第61章 小さな恋のメロディ
えぇ、去年の夏から、今年の夏にかけて色々ありまして、更新が途絶えてしまっていた事を大変申し訳無く思います。
仕事に転勤にと色々ありましたが、ようやく更新できます!
こんな素人の小説でも、長らく更新を待っていただいた方…また、更新停止期間中に読んで感想を頂きました方…大変お待たせいたしました!
これからも旧車物語をよろしくお願い申し上げます!
日が完全に上り綾が落ち着いてから程なくして、圭太達は洋館に引き返す道をのんびりと走り、洋館に着いてから寝付いたのが朝の7時過ぎ…
たっぷり24時間以上起きていた圭太達は洋館に着くなり何の相談や打ち合わせも無く、それぞれの部屋や思い思いの場所で力尽きていた。
綾はしばらく燃え尽きというか、夢見ゴチな感じだったし怪我のこともあるので、一足先に玲花が部屋に連れて行き、そのまま2人で眠ってしまったようだ。
そして…
「すぅ…すぅ…」
「くぅ…くぅ…」
「すやすや…」
「あらら…」
到着するなりソファーに倒れこんだ由美、圭太、そして真子はそのまま爆睡してしまった。
その様子を見て美春が笑った。
「ゆーちゃんもまこりんも、本当にけーちゃんが好きなんだねぇ♪」
右手に由美、左手に真子が配置して、真ん中の圭太に抱きつくように眠りに着いている。もちろん圭太が寝静まってからの行動であるが…
「寝みぃ…」
「おねーちゃん…おにーちゃん…おにーちゃん…眠い…」
こちらでは兄妹揃って寝ぼけ眼だ。旭はもう24時間以上ぶっちぎりで起きているし、千尋は夜更かしに慣れていないし…そんな可愛い2人の兄妹の手を、美春はぎゅーっと握った。
「かぁいいなぁ…あっくんもちーちゃんも…ふぁぁあ…」
大きな欠伸をした。
「じゃあ私達も、お部屋で3人で寝よっか♪」
「どこでもいい、寝かせろ…」
「ねむねむ…」
美春は2人の手を取って階段を上がりながら振り向いた。
「それじゃあみんなおやすみなのだー♪」
階段を上り姿が見えなくなるまで見ていた翔子が洋介に言った。
「本当、美春さんて旭さんと千尋さんが大好きですよね」
「まぁ、あいつらはなぁ」
そんな会話をしている隣で、やけに圭太達をガン見するのが1人…
「…凛お姉ちゃん?」
「ほぁっ⁉な、なんだよ紗耶香⁉」
紗耶香に声を掛けられ、凛は顔を真っ赤にさせ飛び上がった。
「とりあえず…俺は先に部屋行くな?」
「はい!おやすみなさい、洋介さん!」
翔子が手を振り、洋介が階段から姿を消した。それを確認すると、クルリと凛に振り向いた。
「さぁて…紗耶香さん、私も眠くなってしまいました…」
「そうですね…私もとっても…とっても眠いです」
2人で会話している筈なのに、何故か凛をガン見する。
「それにしても…由美さんと真子さん、疲れているとは言え本当に圭太さんにベッタリしながら寝てますねぇ…」
「まぁまぁ…あれだけ徹夜したんですから、ソファーに川の字で寝ちゃうのも、まぁ仕方がないんじゃあないですかぁ…?」
「そうですよね!例え隣にいるのが恋心を寄せる異性だったとしても、疲れているんですから仕方がないですよ!」
「「ねー!」」
「………」
2人できゃっきゃと騒いでいるのを、凛は興味がない風を装いながら立っていた。
そう、2人もそう言っている…
眠いし、ふらふらするし、姉貴が寝てるし、もし自分がここで力尽きて圭太達と寝てしまっても、悔しいがそれは仕方が無いのだ…
圭太に寄り添う姉と親友の表情を見る。
……………
「まぁ私は幼馴染の由美さんも、大人な魅力たっぷりの真子さんの両方応援してますけど?」
「あー…私も2人を応援してますよ?由美さんと真子姉さん…はたまた第三者…?圭太さん、可愛い顔してるし優しいですから、人気ありますよね」
「間違い無く学校とかでモテてますよね…本人気づかないだけで…」
「でも疎い人だからこそ、真正面からブツかって言っちゃう女性に惚れちゃうかも!」
「「ねー⁉」」
…確かに、圭太良い顔立ちだ…女装させたらとても似合いそうなくらいの顔立ちの圭太の寝顔…
「さて…じゃあ紗耶香さん、私達も上に行きましょうか」
「そうですね、それじゃあ凛お姉ちゃんおやすみ」
「あ、え…う、うん…」
2人が階段を登って行く姿を見送ると
「……」
辺りに誰もいないかを確認する…
「仕方…無いよな…?」
誰かに言い訳するようにソファーに迫る。
「……‼っ」
初めて見た圭太の寝顔…とても幸せそうである…
凛は心臓のドキドキが止まらない…!フルスロットルマルチの2スト心臓が悲鳴を上げた。
「…し、仕方が、ない…眠いんだから…それに…」
すっかり夢の中にいる圭太にはっきりと言った。
「人の気持ちも知らないで…だから、仕方が、ない…」
クッションを手に取り、ソファーの下に敷いた毛の長い絨毯に倒れた。クッションの上に頭を載せて寝転んだ場所は、圭太の真下だった。
「翔子さん」
「なんですか?」
階段を登り、部屋に向かって歩いていた紗耶香が翔子を呼び止めた。
「あの…お姉ちゃん達のことなんですけど…」
改まって切り出したのは、姉達のことについてだった。
「私、真子姉さんのことも、凛お姉ちゃんのことも大好きなんです…」
真剣な瞳で、どこか切なそうに切り出した。
「もちろん由美さんのことも大事です…だから、複雑です…なんでみんな同じ人を好きになってしまったんですかね…応援する方も、辛いです」
そこまで言って、視線を逸らす…
「もちろん圭太さんは良い人です…でも、ちょっとあれは鈍感では済まされないような気もします…」
「ふふっ…確かにあの鈍感さ加減はすごいですよね」
翔子が笑って言うが、紗耶香はそのまま続けた。
「もし誰の気持ちにも応えなかったら…私…多分怒っちゃいます…」
「…紗耶香さん」
彼女は、そうつぶやくと俯いてしまった。翔子は困ったような笑みを浮かべると紗耶香の肩に触れた。
「…この話しは私には…いえ、当人達以外の人には解決は出来ませんから、今は紗耶香さんを慰めることしか出来ないです…ゴメンなさい。でも…」
翔子は紗耶香の頭を撫でた。
「私は、圭太さんが必ず誰かと付き合ってくれると信じています…いくら圭太さんでも、女の子3人に迫られて無視し続ける程酷い人とは思っていませんから…」
「翔子さん…」
「さて!今日は2人で寝ちゃいましょうか。もうこんな時間ですし」
「いいですね!翔子さんと寝るのは美春さん家以来です!」
紗耶香が嬉しそうに笑うと、翔子は紗耶香の手を引きながら歩き出した。
「あ…そういえば、翔子さん」
「なんですか?」
ニコニコしながら歩く翔子に、紗耶香が笑顔でたずねた。
「洋介さんとは、どうなんですか?」
その質問を投げ掛けた瞬間、彼女の顔は真っ赤に染まった…
「ん…」
目を開く。見慣れぬ天井が視界に映る。ふと記憶を辿った。
「あぁ…」
思い出した…灯台公園まで綾と仲間達で走り、日の出の後から眠気に襲われてフラフラになりながら帰って来たが、力尽きてソファーに飛び込んだのだった。
眠りに就く前、由美や真子が何かよくわからないことを言っていた気がするが、それは思い出せない。
「あれ…」
目をこすろうと自然と腕を上げた…つもりなのだが、上がらない…どう足掻いても上がらない…ふと視線を横に移すと…
「由美…?真子さん…?」
両腕を2人にがっしり掴まれていた…
「ちょ…え?なんで…」
超至近距離で涎を垂らしながら爆睡する2人に戸惑いつつ、圭太はなんとか2人の束縛から逃れた。
そしてようやく顔を擦り、立ち上がろうとすると、今度は立ち上がれなかった…
「…凛まで…?」
圭太の足をがっしりと抱きしめるポニーテール少女…凛がいびきをかきながら寝ていた。
その凛の束縛もなんとか解いて、なんとか脱出した。
「なんでみんなソファーで寝てたのかな…」
御花畑なたわごとを放ちながら洗面所に向かう圭太はこの夏一番の大馬鹿ヤローである…
カシュ!カシュ…‼
「ん…?」
歯を磨いていると、洗面所の外…屋敷の裏から何か音がする。
圭太は手早く歯磨きを終わらすと急いで顔を洗うと、廊下を早足に通過して、玄関に向かう。
カシュ…‼
クァァァア‼…パンパンパンパンっ…‼
「やったー‼私のRG、エンジン掛かった‼」
「うんうん♪やったねちーちゃん♪」
屋敷の裏から、チャンバーのアイドリング音と、聞きなれた声が聞こえた。
「美春さんと千尋ちゃんかぁ…おはようございます」
「あ!けーちゃん♪」
「おはよう圭太くん!」
いつものように満面の笑みで答える2人は、やはり本当の姉妹のようだ。
「千尋ちゃんがエンジン掛けてたんですか?」
「うん!今からおねーちゃんとバイクに乗る練習をする所だったの!」
クァァァア!クァァァア…‼
アクセルを軽く煽りながら千尋が言う。吐き出される白煙が辺りに立ち込める。
「ほら、もともとはちーちゃんのバイクでしょ?そしてちーちゃんは旧車物語の最年少!免許を取る予習に、この敷地内を軽く練習するのだぁ♪」
「あぁ、敷地内なら無免許でも…」
圭太もようやく話を飲み込んだ。私有地や公道では無い道であれば、駐車場であろうとサーキットであろうと免許が無くても、例外を除きほぼ運転は出来るのだ。
「折角ちーちゃんのRGが治って走れるんだもん、乗れる時には乗りたいよね♪」
ニコニコしながら美春が言う。すると千尋はアクセルに合わせて踊るタコメーターに釘付けになっていた。
「ねぇねぇおねーちゃん!走らせて見ても良いかな⁉」
「うんうん♪でも、まずはそんなに煽ったらダメだよ?最初はゆっくりね」
その言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりに千尋はローに入れると、クラッチを繋いだ.
クァァァァァ…
「やった!見て見て動いたよ⁉」
久しぶりの運転に興奮する千尋。美春と圭太が見守る中、千尋が操るRG250Eはゆっくりと走り出すと、行き当たりでUターン。またこちらに引き返して来た。
「どう?あっくんの組んだバイクは?」
「もう最高!前の腹下直管なんかよりも音がカッコいいし、ロケットカウルも無いから前がよく見えるよ!」
嬉しそうに笑う彼女の言葉を聞いて、圭太も思い出していた。
初めて千尋と出会った時、このRG250Eはカナリヤイエローにロケットカウル、絞りのアップハン、極め付けに腹下直管の集合と…所謂族車だった。が、今ではハンドルも絞りの無い軽いアップハンと足付き重視のアンコ抜きでノーマルポジションを改善。マフラーは片側2本出しのショットガンチャンバー。ロケットカウルは勿論撤去の上、シビエのヘッドライトに汎用ステーの組み合わせ。ウィンカーはヨーロピアンに変更。GS400用流用の羽付きテールだけが、あの時の面影を残すのみだ。
「この赤色の深みも綺麗だし、乗りやすいし、本当に最高!」
そう言って、洋館の周りを走り回り始めた。お世辞にも上手くは無いし、ヨタヨタしてしまう場面もあるのだが、軽快なフットワークと軽い車体が小柄な千尋によく似合う。
「うんうん♪ちーちゃん、来年の今頃にはもう立派なバイク乗りだね♪」
千尋のセンスを見抜いたのか、満足気に頷く美春。
「あーあ…おねーさんも早くサンパチちゃぁぁあん!に乗りたいなぁ」
そうボヤく美春。あの事件以来、美春のGT380はバラバラの状態で洋介の実家にある自分の愛車が復活する事を願う切な気な表情を見せた。
「お…、姐様と妹様がいる」
一方、起きたての体でベッドからノンビリ出てきた玲花が部屋の2階から外を眺めていた。
「妹様の練習か…あぁ、2人とも美しい…!」
危ない独り言をつぶやきながらハァハァする玲花。そしてこの夏一番の危険分子を黙って見ている者がいた…
「あんた…」
「おぉ綾!目ぇ覚めたか?」
顔の腫れの引いた綾がベッドから身を起こしてジトっ、と玲花を見ていた。
「全く…トンだ変態もいたもんね…」
「変態じゃない!変態淑女だ!」
ボフッ!っと拳をベッドに叩きつけながら反論する玲花。そんな変態発言を気にせず、玲花は布団から出た。
「…ま、寝巻きの借りがあるから、文句は言わないであげるけど」
綾の身につけているのは、黒のTシャツと短パンだ。綾の革のツナギは今では壁に掛かっている。
「ちょっと大きい気が…」
「いや、綾が小さいだけだと思う、あたい。てかそんなに変わらないじゃん」
「なによ、低身長気にしてんのよ?」
「気にすんなって」
なだめる玲花…ちなみに玲花のが年下であって、綾は美春や真子と同い年である。
「ま、とにかく姐様のもとに行くよ!」
「はいはい…」
意外な組み合わせのコンビが出来上がりつつあった…
「姐様ー!妹様ーっ‼」
「あ♪玲にゃんとあーやだ♪」
勢い良く走ってくる玲花と、手を引かれてつられている綾を見て、美春が視線を送った。
「綾さん、顔の腫れがだいぶ引きましたね!」
「あぁ、ありがとう…」
圭太の声掛けに、照れ臭そうに答える。
「ねぇねぇあーや!指輪見せて♪」
「ん?いいよ」
そう言って綾は左手を差し出した。薬指にはシルバーのリングが填められていた。
「んー♪綺麗だねぇ…♪」
こんなんでも一応女子な美春…羨ましそうに指輪を見つめる。
「いいなぁ…あっくんなんかプレゼントもなにもくれないよ?」
「それって、あのサンパチさんのこと?」
「うん♪」
美春は頷くと、綾の指から手を離した。
「でも、アイツだって私にプレゼントなんてこれ以外になかった…そのうち貰えるよ、きっと」
「うん♪…あ、でもバイクの事とか普段のお世話とか、いろいろしてもらっちゃってるな…」
「幸せそうだな」
「あーやもね♪」
2人で笑いあった。
「ふぁ〜あ…!意外に早起きな方か…?」
眠た気な顔で洋介が屋敷の通路を大きなあくびをしながら歩く。
「全く、こんだけ広いと便所までも果てし無く遠いぜ…はあ、スッキリ」
「あ、洋介さん!」
朝の儀式を終えた洋介の前に翔子が現れた。
「まだ眠いんですか?」
「うんにゃ、もうボチボチエンジンも温まる頃…」
「そうですか!紗耶香ちゃん、一緒に寝てたんですけどまだ起きなくて…あ、さっき外見たら美春さん達が居ましたよ?」
「そうか、じゃあ俺も行くかな?旭のヤツは寝起き悪りぃし…」
そう言って歩き出す洋介。そんな彼に、翔子がハッとなって声をかけた。
「あ、あの…!私も一緒に行ってもいいですか⁉」
「ん?…あ、ああ!一緒に行こう!」
2人とも顔を少し赤くさせながら、慣れない廊下を慣れない雰囲気の中、ぎこちなく歩き始めた。
「そういえばさ…!」
「は、はい!」
何か話題をと、洋介が口を開いた。
「その、俺、限定解除しよーかと思っててさ?」
限定解除…というとひと昔前の言い回しだが、要は大型免許の取得である。
「じゃあ、大型のバイクに乗るんですか⁉」
翔子が目を丸くする。ヨンフォアを愛する洋介が他のバイクに乗る姿が想像出来ないでいると、洋介は笑って首を振った。
「違う違う、ほら、俺のフォアはもう大型だろ?」
それを聞いて、翔子も「あっ…」と納得した。洋介のフォアはボアアップしており、現在458cc…。ボアアップ前でも408ccなので、現在の免許制度では大型車に分類されるのだが…ヨンフォアの不幸なエピソード故に見逃されるケースも多く、ノーマル車ではなかなか取り締まられることは少ない。
「408ccならまぁ、普通免許でいいかなー?って思ったけどさ?ほら、それ以上のボアアップなら、やっぱり免許取らないと…なんかあった時にみんなに迷惑掛けちゃうじゃん?」
そう言って、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そろそろ大人になるかなって…あ、昨日はちょっと暴れちゃったけどさ⁉いや、その…!まぁ、そんな感じでさ?」
「すごいですっ!洋介さん!嬉しいですよ!」
洋介の話を聞いて、翔子が飛び上がった。ニコニコしながら洋介の前に回ると立ち止まった。
「旧車物語の皆の事をそこまで思ってくれているんですね!洋介さん!」
「まぁな、もうガキじゃあるまいしな」
「あはは!洋介さん大好きですよー!」
「ち、ちょっと翔子ちゃん⁉」
「あはは!え?…あ」
洋介の声で、翔子は自分が今何を口走ってしまったのかを理解して、硬直すると…みるみると赤面していく。そして…
ボンッ…!
「あ、あ…あはははは!そのです、好きというのはですね⁉ちちちちち、違いますからね⁉あはははは⁉」
壊れた…
「あ、ああ…そうか!あぁ、びっくりしたよ!」
一方洋介は、ちょっと悲しそうに笑った。その様子を見て翔子も心の中で泣いた…
明るいムードから一変、ギクシャクした雰囲気のまま階段を降りて、両者無言のまま広間を突っ切ろうとした時、ふとソファーが目に入った。
「あ…圭太さんも起きたんですね」
「全くね、思うんだけど圭太は一回殴った方がいいよな」
ソファーの周りに横たわり寝息をたてる3人の少女達を見て洋介はため息をついた。
「はぁ…普通なぁ、気づきそうなもんだぜ?俺だったらこんな多数に迫られたらニヤニヤが止まらないね、ウン」
「へぇ…洋介さん、ハーレム願望があるんですか…そーですか、へぇー…」
「あ…」
気づけば横で俯きながら翔子が低いトーンに黒いオーラを漂わせていた…その表情は見えないが、次の瞬間。
「洋介さんの浮気ものーっ‼︎‼︎」
「お、お助けぇぇえ‼︎」
「あ、しーちゃんおはよ♪」
「おはようございます、美春さん!」
洋館の前で雑談している美春達の輪の中に入る翔子。一歩…
「洋介さん、頬が赤いですけど…」
「圭太、お前も同んなじ風にしてやろうか」
「えぇー…」
心配して声を掛けた圭太に、引っ張られたのか赤くなった頬をさすった。
「ところで今日はどーするんだ?」
そのまま今いる全員を見渡しながら洋介が言った。
「昨日の今日じゃあ警察も動いてるだろうし昨日みたいにツーリングはちと厳しいぜ?」
「んー…あたいの第六感も、似たような事を感じてるね」
「ん…?それ多分みんな思ってるよ、うん」
腕を組みながらうんうん唸る玲花の横で千尋が呟いた。
昨日、バイクの全損が数台と多数の負傷者を出した今回の事件…
特に綾の火炎瓶による殺意むき出しの行動は、理由うんぬんではなくて許されることでは無い。
いくら相手が人並み以下の外道であったとしても、だ。
警察は今頃、捉えた暴走族から事情と経緯を聞き出している頃であろう。
「とにかく今日1日は単車お預けかな」
「ま、しかたないね…」
洋介と美春が顔を見合わせた。
「ごめん…せっかくこちらまでツーリングに来てくれたのに…」
今迄話を黙って聞いていた綾がみんなに頭を下げた。
その瞳には心底申し訳ないという気持ちが雫となって現れていた。
「大丈夫大丈夫♪私達みーんな、そんな風に思ってないからね♪」
美春がポンッと肩を叩く。
「おうよ、むしろあの腐れ外道の野郎どもをぶっちのめせてよかったくらいだしよ」
「アタイもバッチリ活躍出来たしねっ!」
洋介と玲花がヤンチャな笑みを送った。
「必殺の火炎瓶が封じられてピンチに陥る綾…絶体絶命の圭太…その最中、最高に決まったホークⅡで颯爽と現れるアタイ…ん〜!かっこいい!…ぐえっ⁉︎」
一人自画自賛する玲花だったが、洋介がその首根っこを引っ掴んだ。
「ばーかたれ!あの状況助かったから良かったもんを、一歩間違えたらみんなやられちまったかもしんねーんだぞ?」
「げほっ…す、スンマセン、羽黒サン…」
玲花の首根っこを離す。
「でも本当、僕も綾さんも本当に助かりました…」
圭太が、逆に申し訳なさそうに言った。
「それに…本当なら男の僕が綾さんを庇わなきゃいけなかった筈なのに…助けることも出来なくて…」
火炎瓶を封じられて、瞬く間に敵に囲まれてしまった綾を助けることも出来ず、また自らも大男に捉えられてしまった事を悔いる。
「気にしないでいいよ、あれは私の自業自得…いつかはああなるかもって、覚悟の上だし」
みんなに背を向けて、愛機のRZのグリップを握る。
「これだけの怪我で済んで、またこうして太陽の下にいられて…沢山の仲間に恵まれるなんてさ?」
「綾さん…!」
綾からの仲間という言葉が、圭太を笑顔にさせた。
「そういやぁさ、そのRZ…めちゃ速だよなぁ」
綾の脇に止まるRZ350に視線を改め、洋介が切り出した。
一度場の空気を入れ替えようと、洋介なりに考えた結果、同じ旧車乗りなら話題はこれしかないだろうと考えたのだ。
それに、洋介自身聞きたいことが盛りだくさんだったのだ。
「ん、まぁ、ね」
少し照れながらRZのグリップを再度握りしめる綾を見て、自分の目論見通りの流れになったと洋介は内心ガッツポーズした。
「そういえば…このエンジン、僕たちのバイクとはまた違いますね…」
特徴的なブラックエンジンをマジマジと見つめる圭太。
「んー?わたしとあっくんのサンパチちゃんと同じ2ストなのに、確かになんか違うねぇ」
「えー、マフラーの伸びるパイプの数は私のRGと同んなじだよ?」
美春と千尋も、この新たな仲間の愛機に興味津々のようだ。
洋介と綾が視線を合わせる。
「な?凝ってない、頭でっかちじゃない普通のツーリングチームだろ?」
と洋介が表情で表す。
それを見て綾も、自慢の彼の組んだ自慢の愛機について紹介しようとすると、以外な人物が美春達に言った。
「あぁ、姐様…その単車は水冷だから、エンジンにフィンが切ってないのとエンジン前についてるデカイラジエターが、その疑問じゃあないですかね?」
別になんてことない、今日のテレビのチャンネルの内容を答えるかのように言ったのは、なんとバブⅡ命の玲花だった。
「あ、本当だ!言われてみたらフィンが無いね!」
合点がいったとばかりに両手をぽんっと叩き納得する圭太。
「へぇ〜れいにゃんくわしいねぇ♪」
美春が玲花を褒めた。
「いやいやいや!姐様のお役に立てればこの榛名玲花、なんだって答えます!」
美春LOVEな玲花が興奮した様子でまくし立てた。
一方、自身の愛機の自己紹介を玲花に取られた綾が、軽い咳払いをしつつ続けた。
「でも、1番目に見えてあなた達のバイクと違うのはリアのモノサスかな」
「モノサス?」
美春の横にいた圭太が綾にオウム返しする。
「ほら、みんなのバイクはリアはツインショックでしょう?RZはシート下に一本あるだけなのよ」
RZ350…このバイクの革新的であった理由は多岐に渡る。
その中で、圧倒的な要素としては45馬力のハイパワーに143キロの車重と、70年代の最強スペックを持つ350SSマッハⅡの初期型に肩を並べる暴力的なパワーに、マッハⅡ以上に軽量化された車体が合わさることによるパワーウェイトレシオ…そこにさらに今迄の2ストマシンの泣き所の熱の弱さを、国内ではGT750以来となるクラス初の水冷式としたことだ。
しかし、それだけではナナハンキラーにはなれない。
新たな運動性能増加の為に与えられたのは、ヤマハのオフロード、DT-1から始まるモノショック機構をオンロードマシンに搭載。
これにより既存よりも遥かな運動性能を確保し、後のバイクのスタンダードにまで発展する機構も相まって、初めてナナハンキラーの仇名を頂戴したのだった。
「ヤマハが当時レースに使っていたTZっていうバイクがあってね…そのTZの技術を総集結させたのがRZよ。モノサスもそのひとつで、ツインショックより重心も下げられるの」
綾なりにわかりやすく噛み砕いて説明する。
「へぇ〜」
圭太がモノショック機構をマジマジと見つめる。
今迄ツインショックしか意識して見ていなかったが、いつかの峠の走り屋集団達のバイクを思い浮かべてみて、そういえば彼らのバイクもリアのショックはモノショックだったかもなぁ、と一人思い出していた。
「なるほどねぇ♪」
「おねーちゃんわかるの?」
「よくわかんないけど、スゴイっていうのはわかったのだ♪」
「こればっかりは乗らなきゃわからないかなぁ」
綾がぽりぽりと頬を掻きながら言った。
そんなRZと綾の周りで圭太達がバイク談義をする様を見て、洋介は自分の判断が正しかった事を内心自画自賛した。
やはり暗い空気より、楽しい明るい雰囲気の方が自分や圭太達には似合っている…昨夜の殺伐とした乱闘現場を思い出して、あんな物騒な場面が無くなるような活動をしていけばいいし、仮にまた出くわしたとしてもああいう役回りは自分と旭がこなせばいい。
最近、良いことと悪いことが交互に起こっていると洋介は分析する。
そう、普段ならあの輪に特攻していって綾を質問攻めにした挙句、RZの姿をカメラに収めまくっているであろう彼女も、数日前はその不幸の中心に居たのだ…今日を含めたツーリング企画でくらい、物騒な場面とは無縁にさせたかったが…
と、ここまで来て、その例の彼女がいつもと違うことに気付いた。
自分で言っておいてなんだが、普段なら…
「なぁ、翔子ちゃん?」
「なんですか?」
洋介の問いかけに普段と変わらぬ仕草でこちらを見つめる少女…衣笠翔子。
おかしくね?あれ?
洋介は内心戸惑っていた。
そう、彼女の態度こそ普段通りなのだが…
「いつもならあの輪に突っ込んでいってそうだけど…カメラ持ってさ?」
カメラを構える真似をして翔子に言う。
すると翔子は「へ?…あ⁉︎」と言ってから、わたふたと身振り手振りした。
「あ、今はその、寝起きですし、カメラ無いです!」
焦りながら口を開いた。が、その口調は落ち着いていない。
「あ、そっか…言われてみればカメラ無いか!」
「そ、そうですよ!それにいつもいつもそんな風じゃないですよ!」
あははは!
2人で笑い合う中、洋介は思った。
やはり、なんかチガクネ?
洋介は思案した…
ラノベ主人公補正ばりの鈍感さをもつ圭太や素直じゃない上に天然入りの旭と、俺は違う…周りの空気や動向には敏感な方だ。
しかし、ここ最近の出来事に今朝の雰囲気…
自惚れであれば顔から火が出る程恥ずかしいが…もしかしてもしかしちゃったら⁉︎あれれぇ〜⁉︎
「おかしい…俺は損な役回りの筈なのに…」
「え⁉︎」
「ん、あぁいや…こっちの話だけど…」
思った事がつい口に出てしまった事について、なんとか誤魔化した。
「…」
「…」
暫し沈黙…
いっぽう、翔子はといえば今朝、紗弥香と話した事を思い返していた…
「…両思いじゃないですか!」
「ひっ…⁉︎で、でもその…」
今朝…皆が眠りについた頃。
紗弥香の部屋で所謂「恋話」をしていたのだが、翔子の話を聞いた紗弥香が叫んだ。
「洋介さんは私が見る限り脈アリですよ?それで翔子さんからグイグイ村尾…じゃないです!多少アタックしてるんですよね⁉︎だったらもう両思いじゃないですか!なんなんですかぁっ!」
「ちょ、落ち着いてくださいよ…!」
バンバンベッドを叩く紗弥香を翔子が宥める。
「ただでさえ圭太さんと真子姉さん達のやり取りを見て疲れてるのに…そんな、8割方分かりきった恋愛は早く成就させてくださいよ…」
実姉2人の恋愛の行方が思った以上にストレスとなっているらしく、若干壊れ気味の紗弥香が翔子を見つめる。
しかし翔子はやはり自身無さげに俯いた。
「でも…海ほたるで無理やり同行してもらったり、スタンドでもちょっとくっついてみたりして、鬱陶しいとか、重い女とか思われていないか心配で…」
「それくらいの事でそんな風に思うわけないじゃないですか!寧ろ翔子さんはもっともっとグイグイ攻めるべきですよ!」
やはりベッドをバンバン叩きながら言った。
「翔子さん、もう今回で決めましょう!」
「き、決める…とは?」
翔子が分かりきったことをたずねると、紗弥香はおもむろに立ち上がった。
「洋介さんをモノにしてしまうのですよ、えぇ」
ニヤリと笑った。
「ちょ、え、待ってくださいよ!」
翔子がわたわたしながら紗弥香に反論する。
「わ、私は今の関係も気に入ってますし…!そんな急にお付き合いするとかしないとか…!」
「まぁ、それはそうかもですけど…でも、もうちょっと積極的になってみても…」
「うぅ…まぁがんばりますけど…」
うな垂れながらベッドに倒れこむ翔子。
確かに紗弥香の言うこともわかるのだが…と、ここでひとつ疑問が生まれた。
「…紗弥香さん、もしかして男性と付き合った経験とか豊富だったりするんですか?」
ここまで相談していて気付いた。
思えば紗弥香から恋愛話を振られ、紗弥香にアドバイスされている現状…なかなか手慣れた感じの紗弥香はそういう経験が豊富なのか。
しかし、たずねられた紗弥香は一瞬キョトンとしてから、笑った。
「いや、ないですよ?」
「え!でもすごい聞き出したりしてきたじゃないですか!アドバイスとかは⁉︎」
すると紗弥香はとびきりの笑顔で言った…
「全部漫画とか雑誌の情報に決まってるじゃないですかぁ、私女子校生ですよ?」
ニコニコ笑う紗弥香。
そんな彼女を見て、翔子は思った…
「漫画とか雑誌の知識で振り回さないでくださいよぉぉお‼︎」
いや、口に出していた…
翔子と洋介の恋が実るのは、もう少し先になりそうだ…