第62章 ポケットロケットに乗って
既に正午も過ぎ、間も無く午後が始まろうとしている頃…洋館一階にあるリビングに居た由美が目を覚ました。
「んぐ…ふぁぁあ…」
だらし無く…思い切りあくびをしてから辺りを見回す。
「はれ…?」
ベッドでは無く、ソファに寝ていたことに疑問を持つ…辺りには…
「真子さん?…凛まで?」
向かいで静かに寝息を立てる真子と足元で豪快にいびきをかく凛の姿を確認して、ようやく由美は今朝方の事を思い出した。
「そっか…あのまま寝ちゃったのよね」
隣に居たはずの圭太が居ない所を見るとどうやら先に起きて行ったらしいことは明白である。
「圭太ったら…起こしてくれてもいいじゃない」
ムスッとしながら圭太に悪態をつく…実際、圭太が起きた際がっしり掴まれていた腕を解いた際に起きなかった由美が悪いのだが、そんな事とはつゆ知らぬ由美は高そうな白いクッションをボフッと叩いた。高そうな白いクッションの反発力といえば素晴らしいの一言に尽きる。
「う、ん…」
「あ」
その音か或いは振動か、向かいの真子がもぞもぞ動いたかと思えば、ゆっくりと目を開いた。
「ん…?けーたくんは…?」
寝ぼけ眼で由美にたずねる。由美は少々呆れ顔で答えた。
「おはよう、真子さん。圭太なら先に起きてどっか行っちゃったみたいよ?私も今起きたのよ」
それを聞いて、寝ぼけた頭で真子が状況を整理した。
「むぅ…」
「あれ?真子さんってもしかして寝起き弱いのかしら…?」
寝ぼけた真子を見て、由美が意地の悪い顔を浮かべる。
どうやら真子は旭とは別の方向で朝に弱いようだ。普段クールで大人びた雰囲気の真子だが、今目の前にいる真子は年相応かそれ以下のような…カッコよくて綺麗でじゃじゃ馬を乗りこなすいつもの真子と違い、か弱く可愛い普通の女の子だ。
「あれ…凛じゃない…紗弥香でも…?」
薄く開いていた目が少しずつ開いて行く…どうやら由美を妹である凛か紗弥香と思っていたようである。
「んん、‼︎」
大きく伸びをする。美春に次ぐバストサイズが由美に向かって迫り出す。由美は「む…っ」と悔しそうな呻き声を上げた。
「…ん、エンジンが温まってきたな」
暖気完了ということなのか…と由美が思っていると、真子は完全に目を覚ましたようだ。ガバッと起き上がる。
「おはよう、まさか部屋に戻ることなく眠ってしまっていたとは…」
「流石に疲れたもの、真子さん達は昨日途中までレースみたいになっていたし」
灯台のある公園に行く道中を思い出す。
海岸通りのストレートでは綾の操るRZをブチ抜き「じゃじゃ馬」の仇名を証明したが、後半の峠ではやはり分が悪く (とはいえ凛は同じ400SSだが)旭のGT380と最下位争いになってしまったが…
「全く、おかげで帰りは散々だ」
ぽりぽりと頭を掻いた。
「それより汗もかいたし…まずは風呂でも浴びるかな」
「あ、いいわね!私も浴びたい!」
「うん、じゃあ行こうか」
そういって、2人が立ち上がろうとソファから足を下ろす…
ぐにゃ!
「ぐぇえっ⁉︎」
「ん?」
真子が何かを踏んだ…
「あら…何かと思えば凛じゃない」
なんでもない風に真子が言った。思い切り顔面を踏まれて、さすがの凛も慌てて飛び起きた。
「うぅ…ひでぇよ姉貴…寝起き早々踏み潰すなんて…」
頬をさする。
「足元で寝るほうが悪い。というか、何故足元にいるんだ?」
「ゔぇ⁉︎」
なんでもない疑問を姉に投げかけられ、凛は一瞬動揺する…まさか圭太の側に居たかったから、などとバレたら処刑されるのは明白だ。
「いや…!俺もよく覚えてなくて…!」
「んー、確かに疲れていたし、仕方ないわよね」
思ったより単純だった由美が納得すると、真子も納得した。元から疑っていたワケでもないので、この場が無事に収まり生き永らえた事に凛は安堵の溜息をついた。
「ま、とりあえずは風呂だな…昼間の露天風呂は最高の一言だ」
「やったわ!朝から最高の贅沢ね!」
「もう昼だけどな」
そんな和やかな雰囲気でリビングを後にする。
「うーーん!さっぱりしたわ!夜は気づかなかったけど、海が見えるのね!」
「やはり明るい時間の露天風呂はまた格別だな」
「ちょっと逆上せた感もあるがな…ていうかちょっと日焼けが沁みる…」
スタンド攻撃か⁉︎と言わんばかりに場面はキングクリムゾンし、風呂シーンは終了した…
「昼間から湯船に浮かぶその脂肪のかたまりさえ無ければもうちょっと気分がよかったかもだけどね」
「ふっ…負け犬の遠吠えか」
「ふんっ!」
「なんでも良いけど早くみんなと合流しよーぜ」
真子のバストサイズに嫉妬する由美を気遣ってかそうでないのか、凛が髪を乾かしながら言った。
凛は髪を乾かし終えると後髪を一本に纏め、トレードマークと化したポニーテールにした。
「よしっ」
「うーん、私も髪型変えてみようかしら…」
その様子をみて由美が呟く…。
そんなこんなで、3人は更衣室を出た。
「みんなちゅーもーく!」
あれからしばらくしてから、旧車物語の全員は食堂に集まっていた。由美が当たりを見回して、全員が集まっていることを確認して満足気に頷く。
「えー…残念ながら今日が最終日です。正直まだまだ遊び足りないしやりたいこともたぁあくさんあります!」
心底残念そうに顔を歪めた後、すぐに笑顔で言った。
「つきましては?最後にみんなでバーベキュー大会を開催したいと思うのだけど、どうかしら⁉︎」
「さんせー♪」
由美の音頭に美春がすかさず乗っかった。
「みんなで今回の旅の記念と、綾さんとの出会いを祝ってみんなで一日中騒ぐわよ!」
「ちなみに食材はあらかじめ用意しておいたから、全く問題はない」
真子の言葉に、一同は盛り上がる。
「何から何まで…本当にありがとうございます」
圭太が真子と凛と紗弥香…赤城三姉妹にお礼を言う。
「なに、今回ここに招待したのは私達よ、遠慮する必要はないわ」
真子がクールに言う。双子2人は圭太と話す真子が珍しく真っ当で普通に話せていることに内心驚いていたが、すぐに真子は圭太の手を取るとぎゅっと握りしめた。
「それより圭太くん、今日も私と一緒に添寝してくれなぶはっ⁉︎」
全てを話し終える前に、真子の後頭部に衝撃が走る。見れば、真子の背後に由美がいた。
「あらー?どうしたの真子さん、あたま抱えてうずくまって?」
「ぐっ…!あなた…その手に持ってるのは何かしら?」
真子がたずねると、由美はふっ、と笑った。
「いやね、ちょーど適度な質量を持った低反発なクッションがあったから、つい」
言いながら、由美は手に持ったクッションを見せてきた。真子をやった凶器はどうやらそれらしい。
「ま、これに懲りたら圭太にちょっかい出すのはやめぶっ…⁉︎」
仰け反り慢心していた由美の顔面に結構なスピードでクッションが激突した。
「あら、私の手元にも偶然クッションが」
「っつ〜〜‼︎もう怒ったわよ‼︎」
「かかって来なさい?きっちり調教してあげるわよ」
そして始まる2人の果てしなく無駄な争い…
「あーあ…」
「全く…」
側にいた玲香と千尋が言った。
「なぁ…?その、いつもああなの?」
綾がもつれる2人を指差して玲香にたずねると、玲香は頷いた。
「うん。あいつらバカなんだよ」
「にしても、圭太くんは冷静というか…なんというか」
暴れる二人をなだめる、ケンカの元凶の圭太を指差した。
「あーもう、二人とも落ち着いて⁉︎」
間に入ろうとするが二人は聞く耳持たず…圭太はあたふたしながら二人をなんとか出来ないか奮闘している。
「あーあれな?圭太ってば常人の100倍鈍いから…他人の好意に気付かないんだよね、うん」
「苦労するなぁ」
うるさい周囲を遠巻きから見ている2人…昨日までの2人は互いに険悪同士だったはずなのに、今では良い意味で凸凹コンビとなっている感がある。
しかし、いつまでもこの様な不毛な争いを黙認するわけにもいかない。
時間的にはすでに昼も過ぎているが、つい先ほどまで安眠していた所を半ば無理矢理拉致された者もいるのだ。
その中でも特に寝起きに弱く、やかましい美春と千尋に叩き起こされた挙句自身のアイデンティティーのリーゼントすらまだ出来ていない男の顔に血管を浮き上がらせるのには充分な騒ぎである…
「当たりなさい!」
「無駄無駄無駄ぁ‼︎」
あいも変わらずクッション戦争を繰り広げる由美と真子…圭太が争いを止めようと間に入ったが、間にはいるということは…
「ちょっと2人とも!いい加げうぁ…っ!」
期待通り2人の投げたクッションの餌食となったのであった。
しかし勝負はいよいよ佳境か由美が叫んだ。
「もうあったまにきたぁー‼︎これが最後よ⁉︎」
そう言って大きく振りかぶった。
もちろん遅れをとる真子では無い。その不敵な笑みはもうラスボス級である。
「ならば私の全身全霊!見せてやる‼︎」
何故かトルネード投法で構える真子。
「大リーグで鍛え上げられたこの豪速球!受けてみなさい!」
別に自分が鍛え上げたわけじゃあるまいに…と凛は思ったが黙っていることにした。無駄な被害は御免なのだ。
しかし自信たっぷりの真子に対して、由美も冷静であった。
「そっちが大リーグ仕込みなら、私は日本仕込みのマサカリよ!」
「あ、あれは村田兆治‼︎」
「…だれ?」
何故かマサカリ投法に食いつく洋介に対して、翔子が最もな疑問をひとり浮かべた。
「いっけぇぇえ!」
「うぉぉぉお‼︎」
2人の全力投球…‼︎周りは固唾を飲み込む…事もなく、ようやく終わりか、と言った気持ちで見ていた…。
そんな時だった。
この事態にそろそろ通常より低くなった沸点が頂点に達した男…霧島 旭が立ち上がった。
「「あ…」」
由美と真子が揃って口にした。
互いが投げたクッションは、もちろん間に入った旭に向かって…。
ぐしゃ‼︎
…旭の顔面を挟むように、2人のクッションがぶつかり合う。
「…あ、あの、旭さん?」
「…その…えっと」
「……」
由美と真子が恐る恐る声を掛けるが反応が無い…髪が降りていて表情がわからない…が、ようやく顔を上げた。
「…へぇ?」
すっごくニヤニヤしながら…
「「ひぃいあぁぁぁぁぁああああ‼︎」」
2人の情けない悲鳴から30分後…
「ったく、朝から怒らせんなよなぁ…」
旭はサッパリした顔でリーゼントを作っていた。
「いやぁ、あっくんはやっぱり朝がだめだねぇ〜」
「本当、見てて怖かったもん…でも、ゆーちゃん達が悪いから遠くから見てたの」
美春が笑いながら言うと、千尋は困ったように笑うと部屋の隅を指差した。
「翔子ちゃぁあん…こわかったよぉ」
「よしよし、由美さーん?もう怖くないですよー?」
「ふぇえ…紗弥香ぁ…」
「あの真子姉さんがこんな…⁉︎か、かわいいかもです…」
元凶の2人は旭の説教により、だいぶ絞られたらしい。
こうしたゴタゴタばたばたを得て、ようやくバーベキューの支度を始めた。
「炭良し!」
「肉良し!」
「野菜よぉし♪」
「うるさいぞ3バカ」
由美と凛、美春の掛け声に真子がぼそっと浜辺にパラソルを立てながら言った。
由美達旧車物語は初日と同じ水着姿だ。
「ふむ…絶景かな…」
「おめーやっぱ馬鹿だな」
腕を組み思い切り表情を緩ませる洋介に旭が呆れている。
「あっくーん♪」
美春が旭に向けて手を振る…
「ったくあの馬鹿は…ハっ⁉︎」
ついた悪態の割に満更でもない旭だったが、そんな幸せを脅かす脅威の存在に気づく。
「はぁはぁ…姐さまの水着姿ぁ…」
「玲香…」
「玲にゃん大丈夫?」
文字通り鼻血を噴き出しながら興奮している玲香にドン引きする綾と本気で玲香 (の脳内)を心配する千尋が居た。ちなみに玲香は黒のビキニで、綾はもちろん水着を持っていないし怪我もあるので玲香から借りたシャツにホットパンツだ。
「あぁ…その揺れる特大果実を○○○して×××して最終的にはあたいだけの@#/&♪☆→¥…ん〜…デリィシャス…ハァハァ…」
「れ、玲香!その辺にしとかないと…サンパチさんが…」
「あー…ちかたないね、あーやさん、そろそろ撤退時だね」
ひとりぶっ飛んじゃってる玲香を見捨てる決心をした千尋は綾の服を掴むと玲香の側から撤退した。
「デュフフ…wあたいったらどーしましょー‼︎」
「…へぇ?楽しそうなノーミソしてんな?オモシロすぎんゾ…?オイ?」
「あ…」
「…明日の朝刊載ったゾオメー‼︎」
「ど…ど不幸すぎるあたいっ‼︎」
「あーあ…」
本日二度目の爆発に綾がなんとも言えない表情を浮かべた。
「あ、圭太!お肉焼けたわ!」
「報告してくれるのは良いけど、根刮ぎ持っていかれちゃったらさぁ…」
由美がひょいひょいと自分のお皿に焼けた肉を乗せていく。
「おいひぃ!もぐむぐ…」
「食べながら喋らない!…あ、美味しい
!」
行儀の悪い由美に注意をしつつ、圭太も一口食べてその美味しさに思わずリアクションしてしまう。
「さぁさぁ、じゃんじゃん焼くぜ!」
「ちょっと凛お姉ちゃん!肉ばっかり焼いちゃダメだよ!野菜も一緒に!」
双子姉妹が食材を焼きながら何やら言い合っている。
「そういえば…」
圭太は一度お皿を置いた。目の前で半分火事になっている肉の救出活動に精を出す凛に瞳を向けた。
「凛はなんであんなに峠道とか速いの?」
「あん?なんだよいきなり」
焦げた肉片を勿体なさそうに救出するとしれっと妹の紗弥香の皿に置きながら凛が怪訝な顔をした。
「調べたんだけど、マッハって曲がらないし止まらないっていうのに凛は器用に乗りこなすからさ」
「あー…よく姉貴なんかにも聞かれるんだが、止まらない…ってのはあるけど、曲がらないってのは嘘だぜ嘘」
まるでなんでもないように言うと、肉を一口。
「もぐもぐ…ふぅ。だってさ、FXもヨンフォアもサンパチもリア荷重の単車だろ?今時のバイクみたいに走らせたら、そりゃあ曲がらないのは当たり前だよな?感覚で覚えるしかないけど、こう…うりゃっ!ってやりゃあグングン曲がるぜ」
「リア荷重…」
「そう、リア荷重リア旋回!」
凛がケラケラ笑いながら頷いた。
「FXだって遅い単車じゃねーし、それさえ掴めれば大した話じゃねー…あぁっ⁉︎カルビが自殺した⁉︎」
網から砂浜に転落したらしい、凛の足元に一枚、カルビが面白おかしく落ちている。
「あー…もったいねーなぁ…」
「ゴミ袋に捨てておかなきゃね…あ、そういえば由美は?」
砂浜のサラサラした砂で真っ白になったカルビを拾いゴミ袋に入れてから圭太が辺りを見回すと…
「あ、泳いでたみたい」
正確には波に打たれて喜んでいるだけだが、紗弥香や美春達と遊んでいた。
「みんなガンガン遊んでるね」
見ればみんな海や岩場、砂浜で遊んでいた。
「なんだよ、食ってるの俺たちだけ…あ」
急に顔を真っ赤にする凛…今気づいたがこれは所謂二人きりの状況…!
「あ…あの…さ」
「ん?どうしたの?」
自分を見つめる圭太の表情は優しい…こんな表情をされたら…
「その…実は…!」
「ん?」
言い淀む凛の言葉の続きを圭太が待っている。
(大丈夫だ…案外ヘタレな由美やハジケすぎちまう姉貴とオレは違う!女は度胸、度胸…あぁ、ヤバイヤバイヤバイ…!緊張が…‼︎)
「そ、その‼︎実は…!」
「そういえば、さっきから気になってたんだけど凛の口の横に焼肉のタレが…」
「おまえが…‼︎…は?」
凛の一大決心を、圭太が遮る。
凛は自分で目の前にあったおしぼり的な物で口の周りを拭いてから、再び圭太の顔を見た…
「………」
「…どうしたの?」
その一言で、凛は急に恥ずかしくなってしまい…
「…う…うぅ…うわぁぁぁぁああああん!」
「えぇ⁉︎ちょっと凛⁉︎」
海に向かって砂浜をすごい脚力で駆けていくと、海で遊んでいた由美達に向かって
ばっしゃぁあああん‼︎
ダイブしていった…
「ちょっと凛⁉︎」
「どうしたのお姉ちゃん⁉︎」
「だめだ…まるで、ハイサイド食らった気分…」
「重症じゃん⁉︎」
紗弥香と由美が悲鳴をあげている一方、圭太は浜辺で首を傾げるのであった…
「なぁ、サンパチさん」
「んぁ?」
波打ち際で綾が砂を指でなぞりながら旭に声をかけた。
「美春とは付き合い始めてどの位なの?」
「なんだそりゃ?」
予期せぬ内容に旭が思わず鼻で笑った。
「…そんな長ぇ付き合いじゃねーよ…まだ1年っくれーだな」
「以外…まるで何年も一緒にいるみたいな雰囲気なのに」
旭の回答に綾は驚いていた。
美春のあの様子からして、もう長い間一緒にいるのかと思っていたのだ。
「でも、美春は見た目はサンパチさんみたいな感じしないし雰囲気もほんわかしてるけど、何がきっかけ?」
「随分気にすんなぁ…まぁ、きっかけはちっといろいろあってな…」
「そうか…」
綾は旭がいろいろあったと言葉を濁したのを感じ、これ以上の詮索はすべきでは無いと判断した。
「わりぃな、詳しくはもうちっと経ってから俺からゲロすっか、アイツがキチンと自分とケリ付けた時、話してくれるかもな?」
「うん…!まぁ、直樹みたいに途中でひとりぼっちにするようなことは絶対にしないでね…?」
「へっ、デッケェお世話だよ…!」
綾が何故こんな事を聞いてきたのか、何となく分かった気がした。綾は恐らく、自分と美春に、本来自分達にもあったはずの未来を重ねているのだと。
「まぁよ、神奈川と千葉じゃあちっと距離あるけどよ…たまにゃあこっちに顔出せや?俺らはもちろんアイツすっかりお前を気にいっちまったみてぇだしな…」
そう言った瞬間だ。
「あっくーん‼︎れいにゃんがまるで土左衛門みたいになって浮かんでるよぉ⁉︎」
「あぁ、そりゃあ新種のワカメかなんかだ、気にすんな」
つい先ほど言ったアイツ…榛名玲香が背中を海面に向けてだらしなく美春の元に流されていた。折檻て怖い。
「…楽しそうだな」
羨ましそうにひとこと呟きながら綾がタバコを口に咥えてライターを取り出すと、旭がそれをヒョイと取り上げた。
「愛煙家なのは俺からしちゃあ大歓迎なんだがなぁ、海のマナーは守らねぇとな?」
「…互いに愛煙家なんて余計許されないと思うけど?」
「それとこれとは話が別だべ」
チーム唯一の喫煙者にして未成年の旭だが、さすが釣りキチ…海を愛するだけのことはある…のか?
変な所で真面目なあたり、変わってる奴だと綾は思いながら旭とともに灰皿を用意している浜辺の奥に歩いていった…
「あっくん…うわき…」
ばしゃばしゃばしゃばしゃ…!
「い、いや…あれは多分…そんなんじゃないってばよ…なぁ翔子ちゃん⁉︎」
がぼっ…⁉︎ぶくぶくぶく…
「そうですよ…洋介さんの言う通りですよ⁉︎」
……
「どいてふたりともあいつこわせない…」
「いやだからその前に」
「玲香さんが死んじゃいますよぉ!」
「これはわかめだからどいて壊す壊すこわす………」
一方、浜辺の二人のやり取りを見ていた美春は久々にブチ切れモードに突入したらしく、洋介と翔子が必死の説得を試みる。
ちなみに先ほどからバタバタしたりぶくぶくしたりして身体も意識も深い海に沈みつつあるのは榛名玲香である。
「だいたいあっくんは最近私の事なんだと思ってるのかな私はあっくんに尽くしてるのにこれからも尽くしたいのにあっくんは最近いつも私を蔑ろにするたまには恋人みたいな時間とか甘えたい時あるよなんでかななんでかな私あっくんの為ならいつだって死ねるよいつだって◯せるよなんなら今すぐあいつ壊してあげるふふふっ私以外の女なんかあっくんには必要ないのわかるかなそうだ帰ったら無理矢理監禁して二人きりだけのセカイを作れば…」
「あっ!あーっ!旭の野郎そういえば美春ちゃんが好きすぎて実家の部屋のコルクボードに美春ちゃんの写真貼ってあるんだよね!うん!」
「…」
「あーっ!わ、私旭さんから美春さんが世界で一番だって聞きましたよ⁉︎」
「………」
洋介と翔子の言葉を聞いて、美春の動きが止まる…玲香の動きも止まる…心臓もそろそろ止まるんじゃないかと洋介が思い始めた時だった。
「……えぇ〜ホントかなぁ〜?♪」
デレッデレな笑みを浮かべた…いつもの美春がいた…
「もー♪あっくんてば素直にそういってくれたらいいのにねぇ♪写真じゃなくてもあったかいおねーさんを抱きしめてくれたらいいのにぃ♪…えへへへ♪」
「はぁ…助かった…つか玲香ちゃんは⁉︎」
洋介が安堵の息をついたが、すぐに美春の壮絶な八つ当たりを受けていた玲香に気づいた。
のちに洋介はこの時助けた玲香の様子をこう語った。
「いやね?美春ちゃんが玲香ちゃんにすぐに気づいてみんなが『大丈夫か⁉︎』って聞いたんですよ、そしたらさ『姐さまの折檻…美味しいです…Delicious…oh…』っていって倒れたんだ。いや…今になって冷静に考えたら玲香ちゃんほっとけばよかったと思ってます」
その後、空が夕焼けに染まるまでバーベキューは続いた。
沈みゆく太陽を眺めながら、綾は最愛の直樹を想っていた。
今朝の日の出からこの夕焼けまで…綾にとっては忘れられない1日となった…この太陽が昇る前に、私は一度死に、圭太に諭され、玲香と和解出来たし、この太陽を追いかけて、真子や旭、洋介に凛と海岸線や峠で思い切りやり合えた…この太陽が頭上にある頃には由美や美春や千尋、紗弥香とも打ち解けられた…この24時間も無い時間の中での出来事だ。
昨日の今頃など火炎瓶を量産して直樹とRD400の仇を討つ事に人生の全てを賭けていたし、事実死ぬ覚悟も出来ていた…そんな環境がたったこれだけの時間で色鮮やかな、今迄求めていた物が全て手に入ったのだ…。
その象徴…太陽が真っ赤に燃えている…
「綾さーん!写真撮りますよ!」
ひとり波打ち際にいた綾に声を掛けたのは圭太だ。
綾は波打ち際からみんなの方に行く前に、もう一度太陽に向かって言った。
「直樹…次にアンタに会える時、楽しみにしてる…愛してるよ」
「はいチーズ!」
カシャッ‼︎
旧車物語夏休みツーリング 最終日
夕日に照らされた集合写真に写るメンバー達の表情は
皆、希望に満ちた 未来を信じて
最高の笑顔で…
県道を一台、真白いバイクが走っていった。
バイクというより戦闘機とも見えるその無駄の無いスタイリングを持つマシンは、まるで別れの狼煙のようにあたりの道を白煙で包む…
「さみしいな…」
ポツリと呟いた…。
周りには、自分一人だけだ。先ほどまでの仲間はもういない。
「圭太もサンパチさんも…みんな…玲香…」
涙を堪え、県道を行く…。
「直樹…私はまだ弱いよ…寂しいよ…つらいよ…うぅっ…もう、この街に直樹はいないものね…ねぇ、私がこの街を出ても、見守っていてくれる?またいつかこの街に帰ってくるその時も、見守っていてくれる?」
満天の星空に向かってたずねてみた。
流れ星が一本、夜空を流れた。
このまま、今朝の夢のようにRZでも空を飛べたら…
しかし、流れ星になるにはまだ早い…私のワインディングはまだ夜空じゃない…!
直樹の分まで、直樹の生きた証を…私の生きた証を、まだ残せていない。
綾はアクセルをガツンと入れると、RZは闇夜の中に消えていった…。