第18話 ミーアの強さ
商業連合議会は終わり、アルガスたちは静かに街を歩いていた。夕焼けに染まる街並みの中、商業連合の建物を後にして向かう先は、いつもの宿。けれど、その道中で、誰もが少しだけ肩の力を抜いているのが分かった。
「いやー、ネイヴァスのあの顔!スカッとしたわね」
エリスが軽く伸びをしながら、嬉しそうに言う。
「本当だな。いや、全部ミーアのおかげだ」
グレオが感心したように笑い、隣を歩くミーアの肩を軽く叩いた。その一言に、ミーアは少し恥ずかしそうに首を振る。
「いえ、そんな。皆さんが頑張ってくださったおかげです。私は、魔力の解析をしただけです」
控えめにそう言うミーアだったが、その顔にはどこか安堵の表情が浮かんでいた。
そんなミーアの様子を見て、アルガスは足を止めた。真剣な表情で彼女に向き直り、その場に立ち尽くす。
「ミーア、本当に助かった。君がいなければ、僕たちはあの場を乗り切ることはできなかった。本当に……ありがとう」
ミーアは驚いたようにアルガスを見上げた。けれど、その言葉にはさらに続きがあった。
「……だが」
短い言葉が、冷えた空気のようにその場に漂う。ミーアの肩がわずかに強張ったのを、アルガスは見逃さなかった。
「1人で無茶な行動をするんじゃない」
それは静かだったが、確かな重さを伴った声だった。ミーアの表情は一瞬、怯むように揺れる。けれど、すぐにうつむき、小さな声で応えた。
「……すみません」
アルガスはその声に耳を傾け、さらに問いかける。
「なぜ相談しなかったんだ?」
ミーアは俯いたまま、言葉を選ぶように口を開いた。
「役に立ちたくて……でも、自信がなくて相談する勇気がなかったんです」
言葉が途切れ、少し間が空く。
「……解析に時間がかかってしまって、帳簿まで確認できたのは、会議の直前でした」
その説明に、アルガスは少し表情を緩めたが、真剣な目はそのままだった。彼が再び口を開いた瞬間――
「アルガス、もういいだろ」
グレオが大きな声で割って入り、空気を変えるように手を振った。
「そうよ。ミーアの解析技術には驚かされたし、あの場で堂々と発言する度胸もすごいじゃない。責めることないわよ」
エリスも少し呆れたように加勢する。
「別に責めているわけじゃない。ただ、タイミングについて確認したかっただけだ」
アルガスが少しむっとした声を上げると、エリスはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「もっと早く出して欲しかったって?アルガス、あの時震えてたもんねえ」
「震えてないが?」
すかさず返されたアルガスの苛ついた声に、グレオが吹き出すように笑う。
「でも、あのタイミングで動いたのは何故だったの?」
エリスが真剣な表情でミーアを見つめた。
ミーアは少しだけ困ったような顔をしながら、ゆっくりと答えた。
「解析結果を提示しても、マクレンさんの独断だったと逃げられる可能性があったので……あの時、ネイヴァスさんが魔法と繋がりがあることを口走ったので、そこから崩そうと思ったんです。でも……」
一呼吸置いてから、彼女は少し控えめに笑い、肩をすくめた。
「……ちょっと、難しかったですけど」
その言葉に、アルガスは彼女をじっと見つめた後、口を開いた。
「そこまで考えて……」
「あちゃあ、アルガスに毒されてきてるわね、ミーア」
エリスが肩をすくめ、にやりと笑う。
「さっきから失礼だぞ」
アルガスは少し苛立った声を出し、それにグレオが乗っかる。
「いや、エリスが失礼なのはいつものことだろ?」
「黙んなさい、脳筋バカ」
エリスが鋭い目で睨むが、グレオは全く気にする様子もない。
ミーアはそんなやり取りを眺めながら、小さく息をついて口を開いた。
「でも……あれは一か八かでした。ネイヴァスさんの反論もいくつか予想していたんですが……」
ミーアはアルガスを見つめ、少し微笑む。
「アルガス様なら、きっとさらに反論してくださると思って」
「あら、ずいぶん信頼されてるじゃないの」
アルガスは茶化すエリスを睨んだが、それ以上は何も言わなかった。
***
アルガスは腕を組み、ネイヴァスの余裕ある態度を思い返すように呟いた。
「……ネイヴァスのあの余裕。魔力を追えないと確信していたんだろう。そしてそれを崩され、反論する余裕がなくなった。最後は自分で術者に指示を出すとはな」
アルガスは顎に手を当てながら遠い目をする。
「魔術が発動していたらどうなっていたことか……割と適当なことを並べ立てたんだが、効いたようで良かったよ。敵を説得するというのも、骨が折れるな」
「いや、適当だったのかよ」
グレオがすかさず突っ込みを入れる。
「それにしても、ミーアが裏切ったんじゃなくて良かったわ。ねえ、アルガス?」
エリスがからかうように言うと、アルガスは眼を泳がせながら答えた。
「ああ、うん……まあ、教会との繋がりはずっと気になっていたからな……」
「裏切り……?えっ、私、疑われてたんですか!?」
ミーアが驚きの声を上げると、エリスはあっさりと言い切った。
「だって、1人で怪しいことするからよ?敵に情報を渡しに行ったのかと思ってたわ」
その言葉に、グレオは突然黙り込み、ミーアの方を一瞥した。
「……皆さん、怪しすぎる倉庫に意気揚々と侵入するし……魔力を追うなんて言ったら、そのまま殴り込みに行きそうだったので……」
アルガスはミーアの言葉を聞き、表情を和らげた。そして、うつむきながらぽつりと呟く。
「……一番冷静だったのは、ミーアだったわけだ」
彼は改めてミーアを見つめ、深く息をついた。
「ミーア、君のことを誤解していた。君の慎重さは、弱さから来るものではなかったんだな」
アルガスは口元に、自嘲を含めた笑いが浮かぶ。
「『守るから安心しろ』、なんて……的外れなことを言ったな、僕は……」
アルガスは手を差し出す。
「すまなかった。これからも、仲間として手伝ってくれるか?」
「……はいっ」
ミーアは控えめに微笑み、その手を取った。彼女の銀髪が、夕日に煌めいて揺れる。
「はー、もう今日は疲れたわ。早く宿に戻りましょ」
エリスが声をかけると、一行は再び歩き出した。
「そうそう、ミーア。その『さん』付けで呼ぶのやめてくれない? あと敬語も。なんか距離感じるのよねえ」
「わ、わかりました……頑張ります!」
「ほら、それよ!」
「無茶振りをするな。口調なんてなかなか変えられないだろう。寧ろ、君の方がミーアを見習った方がいいんじゃないのか」
「それもそうね。じゃあ、私もあんたのこと『アルガス様!』って呼ぼうかしら」
「やめろ。敬意の欠片もないくせに」
エリスとアルガスの軽口が飛ぶ中、ミーアの控えめな笑い声が響く。その後ろを歩くグレオも笑っていたが、その目はどこか遠くを見ているようだった。
夕日に染まる街に、一行の影が長く伸びていった。




