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勇者はすべてを論破する -Argus Argues Against All-  作者: 福本サーモン
【改稿中】第3章 山越え道中

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第21話 山越えの特訓

 次の目的地エルミナに向けて、険しい山道を進むアルガスたち一行。日が傾き始めた頃、彼らは予定していた野営ポイントに到着した。背後にはこれまでの険しい道のりが広がり、前方には濃い緑の木々と小高い丘が続いている。


「思ったより早く着いたな」


 アルガスが冷静な声で呟いた。


「よし、野営の準備だ!」


 グレオは大声を上げると、大きな荷袋をどさっと下ろし、薪集めに向かおうとした。しかしその瞬間、エリスがふと足を止めた。


「……ん?」


 視線の先には、小柄な魔物が茂みから顔を覗かせていた。丸っこい体に細長い尾を持ち、どこか間の抜けた顔つきをしている。


「いいこと思いついた」


 エリスは口元に笑みを浮かべ、ロッドを取り出す。


「<アース・バインド>」


 地面がざわりと動いた次の瞬間、無数の蔓が魔物を絡め取り、締め上げた。


「はい、捕獲完了っと」


「何してるんだ?」


 アルガスが声を上げて振り返ったが、エリスは蔓でぐるぐる巻きにされた魔物を指差し、得意げに笑う。


「予定より早く着いたんでしょ?暇つぶしよ。この魔物を使って魔法の特訓をしてもらうわ。アルガス、ミーア、あんたたちの力を見せてみなさい!」


「おお、いいじゃねえか!やってみろよ!野営準備は俺に任せとけ!」


 グレオは『特訓』という響きにテンションを上げ、笑顔で声を上げる。


 しかし、アルガスは腕を組み、冷たい目で魔物を見つめた。


「無駄なことを……あの魔物は人を襲わない。倒す意味がない」


「屁理屈こねてないでやりなさいよ。あいつは作物を荒らす害獣なのよ。一番強い魔法を見せてみなさい」


 エリスは完全に楽しそうだった。


「エリスさん……最近、理論武装が冴えてますね」


「あんたがそれ言う!?」


 ミーアが感心したように呟くと、エリスはすぐに振り返って言い放つ。ミーアが曖昧に笑うと、エリスは少しむっとしながらも前に向き直りロッドを振った。


「いいから始めるわよ!まずはアルガスから!」


 仕方なく荷物を下ろしたアルガスは、やや不満げに手を構えると詠唱を始めた。即座に魔力が指先に集中し、風の矢を形作る。


「<ウィンド・アロー>」


 矢は魔物に向かって飛んだが、その威力はお世辞にも強いとは言えなかった。かすかに当たった魔物は、目をパチパチさせただけで特にダメージも受けない。


「はあ!?弱っ!」


 エリスが叫び、額に手を当てる。


「しかも一番強いのって言ったよね!?何で<アロー>打つかなあ?初歩の初歩じゃないの!」


「これしか使えないんだ」


 アルガスは淡々と答える。


「なんで一つしか使えないのよ!……せめて剣を媒介にしなさいよ。収束するから威力が上がるわよ」


「魔力が低すぎて、剣を媒介にすると弾かれる」


「弾かれる……?えっ、そんなことあるの!?」


 エリスは口に手を当て、心底信じられないという顔をした。


「装備による底上げもできないってこと!?こいつほんとに『勇者』!?成長の見込みがないわ!」


 エリスは頭を抱え、地面にしゃがみ込む。


「なんでこんなボロクソに言われなきゃいけないんだ」


 アルガスは腕組みしながら苛ついた声で呟いた。


 気を取り直したエリスは立ち上がり、言う。


「次、ミーア!行きなさい!」


 ミーアは驚きながらも、慎重に杖を構え、詠唱を始めた。しかし――


(長いな……)

(長いわね……)


 その詠唱は丁寧すぎるほど丁寧で、一語一語がまるで歌を紡ぐかのようだった。


「<ウォーター・ランス>!」


 だが、発動された魔法は圧倒的だった。無数の水の槍が空間に生まれ、渦を巻くように魔物へ向かって突き刺さる。その衝撃で魔物は粉々に砕け、周囲の土まで抉られていた。


 エリスとアルガスは、その威力に目を見開き、呆然と立ち尽くす。


「つっよ……」


 アルガスが思わず声を漏らす。


「えっ……強くない?<ランス>ってこんなに威力出る?」


 エリスも信じられないという風に呟いた。


「なんで戦闘で使わないのよ?」


 ミーアは恐縮しながら答える。


「私、詠唱が遅くて……属性魔法は特に、実戦ではほとんど使えないんです」


「……確かに、57.24秒もかかっていたな」


「細かいな……」


 アルガスが顎に手を当てながら冷静に指摘すると、エリスが半目で睨みながら突っ込んだ。


「詠唱を早くするにはどうすればいいんですか?」


 ミーアが不安げに尋ねると、エリスは目線を泳がせながら、手を動かす。


「ええ?っと、そらあれよ、詠唱中に……魔力をこう、ぎゅーっと細くして……」


「ぎゅーっ……?」


 ミーアが眉根を寄せて首を傾げていると、アルガスが横から口を挟んだ。


「理論の方が分かりやすいか?」


 アルガスは木の枝を拾って、手頃な大きさに折る。


「詠唱式では、魔力の回路を通す際に位相調整が必要なんだ」


 そう言いながら彼はしゃがみ込み、地面に図を描き始めた。


「ウェルズ回路の動作を最適化し、MOC回路で魔力の余剰を循環させる。このとき、魔法陣の形成速度は回路間の魔力量調整に――」


「ああああああ!やめなさい!それを言い出したらドツボにはまるのよ!」


 エリスが髪をかき乱しながら叫ぶ。


 しかしミーアは彼の横にしゃがんでじっと聞き入っていた。そして、解説の合間にふと手を挙げて質問した。


「あの……それなら、MOC回路と補正値のバランスが悪い場合はどうなりますか?」


 アルガスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに目を細めて木の枝を軽く振る。


「ああ、いい質問だ。もし補正値がずれると、魔力の流れが滞って形成速度が低下する。それを防ぐためには回路の調整に加え、補正値を詠唱中に動的に調整する必要があるんだ」


「なるほど……!じゃあ、この動的調整は魔力制御をどう――」


 ミーアの目は輝き、次々と質問を重ねる。アルガスもその全てに答え、どんどん話が盛り上がっていった。


「……なんか、魔法って大変なんだな」


 様子を見に来たグレオが呟く。


「普通は、あんな理論までいちいち考えないわよ……あの理屈バカだけだって」


 エリスは呆れた顔で呟いた。


「いや、ミーアも同類か……まあ、理解に繋がるならそれでいいけど……」


 エリスの目線の先には、立ち上がって杖を構えるミーアと、それを見守るアルガスの姿。


「アルガスもねえ……あれだけ理解してるんだから、魔力さえあれば良い魔術師になれるのに……勿体無い」


 エリスの呟きは、山から吹き下ろす風に消えていった。


 夕日が差し込む野営地。魔物を相手にした特訓を終えた一行は、次なる冒険へと向けて準備を進めていた。焚き火がゆらゆらと揺れ、静かな夜が訪れようとしていた。

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