第36章 復活の序章!
遅れてしまい大変申し訳ありません!
それではどうぞ!!
その後、2人は集まってくれた皆に部屋に上がってもらった。皆びしょ濡れなのでタオルを借りて顔などを拭いてから由美の部屋に上がった。
「みんな・・・こんな雨なのに・・・」
由美が虫のような小さな声でつぶやく。
「雨具は着ていたんだけど・・・あまり用をなしていないわね」
「だからオレは着てねーけどなぁ」
濡れて重くなった革ツナギを恨めしそうに見つめる真子と、いつもの革ジャンではなく青いスカジャンを羽織った旭が言う。無敵のリーゼントは雨だというのに崩れていない。
「にしてもよぉ由美。マンホールに引っ掛けるとは・・・災難すぎるぜ」
凛が由美の背中を軽く叩きながら言う。乱暴な言葉使いとは裏腹に、かなり由美を心配している。
「ゆーちゃん・・・っ!?おねーさん心配だったよぉ・・・!!」
美春がべったり由美に引っ付いた。ふざけているようだが、こちらもかなり心配していた。半泣きで擦り剥いた膝の傷を見ている。
「うわぁ・・・痛そうだよぉ・・・」
「ううん・・・身体の傷は大丈夫・・・けど・・・ゼファーちゃんが・・・」
言って、由美はまたうつむいてしまった。
「任せなよ!オレらが集まったんだ、すぐ治る!」
「そうです!私も協力しますから!頑張りましょう!」
洋介が言うと、翔子も由美を励ます。
「しっかし・・・集まっておいてなんだが、今日は無理だべ。雨ん中じゃあイジれねぇし、パーツもねぇし」
旭が言って、コキコキと首の骨を鳴らした。
「にしたって・・・なんでサイドカバーが真っ二つになったんだろーな?」
「ツメが折れてて落っこちたんじゃない?社外品はそういうところ弱いし・・・」
真子が指でモノが折れる過程を再現する。すると由美が弱々しく言った。
「確かに・・・ゼファーちゃんのサイドカバー、ツメが欠けていたわ・・・」
「それだと新しいのと交換になるんですか?」
圭太がたずねると、洋介は頭をポリポリと掻いた。
「紫外線で硬化するFRPシートってのがあるけど・・・どの程度割れてるのかがわからないとなぁ・・・塗装がハゲてなけりゃイケるな」
言ってFRPシートの値段を口にする。高校生の由美にとっては意外と高いことに驚いたが、これもゼファーのため。背に腹はかえられない。由美はメモ用紙に「しがい線FRP」と略して書いた。
「あとウィンカーが割れたんだろ?ウィンカーも換えなきゃいけねーし・・・」
「ううん、ウィンカーは割れていないんだけど・・・根元から折れてて・・・」
凛がたずねると、由美は悲しそうにうなだれる。由美からすれば、ウィンカーステーがもげただけでも一大事なのだ。が、そんな落ち込む由美に赤城姉妹の双子が少し安心した表情で見合った。
「でも由美さんに大事が無くて本当よかったですよぉ。バイクは治せても、身体は治せませんし・・・」
「まったくだ」
紗耶香と凛が頷くと、由美も少しだけ笑顔で頷いた。
「バイクで転ぶって怖いよねぇ・・・私もこの前投げ出された時は絶対に死んじゃうって思ったし・・・」
1月前にエンジンロックで投げ出された千尋がその時のことを思い出して身震いした。しかしすぐ笑顔になって「まぁおかげでおにーちゃんと仲直り出来たから・・・良かったかな?」とつぶやいた。
「とまぁ・・・なんか勢いで押し掛けちまったけど、今日はゼファー治せねぇかんな。明日は晴れるみてぇだから、そしたら明日また集まってゼファー復活させんべや」
旭が少し弱くなった雨を見て提案すると、今日は解散となった。
「お?んだよ・・・ほとんど止んでんじゃんか」
旭が空を見上げてつぶやいた。玄関から出て空を見ると、雨はすでに止みかけている。しかし路面が濡れていることに変わりは無い。
「うーん・・・」
翔子が帰りのことを考えて頭を巡らしているとなにかピンと来た。そしてわざとらしく手をポンッと打ったあと、由美の肩をポンッと叩いた。
「由美さん、今日泊めてくれませんか?」
「え・・・?」
普段、泊まっていく?と聞いても遠慮がちな翔子が自分から泊めてくれと言ってきたことに由美が驚いていると、翔子はちょっと照れ臭そうに笑った。
「都合が悪かったなら遠慮します。ただ、由美さんが心配で・・・」
やはりいつものように遠慮がちな翔子のその言葉を聞いて、由美は嬉しくなってつい抱きついてしまった。
「ありがとうね!翔子ちゃん!!」
「でも2人とも・・・明日学校だけど・・・?」
揺るぎない友情にはしゃぐ2人に圭太がトドメを刺すような発言を投げ掛けた。すると2人は笑顔のままピタッと固まった。そしてなぜか2人ともロボットのようなぎこちない動作でゆっくり振り向いた。
「あ・・・明日はその・・・そう!ケガとショックとで行けそうにないらしいのよね・・・!」
「ぐ、偶然にも私も明日学校が停電になる予定が入りまして・・・!!つまりお休みでして・・・!」
「いやいや!2人ともサボる気満々じゃないか!!『らしい』とか『停電になる予定』とか!!」
圭太がツッコミを入れると、2人はイヤイヤと首を振ってだだを捏ね始めた。
「いいじゃない!ゼファーちゃんが傷ついて精神不安定な私と、そんな私を介抱しようとしてくれてる翔子ちゃんが1日くらい学校休んだって!!」
「精神不安定な人はそんな堂々と自己申告しないからね」
はぁ・・・とため息をついて圭太が頭を掻く。
「1日2日サボるっくれぇたいしたコトねーべな?」
「うん♪あっくんほぼ毎日遅刻か欠席だったもんねぇ♪」
「いや・・・それもどうかと・・・」
真顔でサボりを肯定する旭と美春にやんわりとツッコミを入れつつ、圭太は2人に向き直った。
「わかったよ・・・じゃあ明日は僕が先生に言っておくから・・・」
「本当!?ありがとう圭太!!」
「よかったですね!!」
2人が両手放しで喜ぶ。今は明るいがよく考えれば先ほどまでいまだかつて無い程落ち込んでいたし、軽症ではあるがケガもしているし、今回は大目に見ることにした。まだまだ甘いなぁと思い苦笑していると突如美春がシートから立ち上がった。
「よぉし!!じゃあ私も今日はゆーちゃんに付きっきりで・・・!!」
「オメェは明日の朝店の仕込み手伝いあんだろ!?」
「しぎゃぁあ!?」
旭のツッコミに美春が奇声を上げると、次は凛が身を乗り出す。
「それならオレも残るぜ!由美も心配だし!!」
「凛お姉ちゃん、この前もサボったよね?今回はダメだよ?」
「なんでだよ紗耶香!今回くらい・・・」
「ダメってばダメ!!ただでさえ学校サボったり遅刻してくるんだから、凛お姉ちゃんは帰るの!!さもないと・・・!!」
「わ・・・わかったよ・・・わかったから落ち着け!」
凄まじい剣幕で迫る紗耶香に凛が慌てて言うことを聞くことにした。長年の経験上、紗耶香を怒らせると怖いコトを心得ているのだ。
「それなら明日の夕方、オレの家の工場に。そこなら雨が降っても屋根あるから大丈夫だし工具もあるし」
洋介がヘルメットを被って提案すると、皆も頷いて出発するためにエンジンを掛けたり支度を始めた。
「それじゃあ、私達は先に行かせてもらうわね」
サイレンサーから何かが爆発しているような独特な音を発するBEETの爆竹チャンバーから白煙をバラ撒きながら真子が言った。
「何か必要なものがあったら言ってちょうだいね?出来る限り用意するから」
「真子さんありがとう!!」
由美がお礼を言うと、凛と紗耶香もエンジンを掛けて軽く空吹かしで暖気しながら由美を見る。
「心配すんな!すぐにまた走れるようになるからさ!!」
「同じカワサキ乗り同士!困った時は助け合いましょう!」
「2人とも・・・!!」
「それじゃあ、また明日ね」
言って、3姉妹は煙を吐き出しながら去っていった。残る3台もすでに暖気を終了している。
「じゃあ由美ちゃん、明日ぁ用意して欲しいもんを後でメールすっから」
「ありがとう旭さん!」
「けーちゃん、しーちゃん!ゆーちゃんをヨロシク哀愁!!」
「なに言ってるのおねーちゃん・・・」
ブルーのサンパチに跨がる美春が意味不明なことを言うと、すかさず千尋がツッコミを入れる。もはや本当の姉妹のようだ。
「じゃあまた明日!」
最後に洋介が言うと、3台のバイクは赤城3姉妹とは別方向にハンドルを向けて走り去っていった。
「まだ知り合って日が経っていないのに・・・みんな優しいよね」
遠ざかるテールランプと爆音を見送りながら圭太がつぶやくと、由美と翔子もうなずいた。由美はカバーの掛かった愛車のシートに手を置いてゼファーに語り掛けた。
「痛い想いさせてゴメンねゼファーちゃん・・・もうすぐまた走れるようになるからね」
そんな由美の言葉に応えるように、ゼファーに掛かったカバーが優しく揺れた。
「で・・・これがゼファーちゃんから外れたサイドカバーのエンブレムなんだけど・・・」
部屋に戻って由美は割れたサイドカバーとエンブレムを翔子に見てもらった。
「これはまた・・・見事に真っ二つですね・・・」
見ればカバー上にある固定する爪が割れていて、サイドカバー本体は真ん中からまるで芸術的に綺麗に割れていた。が、割れたことによる塗装のハゲなどがないのが幸いだった。
「エンブレムがガリガリに削れちゃったのよね・・・」
「サイドカバーが落ちたときにエンブレムが綺麗に当たってサイドカバー本体の塗装とかを守ってくれたんですかね・・・?だとしたらあり得ないくらいの奇跡ですよ」
Z400FXのエンブレムの削れ具合を見て、3人はエンブレムに感謝した。この縦横10センチにも満たないような小さなエンブレムが身を盾にしてサイドカバーを修復可能状態まで守ってくれた・・・実際は奇跡の重なった偶然なのだが、由美はエンブレムを優しく取り上げた。
「本当・・・ありがとうね」
削れで傷んだエンブレムに由美がお礼を言うと、翔子がハッとなって由美にたずねる。
「由美さん、サイドカバーの爪の破片とかは拾いましたか?」
「え・・・?」
「破片が無いと修復が難しくなると思います。もしかして・・・」
「そ・・・そういえば私、拾ってないわ・・・」
ここに来て破片が無い事に気付いて顔面蒼白になる由美。あんな小さな破片、事故当時にパニックになっていた由美に見つけられるわけも無く、由美がその現実にカタカタと震え始めた時、圭太がポケットから何かを取り出した。
「転んだ時に拾っておいたんだけど・・・これってサイドカバーの爪の破片かな?」
取り出したのは小指大の小さなFRPで出来た欠片だった。それをサイドカバーの爪の位置に合わせると、なんとぴったりとフィットした。
「よかったです!これがなかったら治りませんでしたね!」
「ありがとう圭太!助かったわ!!」
自分の事のように喜ぶ翔子と、顔色が一瞬にしていつものように良くなった由美が圭太にお礼を言うと、圭太は少し照れながら頷いた。
「拾っておいてよかったよ・・・じゃあ、僕はそろそろ戻るね?」
「え、もう帰っちゃうの?」
「せっかくなんですからもうちょっと・・・」
立ち上がり部屋を出ようとする圭太に2人が言うと、圭太は困ったように頭を掻いた。
「今日ウチに親がいないんだよね。それで、僕が晩ご飯作らないと・・・」
そこまで言って、圭太はガクガクと震え始めた。
「・・・お姉ちゃんの手料理に・・・」
「あ・・・」
そこまで言って、由美はようやく納得した。それは圭太の姉、奇人茶子が作る料理が料理では無いからだ。それを思い出したのか、圭太は震えながらぶつぶつとつぶやきはじめた・・・
「違う・・・それはケチャップじゃない・・・絵の具は・・・・・・アリは・・・」
「け、圭太さん・・・!?」
突如壊れた圭太に、翔子が慌てて声を掛けると、圭太はハッとこちらの世界に戻ってきた。そして苦笑いしながら謝った。
「ゴメンね・・・昔を思い出したら・・・」
「今日はもう帰ったほうがいいわよ圭太?」
「うん、そうさせてもらうよ・・・明日は僕が先生に適当に理由つけとくから、じゃ・・・」
そう言って部屋から立ち去っていく圭太の元気の無い背中を見て、翔子は由美にそっとたずねた。
「あの・・・圭太さん、どうしたんですか?」
すると由美は少し困ったように笑いながら話を始めた。
「圭太のお姉ちゃん・・・茶子姉ぇって言うんだけど、茶子姉ぇが昔作った料理を食べて、圭太は人生で初めて救急車に乗ったのよ」
「救急車っ!?」
「なんでもオムライスの上のケチャップが絵の具、しかもアリが3匹ほど入っていたらしくて・・・」
「絵の具・・・?蟻・・・?」
由美の話に、翔子はしばらく絶句するしかなかった。
それからしばらく。
少しは回復し、翔子の前とはいえやはりどこか元気の無い由美を励まそうと翔子は明るく振る舞った。
「心配無いですよ、旭さんや洋介さんがいるんです!ゼファーもすぐに治りますよ!!」
「うん・・・ただ、やっぱり自分の不注意で転んだのがすごく悔しいのよね・・・」
「誰だって1回や2回は転ぶことはありますよ!」
バイクに乗っていて、立ちゴケ級から車体全損&ライダー重症級の大転倒まで様々ではあるが、長くバイクに乗っていれば転んでしまうことは必ずある。翔子は自分の体験を話し始めた。
「私も免許を取ってから日が浅かった時に、フォアで油断していたら立ちゴケしてしまった事もありますし・・・それでウィンカーステーが少し曲がって劣化したタンクキャップのゴムからガソリンが漏れてタンクに付着してしまったり・・・それでしばらく1人で泣いて・・・それから・・・」
そこまで言って、今度は翔子もだんだん暗くなってきた。2人はため息をついて見合った。
「ごめんなさい・・・励ますつもりが暗くなってしまいました・・・」
「ううん、そんなことないわ」
由美は少し笑って翔子を見た。
「私の不注意でゼファーちゃんをボロボロにしちゃったけど・・・今の悔しい気持ちを肝に銘じる。そしてゼファーちゃんが治ったら、次こそ圭太と2人きりで楽しくツーリングに・・・!!」
握りこぶしを作って力説する。そんな由美を見て翔子はやはり由美は元気でなければと思った。話題に圭太が出たことで少し違う角度から話を進めることにした。
「そういえば圭太さんとは最近どうなんですか?」
「相も変わらずよ・・・今日だって少しだけどせっかく服を変えてみたりしたのに何の反応もなかったわよ」
「男の人はそういうことに無頓着って言いますから、仕方無いですよ」
少しずついつものペースに戻ってきた由美から出てくる圭太の反応の鈍さに翔子は苦笑いした。ため息を付きながらサンドバッグになった枕を殴打している由美がそういえばと言って翔子にニヤニヤした視線を送る。
「翔子ちゃん・・・洋介さんとは・・・?」
「なっ・・・!?」
いきなり洋介の話題を振られて驚く翔子に由美が遠慮無く畳み掛ける。
「実は内緒で連絡取り合ったり会ったりしてるわけ?」
「だ、だから違うって言ってるじゃないですか・・・!私はそんなことひとつも・・・!!」
フルブレーキで加熱したローターのように顔を真っ赤にして否定する。由美はけらけらと笑ってから
「冗談よ冗談。でも、翔子ちゃんと洋介さんは結構似合うと思うのよね」
「え・・・?」
「普段優しいし、いざというときには頼りになるし・・・同じフォア乗りじゃない」
「た・・・確かに洋介さんはいい人ですよカッコいいですし・・・でも由美さんと圭太さん達みたいに長い付き合いでは無いですし、まだそんなアレは・・・」
最後はゴニョゴニョと聞き取りにくい小さな声になってしまったが、その内容を聞く限り翔子もまんざらでも無いと由美は思った。が、そこで彼女を唆すような真似はしない。
「と・・・とにかくこの話はオシマイです・・・!他の話題にしませんか!?」
言って、頭の中で何かなかったか考えると、自分のカバンが目に入った。
「あ!そういえば前のツーリングの時の写真、持ってきたんです!!」
「え、本当!?」
思わず身を乗り出す由美。翔子はカバンから小さなアルバムを取り出して差し出した。
「あ!これは横浜の時のね!」
最初のページを開くと、横浜に行った時の写真が出てきた。氷川丸の前で撮った記念写真を見て思わず笑みがこぼれる。
「この時に真子さん達と初めて会ったのよね」
「そうですね、首都高でレースになったりいろいろありましたね」
「あ、この写真!洋介さんが肉まんの中身見てがっかりしてるところね!」
「こっちはマリンタワーで由美さんと圭太さんのツーショットです!」
「どれどれ!?」
小さなアルバムに収められた数々のメモリー。由美は思わず笑みをこぼす。
「氷川丸の前で撮った写真、美春ちゃん変な顔してる!」
「くすっ、本当ですね」
一列に並んだバイク。それぞれの愛車な跨がる皆の表情を見て笑う。ページをめくっていくと高尾で初めて出会った時の写真や峠での写真、喫茶店でのひとこま等々たくさんの写真が出てきた。ひとしきり見終えた後翔子はさりげなく由美を見た。そこには・・・
「やっぱりバイクって楽しいわよね!!早くゼファーちゃん治してチームみんなでツーリングに行きましょう!」
吹っ切れたような真っ直ぐな瞳で、写真の中に写る愛車を見つめる由美がいた。翔子は「はい!」と笑顔で言った。
そして次の日。
由美は予定どおり圭太に頼んで学校を休み、翔子も学校に病欠の連絡を入れた。由美の家の電話を借りて連絡を終えた翔子が苦笑いして受話器を置いた。
「学校をサボるって、なんかこれから悪い事をするみたいですね」
「まぁいいことじゃないわよね、学校休んでゼファー治すんだもの」
2人はとりあえず玄関に出てゼファーの状態を改めて確認した。
「やっぱり見ちゃうと落ち込むわね・・・」
カバーを取ると、ぶら下がったウィンカーが現れる。
「でもステーは無事ですね、抜けてるだけですから」
「うん・・・だけどステップが歪んでるしクラッチレバーも・・・」
昨日より天気が良いのでよく見ると結構傷やダメージがある。由美はため息の後ケータイを取り出した。
「昨日旭さんから来た用意してほしいものメールを見なおしてみましょう」
確認すると、そこには『紫外線硬化FRPシートだけ買っておいてくれ、後タイラップ。両方ホームセンター行けばある』と書かれていた。
「ホームセンターね、近い所だとバイクで20分かしら」
「じゃあ早速行きましょう!」
サンパンフォアを路上に出して早速出る準備に取り掛かる翔子。由美が時計を見ると時刻は午前9時。
「今から出ても少し待つことになるわね・・・」
由美の記憶ではあそこの開店時間は11時から。今から行っても時間を持て余してしまう。
「それなら少し寄り道しません?」
「寄り道?」
「集まるのは夕方からですし、かと言って出発まで家にいるのも由美さんに迷惑ですから」
「別に迷惑じゃないわよ、でも・・・」
翔子の提案はかなり魅力的だ。家にいてやり尽くしたマ〇オカートをやって暇を潰すよりそのほうが時間を有効に使っている気がする。まぁ学校に行っていない時点で時間の使い方を間違えているのだが・・・
「そうね!じゃあ寄り道して行きましょう!」
「じゃあ早速・・・!」
言ってチョークを上げてセルに手を伸ばす。
キョカカカっ・・・!!ブルァァァァン!!
数秒のセルの後、4本マフラーからず太い排気音を響かせ、シングルカム4気筒CBの特徴的なエンジンに火が入った。
「しばらく暖気したら出発・・・て、由美さん?」
「ん、なに?」
そこには愛車ゼファーに跨がり出発準備完了の由美がいた。
「ゼファーはお休みですよ?」
「あ・・・そうだったわね・・・」
言われて気付いた。今はゼファーには乗れないのだ。
「ステップとかウィンカーとか・・・今日治ったらまた乗れますから」
「そうね・・・はぁ」
自分の愛車に乗れない時ほど悲しい事はない。事故で故障となればさらにだ。
そんな落ち込む由美に翔子は「まぁまぁ」と慰める。
「今日は私の後ろで我慢してください。その代わり治ったらゼファーちゃんですから」
「迷惑かけるわね・・・今日はよろしくね!」
「はい!」
そして暖気が終わりチョークを下ろす。タンデムステップを下ろし由美が座るとサイドスタンドを払いギヤを入れる。
「そういえば圭太以外の後ろは初めてね」
「私も後ろに人を乗せるのは初めてです。下手でも笑わないでくださいね?」
「まさか」
実際免許は翔子の方が先に取っているし歴も長い。翔子はクラッチレバーを半分つなげてアクセルを入れる。CB350Fourは滑るように発車した。
「2人乗るとやっぱりもたつきますね・・・」
ゴーグル越しにメーターを見て翔子がつぶやく。セコからサードに繋げ、4000回転あたりからようやくトルクが立ち上がってくる。
「乗り心地が違うわね、圭太より運転が丁寧。さすが翔子ちゃん!」
「いえいえ、ただパワーが無いだけですよ」
とは言っても、翔子の運転は上手かった。後ろに乗る人間は運転に関与出来ない。雰囲気でわかる人間ならともかく後ろに乗り慣れていなかったり乗り手の経験が浅いと急なシフトのアップダウンで振り落とされそうになったりする。しかし翔子はクラッチのつなぎ方からなにまで後ろの人間に不安を与えないようにうまく繋ぐ。2人乗りが初めてとは思えないほどスムーズなのだ。旭や真子達の『上手さ』とは違う玄人好みの『上手い』走らせかただ。
「次からいろんな人の後ろに乗せてもらうのもアリね・・・」
「違う人のバイクに乗せてもらうといろいろ変わるかも知れませんね〜。あ、赤」
言って信号を停止。青になると同時に例の運転で国道に出た。
「この時間でも下りの交通量結構あるんですね」
「そうねぇ・・・あ、五差路を左ね」
言われてCBは左にウィンカーを出して曲がっていく。すると一気に車がいなくなる。平日のこの時間からダムに向かうほど世間は暇でもないらしい。前も後ろもグリーンになったCBは快調に加速していった。
「うーん!気分がいいわねぇ、貸し切りよ貸し切り!」
ダムに着くなり両手離しで背伸びする由美。翔子も愛車にハンドルロックを掛けて一息ついた。
「ここまで来ると空気もいいですねぇ」
「みんな今ごろ埃臭い教室の中なのに、私達だけこんな所にいるなんて」
「後ろめたいですけど癖になりそうです」
言って2人はベンチに移動。自販機でジュース片手にしばらく話をしていると、遠くから聞き慣れぬエキゾーストが山から響いてきた。
バタバタバタバタバタバタ!!!
「なにか来たわね」
「多分この音は単気筒ですね」
「たんきとう?」
「私のフォアや由美さんのゼファーの4気筒と違って、ピストン1つのバイクです」
「詳しいわね・・・」
「ピストンが1つしか無いのでマルチエンジンよりピストンの爆発を感じやすいらしいですよ?まるで心臓みたいって」
「ふぅん」
言われてみれば音が自分たちのバイクとはまるで違う。皆の音はエンジン音も特徴的だがもっとも分かりやすいのはマフラーからのエキゾーストだ。近づいてくるバイクの音はエンジン音の方がわかりやすく遠くからでもはっきりとわかる。
やがて音がだんだん近づいてきた。奥のコーナーから1台のバイクが見えてきた。由美達が見守る中、バイクは駐車場に入ってスピードを落とした。
バタバタバタバタ・・・!!ダン・・ダン・・ダン・・ダン・・・!!
「ギター背負ってるわね・・・」
「しかも女性ですよ?」
「ちょっと行ってみましょう」
由美の提案に翔子も賛成。珍しい女性ライダーの登場に由美達が歩いて近づいていく。
一方彼女はそんな2人には気付かず風になびくダムの水面を見下ろし、山を見上げた後、おもむろにアコースティックギターを取出して草原に座ってギターを弾き始めた。
きれいなコード進行の後、彼女は歌った。歌詞はまだ無いのか口ずさんでいるだけだが、それでも綺麗な歌声と旋律に2人は声を掛けれずに立ち尽くすしかなかった。
「綺麗なメロディね・・・」
「そうですねぇ・・・」
聞こえないように小さな声でこそっと呟く。やがて歌はサビと思わしき展開とななった所で突然彼女は歌うのをやめギターから手を離した。
「なにか用?」
びくっ!!
2人は驚いてから、邪魔をしてしまったかと思いなにか頭の中で言い訳を考えていた。
「え、えーっとですね・・・」
「う、歌お上手だなぁと思いまして・・・」
なんとか口に出すと、彼女はふっと笑ってから頭を下げた。
「ありがとう、そう言われると嬉しいな」
そしてふと目をやると、自分のバイクとは反対方向に赤いバイクがあるのに今気付いた。
「あれはあなた達のバイク?」
「あ、はい!私のです・・・!」
翔子が言うと、彼女は立ち上がり改めて挨拶した。
「挨拶が遅れたわ。私は加賀由希子。ユキでいいわよ。もうすぐハタチ」
ユキは手を差し伸べると2人と握手した。
「ユキさんね・・・私は三笠由美!由美で大丈夫です!17歳です!」
「私は衣笠翔子です。翔子で結構です。私も由美さんと同じ17歳です」
3人が自己紹介を終えると、ユキは自分のバイクを見た。
「あなたたち、バイクが好きなの?」
「はい!まぁ私はまだそんなに長く乗っているわけじゃないんですけど・・・」
由美が言うと翔子がユキのバイクを見てわぁ!と言った。
「SR400ですか?いいですね!」
ユキの愛車、ヤマハSR400。ヤマハお家芸の4スト単気筒エンジンを搭載し、発売から長い年月の中でほとんど変わらないシンプルなスタイルは初期型の78年から現在まで人気で今でも作られているほどのロングセラーバイクである。
「キャプトンマフラーとウィンカー換えた以外は最初からこの仕様。シンプルでしょう?」
ユキの説明に、翔子がウンウンと首を縦に振る。ノーマルタンクのままでセミダブルシート、バックステップにコンチハン仕様のSRだ。
「このバイクはいいよ、単気筒独特の鼓動がまるでビートを刻んでいるみたいな感じで。私にはぴったり」
「スタイルもなんかおしゃれよね。ユキさんにぴったりね!」
由美が言うとユキは「ありがとう」と言ってギターをしまう。すると突然ユキのケータイの呼び出し音が響いた。
「出てもいい?」
「もちろんです」
翔子が言うと、ユキはケータイを取り出した。
「もしもし・・・えぇ・・・15時からね・・・わかったわ、じゃあ」
短い通話を終えて、ケータイをしまうとユキは申し訳なさそうに言った。
「ゴメン、今からスタジオが入っちゃって・・・」
「そうですか・・・バンドですか?」
「えぇ、私がボーカルでね」
「もう少しお話したかったけど、仕方ないわよね」
由美が残念そうに言うとユキはふっと笑った。
「あなたたちのおかげで、なにかいい曲が出来そうな気がする。それじゃあまたどこかで会いましょう」
「バンド頑張って!」
「応援してます!!」
由美と翔子が言うと、ユキはギターケースを背負いヘルメットを被る。そのままSRに跨がりゆっくりとキックを下ろしてから踏み込んだ。
カシャッ!!・・・ダン・・ダン・・ダン・・ダン・・・・!!
「それじゃ、またね」
「はい!」
「気をつけて!」
そしてギヤを入れて走り出す。駐車場から出て独特な音を発しながら遠ざかるSRを見つめて由美が一言。
「あ!連絡先を聞くのを忘れたわ・・・!!」
「あ・・・」
もはや見えなくなったユキのSRの鼓動を聴きながら2人は立ち尽くすしかなかったとか・・・
それからしばらくして、2人は時間を確認するともう昼食時になっていた。すると今まで平気だったのに急に空腹間がやってきた。由美はお腹を押さえて大げさに草原に倒れた。そしてゴロゴロ転がったのちムクリと上半身だけ起して何故か偉そうに言った。
「翔子ちゃん、お腹すいたわ!」
「そ、そんな堂々と言わなくても・・・」
「この近くに美味しいファミレスがあるのよ。そこでご飯にしましょうそうしましょう」
「なんかテンション高いですね・・・」
翔子が若干呆れながらツッコミを入れると何故かキッと睨まれた。
「テンションが高い・・・?どうやったらテンションが高くなるのよ!!」
「ひっ・・・!?」
突然の咆哮。ビビる翔子。由美はけっけっけと笑いながら続けた。
「ゼファーちゃんは壊しちゃうしさっきの人の連絡先は聞き逃しちゃうしお腹は空いちゃうし・・・!私もうダメぇ・・・」
「あ、あの・・・由美さん?」
何故か急に壊れだした由美を対処する羽目になる翔子。
「あー・・・私も早く風になりたいなあ・・・ぶんぶーん・・・」
どうやら空腹のあまり幻覚を見ているらしい。バイクに乗る真似をして走り始めた由美。どうしたものかと思案する翔子に妙案が浮かんだ。
「それなら私のCB、運転してみますか?」
「え・・・?」
「さっきも話したじゃないですか。いろいろなバイクに乗ってみたいって・・・まずは私のCBでよければ・・・」
「な・・・!?そんなダメよ!!」
ニコニコ顔で提案する翔子をさえぎり由美が言った。
「私昨日転んだばかりよ!?それにサンゴちゃんはお母さんの形見なんだから・・・!」
どうやら先ほどまでのは演技だったらしい。至って真面目な表情で由美が言う。しかし翔子は笑顔で「大丈夫ですよ」と離れた場所に停めている愛車を見た。
「由美さんならいいですよ」
「で、でも・・・!」
「それに私・・・リアシートに乗ってみたいって思ってましたし、お願いします」
言って、何故か頭を下げてまでお願いする翔子を見て由美は不思議そうにたずねた。
「どうしてリアシートに?」
すると翔子は照れくさそうに笑ってCBを見た。
「私はあのバイクの全てを知りたいと思っているんです。小さい時お母さんに乗せてもらったこともあるんですけど、お母さんに乗せてもらったっていうことくらいしか覚えて無くて・・・だから後ろに乗って今の私に見える景色を見たいんです」
そこまで言った翔子の目を見て、由美ははぁとため息をつく。最後に1つだけ確認した。
「・・・最後にもう一度聞くわよ?私なんかでいいの?」
すると翔子は
「由美さんだからいいんです!」
「これがサンゴちゃん・・・小さいわね」
初めて跨がる旧いバイクに由美が感想をもらす。自分のゼファーと比べると250ccなんじゃないかと思えてくる車体のサイズ。しかし迫力はゼファーにも劣らぬ歴戦の名機であるシングルカム4気筒エンジンの存在感がそれを否定するかのように鈍く光る。
「あら?キーシリンダーが・・・?」
メーター周りには燃料計は愚かキーシリンダーすら無い。由美が探していると翔子が車体左側に回ってフロントフォークの後ろを指差す。
「キーシリンダーはここですよ」
「あ、本当!なんでこんな場所に」
見たこともない位置にあるメインキーの場所に驚きつつ由美はキーを差し込みひねった。メーター周りにあるニュートラルランプが灯る。キルスイッチをオンにしてセルスターターに指を伸ばす。
キョカカカっ・・・!!ブルァァァァン!!
「おぉ!!なんか全体的にゼファーちゃんと違う!!」
「見た目に騙されましたか?」
「えぇ・・・もっとおとなしいのかと」
シートにも伝わるワイルドなエンジン音。感覚的に全てがゼファーと全く違うことに由美は驚いた。
「では、後ろ失礼しますね?」
翔子がリアシートに座ると、抜け気味のリヤショックが簡単に下がる。足でタンデムステップを出して乗せ、シートベルトを掴んだ。
「それじゃあ行きましょう、私もお腹ペコペコだったんですよ」
翔子がへへっと笑うと少し緊張気味だが、意を決したのか由美はギヤを1速に入れた。
「それじゃあ安全運転で行くわよ!サンゴちゃん!!」
いつもと違う愛車に跨がるライダーといつもと違うライダーに操られるバイクが走り出した。
こんばんわ、3気筒です。
前回活動報告にも書きましたが、先月の中旬に派手に転倒しました。
幸いにも単独事故で他人を巻き込んだりはせず二次被害も無し、乗っている人間も〇〇キロでの転倒の割に人間は無傷のバイクは奇跡のステップ曲がり、ウィンカー割れ、ポイントカバー削れくらいの被害で済みホッとしていたのですが走りだすとフロントセンターがズレててそれの修理やバンドでの遠征ライブでなかなか投稿する時間が無く、今日やっと皆様にお届けできました!!
ちなみに事故の原因はタイヤのひび割れなどの劣化を放置、タイヤが性能を発揮せず誘発した起こるべくして起きた事故です。みなさん、フロントタイヤはイイものを履きましょう!!私はすぐにTT100を新調しました(笑)
話は戻り36章!ご意見ご感想お叱りもお待ちしております!!
それでわ!!
3気筒