるで竜の咆哮のようにあたりに轟く。
真子のマッハが5速に入れて、いよいよトップスピード…その高みに向かいつつあった瞬間…
フォァァアアアアア!
「並んで…きた…!」
焦るな…こちらだってまだ…!
「な⁉」
しかし、真横に並んだそのマシンを見て真子は目を見開いた。
CBX400F…かつてホンダが作っていた80年代を代表するマシンだ。
︎ナトリウム灯で少々わかりづらいが、青白のトリコロールカラーのCBX400Fがほとんど横並びにつけてきた。
「このっ…!」
トンネルを抜けてなお、お互いに全開…!パワー的にもノーマルから絞り上げた自慢のトリプルが、ノーマル48馬力のCBXに並ばれたことに驚きを隠せない…パワーウェイトレシオでも勝るこの400SSが…
しばらくの平行戦は、見る者が見たら凄まじく魅力的な一戦であっただろう…世代違いのマシンの全開バトルの終わりは突然迎えた。
「チッ…!」
クォォォ…バラッ…!クォン…!
アクセルを先に緩めたのはなんと…400SS…!
クラッチを切りエンジンを煽りつつブレーキでジワりと減速してまたクラッチを繋ぐ…5速5000回転を少し超えたあたりで前を見ると、特徴的なコンビネーションテールが高音と共に徐々に遠ざかっていった…
「そんなバカな話…っ!クソっ‼︎」
自身のプライドと、浮き彫りになったマシンの弱点…その悔しさから思わず感情が爆発した。
一方
「ふっ…」
トリコロールカラーのCBXのライダーはヘルメット内でほくそ笑んでいた。
「さすがマッハ…と言った加速には驚いたが…なるほどたしかにロケットみたいなバイクだ…『トップスピードの維持』が苦手なのもロケット並だな…!」
CBXはスピードを落とす…ゆっくりと台場方面に降りて行く…
「女だったな…アレが神奈川で今ウワサのグループの1人か?楽しみが増えたナ」
一方圭太は…
「ふぅ…ナットは締めた、ガスケットは塗った…ステーの固定…よし…」
マフラーを交換し終え、作業完了。
「ノーマルマフラーがあんなに重たい物だったなんて…ふぅ…」
壁に立てかけたメッキマフラーを見て汗を拭う…このノーマルマフラーに比べたら今取り付けたマフラーは本当に軽くて驚いてしまう。
「さて…!ついに完了したわけだし、ちょっとエンジン掛けてみようかな!」
初めての社外マフラー…出口先端で鈍く光るアルミモナカに胸を高鳴らせて圭太はキーON、セルに指を掛けた。
キョカッ…!
コォアアン‼︎……ボッボッボッ…!
「…わぁっ!」
由美のゼファーとも、洋介のヨンフォアとも違う、中高音が強調されたようなサウンドに思わず顔が綻んだ。
「コレ…いいな…うん、すごくいい…」
スタイリングもよりシャープに一身したFXを眺めて、圭太は部屋へ戻りジャケットとヘルメットを掴んで急いで跨った。
走りたい…圭太とFXは滑るように走り出した。