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旧車物語  作者: 3気筒
41/71

第41章 月光天女 疑心暗鬼

 そして季節は無事に7月を迎えた。

 まだ完全に梅雨明けしたワケでは無いが、それでも雨の降る日も減りつつあるある日。由美が教室内でルーズリーフに向かって何かを書いていた。

「海もいいわよねぇ・・・せっかくなら・・・でも山で避暑も・・・カブトムシ捕まえて・・・うーん」

「何してるの?」

 悩む由美の頭上から、Yシャツ姿の圭太が声を掛けた。

「もう後1月も経たないうちに夏休みじゃない?それで、私なりにどこに行こうかを考えてるのよ」

 シャーペンをクルクル回しながら悩み耽る。そんな由美を見て気が早いなぁと思い、ここは1つ釘を刺しておこうと圭太は忠告した。

「もう来週には期末テストだよ?そろそろ復習しないと・・・」

 しかし由美はそんな圭太の心配・・・もとい忠告など耳を貸さずに

「大丈夫よ、前の範囲も出るのよ?次だって悪い点は取らないわよ」

 と一蹴りした。そして「それよりも圭太!」と話をまた元に戻した。

「どこに行きたいとかある!?海!?山!?」

 嬉々としながらたずねる由美の笑顔は、これから本格的にやってくる夏の太陽のように輝いていた。




 放課後になり、由美は1人帰路についていた。本当なら圭太と帰りたかったが圭太も高校生。友達付き合いもある。そんなワケで由美は1人で歩いていた。

「熱い・・・夏ねぇ」

 そんなことを思いながら歩いていると、やはり意識の問題かよけいに暑くなってきた。今年は猛暑かしら・・・そんなことを考えて、それならやっぱり海でフィーバーか山でのんびりか・・・夏はイベント満載、やりたい事は多々あれど高校生の身分では活動が制限されてくるのは由美も理解している。さらに自分は3年生、進路もあるのだ。まだ特に決まっていないのだが・・・

「1人で悩んでいても仕方無いわよね・・・よし、今日は1人で走りに行きましょう!!」

 こうして、試験勉強もせずに由美は走るのを決意した。

 ダッシュで家に帰ると、そのまま着替えてヘルメットを持って玄関に出た。

「さて・・・どこに行こうかしら」

 しかし走りに行く場所を全くもって決めていなかった。ゼファーに跨がるとまず右に行くか左に行くかで悩み始めた。

「普段ダムにばかり行ってるわよねぇ・・・今日は全然違う場所に行きましょう」

 そして、ウィンカーを右に出すと、ローにつないで走り出した。



 グォロロロロ・・・!!コァンコァン!!!!


 ショート管から吐き出される爆音はマフラーの中になにも詰まっていない証拠。耳をつんざく排気音に1人酔いながら由美は国道に出た。平日ということもあってやはり車は少ないが、それでもかなりのスピードを出して走る車はライダーにプレッシャーを与える。由美は流れに乗ると前方とのマージンを取りつつ進む。

 信号で引っ掛かった時、由美はジェットヘルのバイザーを上げると、腕で汗を拭った。

「意外と暑いのね・・・」

 自慢のタンクが太陽光を跳ね返して自分に当ててくるのがこの時ばかりは恨めしい。足下のエンジンの熱もいつもより高いのでは無いかと思う。

 そんな事を考えながらぼーっとしていたので信号が変わるのを見逃していた。青になった瞬間、後ろのクルマからクラクションの嵐を盛大に貰い、焦って発進しようとしてエンスト。歩道までゼファーを押し歩く由美を後ろのドライバーが面倒くさそうに抜いていった。




「ふーっ・・・なんか知らない場所に来ちゃったわね」

 コンビニの駐車場で休憩しながら、由美はコーラを一口飲んだ。しばらく国道を進んだのだが、名前も聞いたことないような道に出てしまった。

「まぁ・・・また戻ればいいだけなんだけど」

 そして、目の前を走る国道の上に掲げられた看板を見る。

「ここも横浜市かぁ・・・」

 横浜には何度か行っているが、由美が行ったのは海が近い場所のみだった。海の香りのしない横浜市は初めてだった。

「1人で海まで行くにしても時間も無いし・・・今日はもう引き返しましょう」

 缶をゴミ箱に投げ入れると、ゼファーに跨がった。

 由美は元来た道を進んだ。しかしただ帰るのはつまらない。由美は途中道を外れてみた。

「街は見てみたいわよね、寄り道よ寄り道」

 1人呟きながら軽快に走る。FX仕様のゼファーは快音響かせながら街を走った。そして、やはり目立った。街行く少年やサラリーマンの視線を浴びて、満足気に走る。しかしその時だった・・・


 ブーバァ!バンブー!!



 目の前の脇道から、明らかにそれらしいバイクが1台出てきた。新幹線風防にアップハン、30センチ3段にケツアゲ+サンパチクリアテール・・・そして折り曲げられたナンバーから僅かに読み取れる『横浜』の文字。

 すると、向こうも後ろを走る由美に気付いたのか、車速を落として並走してきた。

「アンタァ!誰の前でンな単車転がしてんのよ!!」

 いちいちコールを切りながら由美を威嚇してくる。すると相手は由美に対して幅寄せをしてきた。それに気付き、由美は減速。ゼファーは間一髪で幅寄せから逃れられた。

「ち、ちょっと!危ないじゃない・・・!!」

 今の危険行為に対して、由美もさすがにキレた。が、前を走る単車はそれを嘲笑うかのように足を投げ出しながら蛇行運転をする。その挑発に由美はキレた。

「このぉ・・・待ちなさい!」

 アクセルをガバッと開け、一気に加速。今度は由美が頭を押さえる形になった。

「ちょっと!人にあんな事して無視する気!?」

 すると、相手の族車は由美のゼファーを見て怒鳴り返してきた。

「天下のハマでヨソのナンバーぶら下げてイキがってんじゃないわよバーカ!!」

「な・・・!?」

 そうして、族車に跨がるライダー・・・女・・・は反対車線にはみ出ながら加速。由美から頭を取り返すと、ゼファーの右フロントタイヤに、自身のリアタイヤを被せるポジションに着くと、再度幅寄せをしながらそのままスピードを落とした。

「ち、ちょっと・・・!?」

「停まれってんだよ!!」

 女が叫ぶ。どうやら無理にでも停めようというらしい。このままスピードを落とさなければ自分にも相手にも危険が及ぶと判断した由美は仕方なく減速した。しかし・・・

「面倒くさいわねぇ!ただじゃスピード落とさないわよ!?」

 由美は叫ぶと、車体を一気に左側に倒す。女が驚いて離れた。が、由美のゼファーは吸い込まれる様に路地へと入っていった。

「ちっ・・・!やられた!!ていうかアタイとしたことがまたやっちゃった・・・!」

 女は舌打ちすると、その場でUターン。由美のゼファーを追い掛けた。









「はぁ・・・!なんなのよ全く!!」

 あの後、路地裏を走り回り近くにあったコンビニに逃げ込んだ由美は逃げ切れただろうかと背後を確認すると1人ため息をついた。

「横浜って治安悪いのかしら・・・!?全く、はぁ・・・」

 ゼファーのキーを切ると、サイドスタンドを起こして降りた。早く地元まで逃げようと思ったが、今出てまた見つかるのも厄介だ。しばらく時間を空けてから出ようと判断した。

「その為にはまず裏道を調べなきゃいけないわねぇ・・・」

 しばらくコンビニの地図帳を暗記する作業をしなければならなくなった由美はうんざりした表情でコンビニに入ろうとした。

 その時、駐車場に1台のクルマが入ってきた。かなりハデなクルマで、シャコタン、20インチアルミホイール、内巻きエアロを身に纏い、ベンツ純正ブラックカラーが何故かお下品に見えるのは爆音だからか、少し古いトヨタのセダンだ。

「見ないようにしないとまた面倒くさくなりそうね・・・」

 車内を見ると頭の悪そうな連中が2人。由美はなんでも無いふうを装いながら店内に入ろうとした時だった。

「そこのお姉ちゃん!!もしかしてそのフェックス乗ってん!?」

 しまったぁ!!と由美は思った。今日はなんという日なのだろうか、心底ついていないと思いながら由美は無視した。するとクルマから降りてきた青年が由美の肩に馴々しく触った。

「なぁなぁ聞いてんじゃん?あれ、お姉ちゃんの?」

「さ、触らないでよ!」

 ばっ!と身を翻すと、長居は危険と判断して足早にゼファーに向かう。しかし・・・

「そーもいかねーんだよなぁ、姉ちゃんよお?」

 もう1人、短髪を金に染めたイカツイ男が由美の前に立ちふさがった。

「姉ちゃんいい単車乗ってんじゃん?フェックスだろこれ?」

 ニタニタ笑いながら・・・しかし目は笑っていないのは明らかだった。

「困るんだよぉ・・・ハマでヨソのナンバーぶら下げて、こんな時間から直管で走られると、なぁ!!」

「・・・っ!?」

 いきなり男の太い腕が由美に伸びてきた。もちろん避けれるわけも無く、肩を捕まれてしまった。

「そーゆーイキがった女がヨソを1人で走りゃどーなるかくらい、わかってんだろ?」

「い、痛い・・・!放しなさいよ!!」

「おぅ、コイツ積むぞ。早くしろや」

「任せろよ、ほんで今から仲間呼ぶからなぁ、今夜は帰れないぜお姉ちゃん!?」

 キヒヒヒヒ、と汚い笑いを浮かべる男達2人に捕まれて、身動きが取れない。何とかしようと藻掻きながら大声を出した。

「ち、ちょっと!!放しなさい!!放しなさいってば・・・!?」

 しかし大の男2人に、普通の女子高生がかなうワケもなく、ずるずると引き連られて行く。必死に声を張り上げて助けを求めるが、誰もが見て見ぬ振りをする。

「助けて・・・!助けてよ・・・!圭太ぁ・・・!」

 自分でも気付かないで咄嗟に名前が出てしまった。もしこのままクルマに乗せられればどうなるか、バカでもわかる。由美が必死に暴れて何とかしようとしている時だった。


 バンブー!!ブバァァァァア!!


「あ!?」

 短髪金パがその爆音に振り向くと、1台の族車が停まっていた。そして・・・

「アンタらぁ、アタイの舎弟になにしてんのよ!?」

 その聞き覚えのある声に由美が顔を上げると、そこには先ほどまで追い掛けられていた女が立っていた。

「何だよ、お前もこの女の仲間かぁ?」

「レディースかっこいいよ、君ぃ・・・ヒヒヒ」

 短髪金パの相方が、やはり気持ち悪い声を発しながら女に近づく。女は由美と同じくらいの身長。勝てるワケが無いと思い、由美はいつのまにか叫んでいた。

「は、早く逃げなさいよ・・・!!」

 先ほどまで助けを叫んでいたのに、他人の・・・しかも先程まで追い掛け回された相手の心配をしてしまったことに気付かない由美。そして・・・

「へぇ・・・意外と気合いあるみたいね」


 ドカッ!!


「ガッ・・・!?」

 鈍い打撃音の後、男は倒れた。彼女の手に握られていたのはなんとレンガだった。男の頭からは血が出ていた。

「て、テメェ!?」

 まさか凶器を持っている等とは思いもしなかった短髪金パが睨み付けると、女はバカにするように言った。

「はん!アンタらみたいな大男相手に、何にも用意してないわけ無いでしょうが!?」

「ナメやがって!クソアマぁっ!!」

 その言葉にキレた男が由美を放り捨てて、女に突進していった。女は慌てた様子も無く、レンガを男に投げた。しかし

「バーカ!当たるわけねーだろが!?」

 男は軽々と飛来する凶器をかわした。しかし・・・


 ドゴォッ!!


「お・・・がっ・・・!ピィッ・・・!?」

「そりゃこっちのセリフよバーカ。当てるワケ無いでしょ?フェイントなんだから」

 女の直蹴りが、男の股間を見事に捉えていた。投げたレンガはフェイクだったのだ。

 泡を吹きながら崩れ落ちる男を見下ろし、さてどうしてやろうかと考えていると、遠くからサイレンの男が響いた。

「チッ・・・!もう来るなんて・・・」

 女は吐き捨てるように呟くと、単車に跨がりエンジンを掛けた。

「ホラ!アンタもなにボケっとしてるの!?バックれるわよ!?」

「え・・・!?え・・・!?」

「あー!置いていくわよ!?早く!!」

 女の叫びに、先程の恐怖で上手く動かない身体を何とか奮い立たせると、急いで愛車に跨がった。

「アタイについて来な!!逃げるよ!?」

 言いながら由美の横に並ぶと、ゼファーのリアに手をのばしていた。由美は気になったが今はそれどころじゃ無い。前を走る族車について行った。








「あっはっは!!楽しかった!!」

 由美達は、相模に近い国道のファミレスに来ていた。あの後、結局パンダカラーのクルマが追い掛けてくることもなく、とりあえず2人はファミレスに来たのだ。

「楽しくなんか無いわよ!!なんなのよ全く・・・あなたに絡まれ、男達に絡まれ、最後はお巡りさんにまで追い掛けられるなんて・・・!!」

 一方由美は不機嫌だった。まぁ目の前に座る彼女がいなければ間違いなく恐ろしい目に逢っていたワケだが、愚痴を言わずにはいられなかった。が、しかし

「まぁまぁ、気にするなし!」

「何言ってるのよ!!すっごく怖かったのよ!?」

 由美の話などほとんど聞かずに笑う女に、由美がキレた。

「たはは・・・ま、まぁ落ち着けよ、な?」

 そう言って彼女が由美の前にタバコを差し出した。が、

「タバコなんか吸わないわよ!」

 バチンとタバコだけを器用に叩き落とした。

「あぁ〜勿体ない・・・!」

 言いながら、落ちたタバコを拾うと、自分でくわえて火を点けた。

「まぁ落ち着いてよ、アタイだって別にアンタを殴ろうって声掛けたワケじゃないんだから」

 ふーっ、と紫煙を吐き出すと、彼女は灰皿にタバコを置いてマジメな表情で言った。

「自己紹介がまだだった・・・アタイはあの街で『月光天女』ってレディースの三代目やってる榛名玲花、18歳。ヨロシク」

 彼女・・・玲花の自己紹介を聞いて、自分だけ名乗らないなどと言うわけには行かない。自分も自己紹介をすることにした。

「私は三笠由美・・・高校3年の一般人よ」

「そんなパンピーなんて言葉出さないでよね?地味に傷つくんだから」

 すぱーっとタバコを吐き出すと、玲花はニヤリと笑った。

「同い年ね!それであんなゼファーに乗ってるだなんて渋い!渋すぎるよアンタ!!」

「ちょ、何よいきなり!!最初はあんなに絡んで来たのに・・・!!」

 初対面とは明らかに違う態度に困惑する。

「いやさぁ、実はあれにはワケがあったんだ」

 しかし玲花は前置きをして、自分が取った行動について説明を始めた。

「アタイさ・・・さっき『月光天女』三代目やってるって言ったじゃない?でもさ、今はアタイ1人なのよね・・・」

「?」

 そして、玲花は事情を説明し始めた。『月光天女』はその昔、地元1番のレディースで男並みに気合いの入ったチームであったこと。しかし二代目の時代・・・今から10年以上前に暴走族ブームの終焉により数が減り自然消滅したこと。そして、自分が三代目として復活させたこと。

「最初は他にも数人いたんだけどさ、みんなアタイについていけなくなったみたいで・・・去年、私を残してみんな辞めっちまったのさ」

 少し悲しそうに呟く。そして由美の目を見て

「でもアタイは見つけた!ゼファーのFX仕様に乗っててタメの女に!!」

 そしてガバッと頭をテーブルに額を付けて頭を下げた。

「なぁ・・・!騙されたと思ってアタイと一緒に走ってみないか!?後悔はさせないから!!頼む!!」

「え・・・ちょっと、何言ってるのよ・・・!」

 由美は驚きつつ玲花に言った。いきなり頭を下げたと思えば暴走族の勧誘だったのだ。さすがの由美も慌てた。

「・・・残念だけど、私は暴走族には微塵の興味も無いのよ。ごめんなさい」

「でも、どこのチームにも入って無いんだろ!?アタイといればさっきみたいなヤツらにマトにされることも無いし・・・!!」

 それでも必死に食い下がる玲花。彼女も必死なのだ。

 しかし由美は「それなら大丈夫よ」と言って水を飲んだ。

「一般人だけど、頼りになる仲間達がいるわ」

「仲間ったってパンピーだろ!?アタイみたいにケンカ慣れしてないといざって時・・・!」

「大丈夫よ、すっごく強いんだから。それに、私はチーム・・・暴走族じゃない、ツーリングチームをやってるの」

 その言葉を聞いて、玲花はガックリと肩を落とした。

「ツーリング・・・旧車會か・・・?」

「なにそれ・・・?私達はただのツーリングチームよ」

 旧車會なる物を知らない由美はなんのことだかわからないが、とにかくツーリングチームをしていることだけを言うと、玲花はハァっとため息をつくと、顔を上げた。

「わかったよ・・・この榛名玲花、無理矢理にでもチームに勧誘するほどバカな女じゃない。今回は諦めるわ」

「えぇ、ごめんなさい」

 言葉と裏腹に暗い表情の玲花を見て、由美は少し悪いなぁと思ったが、今から暴走族を始めて道を踏み違えるほどバカではない。当たり前だが、由美はバイクが好きなだけの女の子なのだ。

 すると、玲花が改めて由美をジーッと観察し始めた。

「アンタ、見直してみると本当に普通だよね。なんでFX仕様のゼファーに乗ってるの?」

 ちなみに、玲花の格好はドカジャンにニッカ、髪型はショートの茶髪だ。

「私はねぇ・・・小さい頃から乗り物が好きで、近所の友達のお父さんが乗ってたバイクが昔から好きだったのよ。それがFXだったの」

「ふーん、なるほどぉ」

「それで高校2年の冬に教習所に行って・・・その友達とね?で、ついこの前、春にようやく取れて乗り始めたのよ」

「そん友達は?同じチームなの?」

 玲花が興味深そうにたずねると、由美は首を縦に振った。

「えぇ、FXに乗って私達と一緒に走ってるわ」

 そこで、玲花はぴーんと来た。ニヤニヤしながら由美にたずねてみた。

「そのFXに乗ってるの、オトコだろ?」

「え・・・?そうだけど・・・」

「アンタ、惚れてるね?」

「なぁっ・・・!?」

 軽い揺さぶりのつもりだったが、顔を真っ赤にして取り乱した由美を見て玲花は笑った。

「あはははは!!」

 茹でタコみたいに真っ赤にして取り乱した由美を見て玲花は笑った。そしてすぐに柔らかい笑みを浮かべて

「いやぁ・・・アンタみたいな女の子はアタイのチームに入ったらダメだな・・・」

 と、少し自嘲気味に笑った。








「よく見れば見るほど、ゼファーには見えないねぇ・・・」

 時刻は20時前。店を出ると玲花はゼファーを隅々まで観察し始めた。

「この直管・・・かなり良い音してたけどどこの?」

「わからないのよねぇ・・・前に詳しい人にも聞かれて、その人も知らなかったみたい」

 ちなみにそれは、マフラー手曲げ職人(見習い)の伊勢俊一である。

「綺麗に乗れてるし、大事にしな」

「ありがとう!ところで玲花ちゃん・・・」

「ちゃんなんていらねーって。アタイのコトは呼び捨てで構わないよ、由美」

 由美に呼び名を正させると、玲花も呼び捨てで呼んだ。

「うん。玲花のバイク・・・なんだか凄いわね」

 そこで改めて見るバイクは、俊一や長良達のバイクに比べると形的な迫力は無いが、タンクに描かれた日章カラーや色褪せた黄色塗りのハス切りマフラーなど、ワイルドさでは負けていない。

「カッコいいだろ?バブⅡはやっぱいいよな」

「ばぶつー・・・?」

 聞き慣れぬ名前に?マークが宙を舞う。そんな様子の由美を見て、玲花は改めて強引に由美を誘わなくてよかったと思った。バブⅡの愛称で呼ばれる自分の愛車を知らないのだから、彼女は本当にただのバイク好きなのだろうと改めて思った。

「まぁ名前はともかく、アタイのバブⅡもなかなかシブいでしょ?マービング管のハス切りってばかなりヤバイんだよ」

 そしてキーをシリンダーに突っ込み捻ると、セルに指を伸ばした。



 キョカッ・・・!!

 ブバァァァァア!!!!


「・・・っ!?」

 音量的にも音質的にもゼファー以上に迫力のある爆音に、由美は思わず耳を塞ぎかけた。

「はっはっは!やっぱ2気筒が1番よなぁ!!」

「凄くお腹に響くわね」

 迫力のエキゾーストは旭達の2スト勢とはまた一味も二味も違う物だった。音量だけなら由美が知る中でトップクラスだ。

「まだ横浜だし、相模まで送るよ!」

「本当?ありがとうね!」

 こうして、2台の直管マシン達が夜の国道に飛び出した。

 2台のバイクは、スタイルこそ違えど街ではかなり目立った。


 ブバァァァァア!!バァンブー!!


 前のクルマが詰まろう物なら間髪入れずにアクセルを煽り、フラフラとローリングするバブⅡ。



 コァアアアアアアアアア!!


 そして、どこまでも伸びて行きそうなバブⅡの重低音とは違う、甲高いマルチ直管で加速する由美のゼファー。2台は間違いなく目立っていた。

 途中、信号で引っ掛かると、玲花がニコニコしながら由美に叫んだ。

「状況やスタイルは違っても、やっぱり1人で走るのとは違って楽しいよ!」

「私も、やっぱりみんなで走った方が楽しいわよね!」

 由美も大きく頷いた。その気持ちはよくわかる。

「後少し走れば相模・・・相模に入ったら適当な場所でアタイは引き返すよ。よかったらまた走ろう!?」

「えぇ喜んで・・・!また連絡するわ!」

 先ほど、ファミレスで互いにの連絡先を交換していたので、由美はそう言うと玲花は嬉しそうに笑った。

「今日はいろいろ時間取らせてゴメン!それから、ありがとう!!」

「こちらこそ!」

 信号が変わり、お喋りもそこそこに2人は走り出した。後10分もあれば相模だ。残り少ない時間をフルに使いながら走りを楽しむ2台。

 その時、目の前の横道から1台のバイクが飛び出してきた。特徴的なテールランプに、甲高い排気音と白煙を撒き散らすショットガンチャンバー。そして跨がる2人のヘルメットと服装・・・

「あれってもしか・・・しなくても旭さんと美春ちゃん・・・よね」

 キャンディレッドの純正カラーに鬼ハンドルなんてそうそういない。由美の予想通り、前を走るのは霧島旭、真田美春のタンデム組だ。

 すると、後ろにいた玲花が由美に並ぶと、嬉しそうに笑った。

「前にいるあれ、サンパチだよね!!よっし・・・!」

 1人気合いを入れると、玲花はぐんぐん加速していった。



 一方、前を走る旭達は後ろから近づいてくるヘッドランプに気付いていた。旭は自分のサンパチの排気音に混じって聞こえてくる音に笑った。

「おう美春ぅ、なんかイキの良いのが突っ込んでくんぜ?」

「むー・・・ケンカしたらメ!だよ?」

 そんな感じで話していると、玲花は2人の真横を勢いよく飛び出していく。そして目の前に出ると挨拶とばかりにローリングをし始めた。

「ほー、やっぱバブかよ。イキがってんなぁおい」

「ケンカはダメ・・・」

「わかってんよ。それに相手ぇ女だしな」

「そだったぁ?」

「3段のカンバン見てみ?『月光天女』なんざ名前聞くのだってひっしぶりよぉ。まさかレディースを復活させるヤツが現代にいんかぁ?」

 興味深そうに目の前をローリングする玲花のバブを見る。

「しっかし・・・お粗末なローリングだべな」

「長良っちの方が全然上手いよねぇ」

 美春もウンウンと頷いた。

「まぁ、10年以上前に消滅してんだ・・・ムリねーか」

 暴走のテクニカルは先輩から盗み実戦で上達するものだ。しかし、長い間存在しなかったチームでは自己流しか無い。ムリもないと旭が思うと、ニヤリと笑ってギヤをサードに落とした。

「あっく〜ん・・・?ケンカはダメだよぉ」

 その行為で旭が何かしようとしているのを察知した美春が注意する。まぁ普段言う事を聞かない美春には言われたくないが、旭は頷いた。

「なーに、ちょっくら『モノホン』を教えてやんかと思ってな。美春、落ちんなよ?」

「もう、せっかくのでぇとだったのにぃ」

 プイッとつまらなそうに顔を背ける美春だが、旭にしがみ付いていた両手を話すと、シートの下を掴んだ。

「やっぱ掴まれない方が動きやしーな・・・」

 そしてそのまま加速。


 カァァァァァアン!!・・・バリバリバリバリ・・・!!


 玲花のバブを追い抜くと、目の前でユラユラ揺れ始めた。

「なにをする気だい・・・?」

 玲花が黙って見ていると、サンパチの動きが激変した。かなり深くローリングをし始めた。ステップから火花が散ったかと思えば、振りっ返しで次は膝まで擦ろうかという程のギリギリまで車体を倒す。さらに、後ろに乗る人間も慣れたように両手でシート下を掴むと、綺麗に重心移動をする。タンデムで重くなった分、コントロールしにくくなり、さらにバンク角の浅いと言われるGTをまるで自信の身体のように自由に操るその姿に、玲花は目を奪われた。

「じゃあ美春、アレやんからよぉ、ヨロシク」

「もうあっくんが楽しみたいだけになってるよぉ」

 呆れながら呟く美春だったが、なんやかんやでシートを掴んでいた両手を放して、再度旭の腰に回して準備していた。

「しっかり見とけよなぁ」


 クァアアアアア!!


 アクセルをあけると、フロントアップ。なんと2人乗りでのウィリーをし始めた。2人分の重みでリヤサスが沈み、自由が効かないハズのサンパチをコントロールする旭と、いつものことのように慣れた感じで旭に合わせる美春。

「嘘・・・でしょ・・・?」

 2人を見ていた玲花は驚きのあまり呆然となった。思わずがに股だった足をニーグリップし、曲がった背筋をシャンとしなおしてしまった。

 GT380はウィリーを終えると、次の瞬間には最初のように普通に走り出した。後ろにいる影が運転手に何か小言を言っているようだったが、ライダーはその小言を遮るようにギヤをまたサードに入れると、そのまま加速。暗闇の国道にテールランプの灯りと白煙だけを残して去っていった。

「玲花ー!」

 後ろで一部始終を見ていた由美がここに来て漸く玲花に並んだ。由美が玲花の顔を覗き込むと、暗くてよくはわからないがかなり間抜けな顔をしていた。

 やがて相模に入ると、2人は一度コンビニの駐車場に立ち寄った。バイクから降りてもまだ唖然としている玲花がボソッと言葉を発した。

「な・・・なんだ、あの走り・・・アタイは知らないぞ・・・」

「言い逃しちゃったんだけどあの人、私のやってるツーリングチームの仲間なのよ・・・」

 その言葉を聞いた瞬間、玲花は由美の肩を引っ掴んだ。

「ち、ちょっと玲花ぁ!?」

「あんな走り・・・するなんて!!そ、そんで現役じゃない!?う、嘘だろ!?アタイを騙そうったって・・・!!」

 かなり取り乱した様子の玲花に、由美は驚きながら事情を説明した。

「あの人は霧島旭さんって言う、私のいるツーリングチームでも凄い運転が上手い人なのよ、それで後ろにいたのが真田美春ちゃんていう・・・」

「霧島・・・!?旭・・・だと!?」

 由美の説明を途中で終わらせて、いきなり叫ぶ玲花。そして信じられないと言った感じで何かを呟いた後、駐車場の輪止めに腰を掛けた。

「赤いサンパチ・・・鬼ハン、ショットガン・・・本当だったんだ・・・」

「ど、どうしたのよ?旭さんを知ってるの?」

 由美が恐る恐るたずねると、玲花は自分を落ち着かせるために深呼吸すると、口を開いた。

「ハマにまで名前は届いてるよ・・・あの『相模無敵艦隊』・・・霧島旭と羽黒洋介、あと伊勢俊一・・・ケンカすれば誰彼構わず殴り倒してマッポにもケンカを吹っ掛けて半殺しにしたり、噂じゃあ拉致監禁や人殺しもしたって・・・」

「ち、ちょっと待ちなさいよ・・・!!」

 玲花の話に耐えかねた由美が声を上げる。玲花の話では、3人はただの極悪人では無いか。そんなハズは無いと否定した。

「あの人達に限って、そんなのあるワケが無いわ・・・!何かの間違いよ!!」

 そう、確かにケンカっ早いし見た目もイカツイ旭達だが、もしそんな極悪人なら自分達が見てきたものはなんなのか。あれだけ優しい兄のような2人がそんなことをするわけが無い。

「まぁ、この噂もアタイが中1ん時くらいに流行ったモンだから、本当かどうかはわからない。アタイだって見たこと無いし・・・」

「そうよ!そんな噂、嘘に決まってるわよ!」

 由美がキッパリ断言すると、玲花もだんだん「まぁ、よその話だから、もしかしたらパチなのかも知んないけど・・・」と何とか納得したらしい。

「まぁ・・・最後にいろいろあったけどさ、また一緒に走ろう!また連絡するよ!!」

 そう言って、玲花はバブⅡに跨がるとエンジンを掛けた。

「えぇ、次は私のいるチームの仲間達とも一緒に!」

「そういえば、そのチームって何て言う名前なのさ?」

 玲花がたずねると、由美は胸を張って言った。

「『旧車物語』よ!」

「へぇ、変わった名前だな」

「個性的って言うのよ」

「そっか、じゃあ後でアタイから連絡するよ!それじゃ、気を付けてな!」


 ブバァァァァア!!!!・・・


 爆音を上げながら走り去る、玲花の後ろ姿が消えるまで手を振り続ける由美。そしてその姿が消えると、先ほどの玲花の話が脳裏に蘇る。


『噂じゃあ拉致監禁や人殺しもしたって・・・』


「そんなの嘘よ・・・」

 3人の顔を思い浮かべながら由美は思った。旭はちょっと怖いけど、頼りになるし美春を大事にしている。洋介も見た目こそ少しイカツイが、おちゃらけていて尚且つ真面目な性格だし、俊一も友達想いのいい人だ。

 しかし、その逆もまた然り。

 旭と初めて会った日、3人を相手に1人で立ち向かい、隙を付かれたとは言え完全に勝っていた。妹の千尋を突き放していたのも自分が悪影響を与えると思っていたからだし、洋介もケンカこそしないが、峠の走り屋と一悶着あった時のあの据わった瞳や言動。俊一も長良や玲花に負けず劣らずな派手なバイクに乗っているし・・・

「そんなの・・・嘘よ」

 しかし、1人残された由美はしばらくその場を離れられなかった・・・

人物紹介


榛名玲花

職業 ドカタ 交通整理

誕生日 12月14日(現在17歳)

身長 163㎝

愛車 CB400T HAWKⅡ(角タンク)

家族構成 父・母

好きなもの 暴走・男気のある女・HAWKⅡ・宇崎竜童・玉〇さん・横浜

嫌いなもの 女だからってナメている男・平成という時代・バカと言われること

地元は海から遠いがギリギリ横浜市内。10数年前にブームの終焉とともに消滅した伝説のレディース『月光天女』を仲間たちと三代目として復活させるも、現在では本人を残し全員脱退。それでも1人『月光天女』の看板を背負い、昼はチームの構成員のスカウト、夜は1人街を疾走したりと忙しい。本人いわくケンカチームなどではなく走りのチームにしたいらしい。





というわけで!!

今回で41回目です!!

何やら雲行き怪しい展開になってきました。あれー、なぜだろう・・・汗

ご感想、ご指摘、そしてお叱りは随時受け付けております!!よろしくお願いします!!


3気筒


追伸、今回も登場する団体、名称は架空のモノです。不都合がありましたら連絡お願いします。


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