第59章 彼の愛した少女
「ふむ…」
洋館の一室で、つい数分前に到着した老医師が一通りの処置を終えた。ベッドと老医師を囲む様にその場に達立っていた圭太達は、使い終えた器具などを方つけ始めた老医師の次の言葉を祈る様に待った。
「結論から言えば…」
老医師は圭太達に視線を向ける。
「腫れ上がった顔は明日にでもある程度腫れは引くじゃろう…骨にも異常無しじゃ」
その待ち望んだ答えに、皆はホッと喜び合った。
「よかったわね圭太!」
「うん…!」
「ワシがここに来るまでの間に、適切な応急処置が済んでたからの」
その言葉を聞いて、旭が美春の頭を撫でると、美春も嬉しそうに抱きついた。
「さて、それじゃあワシはこれでお暇しようかの」
医療器具の入ったカバンを手に持つと、おもむろに立ち上がった。
「それじゃあ、お大事にの…」
旭が扉を開けると、老医師はお辞儀をして退出していった。
「とりあえずの不安は解消されたな」
洋介が壁に寄りかかりながら言った。
「しっかし…圭太から聞いた話しが本当なら…」
「この女…かなり無茶だぜ?」
扉を閉めながら旭が相槌を打った。
そんな中、今迄黙っていた由美がテーブルを叩いた。
「…許せないわ‼」
ギュッと拳を握る…かなり力が入っているようで爪が食い込んでいる。
「彼氏のバイクを強盗して死なせたうえに思い出のバイクを燃やして処分⁉最低っよ!」
ダンダン!と地団駄を踏みまくる。そんな由美の横で真子は腕を組みながら頷いた。
「本当…下衆な奴らね…」
普段クールな真子が、クールと言うよりは冷徹に言い放った。心底頭にきているようだ。
そんな中、チーム内では常にニコニコ笑顔を絶やさない美春もこの時ばかりは複雑な表情を浮かべていた。
「……」
「おねーちゃん…」
千尋がギュッと袖を掴む。美春は何も言わずに唯々立っていた…
そして先ほどから地団駄が止まらない由美の横で立っていた翔子がポツリと口にした。
「…この方の行動って…正しかったんでしょうか…?」
静かに、翔子は続けた。
「確かに…私が遭遇したらそれこそ考えられないくらいに悲しい事件です…でも、本当に復讐という形でしか道は無かったんでしょうか…」
「どういうこと?」
由美が地団駄を止めてたずねる。
「例えば…もっともっと警察の方に訴えたりだとか…」
「いや…」
言い掛けた途中で、洋介が翔子の話を止める。
「単車だけならいいけどさ…先に大切な人の命を奪われてから思い出の単車灰にされてさ…?周りも見えなくなると思うよ…?翔子ちゃんだって、サンゴちゃん燃やされたら許せないだろう?」
「それはそうですけど…っ!でも…やっぱり私は暴力は…」
うつむきながら翔子が言い終える。彼女の行動は確かにやり過ぎであり危険である。しかし、もし母親の形見であるCBが同じような目にあったら…そう考えると、翔子はまた悩み始めた。
「私達も危ないのかなぁ…」
「紗耶香…?」
「私も真子姉さんや凛お姉ちゃんと一緒にマッハに乗っていて…私は好きなバイクに乗れること幸せに思っているけど…たまに街中ですっごく見られる時があって…」
赤城姉妹の乗るマッハシリーズもまた、暴走族や旧車會に人気の車種で、いつ盗まれても不思議は無い。紗耶香の脳裏にはいつかの信号待ちで同い年くらいの少年グループに睨まれていた時の記憶がリフレインしていた。
「私は…自分のや真子姉さん達のマッハを盗られちゃったら、同じ風に復讐したいって思っちゃうかも…する勇気があるかは別だけど…」
「紗耶香…」
ギュッと紗耶香を抱きしめる真子。そんな2人の姉妹を見て凛が叫んだ。
「大丈夫だよ紗耶香!俺と姉貴がいるんだから絶対に大丈夫だぜ!」
「凛お姉ちゃん…!」
抱きしめ合う三姉妹…そんな彼女達やみんなを見渡していた圭太に、旭が声を掛けた。
「オメェはどう思うよ圭太ぁ?」
「……僕は…」
ギュッと拳を握ると、圭太は言った。
「自分事ならば…警察にひたすら訴えます…けど、旭さんや他のみんなのバイクが盗まれちゃったら……」
「そうか…」
圭太の言葉が途切れて、旭が頷いたが、すぐ圭太はこう言い残した。
「でも僕は…暴力を捨てて、説得して、平和に解決したいです…!」
旭の瞳を真っ直ぐに見つめながら圭太が言い切った。
「……んだな」
旭は少し胸を痛めながら、静かに扉を開けて出て行った。
彼女は夢を見ていた…
見慣れた灯台の下で、彼女は愛車のRZ350の脇に立ち、波の音を聴きながら夕焼けを眺めていた。
「ここは…?」
ふと、我に返り辺りを見回す。先ほどまで、自分は確か何か途轍もないことをしていたような気がする…
しかし、何をしていたのかも何故ここにいるのかも思い出せない…
「ぐぅ…ぁ…」
突然、急激な頭痛が襲った…
すると、彼女の脳裏に不可解な映像が流れ出す。
慣れ親しんだ海岸線に抜ける直線の夜道で、何かが燃え朽ちて行く…
「…そうだ、私は確かに奴らを…!」
彼の敵討ち…一年を費やして計画した復讐を遂行し、直後に現れたあの男と対峙した事を思い出した。
しかし、あれは紛れも無く夜だった筈だ…しかし今は太陽がのんびりのんびりと海に落ちて行く光景が目の前に広がっている。
バァン…クァアァア…
「…⁉この音は…」
遠くから、パラツインのサウンドが響いてきた。毎日聴いていた筈なのに、何故かとても懐かしく感じる…
クァン…パリパリパリパリ…‼
「やっぱりここにいたんだ」
白いバイクを彼女のRZに横付けさせながらライダーがヘルメットを脱ぐと、未だ幼さの残る顔立ちの少年が彼女に言った。
「…なんで」
「ん?」
少年と、白いバイクを見て、彼女が絶句した。
目の前に現れたのは、一年前…天国に逝った愛しの彼と、燃やされた彼のオートバイだった。
「全部見てた…」
「⁉」
彼が、悲しそうな顔を浮かべながら言った。
全部見ていた…?あの復讐劇を、彼はすべて見ていた?
彼女が驚きのあまり立ち尽くしていると、彼が愛車のタンクに手を起きながら笑った。
「僕とコイツの敵討ち…しっかり見てた」
そして彼女を優しく抱きしめた…
そこには、彼の温もりも優しさも全てがあった。
「でも…」
しかし彼は悲しげな表情を浮かべた。目に涙を浮かべて彼女を抱きしめる。
「…あんな危険な事…もうしないでくれないかな…」
「え…?」
「僕は悔しかった…デイトナが盗られた時も…無力な自分が…一番悔しかったのは彼らに復讐する君を止められない事が…堪らなく悔しかった…」
彼女にとって、彼の口から発せられた以外な想い…彼は、確かに無念だったであろう…絶望を抱いて死んで逝っただろう…しかし、彼女の復讐劇を、彼は求めていなかったのだ。
「今日君が出会ったあの少年達が…僕の願いを届けてくれたんだよ…」
「そんな…私がしていたあんたの復讐を!あんたが止めたって言うの⁉」
彼の肩を掴んで、目を見開きながら叫んだ。
「私は悔しかった‼大好きで愛しいあんたを殺したあいつらが憎かった‼あと少しで私の復讐は完遂出来た…‼奴らを地獄に叩き落とせたハズなんだ‼なんで…⁉なんで邪魔をするの⁉答えなさっ…⁉」
叫んだ…目一杯叫んだ…
そんな彼女の言葉が最後まで発せられる前に、彼は彼女を再び抱きしめた。
「君に何かあったら…僕はもっともっと悔しかった…」
彼の頬を、綺麗な雫が零れ落ちた。
「だから…もう…あんな無茶はしないでくれ…死んでも諦めきれないくらいに愛してるんだ…」
「う…うぁ…うわぁぁぁぁぁぁあっ……‼」
彼女は泣いた…死して尚、彼女を見守っていた彼からの告白に、その想いに…
太陽は完全に沈み切って、辺りはすっかり暗くなっていた…
二人は、展望台に登り、夜の海を眺めていた。
「…私」
「うん?」
「あんたのいない世界で…どうやって生きればいいのかわからないの…」
「…大丈夫」
彼女の肩に腕を回して言った。
「彼らなら…君を任せられる」
ずっと見ていた…彼らの行動を思い出した。
見た目は昭和な不良だが、硬派で仲間思いなGT380の男…気さくで頼れるCB400Fourの彼…そして、自分の想いを代弁してくれた、あのFXの少年…さらにその仲間達…
「…でも、私…たくさん酷いことをした…今更…」
自信無く彼女は言った。しかし、彼は自信を持って言った。
「…彼らは…彼女達は、君を受け入れてくれる筈だよ」
そう言って、彼は下を見下ろした…
ヤマハの空冷ツインの2ストマシンと水冷ツインの2ストマシンが寄り添うように並んでいる。
「…RZの調子は…?」
「言わなくてもわかるでしょ…?あんたの組んでくれたRZよ?絶好調よ」
久々に、彼女の笑顔を見れた…それだけで、なんて心が温まることか…彼は笑いながら言った。
「でも、火炎瓶専用自作ホルダーは早く撤去してね?」
「わ、わかってるわよ…!」
「それと、前後のスプロケットも交換時かな…」
「じゃあ…あんたがまた組んでよ…」
弱々しく、彼女が言った。
彼の手を強く握る手は、解り切った答えに怯えているかのように震えていた。
そして…やはり彼は、ゆっくりと首を横に振った。
「僕には…もう出来ない事なんだ…」
「嫌っ…!そんなの嫌よ‼ようやく会えたのよ⁉私、ずっとさみしかった…‼逝かないでよ…‼」
耐えきれずに、彼女が叫んだ。
「大好きなのよ…愛してるの…!また一緒に峠を走りたい!あんたに勝ちたい…!ずっと死ぬまであんたと暮らしたいの‼…っ…おねがい…いかないでよぉ…うぁあああああん…‼」
「辛いな…なんで、僕の身体は…君の身体を抱きしめられないんだろう…」
泣きながら叫んだ彼女は、先程まで握っていた手に…彼の身体に触れられなかった…
そしてそんな彼女を、彼は抱きしめられなかった…
夜空の星の光が彼の身体をすり抜けて、彼女を照らし始めた…
「僕は君を…天国からずっとずっと…見守り続けているよ…」
「いや…いやだ…いかないで…まだ…いかないでよ…」
「君が峠を練習している間…僕も天国の峠道をデイトナで走り回るよ…」
「……いや」
「君がいつか…その天寿を全うして僕の所に来たら…結婚してくれないかな…?」
「え…?」
「もちろん…他に好きな人が出来たら諦める…けど、いなかったら…あの世でも、生まれ変わっても…ずっと一緒に居たいんだ」
少し照れ臭そうに、彼は言った。しかしすぐに彼は言った。
「死んだ人間の僕が、未来のある君にプロポーズなんて…最低かも知れない…けど、それくらい、僕にだって未練があるし、離れたくない…君を愛しているんだ」
「なら…私今すぐ死ぬ」
躊躇無く彼女が言うが、彼は首を振った。
「言っただろ?君が天寿を全うした時に…って。途中で投げ出したりしたら、神様は許してくれないよ」
「長すぎるわよ…あとうん十年、私は一人きり…」
「いや…君は一人きりなんかじゃないよ…僕がいる…あの少年達がいる…」
すると展望台の手すりの向こうに、彼の愛車が浮かび上がってきた。エンジンは綺麗なアイドリングを刻み、パラツインの音を辺りに響かせていた。
「時間みたい…」
彼は、触れられない彼女の唇にキスをした…
触れたいのに…触れられない…それでも、せずにはいられなかった…長い長いキス…
「最後に一つ…いいかな…?」
「なに…?」
「朝日が登ったら…この灯台の下にある岩場を見てくれないかな…」
「なんで…?」
「…行けばわかるよ」
そう言って、彼は彼女の身体をすり抜けて宙に浮かぶ愛車に跨った。
クァアン‼クァアァア‼
「デイトナ…天国までノンストップで行くよ…?」
ガチャっ…!
ローにギヤを蹴り込み、アクセルを煽る…
「ねぇ、本当の本当に…また会えるわよね…?」
「そうだよ…また会おうね…」
「ねぇ…私我慢してあげる…だから、次にあった時は、今日の100倍は長く抱きしめてよね…?」
すると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「喜んで…!」
辺りに白煙が満ちる…
「…それじゃあ、また会う日まで」
「天国で浮気なんて不埒なことしたら許さないから
…私が逝くまで待ってなさい」
「当たり前だよ…君だけを愛してる…それじゃあ、行っててくる…」
「行ってらっしゃい…愛してるわ、直樹」
「愛してる…綾をずっと愛してる」
「「さようなら…」」
クァアン‼クァアン‼クァアァアァァァァア‼
星の明りが照らす夜空を、一台のバイクが昇って行った…
その白い流線形のマシンは、まさにロケットのように白煙を靡かせ…ひときわ大きな月に向かって…
彼女の意識が…浮上して行く…
彼との再開を願って…
身体が重い…あちらこちらが鈍く痛む…
「んっ…」
目を覚ますと…そこは見慣れぬ天井であった。
「ここは…?痛っ…!」
身体を起こすと、背中や腕に痛みが走った…
「…病院では無いな…」
外からさす月明かりに目が慣れて、部屋を見渡した。
ホテルの一室のようだ。
ふと壁に掛かった時計を見る…
「3時…午前…」
痛む身体を引きずりながら、ベッドから立ち上がる。ゆっくりゆっくり、出口に向かって歩いて行く。
すると、出口…部屋の扉が開いた。
「あ!ちょっと‼あなたまだ動いちゃダメよ⁉」
「あ♪おっはよー♪今明かりを点けるね!」
焦りながら注意を促す由美と、対象的に笑顔で挨拶をする美春がいた。
蛍光灯に光が灯ると、久々に見た明かりに目が慣れない…
「美春ちゃん!私はみんなを呼んでくるから、この人をお願いするわ‼」
そう言って、元気良く飛び出す少女…
「あ!まだ無理に動いちゃメだよぉ…?ベッドに戻ろー♪」
呆然と立ち尽くしている彼女の肩を美春が支えて、ベッドに戻した。
「あ…あんた達…どうして…?」
彼女が美春を見ながら言う…
「にゃ?」
しかしそんな彼女の質問に、美春は笑顔で答えた。
「決まってるよ♪同じ旧車乗りだもん♪」
本当に当たり前のように言った美春の言葉に彼女が呆気に取られていると、部屋の扉が勢い良く開いた。
「ほら♪みんなも心配して駆けつけてくれたよ♪」
ベッドに腰掛けるように座らせると、美春が笑った。
「よかった…目を覚ましたんですね!」
彼女の姿を見て、圭太は安堵した。
見れば顔の腫れは大分引いているようだ。
「そうだ…あんた、無事だったのね…」
圭太の顔や身体を見て彼女が言う。
「‼っ…や、奴らは⁉あのクズ共は…⁉」
今の彼女にとって、もっとも気になること…あの暴走族達はどうなったのだろうか…すると、今は髪の毛が降りているが、今朝サンパチを駆っていた男…旭が言った。
「壊滅したぜ…?しかも奴らぁ…しばらくは出て来れねぇよ?」
「壊滅…?あんた達が…⁉」
旭の言葉に驚きを隠せない…あの大男とその取り巻きを相手にしたとは思えない程に無傷なのだ。
「おおよ!俺と旭であんたのカタキはとりあえず当分は退いたよ」
「あんたは…確かフォアの…」
「そ!羽黒洋介ってんだ!ヨロシク!」
彼女の手を自ら握り、握手を交わした。
「そう言えばまだ名前を聞いてなかった…」
圭太が思い出したように呟いた。由美達も「そういえば…」という雰囲気に。
「僕は中山圭太…あなたは?」
自己紹介をして彼女に手を差し伸べながら名前をたずねると、彼女はその手を握り返して、ようやく名前を名乗った。
「日向…日向 綾よ…」
彼女…日向綾は、静かに名乗った。
「綾さんかぁ…あ、私は三笠由美!よろしくね!ちなみにこっちのコは衣笠翔子ちゃん!」
由美が元気良く自己紹介をすると、隣りにいた翔子を引っ張ってついでに紹介した。
「あ…き、衣笠翔子といいます…!よろしくお願いします…‼」
「えぇ…」
由美と翔子の2人とも握手を交わす。すると、綾の隣りにいた美春も綾の手を取った。
「やぁやぁ♪みんなの心のオアシス!優しい優しい美春おねーさんだよ♪」
「は…はぁ…」
「よろしくなのだ♪」
美春のハイテンションに全くついて行けない綾であるが、なんとか耐えた。
「ちなみにこの可愛い可愛い女の子が、あっくんの妹にして私の妹でもあるちーちゃんだよ♪」
「霧島千尋です!よろしくお願いします!綾さん!」
元気の良い、まだ高校生にもなっていないような女の子が勢い良く挨拶をした。
「…私は赤城真子。400SSに乗ってる者としては、同じ2ストのRZの貴女とは、会った時から一度話してみたかったんだ…」
赤城姉妹の長女にして、チームで一番クールな真子が言うと、今日の事を思い出して綾は申し訳なさそうに頷くと、頭を下げた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど…せっかく興味を持ってもらえたのに、灯台公園では変に勘ぐってしまって…ごめんなさい」
「大丈夫よ、私は気にしていない。それより…」
「どきっ…‼」
チラリと振り向くと、真子の視線は部屋の角で隠れるように恥ずかしがる玲花がいた。
「玲花…?貴女、彼女に言わなければいけないことがあるんじゃなかった?」
先程…ここを出て圭太達を探しに行く時に、玲花はある宣言をしていたのだ…
玲花はうつむきながら真子の横まで来ると、開口一発「すみませんでしたっ‼」と頭を深々と下げた。
「あの時…事情も知らずにぶん殴っちゃって…レディースやってるあたいのことは許さなくてもいい‼でも、由美や姐様…旧車物語のみんなだけは、許してやってくださいっ‼お願いします!」
玲花の声が部屋に響き渡るとしばらくの静寂の後、綾が首を振った。
「許すもなにも…あんたは悪くないよ…私こそ、あんたのバイクをバカにしたり楽しいツーリングを邪魔してしまった…本当にごめんなさい」
「……‼よっし‼」
綾の言葉を聞いて、玲花は喜びの笑みを浮かべてガッツポーズをすると綾と改めて握手した。
「あたい…榛名玲花っていうんだ!ヨロシク‼」
「こちらこそ」
短い期間で…とても長かったように思える険悪な雰囲気が、今ようやく終わりを告げた。
玲花が綾の前から離れると、今度は凛と沙耶香が揃って並んだ。
「オレは赤城凛!姉貴の妹で、こっちの沙耶香とは双子の姉だぜ!よろしくな!」
「沙耶香です。私達姉妹は三人ともマッハシリーズに乗っているんです!同じ2スト同志、よろしくお願いしますね?」
「うん、こちらこそ」
こうして、旧車物語メンバー全員の自己紹介を終えた。それを見計らって、綾は圭太を見てから口を開いた。
「彼…圭太君には話したのだけど、私の復讐の理由は…」
「すみません…話してしまいました」
周りが答えるより早く、圭太が答えると、綾は「そうか…」と自嘲的な笑みを溢した。
「彼に話したとおり私の目的は…私の恋人と、そのバイクの敵討ちだ…」
辺りが静まり返る…
「結局…私は失敗したわ…あんた達が助けに来てくれなければ、私は今頃きっと殺されていた」
話すたびに顔中の筋肉や身体が痛む…もし圭太達がこなければ、これ以上の怪我を負い、彼女はすでに亡くなっていたかもしれない…
「私がやられる前に…圭太が言ったんだ 、彼は…直樹は復讐なんてきっと望んでいないって…」
「…」
「私はその言葉を聞いて怒り狂ったわ、あんたに直樹の何が分かるのかって…でも、本当は心の奥底では理解していた…」
シーツを握る手に思わず力が入る…
「直樹はそんな事を望まない…私はただ、直樹が死んだ事の悲しみ…虚しさ…そして怒りをぶつけたかっただけって…」
綾は立ち上がると、時計を見た。
「…さっきね?直樹が夢に出てきた。そして言ったんだ…日が昇る時に、灯台公園に来てくれって…」
「ち、ちょっと待って!」
ライダースの革ツナギとアライのフルフェイスを手に取る彼女を見て、美春が彼女の前に立ちはだかった。
「その怪我であの公園に行くなんて無茶だよ…!」
「そうよ…今は絶対安静にしろと医者にも言われている。残念だけど…」
真子も一緒に止めに入る…しかし綾は止まらなかった。
「ゴメン…でも、直樹が待ってる…!日の出の瞬間、あの公園に何かがある!」
美春も真子も思わずたじろいだ。その眼と言葉は、気が狂った訳でも、妄言でも幻想でも無く…ただひとえに確信しているようだ…夢の中に出てきた彼の言葉は、幻では無いと…
「うー…けーちゃんも止めたげてよぅ…!」
美春が圭太に助けてもらいた気に視線を送る。が、圭太は何も言わずに、ただただ何かを考えているようだ。
「綾さん…」
「…何だ?」
美春の後ろにいた翔子が綾の前に立った。
「その.せめて私たちの後ろではダメでしょうか…?」
「ち、ちょっとしーちゃぁん⁉」
美春が思わず叫んだ。絶対安静と言ったはずなのに何故行く気マンマンなのかとたずねる前に、綾はまた首を振った。
「RZでなきゃ…彼の組んだRZでなければ意味が無い…私な乗っていかなければ意味が無いんだ!」
「よーっしわかったわ‼」
そこで、由美が吹っ切れたように叫んだ。
「こうなったらみんなで一緒に公園まで行くわよ⁉」
「な…⁉何を言って…⁉」
真子がたじたじになっていると、由美は迷い無く言った。
「だって!あんなに酷いことをされた後に死んじゃった彼氏が出て来たら、私だってソレに賭けてみたいわ!」
「で、でもあの辺の、灯台公園に行く海岸線は恐らく今は警察が見回りしているはずよ?」
真子が負けじと由美に言うと、それまで黙っていた紗耶香が、この街の地図を広げて、赤いマーカーで海岸線から公園までのルートを線引いた。途中、公園まであと少しの道の門に×マークを書き込む。
「話しを聞く限り、多分この海岸線が最短ラインですよね?…で、この×印の道が事件の起きた通りの入り口…なら、」
赤いマーカーが海岸線中程で左に折れる…そこは…
「ここ…今日私達が通った峠…?」
真子が地図を覗き込むと、そこはあの峠道であった。
「事件の起きた通りの手前だし、警備は多分街寄りの場所になるはずだから、手前の峠さえ超えれば…」
「おぉ!さすが紗耶香だぜ!」
凛が沙耶香の頭をガシガシと撫でた。
「ねぇ美春ちゃん、真子さん!これなら大丈夫よね⁉」
由美が2人に顔を近づけながら言うと、美春は諦めたように笑った。
「たはは…♪わかったよ、私も行くお♪」
「おねーちゃん…!」
千尋が抱きつくと、美春はいつものようにニコニコと千尋の頭を撫でた。
「私もあっくんっていうだーいすきな人がいるから、気持ちはわかるよ…でも、条件は私達旧車物語のみんなもついて行くことね♪」
「さっすが美春ちゃんね!さぁ真子さんは⁉」
「決まってるだろう…というか、もうみんなして行く気満々じゃないか…」
そう言って由美の後ろを指差す。由美が振り向くと、みんながバイクに乗る支度をし始めた。
「私こんな夜中にツーリングなんて始めてですよ!」
「しかも海からの日の出を拝めるときたもんなぁ!」
翔子と洋介が浮き足立ちながら支度をしている。
「折角の日の出暴走だし写真撮ろうよ!」
「玲花ぁ、暴走って言うなよなぁ。検問突破なんかしねーからな⁉」
「せめてツーリングって言いましょうね」
日の出を拝みに走る事を何かとやりたがる暴走族な玲花の言葉に双子姉妹が呆れながら注意した。
「ガソリンスタンドは峠の手前に、丁度24hの場所がありますから、そこで給油して行きましょう」
「あ、紗耶香…オレのマッハ、ちょっと調子が…」
凛が自分の愛車の状態思い出して、またタンデムを頼もうとすると、紗耶香が「あぁ」と言った。
「凛お姉ちゃんが出掛けてた間に、キャブレターの整備はしておいたよ!」
「マジ⁉サンキュー紗耶香ぁ‼」
さすがカワサキオタクにして、赤城家のメカニック。マッハシリーズのキャブレターからエンジン腰下…全バラからスポークの張替えまでこなせる高校2年生女子は恐らく彼女くらいだろう。
一方で、革のツナギに着替え終えた綾が時計を見上げると、もうすぐ深夜の3時半だ…
「そろそろ行かないと…日の出はかなり早い時間だからね…あと1時間とちょっとだ」
綾がみんなに向けて話す…その表情は、圭太達を真っ直ぐに見据えている。
「散々迷惑を掛けておいて、また私のワガママに付き合わせてしまう…本当にゴメン…」
頭を下げると、また圭太達を見た。
「でも、安心して…?あなた達にはもう迷惑は掛けられない…朝が来れば、もう会うことも無いわ…これ以上は…」
「ちょっと待って!」
迷惑を掛けられない…そう言おうとした綾の言葉を圭太が止めた。
「…僕は、迷惑だなんて思っていません!みんなも多分その筈です!」
その言葉に、旧車物語のメンバー全員が頷いた。すると今度は由美が前に出た。
「また一緒に走りましょ⁉」
「私としてはもう旧車物語のメンバーにしたいくらいだが…」
真子が言うと、辺りから賛成の声が上がった。
「俺のサンパチはチギられちまったまんまだしなぁ…リターンマッチもしなきゃあなんねーし」
「なぁなぁあんた速いんだろ!オレのマッハと競争しようぜ⁉」
やたら交戦的な理由で勧誘に入る旭と凛であった。
「私達の中にはいない流線形ボディ…水冷エンジン…あぁ早く写真に収めたいです…!」
「ナナハンキラー…その愛称はカワサキのZ650Fが元祖だけど…それを奪い去ったヤマハの技術力…早くお目にかかりたいなぁ…」
一方では昭和バイクマニアの翔子がカメラのレンズを磨き、カワサキ至上主義者の紗耶香が、ザッパーを超えたナナハンキラーの走りに注目していた…チーム内でも温厚な2人が熱くなるのは大抵こんな時である。
「…なぁ」
玲花が綾の肩を叩いた。
「あたいは旧車物語のメンバーじゃなくて飛び込みで来ただけの由美のダチなんだけどね…あんたは入った方がいいよ」
耳元で、小さな声で言った。
「あんた公園で言ったよね?こんな未来がうんたらって…叶えなよ…あたいには無いけど、あんたにはその資格がある」
「え…?あんたは仲間じゃあ…?」
「仲間だけどさ…あたい、本当はハマのレディースだ…チームのカンバン背負ってるあたいが掛け持ちは…」
「まぁ一人しかいないんだけど…」
「あ!まて由美今バカにしたなぁ⁉」
怒った玲花から由美が逃げだすが、捕まえた先ではじゃれあっているようにも見える。
「ま…今はとりあえずその話は置いといて、だ」
洋介が時計を見つめながら言った。
「とにかく時間があんまし無い…ちっとばかし速いペースで行かないと…」
「そうだな…」
そう言うと、綾は今一度みんなに向き直る。
「本当にありがとう…どう御礼したら良いのかわからない…今の私にはその術がわからない…けど、絶対にあなたたちに恩返しするから…少し、少しだけ待っていて欲しい
…」
グローブを填めて、ヘルメットを掴んだ。
「…私は直樹と…あなたたちの為、私の為に生きる…‼」
その小さな身体に背負っていた復讐という重荷を捨てた一人の少女が…彼が愛した日向 綾がそこに居た…
今回は、いつもよりちょっとだけ話が短いですかね…
愛車紹介はまた次回お送りします!
告知…
もしこの作品を読んで下さっている方の中に、バイクやキャラクターのイラストが得意で、旧車物語の押絵を描いてくださるような心優しい方を大募集中です…
詳しくは、メッセージか感想にて、お待ちしております…
三気筒…




