第57章 燃え盛る炎の中で
「ちょっと玲花っ!」
由美が玲花の肩を掴んだ。
「離せよ由美…!あたいはコイツだきゃあ許せねんだっ!」
由美を振り解こうと身を捩る玲花。一方圭太は地面に尻もちを付き頬を押さえる彼女の元に向かう。
「大丈夫ですか⁉」
急いで彼女の顔を覗き込むと、彼女の口からは血が滲んでいた…が、彼女はそれには眼もくれず、圭太を睨みつけると、そのまま立ち上がった。
「そう…違うと思っていたけど…アンタもソッチ側の人間だったのか…?」
トン…
「え…?」
圭太の肩を叩くと、玲花達を睨みつけた。
「私はお前達旧車會が大キライなんだ…!」
「ちょっと…!私達は旧車會なんかじゃ…!」
由美が言うが相手は聞く耳も持たず、ニタリと笑った。
「3段日章カラーと鬼ハンまでいる癖に何言ってんの?」
「てめぇまたあたいのバブⅡを…‼霧島センパイのサンパチまで馬鹿にしたなっ⁉」
玲花が飛び掛かるが、美春が玲花の前に立ちはだかった。
「玲にゃん…」
「な…姐様どいてください今すぐあのアマっ…むぎゅ⁉」
玲花の言葉は続かなかった。美春がぎゅーっと抱きしめた。
「何があったのかは知らないけど、女の子が女の子に手を出しちゃメっ!だよ?…罰としておねーさんのきょぬーで頭を冷やしなさい!」
「もががが…⁉ふーっふーっ‼………クンカクンカスンスン……」
最初はじたばたしていたが、やがて玲花はいつもの玲花に戻ったようだ。
「なぁ…?」
「ん…確か朝方のサンパチさんかい?」
旭が女に近づく。
「ナナハンキラーのサンパン転がしてんのが女ってのにも驚きだがよ…?何をそんなに旧車乗りを目の敵にしてんのよ…?」
「えぇっ…⁉こ、この人があの『ナナハンキラー』⁉」
由美が衝撃的な声を上げる。
しかし当の本人…ナナハンキラーことRZ350の彼女は、タバコを咥えると火をつけた。
「別に旧車乗りを目の敵にしてるわけじゃない…私がムカつくのは旧車會と暴走族よ」
「あらそう…」
すると今の今まで沈黙をしていた赤城姉妹の長女である真子が、重たい腰を上げた。
「ウチの仲間が貴女に手を出したことについては謝るわ…でも、私達は旧車會じゃあないし、貴女に因縁をつけられるような覚えは無いわ」
「………」
真子の言葉を聞いて、RZの女は旧車物語のメンバーと、その愛車達を見る。
確かに族風なカスタム車も居るが、走り屋系やフルノーマル車が大半を占めているようだ。
「あ…あの!」
「何よ」
圭太が近づくと、彼女が先に口を開いた。
「まぁいいわ…あんた達が旧車會や族じゃないってのさえ分かれば…殴られた事もチャラにするわ」
言って、玲花の方を見る。
「もともとチョッカイ掛けたのは私の方だし」
「あの…なんでそんなに旧車會を目の敵に…?」
圭太がたずねると、彼女はポツリと言った。
「復讐だよ」
「え…?」
しかし圭太や他のメンバーがワケを聞こうとするより先に、彼女は日の丸カラーのRZに跨り、キックした。
クォアアアアン…‼
「最期に思い出の場所で…私にもあったかもしれない未来が見れたような気がするよ…」
「さ、さいごって…?」
圭太が言うと、彼女は握り拳を作って俯きながら言った。
「今夜…この街で私とRZは文字通り終わるのよ…」
ぎょばばばばっ…‼
アクセルターンで向きを変えると、彼女は圭太を見つめて…
「だから…今夜は走るんじゃないよ?」
クォアアアアン…‼‼
そして走り去って行った。
「な、なんだったのよ…あの人」
由美が不思議そうに首を傾げる。
「怖かったです…玲花さんもあの人も…」
「よしよし…」
恐くて動けなかった沙耶香を翔子がなぐさめている。
「……」
「あっくん…」
旭は無言で、RZの去った海岸通を見つめていた。
「ねぇ圭太…あの人、今夜でさいごって…どういう意味かしら…」
「わからないよ…でも」
圭太は彼女の残したブラックマークを見て静かに言った。
「あの人…泣いてたよね…」
「うん…」
不穏な雰囲気が漂う…
その後、一同は洋館への道程をひた走った。
途中、玲花は黙って走っていたがたまに思い出したようにコールを切ったり、旭と洋介は難しい顔をして走っていたり、そして圭太は沈んで行く夕陽を眺めていた…
途中、圭太達は信号に掛かった。
圭太がハンドルから手を放してため息をつくと、隣にいた洋介が思い出したかのように言った。
「あ、そういやぁ俺のフォア、ガスがネェんだわ」
「奇遇だな、俺もタバコ切らしてんだ」
旭も頷いた。
「旭はともかく、そんなにヨンフォア燃費悪いの?」
真子が振り向きながら言う。
「ボアアップしたらもうバカ食いすんのよ、コレが」
「この信号曲がったらスタンドあんべ?そこでタバコも買ってくんから、てめーら先に行ってろよ?」
旭が言った時、洋介がさり気なく圭太の袖を引いた。
圭太は洋介を見ると、洋介が目配せをしてきた。圭太は少し考えてから「あっ」と言った。
「そういえば、僕も用事が…」
「え、圭太君もガスが無いの?」
真子がかまってきた。見れば由美と凛もじーっと圭太に視線を送っている。
特に考えずに言ったのだが、ここまで突っ込まれると思っておらず、困っている圭太に洋介が助け舟を出した。
「はぁ、君たち圭太を見て察してやれよなぁ?」
「むっ、なによ洋介さん」
「由美ちゃん…圭太は実はさっきから我慢してるんだ…人間我慢するとよく無いんだぜ?特に男は…」
「な、なんだよそれ‼」
凛がムキになって叫ぶと、洋介は困ったように言った。
「…圭太はな?」
「ゴクリ…」
真子が息を飲んだ…
「周りが女子ばっかだからずっと我慢してんだよ…ぶべらっ⁉」
途中で、洋介の顔面にヘルメットが直撃した。
「洋介さん…ふ、不潔です‼」
翔子が顔を真っ赤にしながら怒っていた。
圭太がため息をつきながら洋介を見ていると…
「あの…圭太君…?」
真子が顔を赤らめながら言った。
「圭太君…その、本当に私達をそんな目で…?」
何かをたわけ出した。その横では由美が、同じく顔を赤らめながら真子に言った。
「馬鹿っ…!圭太がそんなことするワケないじゃない!…まぁ、もしそうなら…その」
「〜〜〜‼」
同じく凛は、何も言えずに湯でタコになっていた。
「いいなぁ圭太、うらやまし…いてぇ⁉」
「洋介さ〜ん?」
洋介の耳を引き千切る勢いで引っ張りながら翔子が微笑む。
圭太は、イマイチよくわからないこの状況を打破すべく、頭の中で言い訳を考えてから言った。
「あ、そうそう…!実はちょっとトイレを我慢しててさ…⁉」
「あら…」
「ほら、圭太はそんなにはした無くなんて無いのよ!…えぇ、うん…」
「ほっ…」
三人の、安心したような、残念なような言葉が帰ってきた。
このタイミングで信号が変わり、圭太達三人以外は先に洋館への道へ走って行った。
三人も、右折してしばらく走り、少し広めのガソリンスタンドを都合良く発見。そこへ滑るように入った。
「いたたた…翔子ちゃん、あんなに怒らなくても…」
「ばぁーか。ま、おかげで深く立ち入っては来なかったのは幸いか?」
耳をさする洋介に旭が言った。
「あの…何かあったんですか?」
一方連れて来られた圭太が二人にたずねると、洋介がニヤリと笑った。
「馬っ鹿たれぇ〜わかってんくせに!」
「おうよ…あのRZの女の事だ」
旭が頷きながら、サンパチのタンクにガソリンを入れはじめた。
「あ、てめっ!俺のフォアが先だろが!」
「ケッ、これからこの辺り走り倒すんだ…あるに越したこたぁねーべ」
「え…?」
飲み込めていない圭太を見て、困ったように笑うと二人が続けた。
「お前も気になってんだろ?今夜、何があんのか」
洋介がFXのシートに手を置いた。
「あの娘が今夜、復讐とやらを完遂した時…多分だが、何か良くねぇ結末を迎えちまうかも知れないじゃんか」
「だからよ?今から帰って気になって眠れない夜過ごすよか、とりあえずはワケを聞いてやんかと思ってな?」
旭がガソリンを入れながら言った。
「洋介さん…旭さん…」
「泣くんじゃねーよ圭太!ま、あの娘に会ったのも何かの縁だろ?」
「あんな可愛い娘と知り合って名前聞けねーのは嫌だべ?」
「おい旭…美春ちゃんが聞いてたら殺されてんぞ…?」
そう言って辺りを大袈裟に見渡す洋介を見て圭太も笑った。
「あははは…!でも…本当にありがとうございます…!」
「でも、さすがに翔子ちゃん達を巻き込むワケにはいかなかったかんな」
洋介が旭と代わってガソリンを入れ始める。旭はシートを開けて持参していたカストロールをオイルタンクに入れながら言った。
「あぁ…ちときな臭いかんな、今回は…美春や由美ちゃん等巻き込んでなんかあったらよ?」
そこまで考えていてくれた事に、圭太はまた目頭が熱くなってきた。二人の仲間に向かって頭を下げた。
「本当に…本当にありがとうございます…!」
「なぁ圭太…オメーと由美ちゃんの二人と初めて会ってから数ヶ月…男同士でツルむのは初だべ?」
「今夜は野郎三人で県外探検ツアーと洒落込むからよ!しっかりしろよな?」
「はいっ!」
三人は拳を作ってぶつけ合うと、仕度を終えてガソリンスタンドを飛び出した。
「とりあえずその辺の小僧とっ捕まえて情報引き出してくっかねーな」
旭がサンパチを左右に揺らしながら言った。
「でも物騒なことはなるべく…」
圭太がおずおずと言うと、洋介が言った。
「わかってるよ!とりあえずは声掛けてみるか…ちょうどあんなとこに数人溜まってんしよ?」
洋介が見つめる先は突き当たりのコンビニの駐車場である。見れば、数台のバイクが停まっている。
三人がコンビニの駐車場に入ると、そこには4台のバイクが停まっていた。が、ウチ2台は原チャリだ。
「よぉ、アンタら地元だろ?聞きたいことがあるんだ」
洋介が気さくに声を掛けると、四人の若い男達が睨みつけてきた。
「あ、圭太ぁ、ちとタバコの御使い頼む。ショートピースな?」
旭に小銭を投げられて、圭太はよくわからないままコンビニに入って行った。
「何だよテメーら?サンパチにFXにフォア?他所モンが誰に断って走ってんだよ?」
金髪の眉無しが洋介の胸ぐらを掴んだ。
「コナマイキな音出しやがって…てめーら単車置いてけ…っ⁉」
しかしそこまで言って、男の脅迫は途切れた。襟を掴んだ腕を、洋介に握り潰された。
「なぁ、こっちが優しいウチに話聞いてくれよな?あんまゴタゴタやってんとアイツがかえってきちまうからよ?」
洋介が睨みつけながら言った。旭も後ろの三人を睨みつける。
「洋介…あんまり無茶すんなよ?そいつの手首、もう真っ青だべ?」
「ケッ」
旭に言われて、洋介が手を放す。相手の腕には洋介の手形がハッキリとついていた。
「…今夜、この街でなんかイベントがあるらしんだがよ?なんか知んねーか?」
「し、知らねーよ…」
「おう、隠すと為になんねーぜ?RZの女だ…知らねーか?」
旭が後ろの三人にもたずねると、全員の顔色が変わった。すると、うちの1人が立ち上がった。
「RZの女って、あの族とか旧車會の連中らをマトにしてるあの女の話か…?…っぐえっ⁉」
「よぉしいい子だ…さっさと吐けよ?」
洋介が2人の胸ぐらを掴んで宙に浮かした。
「おい洋介、圭太が帰って来るぜ?」
旭が言って洋介が2人を地面に置いた瞬間、圭太がコンビニから出てきた。
「すみません…身分証が無いとタバコ売れないって言われちゃって…粘ったんですけど買えなかったです…」
涙目で謝る圭太に、旭は「あぁ」と言って振り向いた。
「悪りぃな、実はさっき公園の売店で買ってたん忘れてたわ」
言いながら、圭太に渡していたタバコ代を受け取る。
「それよりよ?コイツら例の女の話知ってるみてーだぜ?」
「ほ、本当ですか⁉」
圭太が2人に向かって言った。
「お願いします!あの人の話を聞かせてください!お願いします‼」
「え…あっ…」
「は、はい…」
圭太の気迫に押されて、2人は話しはじめた。
「今年の春ぐらいだったかな…?初期型の日の丸カラーのRZが、この街の暴走族と旧車會の人達をマトにし始めて…」
「な…なんでそんな事を…?」
「わ、わっかんねーっすよ…!本当に‼ひぃ…‼」
不思議がる圭太に、金髪眉無しが怯えの表情を見せる。圭太の後ろで、旭と洋介が鬼のような形相で睨みつけていたからであるが、そんな事には気づかない圭太に金髪眉無しが言った。
「じ、自分達が知ってるのは…!その女がスタント顔負けなテクでRZ操って、マトにした相手の単車は全部燃やされてるってことだけで…」
「なっ…⁉」
「あのアマ…火まで付けてやがんのかよ…」
洋介と旭が言った。
「知ってると思うすけど…この街は小さい分、族も旧車會も一つしかなくて…それも今ゴリゴリ数が減ってるみたいで…」
「そんな…」
圭太が愕然としながら、相手の肩から手を放した。ショックが大きかったようで、俯きながら黙ってしまった。
「よぉ、その族も旧車會も今晩は出るんだろ?どこ走ってやがるのよ?」
旭がたずねると、金髪眉無しは恐る恐る言った。
「普段は毎週この日、だいたいこの時間にはこの道をパレードしてます…今日はまだ走ってこないっす…」
「自分ら…集会をギャラリーしにきたんすけど…まだ来てないみたいで…」
横にいた歯抜けの茶髪も頷いた。
「…まさか⁉」
洋介が突然叫んだ。旭もサングラスを外すと、来た道を睨みつけながら言った。
「あぁ、まだ来てないってこたぁ、そういうことなんだろうな…‼おう圭太ぁ!出ンぞ⁉海岸通りだ‼」
そう言って、洋介と旭が愛車に跨った。
「そんな…あの人が…」
しかし圭太が立ち上がらない…いや、立ち上がれない程のショックを受けていた。が、すぐにFXに跨ると、旭達の後を追った。
一方、とあるひと気の無い駐車場で、1人の女がバイクに跨っていた…
「いよいよ今夜よ…?」
優しくタンクを撫でながら、しかし顔色は怒りと緊張感につつまれながら、彼女が言った。
「あれだけマトにしていて…ヤツも重い腰を上げるでしょう…出てきた時にトドメを…‼」
かしゃ…‼
クォアアアアン…‼
「タダじゃ死にやしないわ…‼」
自慢のクロスチャンバーから、復讐の狼煙が上がる…
その頃圭太達三人は、もと来た道を引き返していた。
「なぁ旭…アイツのRZ、なんかミョーなキャストついてたよな?」
洋介が言った。
「見た時ねぇ形だったけど…あの汚れ…汚れなんかじゃねーよ、燃えちまったみてぇな…」
「おう…」
旭も頷いた。圭太はますます不安になっていった。
『あんたも私も同じ旧車乗りなんだから、ちゃんとしなさいよ?』
彼女の言葉が頭に響く。
「とにかくよ…先を急ぐぜ?…っ⁉」
言って、洋介が前方に眩いオレンジ色の明かりを見つけた。
「あの女…⁉さっそく燃やしやがった…⁉」
圭太達が急行すると、やがてその明かりからは黒煙が吹き上がり、少し前まで形のあったバイクが燃えていた…
「ひ…ひどい…」
辺りには三人の少年が倒れていたが、皆火傷や大怪我を負っていた。
「オイ大丈夫か⁉」
洋介が倒れていた一人を抱き起こすと。
「で…出やがったんだ…あの白いRZ…‼」
「わかってんだよそんなのわぁ‼てめーら、本隊は今どこを走ってやがる‼」
旭が聞くと、暴走族の構成員の少年は道の先を指差した。
「この先を…それも今あの女に襲われながらだ…‼」
ドカッ…‼
少年が言った瞬間、この道の先から火柱と、爆音が辺りに轟いた。
「やりやがったぞ‼」
「…‼」
洋介が叫ぶと、圭太は走ってFXに跨って火柱の上がった方に走らせていった。
「バカヤロー、圭太…‼」
旭と洋介も後に続く…しかし…
「た…たのむ…き、救急車を…」
「っ⁉」
足元に転がっていた少年に足首を掴まれて、旭が固まった…さすがにこの状況下の中に見捨てることは出来ない。
「くっそ!圭太ぁ‼」
旭と洋介の叫びは、圭太に届かなかった…
「あの人は…絶対にあんな事を平気でやれる様な人じゃないんだ…‼」
ただっ広い駐車場で、声を掛けてくれた時…彼女はジッと圭太を見つめていた。今思えばあれは自分が族や旧車會なのかを見極めるための物だった事位、鈍感な圭太でも理解している。
しかし、あの時の彼女を見ていれば、人のバイクを燃やして笑えるような人間でない事位はわかるつもりだ。
何か理由がある…圭太はFXを加速させて現場に向かった。
そこには、地獄絵図が広がっていた。
燃えるバイク、燃える旗…火傷や転倒した拍子に受けた打撲で地面に転がる無数の人影…
その真ん中に、彼女は居た。
彼女は、ある一人の男の髪の毛を鷲掴んでいた。
「来るなっていったよね?」
振り向かず、静かに言った。
「ここにいれば、そのうちに警察達が駆けつけてくる…巻き込まれたく無かったら早く去りなさい」
「わかった…それなら、その人から手を放してください」
彼女が鷲掴みにしている男を見て圭太が言った。
男は身長はわからないがかなり大柄な体躯を持っている。特攻服の刺繍からして総長であることはわかったが、所々焼けてなくなっているし、顔や皮膚も重症レベルの火傷と怪我だ。
「それは無理だ…今夜この男を殺して…私の復讐は終わるの」
その瞬間、彼女の後ろで炎に焼かれていたガソリンタンクが弾けた。
圭太は思わず後ずさるが、彼女は無反応であり、無傷であった。
「…一体なにがあったんですか…?あなたとこの人たちの間に…」
圭太が聞くと、彼女は少し夜空を見上げて何かを想うように眼をつむった。
「…いいわ、最期くらい…話したって構わないでしょ?」
まるで誰かに話しかけたようにつぶやくと、彼女は男を放り投げた。
「私には去年の今頃まで…大切な人が居たの…」
彼女は自分の側にあるRZのタンクを撫でた。
「彼もヤマハの2スト…デイトナに乗っていて、誰よりも速かった…」
「デイトナ…?」
圭太が聞き慣れぬ名前を言うと、彼女は「知らないよね」と苦笑した。
「そんな彼に憧れて、私もすぐに免許を取った。デイトナは無理だけど、後継のRZですぐに彼の後を走った。少しでも彼に近づきたくて無茶をしては怒られたわ…」
そう言って自嘲気味に笑う。空を見上げて両腕を広げる。まるで宇宙でも舞うように。
「ずっと一緒に居られると思っていたわ…?私達は…愛し合ってた…」
宇宙の星達が輝き、街灯の無い道路を月明かりが照らす。彼女は泣いていた…
「でも…去年の夏…彼は突然この世を去った…」
「え……?」
それまでずっと聞いていた圭太の表情が変わる。
「さっきの灯台公園ね…彼と私が始めてデートした場所で…彼は水死体で発見されたの…海岸線でクルマに跳ねられて、海に落ちてしまった…!」
彼女の身体がガクガクと震え出した。瞳孔が開き、呼吸が激しくなる…
「でもおかしいの………彼はその日…!デイトナに乗っていたハズなのに…‼どこにも無かった…‼家にも!喫茶店にもバイク屋にもどこにも‼‼‼」
ビリビリビリ…‼
彼女の叫びが、辺りの空気を震わせた。圭太はその悲痛な叫びを聞いて…ふと疑問を投げかけた。
「もしかして…バイクも…海に落ちてしまったんじゃ…」
バイクと言う乗り物は横からの衝撃に滅法弱い。もしクルマなんかが当たればひとたまりもないであろう。
しかし、圭太の予想を聞いて、彼女は笑った。
「私も思ったわ…もしかしたらデイトナも飛ばされたのかなって…」
フラフラと歩き始めた先には、先ほどの暴走族の総長と思わしき男が…
「でもね…跳ねたドライバーが言ったの…彼は1人、歩いてフラフラと前に出て来たって…」
男を見て…彼女が怒りと遣る瀬無さに身を震わせると…
ドガッ…‼
蹴りを入れた。
「彼が居なくなったショックで、私は頭がおかしくなった…彼のデイトナを探しに、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…辺りを探した」
タバコを咥えると火を付けて、吸い込んだ。
「でも見つからなかった…彼が死んだことを実感出来ない
まま、日課になってしまった精神安定剤を飲んでいたら…ある日、部屋の外からデイトナの音がするの!私は、彼が帰ってきてくれたんだって、急いで玄関を飛び出した…そしたら…」
こいつらが…!
彼のデイトナを…‼
我が物顔で、乗り回していたの…………………
「そんな…⁉ひ、酷すぎる…‼」
圭太が、未だ嘗て無い程の嫌悪感を目の前に転がる男やその仲間たちに向けた。
「その後、警察の調べで彼の死の背景には、何らかの争いがあったということが分かったの。彼の亡骸には、たくさんの傷があった…そして、私は確信した!こいつらが彼とデイトナを襲ったって…‼」
ぐしゃ…‼
近くに転がっていた他の構成員の頭を踏みつけた。彼はどうやら軽症だったらしく、手には鉄パイプが握り隙を伺っていたようだったが、やがて虚しい音を鳴らせて転がり落ちた。彼女はそれを拾うと、圭太を見据えた。
「彼はこいつらに襲われて…ボロボロにされて…っ、それでも負けないで後を追おうとして…っ‼‼」
「……っ、」
彼女の瞳から、大粒の涙が溢れた。圭太は何も言えなかった。
「それから私はこいつらを追って夜な夜な走り続けた。デイトナだけは、絶対に取り返したかったから…でも、私がデイトナを追っている事に気付いたこいつらは…っ、で…デイトナを、港で燃やしたの…‼」
奪い取った鉄パイプで、背中をぶっ叩いた。彼は嘔吐すると、意識が途絶えた。彼女はそれを最後まで見届ける事なく、RZに擦り寄ると、白っぽく変色をしている、黒の7本スポークのキャストホイールを撫でた。
「このホイールだけが…彼の形見…どんなに磨いても焼け跡は残ったけど…」
立ち上がると、彼女は深呼吸をした。
「ねぇあんた?聞こえてるの?」
どかっ…!
「たった半身が焼け爛れただけで許されたと思ってる…?デイトナはもっと熱かったのよ、わかってんの?」
ドガッ…!ばきゃっ…⁉
「今死なれたら意味が無いから、もう燃やさないであげるけど…次は彼の苦しみを味わう番よ?」
総長と思わしき男の髪を引っぱり、RZに跨る。
「待って!その人をどうする気⁉」
圭太が慌てて彼女の前に立ち塞がる。
「あなたの気持ちは痛いほどわかる…っ!でも!この人たちを殺したって、その彼は絶対に喜ばないよ⁉」
「あんたに何がわかるってのよ⁉」
刹那、彼女が叫んだ。
「彼が海で発見されて…無惨な死に様を…!顔のカタチだってわからなかった…!だいすきなデイトナを奪われて悔しかったハズ!恨んだハズ!」
彼女の顔が、閻魔になった。
その迫力と、彼女の気持ちに圭太が何も言えずに、ただただ立ち尽くしていた時…
圭太の背後から、ゆっくりゆっくり、一台のクルマが近づいてきた。
「なによ、ようやく重い腰上げたわけ…?」
彼女が不敵に笑った。しかし圭太は、彼女の腕が震えていることに気付いた。
クルマから降りてきたのは、まるでプロレスラーのようなガタイを持つ、二十代程の男。その背後からも、3、4人程、柄の悪い男達がぞろぞろと現れた。
「おめぇか…?俺達に上等してんのわ…お?」
「あんたね…⁉一年前、彼のデイトナを盗んで、彼がを死なせたのは…‼」
「え⁉じ、じゃあそのリーダー格の人は…⁉」
圭太が動揺した。
「こいつはこの男に利用されたただの共犯者よ…⁉このデカイのが首謀者で、去年のこのチームのアタマよ‼」
「デイトナ…?死んだ…?」
すると、大男が笑った。
「ぐぁはははははっ‼おめぇ、あの単車の男の女かぁ⁉そーかそーか…アイツ、死んじまったのか!はっははははは‼」
史上最低な高笑いが辺りを包んだ。
「何を笑ってるんだ⁉」
「いやぁなぁ…!珍しくRDのヨンヒャク、それもデイトナなんか乗ってたからなぁ?ちょっと借りただけでショックで自殺かぁ⁉」
言いながら、大男が近づいてきた。しかし…
「キッサマァアアアアア‼‼‼‼‼‼‼」
大男の高笑いを聞き終わる前に彼女が何かを投げた。その瞬間…‼
バァアンっ‼‼‼
「うわぁ⁉」
圭太が悲鳴を上げながら後ずさる。
彼女は火炎瓶を投げつけたのだ。この暴走族達も、この火炎瓶にやられていたのだ。
「死ねっ‼燃えて死ねっ…‼‼」
彼女の呪詛に炎がまるで応えるかの様に燃え上がる。
この爆発ではいくらあの大男でも大怪我は免れない!彼女が確信した時だった…!
「ほぉ…?良いもん持ってんじゃねぇか…?」
大男が、何かを盾に…炎の中から現れた…
「な、なんで…⁉」
彼女が思わず狼狽える。大男はその反応を見てまた笑った。
「ぐははは…!おめぇが火炎瓶エモノに狩りしてんのなんて、とっくに耳に入ってんだよ⁉」
言って、男が手に持っていたのは大きな鉄製の板だった。
「しかし、ちとばかし熱かったぜ?」
「くっ…ならもう一発喰らえ‼」
彼女が火炎瓶に火を付けようとした時、大男はニタリと笑った。
「俺はイイぜぇ…?来たらまた防げばいいからな?ただ、お前はこの距離で投げれるのかな?」
気づけば大男がもう5メートルくらいまで、近づいていた。
「今投げれば…お前も、そこの貧相なガキも燃えちまう…お前に投げれるのか?あ?」
ニタニタと笑いながら、近づいてくる。
「このっ…‼外道‼‼」
彼女が叫んだが、大男は一歩一歩、ゆっくり進んでくる。
「どうしたぁ?カタキが目の前にいるぜ?」
3メートル…2メートル…
「くっ…くっそぉお…‼」
そして、0メートル…大男が勝ち誇った。
ボコッ‼
「ぐぁああっ…‼」
その瞬間、彼女の顔に大男のフックが炸裂した。彼女はRZごと倒れた。
「今までごくろーさん?おう、やれ」
彼女に言った後、後ろにいた男達が彼女に群がる。
「このクソアマがぁ!よくも仲間達燃やしやがったなぁ⁉」
ばきっ‼
「生きて帰れると思ったか?テメーは今からサンドバッグから便器にして、最後は海だからよ⁉」
どごっ⁉
「ツラにハクつけてやっかんなぁ⁉」
ボキッ…⁉
「や、やめろ‼」
圭太が急いで彼女に向かって走り出したが、目の前を大男が立ち塞がる。
「よぉボーヤ…?たった今からあの女は奴らのオモチャになったんだからよ…邪魔すんじゃねえ」
真上から、恐ろしい眼光を放ちながら圭太を睨みつける。しかし圭太は恐れず…立ち向かった。
「うわぁあああっ‼」
「ふ…このクソガキがぁ‼」
ボコォっ…‼
刹那、圭太の腹にボディブローが炸裂した…
「っ…⁉…ぅ…⁉」
「テメーも仲間だな?今からお前も殺してやるさ…」
大男が圭太の胸ぐらを掴んだ。宙吊りになりながら、圭太は目を彼女の方に向けた。
「おい、見ろよこの顔!整形手術成功したべ?」
そこには
「おいおい…?あんまりやっちまーと後で萎えるぜ…?」
「ダッチワイフだって捨てる時にゃもうちょいマシなツラしてんぜ⁉」
彼女が、無惨な姿で横たわっていた…
「うぁあああああああああっ‼‼‼⁉」
「ちっ、うるせーぞガキが!」
大男が圭太を宙吊りにしたまま、首を締めた。圭太は口から涎を流しながら…遠退く意識の中で…彼女をただ見るしか出来なかった自分を恨んだ…
その時…
ブァァァァァァア…!
「あ?なんだこの…?」
ブァアアアアアアアアアアァァァァァァア‼‼‼
「直管にしたバブみてぇな…加速音は…⁉」
ブァンバァァァァァァアアアアアアアアアアア‼‼‼‼‼
「こんの…‼‼ど外道がぁぁあ‼‼⁉」
ゴンっ…!ガンッ‼
「ぶっ…⁉」
「おがぁっ…‼」
その聞き覚えのある声と爆音が、通り過ぎざまに彼女にたかっていた男の内二人を、数メートルほど吹き飛ばした。
「な、なんだテメー⁉」
「カハッ…‼」
大男が圭太から手を放して振り向いた。息を整えながら圭太も視線を向けると…
「寄ってたかって女をリンチして、弱いモンイジメしやがって…‼そんなのぁこの横浜月光天女の榛名玲花が認めねぇー‼‼」
鉄パイプを装備した、日章カラーのCB400T…ホークⅡに跨る玲花が居た。
「れ、玲花…⁉な、なんでこんな所に⁉」
「玲花だけじゃないわよ⁉」
「ゆ、由美っ…⁉」
見れば、玲花の後ろから、由美と真子、凛、そして美春か顔を覗かせていた。
「全く…!おかしいとは思っていたけど、なんでこんな事になってるのよ⁉」
由美が叫んだ。その脇で、真子がため息をついた。
「心配したのよ圭太君…っ、このゴミ共、圭太君に傷なんてつけてたらどうなるかわかってるのかしら…⁉」
「姉貴…!由美ぃ…!コイツらはぜってぇにゆるせねぇ…‼」
真子の後ろに乗っていた凛も指を鳴らしながら言った。が、それを、いつもののほほんとした声で美春が遮る。
「もーっ、みんな汚い言葉なんて使っちゃメっ!なんだよぉ⁉…でも」
困ったように注意する。しかし、すぐにRZの彼女を取り巻く二人と、その彼女を見て、美春はニタリと笑いながら付け加えた。
「ねぇ?あなたは壊してもいいニンゲンなの…?」
「けっ、女が集まって集団自殺でもしに来たのかよ?それとも犯されに来たか…?」
ここで、それまで黙っていた大男が久しぶりにしゃべった。
「めでてぇ頭しやがって…テメーら今日で全員死ぬかんな…?」
大男がゆっくりと由美達に歩み寄る。
「だ、ダメだ…!由美、逃げてっ…‼」
圭太が叫んだ。彼女のようになってしまった由美達なんて、絶対に、二度と見たくない‼
圭太が、立ち上がった瞬間、由美が不敵に笑った。
「ふふん…!アンタこそ、今言った通りにならないように気をつけなさい⁉」
「あぁ?何言ってんだコラぁ?」
大男がドスドスと近づいて行く。
「だって、あなたの後ろには、閻魔大王よりも怖い人達がいるんだから…‼」
「なぁにを抜かしやがるクソガキがぁ…‼」
大男の拳が由美に振りかぶられた。
その時…
ブァッパアァアアン‼バリバリバリバリバリバリ…‼
「よぉ肉団子ぉ…テメー今から解体してやんからよぉ…⁉」
フォアアアアァァァ‼…ボッボッボッ
「すまねぇな圭太…あと、RZの…テメーらぁ‼もうトサカに来たかんなぁあ⁉」
燃え盛る炎をバックに、悪魔のような顔をした…旭と洋介が愛車から降りて飛び出して行った…‼
旧車物語’s愛車紹介!
衣笠翔子
CB350Four
年式 1973年式
エンジン ノーマル
吸排気 ノーマル
外装 ノーマル
カラーリング メタリックレッド&白ライン (純正)
その他 ガソリンコックのみヨンフォア流用
自慢点 亡き母が遺してくれた宝物なこと
皆に引き合わせてくれた所
ほか全て
羽黒洋介
CB400Four
年式 1976年式 逆輸入車
エンジン ヨシムラ製458ccボアアップキット 吸排気 CRキャブレター ヨシムラ製手曲げマフラー (復刻版)
足回り コニーリアサス ウエダの四角アルミスイングアーム スポーク張り直し
外装 セパレートハンドル バックステップ
カラーリング ライトルビーレッド (純正)
自慢点 風になれる所