第32話 魔物被害と新たな疑惑
翌日、一行は前日集めた情報を元に魔物討伐に奔走していた。
「よーし、これで一区切りだな!」
グレオが大剣を肩に担ぎながら息をつく。
「グレオ、今日動きにキレがないわね。どうしたの?」
エリスが軽く茶化すと、グレオは苦笑いを浮かべる。
「昨日の酒がちょっと響いててな……」
ミーアが杖を構えて問いかける。
「浄化魔法かけましょうか?少し楽になりますよ」
「悪い、頼むよ」
「はい!任せてください」
ミーアは杖を構えると、優しい声で詠唱を紡いだ。
「<プルゴ・ルクス>!」
グレオの体を包むように淡い光が一瞬輝き、その顔色がみるみる良くなった。
「おお、楽になった!助かる!」
「体調管理は冒険者の基本だぞ」
アルガスが剣を収めながら冷ややかな声で言い放つと、グレオは肩をすくめる。
「それ、お前も言えんのか?昨日の酒、けっこういってたろ?」
「何も問題無いぞ。むしろ、最近あまり酔えなくて困っているくらいだ」
アルガスが淡々と答える。
「飲みすぎて感覚ぶっ壊れてるんじゃないの?」
エリスが呆れたように言うが、アルガスは聞こえないふりをして前を向いた。
***
討伐を終え、一行は冒険者ギルドを訪れた。カウンターに報告書を提出すると、受付嬢が少し躊躇いながら声を潜めて呼びかけた。
「あの、アルガス……様とミーアさん、少しよろしいですか?」
「何ですか?」
アルガスが無表情で応じると、受付嬢は慌てたように小声で続けた。
「実はお二人、今回の討伐でランク昇格基準を満たされまして……」
「えっ、本当ですか!」
ミーアが驚きと喜びを混ぜた声を上げる。
「ええ。ただ、ひとつ確認させていただきたいのですが……アルガス様、勇者様でいらっしゃいますよね?現在Eランクという記録ですが、それでお間違いないでしょうか?」
受付嬢の困惑した声に、エリスがクスクスと笑いを漏らす。
「そりゃあ、とてもじゃないけど信じられないわよね。Eランク勇者とか」
「後で覚えとけよ、エリス」
アルガスは低い声でエリスに釘を刺し、受付嬢に向き直った。
「合っていますので、そのまま処理しておいてください」
「わ、分かりました。ではお二人は正式にDランクとなります。おめでとうございます!」
「やりましたね、アルガス様!」
ミーアは顔を輝かせて喜びの声を上げるが、アルガスはどこ吹く風という様子だった。
「まあ、パーティの実績だからな……。ミーアはおめでとう。君はすぐにでも実力相応のBまで上がるべきだろう」
「アルガス様だって、実力があるんですから卑下しないでくださいよ……!」
「……どうだかな」
アルガスは軽く肩をすくめる。
その様子を横目で見ていたグレオが、険しい顔で口を開いた。
「でもさ……魔物の数、多すぎないか?討伐してもキリがない感じがするぞ」
その言葉に、一行の空気が引き締まる。
「水路に対して大きすぎる魔物、真昼間の市街地に夜行性の魔物……どう考えても異常だな」
アルガスは低くそう言いながら、テーブルに広げた地図を指でなぞった。
「しかも被害報告が出る場所はバラバラなのに、魔物の種類は似通っている。単なる偶然とは思えない」
ミーアが杖を抱きしめるようにしながら、不安げに口を開いた。
「もしも人為的な関与があるとしたら……街の誰かが意図的に魔物を操っているのかもしれません」
「陰謀の匂いがしてきたわね。でも、これだけの魔物が短期間で湧くなんて、確かに普通じゃないわ」
エリスがため息混じりに言うと、アルガスが静かに頷く。
「原因を突き止める必要がある。水路や水源に何か手がかりがないか調べよう。それと、教会や市場周辺でも情報を集める」
「了解!」
グレオが力強く答え、エリスとミーアもそれに続く。
ギルドを後にした直後、白い法衣をまとった教会の使者が一行を呼び止めた。
「勇者アルガス様、討伐のお疲れのところ恐れ入ります。大司祭様が感謝をお伝えしたいと、教会でお待ちしております」
アルガスはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……ちょうどいい、少し調べよう」
***
教会の応接室で待ち構えていたのは、ローデン大司祭と数人の神官たちだった。
「勇者殿、魔物討伐に感謝します。この街の人々も安心して眠れるでしょう」
ローデンが柔らかな笑みを浮かべながら頭を下げる。
アルガスは渋い顔でぼやいた。
「なんでこう、毎回絡んでくるんだ……」
そう言いつつも、差し出された報酬袋はしっかりと受け取る。
「お金は貰うんですね」
ミーアが苦笑いしながら言うと、アルガスはあっさりと答えた。
「旅には資金が必要だからな」
ローデンは苦笑を浮かべつつも、目を細めて問いかける。
「ところで、アルガス殿――『聖光の儀』まであと5日ですが、参加するお気持ちに変化はありましたか?」
その問いに、アルガスはため息を一つつき、まっすぐローデンを見据えた。
「その気はありません。それをするくらいなら、魔物の発生原因を突き止める方がまだ意味がありますので」
ローデンの柔らかな笑みがわずかに曇るが、すぐに元の表情に戻る。
「……そうですか。ですが、いつでもお気持ちが変わりましたらお知らせください。準備は整えてお待ちしておりますので」
「再三申し上げますが、その必要ありません」
アルガスは冷ややかに言い放ち、立ち上がった。
***
教会を出る途中、一行はセドリック司祭と再び顔を合わせた。彼は穏やかな微笑を崩さず、会話を切り出す。
「アルガス君。此度の魔物討伐、素晴らしいお手並みだったと聞いています」
「……どうも」
アルガスは素っ気なく答え、セドリックを冷静に見据える。
セドリックは相変わらず穏やかな笑みを浮かべていたが、その目はじっとアルガスの様子を観察しているようにも見えた。
「魔物退治は順調のようですね。しかし、街の状況は依然として落ち着きません」
「魔物の発生原因も不明のままだしな」
アルガスが返すと、セドリックは少し目を伏せて答えた。
「そうですね、これほど頻発する魔物被害は異例です。我々も原因を調査していますが――」
アルガスとセドリックの、互いの手を探るような会話が続く中、周りを見ていたグレオがふと呟いた。
「エルミナの教会って、いつも人が多いんだな」
その言葉に、アルガスは周囲に目を向けた。確かに、治療室の方から多くの人が出入りしているのが目に入る。
「……怪我人が増えているのか?」
セドリックは、どこか思案するような顔をしながら答えた。
「確かに、魔物被害で怪我を負う方も多いですが……実は、奇妙な症状を訴える人々が急増しているのです」
「奇妙な症状、ですか?」
ミーアが不安げに尋ねると、セドリックは一瞬だけ視線を伏せてから答えた。
「はい。手の震えや胸の痛み、そして時折、喀血するほどの咳を訴える人が増えています。発症した方の多くが『内臓が締め付けられるような感覚』を訴えています」
「内臓が締め付けられる……?」
アルガスが険しい顔で問いかけると、セドリックは神妙な表情で頷いた。
「はい。それに、症状が出始めると徐々に悪化する傾向があります。これ以上広がれば、大きな混乱を招きかねません」
「何か病気が蔓延しているのか?」
アルガスが鋭く問いかけると、セドリックは淡々と答えた。
「原因は未だ不明で、教会としても対処療法で手一杯な状況です。ただ、発生が水路沿いの地域に偏っていることは気になります」
「水路……?毒などの可能性は?」
アルガスがさらに詰め寄ると、セドリックは少し息を吐き、慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「それも考えられなくはありません。ただ……現時点では確証がないため、無闇に不安を煽るわけにはいきません」
その淡々とした説明には誠実さが感じられる一方、何かを隠しているような含みもあった。
「水路沿いで発生する謎の病気……これは調べる必要がありそうだな」
アルガスが呟き、周囲を見回した。
セドリックは柔和な笑みを崩さず、口調を一層穏やかにして言った。
「魔物討伐でお忙しいでしょう?無理はしなくとも良いのですよ。ですが、もしお力を貸していただけるのであれば、この街にとって非常に心強いことです」
その言葉には一切の強制も含まれていないように聞こえたが、アルガスはそれを無視するように背を向けた。
「みんな、帰るぞ」
セドリックは側にいたミーアに向き直り、声をかけた。
「ミーア君……もし、教会に戻る気があるなら言ってください。私が口添えすれば、すぐにでも復帰できますよ」
ミーアは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、私はアルガス様に着いていくと決めましたので」
「そうですか……それは残念です」
「……失礼します」
ミーアは頭を下げると、慌ててアルガス達の後を追った。セドリックは微笑みを崩さず、最後まで柔和な態度を保ったままだった。
***
教会を後にした一行は、宿への帰り道でそれぞれの思いを巡らせていた。
「あのメガネ、絶対何か隠してるでしょ?」
エリスが真っ先に口火を切ると、グレオも頷く。
「ああ、なんか肝心なところをぼやかしてる感じがするよな」
「でも、あの症状……気になります」
ミーアは不安げに呟き、アルガスは腕を組みながら歩を進める。
「水路沿いで発生した病状、そして不自然に出没する魔物……教会も何かを隠している可能性は高い。だが、まだ証拠はない」
アルガスは決意を込めて言葉を続けた。
「とにかく、まずは水源と水路の調査を急ぐ。そして、教会の動向にも注意を払う必要がある」
三人は静かに頷いた。
夜のエルミナの街は、華やかな光と静けさに包まれていた。しかし、一行はその美しさの裏に潜む闇を見つけ出すべく、次の一手を探り始めていた。
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