第56章 爆弾娘!
圭太は隣に停止したバイクを見た。
白いカラーリングに流れる様な流線型のタンクライン…
赤い枠の中には白でYAMAHAの文字…サイドカバーには車名は無い。
「…」
ヘルメットを脱いだ彼女は、年齢は同じくらいか、少し大人びて見える雰囲気で少し真子に似て切れ長な眼をしている。髪の毛はショートだが、美春のようにもみあげが長い感じでは無く、すこしボーイッシュな雰囲気である。
「…」
「あ、あの…?」
圭太が言葉を掛けるが、彼女は圭太とFXを交互に見ているだけである。いろいろと気まずくなって来た頃に、ようやく口を開いた。
「そのFX、あなたの?」
「え…?あ、はい…そうですけど…」
「ふうん…何してるの?見たところ、地元じゃないみたいだけど?」
ナンバープレートに視線を向けながら言う。
「はい。友達とツーリングに来てるんです」
「友達…?人影すら見当たらないけど…?」
「む…」
やけに突っかかってくる言い方にちょっとムスッとする。
「もうみんな先に行ってるんですよ…」
「置いてかれたの?トラブル?」
「キーを捻っても何にも付かなくって…」
圭太が現状を伝えると、彼女は「ふーん」と興味などまるで無いようで、板ガムをポケットから取り出すと口に含んだ。しかし。
「ちょっとどいて」
「え?」
トンっ、と圭太をFXから退かすと、彼女は慣れた手付きでサイドカバーを外しに掛かる。
「…はぁ、やっぱり」
そして何かを取り出すと、驚きと不安でオロオロする圭太の眼前に、小さなガラス管を突き出した。
「これは…?」
「メインのヒューズ…コイツが劣化して切れてる」
よくみれば、中の部品がちぎれていた。
「走らせたかったら、新しいヒューズに交換するんだね」
「そんな…どうしよう…ヒューズなんて予備持って無い…」
原因と解決策はわかったが、解決する術が無い…おとなしく諦め達が港に付く頃にでも電話するしかないか…と頭の中で考えていると…
「あんた、どこまで行くの?」
ガムを噛みながら、彼女がたずねた。しかし物凄い他人事である。
「この先にある港なんですよ…押して歩ける距離じゃないし…うーん…」
本気で頭を悩ます圭太。その脇では彼女は相変わらずガムを噛み続けていた。
「港か…仕方ない」
しかし、そう一言呟くと、彼女は本来ヒューズが固定されている配線を手にすると、ポケットから何かを取り出した。
「それは…?」
「ガムの包み」
アルミ系の材質で出来ているガムの包みを配線どうしに固定すると、そのままサイドカバーを閉めた。そしてセルに手をかけると…
キョカカカカ…!
ブファアアアア!
「か、掛かった⁉」
思わず叫んでしまう。今迄運も寸も無かったFXが息を吹き返した。
「ん…銀紙作戦成功」
それだけ言うと、彼女はヘルメットを被り、白いバイクに跨った。
「応急処置だから、港まで行ったら仲間に相談でもしてみて。長くは持たないから」
そう言って走り出そうとする彼女を見て圭太は我に帰った…まだ大切なことをしていなかった。
急いで彼女の前に出て行った。
「あ、あの!」
「あ?」
「助けて頂いてありがとうございました…!」
圭太が深々と頭を下げる…すると彼女はようやく笑みを浮かべた。
「旧いバイクに乗るなら、ある程度の知識は身に付けなさいよ?」
「面目ないです…」
圭太は申し訳なさそうに言いながら、彼女の白いバイクに目線が行く。
「私もあんたも同じ旧車なんだから、ちゃんとしなさいよ?」
カシュっ…!
クァァアアアアアアン!
彼女がキックすると、フィンの無い黒いエンジンに火が入った。
2ストマシン特有の煙を辺りに漂わせると、圭太が何かを言う前に走り去って行ってしまった。
「行っちゃった…」
残された圭太はしばらく呆然と立っていたが、やがてすぐにFXを港に向けて走り始めた。
「遅いじゃないのぉ!!!!」
キーーーン…
港の駐輪場で、由美の声が響いた…
「全く…!気付いたらどこにもいないんだもの…!」
「でも、由美だって気付かなかっ…」
「しゃらっぷ!!…全く…本当に…べ、別に事故してないかなんて心配なんてしてないけど…」
ひどく自分勝手な命令であるうえにどう見てもツンデレです本当にありがとうございました。
「でも事故じゃなくてよかった…圭太君に何かあったのかと心配で心配で…」
「むっ!真子さんは圭太に甘すぎるわよ!」
真子に食って掛かる幼馴染。
「でも災難だったな」
姉と由美のケンカの隙をついて凛が圭太に近づいた。
「うん…でも結局名前も聞きそびれちゃって…」
「にしても…これ女が使うテクじゃねーぜ圭太」
今度は洋介がサイドカバーを開いて応急箇所を見て言った。
「今時のバイクって平形のヒューズだぜ?今時ガラス管のヒューズが切れた時の応急処置…それも掟破りの銀紙巻きだぜ?どんな女だよ…」
呆れながら、偶然持っていたヒューズに入れ換えた。
「同じ抵抗のヒューズだったから助かったぜ…」
「なおりましたね!ありがとうございます!」
圭太が深々とお辞儀をした。洋介は試しにFXのエンジンを掛けると、勢い良くエンジンは始動した。
「しかしこのFX、なかなか吹け上がりが早いよな。由美ちゃんのゼファーもだけど、なんかエンジンやってるのか?」
不思議そうに洋介がたずねた。まるで新車のような吹け上がりに感動しているようだ。
「カムチェーンノイズがいかにもカワサキZって雰囲気満点ですよね…ふへへ…ヨダレが…」
カワサキマニアの紗耶香がヨダレを垂らしながら呟き始めたのを見て、凛が眼を覚まさせようと奮闘し始めた。
「というわけで」
一同が集まって、先程まで由美と醜い争いをしていた真子が説明をし始めた。
「ここの港で昼食にして、しばらくしたら例の峠に入る…から、今から私達姉妹オススメの店に行くから、大人しく付いて来てね?」
遠足時の学校の先生の様な説明の後、みんなが「はーい!」と返事をした。
「港の店って言やぁ、やっぱり海鮮丼だよな!」
凛が言うと、美春と玲花が待ちきれないのか生唾を飲んだ。
店内は少々狭めな定食屋の雰囲気であるが、大漁旗や釣り上げた魚の写真などが飾ってある。
バラバラに頼まず、全て真子達赤城姉妹のオススメである海鮮丼を人数分注文し、待つこと数分…現れた海鮮丼を見て美春が悲鳴を上げた。
「こ…!これはぁ…⁉」
目の前に現れたのは、マグロや白身魚の刺身が大量に盛り付けされ、さらにウニやイクラ、甘エビの乗った海鮮丼である。
「この引き締まった白身魚…!脂の乗ったマグロ…!高級食材であるウニやイクラをぶちまけたかのように豪快に乗せたこの料理…!この海鮮丼を作ったのは誰だぁ!」
「ワシじゃ」
美春の叫びに、奥から店主のオヤジが出て来て名乗りを上げた。
「オイ旭…どーすんだよこの空気…」
「しらね。お、うめぇぞコレ」
「お前保護者だろーよ…」
洋介の不安を他所に旭が普通に食べ始めたのを見て、やがて皆も普通に食べ始めるのであった…
「あぁ…美味しかったなぁ…」
食後…圭太が満足気に1人、港に腰掛けながら呟いた。
「1000円でお釣りが来るなんて…幸せだなぁ」
海の幸に感謝の気持ちをこめて手を合わせたその時、背後から足音が近づいて来た。
「なに1人でいるんだよ?」
やって来たのは凛である。
座り込む圭太を見下ろしながら立っている。
「いや、海の幸にありがとうってお礼をね…子どもくさいかな?」
「いや…そんなことねーぜ?」
ちょこん、と横に並ぶ。
「そんなにに喜んでくれるなんてな、紹介して良かったぜ」
少し頬を赤くしながらぶっきらぼうに言うが、目線は海を見ていた。
「あ あのさぁ…もし良かったらな?今度2人でまた走りに行かないか?」
出来るだけ平静を装いつつ、しかしやはり顔は海を向いたまま凛が言った。
今迄由美や姉の真子を見ていた経験から、この鈍化な男を振り向かせるには直接言わなければ理解しないことを知っている。
しかし、恥ずかしいものは恥ずかしく…
顔が赤くなっているのがわかる…しかしハッキリ伝えなければ…!凛が次の言葉を口にしようとした瞬間…
「圭太ー!凛ちゃんもー!そろそろ出るわよー!」
由美が遠くから2人に声をかけた。
「わかったー!…ほら、凛もいこう?」
圭太が立ち上がりながら凛に手を差し出す。
…凛は頬を膨らませると、圭太の手を借りずに立ち上がるとズカズカと歩いて行ってしまった。
「ちょっと凛!待ってよ!」
「うううるせぇやい!もうちょっとだったのにぃ!」
そんな2人を…何故か遠目に翔子と千尋が壁に隠れながら覗いていた。
「千尋さん…」
「どうしたの翔子ちゃん…?」
「以外にも凛さん…行動が早いですねぇ…」
「誓ったのが昨日だったのもあるのかなぁ?」
「とうとう三つ巴ですよ!ねー?」
「ねー⁉」
2人がキャーキャーいっている脇で、玲花がはてなマークを浮かべながら2人を見ていた…
昼食も終え、再び走り始める。
次は海沿いから少し外れて、峠に出て行く。
峠の入口が集合地点である。圭太がガソリンの量を気にし始めた時、ガソリンスタンドの看板を発見。数キロ先なので、由美の隣に並びかけて声を掛けた。
「由美!一応僕たちも給油していかない?」
「そうね!実はもういっぱいいっぱいだったの!」
やがて給油スタンドが見えてきた…先程給油しなかった圭太と由美、翔子と玲花が反対車線にウィンカーを出す。すると、先程給油していた洋介も後を追うようにスタンドに入った。
「あれ?洋介さんも給油ですか?」
翔子がたずねると、洋介は「いやぁ…ははは」と頭を掻いた。
「ちょっとキャブの調子が合わなくってさぁ…?」
「そうなんですか?」
「ちとばかし薄いみたいで…ちょいと触っていこうかなって」
「…」
自分のCB350Fourにガスを入れながら、隣でキャブを触る洋介を見つめる。
「ん〜…CRキャブだとやっぱしセット出しにくいなぁ…」
まるで会話をしているかのように愛車に語りかける。普段から明るく誰とでも接するし、優しさに溢れているが、少し体格がイカつく、怒るとやはり怖い洋介も…ヨンフォアを触っている時は、仲間達といる時とはまた少し違って…まるで可愛い彼女といる時のような表情をしている。
そんな彼を見ていると、翔子は嬉しい反面、何故か胸が苦しくなってしまう…
翔子は由美ほど意地っ張りでは無く、真子ほどオープンでも無く…洋介に対する自分の中の気持ちを知っていて、しかしそれ以上に踏み込めないでいる…
そんな中、この長距離ツーリングを契機に自分に素直になり、気持ちを伝えようとしている凛を見て、翔子も決意した。
私も…変わりたい…いや、変わる!
あの忌々しい義兄の起こした騒動から、翔子は明るく元気に振る舞い、以前までの泣き虫だった自分から脱却していたが、あと一歩だけ踏み込めていなかった彼への好意…
あの騒動時…拉致された自分を危険も顧みずに追いかけて、結果的に助けてくれた洋介に…それまで曖昧だった気持ちがいつしか本気で惚れていたのだ…
とっくに満タンになったガソリンタンクを閉めて、店員にガス代を払い洋介の所に向かった。
フォン…‼フォオオオオ…‼
「お!ドンピシャじゃんよ!」
「なおったんですか?」
「おうよ、ヨンフォアちゃんもようやくゴキゲンになってくれたよ!」
言いながら、彼はやはりヨンフォアに対して件の笑みを浮かべている。
いつか、その笑みを私にも向けてもらいますからね!
「ん?なんか言った?」
「何にも無いですよーっと!ほら、由美さん達も行っちゃいましたよ?」
見ると、由美と圭太が駐車場出口で後方確認をしながら、今まさに出発しようとしていた。玲花はすでに美春を追ったようで、ホークⅡ特有の低音コールが遠ざかって行った。
「あーあ、俺達がケツ持ちか」
「みたいですね…」
ヨンフォアに跨り、洋介がヘルメットをかぶった。
「あの…洋介さん」
「どーしたん?」
セルに指を伸ばした所で、洋介が動きを止めた。翔子は小さく息を吐くと…
「その…急がずゆっくり行きませんか…?」
「え…?」
俯きながら頬を赤らめる翔子に、洋介の顔は翔子以上に真っ赤になった。
「そ、そだね…‼うん、ゆ ゆっくり行こうか…!」
まるで落ち着かない心臓の鼓動は調子を崩した愛車のアイドリングのようで、洋介は焦りまくる。
「じゃあ私が後からついて行きますから…峠までの道のり、よろしくお願いしますね?」
「は はい!」
初々しい恋が夏の陽射しの下に生まれた…
一方、一足先にスタンドを出た玲花は、時折ご自慢のホークⅡでコールを切りながら先頭集団を追いかけていた。
後ろを振り返ると、圭太や由美達はまだ見えない。少しノンビリ走ろうかと思っていた矢先、信号に引っかかってしまった。
「まぁちょーどいいかな…あたいの技術の凄さには由美達はついてこれないもんね!」
などと戯言を一人で呟いた瞬間…
クァアァアア…キッ!
真横に一台の白いバイクが停まった。
見ただけで旧車物語のメンバーではないことは一目瞭然だが、気になったのはいつの間に背後にいたのか…玲花は何と無く気になってそのバイクを見ようと視線だけを向けた時、相手の方が、ヘルメットのスモークバイザー越しに玲花とホークⅡを見ていた。
「あぁ…?あたいになんか用…?」
「…ふん、まるで腐ったブリキ缶みたいね、アンタのバイク…」
ブチッ…‼
瞬間、レディース『月光天女』総長 榛名玲花の中で何かがブチ切れた。
「おいテメェ!今何つったヨ⁉」
玲花の腕が相手の胸ぐらを目掛けて伸ばされた。が、しかし…
ギョバババババハぁ‼‼
「なぁっ…⁉」
相手はそれより早くバイクを動かすと、玲花の目の前をドリフト状態…マックスターンですぐに玲花の背後にビタっと停めた。
「あんたら族やら旧車會の連中ってのは、口だけ達者の腕無しばっかりかい?」
相手はヘルメット越しに笑いながら続けた。
「だからバイク乗りからも世間からも淘汰されるんだよ…旧車乗りはねっ…!」
「っ、あたいに何の用よ…?事と次第によっちゃあいくら女でも勘弁しねーわよ?」
少し驚きを隠せずにいるが、それでも相手にガンをつけ続ける玲花。
しかしそんな玲花をあざ笑うかのように、相手の女はさらに挑発した。
「おぉ、怖い怖い…謝っちゃおうかな……?ふふっ、ばぁーか、捕まえてからモノ言いなよ?豚乗りねーちゃん?」
「…テメェ、ぜってぇ殺す!」
相手の挑発に、玲花が眼の色を変える…
「何キレてんのあんた…その豚…いや、ポークだってどうせ盗難車でしょ?だから…」
「ざっけんじゃねぇ!!あたいのバブⅡを馬鹿にするなぁ!!」
ホークⅡから飛び降りて相手に迫る。
「あたいのバブⅡは豚じゃねぇ!誇り高い鷹だっ‼」
しかしその拳は相手には届かなかった…
相手はその場でマックスターン…玲花が怯んだ隙に白煙だけを残して、あざ笑いながらまるでロケットのように遥か彼方へ消えて行った。
「あンのヤロー…‼クソっ…‼」
すると、一足遅れて、後ろから圭太達の音が聞こえて来た。
「あれ、玲花どうしたのよ?」
もうだいぶ先を行っていると思っていた由美が声を掛ける
が、それより先に圭太が路面に残されたブラックマークを見つけた。
「コレ…榛名さんがやったの?」
「呼び捨てでかまわねぇよ…ついでに言えば、コレはあたいじゃない」
玲花が蜃気楼に揺らめく先を睨みつけながら言った。が、しかしすぐにいつもの様子に戻った。
「まぁ対した事じゃないよ…それより早く姐様達を追いかけるよ!姐様ぁぁぁあ‼」
ブァンブバァ‼‼
一度空吹かしをして、ホークⅡが走り出した。
その後を圭太と由美が、「どうしたんだろう?」と顔を見合わせながらついてくる。
玲花は二人に見えないところで先程の女を見つけたらどうしてやろうかと思案するのであった…
そして峠道の入口付近に、最後尾をゆっくり走って来た翔子と洋介が合流したのはそれから1時間あまり後であった。
「この峠を抜ければ、そこからまた海岸線に出る…そこから眼と鼻の先に、最終目的地の灯台公園があるわ」
「いよいよ後半だねぇ♪」
「うん!ワクワクするね!おねーちゃん!」
真子の話しを聞きながら、美春と千尋がニコニコしている。
「れいにゃん?なんだかずっと静かだけど大丈夫かにゃ?」
「い、いえ 姐様、心配させてスミマセン…」
玲花が申し訳なさそうに頭を下げる。
「しかし、この峠…なかなかタイトコーナーの連続だぜ?」
洋介が看板を見ながら言った。
「ストレート区間よりヘアピンのが数あるな。地元のダム山やら峠やらとはワケが違うぜ」
相模の宮瀬ダムや、走り屋達と争った峠は高速コーナーとストレートが多いコースなのだが、今回の峠はどうやら違うようである。
「…」
その看板を見て、旭が腕を組む。
今朝のナナハンキラーとこんな峠でかち合ったら…重たいサンパチには勝ち目は無い…そんな事を考えながら立っていた。
「ちなみにここの頂上から下りの途中までの区間で海が地平線の向こうまで見えちゃうんですよ⁉」
「ロマンチックですねぇ!」
沙耶香が見所を伝えると、翔子が写真の撮り甲斐があると言わんばかりにカメラを構えた。
「さて、それじゃあこの峠を超えた先で、また集合しましょ!」
由美が言うと、仲間達はまたエンジンを掛けてそれぞれ走り出した。
カァァァァァア‼‼
先頭を走るのは、赤いサンパチ…霧島旭である。
ドッカリとした佇まいのGT380を鬼ハンで駆け抜けて行く様は、何処か異様である。
そんな旭のGTを至近距離に捉えて追撃する影が…旭のGT380より異様な光景で突っ走るのは、400SSマッハⅡ…赤い虹を纏った赤城凛である。
クォアアアアアアアア‼‼
低回転では使い物にならないと言われる2スト3気筒のエンジンに、またまた2ストには無意味とされている集合チャンバーを装着した…それも「キチガイマッハ」と呼ばれる直線番長のマッハⅡが、コーナーを軽快にクリアして行く様はまさに異様である。
「へっ…⁉サンパチってのはこんなに速いのかよ⁉それとも…⁉」
もちろん旭の技術が大半を占めているのは間違いない。鬼ハンで走れている旭もまたキチガイなのだ。しかし…
「どっちにしたって…オレとマッハの敵じゃねー!!」
そう宣言すると、インベタラインに差し込み、S字のヘアピンで旭とサンパチを抜いた。
「なんだよコイツ…あの真子なんかよかベラボーに速ぇじゃんかよ」
にっ、と嬉しそうに笑いながら、後を追う。
「みんなマッハをただの直線番長だとばかり思ってるけど…乗り方次第じゃ誰にも負けないんだぜ⁉」
集合チャンバーから像の遠吠えのような爆音を響かせながらコーナーを駆け抜ける。
マッハシリーズは直線番長…誰もが当時から恐れるマッハの曲がらなさ…。
マッハ・KHシリーズの全てに於いてそのほとんどの原因が実は「重量配分」による物であるのだ。
最初期型の350SSマッハⅡは、当時最強の149キロの軽量車体に45馬力を絞り出すエンジン、そしてドラムブレーキも合間って確かに停まらない味付けだが、以後S2型、400SS、そして最終型のKHシリーズになるまでに何度もエンジンはデチューンされ、ブレーキもディスク化…安全面が強化され、初期型の荒々しい牙は抜かれていった…それにもかかわらず、それでも曲がらないと言われ続けた要因は、マッハシリーズ共通の弱点である圧倒的な後ろ寄りの重量配分が起因する。後ろ荷重であるが故にフロントが簡単に浮き、曲げにくいのである。
しかし、曲がらないのと曲げにくいでは意味が違う…そのリア荷重を上手く乗りこなす技量のある物だけが、当時峠最速を謳っていたヤマハのRDシリーズやナナハンクラスと対等に走れたのだ。そして、まさに凛はマッハを曲げる天才であった。
「確かに姉貴はすげぇけど…峠で最速は誰にも渡さねぇぜ!」
グォロロログォアカァァァァァア‼‼
低回転ではゴロゴロ言うだけで使い物にならないエンジンが、立ち上がり5000回転からまるで別物のような排気音を響かせる。
玲花の装着する集合チャンバー…選んだ理由は、真子のBEETチャンバーでは最初から最後までマッハらし過ぎるし、ノーマルではやはり物足りない…
出来るだけパワー特性を犠牲にしないイモ管形状で、下と上で音の変わる集合チャンバーをあえて選択したのだ。
低回転(普段)と高回転(本気)の時でサウンドが変わり、自分の中で気持ちを切り替えてくれるこの集合チャンバーを、あえて凛は選んだのだ。
しかしそんな凛を追撃する影…抜かれた旭のGT380も頑張って張り付いている。
エンジンの幅から何から不利に見えるが、6速あるギヤや車体バランスの良さ、元気なRAM AIR SYSTEM搭載のマッハと同じ2スト3気筒のエンジンは、必死に食らいつく。
「しかし…コイツぁ峠じゃあ洋介のフォアとタメ張れんかしんねぇ…とりあえずこんなタイトコースじゃ勝ち目はねぇが…‼それでもやってやんぜ‼」
ギヤを叩き落すと、自慢のショットガンチャンバーから爆音をたててマッハⅡを追いかけた。
そんな熱い…熱苦しいバトルマンガのような展開で先を行く2人の後ろには、ノンビリと走る8台あまりの集団が。
「旭さん、やっぱり速いわね…」
「うん…でも、凛もすごく速いよ…」
由美と圭太が半分憧れ、半分呆れ気味に呟いた。
「真子さんと洋介さんは追いかけないのかな?」
圭太が言いながら、ミラーで後ろを確認すると、翔子の後ろ…最後尾を赤いヨンフォアがノンビリ走っている。すると圭太の横で、真子がマッハを並べてきた。
「凛のヤマでの技術は…悔しいが…認めたくないくらいとにかく悔しいが私よりほんの若干やや少し高い…ので、私は圭太君と海の地平線を眺めることに徹する」
「ふん、真子さん私のこと忘れてるわよ?」
由美がジロリと睨む。
「でもマコリンも速いよねぇ♪」
「そのアダ名はやめなさいって言ってるわよ美春?」
「ん〜、でもマコリンはマコリンだよぉ♪マコリンはとっても上手いよ♪」
言いながら美春がRGを左右に軽くバンクする。
そんな悪びれない美春を見て、真子は内心良くもそんなことを言えるものだと関心した。
始めてあった横浜…大黒埠頭から国道までのレース…結局旭と洋介達のイカサマに敗れたが、その際真子は美春とレインボーブリッジの先のコーナーで敗北を喫している。
もちろんストレートでぶち抜いたが、あのトラックの壁をすり抜けた、この何を考えているのか全く読めないアホな美春には真子は密かに一目置いているのであった。
ちょうどその美春の後ろには、玲花が何かを考えながらホークⅡを操っていた。
「皆さん!ようやく海が見えてきましたよ!」
沙耶香が叫んだ。森が開けて、遥か眼下に大海原と、その先にある地平線が太陽の光を浴びて輝いていた。
「圭太見て見て!すっごく綺麗よ!」
「ふむ…天候にも恵まれたな。圭太君のおかげかな」
「海岸線…真っ直ぐだけならあたいのバブⅡでも…」
「おねーちゃん!見て見てすっごくきれーだよ!」
「そうだねぇ♪」
「…!」←無言でカメラを回す翔子
「ほぉ、こりゃまた綺麗だなぁ」
それぞれがこの絶景を見て口々に感想を漏らす。そんな中、圭太は…
「すごいや…!すっごく綺麗だ!」
目の前の景色に只々…感動していた。
こうして、残りの下り区間を無事に降りると、数分で目的地の灯台公園に辿り着いた。ちなみに凛と旭の勝負は、凛がぶっちぎりで制してしまったようで、旭は本日2度の敗退を喫したようだ。
「くぅーっ!良い旅だったわね圭太!」
「本当…すごく幸せだった…」
先程の絶景と走り終えた達成感から、感無量と言った感じの圭太。
「真子さんに感謝しないとね」
「えぇ、悔しいけれど真子さんのおかげね!」
「なんでそんなに真子さんと競い合ってるの?」
「け 圭太のせいじゃないばかっ…!」
夕日を背に怒る由美。
「皆さん!最後に集合写真撮りますから、並べたバイクの前に集まってくださーい!」
翔子の元気な掛け声と共に、メンバーはそれぞれ、バイクの後ろに並んだ。
愛車に跨る者、脇に立つ者、寝転がる者…
全員が並んだのを確認すると、タイマーをセットして、1番端に停めてあるCB350Fourに駆け寄ると、隣に立つ洋介と眼が合った。
「今日は付き合ってくださってありがとうございまさした」
「いやこっちこそ…!おかげでノンビリと走れたしね…!」
お互いにお辞儀をしているとタイマーのアラームが鳴った。
「それじゃあ今日はお疲れ様でした!」
翔子が言うと、美春がニコニコしながら言った。
「じゃあいくよー♪バイクのタイヤの数はぁ⁉」
「「「「「「にーっ!!」」」」」」
カシャッ…!
「…おいなんだよ今の合図?」
「おねーちゃんが今日のために作った写真撮る時の掛け声だよおにーちゃん」
「そうだぜ?しっかりしてくれよなぁ?」
旭の素朴な疑問に千尋と凛が説明したが、旭にはやはり良く意味がわからなかった。
「翔子ちゃん!あとで写真は焼き増ししてね!」
「わかってますよ由美さん!あとで洋館に帰ったらビデオの上映会もしましょうね!」
「わぁ…!楽しみです!」
その言葉に沙耶香が嬉しそうに笑顔を見せた。そんな中、真子が今日の総括に入った。
「えー、今日はこれで我々旧車物語初の県外ツーリングは終了…あとはこの海岸線を戻るだけで別荘に着くのだが。くれぐれも安全運転で帰ろう!」
「「「はーい!」」」
由美、美春、そして凛…「ろくでなしーズ」の面々が元気に返事をして、ようやく帰路に就こうとした…その時…‼
クァァアア…‼
「この音⁉」
「あれ…?もしかして」
「っ…⁉」
駐車場から響いてきた軽快な2スト音に、旭と圭太、そして玲花が三者三様に振り向くと、入口に白いバイクが入って来た。
そしてこちらに気づくと、そのバイクは圭太達の隣に停止…エンジンを切り、ヘルメットを脱いだライダーの正体は…
「やっぱり…朝のあの人だ…!」
圭太が叫ぶと、そのライダー…女は圭太を見て少し驚いた表情を見せた。
「あれ?あんた、朝方のFXの…」
「圭太…この人が朝助けてくれた?」
由美がたずねると、圭太は嬉しそうに頷いた。
「そうなんだ!この人がFXをなおして…」
しかしそれを圭太が言い終わる前に、何者かが女の前に立ちふさがると…
ドカっ‼
「なっ…⁉」
「な、なにしてるのよ…⁉」
圭太や由美達がその影に駆けて行く。女を殴り飛ばしたのは
「よぉ、会いたかったぜ…このクソアマぁ…?」
鬼の形相で未だに相手から視線を外さない…榛名玲花だった…
旧車物語’s愛車紹介!
中山圭太
Z400FX
年式 1980年式E2
エンジン ノーマル
吸排気 ノーマル
足回り ノーマル
外装 ノーマル
カラーリング 深蒼
自慢点 ひきこまれるような深みをもつ艶やかで神秘的なブルーのカラーリング
三笠由美
ZEPHYR400
年式 1989年式C1
エンジン ⁇?
吸排気 メーカー不明ショート管
足回り ノーマル
外装 メーカー不明 Z400FX仕様外装 BEETタイプメッシュフェンダー FXタイプシート
カラーリング ファイアクラッカーレッド
自慢点 圭太と同じFX外装な所、集合管のサウンド 風になった気になれる所
霧島旭
GT380
年式 1974年式B4
エンジン フルオーバーホール済みノーマル
吸排気 純正キャブセッティング&ショットガンチャンバー (右手2本左1本の3本出し、メッキ)
足回り フロントフォークオーバーホール 前後スポーク張替え
外装 純正タイプシートアンコ抜き (リプロ品) ウィンカーカチアゲ 鬼ハン
カラーリング キャンディレッド+金色ライン
(B4純正カラー)
自慢点 全て。しいて言うなら白煙
真田美春
GT380
年式 不明
エンジン 0.5ミリオーバーサイズピストン組み込み フルオーバーホール済み
吸排気 ショットガンチャンバー (旭と同じ物にメッキ)
足回り フロントフォークGT750後期移植 ダブルディスク移植 リアスイングアームGT550用移植 リアロッド式ドラムブレーキ移植 前後スポーク張替え
外装 シートアンコ抜き
カラーリング キャンディブルー+金色ライン
(B4純正カラーアレンジ)
自慢点 旭達がなおしてくれたこと