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旧車物語  作者: 3気筒
29/71

第29章 ガス代を稼げ!!

「いらっしゃいませー!2名様ですか?おタバコは・・・?それではあちらの席へどうぞ」

 男女のカップルを喫煙席に案内して、由美がため息する。

「はぁ・・・こんな時期になにやってるのかしら、私・・・」

 はぁ、とまたため息。先ほどの客にお冷やを出して注文を受け取る。そしてお決まりの挨拶と笑顔で厨房にオーダーを通す。

「こんなウェイトレスみたいな格好、二度とすること無いと思ってたのになぁ・・・はぁ」

 ウェイトレスとメイドの間みたいな少し派手な制服を見てまたため息。しかしすぐに気を引き締めると、男性客が帰りの支度をしている。レジに立ち、呟く。

「これも愛するゼファーちゃんの為・・・やるっきゃ無いわ!!」

 由美が働いているのは、去年まで働いていた親戚の喫茶店だった。なぜこんな所でバイトしているのか。それは昨日にさかのぼる・・・











「ガスが無い・・・!?」

 お泊り会から3日。学校が終わり、今日は学校の友達の家に遊びに行くと言うときに由美は悲鳴を上げた。

「そ、そんな・・・!ツーリングの帰りに給油してまだ1週間と経ってないのに・・・!」

 言いながら、スターターを連打するが、無駄にセルが鳴るだけで無情にもエンジンはかからない。タンクの中には雀の涙ほどのガスすら入っていない。

「まてまてまて・・・落ち着くのよ由美・・・!確か・・・」

 お泊り会の帰りに、翔子を高尾まで送りに行った帰り、かなりのスピードを出した気がする。

 一昨日は近所のコンビニまで。昨日は少し遠出して隣町まで買い物にいった。そこで好きなブランドのTシャツを2枚買った。テンションが上がってかなり吹かしたり回したり遠回りで帰った気がする・・・

「ちょっと調子に乗りすぎたかしら・・・」

 またガソリンを入れなければならない現実に、由美は自分の財政のコトを思い出す。

「横浜とか峠にツーリングに行ったから、今月はもうピンチなのに・・・」

 気付けば5月ももう終わり、月末まで後少しだ。由美は母から毎月5000円のお小遣いを貰っている。それに自分の貯めていた貯金を切り崩しながら日々生活していたが、バイクを購入し大幅に減った貯金はすぐに無くなってしまうので、なんとかあまり手を付けずに小遣いだけでやりくりしていたのだが、バイクに乗って2回も中距離ツーリングに行ったり、それでなくても普段乗り回す由美に普段の生活費込み5000円程度の小遣いでは雀の涙。貯金はさらに少なくなり、小遣いは潰えた。そして、由美は財布の中身を確認して愕然とした。

「お、お札様が・・・1枚も無いですって!?」

 札入れにあるべき札は無く、小銭入れに銅色の硬貨と銀色のギザギザ硬貨が3枚しか無かった。

「こ、これじゃあいくらも走れないじゃない・・・!」

 昨日買ったTシャツ2枚を本気で恨む。

「なんてこと・・・これじゃあお小遣いの日までゼファーちゃんに乗れないじゃない・・・!」

 シートを叩きながら叫ぶ。いっそ、どこかの幼なじみにして想いを寄せる彼にお金を借りようかとも思ったが、負けず嫌いの由美はすぐにその考えを捨て、握り拳を作って空を見上げる。

「私は甘えていたわ・・・ゼファーちゃんを維持するにはお金がかかる・・・そんなことも忘れて遊び惚けていたのよ・・・!」

 そして、ラオウが如く拳を天高く突き上げた。

「お金を稼いで、ゼファーちゃんのガス代を稼ぐわよ!!」

 こうして、由美は早速友達に連絡をつけて遊べなくなったことを詫びて、一応母にねだってみて玉砕してから、親戚に電話した。








「ありがとうございました〜!」

 帰っていくサラリーマンのくたびれた背中を見送り、ため息した。

「由美ちゃん、頑張ってるかね?」

 後ろから、店主にして親戚のおじさんがニコニコしながらたずねる。

「はい!それはもう、ゼファーちゃんの為なら!!」

「そうかそうか!素直だねぇ由美ちゃんは。心配しなくても、今日ちゃんと働いてくれたら日当は出すよ」

 おじさんが笑いながら言うと、由美も笑顔で「ありがとうおじさん!!」と言った。


 この喫茶店、「Yesterday」は由美の母の弟が営業している。住宅街の中にあり、店内はジャズが似合うようなシックな作りで、ジュークボックスが今でも稼働しているレトロ感が好評。その為午後になると近所の主婦や近くの大学生がよく利用しにやってくる。今日は客はまだ少ない方だ。

「じゃあ、今日は頑張ってね?」

 おじさんは言いながら店の奥へと消えた。

「まだ5時半・・・あと4時間半かぁ・・・というか、この時間だともしかしたら学校の友達とかが偶然遊びに来るかも・・・こんな格好、死んでも見られたく無いわ・・・」

 ヒラヒラのスカートを摘んで1人呟いた。

 学校上がりで直接来たので、まだ仕事を始めて30分しか経っていない。混む時間は終わっていて、これから閉店22時までかなり時間を持て余す。まぁ、客が来ない間はテーブルの掃除をしたり床を拭いたりとやることはあるが、忙しくは無い。そのせいで集中力がキレて時間が進むのが遅く感じてしまうのだ。

「ま、とりあえず頑張りましょう!待っててねゼファーちゃん!!」

 1人気合いを入れて『さぁやるぞ!』と言う時に、外から聞き覚えのあるエキゾーストノートが近づいてきた。



 カァァァァァ!!バリバリバリバリ・・・!!バン!!!



「このカミナリみたいなバリバリ音・・・まさか・・・」

 恐る恐る窓から店外の駐車場を見ると、そこには見覚えのありすぎる真っ赤なバイクが白煙を辺りに撒き散らして停車していた。

「な、なんでよりによってこんなトコに来るのよ・・・!?」

 やがて乗っていた2人の男女が店内入り口に向かって歩いて行ったのを見て、由美は何故か隅に隠れた。


 カランカラン・・・♪


 入り口の鈴が来客を知らせる。入って来た2人の客は入り口で店員を呼んだ。

「おーい、2人なんだけど〜?あれ、店員さん?」

 男性客が言う。壁に隠れているつもりなのだろうか、店員がしゃがみ込んでいる。が、文字どおり頭隠して尻隠さず。バレバレだ。

「あんたなにやってんよ?早く案内してくれ」

 男性が若干イラつきながら言うと、その後ろからひょこりと顔を出した女性が声を上げる。

「あれれ?あっくん、あれゆーちゃん・・・?」

「はぁ?なんで由美ちゃん?違ぁーべぇ」

「んー?あのお尻の形はゆーちゃんだと思ったんだけどなぁ・・・」

「オメーてやっぱバカだろ・・・つかなんで由美ちゃんの尻の形なんざ覚えてやがんだてめえは。しかもあれスカートはいてるのによくわかんな・・・」

「いやぁ、ゆーちゃんのお尻は小ぶりで可愛いんだよぉ♪お泊り会の時も思わずスリスリしちゃった♪」

 そんな2人の客の会話を聞いていた由美は、とうとう我慢出来なくなって立ち上がり叫んだ。

「なに私のお尻にスリスリしてんのよ!!!」

「ほら、やっぱりゆーちゃんだよ」

 由美がスカートごとお尻に手を当てて叫ぶと、ニコニコ笑いながら女性・・・真田美春が得意顔で言った。

「マジかよ・・・つかなんで由美ちゃんがンなトコで・・・?」

 驚き顔で男性・・・霧島旭がたずねるが、由美はそれには構わず美春に詰め寄った。

「美春ちゃん・・・!なにスリスリって!どういうこと!?」

 かなり恐ろしい形相で詰め寄るが、美春はニコニコしながら言った。

「んー?お泊り会の時、朝起きたらみんなまだ寝てたからみんなの可愛い寝顔を観察してたんだけど・・・そしたらうつ伏せで寝てたゆーちゃんはお尻が可愛いかったからほっぺたでお尻スリスリしちゃったのだ♪」

 しちゃったのだ♪とかほざきながら笑う変態を前に、由美は自分の血管がキレる音を確かに聞いた。が、キレるワケにはいかない・・・全てはゼファーちゃんのため・・・!!

「ま、まぁいいわ・・・その件については後日問い質すとして・・・旭さん達は喫煙席よね?」

 由美がたずねると、旭はうなずいた。

「店員さん、よろしくな?」

 旭もニヤニヤ笑いながら言うと、恥ずかしがりながらも由美は2人を案内した。






 2人のオーダーはアメリカンコーヒーとウィンナーコーヒー、それとホットケーキが2つだった。奥の席に陣取る2人を店の入り口にあるレジで見つめていると、先ほどのやりとりを見ていたおじさんが由美に話し掛けてきた。

「由美ちゃん、あそこの2名様はお友達かな?」

「あ、はい」

 2人が旭達を見ていると、なにやら静かな店内で旭の大きな声が所々聞き取れた。

「んでよぉ・・・っーわけでさ・・・クシャクシャにしてやったワケよ・・・血だらけでよぉ、笑っちまうべぇ・・・」

 所々しか聞き取れなかったが、間違い無くいい話しではないだろう。美春はニコニコしているが・・・

「彼らはその・・・暴走族かなにかかな・・・?」

 おじさんが問うと、由美は苦笑いして否定する。

「優しいお兄さんと、ちょっと変態だけど可愛いお姉さんよ」

 由美が言うと、おじさんはふむ、とうなずいた。しばらく2人の会話を聞いていると、今度は美春の声が所々聞こえてきた。

「でねぇ・・・ゆーちゃんはぁ・・・で、しーちゃんは・・・が綺麗でぇ・・・ちーちゃんはマニア向けだねぇ♪」

 所々しか聞き取れなかったが、ろくな話しではないだろう。

「訂正するわおじさん・・・怖いお兄さんとただの変態だったわ」

「そのようだ・・・」

 2人はとりあえず仕事に戻った。






「お待たせいたしました」

 旭達のテーブルにカップを2つとホットケーキを2枚置いて、伝票を下に向けて置いた。

「ありがとゆーちゃん♪」

 美春が笑顔で言う。

「ところで・・・なんでんなトコで働いてんよ?」

 旭がアメリカンコーヒーにミルクと砂糖を入れながらたずねる。どうやら甘党らしい。

「親戚のおじさんのお店なのよ。で、ゼファーちゃんのガソリン代を稼ぐために期間限定で働かせてもらってるの」

 由美が言うと、旭はニヤリと笑った。

「由美ちゃん、なにげ回す乗り方すっからなぁ?エンジンにも財布にも悪いからやめときな?」

「お互い様ですよ〜だ」

 由美が小さく舌を出す。

 すると旭が急にソワソワしながら由美にたずねた。

「んなコトよか由美ちゃん・・・あのジュークボックスって動くんか?」

 旭が指差す先に、古いジュークボックスが鎮座している。ジュークボックスとは、中にレコードが何枚も入っていてお金を入れて好きなレコードを選ぶとそのレコードを流してくれるのだ。

「あぁ、あれは100円で確か4曲くらい聴けた気がするわ・・・多分まだ動くと思うけど・・・」

 由美が去年働いていた時のコトを思い出す。おじいさん2人が懐かしいと言いながらお金を入れて音楽を聴いていたと思う。

「マジか!?おっしゃあ!オレイッペンで良いからジュークボックスで音楽掛けてみたかったんよ・・・!!」

 言いながら立ち上がり、ジュークボックスの前に立つ。100円を投入して曲目を見ながら選択すると、軽快な音楽が流れだす。

「おぉ!きたきた!!ビートルズの『ロールオーバー・ベートーベン』!!」

 ピアノとバンドミュージックに続いてヴォーカルが入る。

「コレコレ!最っ高!!」

 言いながら、旭が踊りだした。片側の足と上半身を反対に捻りステップを踏む。

「なにこれ・・・」

 いつになくハイテンションで踊りだす旭を見て由美が美春に問う。

「ツイストダンスだよ?こーゆーロックンロールに合わせて踊るんだよ。私も踊ろ♪」

 言いながら、美春も席を立つと旭の側で踊りだした。周囲の他のお客さんもなんだなんだと目線を送る。

「イヤッホーゥ!!」

 旭が叫びながら踊っていると、おじさんも何事かと見に来た。

「あ、おじさん・・・!」

「なかなか懐かしいもんだねぇツイストなんて・・・」

 おじさんが感心しながら見ている。

「いいんですか、踊らせちゃって・・・?」

「いいんじゃないかい?他のお客さんもまんざらでもなさそうだ」

 見れば他のお客さんも手拍子を送ったりしている。旭が踊りながらクシでリーゼントを流すとおばさん客2人が盛り上がった。

 2人はそんな旭達を眺めていると、やがて曲が終わり拍手が起きる。次の曲を旭が選んでいるときに由美達の後ろ、すなわち入り口から男の声が響いた。

「んなトコでなに踊ってんだよ旭ぁ」

 由美達が驚いて振り向くと、そこには洋介が立っていた。

「あ・・・?んだ、洋介か」

 旭が曲選びに夢中になりながら適当に挨拶すると、洋介は由美には気付かずに笑いながら続けた。

「偶然通りかかったら、どっかでみたよーな単車があったからさ、店内見てみたらリーゼントが踊ってんの、笑っちまったよ」

 へへへ、と笑いながら言う。店内のボリュームが大きすぎて洋介のフォアの音に気付けなかったらしい。GT380の隣に真っ赤なCB400Fourが停まっている。

「で、オメェはなにしにきたんよ洋介?」

「いやあよ、オレのフォアのエンジン、今の状態で走るの今日で最後だからさぁ」

 それを聞いて、旭はジュークボックスをいじる手を止めた。

「なるほどぉ・・・?んで?」

 旭がたずねると、洋介は不敵に笑った。

「オレのフォアが君たちとは比べものにならない別次元への究極進化を遂げる前に、一度お前と白黒はっきりつけようと思ってな・・・?」

 それを聞いた旭はジュークボックスのボタンを軽く押した後、怒りすぎて逆に笑顔になった恐ろしい顔で振り向いた。

「なるほどぉ・・・ついにかぁ・・・?」

「ひとっ走り、どうよ?」

 洋介の問いに、旭は当たり前というように答えた。

「じゃあ今から早速ヤルかよぉ?フォアなんかに負ける気しねーけどなぁ・・・?」

「今まではいい勝負してやってたけどよ・・・?それも今日までだ!」

 2人は睨み合いながら店外に出ていった。そして自分達の愛車に火を入れると、爆音を辺りに轟かせながら走り去っていった。

「み、美春ちゃん・・・?」

 残された美春に由美がたずねると、美春なニコニコ笑いながらコーヒーを飲んでから言った。

「あっくん嬉しそう♪」

「い、いや・・・あれキレてたじゃない?何するの?」

「仲良く走るだけだよぉ?」

 美春が笑いながら言った後、「ちゃんと迎えに来てねぇ〜」と消えていった道に呟く。店内はジュークボックスから流れる『監獄ロック』のみが支配していた。






 しばらく由美は自分のすべき仕事をキチンとこなし、美春もウォークマンで音楽を聴きながらマンガを読んで時間を潰していた。しかし、外からまた聞き覚えのある別のサウンドが響いてきた。



 ブワッパァァァァア!!カンカンカンカン・・・!!!

 パイーンパイーン!!パンパンパンパン・・・!



「このくぐもった爆音と軽い音もどこかで・・・」

 由美は嫌な予感に襲われた。

「まさかね・・・まさか、そんな偶然はあり得ないわよ・・・」

 由美は呟く。しかし窓を見ないあたりもう諦めているのか。


 カランカラン・・・♪


「あ!見ろよ本当にいたぜ紗耶香!」

「あ、こんばんわ・・・」

「だぁぁぁぁから!!なんであなた達まで来るのよ!!」

 今しがた入り口から入ってきた凛と紗耶香に、由美がキレた。ズカズカと歩いていき抗議する。それにたいして凛はいつもの偉そうな態度で口を開いた。

「いやな?姉貴達と流してたら、リーゼント達と遭遇してさ、3人でレースするコトになったから2人はこの喫茶店に行けって言われてよ。オレもやりたかったんだが、姉貴の顔が怖くてさ・・・イジメられたくないし、お前がここで働いてんの見て笑うのもアリかな、ってな!」

 がはははは!とポニーテールを揺らして豪快に笑う凛。それを見て由美は頭を押さえた。悪い夢なのかと疑いたくなる。

「由美さんの着てる制服、可愛いですね?」

 一方、紗耶香は紗耶香で笑いながら由美の着ている制服を見て言う。同じ双子なのに、紗耶香の瞳にはからかいや嘘偽りと言った邪念が無いのだから不思議だ。

「由美ちゃん・・・?彼女達もお友達かい・・・?」

 今にも発狂しそうな由美を見かねて、おじさんが声を掛ける。

「おうよ!オレは由美の大親友、赤城凛様だ!」

 はっはっは!と笑いながら勝手に自己紹介する。

「あー、とりあえずあそこで自分の世界に入ってマンガ読んでる奴の席でいいや」

 言って紗耶香の腕を引っ掴んでズカズカと美春の席に歩いていく。

「由美ちゃん・・・」

「おじさん言わないで・・・うるさくしないようには言っておくわ・・・」

 こめかみを押さえて精神を落ち着かせる由美の肩を、おじさんはやさしく叩くことしか出来なかった・・・







「お冷やどうぞ。ご注文はお決まりですか?」

 由美が美春達の席に行くと、美春と双子の姉妹は楽しそうに話していた。

「あ、由美ちゃん見てぇ!リンリンとサヤリンが来たんだよぉ!!」

「とっくに知ってるわよ・・・」

 由美が呆れながら言う。もはや彼女達には普段の接客は必要無いのではと思い始めていたが、他の客の眼もあるのでほどほどにする。

「あ、由美!あれやってくれよあれ!!」

「あれってなによ?」

 はしゃぐ凛に由美が問うと、凛は笑いながら言った。

「お帰りなさいませご主人様♪とかさ・・・ぎゃははははは!!」

 完全にバカにしている。

「あ、いいねぇゆーちゃん♪やってやってぇ♪」

 美春もニコニコしながら由美に言う。

「それでは、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。無いなら帰ってくだい」

 由美は華麗にスルーした。後ろからブーイングが聞こえるが、それも無視。由美はまた自分の仕事に精を出すことに集中した。









 少しの間仕事に専念していると、おじさんに呼ばれた。

「由美ちゃん、休憩行って来なさい。15分ね」

「ありがとう!」

 由美が言うと、おじさんは笑いながら由美にもう一言言った。

「なんなら、あそこにいるお友達と一緒の席で休憩してもいいよ?」

 おじさんが美春達の席を指差す。が、由美はそれを見て断った。

「大丈夫よおじさん、あんなのといたら休憩で疲れちゃうわよ」

「そうかい?じゃあコーヒーでも飲んで休んでいなさい」

「え、いいの?」

 由美がたずねると、おじさんは笑いながら厨房に入っていく。

「今入れてあげるから、裏で待ってなさい」

「ありがとう!」

 由美はおじさんにお礼を言ってから、厨房裏にある事務室のような場所で休憩を取ることにした。








 それから15分後、由美は仕事に戻った。時計を確認すると、時間は20時を指していた。

「あと2時間・・・頑張るわよ私!」

 今まで旭や美春や凛達に邪魔をされて少し忘れていたが、これもゼファーちゃんの為・・・由美はそう思い直してまた仕事を始めた。すると・・・

「おーい店員さーん!!」

 その声に一気にテンションが下がる。振り返ると、奥のテーブル席から凛が呼んでいた。

「ご注文は決まりましたか?」

 由美がたずねると、凛がオーダーを伝える。

「カプチーノとアメリカン。それから・・・この日替わりケーキ3つ」

「3つ?」

「あぁ、美春にも奢ってやるからさ。紗耶香が世話になった礼にな」

 凛が言うと、美春はパァッと笑顔になった。

「リンリン優しいねぇ♪」

「抱きつくな・・・!まぁ、それだけだ」

 凛が照れながら美春を引き剥がすのを見て、由美はフッと笑った。

「案外優しい所もあるじゃない?」

「き、今日だけ特別だ・・・!二度と無いからな・・・!?」

 照れながら言う凛に、由美は好印象を抱いて、オーダーを厨房に通す為に踵を返す。

(ただ邪魔しに来たのかと思ったら・・・美春ちゃんにお礼するためだったのね・・・可愛い所あるじゃない)

 由美が1人考えに耽っていると、後ろから凛達の声が聞こえた。

「あれ・・・?ってもしかして・・・」

「けーちゃんかなぁ?」

「おぉ間違いねぇ、圭太だ!」

「嘘っ!圭太が・・・!?」

 由美が慌てて彼女達の席に振り返って窓際に走る。暗くなった外を目を凝らして探るが、圭太は愚か人っ子1人いない。

「あれ?どこ・・・?」

 由美が外から視線を隣の美春達の席に向けると、美春と凛がテーブルに突っ伏して笑っていた。

「くくくく・・・!!た、単純すぎる・・・!!くふふふ・・・!!」

「ゆーちゃん可愛い・・・♪ぷぷぷぷ・・・!」

 もはや言うまでも無いが、2人は由美をからかっただけである。必死で窓の外を探す由美を見て笑っていた。

 ゴゴゴゴゴゴ・・・!


「あー可笑しかったぁ♪ゆーちゃんナイスだったよぉ♪」


 ゴゴゴゴゴゴ・・・!!


「まさかあんな簡単に引っ掛かるなんてさ・・・!ひひひ!!」


 ゴゴゴゴゴゴ・・・!!!


「り、凛お姉ちゃん・・・!?」


 ゴゴゴゴゴゴ・・・!!!!


「あん?どうしたんだよ紗耶香?そんなバケモンでも見たような顔し・・・て・・・」


 ゴゴゴゴゴゴ・・・!!!!!


「あれ・・・ゆーちゃん・・・?」


 プチン・・・!!!!!!


「2人共ぉぉぉぉぉお!!!!!!!」


 ゴチン!!ゴチン!!








「失礼します、こちらカプチーノとアメリカンと、日替わりケーキでございます」

 由美が慣れた手付きでカップと日替わりケーキのモンブランをテーブルに置く。

「わーい、ケーキだケーキだー」

「わーい、おいしそうだなー」

「あぅあぅ・・・」

 テーブルに座る2人の反応と、頭に出来た特大たんこぶを見て紗耶香がオロオロしている。

 由美は真っ赤になった拳をさすりながらお盆を脇に抱えてテーブルを後にした。

「うぅ・・・ちょっとからかっただけなのにぃ・・・」

 美春がたんこぶを擦りながら呟く。

「由美を怒らせるのもほどほどにしないとな・・・」

 凛も目に涙を溜めて誓った。そして2人はモンブランを口に運ぶと・・・

「か、辛ひぃぃぃぃぃい!!!」

「み、水水水ぅぅぅぅう!!!」

 叫びながらコーヒーを一気に口に運び・・・

「あっちぃぃぃぃい!!」

「冷たいお水ちょーだい・・・!!!」

 美春が叫ぶ。紗耶香が2つのコップに急いでお冷やを注ぐと、2人は一気に飲み干す。

「あ、熱辛かったよぉ・・・」

「はぁはぁ・・・!おい由美!!ケーキに何入れやがった!?」

 凛が向こうで作業している由美に怒鳴ると、由美はこちらに歩いて来た。

「なにか用ですかお客様?」

 けろっとした態度で立っている由美に凛が怒鳴る。

「お前、ケーキになにしやがった!?」

「お客様、私はケーキになにもしていません。それから他のお客様の迷惑になりますのでお静かに願います」

 仕事顔で接する由美に凛が怖じけつく。目がマジだ。

「あ・・・それから」

 由美がポンと手を叩いていつもの笑顔で凛の耳元でささやく。

「もしこれ以上邪魔するなら、真子さんに言って今度からあなたの躾を厳しくしてもらうかも・・・なんでもあの人・・・究極のどSらしいじゃない?鞭とか縄とかローソクとか・・・大変なコトになるかも知れないわねぇ?」

 それを聞いた凛は、その事を想像してカチンコチンに固まった。

「あと美春ちゃんもちょっと・・・」

 美春の耳元でも、同じようにささやく。

「この前美春ちゃん、旭さん家で朝から内緒でお酒飲んでて、遊びに来た私のこと襲ったのよねぇ・・・あの後お酒処分したのは私なのよ・・・?それと、こないだのお泊まり会でもお酒飲んだわよね?禁酒令が出てるのに、旭さんに報告したらどーなるかしらねぇ・・・?」

 由美の言葉を理解した瞬間、美春は泣きそうな顔で固まった。由美はニッコリ笑って2人の肩をぽんぽんと叩いた。

「まぁ、そういうことだから!わかったわね?」

「「は、はいぃ・・・」」

 2人はかなり小さくなって由美に頭を下げて絶対服従するしかなかった。

「それではごゆっくり・・・あ、紗耶香ちゃんのモンブランは甘くて美味しいわよ?このお店の自慢なんだから!」

 由美がいつもの笑顔で言ってから立ち去った。紗耶香は姉と美春とモンブランを交互に見つめて口を開いた。

「わ、私のケーキ3等分して分けて食べよう?ね?」

「私は大丈夫だよぅ・・・気にしないで・・・?」

「オレもいい・・・今のオレには甘すぎる・・・」

 すっかり怯えてしまった2人を見て、紗耶香はあたふたすることしか出来なかった。









 それから30分後、外から近所迷惑な爆音を轟かせて3台のバイクが駐車場に滑り込んできた。そしてしばらく経つと3人の客が店内に入ってきた。

「バッカオメぇ、オレんサンパチがイットーだっての!!」

「ヨンフォアだって・・・」

「ま、誰が来たって直線ならマッハが1番よ」

「いらっしゃいませ、どうだったの?」

 由美がたずねると、旭がため息して答える。

「いやぁ、街道爆走してたらオマワリ来ちゃってよぉ・・・バックレたから勝負つかずだ」

 信号守ってんのによ〜、とぼやく。

「危ないからやめてくださいよ?なにかあったら美春ちゃんだって心配するんだから」

 由美が言うと旭は申し訳なさそうに頷く。

「由美ちゃん、うちの妹達がお世話になってるわね」

 後ろで真子が手を振る。

「ホントに、同じ双子であぁも違うんだから、驚いちゃったわ」

「全くね・・・」

 2人が苦笑いしていると、奥の席から声が上がった。

「あっくーん、おかえりぃ♪」

「姉貴ぃ、早く来いよ!」

「あそこのとなりの席についてね。すぐお冷や持っていくから!」

 由美が言うと、3人は笑いながら席に歩いていった。







 それからしばらくして席を見ると、相変わらず奥の客席は賑やかだった。

「だっから言ってんじゃんか、ビーエックスなんざすぐにブーム終わるぜ?」

「いやぁ、わかんねぇぜ?2型なんか軽く200万いく時あるし・・・」

 旭と洋介が話していると、真子と紗耶香も会話に参加する。

「確かにCBXは人気が高くなったが・・・他のホークやヨンフォアなどは徐々に下がって来ているみたいだな・・・」

「意外と昔数が出回ってたみたいですし、輸出もされてましたからね・・・逆にマッハやKH、RZの250にも最近は高額な値段がつくことも増えましたよね・・・」

「あぁ、でもそれをさらに逆手に取っちまえば、一般の奴や若い奴らもヨンフォアやホークが乗りやすくなるっつーこったな」

「盗難が多いのが難点だけどさ・・・」

 旭と洋介が悩む。価値ある旧車は常に窃盗団との睨み合いだ。

「他の人達が安全に乗れるような社会になればいいんですけどね・・・」

 紗耶香がミルクたっぷりのコーヒーを飲みながら言う。

「族が狙ってくるのはもちろん、最近は一般人を名乗る旧車會の人間もそのマナーが問われているみたいだからな・・・」

 真子が言うと紗耶香も気弱に頷く。

「ウチん地元ぁ現役のガキはオレらが押さえてんから、現役の盗難事件は少ないけど、顔も知らねぇよーな旧車會の先輩らには口出し出来ねぇかんなぁ・・・」

「ま、それでもウチん地元の旧車會は大丈夫だろう。今ン所、そういう話聞かないだろ?」

 洋介が言うと、旭も「まぁな」と頷く。

「もっといろんな人に、旧車の楽しさを知って欲しいですね・・・そのために出来ることがあれば・・・」

「新車が売れない時代だし、1番元気があった、熱かった時代の日本のバイクに乗ってみたら何かが変わるかも知れないしね」

 紗耶香と真子が言うと、旭と洋介もコーヒーを飲みながら考える。どうやらかなりマジメな話のようだ。一方・・・

「うぅ・・・赤僕は何度読んでも泣ける話だよぉ・・・」

「あぁ・・・この兄弟愛は、今の時代の子供達にも読み継がせたい素晴らしい作品だぜ・・・」

 持参したマンガを美春と凛が泣きながら読んでいた。

 そんなこんなで時間は過ぎて、時刻は閉店10分前の21時50分。

「いやぁ、由美ちゃん今日はサンキューな」

「ゆーちゃんまたねぇ♪」

 店先で旭と美春が挨拶すると、洋介も手を振った。

「気を付けて帰ってね!また近い日に遊びましょう!?」

 由美が言うと、旭達はエンジンを掛けて手を振って去っていった。

「じゃあ、私達も行くわね。次はあなたともゆっくり話したいわ」

「由美、長い間邪魔したな!また来るぜ!」

「次は静かにしなきゃダムだよぉ?」

 赤城姉妹と由美は1人1人握手すると、3人もまた白煙をなびかせて帰路についた。

「ふぅ・・・疲れたぁ」

 皆が去った場で一息ついていると、中からおじさんが出てきた。

「お疲れ由美ちゃん、今日は頑張ったね」

 言いながら茶封筒を由美に渡した。

「頑張ったご褒美に少しだけ色つけといたから」

「ありがとうおじさん!」

 由美は茶封筒を受け取っておじさんにお礼を言った。

「じゃあまた困ったら相談に来なさい、今日は気を付けて帰ってね」

「うん!」

 言って、2人は店内に消えていった。








「よし、それじゃあ帰りますか」

 由美は自転車に跨がって1人呟く。今度は自分も今日のようにみんなと話してみたいと考えながらペダルを漕ぐ足に力を入れて踏み込もうとしたその時、遠くから聞き覚えのある・・・いや、1番好きな音が聞こえてきた。そしてだんだん近づいてくる。


 ファァァァァア・・・!ヒュルヒュルヒュル・・・!!!


 そして由美の目の前に、ブルーで美しいラインを持つバイクが止まった。

「あれ・・・?自転車だったの・・・?」

「どうしてここに?」

 由美が笑顔でたずねると、バイクの上でヘルメットを脱いだ少年が困ったような顔で答えた。

「旭さんと美春さんから電話が掛かってきて、由美が今日帰り遅いし歩きだから迎えに行けって・・・」

 自転車だったのかぁ、と呟く少年。それを見て、由美は美春に心の中でお礼を言って自転車をまた店の奥に戻した。

「あれ?なんで自転車しまうのさ?」

 少年がたずねると、由美は笑顔で言った。

「たった今歩きになったのよ!後ろ乗せてね!」

 言いながらリアシート横に掛かっていたヘルメットを被って勢い良く乗った。

「おわっ・・・!危ないなぁ」

 バランスを崩しかけたバイクを少年がなんとか立て直すと、由美は彼の腰に手を回した。それを確認して、少年はゆっくりアクセルを開けた。

「今日はどうだったの?」

「みんな騒がしくて大変だったわよ、楽しかったけど!」

 由美が言いながらさらにぎゅっと抱き締める。

「それならよかったよ」

 少年は馴れているのか、そのまま運転に集中する。

「ねぇ圭太・・・」

 由美が彼の名前を呼ぶ。

 彼は前を向きながら返事をした。

「ん?なに?」

 すると由美は笑って

「呼んだだけだよ」

 と答えた。

「なんだよそれ・・・」

 少年も笑いながら少しスピードを上げた。2人を乗せたZ400FXは夜の道路に真っ赤なテールランプを伸ばして走り去っていった。

 


と、いうわけでして・・・今日はラジオの放送はお休みします。

前回投稿した時、『今回が最後の投稿になってしまう可能性が高い・・・』などと言ってしまいましたが、結果はご覧のとおりでして・・・汗

実はわたくし、風邪を引いてしまいまして、お仕事がお休みになってしまったんですね・・・

それでおとなしく寝ていたのですが、ふと気づけばもう次話が出来上がっていました・・・

なので、訂正します!今日こそ最後の更新です!前フリとかでは御座いません!今回が今年最後の更新となります!!今回は温かい感じのお話を書きました!いかがだったでしょうか!

それでは、皆さんからのご意見ご感想沢山お待ちしています!!来年も『旧車物語』を宜しくお願い致します!!それでは良いお年を!!


3気筒

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