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旧車物語  作者: 3気筒
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第6章 月光の下、恐怖の笑み

圭太達が住む街の、一番端は県境になっている。その県境に境川と言う、文字通り県境を区切る川があり、そのすぐそばのアパート「雪風荘」の一階、103号室が旭の住む部屋だ。

 アパートの裏に住民用の駐輪場があり、舗装されていない砂利のその場所には、住民の物と思われる自転車が5台、そしてバイクは旭のGT380と、他に仲良く3台のバイクが停まっていた。

 ここのアパートの立地は狭い道沿いにあり、駐輪場も裏にあるため停めるのが少々手間だが、同時に防犯効果もある。価値ある旧車は暴走族に人気があるために、堂々と停めては置けないのだ。

 旭のサンパチは、カバーを掛けて前輪後輪にそれぞれU字ロック、チェーンをフレームとアパートの柱に括り付けて厳重に置かれている。

 そんな旭の部屋、103号室に由美と圭太を招き入れた。

「おう、ちっと散らかってンけど勘弁な」

 そういって案内されたのは風呂が共同でトイレと狭い台所、六畳半の畳部屋という狭い部屋に絨毯を引いて、こたつ机とクッションが4つ、タンス、小さいテレビなどが置いてある。六畳半の部屋にこれだけの物しか無いと広く感じるハズだが、旭の言うとおりバイクの部品であふれている。あちこちにテールカウルやハンドル、中にはフロントフォークも転がっていた。ちなみにベランダにはマフラーやチャンバーが壁に立て掛けられていて、壁にはコルクボードやポスターが貼ってある。隅に木刀とかいろいろ落ちていたりするけれど、2人は見なかったことにした。

「確か包帯は〜っと・・・」

 がさごそタンスから救急箱を取出し、中から包帯を取り出す。

「あ、あっくん!私が巻いてあげるから貸して!」

 美春が張り切りながら言う。

 さっきのトラブルの後、走りながらなにかを光の無い瞳で小さく呟いていた美春だったが、今ではいつもの明るい彼女に戻っている。ちなみにさっきの状態に気付いていたのは由美しかいなかったが、何を言っているのか聞こえなかったしあまり気にしていなかった。

「とりあえず一回水で洗ったからあとはこのままガーゼ当てて包帯を巻けば大丈夫ね」

「消毒とかしなくていいんですか?」

 圭太の質問に美春がガーゼを固定しながら答える。

「消毒液ってかなり強い殺菌性があるでしょう?小さい傷なら大丈夫なんだけど大きい傷に使うと傷口をくっつける菌まで殺しちゃうから治りが遅くなるの。だから、一度水で流して化膿止めだけ塗ってガーゼの上から包帯で巻くのが一番治りが早いのよ」

 美春の説明にみんな驚いた。美春も包帯を巻きながらみんなの反応を見て嬉しそうな顔をしている。

「はい出来たよ!お風呂に入る時は湯船には患部を入れないように!」

 そういいながら救急箱に包帯などをしまって、旭が出したタンスにしまった。

「なんかこの光景だけ見てたら新婚さんみたい」

 由美が言うと、美春と旭は顔を赤くして照れはじめた。

「いつから一人暮らしなんですか?」

 圭太の質問に旭が、

「高校終わってすぐだから、一月くらい前だよ」

「え、じゃあ旭さんて今19歳!?」

 由美が物凄く驚いて聞いてくる。

「そーだよ、そんなに見えないか?」

 少しふてくされながら旭が聞くと、由美があわてて否定した。

「いや、そんなことは無いですよ!?ただそこら辺の大人より全然しっかりしてるから、つい・・・」

「由美、今全国のそこら辺の大人を敵に回したよ?」

「いいのよ、事実じゃない」

「あ、そーだ。由美ちゃんゼファーの部品取りに来たんだっけか」

 本来の用事を思い出し、旭が押し入れを開けた。

 中には、さらに部品が転がっている。

「これ使えンかなあ?あと・・・あった、これとか・・・」

 いろいろ押し入れから取り出してくる。

「よし、こんなもんだな。」

 出した部品は、ゼファーのBEETタイプテールと無名のZⅡテールとテールランプASSE、俗に言うヤンキーテールや、BEETタイプフロントフェンダー、シートベースなどの外装と550エンジン用のシリンダーとピストンセットや、その他に数点の部品が出てきた。

「なんでこんなにゼファーの部品が・・・」

 圭太の驚きを通り越して呆れた顔と、由美のまるでオモチャを買ってもらった子供のような顔を見て旭が笑った。

「昔、ダチが乗っててな。今は違う車種に乗ってんだが『他にゼファー乗ってて困っているヤツがいたら上げてくれ』って頼まれててな、まぁ下品なパーツもあるけど、これが全部だな」

 そう言いながらヤンキーテールを持つ。これは確かに下品だ。BEETタイプのテールくらいの羽ならまだかっこいいが、ヤンキーテールは少しデカすぎる。

「この長いテールって何?」

 そうやって由美が手に取ったのはカモノハシの口のような形をしたテールカウルだ。

「あぁ、そいつはZⅡテールカウルだ」

「ぜっつー?」

 ZⅡという呼び慣れない名前にすっかり?マークな由美に旭が説明を始める。

「ZⅡってのは昔のカワサキの名車で正式名はZ750RSっつー大型のバイクの名前でよ。このテールはそのZⅡのテールカウルをゼファー用に形をおこしたヤツで、ゼファー乗ってンヤツには結構人気があんだぜ?」

 そう説明すると、圭太が「あっ」と閃いた。

「Z750FXって、Zって付くんですよね?じゃあ・・・」

「そう、お前の乗ってるZ400FXの祖先みたいなもんだ」

 旭の答えに由美は唸りながら言う。

「外装は別に困ってないのよね、よくよく考えれば。あ、でもこのフロントフェンダーは欲しいです!」

 由美はBEETのメッシュフロントフェンダーを差した。

「あぁ、確か由美ちゃんのはゼファー純正のメッキだったわね」

「あぁ、別に大丈夫だけどよ、塗り直さなきゃ色あわないぜ?」

 由美のゼファーは赤だがフロントフェンダーは黄色だった。

「んー、確かに黄色は似合わない・・・」

 由美が少し残念そうな顔で考える。赤いゼファーに黄色のフェンダーを付けたのを想像してさらに残念そうな顔になる。

「ま、色なら塗れるぜ。あの赤はソリッドだろーからダチに頼めば3日くらいで塗ってくれるさ」

「本当!?やった!!」

「あぁ、ただし3日後くらいな」

「赤くなるなら3日でも4日でも!!」

 圭太は「もうちょっと待てろよ」とツッコミを入れたかったがやめておいた。

「後は純正部品とかくらいしか使えるの無いし、550のシリンダーとピストンは使えるけどそーなると大型になっちまうしな・・・」

 もちろん由美は中型免許しか持っていないし、旭も中型免許しか持たない由美のゼファーにこんな改造はしたくない。見た目によらず一般人には優しいのだ。

「あ、そういえば」

 そんな旭を見て、圭太が何かを思い出したように尋ねた 。

「旭さん、サングラス外さないんですか?」

 圭太に言われ、皆一斉に旭を見る。

 確かに、家の中でサングラスは変だ。例えるなら外でパジャマでいるようなものだ。しかし、

「あまり外したくないんだよ、美春なんかは見慣れてるからいいけどハズかしいんだよな」

「いいじゃないですかー、もう仲良くなったんだし、そろそろ素顔を見せてくださいよ〜」

 由美が旭に詰め寄る。

「わぁーったよ。見せるから詰めて来んな、狭いんだから。それと、顔見て笑うなよ・・・?」

 旭が言うと、2人は勢いよくうなずいた。

 そして、旭は下を向いてサングラスを外してそして顔を上げた。すると・・・

「おぉ、」

「わぁ・・・」

 圭太と由美の反応を見て旭が怒る。

「わ、笑うんじゃねーよ・・・!!」

 旭に怒られ、2人はとりあえず誤った。

「あはははは!」

「美春!お前も静かにしろ!!」

 旭が顔を少し赤くして怒鳴る!

 由美がニヤニヤしながら、

「だって見た目は体細いのに、ケンカ強くてリーゼントで革ジャンで、性格シブくて只でさえマンガのヤンキーみたいなのに、なんで顔まではそんなに整ってるんですか?」

 さらに由美は旭の顔の特徴を上げていく。

「鼻もちょうどいい位に高いし、瞼も二重だし円らだし輪郭もいいし、少しかわいい系入ってるし・・・」

 そういいながら、由美は旭の顔を仰視する。

 由美が言うほどでは無いが、確かにこれなら上くらいのレベルである。目はパッチリ二重で、本当につぶらな瞳をしている。左目の下には小さな泣き黒子がちょこんとついている。

 しかしそれを上の上にする効果があった。それは旭の、お世辞にもカッコイイとは言えない時代遅れの髪型だ。

 リーゼントでパーマで普段サングラスを着用している旭を見なれていて、逆にその頭が彼の素顔を違う方向に全力で引き立たせていた。

「マジでこの顔好きじゃないんだ・・・顔だけみたらケンカん時にナメられるし、なんかもっとイカツイ顔がよかったんだが・・・こんな優男みたいな顔面なんか望んじゃいねーってのになぁ・・・」

 少し恥ずかしがりながら落ち込むと言う、ある意味荒技を使いながら旭が言うと、

「あっくんはなんでも出来て、性格も良くて優しいのに、顔までいいんだよ!」

 美春がまるで自分のコトのように言う。すると旭が落ち込みながら、

「なんだよ、もしかして顔で選んだのか?」

 そうすると美春が、慌てながら否定した。

「ち、違うよ!?私はあっくんの性格とか優しい所が好きなの!見た目じゃないの!!」

 必死に訴える美春に旭は、ふと意地悪しようと思い、さらに落ち込んだ振りをした。

「はぁ、実際はどーだかわかんないよな〜、そーか、顔で選んだのか、本人は顔を気にしてるのに、あんまりだぜ美春さん・・・」

 いかにも演技くさい感じで旭が床にノの字を書きながら話す。常の彼女なら、旭がからかっている事なんかすぐにわかっただろう。しかし、大好きな旭にそんな風に思われたくないと思い、美春が今にも泣きそうな顔で目に涙をためながら弁解をする。

「ち、違うの!本当なの!信じて・・・!信じてくれないなら・・・証拠を見せるから!」

 そういって突然台所にあった包丁を取り出し、お腹に向ける美春。

「い、今から見せるから・・・待ってて!!」

「全員!美春を確保しろー!!!!」

 大慌てで3人は美春を止めにかかった。

 数十分後。

「や、やっと止まったか・・・」

「ぐすっ・・・ぐすっ・・・」

 疲れ果てた3人と、泣きながら俯く美春と、床に落ちた包丁。

 この現場だけ見たらそれだけで警察が来そうな光景だ。

「全く美春よ〜、あんなん冗談に決まってんべ?マジにすんなよ〜」

「・・・じょーだん?」

「そーだよ美春さん、旭さんがあんな酷いこと言うわけないもん」

「美春さん、落ち着きました?」

 由美と圭太が美春に言う。

「ゴメンな、俺もからかいすぎた。あやまる」

 旭が謝ると、美春はさらに泣きながら抱きついてきた。

「えっぐ・・・ひっく・・・私も、ひっく・・・変な言い方してごめんなしゃい・・・えっぐ・・・」

 旭の胸で泣きながら呂律の回らない声で謝る美春を、「よしよし」、と慰める旭。

 ふと、目線を感じた。

 見ると由美と圭太の「第三者」が目線で「忘れないでよ〜」と訴えていた。

 旭は由美達の視線を感じて恥ずかしくなり、タコの吸盤みたいに張りつく美春を剥がしにかかる。

「お、おい美春・・・!由美ちゃん達見てるから・・・!」

「もう離さないもん♪」

「こら、美春・・・!」

「僕達のことなんかすっかり忘れてるね」

「美男美女が人前で抱き合ってイチャイチャするなんてね」

 今度は圭太と由美が旭をからかい始める。

「いいから早くコイツ引き剥がすの手伝えよ!!」

 その後、すっかり泣き止み、子供みたいなことを言う美春をなだめることさらに数分、美春が離れた時には圭太達の視線と、恥ずかしさで旭は顔を真っ赤にして撃沈されていた。



 それから数時間、圭太達は旭の部屋で談笑していた。

「あ、もうこんな時間じゃねーか」

 突然旭が壁にかかっている時計を見て立ち上がった。

「わりぃ、今日ちとこの後用事あるんだわ。」

 手を併せて皆に謝ると、由美が

「え〜、せっかく盛り上がって来たのにですか〜?」

「ああ、ワリィな。でも美春はまだ居るんだべ?」

「うん、今日は暇だし」

「そか、だったら圭太達美春いるからまだ帰らなくていいなら居てていいぜ?1時間くらいで帰るからよ?」

 旭の言葉に由美が

「本当ですか!?圭太!どーする!?」

「別に大丈夫だよ。家が遠い訳じゃないし・・・あまり遅くならなければ大丈夫だよ」

 圭太が自分の腕時計を見てうなずく。

「じゃあ旭さん!ありがたく居させてもらいます!」

 由美が元気に宣言した。

「わかった、じゃあ言ってくるわ」

 そういって旭がサングラスを掛け、左手にヘルメットをぶら下げながら部屋のドアを開けようとドアノブに手を掛けた瞬間。

 旭がいきなり走って部屋に戻り、部屋の隅にあった木刀を握りしめ血走った目でまた玄関に走っていき、出ていった。

 その様子を見て3人は、ただごとでは無いと思い旭の後を追った。

 狭い玄関で3人が靴をなんとか穿いていると、外から男の怒号と悲鳴、そして人を殴った時の鈍い音が聞こえた。

「あっくん!!」

 美春が1番に飛び出し、あとから圭太と由美が玄関から仲良く飛び出した。



 恐ろしい光景が、広がっていた。



 そこには、2人の男に囲まれた旭が木刀を左手に持って恐ろしい顔で睨み付けていた。

 目が慣れて、圭太達は2人の男が共に工具を片手に持っているのがわかった。

 そして、未だ恐ろしい顔をした旭の足元にもう1人男がいた。

 しかしうつ伏せになってなにやら呻きながら倒れているところを見ると、旭にやられたらしい。

 しかしこの光景を見ただけでは、3人にはなにが起きたのかが分からない。

「あ、あっくん!どうしたの!?」

 美春が叫ぶと旭がなんと足元にいる伸びている男の腹に蹴りを入れた。

「オメー等、部屋に入ってろ!」

 そう言って残り2人の男に視線を戻す。

「コイツ等、最近まで隣の県に居た窃盗団だ」

 すでに落ちている男に、旭はさらに蹴りを加える。

 男は微かにだが意識があったが、今の蹴りで完全に白目を向いてしまった。

 他の2人は、旭と睨み合っている。

 ここで逃げれば仲間が警察に送られ、自分たちの身も危ないと思っているのだろう。しかし長居するのはもっと危険・・・ 早く仲間を奪い返して逃げるチャンスをうかがっていた。

「おめーら、さっき昼に絡んできた車に乗ってた中国人だろ?ナメた真似しやがってよぉ」

 そういって間合いを詰める。

 旭のケンカの強さをあらかじめ調べていた彼らは昼間にケガを負わせようと思い車で煽ってケガをさせたのだが、右手にケガを負い包帯を巻いているのに、圭太達が玄関を飛び出す数秒で1人を片付けたのだ。

「おう、てめえ等まさかただで帰れるたぁ思ってねぇよな?」

 旭が言うと、1人の男が、なにか訳のわからない言葉を叫びながらスパナで殴りにかかる。

 しかし旭はそれを避けて木刀を男の腹にたたき込んだ。

「・・・!?」

 みぞおちに入ったのか、男は息を吸えずに腹を押さえてうずくまっている。

「後はおめぇ1人だぜ?」

 言葉の通じない異国の人間に旭が問う。

 ジリジリ間合いを詰める。このまま行けばすぐに旭が勝つだろう。

 しかし、

「あっくん!後ろ!!」

「・・・!?ぐあっ!!」

 突然、先ほど腹にいっぱつもらってのたうち回っていた男が旭の背後に立ち上がり、スパナを思い切り背中に突き立てた。

「て、てめえ・・・!」

 片膝を付きながら旭が睨み付ける。が、さらに前に居た男が旭の顔面を蹴り上げた。

「・・・ンの野郎!!」

 旭は態勢を立て直し、さっき顔面を蹴り上げた男の膝を木刀でぶっ叩いた。

「・・・!?」

 男はなにか叫びながら膝を押さえて転げ回った。

「さぁ、どーすんだ?二度とオレ達の地元に姿を現さないならこのまま行かせてやる。でなけりゃあ・・・」

 旭が木刀で転げ回る男の腹に一発入れながら

「殺す・・・・!」

 凄みを効かせて怒鳴りつける。

 男は、他に倒れた仲間を置いたまま、立ち上がり駐車場から逃げていった。

「あっくん!」

 美春達が駆け寄ってきた。

 美春はかなり旭のコトを心配した目で見ていた。しかし圭太達は、心配と同時に恐怖の眼差しでも旭を見ていた。

「オメぇら!部屋に戻れって言ったじゃねーか!!」

 3人を見て、旭が怒った。もし自分がやられて、美春たちに相手が襲いかかったらと思っていたのだ。そして旭は、こんな自分を2人に見せたくなかったのだ。素の自分を見て、2人が自分のことを嫌うのではないかと思ったのだ。旭の顔は蹴られた為に噛んだのか、口から血が出ていた。

「「す、すみませんでした・・・」」

 由美と圭太が旭に言う。言葉がハモった。

「旭さん、あれって昼間の・・・?」

 圭太が質問した。

「あぁ、間違いねぇ。オレぁ一度覚えたツラは忘れねえんだからよ」

 旭が胸を張って威張る。

 それを見て、2人は笑顔を取り戻した。


 シュッ・・・!!


「ガァッ!!」

 突如、旭が倒れた。

 旭の背後にはさっき敗走した男がナイフを持って立っていた。

 旭の背中は服が裂け、布越しからも血が滲んでいた。

「・・・!」

 なにやら男が叫んでいた。しかし、目の前で起きたことを頭が理解出来ず、由美と圭太は固まったままだ。

 そして男は距離を縮めてきた。

 なにがどうなっているのかわからなかった。いくら強気な由美でも、目の前で人が切られればパニックにもなる。ふと、由美が横を見るとさっきまでいたはずの美春がいなかった。圭太もすぐに気付き慌てて辺りを見回す。

 そして、男がナイフを振りかざしたその時、男がいきなり横に飛んだ。いや、正確には誰かに突き飛ばされた。

 見ると、男が下になって逃げようとしている。言葉はわからないがかなりパニックになっているらしく、悲鳴をあげながら抵抗している。

 上には、美春が乗っかっている。

 見ただけではこれだけの状況だが、美春は右手で男の首を思い切り締め付けながら左手には先ほど美春が腹切りに使おうとしていた包丁を持って今にも振り落とそうとしている。

 これだけ見たら2人は止めようとしただろう。

 しかし、由美達は凍り付いた。まるで幽霊でも見ているかのような感じで立ち尽すしかなかった。



 美春が満面の笑顔を浮かべていた。



 顔に微笑みを浮かべながら、自分より力があるはずの男の首を締め、美春の振り上げた包丁を月の光が照らしていた。

 しかし、美春の目には光がなかった。光を無くし、焦点の合わない目で美春は呟いた。

「あっくんを傷つけた・・・あっくんにケガさせた・・・」

 そう言いながら美春がさらに首を締める手に力を入れた。男は口から泡を吹きながら最後の抵抗をするも力が緩む気配は無い。

「昼間のもあなた達だったんでしょ?今日だけであっくんを2回もケガさせたんだ・・・」

 美春が手を緩めたのか、男が息を吸う音が聞こえたがすぐにまた絞められたのかうめき声に変わった。

「すぐには壊さないから安心して・・・?」

 そう言いながら、普段の笑顔でささやいた。

「ゆっくり、じわじわと、たっぷり時間を掛けて・・・」

 左手を振り下ろした。男の右肩に包丁が深々と突き刺さった。

「壊してあげるから・・・ね?」

 体や顔に返り血を浴びながら美春が笑顔で言った。

 また首を締める手を緩めて息を吸わせる。が、また絞めて包丁を突き刺す。

 右肩を刺し息を吸わせ、左肩を刺し息を吸わせ、次は腕を、次は足を・・・ 。

 男は最初こそ激痛に体を暴れさせていたが、今では時折体がピクピク動くだけの、ただの人形になってしまった。

 圭太達はハッとなって急いで美春を止めに入った。

 振り上げた腕を圭太が後ろから取り押さえ、由美が首を絞める手を離させようと全力で飛び付いた。

 しかし、まるでびくともしない。圭太は両手で全体重を使って包丁を奪おうとするがまるで動かず、由美も同じ状態であった。

「なに・・・?由美ちゃん達、邪魔するの・・・?」

 光の無い目で由美を見ながら美春が問う。

「美春ちゃん!もう十分よ!?止めてよ!これ以上やったら・・・!?」

  「死んじゃうよ!!」と言いたかったが、由美はそこから先の言葉を続けられなかった。なぜなら・・・

 恐ろしい笑い声が響き渡ったからだ・・・



 ははっ、ははははは・・・



 最初は小さかった笑い声がだんだん大きくなった。そして

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 壊れたように笑いだした。

 顔に返り血、恐ろしい笑みに恐ろしい笑い声。

 由美は手を離してしまった。

「ナニを言っているの?由美ちゃん?」

 美春は、なにを言っているのかまるでわからないと言うふうに由美に聞いてきた。

「あっくんを傷つける悪い奴は、壊さなきゃダメじゃない?ふふっ、おかしいね・・・由美ちゃん?」

 由美は腰が抜けてしまった。

 つかんでいた腕を離してその場にへたれこんだ。

 まるで、化け物でも見るかのような目で美春を見ていた。

 圭太も怯えたが、早くしなければ美春は人を殺してしまう。いくら向こうが悪くても殺してしまえば美春は警察に捕まってしまうかもしれない。それだけは避けなければならない。

 とにかく最後の力を振り絞り美春の手にある包丁を奪おうとするが、包丁から滴れてくる血糊で滑ってうまくいかない。

 なんとか諦めずにやっていると、美春がバケモノのように首を折りながら振り向いた。

「圭太君も・・・じゃまするの?由美ちゃんはわかってくれたよ・・・?」

 その整った顔に、恐ろしい笑みを張りつかせながら、美春は圭太に聞いた。

「ダメです・・・!せっかく仲良くなれたのに、こんなところであなたと離れたくありません・・・!!」

 圭太が力を込めて言うと美春が 微笑した。

「そう・・・じゃあ仕方ないわよね・・・?」

 そういって、一瞬力を緩めた美春に、圭太はホッと安堵の息を漏らした。が、その後すぐに油断していた圭太を突き飛ばした。もうすっかり油断していた圭太はいきなり突き飛ばされ、なすすべも無く後ろに尻餅をついて転んだ。

「コイツの廃棄は後回しね・・・圭太君・・・?」

 そういって美春は折りながら男の首を離して立ち上がる。男は微かに息はある。

「圭太君・・・とりあえずキミが邪魔するなら、あなたも私に協力するようにその身体に教えてあげる・・・」

 言いながら、美春が包丁を圭太に向ける。

 圭太は内心、かなり怯えたが勇気を振り絞って対面する。

「少し痛いと思うけど・・・安心してね?」

 そういって美春が包丁を振り上げた。

「美春・・・!!」

 後ろから旭が立ち上がって美春に叫んだ。

 美春は旭に振り向き、驚いた顔で旭を見た。

「あっくん・・・?あれ・・・?なんで私・・・?」

 目に光が戻って美春が自分の体に着いた返り血を見る。辺りを見回せば、恐怖に腰を抜かし、バケモノでも見るかのような脅えた視線でこちらを見ている由美と圭太。そして、今まで包丁で刺していた男がぶっ倒れていた・・・

「あ・・・あっ・・・」

 そこで糸が切れたように美春はグラッ前に倒れた。

 旭は倒れる美春を受けとめて静かに抱きしめた・・・


今日はバイク紹介&自慢コーナーは無しです。順番から言えば、次は美春なんですが・・・

本編が重すぎるのでまたの機会です汗

それでは!ご意見ご感想、お叱り待ってます!(笑)

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