第45章 BLACKBOX 選択
相模の外れの道を、1台のクルマが走っていた。路地裏に逃げた3匹の獲物より先回りするために、2リッター直4ターボのエンジンが咆哮を上げる。
しかし、荒々しいエンジン音に反して、ドライバーの男はまるで過呼吸にでも陥ったかのような不安定な呼吸で、冷たい汗をびっしりかいていた。
「・・・・・・クソっ!!」
悪態をついて、ナビ画面を見る。このまま行けば、奴らより先に頭を取れる。次でケリをつけねば男の精神が保たなかった。
「あ、あああ・・・っ!あの女・・・し、死んでないだろうなぁ・・・!!」
本当はただ幅寄せをして、相手をビビらせるだけのつもりであった。相手はまるで自分の義妹のように怯えた瞳でスゴスゴ引き下がる・・・彼のシュミレーションではそうなるハズであった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!?」
しかし、実際に起きたことは、行き過ぎた自分は相手をプッシュ。火花を散らして地面を滑るバイクがサイドミラーに映った。そして・・・
「なんなんだ・・・あの瞳はぁぁぁあっ・・・!?」
投げ出されたライダーの表情を思い出して、吐き気を覚えた。最後の最後まで、あの女はこちらを軽蔑と哀れみの交じった瞳で自分を見つめていた。
たった一瞬の出来事・・・しかし、無限に続くように思えた瞬間、彼女は景色と共に後ろに流れていった。
バックミラーには、地面を転がり路肩の草むらに叩きつけられた姿だけが映った。
「だ、大丈夫だ・・・だ、誰も、誰にも見られていない・・・!!」
男はセコからサードにシフトアップすると、当初の目的も思い出せぬまま獲物を追った。
シルビアのブローバルブ音だけが、街中に響いた。
一方、街の中心地から少し離れた路地裏を、深紅に彩られたCB400Fourが疾走していた。洋介は旭から聞いた手品の仕掛を思い出していた。
「GPS・・・?」
救急車のサイレンが鳴り響く緊迫した状況で、洋介がおうむ返しにたずねた。
救急隊に運ばれ、容態を見てもらっている美春の痛々しい姿を横目に、旭は確信を持って頷いた。
「翔子ちゃんのCB350Fourをイジった時があったべ?あんときにサイドカバー脇に、GPSってラベルのある基盤丸出しのちっさくて黒い箱を見っけたんだ」
「つまり、ヤツはそれで翔子ちゃんの行く先を?」
「あぁ、多分カーナビなんかを分解して中からGPSだけ取り出してCB350Fourに忍ばせたんだろーよ・・・」
その時、救急隊の1人が旭に搬送先の病院が決まったと報告をしに来た。
旭は愛機GT380に向かって歩きだすと、背を向けたまま立ち止まり言った。
「もしそうだとしたら・・・かなりの技術を持ってんのによ、勿体ねーヤツだ・・・」
救急車が走り出すと旭も続いた。サイレンと爆音が絡み合いながら元来た道を進んでいった。洋介はそれを見送ると、自分も愛車に跨がり走り出したのだった。
「しっかし・・・相手が翔子ちゃんの動きが読めちまうっつーのが手痛いよなぁ」
こんな状況でも、組み上がったばかりのエンジンを気にしてるためか回転を押さえながら走る。洋介は頭の中である1つの仮定を立てていた。
「まずだ・・・相手が最後まで人間捨ててなきゃ、今ごろ不安と焦りにパニック状態になってるだろうこと・・・それなら逆にこっちから追い詰めりゃ・・・」
そこで、洋介は愛機を停めた。ケータイでどこかに連絡を取ると、そのままニヤリと笑った。
「生け捕り作戦、スタートだ!」
「なんなのよもぉ!?」
国道に向かって突き進む中、由美が叫んだ。後ろからは少し距離を置いて付いていく白いS15・・・
「ちょっと圭太!?早くなんとかしなさいよ!」
「そんなこと言ったって・・・!!」
真後ろから獲物を捕らえんネコのごとく追い掛けてくるシルビアに、圭太は舌打ちした。
今にして思えば、このゲームのルール自体が向こうに有利なのだ。逃げ切れば勝ち、捕まれば負け・・・時間制限の無い中で、有利なのは言うまでもなく追う側なのだ。さらに極めつけは、自分達の前をことごとく奪い取っていく不思議な現象。何もかもが始めから不利なのだ。
ブァァァァアっ・・・!!ガキャガキャ・・・!!
「翔子ちゃん!?」
後ろの異音に振り返ると翔子が焦りながら左足を動かしていた。どうやらただのシフトミスらしい。ギヤをガチャガチャ言わせた後、すぐにサードに叩き上げた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」
翔子の表情からはすでに余裕が消えている。仲間を巻き込んでしまったことや追い込まれ続けたことによるプレッシャー、愛車の原因不明のガタつきに極めつけは美春の安否の不明。全てが重圧となって翔子に重くのしかかる。
「翔子ちゃん、大丈夫・・・!?」
後ろの信号が赤になり、シルビアが停車したのを見て、スピードダウンした由美が翔子にたずねる。しかし翔子は荒い呼吸をするのみで返事は返ってこなかった。
「圭太っ・・・!!」
由美に呼ばれて振り返ると、翔子がすでに限界なのは目に見えていた。由美にも疲れが見えているし、自分も十分なプレッシャーが掛かる。
「このまま走らせたら・・・翔子ちゃん絶対に危ないわよ!?」
言われなくてもわかる。ただの直線ですら安定しなくなったニーグリップ。曲がるたびに受けるおかしな挙動。
全てが限界だった。
今決断を下せるのは自分だけ・・・これ以上危険な行為を続ける体力も皆残っていない・・・圭太はある決断を口にした。
「みんな・・・もう止まろう・・・」
「け、圭太さん・・・?」
自分たちの愛車の音にかき消されないように速度を落とした圭太達に、翔子もそれに合わせて減速。ついに路肩に停車した。
「圭太さん・・・由美さん・・・」
「翔子ちゃん、このままじゃ翔子ちゃんの体力も心も持たない・・・だから、翔子ちゃんのお兄さんが追い付いてきたら、また少し話し合いをしてみようと思うんだ」
圭太が諭すように言った。
もちろん、翔子達が追い付かれたからと言ってそう簡単に翔子を弘毅に引き渡そうなどとは考えていない。
なんとかして翔子を1度彼ら家族から離れた場所で休ませなければ、彼女は体力どころか精神すら持たない。そのための交渉をしようというのだ。
「でも圭太・・・あの男がそんな話を聞くと思うの?」
由美がたずねると、圭太は首を横にした。そう、あの男を引き離すということが絶対条件であり、何より難しい話なのだ。
そもそも、あの男が何故翔子をそこまで執拗に追い掛けるのかもわからない。嫌っているのなら放っておけば良いし、家族だからと言ってもそこまでするのは却って危険・・・なのにまるでマムシのようにしつこい理由が見当たらなかった。
「け、圭太さん・・・由美さん・・・め、迷惑を・・・うっ、ぐっ・・・ゴメンなさ、い・・・っ・・・!!」
「ほらほら泣かないの翔子ちゃん!迷惑なんかじゃないわ!絶対にあのバカ兄から守りぬいてあげるわよ!」
泣きながら謝る翔子をゼファーから降りて励ます由美。抱き締めながら背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。
「由美・・・僕が話を反らしたりしながらなるべく時間を稼ぐ。だから、由美は翔子ちゃんと一緒に少し離れた場所から旭さんか洋介さんにバレないように連絡を・・・」
圭太が言うと、由美は無言で頷いた。もうこれしか手が無い。もしあの2人に連絡が付かなかったら・・・そんな考えが頭をよぎった時、近くから爆音が聞こえてきた。
ボガァァァァア・・・プシャ、プシャァァァァア・・・!!
「き、来たわよ・・・!!」
特徴的なブローバルブ音に由美が思わず固唾を飲み込んだ。が、すぐに別の音も辺りに響き渡ってきた。
ンバァァァァア・・・!ウンバァァア!ンバァァァァア!!
コァン・・・!!コァンココココァァァアン!!
ファンファンファファファン・・・!!ファンファン!!
「ち、ちょっと・・・なんかたくさんこっちに来るわよ・・・?」
「音が・・・シルビアの音と一緒に来る・・・!!」
「義兄・・・さん・・・?」
3人が来た道を振り向いていると、やがてその爆音の群れは徐々に徐々に大きくなり、ついにそのエンジン音が聞き分けられる位の場所まで来た瞬間、圭太達の背後が光の川となった。
「う・・・わぁ・・・」
圭太が思わず声を上げかけた。まず先頭にずいぶんとのんびりな速度でコールを切る単車が、さらに2台続いた後、ようやく弘毅のS15が現れたと思えば、その両サイドを挟むように、また単車が2台。後ろにも単車や原付が数台続いていた。
すると先頭の1台が圭太達に気付くと、仲間になにやら一声かけてから1人こちらにやってきた。
「あ、もしかしてぇ、洋介センパイの後輩さんて、アンタ達っすか?」
集合部分でバラチョンにされたマフラーをぶら下げたXJR400Rに跨がるスキンヘッドの少年が圭太達にたずねた。圭太は頷くと、少年はうれしそうに笑った。
「いやぁお疲れっスネ!あ、自分『金剛會』兵隊やってます進藤ってモンですわ」
「あ、僕は中山って言うんだけど・・・・・・君たち、一体なんで?」
さりげなく自己紹介を済ませた少年、進藤に自分も名字だけの自己紹介をしつつ事情を聞くと、進藤はその風貌に似合わぬ甲高い声で笑いながら事情を説明した。
「洋介センパイから會長に連絡がいったんスよ。白いガンダムみたいなクルマが後輩にちょっかい出してるって。だからソイツ捕まえろって感じッスよ」
簡単に説明すると、圭太はなんとなくわかったようなわからないような表情をして弘毅のシルビアと、金剛會の少年達に視線を戻した。
「お三方はこちらで待っていてください!今から最高のショーが始まるッスよ!」
「ショー?」
由美がおうむ返しにたずねた、まさにその瞬間だった。
バキャっ・・・!
「なぁ・・・!」
圭太が思えば声を上げた。
横に付けていた単車のリアシートに座っていた少年が、手にした鉄パイプでシルビアのドアをひっ叩いたのだ。
さらに狙いをリアフェンダー、ルーフ、テール、・・・様々な箇所を反対につけた仲間達とぶん殴りまくる。
まるで一匹の獲物をなぶり殺しにする蟻の集団のようであった。
「はっはっはっははは!見てくださいよ、あのシルビアもうパニくって泣きそうな顔ンなってますヨ」
「ち、ちょっと!あれはやりすぎだよ!!」
バカみたいに笑い転げる進藤に、圭太が言った。
「確かに僕たちは追い掛けられていたけど、あれはやりすぎだよ!あれを運転してるのはこの子の兄なんだよ・・・!」
圭太が必死に言う。進藤は少し離れた場所で由美の後ろで怖がりながらこちらを見ている翔子を見た後、少しつまらなそうな表情をし、すぐに真顔で言った。
「わかりやした・・・洋介センパイ直接のコウハイさん達なら、自分達は黙って命令(言うこと)を聞きますよ」
バラチョンマフラーから爆音を轟かせ、仲間達のもとに走り寄るとようやく騒ぎが収まったようだ。しかし、数台の単車はシルビアを囲んで逃げれないように押さえていた。
仲間を止めた後、進藤はまたこちらに歩いてきた。
「一応、仲間は止めさせやしたよ?」
「ありがとう」
圭太がとりあえずお礼を言う。後ろでは由美と翔子が手をつないであちらを警戒している。中里はちらっと圭太の後ろをのぞいたあと、困ったようにため息をついた。
「止めるには止めましたけどねぇ・・・旭センパイの彼女さんを単車ごとぶっ飛ばしたんスから、まぁ命は無いものとぅお・・・っ!?」
「ちょっと!今なんて言ったんですか・・・!?」
進藤の胸ぐらに飛び付いて来たのは、翔子だった。その表情は由美達も見たことの無いような必死の形相であった。
「跳ねたって!?美春さんを!?ほ、本当なんですか・・・!?ねぇ・・・!?」
「ぐ・・・ぐるじぃ・・・!」
一体どこにそんな力が残っているのか、翔子が進藤の襟首を掴んで矢継ぎ早に質問を浴びせると、進藤は咳払いしてから言った。
「し、知らないんスか・・・?美春さん、大通りのわき道で後ろから押されたみたいで・・・會長の話だとさっき救急車に乗って病院に行ったって・・・」
言いにくそうに翔子や圭太達に説明する。それを聞いた3人のショックは大きかった。圭太は頭を棍棒でぶん殴られたかのような気分になった。
「まさか・・・美春さんが・・・」
「ち、ちょっと待ちなさいよ!じゃああの人は美春ちゃんを跳ねたまま私達を追い掛けたっていうの・・・!!」
由美もすかさず進藤に質問攻めをすると、進藤は黙って頷いた。
「・・・まぁ、止まらずに走っていたってことはそうなんでしょうねぇ・・・」
進藤の言葉に、由美は言葉が出なかった。爪先から頭のてっぺんまで怒りの感情に支配され、先ほどの彼らの暴力行為を止めてしまったことを後悔するほど・・・そしてそれが間違っていることを頭でわかっていてなお・・・しかし怒った。
「・・・あの男!!許せないわ!!」
「ち、ちょっと由美!どこに行くの!?」
スタスタとシルビアに向かって歩いていく由美に圭太が叫ぶと、由美は握りこぶしを作って苛立たしげに怒鳴った。
「我慢できないわよ!こうなったらアイツ、私がボカッ!て・・・!!」
その時、由美達の背後からヘッドライトの灯りと共に、2台分のバイクの排気音が聞こえてきた。
「洋介さんと・・・長良君・・・?」
久しぶりに聞いたヨンフォアの音と、GSの爆吸い音を聞いて圭太がつぶやく。現れたのはやはり洋介と長良だった。
「すまない、ちと遅れたな」
ヨンフォアから降りると、まず頭を下げた。
「僕達はなんとか大丈夫です。それより・・・」
「洋介さんっ・・・!!うぐっ・・・み、美春、さん・・・はっ・・・!大丈夫ですか・・・っ!?」
圭太が言うより早く、翔子が洋介に飛び付いた。涙をボロボロ溢し、嗚咽を漏らしながら祈るようにたずねた。洋介は一瞬考えて、笑って言った。
「まぁちと痛そうだったけど、まぁ美春ちゃんだし大丈夫だろー。旭もいるしな」
「ほ・・・本当、ですか・・・!?」
「あぁ、本当だ。だから安心しな翔子ちゃん。それと由美ちゃん」
1人離れて立っていた由美にひとこと。
「女の子が握り拳なんて作るもんじゃない」
「・・・」
由美はおとなしくゆっくりと拳を解いた。しかしその顔にはまだ弘毅に対する怒りが燃えていた。
「長良、助かったぜ。帰っていいよ」
「ウッス!」
長良が頭を下げると、進藤を含む仲間達もシルビアから離れていく。隊列を整え終えると、長良は圭太の前でGSを停めた。
「圭太さん・・・洋介センパイがやりすぎたら、止めるのはアンタだけっスから」
「うん・・・」
ギリギリ10台に達する単車の列が爆音を発てて走っていった。それを見送った後、洋介はポツリと言った。
「ところで由美ちゃんに圭太。翔子ちゃんも・・・」
ゆっくりとシルビアに歩み寄ると、運転席を開けた。
「ホラ!早く出ろってんだよ!!」
弘毅の髪の毛を引っ掴みながら洋介が叫ぶ。普段温厚な洋介がここまでキレているのを始めて見る3人は少し震えた。
「あんま喋らすんじゃねーよバカ、ったくよぉ」
「・・・」
洋介が悪態をつくが、弘毅はひたすらに黙りの姿勢でいるらしい。下を向いて、何を考えているのかよくわからない表情をしていた。
「このバカたれ、どうしたい?」
髪の毛を離し、襟首を掴みなおして洋介がたずねる。
「正直、オレはあんまし手荒な真似はしたくないのよなぁ。っても、コイツを旭に会わせないわけにもいかないしなぁ、アイツ絶対に殺しちまうよ」
サラッと恐ろしいことを言う。
「だからさ、旭に会わせてもせめて何発か殴られるくらいに反省させたいんだけど、どーすりゃいいかなぁ」
その時、捕まっている弘毅が嫌そうに首を動かした。
「・・・せよ」
「あ・・・?」
「離せよって言っているんだよ!!」
突然、人が変わったかのように弘毅が暴れる。目を見開き何かに追われているかのようにバタバタと逃げ出そうとする。
「なんなんだ!お前みたいな不良がぼ、僕に説教か!?ふざけるな!!だいたい僕が何をし・・・!?」
しかしそこから先は言葉が・・・いや、二酸化炭素すら出せなかった。洋介のボディブローが見事に鳩尾を捕らえた。目にも止まらぬゼロモーションのブローのはずなのに、弘毅の身体は10センチ以上地面から浮いた。
「あんまり怒らせんなっての、面倒くせぇ」
地面に倒れた弘毅に向かって本当に面倒くさそうに言い放つと、再度圭太達を見た。
「い、今浮いたわよね・・・」
「うん・・・」
由美と圭太が思わず見合った。旭も凄いが洋介もそうとうなものだ。もしこれで洋介が冷静な状態でなかったら、弘毅など瞬時にしてやられていただろうことは容易に想像がついた。
「あの、洋介さん。あまり荒っぽい事はしない方向にしません・・・?」
「まーなぁ。しかしなぁ、コイツ言葉で反省させるとか、オレ自信無いぜ?」
地面で酸素を求めて池のコイのようにパクパクと口を開けている弘毅を指でツンツンしながら洋介が言う。
「まさに『まな板の上の鯉』だなお前・・・まぁ食いはしないけどなぁ。翔子ちゃん」
「は・・・はい・・・」
まだどこかフラフラとした足取りの翔子に洋介が声を掛ける。
「正直に言おう・・・結果がどうあれ、このクズ・・・いや、翔子ちゃんのお兄さま・・・いや、やっぱクズ野郎だよな・・・いやしかし翔子ちゃんの手前・・・」
「なんでもいいから早く話しを進めてちょうだい?」
面倒になった由美が先を促すと、洋介は「悪い悪い」と言って話しはじめた。
「まぁ、美春ちゃんを跳ねとばしたってのは事実なワケだ。フロント左バンパーに美春ちゃんとヒットした時のタイヤ跡がバッチリ付いてるしな」
言って、幾分ボロくなったシルビアのフロントバンパーを指した。見れば確かに、タイヤが擦れたような跡がくっきりと残っている。
「今回の問題は、オレや旭や、圭太や由美ちゃん達で決められる問題じゃあ無い。2つに1つ・・・」
洋介は翔子の両肩に手を置いて、その選択を迫った。
「反省していない状態で旭に半死覚悟で殴らせるか・・・大人としての筋を通して警察に突き出すか」
「け・・・警察・・・?」
翔子は口を震わせてやっとの思いで口を開いた。
確かに、ひき逃げとなれば最低でも5年の懲役、又は罰金50万。今回の事件は意図的に跳ねとばした悪質なものなので、懲役は免れないであろう。下手をすれば10年は豚箱行きだ。
翔子の震える肩を押さえる様にして掴む洋介が視線を地面に落とし、洋介の言葉を聞いて弘毅が頭を抱えて唸った丁度その瞬間、由美が手を挙げた。
「あの、洋介さん」
「うん?なに?」
首だけを向ける洋介。由美は言って良いものか、少し悩んでから口を開いた。
「あの・・・そのシルビアって、速いクルマよね?」
その瞬間、洋介がワケのわからんと言った表情で見返した。この緊迫感漂う状況でこの男のシルビアがどうしたと言うのかと思った。
「えっとまぁ・・・中身どんだけやってんのかは知らないけど・・・まぁスポーツカーだしな。走り屋ご用達マシンだから速いよ」
「そう・・・ねぇ翔子ちゃん」
由美は2人に近づくと、翔子の手を握った。洋介も次に出てくる言葉を待つ。
「翔子ちゃん・・・今の2択に、もう1つ選択肢を増やせるわよ?」
そして、由美はその提案を言葉に出した。洋介も圭太も翔子も、そして渦中の弘毅ですら開いた口が塞がらなかった。
「はぁ・・・もうすぐコイツの両親も到着するみたいなんで」
「わかりました。今日明日は絶対安静、入院してもらいますからね。えーっ、また後で頭部の精密検査するから」
「はい・・・ありがとうございます、センセイ・・・」
病室から出ていく担当医に頭を下げて、旭はベッドに横たわる美春に目を向けた。
GT380のダメージや倒れていた美春の外傷から、重症じゃないかと予想はしていたが、あばら骨2本と、左腕の骨折とは・・・
旭は眠る少女の頭を軽く撫でた。普段能天気で天然でバカでたまにマジメで・・・まぁ面倒な奴だが、そんな彼女がこんな弱々しい姿でいるのを見て、旭は胸に堪えるものがあった。気分を落ち着かせるためにタバコの箱を取出して、両切りの銘柄を口にくわえた時
「あ・・・」
病室が禁煙だということを思い出した。旭はタバコをくわえたまま扉まで歩いていくと、
「後ぁ任せな」
それだけ残して、病室を出た。
1階のロビーにある喫煙スペースでタバコをふかした。
「しっかしまた、変に外れた病院に連れてきやがったな」
ここは相模の方でもかなり田舎に入る地区で、前に走った峠から数キロの場所にある。ここから市街までは少し距離があり、非常に面倒なのだ。
すっかり暗くなった外を見ながら、翔子の義兄をどうなぶり殺すかを考えていた時、喫煙スペースの扉が開いた。
「おや、こんな所にいたのかい?」
声を掛けてきたのは、少し紳士な感じの医師だった。歳は40代中頃か、柔らかい笑みを浮かべる顔の皺と整えられた髭を見てそう思った。
「君、さっき救急車で運ばれて来た女の子の彼氏君だろう?」
「はぁ・・・そっすけど・・・」
こんなオッサンいたっけか・・・旭が考えていると、白衣の紳士はタバコに火を点けた。
「僕達も若かった時はそんな頭をした人が沢山いたからねぇ。懐かしくてね」
キャスターの煙を吐き出して、続けた。
「バイクの事故だったよね・・・?」
「はぁ・・・」
「バイクはなぁ・・・危ない乗り物だよ。あんな小さなモノが時速何十キロで街中をクルマと並んで走るんだから」
その男の話しを聞いて、旭はため息をつく。これだから頭の良さそうな仕事をしてる大人は好かないのだ。こういう大人はすぐに頭ごなしにバイクを否定するのだ。しかし露骨に舌打ちも出来ない立場なので、早く吸って出ようと思った時、医者は笑った。
「でも・・・僕はバイクが大好きでねぇ。自分では乗れないんだが、嫁がバイクに乗っていたんだ」
「・・・へぇ、そりゃまた・・・」
どうやら否定するワケでは無いようだ。旭は少し反省して、耳を傾けた。
「最初の出会いは、笑っちゃうんだけどね、僕が彼女のバイクにひき殺されそうになったんだよね」
「また、奥さんもなかなかやるっすね」
「元気が有り余っていたからね、彼女。旧いバイクだったからブレーキが効かないのに、本人はアクセルを絶対離さないんだから、危なかったんだよね」
「何に乗ってたんすか?」
旭がたずねると、医者は懐かしそうに答えた。
「旧いホンダでね・・・CBの350のバイク」
「サンゴー?」
医者は当時を思い出しながらうんうん頷いた。一方旭は偶然かもわからないが、引っ掛かる物があり口を開いた。
「その・・・」
「うん・・・?」
「奥さんて、もしか・・・もう亡くなってる・・・?」
すると、医者の表情が変わった。どうやら当たったようだ。
「そんでそのサンゴーを、今は娘さんが乗ってねーか?」
もはや敬語なんてどこかに吹っ飛んだ。旭がたずねると、医者は強ばった表情で頷くと、タヌキに化かされた直後のような表情で旭にたずねた。
「君は・・・超能力者かい・・・?」
「んなワケねーべや。でだ、最後に聞くけど・・・」
旭がどこか確信めいた何かを感じつつ、たずねた。
「アンタ、もしかして衣笠さん・・・?」
どうも、遅れてしまいました汗
そしてご覧のとおり・・・もう一話お付き合いください・・・汗
いや、本当は完結させる予定だったのですが、書いていたら・・・
今度から計画的に頑張っていこうと思います・・・
3気筒