第19章 横浜 港風
今回はバイク少なめです汗
ギャァァァア!!クァァァァァアン!!!
真子はひたすらに高速を走らせていた。しかし走れども走れども一向に由美達の姿は見えない。正直、これだけ飛ばすとガスが危うい。燃費の悪さも同年代のバイクでトップクラスのマシンを減速させる。
「まさか・・・いや、ここまで来たら間違いない・・・!」
2人はすでに高速を降りているのではないか?もし先を走っているならば、なぜハンデが必要なのか?これだけ速ければ逆に自分がハンデを貰わなければならない。ならば、2人は高速を降りたと考えた方が正しいと真子は考えた。
「私としたことが・・・!」
真子は悔しそうに目を細めながらつぶやいた。
「仕方がない・・・今はガスが重要・・・!」
真子は舌打ちして、高速を途中で降りた。高速での立ち往生は危険なうえ、姉妹にも迷惑を掛けてしまう。真子は恨めしそうな顔で今降りた高速の高架を見上げながらスタンドに向かった。
一方、由美と圭太はやはり途中で高速を降りていた。しかもかなり速い段階で降りていた。あの由美が転倒しかけたコーナーから近い「本牧産業道路」付近の出口で2台のカワサキが停止していた。その側で由美と圭太が座って待っていた。
「上手くいったかしら・・・?」
由美が出口を見つめながら問う。旭の作戦内容は
「まともに張るのは得策じゃないから、途中本牧の出口で降りる」だった。ちなみに「エンジンのプラグを抜いて時間稼ぎをする」とは由美も圭太も聞いていなかった。
「多分大丈夫だよ。それより由美・・・」
「なに?」
「さっきのアレだけど・・・」
さっきのアレとは由美が高速コーナーで飛びかけた話である。
「あぁ、あれね・・・」
由美が少しバツが悪そうにする。自分の腕の過信が誘発させた事故寸前の出来事に、圭太は少しキツめに注意する。
「ダメだよ、調子に乗っちゃ!今回はたまたま無事だったけれども無茶しちゃダメだからね!!」
圭太が珍しく怒った。由美を心配しているからこそ、圭太は力を込めて由美に言った。
「ご、ゴメン・・・」
由美は圭太の気迫に押されて素直に謝った。あれはどうしたって完全無欠に自分が悪い。今回は由美が素直に謝った。
「まぁ無事だったからよかったけど・・・」
圭太がため息をつく。由美もつられて「はぁー」とため息。
「でも、やっぱり旭さんには内緒にしといた方がいいよね・・・?」
圭太が由美にたずねると、由美はそれこそマッハ並みのスピードでコクコクうなずく。もしこれが旭の耳に入ったりなぞしたら・・・
「考えただけでも恐ろしすぎるわ・・・!」
「だよね・・・」
それから2人はバイクがどこか壊れていないかを確認する。
『旧いバイクは、高速走ったら確認したほうがいいですよ』
と翔子に言われたのだ。旧いバイクはいろいろなところでガタが来ているので高速走行の振動などでネジやウィンカーが取れて配線で繋がったままぶら下がっていたり、オイル滲みが目立ったりすることがある。
2人が一通り確認を終えた時、出口から聞き覚えのあるエキゾーストが数台分聞こえてきた。
「ゆーちゃーん!けーちゃーん!」
美春が叫びながら手を振る。いつも元気な人だ。
由美達の前で4台が停まった。ようやく皆そろった。
「作戦は!?」
由美が旭にたずねると複雑そうな顔をしながら答える。
「あんまし、完全に成功とは言えねぇなぁ」
「何でですか?」
由美が不思議そうにたずねると、旭が先ほどの出来事を説明する。
あの狂暴的な加速で4人をごぼう抜きにしたあのマッハの話を・・・
「ありゃ、高速でバトるのは無理だわ。作戦は成功だが、もし本当に出口まで走ってたら、間違いなく誰も勝てなかったろーよ」
旭が不機嫌そうに言う。いくら相手がマッハだったとは言え、相手は女。しかもマッハと同じ2ストトリプルのサンパチが為す術なくぶち抜かれたとなれば、機嫌も悪くなるだろう。
「まぁ、何事も無くてよかったですよ!」
翔子が場を明るくしようと声をかける。
「確かに翔子ちゃんのゆーとーりだぜ?これで事故ってたらアウトだもんな」
洋介も賛同した。ちなみに洋介が機嫌がそこまで悪くないのは、最初から高速で勝負して勝てないと解っていたためだ。
「ま、峠なら負けねーけどな」
洋介が付け足す。
「そりゃともかく、ようやく邪魔がいなくなったコトだし、とりあえず本来の目的を遂行すんか」
旭が気を取り直した。サンパチのシートに腰掛けてタバコを吸いながら皆を見る。
「そうですね。気を取り直して横浜観光に行きますか!」
圭太が締めて、6台はまた下道を走りはじめる。
途中ガソリンスタンドで給油に立ち寄り、6台全員が給油するものだからガソリスタンドの店員も苦笑いであったが、それは些細な事件である。
満タンになった愛車達をまた走らせる由美達。
「みなとのヨーコヨーコハマヨコスカー♪」
由美が走りながら歌い出した。すかさず圭太が
「それは横須賀の歌」
とツッコミを入れると今度は美春が
「真夏のぉ夜にバリバリぃ♪」
「それは横浜違いです!ていうかさっきからネタが古すぎます!!」
最近、圭太のツッコミスキルが上がってきた気がする。
「あっくん好きだよね〜♪」
「あ?俺は『キャロル』のが好きだよ」
どうやら微妙に違うらしい。見た目は銀蝿、好みはキャロルの旭の説得力の無い言葉を無視して
「とぉばすぜべいべ♪こぉんやはれいで♪」
と美春は歌い続けたが、信号待ちでも止めないので旭が無理やり止めさせた。てかなんで知ってるんだ美春・・・歌が気になる人はよーつべで見てみてください。
「もうすぐ山下公園だからよ?そこから回るべ」
「氷川丸があるところですか?」
翔子が訪ねる。すると洋介が
「おうよ!どうよ翔子ちゃん、タイ〇ニックごっこやらない?もちろん、俺がディカプリオで・・・」
「バカかおめーは?」
旭のツッコミも挟みつつ、一同は山下公園にたどり着いた。
山下公園のシンボルと言えば、やはり『氷川丸』と『赤い靴の少女の像』が有名だ。
氷川丸は第二次世界大戦で病院船として活躍する前までアメリカ行きの客船として活躍。戦後も郵便船として活躍した後、現在は静態保存されて山下公園に繋留、博物館として街のシンボルになっている
「大きいわね!」
由美がその優雅な姿を見て感嘆する。
「いやーでけーなー・・・とりあえず行くか?」
旭が皆に確認を取ろうと振り向くと、皆すでに入り口に向かって歩いていた。
「俺を置いてくなー!」
こうして船内に入場した。中の通路はなかなか狭く、扉も小さい。豪華な食堂や客室などを見て周り、最下層の機関室に入った。
「うわあ!!なんかゴツゴツしててかっこいい!!」
由美がいちいちはしゃぐ。
「このショベルカーの手みたいなのってなんですか?」
翔子が旭にたずねると
「こりゃ、コイツのエンジンだ。ちなみに俺達の単車にも付いてるぜ?」
「へぇ〜、やっぱり船のは大きいのね〜」
由美が興味津々に見ている。ちなみに今旭が説明したのはバイクで言うところのコンロッドにあたる部分だ。
やかて外に出た由美達は、少し自由にデッキを歩くことにした。
「圭太!どこ行く!?やっぱり船首!?」
「それもいいけど、上の方を見学したいなぁ」
圭太が指差す先にあるのは船を操る舵輪などがある、要は船の頭脳のような場所だった。
「ロマンチックじゃない〜」
「なんでロマンチックしなきゃいけないのさ?」
ガスっ!!
由美が足を蹴っ飛ばした。
「痛っ!」
「ふん!」
「ゆーちゃん、可哀想だね」
「ですね・・・」
後ろから女性陣2人が聞こえないようにささやいた。
「計器類がたくさんあるね」
圭太達が内部に入ると、そこは舵輪や伝声管や計器やらなんやらがたくさんあった。
「見てみて!『取り舵いっぱーい』があるよ!」
由美がテンションを高くしてはしゃいでいる。先ほどとは大違いだ。が、
「それは舵輪だよ。ていうか触っちゃダメだよ」
「固いなぁ・・・」
そんなやりとりをしながら、2人はまたデッキに出ると・・・
「あっくぅん♪えへへ♪」
「引っ付くな!!」
デレンデレンになっている美春と、恥ずかしがりながら美春を引き剥がす作業をしている旭に遭遇した。
「美春ちゃん・・・何やってるのよ・・・」
美春の大胆な行動を呆れながら見ていた由美が一応聞くと
「豪華客船でイチャイチャしてるの♪えへへ♪」
と締まらない顔でのたまう美春を見て由美は少し不機嫌になる。
「いいとこに来た・・・!由美ちゃん!ちょっと手伝ってくれ・・・!」
恥ずかしがりながら由美と圭太に頼む旭を一瞥して、由美はつーんとした後
「圭太、いこ!」
「え、ちょっと由美・・・!いいの?」
圭太が心配そうに聞いてくると
「いいのいいの!」
と、なにやら怒りながら踵を返して去って行く。
「ちょ・・・!助けろよ!!」
「あっくぅん♪へへへ♪」
旭の必死の救難信号は何故か由美を不快にさせたらしく、美春という氷山に激突、沈没した。
しばらく歩いていると、前方のベンチに2人の男女が座っていた。
「あははは!面白いです!洋介さん!」
「だろ?そんでさぁ・・・」
翔子と洋介が楽しそうに話していた。会話は弾んでいるようだ。
「他にはなにか面白い話ないですか?」
「じゃあ次はオレの特技!物まねだ!由美ちゃんの物まねやるぜ!・・・『さぁ!早く行きましょう圭太!?』・・・どう?」
「あはははは!似てます!」
「似てないわよ」
「「!?」」
由美の登場に激震が走る2人。そりゃ本人の物まねをしている時に後ろからその本人に声を掛けられればそれは驚くだろう。
「ゆ、由美ちゃん・・・に、似てなかった・・・?」
冷や汗かきながら洋介がたずねる。
「1ナノも似てないわよ」
「な、ナノってあんた・・・」
洋介が己の物まねの再現レベルを全力否定されてへこんでいると
「翔子ちゃ〜ん?ずいぶん洋介さんと仲良くなったじゃな〜い?」
由美が翔子の肩を掴んでささやく。笑顔なのに笑っていない目を見て翔子はたじろぐ。
「そ、そんなことは・・・!あの、その・・・ゆ、由美さん・・・?」
「ふん!」
かなり不機嫌になる。そして
「さぁ!早く行きましょう圭太!」
「あ、由美・・・!」
怒ってその場から圭太を従えて去っていった。残された2人は・・・
「い、今の由美ちゃん・・・似てたよね・・・?物まねと・・・」
「は・・・はい」
不思議な雰囲気に包まれていた。
「ちょっと由美・・・!」
スタスタ先に行ってしまう由美に圭太が声を掛ける。
「なによ?」
「いや、さっきからどうしたの?急に機嫌悪くなったり・・・」
「そんなこと無いわよ」
「いや、あるよ」
むすっと否定する由美に圭太がさらに否定する。やはりさっきからなにか変だ。
「別にィ〜?そんなことないわよ」
「いや、絶対変だよ。なんで怒ってるの?」
圭太がとりあえず質問すると、由美は船の手摺りに捕まって海を見ていたが、悲しそうにこちらに振り向いた。
「じゃあ聞くけど・・・今日いきなり出てきたあの女・・・どう思ってる?」
由美の質問に圭太は一瞬考える。あの女とは恐らく真子のことだ。
「どうって・・・別に」
「あの人、スラッとしてるし美人だし年上だし・・・綺麗よね」
由美が笑いながら言う。が、それはいつもの向日葵みたいな笑顔では無く、自嘲の笑みだ。
「圭太?私とあの女なら・・・どっちを選ぶ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
由美の質問の意味が全くわからない。
「別に選ぶ必要なんかないじゃないか」
「あるわよ!」
圭太の声を遮って由美が強く言う。
「私・・・圭太があの女に連れて行かれるんじゃないかって不安だったんだから!」
恥ずかしそうに、しかしはっきりと圭太に叫ぶ。
そして今の宣言を聞いた、鈍感を極めた圭太もさすがにこれは恥ずかしかったらしい。が、
「べ、別にどこにも行かないよ!確かに真子さんは知り合いだけど、僕はどこにも行かないよ!」
今の由美の発言以上に恥ずかしいセリフを言ってしまった。
「あ、いや・・・その・・・」
「圭太・・・!」
一方由美は今ので満足したらしい。さっきまでのくらい顔から一転、いつもの向日葵みたいな笑顔が咲いた。
「け、圭太にしては上出来ね・・・!じゃあ、今回はこれで許してあげる!」
そう言って笑った。圭太としては、なにが由美をあんなに怒らせたのかよく解らなかったが、今回はこれでいいかな?と思った。
そんなこんなで船を降りた。美春が「まだあっくんとタイ〇ニックごっこしてなぁい!!」とかほざいたが皆一斉にシカトした。ナイスチームプレー。
「次は目の前にあるマリンタワーと中華街だな」
歩きながら旭が次の予定を言う。ちなみにすぐ目の前が目的地なので徒歩だ。
しばらく歩くと、マリンタワーの足下に着いた。そこから皆エレベーターで上っていく。
「うわぁ!!海の向こうまで見えますよ!!」
翔子がカメラ片手にガラスの向こう側の海の景色や上から見下ろした氷川丸、山下公園なんかも撮っている。
「こっちは街並みだな。中華街もあるし」
洋介が反対側から街並みを見下ろす。なにかを我慢してるかのように見えたが、ついに限界がおとずれた・・・
「・・・・はっはっはっははっ!!見ろ!ひ・・・」
「人がゴミのよーだぁ♪」
美春においしいところを取られた。
「お、オレが言いたかったのに・・・」
へこむ洋介に旭が
「お前がゴミのようだな・・・」
とトドメをさし、翔子が笑いながらそんな3人をフィルムに収めた。
「なーんにも見えないわね」
「由美、それお金入れなきゃ見れないよ?」
一方由美と圭太は海側のガラス窓の前にある双眼鏡の前にいた。先ほどからずーっと双眼鏡を覗いているのだが、この双眼鏡は有料なのでただでは見れないのだ。
「し、知ってるわよ・・・!ただやってみただけじゃない!」
絶対知らなかったな、と思いつつ圭太はそれは言わないであげた。
由美がコインを入れて再度覗くと
「あ!見えた見えた!すごい!あんな遠くまで!!」
とか騒ぎはじめた。そんな由美を温かい目で見ていた圭太だったが、突然由美が黙って双眼鏡から目を離した。
「どうしたの?」
「・・・酔った・・・」
どうやら四方八方に双眼鏡を動かしているうちに酔ってしまったらしい。
「圭太・・・代わりに見ていいわ・・・」
テンションが下がった由美が双眼鏡の前から下がり、今度は圭太が見る番になった。
「すごいなぁ・・・対岸のほうまで見えるし、夜だったら夜景が綺麗そうだなぁ・・・」
初めて見る横浜の街を興味深く見ていると、急に視界が暗くなった。コイン切れかと思いレンズから目を離すと・・・
「由美・・・なにやってんの?」
「圭太ばっかり楽しんでるから、つい・・・」
見れば反対側のレンズに顔をピッタリくっつけている由美がいた。そしてコインが切れてしまい無用の長物になってしまった双眼鏡を挟んで笑っている2人も翔子のカメラに収められた。
最後に皆で中華街に来た。あたりは休日ということもあり人でごった返している。
「ここが中華街かぁ・・・」
旭が街並みを見て楽しそうにして(例によってサングラスで解りにくい)いる。
「あの肉まんデカイなぁ!」
洋介が屋台の肉まんを見て驚きの声をあげる。コンビニの肉まんの3倍はある。
「オレ食っちゃお!」
洋介が500円玉を出して屋台に走っていく。肉まんを買って大事そうに抱えて帰ってくる。
「では・・・!」
早速一口。しかし・・・
「具がねぇ・・・」
中はスカスカで具は真ん中に普通くらいの量があるだけだった。見れば向こうの屋台のおばちゃんがかなりダーティな笑顔を送っている。
そんなこんなで中華街を満喫し、6人はバイクを停めている場所まで戻ってきた。
「ねぇ!せっかくだからバイクと一緒にみんなで記念撮影しましょうよ!」
由美の提案に翔子が待ってましたとばかりにカバンからカメラを取り出した。
「いいけど、翔子ちゃん写らないじゃんか」
洋介が言うと、翔子は何も言わずにカバンから折り畳み式の三脚を取り出した。
「これなら大丈夫ですよ!」
翔子が胸を張った。折り畳み式とはいえ、そのバッグのどこにそんな余裕があるのだろうかと一同考えたが、途中でやはり思考放棄した。
「じゃあ並んで並んで!みんな自分のバイクに跨がって!」
皆でバイクを山下公園の氷川丸の近くまで押した後、海を背中にバイクを並べた。
「じゃあ!写真撮りますよ!!」
翔子がカメラのセットを終えた。オートシャッターのオレンジ色のランプが点滅している。
翔子が走って自分のバイクに跨がる。ちなみに順番は左から洋介、翔子、由美、圭太、旭、美春そしてその隣には氷川丸が鎮座している。
『カシャッ』と音がして、皆がバイクから降りて写真を確認する。
「おぉ、よく撮れてるじゃんかよぉ」
「本当だぁ♪」
旭と美春がデジカメの画面を見て言った。写真は実によく撮れていた。
「出来たら皆さんに焼きますね!」
「よろしくね♪」
翔子の肩を叩きながら由美が嬉しそうに笑った。こうして、第1回横浜ツーリング大会の幕は閉じ、一同はまた高速を目指して走りはじめた。