第64章
夏休みツーリングも無事に終了して、はや5日目を迎えた日の事である。
「嬢ちゃん、今日はもう上がっちまいな」
新しく敷き終わったアスファルトの焼けた独特な匂いが立ち込める工事現場で年配の男が汗を拭いながら言った。
時刻は17時も過ぎ、夕暮れ時とはいえども気温は相変わらず高い。拭っても拭っても垂れてくる汗に痺れを切らし、男がヘルメットとその中に巻いていたタオルを取り去ったのを見て、嬢ちゃんと呼ばれた茶髪の少女…榛名玲香もヘルメットを脱いだ。
「ふぅ…じゃあおっちゃん、お疲れな」
男に向けて愛想よく手を上げて仮設事務所に向かいロッカーの中にドカヘルをぶち込むと、用意していた新しいタオルで顔を拭いてから…代わりに日章旗カラーに塗られたコルク半帽を取り出し、作業着はそのまま事務所内のみんなに挨拶もそこそこに事務所を出た。
「お前はなぁ…まぁたそんなモン持ってきてからに…」
先ほどの男がスポーツドリンクを片手に持って玲香の半帽に指をさした。
「あたいの拘りだからね、そんじゃお先!」
元気良く手を上げて走り去る玲香に呆れつつ、男も軽く手だけ上げて見送った。
「はぁ〜終わった終わった!」
仕事モードから解放され、ルンルン気分で駐輪場に向かう。
現場に停められれば一番良いのだが、彼女の愛車…CB400T ホークⅡは通勤車両にしては些か派手すぎる。一度現場にそのまま出勤した時、親方に怒鳴られて以来近場の駐輪場に停めることにしているのだ。
「さーて…こっからだと流石に相模は遠いしなぁ」
途中自販機でオレンジジュースを買い、この後の予定を考えてみる。
相模に行って由美や美春達と遊びたいなぁ、とは思いつつ、残念ながら現場は横浜の海側であり、流石に今から頑張って行く元気も無い。
どうしようか悩みながら歩いていたが結論が出る前に高架下の駐輪場に到着してしまった。
「ま、走りながら考えよっ!」
目の前のホークⅡのシートに跨り、キーを捻るとスターターに指をかけた。
キュルルっ…!
ブァン…‼︎ブァァァアァァァ…‼︎
蓮切りにされ黄色の直管が一瞬身震いしてから、あたり一面に響く2発の爆音サウンド。
「くぁああっ!このサウンドの為に働いてんだよね、ホント!」
仕事終わりのビールを語る中年のおっちゃんのような事をのたまう。
「とりあえず…たまには繁華街にでも行こっと!」
そう決めると愛車を引きずり出してギヤを入れ、ホークⅡはバブのアダ名の由来である排気音を響かせながら駐輪場を後にした。
快音…とは少し違うが、辺りを振動させるような爆音を発しながら、周りを走る車やバイクを蹴散らすように走るCB400T。
「あっちぃ〜…夕方っつーのになぁ」
信号で停車し、汗を拭いつつ言った。辺りは帰宅ラッシュの時間帯で、歩行者も多い。
「ん〜…暇だし山下公園から本牧の『いかにも』なルートでもたまにはいいかな」
現在地からいえば、山下公園までは遠くも無く、そこから本牧埠頭ならすぐである。
しかし、この『いかにも』なルート…やはりというかなんというか暴走族のメッカなだけありケンカなどの多発地域であり、やはり治安はよろしくない。
しかし、玲香か知る限り少なくとも今日は大丈夫な日であるはずだ。いくらお祭り大好きな『月光天女』三代目も不用意な揉め事は避けたい。
「そーと決まれば!」
ブァァアっ…‼︎ブァァァァアアアアア‼︎
信号が変わるとともに、交差点をアクセル全開にしてかっ飛んで行った。玲香の去った後の交差点では消えゆくテールに対して冷ややかな視線と、遠ざかる爆音のこだまだけが残っていた。
港町横浜…
古くから港町として栄え、日本初の鉄道の開通や海外娯楽の輸入などが盛んに行われ、今でも随所に古い歴史物が点在している。
そんな横浜が誇る山下公園には、かの有名な氷川丸や赤い靴の少女の像があり、向かいにはベーブ・ルースも宿泊したホテルがそびえ、数十メートルも行けば中華街にマリンタワーもある。圭太達も訪れた横浜の観光拠点である。
「………」
そんな横浜が誇る山下公園のそばで愛車を停車させて、辺りを見回す。辺りにはカップルや家族連れの山…夏休みなのだから人が多いのは当たり前だが…。
「…ひとりでくる場所じゃなかったなぁ……」
一匹狼 (自称)な玲香はちょっぴり寂しい気持ちになりながら沈みゆく夕焼けを眺めた。
これからよるになれば山下公園はカップルの巣窟となり、数メートルごとに設置されたベンチはどこを見てもどこまで行ってもカップルが占拠しており、氷川丸前ではそれはもうジャックとローズを演じているんじゃあないかと思うほどにイチャイチャな雰囲気を醸し出すカップルが多数出没する。 (多少誇張かもだが…)
「はぁ…あたいも姐さまと…」
意中の人物…真田美春の顔が夕日に浮かぶ。
しかし世の中は非情である…美春は同性で、しかも彼女にはあの相模の生ける伝説、霧島 旭の恋人なのだから。
どこまでも自分に突きつけられる悲しい現実から目をそらすように、玲香はホークⅡのセルを回すと爆音をたてて走り去って行った…
「太陽のばかやろぉ‼︎」
ブァァァァアアアアア‼︎
音は相変わらず大爆音だが…直管をハス切りにしているだけにやはり下が回らない2気筒3バルブのエンジンの咆哮が本牧埠頭に響き渡ったのは、日も完全に沈みきった頃であった。
ローリング族対策に敷き詰められたキャッツアイを抜けて海釣り公園の脇にある公園の駐車場にホークⅡを停めて、自販機のコーヒーを飲む。
「いつ来ても誰もいないんだよね、ここ」
タバコに火を点けて辺りを見回しながらひとり呟く。海釣り公園からは閉園を知らせる放送がしばらく鳴っていたがそれも止むと、波の音と埠頭から出入りするトラックの音、そして海風の風切り音だけが支配する空間になった。
玲香はしばらくタバコを吸ったり自分の愛機の写真を撮って由美と美春に送りつけてみたりしたりしていたが、やる事もなんにも無くなると、やがてホークⅡに跨り駐車場を後にした。
「しかしなんというか…」
のんびりと愛車を走らせながら辺りを見回す…確かに今日は特に何かがある日ではないのだが、それにしても静か過ぎる。
普段であれば自分のような単独流しの単車やドリフト族が走っていたりするのだが、今日はそういった者は自分以外には皆無である。
「まぁ、あたいの前に道は無く、あたいの後ろに道が出来るってことねっ!」
そんな事をのたまいアクセルを開けた瞬間であった。
「あららっ?」
本牧埠頭にある廃墟と化したアパートの駐車場に、車種は分からないが自分の愛機にも装着しているような3段シートをつけた単車と、それに向かって歩くふたつの影が見えた。
「…どーしよっか」
普段であれば全く気にも止めず素通りする場面であるが、2人の手には油圧式と思しきカッターと工具箱…そして2人が歩いてきた方向の先には荷台ががら空きになっている軽トラが一台。
「ま、仕方無いか…!」
何かを決意したのか、覚悟を決めたような表情で、最近旭や洋介達に憧れて密かに練習していたスピンターンで進行方向を変え、アパートの駐車場に進入した。
「コラァ‼︎何してんだよコノヤロウ⁉︎」
玲香が由美達といる時には絶対にしない表情で叫ぶ。アクセルを吹かしながらヘッドライトで照らされた2人の男達は一瞬驚いたのかギョッとした表情を浮かべたが…
「…⁉︎んだよ、女ぁ1人だぜ?」
油圧式カッターを手にした男が落ち着いた顔でもう1人の男に言った。
「テメェ…女だからってナメてんなよ単車ドロがぁ…⁉︎横浜月光天女三代目だ」
玲香が威勢良く言い放つ。アパートの駐車場の出入り口は一つ…それを塞ぐ形でホークⅡを停めると地上に降り立った。
「誰の単車か知らねえけどなぁ、あたいは単車ドロが大っ嫌いなんだよ!」
威嚇しながら2人に近づく…が、男2人はどこか余裕すらも感じさせる態度で笑った。
「んだよ、乳クセェアマになぁにが出来んだよ?」
「オマケにバブⅡかぁ?ワザワザ届けに来たんかぁ⁉︎」
しかし先制攻撃を仕掛けたのは、多勢に無勢の榛名玲香であった。
「喰らいやがれっ‼︎」
左手でコルク半坊を相手に投げつける。しかしやはりやすやすとは当たらない。
「当たらねぇよこんなモンっ…ぐがぁっ⁉︎」
避けた片割れの男のヒザに尋常では無い衝撃が走る…ヘルメットはダミーで、小回りを効かせた素早い身のこなしで相手に近づきその膝に蹴りを一撃叩き込んだのだ。
「てめっ…コノヤロウ!」
崩れ落ちてのたうち回る仲間を見て冷静さを欠いて大振りで殴りかかって来た油圧式カッターの男…が、鋭い裏拳が男の顔面を叩き潰した。
「ぐぁぁあっ…⁉︎いてぇ…‼︎」
ゴシャッという音と共に崩れ落ちた男が顔面を覆いながら悲鳴をあげている。のたうち回るたびに砂利が辺りに散らばり、玲香をさらに苛立たせた。
「はんっ…!あたいをなめてかかるからこうなるのさっ!」
トドメの一撃を見舞おうと、拳を振り上げた瞬間であった。
「こんガキゃあ‼︎」
「⁉︎」
突如背後からの奇襲に玲香は焦りつつも、すぐに振り返ろうとしたが…少し遅かった。両脇を抱えられるようにして、身動きを封じられてしまった。
「テメェらぁ…!まだ仲間がいたのか…ぐあっ…⁉︎」
背後から奇襲を掛けてきた男に恨み言を吐いてはみたが、単純な力でな敵うはずもなく無理矢理押さえ込まれてしまった。
「ったくよぉ、大の男が2人してなぁにやってんだ?」
「いっつつつ…わりぃ、助かったわ」
一番最初に脛をやられた男がノロノロと立ち上がる。見れば残りの1人も鼻を押さえながら立ち上がった。
「おぃっ!離せよバカやろー‼︎」
ジタバタもがいてみるが効果も無く、まさに手も足も出ない状態になった玲香の様に男2人が笑った。
「ったく、妙に鋭ぇえからイテェ目ぇ見るんだぜ?シカト決め込みゃあよかったんによぉ?」
「おかげで単車ぁ二台に女が一匹…運がねぇなおメー」
ゲスな笑みを浮かべながら近寄る2人…押さえ込んでいる男の息も荒くなっていた。
「てめぇざけんじゃあねぇ!ヤられるくらいなら舌噛み切って死んでやる!」
怒りを露わに叫ぶ。しかし玲香は冷静さを欠いてはいなかった。
伊達にケンカ馴れしているわけでは無い、後ろの奴は足元ががら空きだ…もう少し引きつけて顎に蹴りを叩き込んでやる…そう闘志を燃やしながらタイミングを計っていた…その時である。
「なぁあにしとんじゃああ‼︎」
「べへっ⁉︎」
「ゴディバっ⁉︎」
突如として真横から現れた…いや、飛び蹴りで登場してきた影により2人の男は奇声を発しながらぶっ飛んだ。突然の事に玲香を押さえ込んでいた男の力が抜けたその時…
「…ふんっ!」
玲香が男の足の甲を踏み潰した。そして怯んだ男の顔面に自身の後頭部による逆頭突きを喰らわせると、ついでとばかりに振り向きざまに相手の腹に一撃叩き込んだ。
「あがぁっ…!」
「はんっ…あたいにあんなに長く触れていいのは姐さまだけなんだよっ!」
玲香が足元に転がる男に勝ち誇り、ふと背後を見ると…
「ふはははははぁっ!痛えか?痛えのかぁぁぁあああああん⁉︎」
「あべしっ!たわばっ!ぶべらっ‼︎」
謎の男が油圧式カッターの男の胸倉を掴みあげながら鬼の形相でビンタの嵐を喰らわせていた。
その後少し経ってから、窃盗犯3人は駐車場の片隅に壊れたマネキンみたいにぶっ倒れていた。
「ったく…」
男は狙われた自身の愛車に向かって歩き出した。
「やっぱ毎回駐輪場停めなきゃダメかぁ?」
ここにきて、玲香はようやくその単車と男のことをゆっくりと観察した…男の格好はニッカに半袖、ベスト…どう見ても職人である。しかし何故か肩には釣竿ケースと小型クーラーボックスが掛かっている…。そして男の単車は…。
「へぇ…GSだったのね」
紫メタリックの外装にBEETのアルフィンカバー、さらに真っ赤なフレームに白い3段シート…玲香のホークⅡに並び2気筒族車ベースの王者、GS400E。
「ぉ…?そーいやおまえ誰?」
「あたいかい?…んふふ、あたいは横浜月光天女の三代目アタマぁやってる榛名玲香ってんだ!」
「月光天女ぉ…?」
男が首をかしげる。が、玲香は何故か偉そうに踏ん反り返りながら続けた。
「そのGSにこいつらがちょっかい掛けようとしてたから守ってやったんだ」
フフンっ、と誇らしげに言う。またひとつ、チームの看板にひとつの功績を刻んじまったなぁなどと1人悦に入っていた時、それまで普通だった男の態度が一変した。
「あん?今時レディースかぁ?バカかよ」
ぷちん…!
何かが玲香の中で切れた。
「なんだって?」
「バカかってんだよ…いいかぁ?女かボーソーゾクゴッコやって男にチヤホヤされるなんて見てて情けねぇよオイ。女ならお淑やか〜にだな、単車だってもっと控えめな感じな車種で大人し〜く乗るモンだぜ?具体的に言えばゼファー400の…」
「ボーソーゾクゴッコだぁ…⁉︎ナメてんなよテメェ‼︎」
男が何か個人的な趣味趣向の意見を述べようとしていたが、その続きは玲香の怒鳴り散らした声によって掻き消された。
「せっかく単車ドロからどうにかしてやったのに、そのタイドはなんなのさ⁉︎あたいだって流石にアタマにキタぜ⁉︎」
玲香が怒り狂いながら男に詰め寄る。
女だから…このワードでバカにされる事を一番嫌う玲香に、男は言った。
「だいたい単車ドロが居たからってどーってこたねーんだよ。俺ん単車に手ェ出す奴ぁいねぇんだからよ」
「今まさに拉致られかけてたじゃないか…!」
玲香が言うと、男は玲香に背を向けてGSに跨がる。
キュルッ…!
ブァン…!ブァンバァァァァァァァ‼︎
「っ⁉︎」
2気筒ツインカム、ロングストロークエンジンにしか出せない吸い込み音が廃墟に響き渡る。その破裂音に似たエキゾーストはまさにGSサウンドだ。玲香も同じ2気筒エンジンだがショートストロークOHCエンジンのホークⅡとはまた違うサウンドにたじろいだ。
男はギヤを入れると玲香を無視して出口に走り出した。
「ま…待ちなよ‼︎」
玲香の制止も無視してGSは走り去って行った…。
その刹那…3段シートの背中に描かれた金剛力士像の刺繍が玲香の目を引いた。
ヴァンヴァァァアアアア…‼︎
埠頭の闇に消えていくGS400と男…玲香は愛車に跨がるとタバコに火をつけた。
「あのやろー…」
一方…GSの男もタバコを吸いながら愛車を相模方面へと走らせていた。
「あのおんなぁ…」
「「ムカつく…」」
時おなじ頃、同じようなふくれっ面で同じセリフを呟いていた。
そして翌日…
「んー…それは酷いわね!」
「だろー⁉︎」
喫茶店イエスタデイ…由美の親戚が営業しているこの店の奥の禁煙席で由美が大きく頷くと、玲香は身を乗り出して叫んだ。
「そもそも!あたいの活躍で単車が盗まれるのを阻止したのにさ!」
憤慨しながらアイスココアを一口。しかし甘く、冷え切ったココアであってもこの怒りは鎮火しないらしい。
昨日、その一件の後も玲香の怒りは収まらず、今日になってこの愚痴を由美に聞いてもらう為にわざわざ相模までカッ飛んで来たのである。
「でも、玲香もバイク泥棒を見つけたんなら、まず自分から行くんじゃなくて警察に通報するとか…」
それまで由美の隣で話を聞いていた圭太が最もな正論を言った。ちなみに圭太は玲香に呼ばれたわけではなく、由美に首根っこ掴まれて半ば拉致された形である。
「通報して警察が来る間様子を伺って…警察が間に合わなそうなら声をかけてみるとかさ」
しかしそんな圭太の言葉を聞いて、玲香は鼻で笑った。
「はんっ…マッポのやつに通報するくらいならあたいが直接行くに決まってるじゃん!」
この言葉には由美も圭太も苦笑いである。まぁ、ひとりしかいないとはいえ彼女は暴走族である。警察にはやはり敵対心があるようだ。
「まぁ、玲香が無事で何よりね!でも、玲香もむやみやたらにケンカしちゃダメよ?」
自分のコーラの入ったコップの結露を拭きながら由美が言った。由美としては、先日の綾のように無茶をして誰かが怪我をする事を一番恐れているのだ。
「だいたい、なんで私たちの周りの人達はすぐに怪我するようなことばかりするのかしら…!」
思い返せば旭は窃盗団に背中を切られたし、美春は翔子の義兄との件で自身は骨折などの重症を負い、怪我は癒えたが愛車も多大なるダメージを受けており、そちらは今もまだ復活していない。
「たはは…まぁ善処しまーす…」
本気で心配する由美に、少しだけ罪悪感というか、思うものがあったのか申し訳なさそうに玲香が頭を掻いた。
「しっかし…昨日のアイツだけは絶対に許さないよ、あたいは!」
「あー。わかる、わかんぜ、その気持ち」
「やっぱそっすよねー!」
時同じ頃、別の喫茶店の喫煙席にて。旭が腕を組みながら頷いた。
それを見てテーブルから乗り出す勢いでいるのは、『金剛會 十四代目会長』長良 賢である。
「やっぱ女でゾクゴッコしてんのぁ間違ってますよね!」
言いながらグイッとアイスココアを飲み干した。
「いやいやでもよぉ?オマエもな?せーっかく女の子が見ず知らずの他人である自分の為に身体張ってさ?単車守ろうって頑張ったわけじゃん?ちょーっとなぁ、普通に優しい言葉かけてやっても…ねぇ?」
賢の横で黙って話を聞いていた洋介が最もな正論を言った。
「いやいやいやいや…洋介さん、やっぱぁ女の子は清楚で清らかでないと!」
「わぉ…絵に描いたようなドーテー発言だなおい」
ちょっとドン引きしながら洋介が言った。
「まぁ、賢の気持ち悪りぃ発想はさておきだが…まぁ女がわざわざアブねぇ目に遭っちまうような世界にいるってのはな…」
ショートピースに火を付けながら旭が呟いた…。
「その心使いのお陰でわたし達もいろいろあったもんねー♪」
そして、その旭の身体に抱きつくように両腕を回すのは、真田美春である。いつもの間の抜けたトーンで旭に甘え始める。
「そりゃあおめっ…悪かったっつってんじゃねーか!だから単車死にかけながら組んだじゃねーか」
出会った当時の事を思い出しながら旭が言った。美春の拾ったGT380を巡る物語は去年の夏頃…そして…
「…まだサンパチは治らんのですか?」
賢が心配そうに尋ねる…先に出た翔子の義兄との件で未だに洋介の実家、『羽黒自動車』の倉庫に鎮座しているのだ。
しかし、旭はけろっとした感じで言った。
「いや、あと1割っくれーだな。補記類やら灯火類付けりゃあ、な」
実はコツコツと修理していたようだ。美春がニヨニヨとしながら旭に抱きついた。
「あっくんががんばって治してくれてるから、サンパチちゃんもすぐ復活しちゃうのだぁ♪」
「こーら、抱きつくんじゃねー、どさくさに紛れて匂い嗅ぐな、腕を揉むな」
甘え始める美春を適当にあしらっている旭…だが、その光景は同見てもイチャつくカップルそのものです本当にありがとうございました。
そして見せつけられている洋介と賢は滝のような涙を流した。
「うぁあ…俺も早く翔子ちゃんと深い仲になりてぇよぉ…」
洋介が涙を拭いながら言ったその一言に、賢は思わずくわえ掛けていたタバコを口から落とした。
「え⁉︎洋介さん、彼女できそうなんすか⁉︎」
驚愕の表情で問うと、洋介は途端にニヤニヤしながら頷いた。
「あー、まぁ、ちょっと…ね?」
「ね?ってなんすか⁉︎ね?って‼︎」
そのやりとりを聞いていたリア充2人もイチャつくのを止めて洋介に視線を向けた。
「はぐっち、しーちゃんといい感じなんだよねー♪」
「信じらんねーけどな?」
「HAHAHAHA…!俺にも遂に春が!…といいたい所なんだがなぁ…」
急にテンションがうなぎ登りからダウンしていく。
「しょーじきな所、良くわかんねんだよなぁ」
「何が?」
旭がショートピースをチェーンスモークしながら言うと、洋介は頭を掻いた。
「いやさ、翔子ちゃん、懐いてくれてるけど…単なる優しい年上のお兄さん的なポジションに見られてんじゃねーかなーって」
結構深刻そうな表情を浮かべながら続ける。
「そもそもさ?あんな可愛い天使みてーな子がさ?こんなガタイのいいくせに背の小さくて、小学生の時のアダ名がゴリって呼ばれてた男に気持ちを向けてくれてるのかどうか…」
いつになく弱気な…それ程までに本気で恋している洋介に3人は優しい表情で慰めた。
「よぉゴリ…翔子ちゃんは確かにゴリとは不釣り合いなくらいいい子で可愛いがな…そんだけの気持ちがあんなら、伝えてみんのも手じゃねーか?」
「そーだよゴリっち♪しーちゃん、結構ゴリっちの事を目で追ってるしゴリっちの話になると恥ずかしそうに顔を赤く染めて、それが可愛くてつい抱きしめすぎちゃうからいつも酸欠に…ごほんごほん…まぁ、しーちゃんなら大丈夫なのだ♪」
「ゴリさん…俺、ゴリさんの恋を応援しますよ!」
「うん、あのさ?俺が悪いんだけどさ、小学校の時のアダ名だからね?ゴリは小学4年くらいのアダ名だからね?掘り返しちゃダメだからね?」
嬉しい筈の励ましの言葉を台無しにされてどこか悲しげに洋介がツッコミを入れた。
「はぁ、ゴリさんはこっち側だと思ったんだけどなぁ」
「ちょ、どーいう意味だおめー?」
賢が悲しそうな表情で飲み干したココアの入っていたグラスの氷をかき混ぜながら呟く。なおゴリは無視された。
「ん、そういえば長良っち…ゆーちゃんに一目惚れしてその場で振られてたもんね」
以前、伊勢 俊一がXJ400で里帰りした際の事を思い出して美春がつぶやくと、賢も苦い笑いを浮かべた。
「いやぁ…三笠さんは…ははっ…振られるもなにも、ね…」
「いっその事、昨日会ったその娘と付き合ったらいいんじゃねーの?」
ゴリがつまらなそうに言った。
「だからゴリじゃねーって言ってry」
「何言ってんだゴリ?」
何かに対するツッコミを旭ぐ阻止した。
そして、ゴリの言葉に反論するように、賢が首を振った。
「いやいやゴリさん、冗談キツイっすよ⁉︎あんな茶髪で富士日章カラーのバブⅡ乗ったガニ股暴力女、オレぁゴメンっすよ!」
「ほぉ…死にたいらしいな」
「え、ちょ、うがぁぁぁぁあああああ⁉︎」
ゴリさん…もとい洋介が間髪入れずに賢のコメカミにアイアンクローを見舞った。ミシミシと音を立てる賢の頭蓋骨をBGMにしながら、旭と美春は賢の言った少女の特徴から、ひとつ思い当たる人物が浮上した。
「茶髪??」
「バブⅡ?」
美春と旭が互いに目を見合わせる。
「横浜でバブⅡで女で…」
「ん、あっくん、もしかして…」
「かもな」
2人が何か諦めにも似た何かを感じながらコーヒーを口に運ぶ。
「おらぁ、俺の名前を言ってみろぉ⁉︎」
「いだだだだぁ…!洋介さん、ごめんなざぁい…!」
どこかの三男みたいな表情とセリフで痛ぶる洋介と、やられてる賢を見ながら2人はため息をついた。
「まぁよ、とりあえず気分変えにどっか行くべーよ」
「そーだねぇ♪」
「よぉし。オマエの溜めてるGSのツケだけイジメてやる」
「そんなぁぁあ⁉︎」
強面男子3人とお馬鹿女子のグループはとりあえず場所を変えるため喫茶店を後にした。
一方。
「大体さぁ、GSなんて今時さぁ…!」
「あぁもうわかったわよ!何回目よその話!」
まだ愚痴をこぼしていた玲香の、シラフでありながらまるで熱中している時の紗耶香のカワサキトークばりに口から文句が止まらない。
「大体!月光天女の名前も知らないなんてさ⁉︎」
「はいはいはいはい…ほら美春ちゃんの写真見て落ち着きなさい」
やはり止まらぬマシンガントークに由美は適当にフォルダにあった写真を見せる。
「ふん、そんなことで釣られるわけない…クマー⁉︎姐様の麗しきナイスショット‼︎」
流石というかなんというか…簡単に釣られた上にデレっデレな表情でヨダレも垂らしながら由美のケータイを奪い眺め始めた。
「私、玲香の将来が心配」
「奇遇だね、僕もだよ」
いつになく冷静に本気で心配しだす由美に圭太も同意せざるを得なかった。
「まぁ、気晴らしにどこか行きましょ?せっかく玲香も横浜から来たんだからね!」
そう提案するや、未だ画面に釘付けの玲香と何もしていない圭太の首根っこを引っ掴むとズルズルと店を後にした。
「で、どこ行こうかしら?」
「えー…」
勢いよく出て来たはいいが何にも考えていなかった由美に、圭太は首を摩りながら呆れた。
「流石に遠くはキツイかなぁ」
数日前に千葉ツーリングに行ったばかりであるので、働いていない高校生の身分では遠乗りどころか日常の足としてバイクを使うのも辛いものがある。2人でどうしようかと話していると、突如玲香が思いついたようにた言った。
「あ!今から姐様に会いに行こう!」
「え?でもどこに居るかわかんないわよ…っと」
由美が玲香からケータイを取り返す。
「まず姐様のお店に行ってみて、いなかったら連絡してみよう!姐様にこの心に負った深い傷を癒してもらわなきゃ…あぁ、姐様ぁぁぁああああ‼︎」
叫びながら愛機のホークⅡに跨がると暖気の必要すらない程の真夏の快晴のお陰でスターター一発でエンジンが掛かる。
「はやくはやく!」
「はぁ…」
「仕方ないわね…」
目を輝かせながら催促してくる玲香に呆れ半分、感心半分で圭太と由美もそれぞれの愛機に火を入れる。
「じゃあ行くわよ!安全運転でしゅっぱーつ!」
由美の号令で、三人は美春の実家である真田屋に向かう事となった。
国道を突っ切り街道に向かう道を3台のバイクがそれぞれの個性を振りまきながら走る。
先頭の由美のゼファー改FX仕様のショート管から発せられる爆音はアイドリングではとぐろを巻くような低い唸り声だが、回していくとこれが気持ちの良い快音となり、玲香のCB400Tは大爆音に加えて絶妙なコールを挟み周りに近寄りがたい畏怖と…しかし見るとどこか目を奪われる雰囲気を振りまく。そんな中、最後尾を走る圭太のZ400FXが地味なのかといえばそれも違い、オリジナルの醸し出す綺麗なエキゾーストノートは3台の中で一番ノイズが無く、またフロントフェンダーからリアカウル、シートまで無加工の直線で構成されたラインの美しさがある。
人は良くこのバイクを無骨で硬派なバイクと言ってその魅力に引き込まらるが、その無骨さの奥にあるこの美しいデザインこそがZ400FXの真の魅力であると思う。
街道に入る。3台という少数の群れであるがそのバリエーションからか、昔を懐かしむ中年の男の視線やヤンチャな中学生、そして行き交う様々な人々に注目を受けながら街道を走れば、間も無く目的地の真田屋に辿り着く。
「姐さま姐さま〜♪」
「ちょ、GSじゃ追いきれねぇ…!ゆっくり行きましょうよー⁉︎」
仲の悪い似た者同士が出会うまで、あと3キロの道のりであった…
だいぶ前に完成していたの筈だったのですが…
申し訳ありません(汗)
まだまだ終わりませんよ!
今後ともよろしくお願いします(汗)