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旧車物語  作者: 3気筒
46/71

第46章 BLACKBOX 終焉

「おいおい、本気かよ由美ちゃん・・・」

 洋介は呆れているのか驚いているのか・・・口をあんぐり開けていた。

「えぇ、本気よ。本気と書いてマジと読むくらい本気」

「だって由美ちゃん・・・シルビアと勝負って・・・」

 洋介が頭を押さえる。一方由美は弘毅に歩み寄ると目の前で仁王立ちで言い放った。


「私と勝負しなさい!アンタが勝ったら・・・今回の事は水に流すわ!でも、アンタが負けたら・・・二度と私達や翔子ちゃんの邪魔をしないっていうのと、美春ちゃんに謝りに行きなさい!?」

「ちょっとちょっと、由美ちゃん・・・!」

 洋介が由美の顔を覗き込むように言った。

「勝負はともかく・・・!負けたら水に流す!?旭が納得しないし、それに・・・!!」

 洋介にしては珍しくマジな顔で次から次へと言葉を吐き出す。それはそうだ。なにせ由美は本気で頭の悪いことを言っているのだ。

 負けたら水に流す・・・こんなバカな話しがあってたまるか。洋介が考え直すように言うと、なんと由美は笑った。

「大丈夫よ洋介さん・・・負けなければ良いのよ、負けなければ」

「だーからって!それには賛成出来ないって!勝ち負けは抜きにしても、由美ちゃんが転んだらどうする!?しかも相手はさっき平気な顔して美春ちゃんを吹っ飛ばしたようなイカレた奴で・・・!!」

「でも洋介さん、美春ちゃんなら何て言うかしら。暴力でやり返すなんて絶対に言わないわよ?」

「だったらこのまま警察にでも突き出せば・・・!」

 洋介が最もな事を言う。確かに、これは自分達だけで処理していい問題では無い。ひき逃げは立派な犯罪・・・洋介がそう言おうとした時、

「それは・・・翔子ちゃんを傷付けるわ」

 由美はきっぱり言い切った。それがきっかけで、今まで心此処にあらずな状態でいた翔子の意識をこちらに戻させた。

「え・・・由美・・・さん・・・?」

「もし警察に突き出したら・・・翔子ちゃんの性格からして、責任を感じすぎちゃうと思うのよ。そうなったら、翔子ちゃんは私達と一緒に走っても心の底から楽しむ事は出来ないと思うわ・・・」

 今でも十分に仲間達に迷惑を掛けてしまったことや、美春の容態で頭が一杯の翔子を横目に見た後、洋介に向き直った。

「暴力で解決しても、美春ちゃんは絶対納得しなくて、警察に突き出したら翔子ちゃんが傷つくなら・・・」

「・・・・・・」

「由美・・・」

 腕を組んで目を閉じて考えている洋介と、由美の出した先の見えない答えに複雑な視線を向ける圭太。口を開いたのは洋介だった。

「展開がめちゃくちゃでよくわからなくなってきたが・・・確かにコイツを突き出しゃ、翔子ちゃんの性格じゃ由美ちゃんの言うとおりになっちゃうんよなぁ・・・」

「それに、手を出したら美春さんが納得しないっていうのも頷けるし・・・だからって言葉で言ってもまた僕達に関わってくるかも知れない・・・」

 洋介に続いて圭太がつなげた。

「それなら決定じゃない!そんなクルマ、私とゼファーちゃんの相手じゃないわよ!?」

「でもなぁ・・・由美だとなんだか負けそうだし・・・」

「そうなんだよなぁ。由美ちゃん、別に速いワケじゃあないし・・・」

「ち、ちょっとちょっと・・・!!」

 圭太や洋介達の心外なセリフにツッコミを入れる。

「私じゃ勝てないって言うの!?この間だって、直線だったけど真子さんといい勝負したのよ!」

 圭太の誕生日会の時の出来事を引っ張りだしてふんぞり返る。

「いや、多分真子さんセーブして走っていたし・・・」

「・・・何よ圭太?文句でもあるのかしら・・・?」

 きゅぴーん、と目を光らせながら圭太に向き直ると、洋介が組んでいた腕を崩した。

「それはともかく、由美ちゃん。問題は相手が単車じゃ無いってのがポイントなんだよ」

「な、何よ・・・バイクの方が峠道みたいな細い道なら有利でしょう?」

「狭い道で、由美ちゃんのケツにあんなデカイ鉄の塊がくっついていたらデカイプレッシャーになるだろ?」

「え・・・」

 先ほどまでの余裕はどこへやら。街中カーチェイスを思い出して少し青ざめる。

「前にいたら、時速80〜100オーバーの中、そのテールの圧力で抜くに抜けないし、何より絡んだ時が最悪だ。何しろ相手は平気で人を跳ねとばすような野郎だ・・・何かあったら美春ちゃんの時とはワケが違う。バトルスピードで絡まれてタイヤに身体を潰されようもんなら下手すりゃその肉片はこの世に残さずあの世行きなんてことも・・・」

 洋介が由美の不安を煽り、由美が顔面蒼白になってその話を聞いている時。圭太もその話を聞いていたし、翔子は翔子で展開について行けずおろおろしていた。


 隙を生んでしまった。



「翔子ぉぉお!!!!!!」

「ひっ・・・!?」


 バタン!!


 キョカカカカカ・・・

 ボガァァァァァア・・・!!!


「し、しまった・・・!!」

「あ、あの野郎・・・!」

 弘毅は翔子を運転席側から助手席に押し込むと、白いS15のキーを掛ける。同時に、少し泡食った圭太と洋介が次に弘毅がするであろう行為を阻止するために走り出した。

 しかし、2人の推理・・・弘毅の逃亡という推理は簡単に裏切られた。弘毅は近づいてきた洋介達を見てふん、と鼻で笑った後、ギヤをローに入れてハンドルを目一杯右に切った。



 ボガァァァァァア・・・!!

 ギョギョギョギョ・・・!!


「リアに打っ叩かれて死にやがれ・・・!!」

「・・・!?」

「しまった圭太!戻れ!!」

 異変に気付いた洋介が咄嗟に圭太に飛び付き路肩に押し倒すのと同時に、シルビアのテールが洋介の肩を掠めた。

「な・・・!?アクセルターン!?」

 まるで氷の上を滑るが如く、狭い路地とはいえギリギリ二車線分のスペースがある道幅を使いきって、シルビアはその場でスピンターンを決めた。

「ま、待ちなさいよ・・・!!」

 由美が叫ぶが、その声はタイヤスモークとスキール音、エンジン音にかき消される。

 2回転ほどして、シルビアは由美達に背中を向けると、嘲笑うかのように走り去っていった。

「逃げられたわよ!?早く追いかけないと・・・!!」

「うん・・・!!」

 由美と圭太がそれぞれの愛車に駆け寄る。由美が洋介に急かした。

「洋介さん!早くしないと翔子ちゃんが攫われ・・・!?」

 辺りを覆っていたタイヤスモークが風に流され、地面に残されたブラックマークを見つめている洋介の表情を見て、由美は思わず固まった。

「あ・・・よ、洋介・・・さん・・・?」

「・・・なぁに、すぐに追い付くからさぁ、心配すんなよ・・・」

 深紅のヨンフォアに跨がり、エンジンを掛ける。アクセルを1回捻る。

「・・・・・・あのド低脳がぁぁぁあ・・・!!」

「「ひぃぃぃ・・・!?」」

 洋介のむき出しの怒りに、2人は震え上がった。普段の優しい表情を浮かべたお気楽な洋介はそこにはいなかった。いたのは、正しく悪魔だった。

「せっかく許してやんかと思ったけどなぁ・・・アンの野郎、血ダルマにしてやんなきゃ気がすまねぇ!!!!」


 グォアアアアアアア・・・!!!!!


 開口一発、アクセルを開けると洋介とヨンフォアは爆音だけを残して夜の闇に消えていった。

「ど・・・どうしよう、由美・・・」

「こ、怖かったぁ・・・」

 取り残された2人は、へにゃへにゃとその場に崩れ落ちた。

 その時、圭太のポケットから明らかに場違いな着信音が鳴り響いた。圭太がケータイを手に取ると、相手は旭だった。

 震える手で着信ボタンに指を掛けて、スピーカーモードにして由美にも聞こえるようにしてから言葉を返した。

「もしもし・・・?」

『おう圭太ぁ、オレだ!』

 どうやら向こうもかなり切羽詰まっているらしい。

『ちっとどえれぇ事になっちまった・・・!』

「ま、まさか美春ちゃんになにか・・・!?」

 由美が思わず身を乗り出してたずねる。

『いんや、アイツは大丈夫だ。それよりどえれぇコトだぜ・・・』

 受話器向こうで旭が深呼吸したのがわかった。

『今病院に来てるんだが・・・まさかこのタイミングでバッティングしちまうとわよぉ・・・!?翔子ちゃんの親父と鉢合わせた!!』

「えぇ!?」

「どういうことよ!?」

 圭太と由美もさすがに驚愕した。まさか渦中の兄妹の親と偶然にも出くわすとは・・・

『翔子ちゃんの親父医者っつったべ!?美春の運ばれた病院がそこだったんだよ!!』

 旭も信じられないと言った感じで言うと、そのまま続けた。

『今からそっちに親父さん連れてくからよ!!そっちはどうよ?まぁ電話に出るってコトぁ、無事っつーワケか・・・』

「それが全然無事じゃないんですよ!!翔子ちゃんが・・・!!」

 圭太はつい数分前に起きた出来事を簡単に説明した。翔子が連れ去られてから洋介が飛び出していくまでの話を聞いていたところで旭が舌打ちした。

『あのバカ・・・!早速キレやがったか・・・!!』

「ど、どうしましょう・・・!?」

『アイツがマジにキレちまったら面倒だぜ・・・ったくよぉ』

 呆れ半分危機感半分といった感じで旭が言うと、由美はふと疑問を見つけた。

「あの・・・旭さんはキレてないのかしら?真っ先にキレていそうだから・・・」

 それを聞いて圭太も思わず手を打った。確かに洋介よりも旭の方が先に堪忍袋の尾が切れそうなものだが、今の旭は平時の時と変わらない。そんな2人の反応が心外だったのか、旭はため息をついた。

「アイツがキレたって聞いたらそりゃ少しは冷静になんべ・・・ま、少しだけだけどよぉ・・・?クシャクシャにしてやんぜ?」

 それを聞いて2人は頷いた。どっちもどっちだ。

『お前ら洋介を追え!オレもすぐに行くから、現場についたらすぐに連絡寄越せよな!!』

 通話が切れたケータイを握り締めたまま、圭太と由美は目を合わせた。

「追い掛けろって言ったって・・・」

 ケータイの液晶を見る。通話時間役2分。このタイムロスはかなり手痛い・・・いや、絶望的だ。只でさえ速い洋介を2分遅れで追う。さらに行き先もわからないではどうにもならない。

「悩んでいても仕方が無いわ!行きましょう圭太!?」

「う、うん・・・!」

 由美が持ち主のいなくなったCB350Fourのキーを抜き目立たない場所に隠してハンドルロックを掛けると、2台のカワサキはエンジンを掛けると同時に、急いで洋介と同じように暗闇に消えていった。










 その頃、旭はGT380に寄りかかり苛立たし気に腕を組んでいた。

 すると玄関から翔子の父親が現れた。先ほどまで着ていた白衣ではなくスーツ姿でこちらに駆けてくる。

「す、すまない霧島君・・・!」

「早く!こちとら時間がねぇんだ!!」

 翔子の父をリアシートに乗せ、タンデム用の安い物の半ヘルを被せ、予め掛けていたエンジンは唸りを上げた。

「シートベルトがあんべ!?振り落とされねぇようにシッカリ捕まっとけよなぁ!?」



 クァアアアア・・・!!カァアアアアアアアアア!!!!!!!


 白煙を大量に吐き出しながら、旭のGTは加速していく。

「今さっき連絡したら、アンタの息子が翔子ちゃんを拉致って逃げたらしい・・・!」

「弘毅・・・バカな・・・!?」

 前を向いているので確認は出来ないが、かなり動揺しているらしい。旭はギヤをサードに叩き落とした。

「逃げたヤツを捕まえんのは簡単な話だ。オレんダチが追っかけてっからよぉ?ただ問題は・・・」

 目の前の信号が赤になった。面倒だが停車するためにギヤを落とし、白線ギリギリで停車した。

「も、問題は・・・?」

 翔子の父親が不安そうな表情でたずねる。旭はため息してから

「そのダチのうち1人がぶちギレちまってんコトだ・・・ヤバイぜ?」

「キミの彼女の件といい、今の状況といい・・・もうどうしたらいいのか・・・」

 文字どおり頭を抱えて苦悩する。

「まぁ、そのバカヤロウはどーでもいいが・・・翔子ちゃんと美春がやられてんだ、ここまでされたらもうそれなりの対応を取らせてもらうぜ?」

 旭は信号が変わるか変わらないかのタイミングでアクセル全開、夜の街を疾走した。









 その時、同じ時刻。

 圭太と由美は洋介のヨンフォアと翔子を乗せた弘毅のシルビアを人通りも人家も少ない、先ほど居た場所から少し離れた場所で発見していた。


 しかし、その現場は修羅場と化していた。


 なんていうことの無いコーナーのガードレールに向かって伸びるブラックマーク。その先に突き刺さるS15。ヘッドライトや割れたフロントガラスの破片が散らばるすぐ側にたたずむCB400Four。

 2人は唖然とした。

 シルビアの側で、翔子が頭を押さえながらへたり込んでいる。

 その瞬間、翔子のすぐ脇の運転席側のドアに弘毅がボロ雑巾のように叩きつけられた。

「よ、洋介さん!!」

 圭太がFXを停めて急いで駆け寄る。洋介の拳は弘毅の血で染まっていた。

「ソコどけ!まだ殴りたりねぇぞ!!」

 暴れ狂う洋介。その怒りは収まるところを知らず、ゴキゴキと拳を鳴らした。

「もう相手は伸びています・・・これ以上はいけません!!」

 必死に洋介を説得する。このままいけば、下手をすれば本気で殺してしまいそうな勢いだ。

 圭太が食い止めている間に、由美が翔子に駆け寄った。

「翔子ちゃん大丈夫!?」

「わ・・・私はなんとか・・・」

 事故を起こした際に頭をぶつけたらしく、頭を抑えながら弱々しく言った。

「たんこぶとか痛くない!?吐き気とか目眩は?」

「大丈夫です・・・」

 どうやら脳に影響は無いらしい。ちゃんとした受け答えは出来ている。由美は安堵のため息を漏らすと、翔子の隣で下を向いてぐったりしている弘毅に目を向けた。

「可哀想だけど同情はしないわよ?アンタの撒いた種なんだから・・・」

 そう言って、しかしハンカチを取り出すと口元や擦り傷についた血を拭ってやる。いくら弘毅が悪くてもケガをした人間を放っておけるほど由美は冷たい人間では無いのだ。同情はしないが。

 ある程度拭ってやると、ハンカチを弘毅に持たせてから翔子の肩を担いで圭太と洋介の側に歩み寄った。

「翔子ちゃん、大丈夫だった・・・?」

「はい・・・」

 圭太の問いかけに、弱々しく答える。

「洋介さん・・・助けてくださって、ありがとうございました・・・」

「え?あ、いや・・・まぁ」

 怒りの炎に燃えていた洋介だったが、翔子の言葉にその炎は鎮火しはじめたらしい。照れ臭そうに頭をかいた。

「で、これどうするのよ・・・?」

 翔子の肩を担ぎながら由美が指さしたのは、ガードレールに刺さったシルビアと、そのシルビアにもたれ掛かっている弘毅。この状況のまま放っておくコトも出来ない。

「事故処理するにしても面倒だし・・・クルマはぐっちゃりしただけで走れそうだからコイツが目を覚ましたら帰そう。幸い民家も無いしな」

 心底面倒くさそうに洋介が言った。事故処理で警察が介入すれば面倒なことになるし、真相を話せば弘毅はそのまま逮捕。洋介も補導はされるだろう。ならばこのままバックレてしまおうと提案した。

「そうですね。翔子ちゃんのお兄さんが捕まるのはやっぱりちょっと・・・」

 圭太も頷く。翔子の精神的にそれはアウトなのだ。しかし圭太はこんな賢くない選択を取る人間では無い。弘毅を見つめてこう言った。

「まぁそれと美春さんを吹き飛ばしたのは別だからね・・・それについては、今から来る旭さんと翔子ちゃんのお父さんと、美春さんとで決めてもらうけど・・・」

「そうね・・・」

 由美もウンウンと頷く。

「そうだな・・・それじゃあ早速バックレるかな。圭太か由美ちゃんのどっちかに翔子ちゃんを乗せてくれないかな?オレはこのバカを誘導するから」

 洋介はツカツカと歩いていくと、弘毅の肩を揺すった。

「おい起きろ。今からここ出るから、早くクルマに乗れ」

 同情や詫びは一切入れずに命令する。それでも先ほどの状態より落ち着いた洋介に一同がホッとした時だった。


 プッ・・・!


「・・・!?」

 洋介の頬に弘毅が血と折れた歯を飛ばした。そしてケラケラと壊れたように笑いだした。

「仲間・・・?友情ごっこ?楽しそうじゃないか・・・へへへっ」

「あぁ・・・?何が言いてえ?」

「あの・・・聞きたいことがあります」

 弘毅の胸ぐらを掴んだ洋介を遮って、圭太がたずねた。

「あなたは翔子ちゃんをなぜそこまで連れ戻そうとしたんですか・・・?僕にはそこだけが全くわからないんです」

「・・・・・・」

「確かにそうだな。自分の妹が1日とは言え無断外泊したら、まぁ怒るのもわかるが・・・普段からGPS発信機を単車に付けておくとか、確かに異常だよな」

 ウンウンと頷きながら洋介が言うと、圭太達はふと今の言葉の中にあった単語に違和感を覚えた。

「ちょっと洋介さん?GPSって何の話?」

 由美がたずねると、圭太と翔子もずいっと洋介に顔を近付ける。

「あれ?言わなかった?」「い、言ってないですよぉ!?どういうことなんですか!?」

 翔子に胸ぐらガチッと掴まれ、それをなだめながら洋介は説明をした。

 それを聞いた由美はマンガの様に地団駄を踏んだ。

「なによ!だからいつも先回り出来たのね!!悔しいぃ!!」

「カーナビを分解して・・・そんなことが出来るんだ」

 一方圭太はその発想と技術力と、無駄な使い方に関心半分呆れ半分と言った感じでひとりごちていた。

 そして・・・

「もう許せません・・・!!」

「うわちょ、翔子ちゃん・・・!!」

 普段おとなしく、今もずっと仲間に迷惑を掛けたと自分を責めていた翔子が、突如義兄の胸ぐらを掴んだ。

 この男が現われてから今まで、翔子は恐怖や、日々のストレス、そして友達を巻き込んだことや、撥ねられた美春のこと・・・全てが重なって容赦無く翔子に覆いかぶさった。そして今の洋介の種明かしでその全てが翔子の中でシェイクされ、それが普段表さない怒りの感情となって一気に爆発した。

「落ち着きなって翔子ちゃん!女の子が暴力をしたらダメだって!」

 さっきまでやりたい放題殴っていた洋介がとりあえず落ち着かせようと必死になだめるが、翔子は普段柔らかい笑みを浮かべるその瞳をキッと尖らせ弘毅を睨み付けた。

「私1人が目的だったんですよね!?それに、私が逃げ切れないコトも解っていたんですよねぇ!?なんで!?なんで由美さんや圭太さんや美春さんまで!?居場所が特定出来るのなら、いくらでも他のやり方で!私だけを捕まえられたじゃないですか!!なんで・・・!!」

「まぁまぁ、その辺りは後で話してもらうからさ、とりあえず今は・・・」

「洋介さんは黙ってて下さい!!」

「は、はぃ・・・了解でーす・・・」

 普段怒らない人程キレると怖い。それを身を持って体験した洋介はとりあえず手を放した。

「いいですか・・・?長居はできませんから5分です、5分以内に私を追い掛けた理由と私達を巻き込むように追い掛けた理由を答えて下さい・・・私も、今回だけは許せません」

 少し落ち着きを取り戻したかと思ったが、今度は弘毅に尋問を始めた。しかも時間制限付きである。

「さぁ、早く話してください!」

 胸ぐらを掴む腕にいっそう力が入る。慣れない感情に振り回されているのが自分でもわかるが、今はこうしていなければ身体がバラバラになってしまう。

 そして翔子の形相に負けたのか、弘毅がボソリと口を開いた。

「気に入らないんだよ・・・」

「・・・?」

「気に入らないんだよぉ・・・!全てが!お前みたいな虫ケラが!」

「おいお前、大概にしとかねぇと後でぐちゃぐちゃにされんぞ?」

「待って下さい。それで?」

 喧嘩腰になる洋介を腕で制して、先を促す。

「最初お前と会ったとき・・・・僕が高校生だった時だ・・・お前を見て、僕はなんて哀れで情けないヤツと思った。自分の主張も言えず、母さんや僕の嫌がらせを受けてもひたすら頭を下げるお前は僕のストレスの掃き溜めの絶好のマトだった」

 ぺっ!と地面に血を吐く。頬の内側がズタズタに裂けていて、血が止まらないようだ。

「そんなお前が、バイクの免許を取ってあのボロに乗り出した途端、家に帰る時間が遅くなりはじめた・・・僕は気に入らない!!お前は毎日僕に殴られて怯えていればいいんだ!バイクを手に入れて自由な気でいたお前が気に入らないんだよ!!」

「何言ってるのよアンタおかしいわ!そんなただの虐待したいためだけの理由で監視するためにJPNを付けたって言うの!?」

「由美・・・GPSだからね、難しかったら素直に発信機って・・・」

「う、うるさいわね・・・!!」

「で、そんな翔子ちゃんがバイクに乗り出していろんな場所に遊びに行くのがムカつくからGPS付けて居場所を突き止められるようにしたら、オレ達仲良くなってんのを知ったワケだ」

 洋介が静かに問い詰める。

「翔子ちゃんに会った翌日、街道沿いのガソスタにいた時に、お前のクルマと似てんのが目の前を通ったのをオレは見てる。あん時、お前は様子を見に来たんだろう?」

 以前、翔子と出会った翌日にガソリンを入れに来た旭と会い口論していた時のコトを思い出して洋介が呟いた。

 すると弘毅は口から血を吐き出すと笑った。

「あの時は笑ったよ・・・まさかアレを取り付けて2日でお前達の存在を突き止めれたんだから・・・そうか、出会ってまだ初日だったのか・・・ますます笑いが止まらない・・・」

「今までの話はわかりました。最後に、何故私だけを狙わなかったんですか?先回りをして道を塞いでバラけた所を捕まえることだって出来たじゃないですか?」

 無駄な話を一切せずに翔子が次の質問を切り出した。すると弘毅は笑いながら続けた。

「クククっ・・・わかっているんだろう本当は?」

「おおよそは・・・ただ、あなたの口から聞きたいんです。ほら、後2分半もありません」

 面倒くさそうに口を開く外道に、翔子はやはり尋問を続ける。腕時計を仕切りに見つめている。

「理由なんて簡単、お前を外に連れ出して僕を苛立たたせるお前らを巻き込めば、お前らはコイツから離れるかコイツが恐怖を感じてお前らから離れると思ったのさ・・・まぁあの女を撥ねたのは計画外だったが・・・」

「あの女ぁ!?テメェ大概にしとけ・・・!!」

「洋介さん・・・!!」

「止めるなよ翔子ちゃん!この野郎やっぱ徹底的にボコり入れねぇと・・・!!」

「今は堪えて下さい・・・!」

 必死に洋介を止める翔子。翔子の瞳に宿る炎を見て、洋介は拳を引っ込めた。

 翔子は最後に今までの話の総括に入った。

「ではあなたは私に暴力を振るいたかったのだけど、私が友達と遊んでいたからそれが出来ず、それなら私と友達を離れさせてまた暴力を振るう為に今回の行動を計画。発信機を私のバイクに付けて、居場所を特定。追い掛けている途中、美春さんを撥ねてそのまま私達を追い掛けた・・・こんな感じでしょうか?」

 腕時計の秒針を見つめる。あと30秒で5分になる。翔子が弘毅を睨むと、弘毅はそんなコトもお構い無しに高笑いした。

「アッハッハッハッハ!!ああそうだ!そのとおりだ!!お前は僕に殴られていればいいんだ!これからもそうさ!帰ったらお前を二度と外には出さない!殴って殴って殴って・・・!!お前は僕の下から離れられなくしてやるさ!!」

 狂気の叫び。そのとおりまさしく狂ったような笑う醜い男を見て、洋介達は吐き気すら覚えた。

「この野郎、狂ってやがる・・・」

 さすがの洋介も一歩後退りする。それをみて弘毅がニタニタ笑った。

「どうせお前ら・・・翔子を思って警察に僕を売り渡すような真似はしないだろう?そんなことをすれば、コイツが傷つく・・・そんなバカな考えを持っているんだろう!?へっへっ!バカめ!僕は変わらない・・・!!例えお前が今から仲間と僕を半殺しにしようともたとえ警察に突き出そうとも!僕はコイツに自由を与えない!!心にまで恐怖を植え付けて毎日怯えているようにしてやる!!あっひゃっひゃっひゃははははははひはははハハハハはははははハ!!!!!!!」

「な、なんなの・・・この執念って・・・」

 由美が言葉を失った。あまりの歪み様に吐き気を覚える。どうやら洋介や圭太も同じ気持ちのようで黙りこくってしまっている。

 しかしそんな空気の中、最初に口を開いたのは意外な人物だった。

「時間が少し過ぎてしまいましたねぇ・・・最後の汚い笑い声が途中で切れてしまいましたが・・・まぁ主要部分は上手く撮れたので良しとしましょう」

「な、何を言ってるの?翔子ちゃん・・・?」

 みんなと違って、少し笑みまでも浮かべて独り言を呟く翔子に圭太がたずねた。とうとう気が触れてしまったのかと思って不安そうにしていると、翔子はポケットから四角い箱を取り出した。

「それってさっきの・・・?」

「えぇ、新しく買ったデジカメですよ。さっきボウリング場で撮ってからしまうのを忘れてポケットに入れていたんです。洋介さん、持っていてください」

「え・・・あ、うん」

 デジカメを洋介に渡す。立ち上がると、足下に座っている義兄に向かって口を開いた。

「義兄さん?デジカメって便利ですよねぇ。写真も綺麗に撮れますし、動画も短いですけど撮れるんですよ」

「お、お前・・・何を言って・・・?」

 圭太達3人にはわからないが、弘毅はさっきの余裕はどこへやら。顔を真っ青にして翔子を見据える。

「ボウリング場で私、写真を1枚しか撮れなかったんです。だから容量は沢山余っていたんですよ。それで、私はそれを思い出しまして・・・」

 ここで、ニッコリ笑った。弘毅の額からは汗が止まらない。

「ポケットの中なので映像はありませんが・・・あなたの、いや・・・この場にいる全員の『音声』はしっかり録音出来ています」

「え・・・?」

「・・・あ!!」

「なに?一体なんなんだ・・・!?」

「・・・お、お前・・・まさかっっ!?」

 4人の声がシンクロする。どうやら圭太と弘毅は理解出来たらしい。翔子は笑顔のまま言った。

「私はあなたを許せません。しかしGPSを仕掛けた以外の物的証拠はさっきの事故で無くなって、今はありません。あなたはなんだかんだでのらりくらりと躱して刑を軽くするでしょうし、そうなればあなたはまたやってくるでしょう」

 圭太は息を呑んだ。どうやら自分の推理は当たっているようだ。弘毅はもはや呼吸すら出来ていないようだ。

「なので今撮った音声を、私は警察に物的証拠として提出します」

「き・・・貴様ぁ・・・!!」

 瞬間、弘毅が立ち上がり翔子の胸ぐらを掴んだ。怒りに歪んだ表情を浮かべて腕を振りかぶった瞬間、弘毅は再度シルビアに叩きつけられた。

「ようやくわかったぜ翔子ちゃん。お前はもう二度と翔子ちゃんには触れさせねぇよ?」

 翔子の後ろから、デジカメを預かった洋介が鉄拳を見舞ったのだ。翔子は洋介に頭を下げると、義兄に向かって言った。

「あなたも家族です。だから一応警察に通報する前にこれを家族に聞かせます。まぁ、それで反対されても私は絶対に警察にこれを渡しますけど・・・って、もう聞こえていませんか」

 足下で伸びている義兄を見て、翔子はため息をつく。その瞬間・・・

「あ・・・」

「危ないっ!!」

 いきなり膝からカクンと崩れ落ちた。バランスを崩した翔子を、後ろから洋介が受けとめる。

「だ、大丈夫か!?」

「あ・・・れ・・・?私、足が震えて・・・か、身体が・・・」

 どうやら極度の緊張状態から解放されたコトで、身体の力が抜けてしまったらしい。身体が動かせない。

「いや、よくやったよ翔子ちゃん・・・本当に頑張った!」

「そうよ!翔子ちゃん、私なんて何にも出来なかったわ・・・」

「そんなこと、無いですよ由美さん・・・」

 由美の手を握ると、翔子は笑った。圭太は翔子の前に立つと洋介と2人で起こすのを手伝いながらたずねた。

「翔子ちゃん・・・よく決断出来たね。でも何で急に?」

「そうですね・・・最初は嫌だったんです。でも、いろいろ話が進んでいくうちに、自分と義兄だけの話じゃないって・・・皆さんが辛い思いをしてるのに、彼を許していいのか・・・悩んだ結果、私はそう決断したのですが・・・」

 翔子はそこまで言って、気絶している義兄の頭を撫でた。

「やっぱり・・・私は決めかねますね・・・」



 それからの処理が大変だった。

 もう移動しても仕方がないと言うことでこの場で旭と合流。シルビアと弘毅を翔子の父親に任せて、翔子は洋介の後ろに乗って自分の愛車に送ってもらい、美春のいる病院で明日会うコトを約束して、解散の運びになった。








 夜の病院。薬品の匂いが漂う灯りの無い廊下を歩き、ある病室の扉の前で1人の少女が立っていた。

 扉を開けると、普通の個室にベッドと点滴、小さなテレビが。

 ベッドに横たわる人影を確認して、少女は静かに病室に入った。

 ベッドにいる人物はやはり眠ってしまっているらしく、その寝顔をのぞき見た瞬間、彼女の目から涙があふれてきた。

「私のせいでこんな目に・・・本当に・・・すみませんでした・・・」

 少女は泣き声を押さえながら言うと、寝ている彼女の手を握りしばらく何かを考えた後、入ってきた扉に歩いていった。

「・・・さようならです」

 それだけを言って、少女は病室の外に出る。

 音を発てないよう静かに扉を閉めた時、いきなり周りが明るくなった。

「・・・!?」

 どうやら廊下の蛍光灯が一斉に灯ったらしい。暗闇から一転、光が支配する廊下に慣れるために目を瞑り開こうとしたとき、不意に声を掛けられた。

「こんなことじゃないかと思ったのよねぇ」

「え・・・?」

 目を開くと、良く見知った・・・いや、先ほどまで一緒にいた親友・・・三笠由美が立っていた。他にも圭太や洋介、旭もその場にいた。

「全く、さっき別れ際にあんな顔してたらみんな気付くわよ」

 由美がやれやれだぜ、と首を横に振った。

「あとを付けるような真似をしてゴメンね?でも、やっぱり心配だったから、あの後みんなでまた合流して付いてきたんだ」

「全く・・・なにが「さようならです」だよ・・・自分ばっか責任感じて」

 圭太と洋介も全くだと言った感じで頷いた。

「というワケよ翔子ちゃん?まだまだ私達から逃げられないんだからね?」

 ニコっと笑い由美が言った。少女・・・衣笠翔子は俯きながら身体を震わせていた。

「・・・私は・・・皆さんといたら・・・また、迷惑を掛けてしまいます・・・」

 俯いたまま、表情が見えない翔子は、そのまま続けた。

「さっきはあんなコトを言いましたけど・・・私、やっぱり義兄を警察には突き出せません・・・ははは・・・!笑っちゃいます・・・あんな酷い目にあって、皆さんを危険な目に巻き込んで、私は許そうとしているですよ・・・?」

 自嘲気味に笑うその声は震えていた。身体も心も、限界だった。

「期待を裏切ってしまって・・・申し訳ありません・・・私、皆さんのような友達は初めてだったんですけど、呆れてしまいますよね・・・!?さんざん巻き込んで怪我人まで出て、結局こういう結果になってしまったんですから・・・」

 皆の顔を一切見ずに、まるで地面に話し掛けるように、最後の言葉を絞りだした。

「お母さんが死んで・・・何かにすがるように再婚して、やっぱり上手くいかなくて・・・もう、お父さんの悲しい顔、見たくないんです・・・!!」

 別れ際に見た、義兄のクルマに乗り込んだ父の表情を思い出して、涙が溢れた。決壊したダムのように、止まる気配が無い。

「私は皆さんの・・・仲間の期待を裏切って、家族を選んだんです・・・!だからっ・・・!!だから私・・・っ!!」

「全く、何を言ってるのよ翔子ちゃんったら!」

 翔子の言葉をかき消して、由美が言った。

「私達は翔子ちゃんの義兄さんが警察に突き出されるのを望んでなんかいないし、翔子ちゃんが家族のコトを考えているコトに対して裏切られたなんて微塵も思ってないわよ?」

 由美の明るい笑顔に、翔子は思わず顔を上げた。見れば全員、同じように笑っていた。

「確かに大変な目にはあったけど、全てが丸く収まったしね。僕は逆に何も出来なかったコトを謝りたいくらいだし」

 美春が事故をしてから、必死に逃げるルートを探して皆を引っ張った圭太が、本当に心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。

「まぁ圭太は良くやったさ。それより!翔子ちゃんが無事で何よりだったよ本当に。最後なんか大活躍だったしさ!鳥肌モンだったぜ!?益々惚れちまうじゃまいか・・・」

 洋介が本当に感動したように翔子を誉めたが、最後で台無しにしてしまった。由美に足を踏みつけられて飛び上がる洋介をバックに、旭が言った。

「このままバックレようなんて思うなよ?オレたちゃ『旧車物語』。どこに隠れたって見つけだすしな。それに・・・翔子ちゃんがいなくなっちまうコトなんざ、美春のバカはぜってぇに望んでねーんだからなぁ?」

「全く、旭さんの言うとおりよ。翔子ちゃんが居なかったら、誰が私達の『ナビ役』をやるのよ?真子さんだけじゃ不安で仕方ないわ」

 由美が翔子の肩をポンポンと叩く。

「そういうワケだから、翔子ちゃん!さよならするコトは一生無いわよ!?」

 そのまま笑顔で言い放った。後ろのみんなも一様に笑顔で翔子の前に立っていた。

「みんな・・・ず、ズルい・・・!みなさん、ズルい、です・・・っ!」

 笑顔で自分の肩に手を置く由美の胸元を掴んで、涙をボロボロ零しながら、翔子は泣いた。

「そんな・・・っ!ひっ・・・ぐ!い、言われたら・・・私・・・!なにも・・・なにも出来ないじゃないですかぁ・・・!!」

 顔を涙や鼻水で汚しながら、泣きじゃくる。そんな翔子を、由美が優しく抱き締めた。

「全く・・・翔子ちゃん、恨むなら友達想いの最高の友達を沢山作った、自分を恨みなさい?それと・・・」

 由美は翔子や後ろにいる圭太達に表情が見えないように、さらにぎゅっと翔子を抱き締めて言った。

「もう絶対・・・!居なくなるなんて、い、言わないで・・・!!」

 気付けば自分も涙を流しながら、そう言っていた。

 今回のコトが起きた時から、由美や圭太達は不安に思っていたのだ。翔子の性格上、責任を感じて自分達から離れていってしまうことを本当に不安に思っていたのだ。正直に言えば、この尾行びっくり大作戦(命名、由美)だって失敗の可能性が無かったわけではない。翔子が強く否定すれば自分達に強制権は無い。おとなしく引くしか無かった。

 しかし、翔子は拒否せずに自分達の元に戻ってきてくれた。それが嬉しくて、由美も涙を流してしまった。

 抱き合って泣きじゃくる2人の少女を、3人の仲間の他に階段の踊り場から離れた位置で見つめる影が他に1人いた。

「佳代・・・僕は父親失格かも知れない・・・」

 壁に寄りかかり、翔子の父親は言った。

「娘の気持ちなど梅雨知らず、ポッカリ空いた心を埋める為に再婚話に乗り、その罪悪感を忘れるように、君を助けたくてついた今の仕事に没頭して・・・いつしかあの子を見ていなかったんだ・・・本当、僕は情けない父親だ」

 本当は病棟内は基本的に禁煙なのだが、なに気にすることはない。使い込まれたジッポでタバコに火を点けた。鈍く光るジッポの音をたてぬように閉めると、紫煙を吐き出した。

「でも、やっと吹っ切れた。長い時間を掛けてしまったけど、僕はもう迷わない・・・これからは、また『3人』で暮らそう・・・」

 病棟の窓から、月明かりが男を照らした。開いていないはずの窓から、温かい風が吹き抜けた気がした。どうやら彼女は許してくれたようだ。


 すーーっ・・・

「・・・?」

「どうしたの・・・?」

 急に上を向いて泣き止んだ翔子に、由美がたずねた。

「今、風が吹いて来ませんでしたか・・・?」

「え?何言ってるのよ・・・?窓なんか無いわよ?この病棟」

 由美が言うように、この廊下には窓が無い。気のせいだったのか・・・そう思ったその時、やはりまた風が吹いてきた。

 しかし、周りの物は揺れていないし、どうやら疲れているようだ。

「なんだか・・・私・・・」

 温かい・・・心地よい夏の風に安心した瞬間、何か温かい物で包まれた翔子はその場で眠ってしまった。

「あれ?翔子ちゃん?」

 由美が揺するが、目を覚まさない。翔子の言葉を思い出して、洋介が言った。

「深夜、病院・・・そして謎の風・・・」

「「「・・・」」」

 由美、圭太、旭が固まった。

 そして4人、顔を見合わせて・・・

「「「「で、出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!」」」」

 慌ただしく廊下を走って逃げていった。ちなみに翔子は洋介がおぶって言った。

 そんな彼らを見て、空中にいた『誰か』はため息を漏らして呆れていたとか・・・

 


どうも、更新が大幅に遅れてしまいました・・・汗

最初は3部作で終了させる予定が大幅に伸びてしまい、気づけば4部作に・・・汗


今回のお話、短編を覗けば一番分量が多くなっています。まぁ多ければ良いわけでもないのですが、複線が多々ありますので少しは楽しんでいただけるかと思います。


そしてシリアス(???)な話が続きましたが、いよいよ季節は夏!

リアルタイムに乗り遅れぬよう、楽しい圭太たちの夏を描いていければと思っておりますので、これからも『旧車物語』を宜しくお願いします!



3気筒

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