第25話 山越えの終着、エルミナへ
日が傾く前に、一行はエルミナ側の登山口を示す看板を通り過ぎた。長かったエルミナへの旅路も、ようやく終わりが見えてきた。
「山越え終了だな!」
グレオが背負っていた荷物を少し持ち直し、満足そうに声を上げる。
「この近くに村があるはずだ。その辺りで一晩休もう」
アルガスが前を歩きながら冷静に答える。
険しい山道を抜けた達成感に包まれながらも、彼らの足は自然と軽くなっていた。ふと、ミーアが口を開く。
「山越え中、それなりに魔物がいましたけど……こんなものなんですか?」
「もともと魔物の多い地域だからな。むしろ少ない方じゃないか?」
グレオが腕を組み、首をひねる。
「確かに……最近の状況にしては、静かすぎるくらいだ。山越えの道であれだけ小型ばかりだと、何か裏があるかもしれない」
アルガスも後ろを振り返りながら答える。
その言葉にミーアが少し不安そうな顔を浮かべる中、エリスは軽い口調で言い返した。
「まあ、少ない分には問題無いでしょ。考えすぎじゃない?」
しばらく進むと、木々の合間に小さな民家の明かりが見えてきた。近づくと、畑仕事の途中らしき村人がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってきた。
「冒険者の方ですか?すみませんが、少しお力を貸していただけないでしょうか……」
村人の顔には困惑の色が濃く浮かんでいた。
話を聞けば、畑を荒らす魔物が出ており、村人たちの手には負えないという。アルガスはすぐに頷いて答えた。
「退治を引き受けましょう」
ミーアがその横顔を見つめながら微笑む。
「こういうところは、ちゃんと勇者らしいんですよね……」
***
一行が案内されて畑に着くと、作物の影から丸っこい魔物が姿を現した。以前、エリスが捕まえた魔物と同じ種類だった。
「ほら、作物荒らすって言ったでしょ?」
エリスが得意げに腕を組んでアルガスを見やる。
「別に知っていたが。『シュラット』だろ?先日は、君が鬱陶しかったからあしらっただけだ」
淡々と言い放つアルガスに、エリスは眉をひそめて声を上げる。
「なによその言い方ァ!感じ悪いわね!」
そのやり取りをよそに、グレオが周囲を見回して言った。
「しかし、多いな……」
葉の影にはシュラットがいくつも潜んでいる。その数は少なくとも十を超えていた。
「グレオ、畑に入るなよ。エリスも待て、ロッドを構えるな。焼き尽くす気か?」
アルガスが鋭い声で二人を制止する。
「じゃあどうするのよ?」
エリスが不満げに尋ねると、アルガスは短く指示を出した。
「奴らは水が苦手だからな、魔法で追い出す」
ミーアが杖を構えながら、少し不安そうに口を開く。
「でも……葉っぱの影に隠れてますよ?」
アルガスは構わず続けた。
「二人で協力してくれ。ミーアが雨を降らせ、エリスが風で追い立てる。出てきたところをグレオと僕で始末する」
「雨と風で追い立てるの、私一人でできるわよ。Aランク舐めないでくれる?」
エリスが自信たっぷりにロッドを回す。
アルガスは肩をすくめて答えた。
「……頼もしいことで。じゃあミーアも始末係だ。僕に強化をかけてくれるか?」
ミーアは小さく頷き、穏やかな声で詠唱を始める。
「……<ウィルトゥス・ブレウィス>!」
「こいつ相手に強化が必要って……雑魚すぎるでしょあんた」
「やかましい。始めるぞ」
アルガスは剣を抜き、構える。
「そうそう、複合魔法はちょーっとばかしコツが必要でね。しゅしゅっ!と別々にまとめた魔力をこう……ぱっ!と解放して――」
身振り手振りを交えながら適当な説明をするエリスに、アルガスは呆れたような目を向けた。
「御託はいいから早くやれ、強化が切れる」
「はいはい、見てなさいよ!……<アクア・ゲイル>!」
エリスが意気込むと、杖の先から風が巻き起こり始める。
エリスの魔法がシュラットの群れを隠れ場所から追い立てた。それに合わせて、アルガスとグレオが剣を振るい、次々と斬り伏せていく。
「数は多いけど、一匹一匹は大したことないな!」
グレオが魔物を両断しながら言った。
「一匹も逃すなよ!南側へ追い込め!」
アルガスが鋭く注意を促す。
シュラットは畑を囲むように移動し、再び隠れようとする。しかし、ミーアが静かに詠唱を続けた。
「<ウォーター・バースト>!」
勢いよく放たれた水流が魔物たちを一気に押し流す。その隙にアルガスとグレオが連携し、最後の魔物を仕留めた。
「やったな!」
グレオが大剣を肩に担ぎ、勝利の余韻に浸る。
村人たちが駆け寄り、涙ながらに感謝を伝えた。
「本当にありがとうございました……!こんなに素早く解決していただけるなんて……」
「いいえ、大したことではありませんよ」
ミーアが柔らかく微笑む。
「まあね、私たちがいればこの程度余裕よ!」
エリスは得意げにロッドを肩に担ぎながら言った。
一行は夜の宿を用意され、ようやく緊張を解くことができた。
***
簡素だが清潔な部屋で休息を取ることになった一行。疲労が少しずつ解けていく中、談笑が始まる。
「やっぱり屋根のあるところで寝られるのはいいな!」
グレオは床に敷かれた布団に大の字になり、満足そうに天井を見上げた。
「数日とはいえ、野宿が続くとしんどいからな。特に山越えはもう勘弁だぜ!」
「ほんとにね。山の風景はいいけど、あの寒さと険しさには疲れたわ」
エリスが肩を揉みながら呟く。
「まあ、あの魔物を片付けた分、ゆっくり食事くらいはいただきましょうよ」
アルガスは壁際にもたれながら、冷静な声で話し出した。
「ちょうど明日、エルミナへの乗合馬車が出るそうだ。朝早く出発すれば、昼頃には街に到着できるはずだ。エルミナでは――」
話が半ばに差し掛かった時だった。
バタバタと慌ただしい足音が廊下を駆け抜け、次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「アルガス様、大変です……!これ……!」
ミーアが手に一枚の紙を持って飛び込んできた。その顔には焦りと動揺が浮かんでいる。
「どうした?」
アルガスが眉をひそめて振り返る。
「ここのご主人にお借りしたんですが……教会から、信徒への通達だそうで……エルミナが、大変なことに……!」
ミーアは震える手で紙を差し出した。アルガスはそれを受け取り、目を通す。次の瞬間、彼の表情が険しくなり、手が一瞬だけわずかに震えた。
「これ……は……」
その様子を見たエリスがすぐさま声を上げる。
「何?どうしたの?」
「なんだなんだ、エルミナで何が起きたんだ?」
グレオも覗き込みながら不安げに問いかける。
アルガスは紙から目を離さず、視線を固定したまま答えない。その姿に、部屋全体の空気が張り詰める。
「どうしましょう……?これでは、アルガス様が……」
ミーアが問いかけると、アルガスはゆっくりと顔を上げた。
「行くしか……ないだろう」
その瞳には決意とも、迷いともつかない複雑な感情が宿っている。
そんな二人の後ろから通達に目を通したグレオとエリスは、訝しげに眉を顰めた。
「……ん?」
「なにこれ?」
***
翌朝、一行は村を後にし、エルミナ行きの馬車に乗り込んだ。沈黙の中、無表情に窓の外を見るアルガスの顔色を、それぞれが伺っていた。
エルミナで何が待ち受けているのか――その問いの答えは、間もなく彼らを出迎えることになる。
街の門が見えてきた時、一行は驚愕するだろう。
門の前には、彩り豊かな装飾が施され、人々の笑顔が溢れていた。旗が風に舞い、街全体が祝福の鐘の音で包まれている。
そして、アルガスたちが目にするのは――
「勇者アルガス様歓迎パレード」と大書された横断幕だった。
これにて、山越え編終了です。
次回からは大長編のエルミナ編へと突入します。
お付き合いいただけますと幸いです。




