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旧車物語  作者: 3気筒
35/71

第35章 天国から地獄 初転倒

遅れてしまいました汗

「圭太ー!早く起きなさい!」


 コァンコァン・・・!!


 日曜日の午前10時。圭太は外から聞こえる由美の叫び声とバイクの音で目を覚ました。布団から出て眠い目を擦りながら窓を開けると、外のじめじめとした空気が圭太を迎えた。空を見れば曇り空。そして下を見れば、幼なじみが自慢の愛車に跨がって笑顔でこちらに手を振っている。

「由美・・・朝から近所迷惑だからエンジン切ってね」

 圭太が言うと、由美はとりあえずエンジンを切った。キーを抜いて愛車から降りるのを見て圭太は部屋を出た。

 階段を下りて洗面所に向かう途中、玄関からインターホンが鳴り響く。すると居間からパタパタと足音を立てながら、圭太の姉である茶子が玄関に走っていく。

「おはよう由美ちゃん!今日も可愛いね!」

 茶子が玄関のドアを開けながら言う。目の前には由美が笑顔で立っていた。

「茶子姉ぇ!久しぶりね!!」

 元気良く挨拶する由美を、茶子は笑顔で家に招き入れた。

「圭太ならもうすぐ来るからね。居間で今しばらく待っててね」

「お邪魔します!」

 茶子に案内され・・・なくても場所はわかるが、とりあえず案内されて居間に来た。その時

「・・・・・・!!」

 茶子がプルプル震えだした。そんな茶子を見て、由美は嫌な予感がした。そしてそれは的中する。

「由美ちゃん・・・!!」

「な・・・なによ・・・!?」

 ばっ!と振り返ったかと思えば、いきなり由美の肩を掴んで言った。

「なんでツッコミ入れてくんないの!?」

「へ?ツッコミ・・・?」

 由美がポカーンとしていると、茶子は「まだ由美ちゃんには早かったな・・・」と1人呟き、説明を開始した。

「さっき『居間で今しばらく待っててね』って言ったでしょ!?『居間』と『今』で掛けたんだよ!?」

 顔を近付けて力説する。どうやらかなり自信があったらしいが、何故か八つ当たりを受けている由美は呆れるしかなかった。

「茶子姉ぇ・・・懸賞の次はオヤジギャグでも始めたの?」

 すると茶子は首をブンブンと横に振った。

「オヤジギャグ研究は小学校の時に終わってるよ。ちなみに懸賞ハガキももう終わったの」

「あら?懸賞は飽きるの早かったわね?」

 由美がたずねると、茶子は頭をポリポリ掻きながら「まぁねー」と言う。

「懸賞やってたけど、欲しい物が無いし、止めちゃったのよ」

「珍しくマトモな理由で止めたのね・・・」

 言いながら茶子を見る。久しぶりの登場で忘れている人も多いと思われるので紹介すると、茶子は常に変わった趣味を持っていて、幼稚園時代の『泥だんご職人』に始まり小学校は『紙飛行機職人』や『警ドロ達人』、中学に入ると『スライム制作同好会』『ラジオ体操3番のみ張り切って踊る部』等々・・・数えきれない程下らないコトに情熱を捧げている生粋のバカだ。が、顔立ちやスタイルが良いので男子からは新学期に彼女の性格がバレる前の春のみモテる。因みに勉学などの頭はかなり良い。

「じゃあ今は何をしているの?『トランペットでラーメン啜り隊』とか?」

 由美がバカにしながらたずねると、茶子は「ふっふっふっ・・・ふが3つ・・・」とワケのわからぬコトを言いながら由美に背を向ける。そして顔だけこちらに向けて言った。

「・・・由美ちゃんにも、そのうちわかるわ」

 そして居間から立ち去っていった。

「なんなのかしら・・・」

 1人取り残された由美が呟く。するとそこにタイミング良く圭太が現れた。

「おはよう由美・・・どうかした?」

「ううん、大丈夫よ。もう慣れてるわ」

 何か悟りを開いたような表情の由美を見て、圭太は我が姉にため息をついた。








「で、今日の予定だけど・・・」

 身支度を終え、2人が中山家の屋根付き駐車場の前で自分の愛車に寄りかかりながら今日の予定を確認する。

「今日はダムまで走ってからそこの近くにあるファミレスで昼食。その後その奥にある峠道を進み、ぐるっと回って国道まで出たら、Yesterdayでみんなと合流、と。大丈夫だよね?」

 圭太が由美に確認すると、由美は大きく頷いた。

「大丈夫よ!今日はよろしくね、圭太!!」

 実は今日、由美は久しぶりに圭太と2人きりでツーリングに行くことになっている。前回のテスト勉強時にした約束が今まさに果たされようとしている。とは言っても遠出する時間もお金も無いので、お決まりのダムツーリングだが、由美にとっては幸せな一時に違いはない。

 由美はそれこそ普段のツーリング以上に気合いが入っている。ズボンはいつものジーパンではなく、細く股下の少ない蒼のローライズ。上着はバイクに乗る都合上薄着とはいかないので、黒いシャツの上から、合成革だがタイトなレザージャケットは由美のゼファーの仕様と見事に合っている。

「それじゃあ行きましょう!?2人だけのツーリングよ!!」

 2人だけをやけに強調しながら由美が叫ぶ。こうして2台のカワサキは走りだした。








 コァァァァァァァア!!・・・


 ブァァァァァア・・・!ヒュルヒュル・・・!



 自慢の手曲げショート管から吐き出される爆音と、時折カムチェーンノイズが聞こえる純正2本出しマフラーの音が国道に響き渡る。交通量の多い片側2車線を走る2台は、車を運転する20年前に若者だった人達から、少し品の悪い少年達まで幅広い視線を浴びながら走っていく。

「日曜日なだけあって混んでるなぁ・・・」

 圭太が呟く。今も右車線を走っていた車が車線変更でこちらの前に寄ってきたので軽くブレーキを掛ける。

「由美は大丈夫かな?」

 サイドミラーを見ると、きちんと後ろから赤いバイクが付いてきている。圭太はそれを確認して、五嵯路を左にウィンカーを出した。後続の由美もそれにしたがって左折すると、ここで漸く圭太の隣に並んだ。

「ここから先は私が前よ!!」

 言って、蒼いFXを抜いていった。抜き去る時の由美のゼファーの音を聞いていた圭太は「マフラー換えるのもアリかも・・・」と心揺らされた。

「やっぱり楽しいわね!!」

 気付くと前にいた由美が隣に並んでいた。圭太が何事かと振り返ると、曇り空もどこかにぶっ飛ばしてしまう太陽のように笑顔の由美がいた。

「・・・うん!」

 圭太も頷くと、2台のバイクはダムの道を突き進んでいった。








「やっぱりゼファーちゃん最高よッ!!」

 あれからしばらく走って目的地のダムに着いた。周りの峠道を走り、そこの近くにあるファミレスに2人は昼食と休憩がてら立ち寄っていた。

 由美はタラコスパゲッティをフォークで巻き取りながら窓の外の景色と愛車を見つめながら呟いた。

「なんて言うのかしら・・・!見た目は言うまでもないけど、音や乗り心地、全てが最高なのよ!!」

 巻いたタラコスパゲッティを口に押し込むと、由美は圭太を見つめる。

「圭太は?FXはどうなのよ?やっぱり最高よね!?」

「まぁ・・・好きだよ。デザインもいいし、乗りやすいし」

「何よその素っ気ない反応・・・」

 由美がアヒル口で不満を垂れると、圭太はナポリタンをフォークで巻き取りながら言った。

「いや・・・別にそんなワケじゃないよ。確かに最初はそうでも無かったんだけど、由美やみんなのおかげで愛着も出てきたし、もうFX以外は考えられないよ」

 自分の名前が出てきて、由美は少し面食らったような顔をした後、顔をほんのり赤くさせた。

「わ、わかってるならいいわよ・・・!そうよ圭太、もっとFXの良いところを探してみなさい?まだあるでしょう!?」

「そうだなぁ・・・」

 水を一口飲んで考えてみる。デザインや走りには文句のつけどころは無いと思う。調子も良いし、目立った不具合も今のところ無い。車重は教習で乗ったCB400SUPERFOURよりあるし癖も多少あるが、『鉄の塊』という現代のバイクでは感じ難いバイク本来の姿勢が見いだせるし・・・はっきり言って良いところだらけだった。

「教習の時のバイクより、なんていうんだろう・・・『バイクに乗っているんだ』ってより強く感じられるのも魅力だよね」

 圭太が言うと、由美は「そうねぇ・・・」と唸る。

「スーパーフォアだったわよね?確かに凄く乗りやすかったのは覚えてるわ」

 由美は頭の中でゼファーとスーパーフォアを比べてみる。足付き性も抜群で車重も軽く、トルクもパワーもあって扱いやすいスーパーフォアが『乗りやすさ』では勝つが、空冷独特のエンジン音や少し荒っぽい武骨な雰囲気など『バイクらしさ』ではやはりゼファーに軍配が上がった。

「なんて言うのかしら・・・ゼファーちゃんにある『乗りこなす感』と違って『素直さ』が印象的なバイクだったわよね・・・」

「お・・・由美にしては的確な意見」

「一言多いわよ?」

 由美が圭太に釘を刺して、外の2台を見る。色違いのFX外装でキメた愛車を見てしばしうっとり。その後、隣のFXを見る。

「圭太はやっぱりノーマルのままが好きなの?」

 由美にたずねられると、圭太は「うーん・・・」と首を捻る。

「千尋ちゃんのRGのエンジンの件や昨日会った俊一さんの影響もあって、最近マフラーとか換えてみたいかなぁとか、少しだけ思うときもあるけど・・・」

 言って外を見る。父親から譲り受けたFXを見つめる。タンクからテールまでの直線的なライン、少し跳ね上がった純正マフラー、これほどまでにバランス良く美しい愛車に今更ながら見惚れてしまった。そして由美の質問に曖昧に答えた。

「まだ未定だね」

「ふぅん」

 由美がつまんなそうに言った。









 昼食を食べ終わり、2人は駐輪場で自分達の愛車に寄り掛かりながら空を見ていた。

「結構危険かもしれないなぁ・・・」

 見上げる空はかなり曇っている。まだ雨こそ降ってきていないが、それも時間の問題だ。

「一応雨具は持ってきてるけど路面が滑って危ないし・・・残念だけど今日は雨が降ったら早めにみんなに連絡して今日の集まりは中止にしよう」

 圭太が言うと、由美がかなり不満そうな表情で圭太の意見に反論した。

「まだ大丈夫よ!まだ午後になったばかりよ!?時間もあるし、最初の計画通りで大丈夫よ!それにもしかしたらそのうち晴れるわ!!」

 由美が必死に言うが、残念なことに晴れる見込みはなさそうだ。雲は厚くどんよりとしていて、天候回復の望みは薄い。

「でも雨の中を走るのは危ないよ?」

「大丈夫よ、私1回も転んだことないもの!はい決定!!さぁ行きましょう!」

 早口で圭太を丸め込む作戦に出た。が、しかし・・・


 ピチャッ・・・ ピチャピチャッ・・・


「あ・・・」

 由美が空を見上げる。ポツリと雨が降りだした。

「だ・・・大丈夫よ!まだ小雨だし・・・!」

 なんとか圭太を説得しようと口に出してみるが、圭太はため息をついて由美を見る。

「また一緒に来ればいいじゃん。何も雨の中走ることは無いし、天気が良いときじゃないと楽しさも半減しちゃうよ」

 手をかざして雨に触れる。いくら自然が綺麗でも、雨模様では台無しだし何より危険だ。しばらく圭太を説得しようとしていた由美だったが、ようやく納得したのか渋々ではあるが了承した。

「わかったわよ・・・確かに危ないし、今日は中止ね」

 口を尖らせて不満そうにつぶやく。本当にこの雨が憎らしいのか空を見上げる由美の表情は険しい。

 現在は梅雨時。それを思い出して由美はガックリしてゼファーに寄りかかった。

「はぁ・・・早く夏にならないかしら・・・」

「本当だね・・・」

 2人は雨具に着替える準備をしながら不満を言い合った。というか、圭太が由美の不満をなだめていた、の方が正しいかもしれないが・・・









 そんなこんなで2人が走り出すと、いよいよ路面が全体的に薄らと濡れてきた。ダムから出て国道を走る2台にも雨が襲い掛かってくる。

「スクリーンに雨が当たって見えないわね・・・!!」

 不機嫌そうに言ってスクリーンを上げると雨水が顔を打つ。由美はアクセルを乱暴に煽る。道の混み方に加え、この雨だ。2人だけのツーリングも台無しになり由美は眉間にシワを寄せながら走る。

「全く!空気を読みなさいよね!!」

 雨雲に向かって叫んでみるが、雨は強くも無く弱くも無く、パラパラと一定量降り続ける。雨に濡れたミラーを見れば、FXが安定した走りで付いて来ている。それを見て由美は心の中でさらに天候に悪態をつきまくる。

 国道を出た所の信号で停まる。由美の隣に並ぶ圭太が声を掛けた。

「由美、さっきからアクセルを煽り過ぎだよ・・・機嫌悪いのはわかるけどさぁ・・・」

「なにようるさいわね・・・!?雨のせいで気が立ってるのよ・・・!」

 由美が圭太に怒鳴り付ける。どうやらかなり苛立っているらしい。空を睨み付けながらブツブツと文句を言っている。

「また一緒にツーリングに行こうよ?次こそ晴れた日にさ」

 殺気すら伺える由美を圭太がなだめようとするが、由美は圭太を睨んだ後、またブツブツと言い始めた。圭太はため息をつくと、信号は青になった。








 それから家を目指して一路進む2台。住宅街に差し掛かる。あと一ヶ所曲がれば目の前は自宅だと言う時に事件は起きた。

 由美は先ほどの信号で目の前を走る圭太の言葉を思い出していた。

「まったく・・・!圭太は悔しく無いのかしら!せっかく2人きりのツーリングなのよ・・・?」

 言いながら今日の自分の服装を見る。張り切って着てきたレザーのジャケットもローライズのズボンも、ダボダボした雨具の下に隠れてしまっている。

「もう嫌になるわよ・・・!」

 頭の中は今も仕切りに降り続ける雨に対するものから、圭太の態度にまで文句を付け始めた。

 だから気付かなかった。運転に意識していなかった由美が左折しようと減速した時だった。



 ズルッ・・・!!


「え・・・?」

 視線が左に倒れていく。タイヤは雨に濡れた路面を掴み切れずに、まるでスケートのように滑っていく。

 目の前の風景がスローモーションになる。まずステップから足が外れ、シートから浮き上がり、最後にハンドルから手が離れた。宙に浮いた由美が必死に手を伸ばすが、ゼファーは止まらない。ステップが地面に当たりゴムが削れ、クラッチペダルが接地。クラッチカバーは嫌な音を立ててアスファルトに削られていく。


『いや・・・やめて・・・!!』


 由美が悲鳴を上げた。が、声になる前に地面に投げ出された。そして・・・



 ズガガガガガ・・・!!




 ゼファーが数メートル地面を滑走した。

「由美ッ・・・!?」

 先頭を走っていた圭太が、突如バックミラーから消えた由美に驚きFXを停めて振り返ると、道の真ん中にゼファーがまるで通せんぼする形でそこに転がり、由美が道の端でうつ伏せに倒れていた。

「由美!!大丈夫!?」

 圭太が慌てて由美に駆け寄る。が、由美は圭太には目を向けず、目の前に転がる愛車を見てまるで魂が抜けてしまったかのようだ。

「大丈夫・・・!?ケガは無い!?」

 言いながら由美に肩を貸して立ち上がらせる。見れば、膝から少し血が滲んでいるし、打撲もあるのか右足が震えている。

 すると突然、由美はハッとなって圭太の肩から離れて地面に転がる愛車に歩きだす。

「嘘よ・・・・・・」

 転けたことでエンストして止まったエンジン。ニュートラルランプだけが点いている。

「お・・・起こさなきゃ・・・」

 由美はゼファーを起こそうとハンドルを握る。だが・・・

「あれ・・・?起こす・・・?」

 パニックのあまり起こし方を忘れ、がむしゃらにハンドルを上に上げる。が、打撲が響いて力が入らないうえに判断不足なのか無理な姿勢での起こし方では上がるハズもなくゼファーはただそこに転がっている。

「ちょっと・・・!早く・・・!早くしなきゃ・・・!」

「由美!」

 何かに取りつかれたかのような由美を見て、圭太がゼファーを起こそうとハンドルを掴んだ。


「よいしょ・・・!!」

 ハンドルを掴み身体をバイクに寄せて起こす。そのまま端に寄せてからサイドスタンドを下ろした。

「・・・っ!?」

 左側面を見て由美は絶句する。タンクにダメージこそ無いが、カバー類はガリガリに削れて、フロントウィンカーはステーがへし折れてレンズが配線だけでぶら下がっている。そして最悪なことに、どこをどう打ったのかサイドカバーが真っ二つに割れていた。

「そ・・・そんな・・・!」

 どこか信じられないような表情で由美が傷ついた愛車に手を触れる。欠けたサイドカバーから、『Z400FX』のエンブレムが音を立てて雨水で濡れたアスファルトに落ちた。

「あ・・・あ・・・!」

 由美は何かを呻きながら急いで拾い上げる。

「由美・・・」

 傷ついたゼファーと由美とを見ながら圭太が声を掛けたが、由美はただただ愛車の傷を見つめるだけだ。圭太は何が原因で転んだのか、道を振り返ってみて納得した。


 濡れたマンホール。


 これにフロントタイヤを取られて転んだのだと圭太は確信した。スピードは30キロも出していないただの丁字路。転ぶ要因はこれしかなかった。

 ただ、それだけなのにこれだけの傷・・・

「とにかく・・・家はすぐそこだし、押して行こう。由美・・・」

 呼び掛けて、圭太は黙ってしまった。由美が泣いていた・・・

「うぅ・・・私が・・・ひっ・・・ゼファーちゃ・・・ゴメ・・・なさい・・・!!」

 息も絶え絶えに、泣きながら愛車に謝る由美。そんな由美を見て、圭太はただ黙ってゼファーを押した。由美はただただ泣きながら後を付いてきた。









「はぁ!?由美ちゃんがコケたぁ!?」

 それから30分後、圭太からの電話に今日のミーティングの中止が発表されるのかと思って電話に出た旭はすっとんきょうな声を上げて驚いた。

「で!?どんなアンバイよ!?でぇ丈夫か!?」

『由美は大丈夫です・・・膝を擦り剥いたのと軽い打撲ですんだんですけど・・・』

 受話器の向こう側にいる圭太の元気の無い声に、旭が口を開いた。

「ゼファー・・・か」

 旭の言葉に圭太は無言になってしまった。が、すぐに事故の詳細を説明し始めた。

『僕が先頭だったのでよく見えなかったんですけど・・・丁字路を左折する時にマンホールに乗っちゃったみたいで・・・十分スピードは落としていたんですけど・・・』

「で・・・?ゼファーは?」

『僕がわかる範囲だと、エンジンの横のカバーが削れてしまったのと、クラッチレバー曲がりに前のウィンカーが折れて・・・』

 破損状況を聞いて、旭はフレームへの影響などを考える。エンジンのカバーとはおそらくクラッチカバー・・・それが削れたということはフレームにも影響があるかも知れない。エンジンハンガーが歪んでいたり折れていたらまずアウトだ。

『それと・・・サイドカバーが真っ二つに割れて・・・』

「ほぉ・・・タンクは?」

「タンクは大丈夫でした・・・」

 圭太の元気の無い報告に、旭は深刻そうに頷くしかなかった。

『とりあえず、由美もケガしてしまいましたし・・・みんなも危ないですから今日のミーティングは中止しましょう・・・すみませんが他の人達に連絡をしてもらえませんか?』

 普段の圭太ならば自分で連絡を回すだろう。が、由美のこともあるので自分に頼んでいるのだろうと、旭は2つ返事で了承した。

「あぁ任せとけ。お前は由美ちゃんの傍にいてやれや」

『すみません・・・それでは』

「おう・・・」

 電話を終えて、ケータイを握り締める。今の会話を聞いていた、同じ部屋にいた千尋が旭におずおずとたずねた。

「おにーちゃん・・・由美さん大丈夫かな・・・?」


 バタバタ・・・!


「由美ちゃん自体は軽症ですんだみてぇな・・・ただゼファーがダメージ受けてんみてぇ・・・とにかく・・・今っからみんなにツナギ入れるわ・・・何人『集まっか』よ?」


 バタバタ・・・!!


「やっぱり・・・中止の連絡なんかしないんだ・・・」

 千尋がニッコリ笑った。そしてまだ幼さが残る瞳は燃えていた。握り拳を作って兄に言った。

「今度は私が由美さんに恩返しする番だね・・・!」

「そうだな・・・今あるパーツで間に合えば良いんだが・・・それより・・・」


 バタバタ!!!


「美春ぅ・・・オメ、落ち着けよなぁ・・・・」

 言って、左腕を引っ張る。その手がつかんでいたのは美春の襟だ。電話が終わった瞬間ドアに向かってつっ走っていったので捕獲していたのだ。

「ゆーちゃん・・・!今・・・助けにぃ・・・!!」

 傍から見ればマヌケな光景だが、マジでやっているのだから呆れるしかない。美春は半泣きでバタバタと暴れている。

「はぁ・・・」

 そんな美春を見て、千尋はため息をするしか出来なかった。








「由美・・・大丈夫?」

 一方、場所は戻って由美の家の廊下。由美が雨に濡れた服を着替えるため圭太は部屋の外にいた。

 圭太は先ほどから声を掛けているのだが、由美からの反応は無い。部屋に入ってもうすぐ30分。さすがに着替えは終わっているのだろうが許可無く部屋に入るのも気が引けて入れずにいた。このままでは埒が開かないと思って、圭太は最後に声を掛けた。

「・・・今は1人になりたいかも知れないけど、もしつらくなったら呼んでね?僕が力になれるかはわからないけど、由美が悲しそうだと僕も悲しいからさ・・・」

 言ってみて、圭太は少し恥ずかしくなった。顔が赤くなるのがわかったが、由美からの返事は無い。1人ため息をついて、圭太は階段を下りて三笠家を後にした。

 一方、部屋にいる由美は敷きっぱなしの布団の上で泣いていた。上着は脱いだし傷の手当ても下で済ましたがシャツとズボンは先ほどから着ているもので身体も冷えている。

 由美は1人泣き続ける。今回の転倒は、防ごうと思えば簡単に防げた自分の不注意から生まれたミスである。2人きりでのツーリングが急きょ中止になり、子供のように不機嫌になっていた。さらに関係の無い圭太にまで悪態をついてしまった。

 浮かれた心が空回りして不機嫌になって、自分のせいでゼファーを壊してしまった・・・

「ゼファーちゃん・・・ゴメンなさい・・・!」

 由美は1人泣きながら謝り続けた。








 それからしばらくして、Yesterdayに旭達が集まっていた。驚くべきことにメンバー全員がこの悪天候の中集まった。

「それで・・・由美さんは大丈夫なんですか!?」

 冷えた手を握り締めながら翔子が言った。

「聞いた話じゃあ、由美ちゃんはピンピンしてるらしい。ただ・・・精神的にヤバイみてぇ」

 旭が報告すると、皆一様に顔を伏せた。

 それから旭は圭太から聞いた由美の事故の様子をそのまま話した。と言っても事故を起こす前の由美の状態は誰にもわからないのであるが・・・

「マンホールに引っ掛けたのか・・・災難だったなぁ」

 洋介がしみじみと言った。長年バイクに乗っているとわかる、濡れたマンホールの恐ろしさにウンウンと頷く。

 すると真子がコーヒーを飲んでから話し始めた。

「実は私も先日危うくなってな・・・なんとかコントロールして立て直したが・・・雨の日のマンホールや排水溝は危険の塊だ」

「つーかオメ、マッハは雨の日走らせたらダメだべ」

 旭がツッコミを入れる。

「でもまさかなぁ、聞いた時はさすがのオレもビビっだぜ」

「私も心配しましたよ・・・由美さん、元気になればいいんですけど・・・」

 凛と紗耶香が心配しながらつぶやく。特に凛はつい先日まで一緒に勉強していた仲なので、内心かなり心配している。

「なんかさぁ・・・オレ達に出来ることってねーのかよ・・・!?」

「リンリン・・・」

 相変わらず暗い表情だった美春が凛を見る。

「例えば・・・ゼファーをみんなで治すとかよぉ!しようぜ!?」

「それナイスだよ!私も手伝うよぉ!」

 2人が力強く言って手を握る。そして立ち上がって言い放った。

「オレ達全員協力して・・・!!」

「ゆーちゃんのゼファーを治してあげよう!!」

 すると、皆一斉にため息をついた。

「凛・・・なんのためにみんなが集まったと思っているんだ?」

 真子が呆れながら言うと、皆一斉に頷いた。

「最初っからそんつもりで集まってんだよ、笑かすなよなぁ美春?」

「へ?そうなのあっくん・・・?」

 キョロキョロと皆を見回す2人を見て、全員ガクッと力が抜けるのを感じた。

「まぁ・・・こいつらのボケは今に始まったわけじゃねーか・・・」

「まあな。ところで旭、ゼファーのパーツは持ってるのか?」

 たずねられて、旭はうなずいた。

「ウチにあるエンジンはゴンゴーだけど、カバーとか流用利くからなぁ、事故を契機にBEET仕様になんぜ?」

 すると、次は真子が手を挙げた。

「タンクに傷が無いなら、多分ハンドル周りにもダメージがあるでしょう?」

「あぁ、多分な。誰かいらねぇハンドル持ってねぇ?」

「あ、私持ってます!!」

 翔子が思い切り手を挙げる。自分の愛車が壊れた時の恩返しとばかりに張り切っている。

「後はウィンカーやらなんやら・・・みんなで作業するにはちぃと物足りない作業だが、いっちょうやるか!!」

 洋介が立ち上がると、皆一斉に声を上げた。ここに『由美のゼファー復活委員会』が発足された。











 それからさらに時間が経った頃。未だ降り続ける雨がアスファルトに叩きつけられる音を聞きながら、由美の部屋に圭太はいた。

「由美・・・少しは落ち着いた?」

 圭太は心配そうな表情でたずねると、由美は涙を拭いた。

「まだ・・・でも、少しだけ落ち着いたわ・・・」

 そうして、またうつむいてしまった。圭太はいまだかつてここまで傷ついて元気の無い由美を見た記憶が無い。圭太が何か言おうと考えていると、由美が顔をあげた。

「圭太・・・ごめんなさい・・・」

「え・・・?」

 見れば由美が頭を下げて謝っていた。なぜ由美が自分に謝るのか・・・圭太が考えていると、由美が口を開いた。

「圭太が帰ろうって言ったとき・・・私、勝手に機嫌悪くなって、うぅ・・・そ、それで酷いこと言ってぇ・・・八つ当たりも・・・!転んだ時も、迷惑・・・かけてぇ・・・!ごめんなさい・・・!」

 ボロボロ泣きながら謝罪する。今日出発前に太陽のようにまぶしい笑顔だった少女と同一人物とは思えないほどに泣いている。

 そんな由美に、圭太が手を差し伸べた。

「謝らなくてもいいよ、由美」

「え・・・?」

 圭太は由美の手を握ると、そんな彼女を見つめて言った。

「僕は気にしてないよ?だからそんな気にしないでよ。僕はちょっとおバカで笑顔のいつもの由美が良いんだからさ」

 笑顔で優しく言った。そんな圭太を見て、由美は口をパクパクとさせながら狼狽えた。

「え・・・あ、うん・・・その・・・あ、ありがとう・・・」

 そして顔を真っ赤にしてお礼を言った。

「ち、ちょっとだけ・・・元気が出たわ・・・」

「そう?よかった・・・」

「えぇ・・・でも・・・」

 再び表情を暗くさせる。そしてポケットかり割れたサイドカバーから脱落したエンブレムを取り出す。

「ゼファーちゃんには・・・・・・謝っても謝りきれないわ・・・」

「・・・今なら雨脚が弱くなってるし、様子を見に行く?」

 圭太が言うと、由美は首を横に振った。由美はエンブレムを握りしめながら再び泣き始めた。

 由美は恐れていた。自分のせいで傷ついてしまったゼファーを見るのを戸惑っていた。今の自分は、あのゼファーと顔を合わせられないと思い込んでしまっている。由美にとって・・・皆にとってバイクはただの『機械』や『道具』ではない。血の通った自分の分身であり、パートナーであり、友達なのだ。そんな愛車を傷つけてしまったという罪悪感が、由美を縛り付ける。

「ゼファーちゃん・・・!私のせいで・・・!」

 また落ち込んでしまった由美を見て、圭太はなんとか元気付けようと口を開こうとしたその時だった。





 カァン!!カァンカァン!!!!


 ブァァァ・・・!


 ファンファン!!ファァァァ・・・!!!!



 外から、雨音を遮るようにしてエンジン音が聞こえてきた。そして遠かった音が次第に大きくなっていくと、その音ひとつひとつに覚えがあった。

「え・・・!?まさか・・・!!」

 窓を開けて外を見る圭太の目に、不思議な光景が広がる。

 雨のカーテンの中を、いくつもの光をユラユラと照らしながらやってくる数台のバイク。そしてその一団が家の前に停車する。圭太は見覚えのありすぎる少年達を見て驚きを隠せなかった。

「おぅ圭太ぁ!コイツら全員集まっちまったかんよぉ!!」

 サングラスをぶら下げた少年が二階の圭太に叫ぶと、由美も外を見て驚いた。

「旭さん・・・!?みんな!?」

 由美が言うと、美春が笑顔で手を振ってきた。

「ゆーちゃん!おねぇさんが来てあげたからもう万事オッケーだよぉ♪」

「由美さーん!大丈夫ですかぁ!?」

 言いながらサンパチのアクセルを数回煽る。後ろに乗る千尋も心配そうに叫んだ。

「話は聞いたぜ!!単車のことならオレに任せろよ!」

「私にも・・・!相模湖での恩返しをさせてください!!」

「洋介さん・・・!翔子ちゃん・・・!」

 2人のフォア乗りを見て圭太が叫ぶ。すると奥にいるマッハ3姉妹も2人に手を振った。

「カワサキと言えば私達姉妹だ・・・大舟に乗ったつもりでいていいわ」

「よっし!!ゼファーピッカピカにしてやるからなぁ!!」

「凛お姉ちゃん・・・メカのこと全然分からないじゃない・・・」

「真子さん・・・凛ちゃんに紗耶香ちゃん・・・・・・」

 由美が驚きのあまり呆然としながらつぶやく。自業自得で事故を起こしたこんな自分のために、雨の中全員が集まってくれた・・・そんな光景を見て由美はただつっ立っているしか出来なくなった。

「こんで『旧車物語』メンバー全員だ・・・!みんなでゼファー治しに来たからよぉ!!ヨロシクゥ!!」

 旭が代表して言うと、皆も大きく頷いた。皆の優しげな瞳に見つめられて、由美はただただ涙が止まらなかった。そんな由美の肩を隣にいた圭太が軽く叩いた。

「ほら由美・・・!みんな待ってるよ?一緒に行こうよ?」

 そして由美の顔を覗くと、由美は涙と鼻水とでぐちゃぐちゃになった泣き顔でみんなに改めてお礼を言った。

「みんなぁ・・・!!ありがとう・・・!!」

 


『翔子と紗耶香のマニアック旧車談議!』


この放送は『旧車物語』の読者の皆さまの提供でお送りします。



翔子「お久しぶりです。もう忘れてしまっている人も多いのではと思いますが・・・」

紗耶香「今日も宜しくお願いします・・・!」

翔子「さて、紗耶香さん。今日はどんなバイクを紹介してくれるんですか?」

紗耶香「はい!今回はですね・・・みんな大好きカワサキさんが生み出した名車です!!それでは!!」


KAWASAKI W1S

1966年~1973年まで販売


紗耶香「今回はカワサキ初の大排気量車!現在でも人気のあるW1シリーズです!!」

翔子「本当に旧車ですねぇ・・・1966年!」

紗耶香「このバイク・・・実は元はカワサキさんのバイクじゃなかったんです」

翔子「え?カワサキじゃないというと・・・?」

紗耶香「もともと『メグロ』というメーカーの『K1』」というバイクだったんですけど、メグロがカワサキさんに吸収されて、K1をベースに改良されたのが『W1』なんです」

翔子「また・・・波乱万丈な人生(?)ですね・・・」

紗耶香「しかもこのW1・・・なんと初期型は当時の英国式の左ブレーキ、右シフトチェンジ・・・今と真逆だったです」

翔子「あ・・・それは聞いたことがあります!」

紗耶香「そしてそのW1の改良型が、W1Sです。これは従来の右ブレーキ左シフトになって、タンクデザインも一新されました!!キャブレターもシングルからツインに変わり動力性能アップです!」

翔子「今では当たり前のことも、当時は試行錯誤の繰り返しだったんですねぇ・・・」

紗耶香「そうですねぇ・・・それでは今回の紹介はこれで終了です!」

翔子「次回もお楽しみに!!・・・と言っても、読んでくれてる人はいるんですかねぇ・・・」

紗耶香「それを言わないでください・・・」






というわけで、お疲れ様でした!!←ナニ

次回も宜しくお願いします!!

ご感想ご指摘などありましたら宜しくお願いします!!それでは!!

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